-天界-
「はぁ・・・」
物鬱気な溜め息をついて神殿から出てきたのは、精霊、天の8行”瞬きのサナ”だ。
自らの仕事が失敗しただけではなく、その事を神に懺悔に行った先での反応に、ズンと重い
荷物を肩に乗せられたようなプレッシャーを感じて。
「サナ、懺悔は・・・どうでした?」
そんな彼女に声をかけたのは、かつて同じように任務を遂行できず、神に懺悔をして
鬱な日々を過ごしてきた”満欠のネル”だった。
同じように神に不評を買った、いわば同類が増えた?との意識に、慰め合う相手が出来たことを
少しだけ期待して。
「それが・・・盛大に笑われました。」
「・・・はい?」
サナの言葉に目を丸くするネル。かつて彼女が懺悔した時は、神は無言のまま彼女を
責めるような視線を外さなかった、それは数日続いたおかげでひどく憔悴し、その後の
”魔界を閉じる”活動に全く参加できなかったのだ。
『知と策略を旨とするお主が、よもや手玉に取られるとはのう、ひゃっひゃっひゃっ!』
サナを生み出した魔族の神アグレシル、いわば彼女の主ともいえる神はそう言って笑った。
それも無理はなかった、彼女の得た能力”
駆け引きに勝てると確信しているがゆえに望んだ能力だったのだ。
それを逆に心理を手玉に取られ、あったはずの世界樹を無いと曲解させられた挙句に
無力化されたとなれば、それはもう笑い話にしかならない。
だが、魔界を閉じる指令を出した神に失態を笑われるというのは、果たして自分に対して
どういう評価を成されているのか計りかねない、いっそ叱られる方が神の意図を悟れるだろう。
「お互い、魔界を甘く見ていたのではないでしょうか・・・」
ネルはそう返す。考えてみれば彼女らの主神アグレシルは元々魔族、いわば魔界の代表みたいな
存在なのだ、神と比肩するのは無礼にしても、いささかその心理を侮っていたことは否めない。
ネルの”あらそいのたね”も、サナの”
それが”力こそが正義”の魔界相手にまさかここまで通用しないとは思ってもみなかった。
「ですが、諦めるわけにはいきません・・・魔界を閉じるのは私たち”天の8行”の使命なのです!」
そう吐き捨てるサナ。彼女は天の8行の中でも、魔界での活動を統括する存在。いわばこの
事業の中心人物の一人と言っても過言ではないのだ。
サナは周囲をきょろきょろと見回して、ネルに問いかける。
「シアやシルは今だ引きこもっているのですか?」
「ええ、二人とも何か考えがあるようですが・・・」
唯一この計画以前から存在していた古参の精霊”輝きのシア”と、サナと対を成す地上での
計画責任者”流れのシル”の二人は、先日地上に降りて以降、何やら独自の行動を取っている。
自分と同じ”天の8行”である以上、魔界勢に対して何か手立てがあるのだろう。
「今、魔界には”轟のニカ”と”落ちのイタ”が行っているはずです。彼女たちなら・・・」
竜の神ネスカトルが生み出した2人の精霊。他の6人と違い物理的な攻撃力を備えた彼女達なら
確かに魔界の抵抗を排除できるかもしれない。
だけど、とサナは思う。計画の主力である自分がこのまま他のものに任せっきりではいけない、
私も何か、何かできる事を、行動を起こさなければ・・・
-神に笑われたままでは、いられない-
「ネル、お願いがあります。手を貸してもらえませんか?」
◇ ◇ ◇
-魔界、サルトバーンにほど近い山岳地帯-
「ほう、久しぶりじゃのう、”轟のニカ”と言うたの、覚えておるぞ。」
「アンタにゃ酷い目に合わされたからねぇ、魔道鬼ロズテナー!」
一人の老魔族が自分の小屋の前で相対しているのは、金色に輝く妖艶な精霊。雷を操る
能力を持ち、かつてこの付近の泉でオグマ達と二度相対し、二度目に捕らえられるという屈辱を
味わった”轟のニカ”。
「それで、この老骨に何の用かの?」
そう聞きつつも羽織っていた上着を脱ぎ、年齢に似合わぬ筋骨隆々な体をゴキゴキ鳴らして
戦闘態勢を取る。目の前の精霊が放つ殺気はとうに認識済みで、ならば要件も明白だ。
「どこが老骨だよ、この筋肉オバケが!」
ニカもまた魔力を開放する。雷雲を呼び、己の得意呪文”
落とさんと構える。
「お前さんの相方はどうした?”落ちのイタ”とか言ったかの・・・」
「イタは・・・私の元を離れた。イタにはイタの戦いがある!」
そう言葉を叩きつけて、両手を天にかざすニカ。
「私には、私の戦いがなぁっ!
