サルトバーン領主ケートスの館。その会議室には大勢の者たちが難しい顔つきで
議論を付き合わせていた。話題はオグマ達が2本目の柱の転送予定地で出会った精霊
”瞬きのサナ”の力と、その行動の真意である。
精霊は基本、魔界を閉じる計画の実行者だ。当然今の我々に対して敵対する立場で
ある事は言うまでもない。そんな中サナは、斥候に出ていたオグマ達をいとも呆気なく
結界魔法で拘束してみせた。
だかその後、彼女は一同に危害を加えるでもなく呆気なく開放し、あろうことか魔界からの
脱出まで推奨して去って行ったのだ。それだけではない、己の能力である”相手が自分の能力を
知る事により効果を発揮する力の使い手”である事まで明かしてきた。
その謎の行動をどう受け止めるか、2本目の柱の転送に際しいかなる対策を取るかで
喧々囂々の議論が交わされていた。
「認識すれば効果を発揮するとは・・・一種の暗示のようなものか?ならばこの場に居ぬ者に
そのサナとやらの能力を教えねば良いのでは?」
『それはいかぬな、そもそも奴の言葉が全て真実とは限らぬ。情報を分け隔てすれば
不平不満から確執も生まれよう。』
ナタルコンがそう返して、でろりんの方を見る。
「不仲を煽る、か。じゃあ俺に結界をかけなかったのはワザとか?皆に俺を疑わせるために。」
そのでろりんの言葉にオグマとリヴィアスが思わず顔を見合わせる。彼らには確かに
覚えがあった、人間だけを優遇し魔界から孤立させようとする精霊の存在を。
「ヤツか、”満欠のネル”の使徒!戦いの最中リヴィアスだけを逃がそうとした・・・」
「あったなーそんな事。ま、今の俺は魔界にべったりだから、でろりんに目を付けたと
考えられなくもない、か。」
「セッコいわねー、仮にも神の使徒がやる事?」
ずるぼんが呆れ顔でそう息を吐くその横で、きらりんもアゴを抑えてうーん、と唸る。
「神はかつて脆弱な人間を、われら魔界の強者から救ったと聞く。ならばその使途も
それに習うという事かも知れぬな。」
リヴィアスの師匠ロズテナーがそう語る。かつて人間に地上を与え、その代償に
神々への信仰を植え付けたとされる歴史があれば、そんな人間贔屓もありえる・・・かな?
「あの”瞬きのサナ”、アレは思慮深い精霊と見ておる。そうそう単純な思惑でもあるまいと
思うがな。」
領主ケートスがそう続く。かつて自分の元に現れ、バーンの死を告げることで己の半生を
闇に染めたあの精霊、思えばあの幼い少女のような姿も、こちらを欺く擬態であろうか。
「会って感じたのは、深い思慮の他に、余裕、確信、そして・・・使命感。」
サナより幼い容姿のミールが感想を述べる。確かに飄々とした態度のサナだったが、
魔界を閉じる事業に対する執着がミールにははっきりと感じ取れた。
「だとすれば・・・本気で我々を地上に逃がしてもいいと考えているのか?あくまで魔界を
潰せれば我々の抹殺は無くても良い、と。」
『神々の優柔不断さを考えればあり得るかもしれぬ・・・”降りのレム”の事を考えれば、な。』
そのナタルコンの意見にきらりんが、あ!という顔をする。かつて一緒に魔界を回った
その
脱出の機会を与えているようにすら見えた。
考えれば考えるほどに出口が見えない。一つはっきりしている事は、2本目の柱を
転送する際にあの精霊サナが必ず何かを仕掛けてくるという事だ。
バタン!
「待たせたな!注文の品出来たぜー!」
そう言って笑顔で部屋に入ってきたのは武器屋のドガ・カーンさんだ、後ろには魔術関係の
職人や自警団の魔法使いネグネグもいる。
「何だなんだ、シケた面しやがって・・・ほれ、これが結界魔法を解除する魔法のアイテム
”タルギウスのベルト”だ。こいつを腰に巻いてりゃ精霊の結界なんざ粉々よぉ!」
そう言ってベルトの束を机にどさりと置く。バックル部分には青紫の宝玉と。その周囲には
砕けた魔法陣のレリーフが彫ってある、いかにも結界に効きそうなデザインだ。
「おお!さすがドガさん、ありがたい!」
礼を述べる。他の皆も一本ずつ手にし、その効果の高そうな意匠に感心する。これなら!
「あのー、わたし結界魔法使うから、これ使えないんですけど・・・」
きらりんが挙手してそう告げる。確かに彼女は柱を転送する際”
結界魔法を使わねばならない。
「まぁ、きらりんは別行動だし、いいんじゃない?予備を一本貰っておくから、来たら渡すよ。」
「今回はカール王国の柱の予定だろ?アバンさん達に事情を話して付き添ってもらえばいいさ。」
両親の言葉に頷くもちょっと不満気なきらりん。皆がお揃いのベルトをしているのに
自分だけ無いのは何かしょんぼりする・・・このあたりは年相応の感情であろう。
『精霊がいかなる罠を仕掛けてこようが、打ち砕くのが魔界の流儀だ、受けて立つべし!』
そのナタルコンのハッパにまずドガさんがおう!と答え、次の瞬間には会議室の全員が
おおおおおっ!!と声を荒げる。もう柱の計画はスタートしているのだ、今更方針転換など
論外であるし、迷うより行動の方がずっと我々らしい、と意気を上げる。
そんなノリの良さに、きらりんとずるぼんは「ヤレヤレ、男は単純ねぇ」と頬を掻く。
自分の父親&ダンナであるでろりんが乗っかっているから尚更だ。彼もすっかり
魔界に感化されたようである・・・ちなみに衣裳や装備は一応勇者のソレなのだが。
そして7日後。
いよいよ地上に戻ったきらりんが2本目の柱を転送してくる日、世界樹の切り株の中央に
集結した戦士たちや職人の手によって、万全の準備が整えられていた。
そして、ここまで警戒していた精霊の襲撃は無かった。諦めたのか、それとも転送の瞬間を
狙っているのか・・・一同は油断なく周囲を警戒し、その時に備える。
最も世界樹の切り株は直径6kmにも及ぶ広大さで、そのせいで周囲の見晴らしは極めて良好
である。どこから精霊が現れようとも発見から行動は必ず先手が取れるだろう。
オグマもリヴィアスも、そしてナタルコンもミールも油断は無い。さぁ間もなく2本目が
この世界樹の接ぎ木となって、今度は魔界を支えるその時だ!
