―夜と昼―
お前の為だったら、私はなんだってやれるさ。
「昼間を夜にするには、どうしたらいいと思う?」
霊夢の言葉の意図が掴めなかった。「おうなんだ、なぞなぞか? そいつは簡単だぜ。時計を一周させればいい」私の軽口を聞いているのかいないのか、霊夢は如何にも気だるそうだ。まあいつもなんだが。こいつはオンオフのスイッチが極端すぎる。
「…真面目に聞いてるのか?」霊夢は茶をすすりながら、私の方を見た。「真面目な話よ。幻想郷全体にとってのね」私も茶をすする。こいつは薄いな。ちょっとばかり貧してると見える。「全体ったって広いぜ、どのくらいだ」「…全体よ。隅から隅まで」こいつの意図は、やはり計りかねる。
「私は短気なんだ。物事は結論から話すもんだぜ」私は倒れ込み、ぼやいた。「…最近、昼間に夜が現れるのを知ってる?」「昼間の夜か。そいつは初耳だな」「あまり表立っては喋れない話よ。人里でもそれは見つかっている」霊夢の顔はぼんやりしているが、とりあえず本気なのは分かる。
長い付き合いだ。これはオンスイッチが入りかけの顔。倒れれば、異変解決モードに入る。そうなったが最後、こいつの暴虐は、まあ誰にも止められない。「だいたい人の高さくらいの四角い、夜。その中に足を踏み入れた無謀な人が一人、いなくなってしまった」茶をすすった。やはり薄い。
「妖怪の仕業だろうな、それは」頭を掻く。わざわざそんな話をするという事は、どうせ原因がわかっていないんだろう。しかし不可解だ。里の中で人間に危害を加えたとあっては、紫とか、そういうやつらが黙っていないだろう。明後日あたり、死体で発見されました…てな最期を遂げると思うぜ?
「それが、紫もよくわかっていないらしいのよ」霊夢は茶をすすった。薄いだろうに。「今の所、妖怪の仕業かどうかもわからないわ。夜はふと現れては、すぐに消えてしまうから、見つけるのも一苦労。例え捉えたとしても、すぐに逃れてしまう」茶を飲み込む。薄いお前とは、さよならだ。
「引きずり込まれるのはリスクが高すぎるから、実質誰も夜には手出しできてないの。紫が式神を飛ばしていたけれど、中からは何の声も聞こえず。式神も結局帰ってはこなかったそうよ」神妙な顔で頷いてみせる。いや、別に深く考えている訳じゃないが。
「中々ブルっちまう展開だな」霊夢の顔が、変わってきた。誰だ、こいつのスイッチで遊んでいる奴は。少なくとも私じゃないぜ。おかわりをせがもうとして、止めた。薄いお前さんと再会しても、私はどうにも歓迎しかねる。「手の打ちようがないのは、癪だわ。普段なら殴れば片付くのに」
「…なあ、一つ疑問があるんだが」ひょい、と腕を広げてみせる。「何で"夜"なんだ? "闇"の方がスッキリするのに」霊夢は宙を指差した。「星が見えるのよ。その中には」「星って、あの星か?」私も指差し、答えた。昼間に星は、まあ見えない。視認できないだけだ。星はいつもそこにある。
「まるで夜を切り取ったようにね」なかなかローマンティックな事を言うじゃないか、お前。「なるほど、理由はわかった。…それで、星ってのは何処を写しているんだ?」霊夢は一瞬きょとん、としたようだった。「知らないわよ。星なんて全然わかんないし」そうだろうな。その点、私は強いぞ?
