東方短編集   作:slnchyt

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携帯を落としただけなのに

―携帯を落としただけなのに―

 

 

 

もう、止まれない。止まりたくない。

 

 

 

その日は少し、天気が悪かった気がする。おでかけという気分ではなかったけど、こういう時こそネタがあるに違いない。そう思ってた。…うん。思えばあんな事になるなんて、この時は全然思っていなかった。烏の羽根にかけて、ね。

 

結局、特になんにもなかった。折角だから山から見下ろす自然の写真を取ろうとしたんだけど…その時、手が滑って携帯を取り落してしまった。転落防止にかけていたストラップは…ぷちんと切れた。いくら何でもタイミングが悪すぎる。文なら咄嗟に飛び込んだだろうけど…私には無理だった。

 

私はしばらくの間、闇雲に旋回していた。中に入って探すのはちょっと怖かったし、何処に落ちたかも見当がつかなかったから。どうすればいいのか自問しながら、それでも答えは出てこない。ちょっとだけ泣きたくなってきた時――その人は現れたの。

 

「どうなさいましたか」私の姿を見て、来てくれたのは白狼天狗。今まであまり接する機会はなかった。少しだけ怖いイメージもあったけど、正直に話した方が良い気がした。「携帯をね、落としちゃったの…」「携帯?」「こういう感じの、四角い…」私の説明は、通じただろうか。

 

「探してまいります」そう言うと、白狼は真下の森に入っていった。…本当に見つかるかな。あんなに木々が茂っているなら、難しいかもしれない。無理なお願いをするんじゃなかった。そう思っても、もう遅い。「そこの烏天狗。何か用事か?」更に白狼が二人、私の所にやってきた。

 

「あのね、携帯を――いえ、この下で探し物をしてくれてる人に伝えて。もういいからって」白狼は怪訝な顔をしてたけど、とりあえず通じはしたらしい。二人は森の中に入っていった。…ここにいても仕方がないか。携帯に未練はあったけれど、代えは利くものだからと、言い聞かせた。

 

――家に帰ってしばらく、私はぼんやりとしていた。携帯の事もそうだけど…それよりも、あの白狼の事を考えてた。礼儀正しくて、精悍な顔をしてた。どうしてあんなお願いしたんだろう。窓を見る。…外は雨だ。風も強くなってきた。明日、自分で探そうとも思ったけど、無理かもしれない。

 

――チリリン。呼び鈴が鳴った。誰だろう。「誰ですか?」私の問いに――あの人は答えた。「携帯、探してまいりました」私は一瞬どきりとして――慌てて扉を開けた。そこにはびしょ濡れになった白狼が立ってた。懐から大事そうに取り出したのは、私の携帯。「遅くなりました」

 

「遅くだなんて、そんな…ごめんなさい、無理なお願いしちゃって…」「仕事ですから」白狼の手から、携帯をそっと受け取った。あの二人は伝えてくれなかったのかな。それとも、話を聞いてもずっと探してくれていたのかな。「それでは、失礼します」「あっ…ちょっと待って!」

 

「何か」何かって言っても、私だってわからないよ。でも、このまま帰らせちゃいけない気がした。「…あのね、シャワー浴びていったらどうかなって。服も乾燥してあげるから」「そういう訳にはまいりません」白狼は踵を返して、帰ろうとした。「待って。せめて拭わせて」

 

「…それはご命令ですか?」命令?「えっと、そう――命令…かな?」誰かに命令するなんて――実際の所、慣れてた。実家にいた頃はそういうものとして受け入れていたし、みんながそれに従ってた。一人暮らしを初めてから、始めてそれが特別な事なんだなって気付きもした。

 

「…それでは、お邪魔いたします」白狼はその場で装備を解くと、私の家に入ってきた。私がシャワーを促すと、素直に浴びてくれてた。感想が終わるまではバスタオル一枚だったけど、そんなに抵抗は感じなかった。…肩や腕の筋肉が浮かび上がってる。とっても強そうだ。