「「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・ゼロぉっ!!」」
-キュオォォォォ・・・ン!-
世界樹の中心に光の柱が現れる。職人たちが掘った穴に綺麗に根元を収める
柱の中央に浮いているきらりんが、わずかな傾きを立て直して完全に垂直に持っていく。
その瞬間、柱の頂上はガガァン!と音を立てて天の大地にめり込む、上下ともに地に刺さり、
つっかい棒の役目を果たした柱がビイィィィン・・・と鳴動し、そして、固定された。
「いよっしゃあぁーーっ!2本目成功ーーっ!」
「魔王きらりん様ばんざーいっ!」
「あっと4本!あっと4本!あっと4本!あっと4本っ!」
歓喜に沸く魔界の仕事人たち。心配された精霊の襲撃も無く、無事に2本目をすえる事に
成功した。この調子なら・・・いける!
オグマ達は未だに油断なく周囲を警戒する。とは言っても相手が精霊のこと、視線は
どうしても空中に偏っていた。”瞬きのサナ”が現れた時も直上からだったから尚更だ。
そして多くの者たちは上にいるきらりんと、天高くそびえる柱を自然と見上げてしまう。
それは無理もない事だったが、確かにその時きらりん以外の全員が、足元の世界樹の
切り株から意識を切っていた。
「え・・・みんな・・・足、足元!あしもとーーーっ!!!」
きらりんが皆を見下ろして何かに気付き、次の瞬間には絶叫していた。半ばパニック気味に
そう叫ぶ
「なっ!あ、足が!」
「うわあぁぁぁぁっ!」
「な・・・何だ?力が・・・抜けていく・・・」
なんと全員の足が地面に、いや世界樹の切り株に足首までめり込んでいる、人によっては
すでにヒザまで沈んでいる者さえいた。まるで流砂のようにその足を沈めさて、彼らを
捕らえる大地。今まで固い切り株だったのに・・・何だこれは!?
「世界樹が復活したのですよ。私の後押しを受けて、ね。」
「なっ!!?」
突如響いた声にきらりんが反応する、上だ!
「愚かですね、世界樹は魔界の養分を吸い取る樹だと知っていて、わざわざそこに
立つなんて。」
ピラァ・オブ・バーンの頂上にちょこんと座って、もがく彼らを眺めていたのはまさに
精霊、天の8行”輝きのサナ”であった。
「・・・みんな!」
下を見ると、もうみんな地面に突っ伏していた。まるで毒でも受けたように体に力なく、
流砂にのまれて行くかのごとく。
「あなたの・・・仕業なの?」
天を仰いでサナを睨み返すきらりん。とはいえもう
この巨大な柱を魔界に転送したばかりの彼女に今、戦うだけの余裕も皆を救う力も
残ってはいなかった。
「彼らは知識として、この世界樹が生気を吸い取る性質がある事を知っていました、
伝説として、ね。そして・・・」
きらりんは気付いていなかった。上を見上げているがゆえに、世界樹の切り株から
新たに芽生えた蔓が素早く伸びあがり、あっという間にきらりんの高度まで到達して
いたことを!
「え?きゃっ!何・・・嫌あぁぁぁっ!!」
瞬時にきらりんの体に巻き付き全身の自由を奪う世界樹の蔦。ほどなく首から下を
簀巻きにされた状態で、まるで蓑虫のように空中に固定される。
その目の前まで降りてきて、きらりんに顔を近づけて囁くサナ。
「そして・・・貴方もその事を知りました。生気を吸う木、その蔦に捕まっている。
それが何を意味するか・・・分かりますね、魔王様。」
きらりんに巻き付いている蔦が鈍い光を発する、その様はまるで飢え乾いた者が水を
浴びるかのごとく歓喜しているように見えた。
「っ・・・ああっ、ち、力・・・が・・・」
危機を悟り暴れるきらりん。だが最初こそ抵抗の表情だった彼女が、ほどなく力の
抜けたような顔つきに変わる。生気を吸い取られている、その様がはっきりと表れている。
朦朧とする意識の中、オグマが、リヴィアスが、魔界の戦士や職人たちが、そして
きらりん同様に蔦に巻かれているナタルコンと、リヴィアスの背中のミールがまるで
子守歌のように、彼女の紡ぐ言葉を浴びていく、薄れゆく意識の中で。
、
-知らなければ、力を吸われることは無かった。あなたも地上で平穏に暮らして居れば
こんな目には合わなかったでしょう-
-知ってしまったがゆえにその脅威からは逃れられない。知識あるがゆえに力を恐れる。
怖い話を聞いたばかりに何もない闇を怖がる、それと同じです-
-これが私の能力、
何気に作中最大のピンチ。