「夜が発生している所に出くわす事ができれば、たぶん星空が見えると思うんだ。なんとか都合してくれないか、霊夢」「…いいけど、あんたは何を考えてる訳?」じっとりとした視線が、私に注がれている。やめてくれ。照れるだろ。「星が見えれば、それが何処かわかる」私は再び、天を指した。
「もしかしたら、夜を操っている誰かの居場所がわかるかもしれないだろ?」私は胸を張って見せた。どうやら誰も思いつかなかったらしいからな。魔理沙様がパイオニアだ。「そうね…そういう手段は考えた事がなかったわ」褒めてくれてもいいんだぜ? 「紫に連絡を取るわ。すぐに」
「その必要はないわ」言葉の主は上半身をずるりとスキマに預け、如何にも怠惰なポーズを取る。「全部聞いてた」「プライバシーボリシーがなってないぜ」口に扇子を当て、紫は笑った。こいつは苦手だ。図々しいから。「聞いてたならさっさと手配して」霊夢の言い分に、紫は嬉しそうに笑った。
「そうね、その目をした貴女は、誰にも止められないものね」何となく状況を理解しながら、振り向く。そこには異変解決のプロ、静かな怒りに満ちた霊夢の顔があった。あーあ、怒らせちまった。これは近々、惨殺死体が発見されました、てなもんだぜ。こわいこわい。
紫の姿が、スキマに消える。「いらっしゃい。連れて行ってあげるわ」それを聞いた瞬間、霊夢は高く飛び上がると、いい角度でスキマに飛び込んだ。いくらなんでも気合が入り過ぎだぜ。私はというと、箒を持って、埃をはたいて、笑顔の練習をして…「早く来なさい」足元のスキマに吸い込まれた。
◇◆◇◆◇◆
夜を探すのは、まあ難儀した。出てきて欲しい時には見つからないもんだ。紫といえども、そこらを無限に監視できる訳でもないらしい。式を飛ばして、本人は里の中心辺りで出待ち。その間私は、どうにも手持無沙汰だ。霊夢はそこら中を飛び回っている。シャカリキさんは後が続かないぜ?
「ヒマだな。私の自慢の箒も退屈してるぜ」まだ朝だ。眠気も来る。「貴女はね」紫はスキマを注意深く覗いている。時折狐と猫を呼び寄せては、確率だの何だの難しい話をしている。私だって確率くらいわかるぞ。のるか、そるかで半々ってやつだろ? …違うか?
「――見えた!」不意に叫んだ紫の声は、何故だか不穏に感じられた。「…ッ!?」夜が現れたのは、私達の真上。
夜が、降りてきた。
「いけない!」紫の手が、私を突き飛ばした。「なにおっ!?」突き飛ばされて始めて、目前の夜に気付いた。私のいた場所で、紫は、夜に飲み込まれようとしていた。
…紫の驚き顔を、私は始めて見たんじゃないか? 「紫!!」咄嗟に箒を差し出すが…駄目だ、箒ごと吸い込まれる!「待てよ! お前がいないんじゃ、どうしようもないだろ!!」私はこれ以上ないほどの力で、箒を引っ張った。生憎と綱引きは嗜まないが、今はそんな事を言っている場合じゃない!
箒がギリギリと音を立てる。死んだら供養してやるから、今は持ってくれよ、相棒! 吸引力はますます強まっている。夜の中にはスキマが出せないのか。あの賢者様が、私の力を頼りにするなんてな。私は必死になって、紫の顔を見た。「…貴女達に託すわ」確かに、そう聞こえた。
――瞬間、私は思い切り後ろへ倒れ込んだ。箒が弾き飛ばされる。「痛ッ!!」夜が目前で消え去ろうとしている。「おい、紫ッ!!」あいつ、自分から手を放しやがった! 私では助けられないと思ったからか? 理由はわかるが、納得はできない。そう言う事をするから、お前は嫌いなんだ!!
