東方短編集   作:slnchyt

20 / 68
#死亡 #流血表現


無償の愛

―無償の愛―

 

文を振った。

 

私が振った。その顔はうつむき、頭を振り、薄笑いを浮かべ――そして、一筋の涙を流した。「わかっていましたとも、椛」涙が、止まらないようだった。「あなたは本当に馬鹿正直で、嫌になりますね」涙。涙。「嘘でも、はいと言うべき所でしょうに」豪雨が、私達を濡らしていた。

 

「あなたを巻き込んでしまったのは――悪かったと思っています」「何も悪くなんかない」私は文の顔を撫でた。白い肌が泥に濡れた。「私が決めたんだ」「私を振ったのも、ですか?」「ああ」文が私の手を掴んだ。泥が、お前の顔を汚した。「これはきっと、恋なんかじゃない」

 

「ならば、何です?」「――わからない」私は手探りで剣を探した。それは運命めいて、すぐ近くにあった。「≪無償の愛≫というものもあるのですよ、椛」愛。愛。愛の形は一つではない。「無償の、愛」「私はもう、あなたに返せるものは何もありません」文は身をよじった。

 

「それでもあなたは、私を――愛してくれますか」文が手渡したのは、ハンカチだった。「――ああ。これは私からお前への≪無償の愛≫だ」文が激しくせき込んだ。私も口から、生暖かいものが流れるのを感じた。寝転んだ私達の背中は、決して優しくは迎え入れてくれなかった。

 

――私達は墜落していた。木々を薙ぎ倒し、身体は地に縛り付けられた。泥の中に、お前がいる。私がいる。そして、天から追手が舞い降りる。雨空は黒に覆われ、やがて私達を取り巻いた。手に手に≪死≫を携えて。私達が≪死≫を受け入れる、その瞬間を、待ち構えているかのように。

 

「せめて、一緒に死んでください」私は、それを無視した。「――どうしても、私の言う事を聞かないのですね」文は目を閉じた。私は剣を杖にして、立ち上がった。突き付けられた剣が、槍が、私達の結びを切り離そうとする。せめて、せめて最期は。かすれた声も、無視した。

 

お前を死なせない為なら、死神にだって立ち向かってみせる。……構えた剣には、力が入っていなかった。ただ気概だけが、私の武器となる。噛み締めた歯の間から、血が流れる。いくらでも流れるがいい。この命尽きる前に、お前を守り切ってやる。……剣が、槍が、二人に近付く。

 

幾多の槍が私の身体を貫いた。剣が私をぼろくずのように切り裂いた。それでも剣は離さなかった。槍を切り払い、穂先が刺さったまま、剣を振るった。一人、倒した。二人、剣を跳ね飛ばした。三人、私に気圧されて、後ずさった。四人が私を突き刺し、五人が私の全身を切り裂いた。

 

血に濡れた目で、敵を見た。気圧した。近付くものはいなかった。私は、お前を死なせない。私はお前の前に立つ。「――この命、燃え尽きるまで!!」私の叫びは血泡と化した。誰に聞かせる必要もない。私とお前だけに伝われば、それでいい。追っ手の烏は、手に手に、槍を投擲した。

 

穂先が幾度も私を貫いた。私は――もう、杖なしには、立ってはいられなかった。それでも、それでも。私は腹から槍を抜き、それを突き付けた。死なせはしない。――死なせなかったとして、どうなる?――そんな事はもう、考えてはいない。我執が、無償の愛が、私を突き動かした。

 

「お前は、恋心を、くれた。私も、愛を、返した。そうだ。私、は――お前を愛していた!」音にならない。しかし、きっと、きっと伝わったはずだ。飛び交う槍が、ついに私の心の蔵を貫いた。私は――お前に、覆いかぶさった。幾本もの槍が、私ごと。私達を。私達の命を、貫いた。

 

泥にまみれたハンカチが、死に染まる。地へ、地へと、命が流れていく。

 

(――あなたは、嘘吐きさんでしたね)

 

最期に、お前の言葉が、聞こえた気がした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。