東方短編集   作:slnchyt

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魔法使いの帽子

―魔法使いの帽子―

 

自宅の近く、森を少し入った場所に、いくつかの墓がある。その中でも風化の進んでいない墓石は、実際ごく最近に立てられたものだ。彼女は知人だった。知人は、弔ってやるものだ。しなびた花を取り換える。墓石の上に乗った帽子を眺める。それは魔法の産物故か、未だに形を保っていた。

 

まるで、彼女が生きているかのように。――感傷に意味はない。だが、意義はある。人形を繰る。すべての墓石を綺麗に磨く。私も彼女のそれを、布で拭いてやった。彼女の生前にこんな事をしていると知られれば、恐らく神妙な顔をしただろう。今では彼女も、その仲間入りをしてしまった。

 

―――

 

  ―――

 

私が自宅に戻ると、そこには先客がいた。私は己の目を疑い、そして正気を疑った。その背にはどうしようもなく見覚えがあった。だがしかし、彼女は死んだのだ。死体を確認し、埋葬すらしたではないか。――声をかけるべきか。思い悩む私の前で、その身体は、こちらを向いた。

 

「どうしたんだ、アリス?」

 

「――あなた、誰?」「なんだ? 私は私だぜ。質実剛健、努力家の魔法使いさまだ」彼女はすれ違いざまにタッチした。「何処か行ってたのか? そうだ、ロマンチックなとこか?」私は完全に固まっていた。七色の魔法使いとして恥ずべき行動だった。しかし、これは、誰だって動転する。

 

幽霊――いや違う。今触れた手には確かに体温があった。亡霊――それも違うだろう。彼女の肉体は火葬に付し、丁重に弔った。正にことさら執着している風もなかった。それなら、今の彼女は――一体何者なのか。私の視線に、彼女はじっ、と視線を返してきた。「おっ、にらめっこか?」

 

私は首を振った。「いいえ、少し――疲れているだけよ」彼女はニヤリと笑った。「お前も疲れたりするんだな。いつも全力を出したくないって言ってた癖に」そうだ。それを知っているという事は、目の前の存在は確かに魔理沙なのだ。「…久しぶりね、魔理沙」「おう、久しぶりかもな、そういや」

 

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私達は博麗神社に向かっていた。この事を霊夢に伝えなければならない。舞い降りてきた私達を見て、霊夢は卒倒する寸前だったかもしれない。冷静沈着な私ですら驚いたのだ。この反応は仕方がないだろう。「嘘、でしょ…」「おいおい、お前までオバケを見たような顔すんのかよ」

 

「いやだって、あんたは――」私は手を振って、それを遮った。彼女が本当に魔理沙なら、死んだ時の話をするのは良い反応ではないと思ったからだ。「その、中に入りなさいよ。話でもしましょう」「そうだな、顔出しだけするつもりだったんだが…まあ、いいか」魔理沙は箒を立てかけた。

 

「はい、お茶」差し出された茶に、しかし魔理沙は手を振った。「いや、今は喉乾いてないんだ、悪いな」そう、と呟き、霊夢は湯飲みを下げた。内心がどれだけ乱されているかはわからない。「しかしあれだな、私達どのくらい会ってなかったっけ?」「…そうね。確か、半月くらい?」

 

心の傷が癒え始めるくらいの頃だ。そこに魔理沙は現れた。以前となんら変わらない姿、変わらない対応。まるで魔理沙が、蘇ってしまったかのように。「その、あんたがいなくなってたから――ね、ちょっと驚いちゃって」霊夢は話し辛そうだ。私も楽しくお話しできるとは思ってはいない。

 

「私がいなかったって――そんな事あったっけ?」魔理沙はよくわからない、というポーズを取った。魔理沙が何も知らないとすれば、或いは私達の記憶の方がおかしいだろうか。いやしかし、彼女の交友関係の人妖はこの事を知って――しかし、そうだ。実際にそれを見たのは私達だけだ。

 

「ねえ、その…魔理沙」霊夢が呟いた。その目には涙が浮かんでいた。「なんだよ霊夢、ハンサムな私に当てられちまったか?」そりゃ困るぜ、と魔理沙は続けた。軽口の叩き方もそっくりだ。十人が十人、魔理沙と言うのではないか。私は若干の警戒を解いた。不思議な事も世の中にはある。

 

「じゃあ、そろそろ行くぜ」いくらかの世間話の後、魔理沙は退出しようとした。霊夢は何か言いたげだったが、言葉にならないようだった。私と共に歩き始めた魔理沙は――「そうだ、私の家に行こうぜ。素敵が待ってる」魔理沙の意図はわからなかったが、私は承諾した。

 

―――

 

  ―――

 

魔理沙の家は相変わらずだった。ゴミだかゴミだが、それともゴミなのか。山と積まれたそれを横目に、私は部屋へと通された。「コーヒーでも飲むか?」私はとりあえず、頷いた。魔理沙は奥に引っ込んだ。部屋を見回すと、以前にはなかった、少しばかり興味のあるものを見つけた。

