―最強―
清蘭が最強になった。
なったんだから仕方がない。清蘭の銃弾は山を砕き、清蘭の杵は巨大なクレーターを穿つ。これでもパワーの1%も出していないというのだから恐れ入る。防御もパーフェクトだ。清蘭のつるぺたボディは如何なる攻撃をも通さない。清蘭のあくびが我が家を吹き飛ばした。どうすんだお前。
「あはは、良い気分だよー」清蘭はアホ面でドヤり、腕を組んでいる。余波で木が何本か吹っ飛んでいった。「今なら地球だって壊せる気がする」私達全員を宿無しにする気か。「やらないよ。『大いなる力には大いなる責任が伴う』んだもん」こいつ、テレビか何かに影響されたな?
清蘭が我が家を片手で建て直しているのを見ながら、私は考えていた。このまま清蘭に最強の力を持たせていたら危ない気がする。いや、絶対危ない。世界レベルの災害になりかねない。何しろ清蘭はアホなのだ。誰かにそそのかされたりしたら、取り返しのつかない事をしかねないぞ。
「何、悩んでるの?」清蘭が屋根を適当に設置しながら、こちらを向いた。壊すなよ。「清蘭の事だよ」「私の事?」どうやらこいつ、自覚はまったくないらしい。ただただ、最強の力を手に入れた事が嬉しいんだろう。手で木を削りながら、ずっとにやけている。鼻歌が竜巻を起こした。
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清蘭はお節介だった。いや、最強の力を使うのが楽しくて仕方なかったのか。あちこちで頼みを聞いては、その最強の力で解決していた。主に破壊活動だけどな。あまりにも力が強すぎて、繊細な作業は向いていない。空き家の解体。地ならし。建築にパシリまで、清蘭はよく働いた。
私が団子屋を構えている横でも、清蘭のお節介は止まらない。報酬を貰っているようではない。割といいように使われている気はするが、まあ――本人が満足なら良い事だ。今朝なんか、倒壊した家屋の中から、一瞬で子供を助けてみせた。清蘭の存在はたちまち、人里の噂になった。
……そうなれば、悪い事を考える奴も出てくるもんだ。地上げ屋が絡んでくる。悪徳金貸しが顧客を締め上げようとする。あくどい商人が用心棒に連れて行こうとする。私はその間に入って、悪い虫を追い払わなければならなくなった。清蘭はアホだから、何でも引き受けようとする。
そうして今日も、一日が終わる。――帰り道、私達の後をつけてくる者がいる。私が気付くような距離ではなかった。清蘭の耳はきっと足音を捉えていたが、何をしようとしているのかはわからなかったらしい。私にそれを聞いていれば――或いは、運命も違っていたかもしれない。
「清蘭さん、清蘭さんや」小さな声だった。清蘭でなければ聞き取れないほどの。清蘭は振り向き、そちらを見た。「向こうに助けを求める人がおります」誰かは指を指したらしい。清蘭は一瞬すら考えずに、私を置いて駆け出していった。私は突然の行動を理解できず、目を丸くした。
「あの野郎が間抜けで助かった」清蘭の背中を見送る、隙をつかれた。不意に飛び込んできたのは――天邪鬼。かつて指名手配されていたそいつは、鬼人正邪。「いつも一緒の兎――つまり、人質にはピッタリって事だ。精々自分を呪いな」私の首には――ナイフが突きつけられている。
「誰もいな――鈴瑚!?」清蘭が猛スピードで戻ってきた。「おっと、動くな」清蘭は急ブレーキをかけ、私達の目の前で、止まった。「ちょっとばかり、お前に手伝って貰いたい事があってな。悪いが、拒否権はないぜ」正邪の考えは、いくらでも思い当たる。「こいつは人質だ」
「お前の最強の力があれば、幻想郷なんてあっという間に転覆できる」正邪はギロリ、と私を見た。「どうするんだ? こいつの命と引き換えに、お前は私を殺すのか、清蘭!」清蘭は明らかに動揺している。最強の力だって、それを扱う者が正気を失っていれば、どうにもならない。
「鈴瑚」清蘭はどうすればいいのか、わからないんだ。清蘭はアホで、優柔不断で、ドジで――優しい。私の為なら、きっとこいつの甘言に乗るだろう。でも、ダメだ。こいつが素直に条件を守るとは思えない。私は密かに始末されて、清蘭は好きなように利用されるに違いない。なら。
「いいんだ清蘭。いいんだ」私の首に、ナイフが僅かに喰い込んだ。「君はこんな奴に操られちゃいけない」「黙ってろ」首筋に血が流れる。「十秒以内に答えろ。私は短気なんだ」十、九、八、七――「鈴瑚、私」「よすんだ」六、五、四――「だって、だって!」「よすんだ、清蘭!」
「私ごとこいつを討て! 君はそれができるだろう、清蘭!!」三――二――一――「意外と粘りやがる」正邪は私の首に――ナイフを突き立て、その場に転がした。「これで終わりにするか? 続けるか?」正邪の足が私の頭を踏みつけた。「まだ助かるぜ。お前が首を縦に振ればな」
「鈴瑚、ダメだよ鈴瑚……」「や、めろ、清蘭……!」清蘭は――私達に歩み寄ると、正邪に向けて頷いた。正邪の顔に凄惨な笑みが浮かんだ。「いいぜ。最高の気分だ」正邪は私を無理矢理に起き上がらせ、背中に担いだ。「まずはお前の力を試させてもらう。目標は――博麗神社だ!」
「あそこを押さえちまえば、幻想郷をひっくり返すなんてのは、楽勝だ。後は一つ一つ、最悪の恐怖を与えながらブッ潰してやる」正邪は清蘭の背を押した。清蘭は大人しくそれに従い、博麗神社の方角に飛び立とうとしていた。「わかった」ダメだ、清蘭。君はそんな事、しちゃいけない!