 

「――ありがとうございました。それでは、失礼します」乾いた服を着て、白狼は玄関に近付いた。「あ、待って」私は至極当然の挨拶をした。「私ははたて、あなたは?」「犬走、椛と申します」椛。椛…。「また会おうね、椛」それが難しいのはわかっていたけど、私はそうしたかった。

 

「善処します」椛は立ち去り、扉が閉じた。外は夜。雲は晴れていて、月が見えてた。「椛、椛かぁ…」素敵な名前だな。また会えるといいな。…私は携帯を取って、念写をした。見つかるかはわからなかったけど、それはすぐに引っかかった。文と一緒の写真。…そっか、文の友達だったんだ。

 

文には何をしても敵わない。虚勢を張ったりもしてるけど、その度に私はぐにゃぐにゃした気分になる。今度だってそう。文ならあんな事にはならなかったと思うし。…でも、そのおかげで椛に会えたんだけど。私のわがままに付き合ってくれて、ごめんね。

 

写真をもっと探した。でも、あるのはその一枚だけ。なんだか椛は嫌がっているように見えるから、カメラが嫌いなのかな。魂を抜かれるなんて本気で信じてる人もいる。平気でそれを扱うのは、ひょっとしたら新聞記者だけかもしれない。それなら私達は、魂を抜いて回ってる事になる。

 

…魂か。椛の魂も、いつか抜いてしまえるかな。そんな事を考えていると、少しだけ頬が赤くなった気がする。ううん、きっともう会えない。私達烏天狗は、白狼の場所にあまり行ってはいけない事になっている。会いに行きたいけど、きっと良い顔はされない。実家に迷惑が掛かるかも。

 

…どうかな。行けない理由ばかり探しているかも。本当は行きたいのに。…行きたいのに? 本当に本当は、行くのが怖いんじゃないか。二度と会えない事をほっとしているんじゃないか。…好きになっちゃったかも、なんて…言えるはずがないよ。私は烏で、あなたは白狼なのに。

 

ごろんとして、クッションを抱き込んだ。こんなに心を乱されるのはいつ振りか、思い出せない。私にとっては初めて出会うタイプだったかも。実家にいた時から、白狼と言えば粗野な人達だって思ってたから。でも違った。お家の名前を出さなくても、あんなに優しくしてくれる人がいるなんて。

 

クッションを強く抱きしめた。これ以上は考えても意味がないと思った。それでも、椛の顔は頭から離れてくれなかった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「椛の事、ですか」私は文にそれを聞きたかった。どういう関係なのだろう。「あの犬コロは本当にお堅くて、口五月蠅くて、嫌になりますね」…聞いた私が悪かったかもしれない。「ところで、何故そんな事を聞きなさる?」文は物書きを止めて、こちらを見た。「ううん、ちょっと気になって」

 

「――おやおや、どうやらあのボケ犬が噛みついた訳ですな?」「…噛まれてはないよ?」「物の例えという奴ですよ。お姫様」文は道具を片付けると、私の顔を覗き込んできた。「そういうのは、遊びくらいになさい。花火に火気を持ち出せばどうなるか、想像できるでしょう? あなたでも」

 

…私のわからない、という顔を見て、文は片手を額に当て、手を振った。「調子狂いますね。これだから箱入りは…」何かをぶつぶつ呟いた後、文は私の肩を叩いた。「椛には近付くべきではありません。あなたではどうしようもなくなりますよ」文の言葉は、やけに真剣だった。…私は頷いた。

 

「…まァ、そういう訳です。わたくし射命丸はお節介焼きですからねェ。聞いた事、忘れてはいけませんよ」文はもう一度肩を叩くと、風に乗って飛び去っていった。結局、椛の事はほとんど聞けなかった気がする。それよりも、椛に――近付いてはいけないとか、そう言う話をたくさん聞いた。

 

…何故だろう。わたしにはわからない。烏と狼は一緒になれないから? …そんな事まで考えていないのに。ただ椛に会いたい。会って――そう、この間の事でもう一回お礼を言いたい。お礼を言って――どうするの? そんな先の事はわからない。会えればいい。会うだけでいい…

