東方短編集   作:slnchyt

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跳ねる玉兎

―跳ねる玉兎―

 

それは極秘の任務だった。集められた隊員は三人。経歴はなかなかだ。能力のほどは、今からわかる。

 

 

 

玉兎の居住領域を抜け、私達は長く複雑な通路を進んでいた。

 

ズリ、ズリ、ズリ。何かを引きずるような音が聞こえる。こちらに伸びた影。二つの耳を持った小柄な玉兎の姿。私は突撃銃を構える。「行くぞ」隊員は静かに頷く。顔はあまり覚えていない。覚えるだけ、空しい仕事だ。私は僅かに顧みると、合図を出した。四人の間に緊張が走る。

 

バタバタバタ!! 銃口が光を放った。頭を撃つ必要はない。我々は全身に満遍なく銃弾を撃ち込んだ。凄まじい血飛沫が床に広がる。倒れ込んだそれからも、赤い液体がドクドク流れ出した。全身が痙攣する。ぴんと伸びた耳が、血だまりへと倒れる。

 

「…死にましたかね?」「わからない。警戒を怠るな」

 

――今、我らが撃ち殺したそれは、玉兎ではない。そのように擬態した、肉の塊だ。体積からすれば異常なほどの血飛沫を噴き出す。その表面は常に湧き立ち、哀れな犠牲者をドロドロに溶かしながら取り込むのだ。…そして、このように、成り代わる。

 

「…気分は良くないですね」隊員の一人が呟く。この場には多くの玉兎がいたはずだ。今まで殺した肉塊という肉塊は、誰も彼もが違う顔をしていた。つまり、そういう事だ。生存者の救出が任務に入っていない時点で、上もそういうものとして見ているだろう。或いは玉兎如き、どうでもいいのか。

 

不意に先導が、止まった。私も、全員が立ち止まった。嫌な音。グラグラと湧き立つ音がする。反響していて、何処から聞こえるのかもわからない。これはまた、戦いになるだろう。四方を警戒していた私は…最悪の事態を、予感した。

 

「…通風孔!」警告空しく、天井の穴から肉塊が一つ…いや、数が分からない!! とてつもない量の赤い死が、隊員の一人に覆い被さった。「ウワーッ!?」生き延びた隊員が、しかしやみくもに銃を乱射する。「止めろ!」止めない。止まない。転進できたもう一人を背に、そいつは…

 

「逃げるぞ」末路を焼き付ける趣味はない。最後の隊員を先に逃がし、そいつを鉛玉で牽制する。のたうつそれの姿が、二人のものに代わっていく。「…許せよ」私はそれらにあらんばかりの銃弾を叩き込むと、隊員を追った。肉塊は血飛沫の中に倒れ込み、赤い赤い血を流していた。

 

あれから幾度も奇襲を受けた。その度に撃ち殺し、そして逃げた。肉塊は徐々に私達の行動を"理解"してきたように思えた。冗談ではない。もはや一人も死なせる訳にはいかない。私が先導し、一人はその後を進む。全身に抱えた装備が、こつりと音を立てる。これがなければ、何もかも終わりだ。

 

やがてたどり着いたのは、大広間。パイプ。チューブ。雑多な研究物品。そして――肉塊にまみれた、いくつもの培養槽。

 

――表の月から逃げ出した、実験生物。僅かな穢れすらも吸い取らせる依り代。完全なる永遠を約束するはずのもの。その身は72時間で崩壊するはずだったが、何らかの手違いで、こいつは逃げ延びていた。やがて月の地下という地下を這い、その表面を肉塊で覆い尽くすだろう。或いは裏の月すらも。

 

無限とも思える生命力。私は目を細める。直接被害が出なくとも、同じ事。あれは穢れそのもの。入り込まれた時点で、我々は負けたようなものだ…

 

「浄化爆弾を仕掛ける」「はい」残された隊員に背後を任せ、私は最も脆弱であろう肉の隙間に、爆弾を仕掛けていく。穢れたるものは素粒子まで分解される。我々玉兎すらその限りではない。真の月人以外を悉く殺す――否、根源から消し去る――恐るべき兵器だ。