 

それは、ぬいぐるみだ。私から見れば稚拙としかいいようのないそれは、しかし何処か美しくすら感じた。そこには私、霊夢、パチュリー、レミリアにフランドール、それから。いくつもの知り合いのぬいぐるみが並ぶ中、私と霊夢の隣は、不自然に開いていた。そこにあったのは、恐らく。

 

「おい、どうした?」彼女が部屋を覗き込んできた。「どうだ。いいだろ、それ」「…そうね」私は振り向き、視線をそらした。いくら探せど、その場の何処にも、魔理沙のぬいぐるみは置かれていなかった。一人分のコーヒーを飲みながら、私の中で何らかの疑問が膨らみ始めていた。

 

―――

 

  ―――

 

私達は森の中を飛んでいた。魔理沙が良い所を知っているというので、ついてきたのだ。あまり興味はなかった。むしろ私のそれを、確認したくてその背を見ていたのかもしれない。魔理沙は箒で、枝と枝の間を突き進む。あんなにスピードを出したら、避けられないだろうに。

 

「いてっ」やはり。ここいらは枝が多いからな、と魔理沙は苦笑いした。――私はそれよりも、魔理沙の顔を注視していた。髪の毛だとか、そういうものじゃない。彼女の顔にある不自然なもの。私にはそれが、ほつれに見えた。人形とは常に接している身だ。見間違えとも思えない。

 

「昼間の森だってロマンチック、だろ?」「――そうね。余計な邪魔が入らなければ」そうだ。周囲に獣の気配を感じる。威嚇してもいいが、噛みついてこられると面倒だ。「帰りましょう、魔理沙」「えっ!? あ、ああ」何処か不服げに、魔理沙は飛び上がった。私もそれに続く。

 

「結局ここかぁ」魔理沙はスン、と着地すると、私の自宅を眺めまわした。「なあ、夜まで居ていいか? そうすりゃすこしはいい雰囲気に変わると思うんだが」「――随分、雰囲気に拘るのね?」「そいつが私の望みだからな」魔理沙は笑い、テラスチェアに座った。紅茶は、断られた。

 

私はもう、魔理沙の言葉を信用していなかった。疑問は疑念に変わり、そして確信へと変わろうとしていた。私は己の疑念が正しい事を証明したかった。それで私は、魔理沙を試そうと思った。思い違いなら、私が失態を晒すだけだ。合っていて欲しくはない。しかして、事実は絶対だ。

 

「魔理沙」「どうした」「魔理沙」「なんだよ」「魔理沙」「んん?」「魔理沙」「おう、なんだ?」「魔理沙」「あー?」「魔理沙」「なにかしら?」「魔理沙」「魔理沙さまだぜ?」「魔理沙」「何の用だ?」「魔理沙」「なにかな、アリス?」「魔理沙」「なんじゃらほい」

 

――私は人形を、魔理沙に向けた。剣が、ランスが、レーザーが、魔理沙――いや、怪異を狙っている。号令さえあれば、即座にその身体をボロ雑巾にしてやれるだけの武力が、それに向けられていた。糸が、きしんだ。私は自分が怒っている事を理解した。とても、冷静ではいられない。

 

「いいえ、お前は魔理沙ではない」「なんでそんな事――今日はおかしいぜ、お前」「お前は魔理沙ではない」「まいったな、話が通じないぜ」「お前は、魔理沙ではない」私は更なる人形を繰り、周囲一体に張り巡らせた。「真の姿を現せ」「そういう事を言うのは良くないぜ?」

 

私の言葉に魔理沙――いや、魔理沙のようなものは困った風な態度を崩さない。しかし、それが不自然なのだ。彼女は怒りもしなければ、その場から立ち去ろともしていない。ある種機械的に反応を返している。つまりは――そういう事ではないのか。繰る手が、怒りに震えた。

 

「いやいや、痛いぜアリス――」ランスが貫いた。「これは痛いぞ」ソードが切り裂いた。「そんな怒んなって」レーザーが貫いた。「今のは、ちょっと効いたぜ」――血は、出ていなかった。断面からは白黒の毛糸玉が溢れだしていた。私は糸を繰った。人形がその身を雁字搦めに捕える。

 

茶を断り続けたのも自明だ。人形は茶など飲まない。複数人で話すのを嫌がったのも。迂闊に喋れば、ボロが出る。私に拘り続けたのは――わからない。何か理由があるとすれば、私が魔理沙の亡骸を直接葬ったという事くらいだ。まさかそれを恨んで、こんな事をしている訳ではあるまい。

 

