「師匠・・・師匠!ロズテナー師匠・・・っ!」
リヴィアスが黒焦げになった遺体を抱きかかえて慟哭する。周囲にいるオグマ達は
沈痛な表情でその光景を噛みしめるように眺める。リヴィアスの恩師、魔道鬼ロズテナーの死、
その光景を。
3本目の柱を建てる計画が頓挫し、やむなくサルトバーンに帰ってきた一行を
出迎えた一同が青い顔をして指示した、外れの森へ、ロズさんの家に急いで向かえ、と。
到着した彼らが目にしたのは、一帯に散らばる火種と、焼け焦げて折れ、裂かれた木々。
地面に散らばり、崖の壁に無数に刺さった避雷針、そしてその空間の中心にうつぶせに
伏しているリヴィアスの師の、変わり果てた姿だった。
「これは落雷の跡・・・あいつか、”轟のニカ”!!」
「私たちが留守の隙に、ロズテナーさんを狙ったのですね。」
オグマとミールにはすぐわかった。ここで彼を倒した精霊が誰であるかが。かつて
皮肉にも同じ場所で相対し、一度は師匠が取り押さえた相手。そのニカが今度は
リベンジを挑み、そしてそれを成したと言う訳か。
『勇壮に戦い、壮絶に散っていったのだな。戦いの跡を見れば分かる。』
ナタルコンがそう評する。戦いを知るものならその現場を見て誰もが察するだろう、
そこであった死闘を。
何度となく落とされた
一度はあのニカをそこに張り付ける所まで追い詰めたのであろう。
そしてうつ伏せに、前のめりに倒れたその老魔道鬼の遺体が最後まで戦い続けた事を
鮮明に語っていた。称えるに値する見事な死に様であった、と。
「リヴィアス・・・」
「何も言うなオグマ。分かっている、分かっているんだ・・・師匠が、俺が嘆く事など
望んでいないことを・・・だけど、だけどなぁ、っ!」
そう言って死体を抱いたまま肩を震わせるリヴィアス。その頬から熱いものがひとつ、
またひとつ滴り落ちる、この素晴らしい魔道鬼との邂逅、そして思い出を噛みしめて。
魔道鬼ロズテナー。
彼がリヴィアスと出会ったのは今から9年前、崖の亀裂から憔悴しきった状態で湧き出て来た
人間にまず驚いた彼は、研究の対象として興味を示し、リヴィアスを保護、介抱した。
本来この魔界で人間は嫉妬と嫌悪の対象でしかない、神々に贔屓され、太陽の恵み降り注ぐ
地上を与えられたそのひ弱な種族を見れば、敵意と殺意の目を向けるのが普通だった。
だが彼はリヴィアスを受け入れた。当初は人間という滅多に見ないサンプルに興味を
引かれたのだったが、やがて彼はその復讐に燃える若者に感じ入り、弟子として迎え入れた。
「それはお前に力が無かったからだ、
戦士としての資質と、あの
教えれば、きっと強靭な戦士に成れる。そんな確信を持って彼はリヴィアスに様々な
指導を施していった。
付け加えるなら、自分と張り合えるほどの酒豪であった事も、師弟としての距離を縮めた。
「酒はいい、酒さえ飲めば笑える、笑って酔った後は己を切り替えて後悔を、未練を断つ、
そして前を向くのじゃ。」
それが彼の座右の銘だった。リヴィアスもまたその言葉が好きだった、彼が故郷を失った
憎しみに潰されず、この魔界で前を向いて歩み続けたのは、心の芯に抱いていたその言葉こそが
何よりの支えだった。
「なぁリヴィアス、みんなでハデに呑ろうじゃないか!!」
そう言ってリヴィアスの肩を叩いたのは鍛冶屋のドガ・カーンだ。彼もまた数少ない
ロズテナーの呑み仲間で、そんな縁もあってリヴィアスの
「いいぜ!やろうやろう!」
「町を救った英雄に乾杯しようぜ、みんなで!」
「あの巨人化呪文たまげたなぁ、でっかい事はいい事だ!」
周囲の面々がそう声を上げる。彼らにとってロズテナーは、かつてエイの怪物が町に
乱入してきた時、
じいさんだった。
「・・・みんな」
リヴィアスが涙目で振り返る。かつて師匠は偏屈者として町ではあまり好意的に受け入れて
いないように感じていた。だが、あの一件以来彼は町の英雄となり、皆に慕われる存在に
なっていた。魔界を閉じる天界の対策にも度々知恵を出し、皆の意見をまとめて来た。
その彼が育てたリヴィアスの魔界での活躍、この町でのエイとの戦い、ロズテナーが
育んだその戦士が縁となって、今や地上の人間との交流すら出来つつある。
彼は間違いなく、この魔界の町を、その認識を変えた人物なのだ。
「みんな・・・ありがとう。」
ロズテナーの死体を抱えたまま、リヴィアスは立ち上がり頭を下げる。
そうだ、まずは呑もう。この立派に生涯を駆け抜けて、戦いに散った老人を祝って!