「魔理沙」霊夢が飛び込んできた。すまない。今生の別れには、少しばかり遅い。「霊夢、紫が」霊夢の手が制した。言わなくても伝わったんだろう。霊夢と紫の間にには、そういう不思議な縁がある。消えてしまった夜の前に立つ霊夢の手は、御幣が軋むほど握りしめていた。
◇◆◇◆◇◆
――あれから数日。夜は幾度か現れたらしい。らしいというのは、私達の誰も、その姿を見つけられていないせいだ。ソースは人間の噂だけ。私は塩派なんだが。今日も私達は、見えざる夜を追いかける。いやに冷静な狐と猫が、やはり私には難しい話をしている。統計、確率…よくわからん。
世の中には計算機だけじゃ弾けないものもあるんだぜ。そう言ってやる気は、その実なかった。「紫様はいないが、私だけでも計算はできる」「闇雲に探すよりは幾ばくかマシでありましょう?」憮然とする狐に、軽口を叩く猫。或いはこいつらも、一杯一杯なのかもしれない。
その場に一種の諦観が流れていた。もう二度と紫は戻ってこないのではないか。この異変に、誰もが飲まれてしまうのではないか。楽観できる材料が何もない。こういう時こそ私が一発盛り上げてやるべきなんだが…あの時の紫の事を、私は引きずっていた。目の前で消えたんだ。責任も感じる…
「ヘーイ、そこなカノジョ達ー!」
全員が後ろを振り向いた。そこには扉があった。誰だ、こんなもの落としたのは。「よ、八雲の狐!」扉からニュッ、と手が伸びた。親指が立っている。「…これは、摩多羅神様」…あー、やっぱあいつか。二人が飛び出し、椅子を引き出す。ニヤニヤ笑いだ。この場に相応しくないほどに。
「八雲のがヘマこいて困ってるようなんでな、ちょいと脚を――いや、椅子を伸ばしてやった」こいつの扉は正直何がどうなっているのかさっぱりわからん。紫のスキマみたいなもんだとは思うが、どこだかドアとどこまでもドアの違いくらいはあるかもしれない。まあ今は、そんなこたぁどうでもいい。
「お前、ここに来たって事は、紫の代わりをやってくれるんだろ?」スキマの能力がなければ、幸運にも夜と顔を合わせる可能性はほとんどないも同然だ。こいつは大量の扉を監視していた。或いは覗きなら紫よりも役に立つかもしれない。…そう思っていたんだ、この時は。
「ん? 私は手伝わないぞ?」そいつは如何にも尊大な態度――紫とは別ベクトル――で言った。この場の全員が、隠岐奈の方を見た。手下の二人すらも。奇妙な沈黙が場を支配していた。先陣を切るのを、誰もが嫌がっていたみたいだ。私だってお断りだ。誰か喋れ。誰か。
「君達がこの異変を解決できると、私は信じているからね」沈黙を解いたのは、こいつ自身だった。何しに来たんだお前。「アデュー!」珍妙な挨拶と共に、そいつは手下の二人に押されながら、扉の中に引っ込んでしまった。マジで何しに来たんだお前。
――それに始めて気付いたのは、霊夢だった。「…夜が来た!」やにわに飛び上がり、指差した。「皆、こっちを見て!」全員がそれに従った。霊夢のそれはとにかくよく当たる。紫がいない以上、こいつのカンだけが頼りだと言ってもよかった。
「酷い有様だわ」探しものはなんですか。…夜だ。夜がそこら中にある。そうそう踏み込むものもいないだろうが、危険なのに変わりはない。「手分けして見張るしかない」狐が言った。冷静な判断だ。いくら計算機を回しても、今はその答えしか出ないだろう。霊夢はとっくに飛び出していた。
「行ってきまーす」回転しながら、化け猫が飛び去った。そこらの化け猫を――動員できるのか、あいつ?――集めれば、それなりに役立つはずだ。「私も行く」飛び去った。あいつは里の人間にも比較的顔が利く。主に豆腐屋にだが。耳目を集める事はできるだろう。
私も、夜のある場所へ飛ぼうとした、したんだが…少しばかり、疑問があった。…ひょっとしてあの中には、紫を飲み込んだ奴が混じっているんじゃないか? ――もしそうだとすれば、何とか助け出す事もできるんじゃないのか? 今の私達には現状を打破する手段がないんだ。それなら…
「そう、その通りだ。中々鋭いじゃないか、キミィ」あまり聞きたくない声が、私の耳に不法侵入した。「闇雲に探していたら、一生見つからんかもな。いや、見つからん。お前には無理だ」何が言いたいんだお前。なんでこう賢者ってのは迂遠なんだ。こちとら脳に通訳なんていないんだぞ。
徐に扉が現れる。「これは八雲の取り分だ。お前達のじゃないぞ。本当だぞ」別の扉から現れた二名と一名が、顔だけ出してうそぶいた。…このツンデレ野郎が。だがしかし、利用できるものは利用させていただくからな。私は急いで扉に飛び込み――目の前に、夜が見えた!!