「幾度とも告げる。お前は魔理沙ではない」人形に帽子を奪わせた。彼女は僅かに抵抗しようとしたが、諦めたようだ。帽子を裏返す。魔理沙の名前が書かれている。これをお前が身につける資格はない。「お前は魔理沙ではない。正体を現せ、怪異なるもの」差した先で、怪異が震えた。

 

「――そうだ、アリス」怪異は口を利いた。「私は魔理沙ではない。しかし、魔理沙であろうとしたのは確かだ」その声は低くしわがれていた。「魔理沙はお前を好いていた。なればこそ、お前に近付こうともした。魔法もそうだ。お前のように、人形を操りたいと思っていた」

 

「つまり、お前は魔理沙の人形」「そうだ」私は知っている。人形に己と瓜二つの姿形を、そして人格を与える魔法。私の主義には合わないから、思いつかなかった。「魔理沙の死後に、お前が動き出したのは何故か」「そうして欲しいと願ったからだ」「誰が願った?」「霧雨魔理沙」

 

――先の話で、何となく想像はしていた。彼女は蘇ったのではない。しかし成り代わられた訳でもない。魔理沙は自分の死後に、人形が動き出すように細工していたのだろう。しかし、何故だ。所詮、魔力が切れるまでの命だ。自分が生きているように見せかけた所で、悲しみを増やすだけだ。

 

「最高のタイミングで、伝えよと命じられた。もう、それはできなくなってしまったが」「…何を伝える?」人形の瞳が、私を見た。それは涙を流していた。そんな機能があるとは知らなかったし、必要もないだろうとは思ったが、魔理沙ならつけてもおかしくないな、とも思った。

 

「あなたを愛していると」「…あなたとは、誰だ?」わかっていた、もう。聞かなくとも。「アリス。アリス・マーガトロイド」拘束を、解いた。「それが目的であるなら、無意味だったかもしれないわね」私は怪異を助け起こすと、それを静かに抱きしめた。「…最期の言葉、確かに承ったわ」

 

「ああ」怪異――いや、魔理沙は震えた。「私は、もう必要ではなくなった」魔理沙の身体が私の手の中で、ぐずぐずと崩れていく。足元には白い糸、黒い糸、雑多な布きれや装飾がめちゃくちゃに混ざりあった。「さようならアリス。さようなら」――そこから魔理沙は、いなくなった。

 

――霊夢にも伝えなければならない。そう思った時だ。空の向こうから、何かが飛翔してくる。私にはそれが霊夢だとすぐにわかった。知人だからだ。知人の姿くらいは、覚えてやるものだ。「魔理沙が心配で来たの」空から霊夢がやってくる。「今は来ない方がいいわ」「――いいえ」

 

黒白の毛糸が無残に散ったそこに、霊夢は舞い降りた。「霊夢」その肩は震えていた。「魔理沙は蘇ってなんていない。私達がそう勘違いしただけなのよ」私の宣告は、残酷だっただろうか。「わかってた」霊夢は顔を伏せた。「わかってたわ。でも、あいつが帰ってきたのは、嬉しかった」

 

飛び去る霊夢の背を見た。夕日を見た。やがて夜が訪れる。私は立ち尽くしたままだった。「魔理沙」彼女の名を呼んだ。私は人形を繰り、白黒の糸を集めさせた。これは正しく感傷だろう。けれど、そうする意味はあったと思う。部屋に戻ると、道具を取り出し、ぬいぐるみを作り始めた。

 

私にとっては簡単な仕事だ。魔理沙にとってはそうではなかっただろう。黒の毛玉で糸を繰り、白の毛玉で糸を繰った。綿を入れれば、それはすぐに完成した。魔理沙の人形。あの場に座るのが相応しい人形。…まだ、糸は残っている。私は糸をかき集め、まったく同じものを二つ、作った。

 

―――

 

  ―――

 

自宅の近く、森を少し入った場所に、いくつかの墓がある。その中でも風化の進んでいない墓石は、実際ごく最近に立てられたものだ。彼女は知人だった。知人は、弔ってやるものだ。しなびた花を取り換える。墓石の上に乗った帽子は風化し、ぼろぼろになっていた。もはや帽子とは言えない。

 

ああ、彼女は死んでしまったのだ。――感傷に意味はない。だが、意義はある。人形を繰る。すべての墓石を綺麗に磨く。私も彼女のそれを、布で拭いてやった。――私は最後に、魔理沙の残した帽子を、墓石に乗せてやった。魔理沙の墓は、より魔理沙らしくなった気がした。

 

――私の自宅に一つ。霊夢の神社に一つ、彼女の自宅に、一つ。人形はあった。それはもう何の怪異も引き起こさなかったけれど、彼女との接点を、持ち続けたかったのだ。楽しそうにそれを作る、魔理沙の顔が浮かぶ。並べる顔も。魔力を込める顔も。今はもう、二度と見る事ができない。

 

 

 

ぼろぼろの帽子を抱き、呟いた。「――私もあなたを、愛していたわ。魔理沙」

 

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