 

その時だ。地響きを感じる。当然か。此処を破壊されれば、もはや肉塊は真に肉塊に戻る。そう聞かされている。私は隊員に近付き、銃を構え――天井から新たに生まれ落ちる肉塊を見た。…それは今にも、隊員を飲み込まんとしていた。

 

咄嗟に私は、隊員を庇った。首筋に激しい痛み。傷は、深い。しかし、そうだ、私の行為は作戦の遂行を意味していた。隊員は震えていたが、すぐに己の役割を思い出したようだった。それでいい。彼は起爆装置を取り出し、スイッチを押――

 

タン、タン、タン。その身体が、銃弾を受け、跳ねた。我々…我の周囲を、玉兎が――並んでいた。その手に手に拳銃を構え、肉塊にまみれた顔をこちらへ向けて。肉塊は我々を知った。知り過ぎたのだ。その武器が、玉兎を破壊するのに適しているのだと。

 

更なる銃弾の雨を浴びる私は、しかしそれらをかわし、突撃銃を唸らせる。銃弾を受けた肉塊が倒れ伏す。二体。三体。四体…最後の最後で、弾が尽きた。玉兎を深く知った肉塊どもは、或いはせせら笑っていたかもしれない。私は銃を、投げ捨てた。

 

もはや手段はない。私はナイフを抜き、肉塊へ突き立てた。灼熱がそれを迎えた。戦闘服が溶かされる。それに構わず、全身を突き続ける。…肉塊の動きが、止まった。私は咄嗟に隊員の亡骸から、起爆装置を抜き取った。これを守ってくれたのだ。すまない。そして…お前はよくやった。

 

この期に及んで、命など惜しくはない。迫りくる肉塊に対し、私は呟いた。「終わりだ。お前も、私も」生き延びられるとは思わなかった。玉兎とは戦いの為に生まれ、戦いに殉じるものだ。私の命はその中の一部になる。レイセン。その名を、もはや誰も知る事はない――

 

 

 

――刹那、爆弾はコアの中で破裂した。迫りくるそれが、血を噴き上げるそれが、天を覆っていたそれが、光の中に消え去るのを見た。

 

 

 

浄化の風を全身に浴びながら、私の身体は遥か宇宙へ、跳ねた。私は既に、それを知覚していなかったかもしれない。瞳に焼き付いた光は、私の内側を粉々に破壊した。傷が酷く痛む。皆はどうしているだろう。忘れてしまった。それでもいい。私はもう、お役御免だ。何も考える必要はない…

 

 

 

――地球から夜空を見上げていたとすれば、一筋の流星が見えただろう。それは境界を越え――遥かな地上へと、落ちていった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「――という、夢を見たのよ」ドヤ顔で締めた鈴仙の頭を、私は思い切りどついてやった。「鈴仙にしては面白い話だったわ。…つまり、面白くなかったって意味」鈴仙のアホには直接言わないと伝わらないから、そうした。次に下らない事を言い出したら、杵でぶん殴ってやろう。そう。それがいいわ。

 

「ええー? てゐならこの壮絶なスペクタクルをわかってくれると思ったのに」何がスペ…スペクトラム?…じゃい。「それにしても、なんでこんなに内容を覚えているのかしら。夢ってそういうものだっけ?」

 

…遠くで鈴仙を呼ぶ声が聞こえた。「うどんげー、ちょっと来なさい!」鈴仙の顔が恐怖に歪む。良くて叱責、悪ければ兎体実験だ。思い当たる節でもあるのか。あんたは。慌ててさらりとした乱れた髪をかき上げると、鈴仙は部屋から立ち去る。障子の角に小指をぶつけるのを、もちろん忘れない。

 

 

 

…その首筋に、僅かな傷跡がついているのを、私だけが知っている。拾ってやった、あの日から。戦いの記憶をなくしたお前は、幸運だ。幸運であっていい。幸せな記憶だけを抱えていればいい。これから、増やしていけばいい。何も思い出さないで、いいんだ。レイセン――いや、鈴仙。

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