慌てて周囲を回る。四方から夜の星を見て、私はそれを理解した。それは、私がよく見る星空と瓜二つ――いや、ほんの少しだけズレているように見えた。アバウトだが、その方向にあるのは。「…人里だ、畜生!!」つまり下手人は、この人里の中に潜んでいるに違いない。
怒りと共に、ふと私の中に再び疑問が浮かぶ。夜は夜。暗いものだ。人間は、それらを効果的に明るくする手段を手に入れた。電灯だ。光の中で、夜は払われる。…ならば、強い光でそれを照らせば、どうなる? ――ひょっとして、ひょっとするんじゃないか?
「近くにいる奴は、目ぇつぶっておけよ!」思い立ったら即行動。それでこそ私だ。丁度良い塩梅に、その小瓶は私のポケットに入っていた。何かしら役立つかもしれないと思ったが、私のカンも、たまには当たる。はずれたらはずれたで、何度でもやってやるだけだ。
「グラウンドスターダスト!!」
叩きつけた小瓶から、眩い光が放たれた。しばらくは持つはずだ。私は手の隙間から、夜を見て…光の中に、紫の影が見えた。何処からか飛び込んだ霊夢が、それを攫った。――夜は消えてしまったようだった。私は少しばかり疲れて、尻持ちをついた。少しだけだ。別にもっとやれたんだぞ。
紫はしばらく呆然としていたようだが、霊夢の問いかけには反応していた。やがて顔がシャッキリすると、霊夢の手を取って、頷いた。こいつらの間にあるなにかとやらに、私は少しばかり嫉妬する。…おっと、そんな事を言っている場合じゃないんだった。
私の視線を察したのか、紫はピースを作って見せた。私もそれに倣った。託された分、返せたかよ。そう聞く必要も、聞く意味もなかった。
「おーう、八雲の。今回は迂闊だったな。このドジっ子め。ははは」ヌルリと扉から現れた椅子が、紫に近寄り、肩を組んだ。「…そうね」紫はやれやれ、といった顔で、それを引き剥がす。…お前ら、実際どんな関係なんだ? ひょっとして、付き合ってたのか?