その夜、サルトバーンはカーニバルとなった。柱を建てる作戦が失敗した日であるにも
かかわらず、また町の英雄が天界の使徒に殺された日であるにもかかわらず、彼らは
歌い、踊り、飯や酒をかっ喰らってロズテナーを夜通し称えた。
「でっかい、本当にでっかい爺さんに乾杯!」
「研究に生涯をささげ、最後は死闘の末に散った!こうありたいもんだなぁ・・・」
「ごたくはいいんだよ!喰え、呑め、踊れーっ!!」
馬鹿騒ぎを眺めながら、オグマ達は領主ケートスの館の前に据えられたロズテナーの
墓の前に佇んでいた。リヴィアスが墓に酒をかけ、際ではドガさんが樽ごと煽りながら
泣き上戸になっている、もっとアンタと呑みたかったよ、と。
と、空から一条の光が輝き、彼らのもとへと飛んでくる。ルーラで帰って来たのは
きらりんとその両親だ、3人は今日の作戦の失敗とロズテナーの死を、冥竜王ヴェルザーに
報告に行っていたのだ。
「おーおー、バカ騒ぎしてるなぁ。」
「あたしゃもう疲れたけどねぇ、寝酒呑んで寝たいわよ。」
そうおどける両親から一歩前に出て、リヴィアスと、そしてロズテナーの墓の前に立つ
きらりん。
んっ!と可愛らしい咳払いをひとつついて、二人に報告する。
「ヴェルザー様からの伝言です。『そなたに竜の血が流れていなかったのが無念でならぬ、
またそなたが
そう言ってふふ、と笑い、こう付け足すきらりん。
「困難も何も、成し遂げられずに石にされてるのによく言いますよねぇ。」
「はは、そりゃもっともだ。」
リヴィアスが答え、一同が笑う。確かにヴェルザーがもっとロズテナーを重宝していたら
未来はもっと違うものになっていただろうか。
様々に思い出を語りながら、魔界の通夜は過ぎていく。リヴィアスもオグマも痛飲し、
そのまま墓の前で酔いつぶれて眠りに落ちて行った。
翌朝、といっても太陽の届かない魔界では明るさにそう差があるわけでは無いが、
とにかく朝に設定された時間、リヴィアスはミールに揺り起こされる。隣にはきらりんと
でろりん、ずるぼん、そしてナタルコンも居並んでいた。
「あたた・・・さすがに呑み過ぎたか。これから柱の対策会議しなきゃって時に・・・」
大いびきをかいて眠るオグマの横で頭を振って上半身を起こすリヴィアス。
「なぁ、さっきケートスさんと俺達でちょっと話したんだけど・・・」
でろりんに続いてずるぼんが、どこか心に引っかかっていた疑問を投げかける。
「なんでその精霊・・・ニカだっけ?ロズテナーさんを狙ったのかねぇ。」
言われてみればそうだ。我々の”柱を建てて魔界を救う”計画は既に進行しており、
ロズテナーがそれに大きく関わっているわけではない、なのにどうして師匠を?
『かつてロズテナーはニカを取り押さえ拘束した、その報復と考えるにはいささか戦いが
激しすぎたな。』
ナタルコンがそう続く。確かにあの現場から察する”死闘”は、単なる怨恨での戦いを
遥かに超えるものだった。
「私、思うんです。ニカと昨日会った”落ちのイタ”は常に共に行動していました。
だけど昨日は別々に動いていた、何かわけがあるように思えて・・・」
ミールの言葉にうーん、と唸るリヴィアス。確かにあの二人はセットで行動していた、
それが昨日は全く別の場所で、別の行動をしていた・・・
本当に、そうか?
昨日のイタの行動、柱の下の地を破壊し、こちらの作戦を頓挫させる。
昨日のニカの動き、師匠を生かしておけなかった理由。
この二つがもし別々の行動でなく、連動しているものだとしたら・・・
師匠なら、あの沈んだ柱を再び浮かせて、支えに出来るのか?そんな計画が師匠には
既にあり、それを察したニカが師匠を・・・いや、仮にそんな方法があってもそれをニカが
知っているはずは無い、魔界の住人個人のプライベートまで精霊に知られてたまるかい。
なら、彼女が師匠について知っているのは、彼女たちを拘束した
町を救う為に使った
「・・・なぁきらりん、ひとつ聞いていいか?」
「え、何ですか?」
まさかとは思う。しかしもしそうなら今回の精霊たちの行動が一本の線で繋がる。
続きを、慎重に言葉を選んで話すリヴィアス。
「あの柱、魔力を通して操れるんだったな。」
「え・・・ええ。あの材質は魔法を通す、いわば理力の杖のでっかい版みたいなものですから。」
「なら例えば、大きくなる呪文とか通せば、あの柱も大きく出来る、のか?」
我ながら馬鹿げた質問だとは思う、風船じゃあるまいし魔法力を通したくらいで
物体が巨大化するなどありえない・・・んじゃ師匠の呪文はどーなんだ?と葛藤する。
「そんな呪文あるわけないじゃないですか!」
バッサリと斬って落とすきらりん。そりゃそうだ、見て無きゃとても信じられないだろう、
アレは。
「あるんですよ、それが。」
ミールの言葉にええっ!?という顔をするきらりん一家。まさかそんな・・・
「も、もしあるなら・・・出来ると思います。魔力を通して伸縮出来る武器とかもありますし。」
彼女の
長さを変え、変形すら可能にしていた。もしそれと同じことがあの柱で出来るなら・・・
「それだ!・・・あの柱に師匠の
今からでも、沈んだ状態からでも天の大地に届く!!」
全員の体に気付きの電流が走る!思わずナタルコンが言葉を繋ぐ。
『そうか!なればこそニカはロズテナーを狙ったのだ、あの柱を再び支えにさせぬ為に!』
「だとすれば・・・ロズテナーさんの家から
会得すれば、再びあの柱が生きますっ!」
ミールの言葉にきらりんの目が輝く。苦労して運んできた柱が無駄になった昨日、彼女の
モチベーションはかなり下がっていた。それがまた生き返るとなれば・・・やったぁっ!!
未だ高いびきを響かせるオグマの周辺で一同が意気を上げる!ロズテナーの残した
置き土産が今、一発逆転の切り札になり得ることに歓喜する!!
「師匠!」
そう言って墓を見るリヴィアス。その目には彼の師匠の老人が『やっと気づいたか』と
呆れる姿が見えた気がしていた。