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

その日もネタは見つからなかった。空は生憎の曇り空。それどころか空の向こうから黒い雲まで近付いてきてた。あんなのに巻かれたらびしょ濡れになってしまうだろう。今日はもう帰ろう。何もかも明日にしよう。雄大な、見慣れた山の景色を後に、飛び去ろうとした――その時だった。

 

――雷が、すぐ近くの木を直撃した! 私は酷くひるんで、ポケットから携帯を――落とさなかった。今度はストラップも切れていない。…だけど、それだけじゃなかった。俄かに吹き出した突風。突風。突風が私を跳ね除ける。コントロールを失った私はなんとか態勢を立て直そうとした。

 

――もう一発、すぐ近くに落ちた!! もう少し場所が違えば、私自身に落ちていたかもしれない。――もうダメだった。私は完全にコントロールを失い、目下の木々の迷宮へと落っこちていった。何が起こったのかもわからなかった。バキバキ、という音と共に、私は意識を手放した。

 

―――

 

  ―――

 

…頬を打つ冷たい雨で、目を覚ました。風が枝をざざざ、と揺らしているのが聞こえる。

 

今度は私自身を落としてしまうなんて。えへへ、と苦笑いが漏れた。早く家に帰って、写真を確認しなくちゃ。買い物にもいかないとね。私は右腕を動かそうとした。動かない。左脚を動かそうとした。やはり動かない。苦笑いが、少しずつ別の感情に変わっていく。

 

木々の間に引っかかって、身動きが取れない。背中に違和感があった。酷く痛い。「これって、折れてる…?」翼はきっと、まともに使えない。どうしたらいいんだろう。わからないけど…これはたぶん、とてつもないピンチなんじゃないか。この時になって初めて、私は震えた。

 

――ひょっとして、死ぬのかもしれない。

 

いくら声を上げても、この嵐じゃ聞こえるはずもない。冷たい雨が身体を打ってる。諦めるなんて私らしくないけど…私は酷く委縮していた。こんな事は初めてだった。誰も助けてはくれない。誰も見つけてくれない。考える度に恐怖がやってくる。目を閉じた。何も考えないように。

 

雨が降り続いている。痛みを感じなくなってきた。烏天狗がこのくらいで死ぬはずがない。…でも、ずっと見つからなかったら? 私が本当に死んでしまうまで、誰も探し出してくれなかったら? 再び恐怖がにじり寄ってくる。だめだ。このままじゃ。身体の前に、心を殺されてしまうよ。

 

必死に風を繰るけど、私は文みたいに上手じゃない。なんとか絞り出した風の刃は、枝に弾かれた。傷一つついていない。変に腕を動かしたせいで、ますます締め付けが強くなった気もする。息を吐いた。最後の抵抗もこんなものなのか。私は、私自身の無力を呪った。

 

――ガサガサ、と大きな音がした。それは上ではなく、下の方から聞こえた気がする。…どうでもいいや。私はここで死ぬんだもの。もう何の希望もない。考える必要もない。ただ死ぬのを待つだけ。死ぬのを。死ぬのを…

 

「…いやだ――ッ! 助けて、椛――!!」

 

何処から出たのかわからない声で、私は叫んだ。そうだ、死にたくない! 私にはやり残した事が一杯あるんだ。もっと色々な事をしたい! 文にだって勝ちたい! ――それにまだ、椛にだって会えてない!! 椛に会いたい、会いたいよ!!