「つれないなー。これでも心配してやったんだぞ?」「はいはい、ありがとう」奴は紫の腰に手を回そうとしている。従者が軽蔑の目で見てるぞ、お前。「まあ、それは置いておくとして」置いておける犯行でもないだろ。「頑張れ。私の期待を裏切るなよ?」言われなくても、そうするさ。
「とにかく、やってやるしかないぜ」星と光の魔法は、如何にも私の得意分野だ。「弱点がわかった以上、この勝負、私達のもんだ」私は箒に跨り、飛び上がった。霊夢も。紫はスキマから式神を取り出す――首根っこを捕まえるとか、猫と扱いがかわんねーな――と、彼女らは四方へ散開した。
「そら、消えちまえ!!」きらめく星が叩き込まれた夜は、ぶるりと震え、消え去っていく。…霊夢の方はどうだろうか。あいつ、レーザーは苦手じゃなかったか。…雑念を温める暇もなく、次の獲物が目に入る。私が放ったレーザーが、大きめの夜を二つばかり消し飛ばした。
調子がいいな。この分なら、さっさと全部消し去って、自分へのご褒美にバカンスと洒落込めるぜ。「魔理沙!」目前の夜に星屑輝く箒をぶつけてやった時、霊夢が飛び込んできた。「上を見て、あれ!」どうした、上なら飽きるほど…「うわぁ」バカンスはお預けだ。仕事の予約が入っちまった。
里の中心、上空辺りに夜が浮かんでいた。大きい。小さな家くらいはあるだろうか。そいつは音もなく落下し、人里の一角を飲み込もうとしていた。周囲に人間の姿はない。先んじて藍が避難させたらしい。そいつは有難い。何の気兼ねなく最大火力をぶち込んでやれる。
「大漁旗を掲げたくなる大きさですねぇ」「何とでもなるはずさ。そうだろ、霊夢?」お札を光条に変えながら、霊夢は頷いた。こいつの怒りは今にも大爆発しそうだ。「各自で攻撃して破壊できるとは思えないわ。火力を集中して。あなたが頼りよ、魔理沙」おう。…いいもんだ、頼られるってのも。
紫が、藍が、橙が、多数のレーザーを一点に集中させた。その周囲をお札が螺旋状に舞い、より深くへ食い込もうとする。何処からともなく放たれた、知らないレーザーが後押しした。照らされていく。夜が裂ける。その隙間を確認すると、私はとっておきを…放った!!
「――いくぜ、マスタースパーク!!」
光の本流が、喰い込んだ部分を二つに裂いた。頑固な夜が一瞬、強く揺さぶられたように見えた。そいつは墜落するように人里へ倒れ込み、…すっ、と消えてなくなった。全員が残心しながらも、ちょっとした達成感に浸っていたようにも思う。
「どうだ、魔理沙さんもやるもんだろ。へへ」「謙遜しなくていいのよ。調子に乗りなさい」如何にも怠惰にスキマにもたれかかった紫が、私を調子に乗らせる。「やるじゃない、魔理沙」おう、どうしたんだお前ら。私のおだて殺す気か? そうなんだろう。ハハハ。
「おう、お疲れさん」足元に小さな扉が現れると、隠岐奈がニュルリと現れた。どうなってんだよソレ。…さっきのレーザーは、お前の仕業だな? 手を出さないと言っておいて、結局面倒見はいいって訳だ。かといって尊敬できるかと言えば、…普段の行いが悪いとしか言えないぜ。
――やがて、最後の夜の消滅が確認された。式神を隣に立て、紫は夜に囚われた時の事を話し始めた。吸い込まれた瞬間から、意識が曖昧になった事。酷く眠気を誘われた事。逃げなければという感情すらなくなった事。そして、夜は己に、形容しようもない安らぎに与えていた事。
「ただ一人、暖かな夜の中に取り残されているようで…そこに、何らかの意思は感じられなかった。ただ星があり、足元に人里があった」それなら、内側に星があるのも納得できるかもしれない。夜ってのは時に安らぎの時間だし、夜空には星が浮かんでいるものだからな。
「そう。恐らくそれは夜の闇そのもの。自然なる不自然。すべてを覆い隠さんとするもの。…意志を持たず、捉えられないのだとすれば、これを完全に滅ぼすのは難しいわね」私は結論を急いだ。要は、夜自体が敵なんだな? 「ははは、私には最初からわかっていたぞ」帰れよ尊大椅子野郎。