手を振り下ろすニカ。同時に天から十丈におよぶ雷が降り注ぐ、彼女の得意にして必殺の呪文が
魔界の外れに轟音を響かせる!
「雷道の錫杖!」
ロズテナーはその瞬間、懐から取り出した無数のロッドを放り投げる。長さ30cmほどの
その棒はまるで電を呼び込むように雷撃に打たれ、その威力をそのまま地面に受け流す。
いわば避雷針の役割をするそのロッドは、かつてニカと相対した彼がその対策にと、町の鍛冶屋
ドガ・カーンに依頼して作らせたものだ。勿論オグマ達も常備しており、いつこの精霊の襲来が
あっても対処できるよう備えていたのだ。
だが、今度は魔界の者たちが彼女を甘く見ていた。かつて神の意に従うだけと侮った精霊が
ここにきて執念を見せる!
-バリバリバリィッ-
なんと雷撃の一つがニカ自身に直撃する、かつて己の電撃をオグマに返されてKOされた彼女が、
今はその雷撃を浴び、あろうことかその身に雷の服を纏っているではないか!
「雷を使う者は雷を恐れる、だったなじいさん。だったら雷を克服するのも私の力だ!!」
だがその言葉は正確ではない、彼女の身を駆け回る電撃は、その黄金の肌を焼き、皮を割き、
体を次々と焦がしていく。それでも歯を食いしばり、ロズテナーを睨みつけて言い放つ!
「悪いけど、死んでもらうよ・・・ロズテナアァァァッ!」
◇ ◇ ◇
「ふぅ、ようやくトロル共も諦めたか。」
オグマが、魔界の戦士たちが群がるトロルの群れをなんとか撃退して一息つく。
ナナデローン大陸の外れ、この地が3本目の柱を転送する最適の場所だった。だがここは
野生のトロルの生息場所、縄張り意識が強い彼らはこの場に来たオグマ達をひたすら攻撃
してきた。上位種には知能の高い者もいるが、ここにいたのは野生の凶暴なトロルだけだった。
「ったく、魔界が閉じたらアイツらも全滅なんだ、解れよ!」
「話に聞いた”デストロル”でもいりゃあ話も分かるんだがな、全く野生の獣ときたら・・・」
口々にこぼす戦士たちにリヴィアスが、そして背中のミールが労いを兼ねてこう返す。
「ま、そう言うな。この場は絶対に外せない場所だからな。」
「ここに柱を建てられれば、もうこちらの勝ちは確約されたも同然ですから!」
魔界を閉じる計画を阻止する為の計画、
地上のつっかい棒にして落下を食い止める計画、その候補地の中でもこの場所は最重要の
ポイントといえた。
極端な話、ここにさえ建てられれば、ひょっとして他の5本は要らないんじゃないかと
言うくらいに、重心、水脈、地盤ともに申し分が無い地点なのだ。この地に来てから
ミールの念入りな水脈の調査がそれを証明していた、ここが正念場だと。
「ま、間に合って良かったよ。そろそろカウントダウンだぜ!」
「精霊の襲撃に注意しろよ、油断せずにな!」
「オーケーオーケー、こないだの例もある。警戒していくぜ!」
だが心配された精霊の気配もなく、きらりん達と打ち合わせたその時間が来る。
「「ゼロおおおぉっ!!」」
合唱の終了と同時に、巨大な柱がきらりんと共にこの地に姿を現す、それはまず
工事人の仕込んだ穴に収まり、あとはきらりんの魔法力でそれを垂直に立てていく。
それに伴い先端が天の大地に届き、こすれながら地面と垂直のポイントに持っていき・・・
そして、固定される。