 

「いずこですか! はたて様!!」

 

下の方がから、声がする。確かに聞こえた。あの声が聞こえた!!「上っ、上を見て!!」私の言葉は、確かに通じた。

 

きらめく刃が周囲の枝を切り払った。転がり落ちる私を、逞しい腕で支えてくれた。「すぐに医者を当たりましょう」「待って」絶対に、伝えなきゃいけないと思った。「ごめんね。ありがとう」「仕事ですから」椛はそう返事をして――私に、微笑んでくれた。

 

私を前に抱いて、椛は飛んだ。本当は私も飛べそうだったけど、こうしていてもいいかな、って思った。「たまたま、墜ちる所を見たのです」「…あ、覗いてたんだ」私は少し意地悪な質問をした。「…いえその、決してはたて様を覗いていた訳ではありませんが」慌ててる。図星だったのかな。

 

―――

 

  ―――

 

――それからの私達は、場所を決めては二人だけの時を過ごした。話したい事は一杯あった。椛はそれをじっと聞いてくれた。その内に私達は、たぶん…お互いを今以上の関係にしたい、と思っていたかもしれない。そんな事はとても口にできない。それが絶対に許されない事だとわかっていたから。

 

今の幸せな時間を失ってしまうのは、辛い。今のままがずっと続けばいい。そう思っていた。…それすらも、許されないのだと、私達は知ってしまった。

 

「そういうのは良くないぜ、椛」手に手に剣を持った白狼が、私達を囲んでいた。「上を誤魔化すなら、私らで解決しなきゃな」

 

椛は何も言わずに装備を解いた。そのまま何処かへ連れられていく。「待って!」伸ばした手を、白狼が遮った。「あんたは何も見なかった。ここにもいなかった。それで円満解決だ。…悪いな」白狼は剣を収めると、椛達と一緒に行ってしまった。どうすれば良かったのか、わからなかった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

――椛のいない生活は、どうしようもなく味気なく感じた。いつもは楽しかった事、何もする気にならなかった。会いに行くべきではない。頭ではわかっていたけど、足はそこへ向かおうとする。それを押しとどめるのに、私は一杯一杯だった。あなたに会いたい。ダメだ。あなたに会いたいよ。

 

ふと、携帯を見る。待ち受けは椛の写真。…何の気なしに、私は念写を試みた。椛の写真。――あった。…あった? 私は慌ててそれを確認する。巨石の前で、何人かの白狼と一緒に、椛が写っている。その巨石の事は知っていた。そこでも沢山お話をした。…でも、誰が撮影したの?

 

…そんな事は、今はどうでもいいか。懸命に頭を回転させる。この写真が日常の中で撮られたとすれば、椛はそこを通りがかる事があるって事だ。夜中に、複数人でそこに行く理由は――どうだろう。私の考えている通りなら――

 

つまり、椛は巨石の近くで仕事をしているんじゃないか。そう思った瞬間、私はもう居ても立っても居られなかった。そこに行けば、椛に会えるかもしれない。慌てて支度をした。もう頭の中は椛の事で一杯だった。後先を考える余裕もなかったくらい、私は燃え上がっていた。

 

――写真の撮られた時刻は、深夜だった。私はしめやかに巨石の近くへ隠れた。たぶん、ここを通る。それをじっと待つ。片手にカメラを構えていた。これもきっと役立つ。…向こうから、白狼の一団がやってくる。その中に椛が…いた! 最後尾をゆっくりと歩いている。

 

「やれるよね」私は息を吐いた。やれなきゃダメだ。私は前を通りかかる白狼に――フラッシュを焚いた! 繰った風の塊を他の白狼にぶつけ、外へと飛び出した!「椛! また会えたよ!!」私の言葉に、椛は耳をぴくり、と動かした。私は少しでも近づくべく、走る。走る!