「あの時私は、夜の人里を、とてもとても高い所から見下ろしていたわ」…そうか。そういう事か。「そいつらは、里の上空にいるんだな?」それなら説明がつく。私が見たものと、紫の見たもの。「…つまり、どういう事?」霊夢がぼやいた。「夜は、降りてくるって奴さ」霊夢は更に怪訝な顔をした。
「…なあ、あの夜は、昼間しか姿を現さないんだよな?」私は問う。「今の所は、そうね」紫の視線が、私に注がれる。「そして強烈な光で照らされると、消えてしまう訳だ」「…つまり、何が言いたいの?」霊夢の視線が、私に注がれる。その他大勢も。いいぞ。良い感じに視線を集めてやった。
私は少しばかりもったいぶって、喋る。
「夜を、昼間にすればいいんだ」
◇◆◇◆◇◆
夜を隠すには、夜空。そう言う事だ。一度は飲み込まれた紫が、それを肯定した。奴らは昼を夜中にしようとしている。ならば、夜中を昼にすればどうなる? 夜空に隠れた夜は、片っ端から消えてしまうんじゃないか? …霊夢が頷いた。紫も。尊大椅子野郎は紫にセクハラしている。殴るぞお前。
そうと決まれば行動だ。私と霊夢は、阿求の屋敷に飛び込んだ。何彼は無視する。今は非常事態でな。生憎と私には耳がないんだ。「おい、阿求! いないなら返事してくれよ!!」私の言葉は聞こえたはずだ。しばしの間を開けて、至極迷惑そうに部屋から出てくる。悪い悪い。火Qの用だ。
「――里の人達を。できる限り外へ避難させて。場所は任せるわ。何か聞かれたら、里の上空で花火大会だ、とでも言っておいて」霊夢の目は、鋭かった。「全員は無理よ」阿求の言葉は尤もだった。「それでも構わないなら、協力するけれど」そうしてくれ。私には手伝えないからな。
「私達は人間達の警護に当たるわ」紫が霊夢の肩を叩いた。「デリカシーのない妖怪が割り込んでくるかもしれないし、もしかすると――夜とも、戦う事になるかもしれないわね」霊夢は頷き、御幣を手元で回した。こいつはここ数日、ずっと臨戦態勢だった。
さて、魔理沙さんの仕事は、花火役をかき集める事だ。知人の知人の知人を頼って声をかけまくったら、さほど苦労なく集まった。魔法使いは変わり者も多いが、案外義理堅いのだ。方向性がアレなだけで。死んだら魔法薬にしてあげる…なんて告白は、流石の私もご遠慮するぜ。
後は出無精だ。いくら嫌がっても駄目だぜ。お前のご友人はノリノリだったからな。…今作戦はシンプルだ。光の弾幕に自信のある奴は各自の仕事をして、得意でない奴はガスを補給する。可能な限り、空を光に染める。昼間の夜は、夜の昼間に打ち消されて、消えてしまうはずだ。
奴らは人里の真上に陣取っている。なればこそ、人里の空を光の弾幕で埋め尽くす。いささか分の悪い賭けだが、これ以上の策は誰も提案できなかった。夜の出現頻度が高まり続ける以上、放っておけば里は大混乱になる。それなら、先制攻撃だ。手の速さは頭の速さとも言う。今考えた。
ふと、集まった魔法使いの中に成美とアリスの姿を見て、高く手を振った。魔法使いの本懐だ。頑張れよ。こういう時の為に魔法使いがいる訳じゃないが、魔法使いの為にこういう状況はある。恩を返す。力を試す。或いは積年の恨みを晴らす。動機は色々だ。一口に魔法使いと括れるもんじゃない。
――やがて、夜はやってくる。里の人間はほとんど避難――というか、物見遊山だな――外の緩やかな斜面に集まっている。移動販売までいやがる。それを横目に、人里からやや離れた空に、私は浮かんでいた。花火と、夜の様子を確認しなければばならないからだ。それに、もう一つ仕事はある。
ドンドン、ドン。弾幕の花火が上がり始めた。個々に趣向を凝らしたそれは、如何にも人目を引いている。次々にそれは上がり、空をうっすらと光に染めた。まだだ。まだ全然足りない。入れ替わりで更に大きな花火が上がる。激しい連発に、空が光を増す。まだ、まだだ。もっともっと。
「…!」花火で照らされる中に、暗幕めいた不自然な影が浮かび上がる。それはまるで剥がれ落ちるように、私の視線の先で、消えた。いくつも連鎖し、剥がれては力尽きたように落下し、消える。花火の瞬きと共に、それは徐々に広がっている…!