-ビイィィィ・・・ン!-
天の重圧を受け止めて固定化される柱、やがて鳴動が止み、周囲が一時の静寂に包まれる。
「いよっしゃあぁぁーー!3本目ーーーっ!!」
「文句なし、これで勝ったも同然だ!」
「魔王きらりん様、万歳ー!」
歓喜に包まれる周囲の中、きらりんは両親にタオルで汗を拭いてもらう。オグマが
リヴィアスとミールに目線を合わせて、ぐっ!と親指を突き立てる。ナタルコンもまた
順調な計画にその目を緩ませる。
その時だった。先ほどとは違う鳴動が、この地に響き始めたのは。
-ズズン、ズ、ズズ、ズズズズズ・・・-
「な、何だ?地震か!?」
小さな振動から始まった揺れは、ほどなく彼らの体を縦にシェイクし始めた、地震だっ!!
「おいおいおい!こんな時に・・・マジかっ!?」
「柱はっ、大丈夫か!?」
「このタイミングで・・・まさか、精霊の仕業か?」
「まさか・・・この地で地震なんて・・・ありえません!」
リヴィアスの背中でミールが嘆く。事前の地質、水脈調査でもこの地は地脈的に極めて
安定しているが故の場所決定だったハズだ・・・それなのに!
-バシュウゥゥゥ・・・-
と、地面から何かが吹き上げた!これは、水煙?いや、湯気を引いているという事は・・・
「間欠泉!ありえない、この下に水脈など無いはずだ!!」
「だが出てるじゃないか!って、うわぁっ!こっちからも!!」
2本、3本、4本・・・次々と地面から飛び出す熱湯。これは何だ?一体何がどうなっている?
「水脈・・・まさか、あの精霊が!」
ミールの叫びに、オグマが、リヴィアスが、そしてナタルコンが反応する。水脈を
操る能力を有する精霊、”魔界を閉じる”事業の実行を担う、人魚のような姿を持つ
あの精霊か!
「「落ちのイタ!!」」
-ドッシュウウゥゥゥ・・・-
6本目の間欠泉、今までで一番太いその水から、水以外の何かが出てくる。それはまさしく
今しがた彼らが口にした名を持つ精霊だった。
「やはり貴方の・・・って、えええっ!?」
ミールがその姿を認めて、一息置いて絶句する。
美しかった彼女の体は、その左半身が焼けただれていた。それでもイタは彼らを笑顔で
見下ろして現状の説明をする。自身と勝利の確信を持って。
「この大地の下、50mほどの所にマグマ溜まりがあります、そこに水脈を引き、水を流しました。
間もなくこの一帯は吹き飛びます・・・逃げたほうがいいですよ。」
顔すらも半分近く焼失したにもかかわらず語るイタ。精霊が痛みを感じない存在なのかは
分からないが、その態度には彼女の断固たる決意がひしひしと感じられた、それだけで充分だ!
「みんな、逃げろっ!」
リヴィアスの叫びに応えて、全員が手近にいるルーラの使い手のもとに集まる。こうなれば
もう撤退しか手段が残されていない!
「だ、駄目ぇっ!柱が・・・柱が!」
「落ち着けきらりん!ここはもう駄目だ・・・無茶をするな!」
錯乱するきらりんをでろりんが抑えなだめる。たとえこの場の柱がダメになってもまだ
絶望的と決まったわけじゃない、だがきらりんに万一の事があるとこの計画は、そして
魔界は終わるのだ!
「「
各所から光の矢が飛ぶ、数キロ離れた所に着地した彼らはほどなく目にする。
今まで彼らの居た、柱を据えた大地が盛り上がり、衝撃と共に吹き飛ばされるのを!