 

私の風でも、よろけさせるくらいはできた。フラッシュを焚いた一人はまだ前が見えていない。もう一人は…私の顔を見て、ギョッとしたようだった。私は一番近い白狼から剣をひったくると、彼らに向けた。こんなもの持った事もないけど、それしか思いつかなかった。

 

「いやいや嬢ちゃん、やめなって…」私は周囲に風を繰った。「姫海棠の名をもって命ずる。退け」じりじりと近付く。「…どうする?」白狼達は…恐れるというより、困っていた。「いや、私らの上にも大天狗様がさ…許してくれよ」彼らは剣を抜いた。勝てるはずがない。でも、椛が。

 

「…うおっ!」白狼の一人が突然に体当たりを受けた。刃がきらめく。白狼達が振り向いた瞬間、それはあっという間に剣を弾いてしまった。「こら、暴れるな椛! お前は前科がついてんだから!」白狼の説得を、しかし椛は聞かなかった。「退け。私達の事はもう放っておけ」剣が、近付く。

 

「…仕方ねぇな」白狼の一人が、後ずさった。「私らは何も言わないが、すぐばれるぜ。どうすんだ」どうする。どうしようと思っていたんだろう。…特に何も考えていなかった。勢いだけでこの場まで来たんだ。…なら、このまま勢いのままに走るしかない。剣を捨て、私は手招きした。

 

椛は反対しなかった。あなたの生き方を変えてしまったのに。ありがとう、とあなたは言った。私だって、嬉しかった。…なら、私だって覚悟を決めてやる。私達は逃げた。逃げるしかなかった。でも、逃げる私達の背を、あなたは押してくれていた。私も押そうと思った。互いに押し合って、逃げる。

 

私達は月夜を飛んだ。追ってくる人は、誰もいなかった。飛ぶのは椛よりも私の方が速かった。だから、手を繋いで、引っ張った。椛は微笑んだ。私も笑った。この先にどんな事が待ち構えていたとしても、二人なら乗り越えられる。――根拠はないけど、そう思った。

 

私の背中を、椛が抱いた。私達は一つの影になりながら、山の外へ、外へと飛んだ。決して忘れられない、素晴らしい逃避行だった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「それで、行かせた訳ですか」私には理解しかねる…いや、心情的には理解できますがね。お偉方としては少々突飛な話ですな。「世間を見せてあげたかったというなら――まあ、感傷が過ぎると思いますが。第一、あの犬コロは噛みますよ。彼女を」姫海棠の老人は何も答えなかった。

 

「――ほう、今は連れ戻す気はないと?」私は口元を隠した。「ええ、噂はかねがね。今や遠い昔の話ですが。あなた様も駆け落ちされた事があるとか」老人は静かに笑った。「それも、あどけない白狼の少女と。――まあ、言うなれば血は争えぬ、という奴でしょうか」

 

あぐらを整え直した。「それで、何故わたしにそのような話を? …やや、大方は予想しておりますが。あなた様の命令とあらば、断る訳にもいきますまい。…しかしまあ、少々過保護でございますね」老人が差し出したのは、金のインゴット。「頂いておきます。少々入用になりましょう」

 

私は立ち上がり、飄々とお辞儀をした。「それでは、子守りの御用、承りました」私の去り際、老人は笑い顔半分、憂い顔半分を浮かべていたように見えた。あなたの恋がどのように破れたかは存じませんが、その復仇を孫でやろうと言うのは少々お節介にも思えますがね。まあ、いいでしょう。

 

あなたがたの恋を邪魔する痴れ者、この射命丸が振り払ってみせましょう。あなたがたはあなたがたの足で、己が障害を乗り越えていけばよろしい。そう簡単な話ではないでしょう。しかしてそれは必然。困難の中で愛は燃え上がるものです。身構えなさい。支え合いなさい。

 

「――まあ、私とて平常ではいられません。ひねくれた恋心を、同時に二つ失ったのですから」姫海棠家の窓から飛び出す。「あなたが好きだと、素直に言えれば、どれだけよかったでしょうね。しかしてそれも、今や遅し」私も少しばかり、感傷的だったかもしれない。風に乗り、涙が飛んだ。

 

「負け犬には負け犬の矜持がある」周囲に風の渦が巻く。「あなたがたにはわからないでしょう。わかって頂く必要もありません」遠くの空に烏と白狼の影が見えた。山の老人達の差し金だ。「今宵の私は機嫌が悪いのです」私は風を繰り、疾く、烈しく、空を駆けた。

 

「――さあ、私と遊びましょう!」

 

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