「効いてるぜ! 見えてるかパチュリー!!」「…見えてるし、聞こえてるわよ」出無精が口を利いた。こういう仕事には一番向いていると思った。私が何か見逃しても、お前なら見逃さないだろうしな。「用がないなら念話は切るわよ」「おう」その直後、空に光り輝く月の華が咲いた。
隠岐奈もここぞとばかりに猛烈な数の花火を上げている。自分の顔の形の花火だ。後ろの連中が踊っている限り、こいつは打ち続けるんじゃないか。目立ちたがりもここまでくると病気だぜ。まあ、実際役立っているんだから、放っておくに限る。
…駆除作戦は順調だ、しかし、後どのくらい残っているかはわからない。その為に、私がいる。目となり耳となり、そしてすべてを終わらせる為に。最後の仕事を片付けんと、私は人里へと飛んだ。一度だけ、振り返った。お前は今どうしているだろう。二度は、振り返らない。
◇◆◇◆◇◆
「意志はないって言ったわよね!?」お札を光に変えながら、紫を睨んだ。「ないわ!」スキマから光を放出しながら、あいつは答えた。数は多くないが、なにしろ神出鬼没だ。静かに人が消えて行ってもおかしくはない。今でこそ皆は花火に気を取られているが、それもいつまで持つか。
現れる。消し飛ばす。現れる。消し飛ばす。方々を飛び回りながら、これをやるのだ。重労働である以前に、責任重大だ。人間をやられたとあっては、博麗の巫女の名折れだ。それはどうしたって防いでやる。現れる、消し飛ばす。現れる。消し飛ばす…
「恐らく、大勢の人の気配に吸い寄せられているのよ」二枚抜きを決めながら、紫は言った。「むしろ好都合だわ。何も遮るもののない斜面なら。花火の光が良く届く」実際、現れた夜はどれも息も絶え絶えといった様子で、私でも簡単に片づけられていた。
――少しばかり、油断していたかもしれない。それを発見した時、私は見間違いを疑った。紫もそうだったのではないか。
「…なにあれ」咄嗟にお札を投げつけた。それは何の反応も示さなかった。大きい。人の高さどころではない。ちょっとした塔ほどの高さに、それに比例した横幅。切り取られた夜どころではない。夜が私達を、切り取らんとしている。
ありったけのお札をぶち込む。可能な限りの光弾が叩き込まれる。しかしそれは、微動だにもしない。花火に照らされながら、未だに形を保っている。こんなものが人々に近付いたらどうなる。パニックを引き起こすだろう。どれだけの行方不明者を出すかも分からない。
押し返せなくなったら、終わりだ。私は、紫は。ジリジリとにじり寄るそれを睨み、戦い続けるしかなかった。最後のお札が切れだ。アミュレットを飛ばすが、手応えはなかった。紫も随分と消耗しているようだ。光を放つ間隔が目に見えて遅くなっている。それは、人々の真上へと、移動しつつあった。
「…早くしなさいよね、魔理沙!!」
◇◆◇◆◇◆
やがて空も落ち着いてきた。それはつまり空席ができたって事だ。トリを務めるのは、私、魔理沙。羨ましいだろ? この夜空を私色に染め上げてやる。人里で一番高い屋根に着地した私は、魔法薬を取り出し、一息に呷る。魔力が高まると同時に、身体が崩れ去るかような反動が、私を襲った。
「…こいつは、キツイな…」身体が持つだろうか。持つに決まってる。私は魔理沙だぞ。こんな所で終わるタマじゃない。自分を鼓舞する。しなけりゃならなかった。内心は怯えちまってたんだ。…その時だよ。頭の中に、お前の顔が浮かんだのは。
「おう。わかってるぜ、霊夢」八卦炉を掴んだ。お前も持ってくれよ。魔砲に集中する。一発。一発だけだ。一発にすべてを賭ける。周囲に風が渦巻く。魔力の奔流が私の汗を拭った。タイミングだ。機を逃すな。――私を巡り回る一撃の力を、掴み…取れた!!