-ズッドオォォォン-
地面が割れ、岩石が吹き飛び土が煙る。そんな中、
地中に沈んでゆく・・・決定的な柱が、彼らの希望が・・・沈んでしまう。
地中の空洞にあるマグマ溜まり、そこに水を引けば当然マグマの熱で蒸発して水蒸気になる。
瞬間的に体積を膨張させた水は当然のようにその場の圧を一気に高め、ついには上にある
大地を水蒸気爆発で吹き飛ばしたのだ。
その光景を呆然と眺める一同、勝利が確定したと思った次の瞬間に、状況を見事に
ひっくり返された・・・思わず呆ける者、がっくりとヒザを付く者、ため息とともにへたり込む者。
全員が計画の失敗に、絶望と無力感を隠し切れないでいた。
「まさか、そんな・・・」
ずるぼんにしなだれかかってそう嘆くきらりん。彼女は膨大な魔力を消費し、あの柱を
ここまで転送してきたのだ。その苦労が一瞬にして水の泡になる光景に落胆を隠せなかった。
『ふん、精霊共もついに我らの高みまで来おったか・・・』
そう発したのはナタルコンだ。そしてその言葉にオグマもリヴィアスも、ミールもこくりと
頷く。
精霊、神の使徒である彼女らは、今までただ神に従うだけの存在でしか無かった。
しかし先ほど見たイタのあの目は、確かな意志と決意を持って我らに相対する光を放っていた、
それは彼女らが単なる傀儡から、強敵へと昇華した証拠でもあったのだ。
オグマは噛みしめる、父ダルタレクの残した言葉を。
-敵と戦うという事は、敵の研鑽を知り、己の努力をぶつける事だ-
-敵を知れ、尊敬しろ、学べ、敵の強さを褒めよ。-
ここまでが順調だっただけに、精霊に対する認識が甘くなってはいなかったか?
あの”輝きのシア”が、地上で再会した時に思いがけず小物だったことに油断して
いなかったか?彼女らが反省を糧に成長すると何故考えなかった?
「締めていかねば、な。」
「ああ・・・こっからはもう油断は無しだ、あらゆる可能性を考えていくぞ!」
オグマとリヴィアスがそう言ってお互いを見る、敵が成長したならこちらも成長
するまでだ!との決意を込めて。
「やれやれ、ポジティブねぇあんたらは・・・」
既に寝入っているきらりんを抱えたずるぼんがそう嘆く。決定的と言われたこの柱を
沈められても全く諦める様子の無いふたりの戦士に呆れた声と、頼もしい視線を送る。
「ま、一度サルトバーンに帰ってから、計画の巻き直しだな。」
でろりんの言葉に一同が頷く。そうだ、やられた物は仕方がない、それに引きずられる
事無く前を向く、それこそが”力こそ正義”の魔界の強さなのだから!
◇ ◇ ◇
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェ・・・ッ!」
全身に黒い斑点を、火傷の痕を灯して息を荒げる”轟のニカ”。ロズテナーとの
死闘をついに制した彼女だが、彼女もまたロズテナーの避雷針に全身を貫かれ、その身を
岩壁に縫い付けられていた。
「あ・・・危なかった。もうちょっと粘られたら、私の方が・・・」
彼女のとった戦法は単純だった、己の身に雷撃呪文を纏わせて相手に抱き着く、ただ
それだけである。元々戦いの心得の無い精霊にパンチやキックなど出来る訳が無い、
なればこその全身ダイブで相手に電撃を浴びせ続け、ついには息の根を止めて見せた。
自身もボロボロになりながら。
そこにいたのは、かつてサルトバーンの泉で相手を侮り、神の力を妄信した彼女では無かった。
魔界の者を認め、それでも己の使命を果たそうとする天界の”戦士”がそこにはあった。
「これで・・・イタの奴の活躍が・・・生きるってモンだぜ。」
場面転換が激しいね・・・