「これが私の全力だッ! 受け取れ、霊夢!!」
――夜空に巨大な光条が現れた。星屑を纏ったそれは何処までも、何処までもとばかりに天を衝き、余波が周囲を煌々と照らしている。特大の花火だ。地の底を照らすほどの。夜中の昼。そう、七色の昼だ。人が見た。妖が見た。古道具屋の店主が。娘を案ずる父が。…そして、霊夢が見た。
光条は無限とも思える星を散らし――やがてそれは、見えなくなった。…素晴らしい、花火だった。
「――駄目だな、これは」どのくらい気を失っていたか。身体が引きちぎれた感じがする。実際何処かが吹き飛んでいても驚かない。拾って帰りたい奴がいるなら、今なら詰め放題、398円だ。「…いかん、幻覚まで見えてきたな…」そこにあるのは、あいつの顔。手を伸ばしたら、消えてしまった。
…どうやらお迎えが来たらしい。私の事、忘れないでくれよ。…さもなけりゃ、みんな祟ってやる。私はしつこいんだからな…
「祟られたくはないわね」再び霊夢の姿が浮かぶ。…今度は喋るのか。高性能な幻覚だな。「考えてる事、みんな口から出てるわよ」幻影は私の頬に触れると、私の身体を抱え込んだ。「軽いのね、あんた」うるさいな。幻覚の癖に。「ほら、帽子」私のトレードマークが、頭に帰ってきた。
「この際、幻覚でもいいじゃないの。あんたが生きてて良かった。それでいい。…ずっと心配してたんだからね」霊夢の幻覚は、私を抱えたまま飛翔していた。眼下にちらりと魔法使い達が見えた。お前らもやりきったじゃないか。それは勝利に湧き、一部はアンコールとばかりに花火を打ち上げていた。
「幻覚さんよ、私は何処へ行くんだ?」これは幻覚ではない。生身の人間だ。お前も、私も。「当機は博麗神社方向に向かっておりますが、目的地を変更いたしますか?」霊夢はおどけた調子で、私に問うた。「…いいや、そこでいいぜ」どうかすると、自分の家より居心地良いからな。お前の神社は。
◇◆◇◆◇◆
それから…昼間の夜は散発的に現れはしたが、個別に対処している内に、噂を聞く事もなくなった。自然の不自然は正されたんだろう。行方不明者も、何処からかひょっこりと戻ってきたそうだ。夜に飲まれていた時の事は覚えていないようだった。パニックホラーとしては、まあありがちだな。
「えらい事だったな」「そうね」顔を見合わせて、霊夢は微笑んだ。異変解決のスイッチは、オフだ。何かしら起きない限り、当分はこのままだろう。「今度あんなことがあっても、あんな無茶しないでよね」ご機嫌だな。お前も、私も。そっと隣り合って、肩を寄せた。
「お前の為だったら、私はなんだってやれるさ」…ちょっとばかり、恥ずかしい台詞だと思った。口から出てしまった以上、クーリングオフはできない。「そうね、私も…あんたの為なら、何をしてあげてもいいけど」恥ずかしい台詞だ。私の隣で。さてはお前も、悶えているな?
あーあ。お互い、クサい台詞を吐いてしまったもんだぜ。帽子の縁を持って、私は顔を隠した。お前はそっぽを向いた。見られなくなかったんだ。お互い、今だけはな。
今日は良い日だ。明日もそうあって欲しい。二人でなら、永遠に続いたっていい。肩を抱きながら、限りある命が二つ、そう思った。