「――やめろ、正邪!!」それは突然だった。物陰から飛び出したお椀が、正邪の頭にジャストヒットした。正邪はたまらず私をずり落とし、頭を抱える。「クソッ」飛び出したお椀から小さな人が現れる。「これはこれはお姫様――なにすんだ、てめェ!!」「やめるんだ、そんな事!」
「逃げて!」「あッ!?」清蘭は、今だけは懸命だった。小人――針妙丸の言葉を聞くまでもなく、私をひょい、と担ぐと、ものすごい勢いで駆けだした。この世で清蘭に追いつけるものは誰もいないくらいの速度だった。後ろで剣戟が飛び交う音がした。それはすぐ聞こえなくなった。
私達の家に戻るまで、たぶん十秒もかからなかった。たぶんというのは――今の私にはもう、時間の感覚がなかったからだ。これは――まずいな。気を張らないと、意識がなくなりそうだ。「抜かないでくれ。血を流し過ぎたら死んじゃうからね」ナイフに手をかけた清蘭を、手で制した。
「ねえ、どうしたらいいの、鈴瑚!?」清蘭に難しい事はわからない。私はもう、自分が助からない事を悟っていた。「私は最強なんだよ? だから何か手があるはず。ねえ鈴瑚、教えてよ、私は――」「いいんだ。聞いてくれ、清蘭」私は首を振ろうとした。もう、動かなかった。
「君を利用しようとする悪人は、これからもずっと現れ続けるだろう。『大いなる力には大いなる責任が伴う』。私がいなくても――絶対に負けないでくれ、清蘭」「どうしてそんな事言うの? だって私は最強なんだよ? 最強なのに――どうして、どうして何もできないの!?」
私はもう、清蘭を見つめる事しかできない。アホ面は涙でぐしゃぐしゃだ。最期に見るのが、そんな顔か。私は心の中で笑った。悪くないと思った。心配はするけど、清蘭は最強だ。きっと何とかする。何とかやっていける。そうすれば、私も――少しは、安心して逝けるってもんさ。
清蘭が、私の腹に顔を押し付けた。「……最強なんて、何の役にも立たなかった。私は最強なんだ、なんて思っても、あなた一人救えないんだ。そんなの嫌だ」最強の清蘭は、泣きながら私の名前を何度も呼んだ。「そんなの嫌だよ! 絶対に嫌だ!!」清蘭は天を仰ぎ、叫んだ。
「もう最強の力なんて要らない!――鈴瑚! 返事してよ鈴瑚!!」
清蘭が、叫んだ瞬間だった。清蘭の身体から光が浮き上がったかと思うと、それは私の上をぐるぐると回転し、天に向かって飛び去っていった。「鈴瑚?」清蘭の声が、はっきりと聞こえた。「……どうなったんだ?」私の首からナイフは抜けていた。そこには傷跡一つなかった。
「――鈴瑚ッ!!」起き上がった私に、清蘭は思い切り飛びついた。おいおい、また私は死ぬんじゃないか――と思ったけれど、それは杞憂だった。清蘭の身体は、私を少しだけ後ずさらせるだけだ。「あれっ」清蘭が腕を振った。衝撃波は起こらない。「私、最強じゃなくなったみたい」
――ああ。多分、さっきの光か。「残念かい?」「うん……。ちょっとだけ」清蘭は首を振った。「でも、いいの。鈴瑚が助かったんだもん」「そうか」私達は頷き合った。抱きしめ合った。清蘭の涙を、ハンカチで拭いてやった。「ありがとう、清蘭」「うん」清蘭がはにかんだ。
「さっきの所に戻る?」「とっちめてやろう」「そうだね」私達は、清蘭がすべてを薙ぎ倒して作った道を逆走した。この破壊力は、いずれ世界を滅ぼしたかもしれない。清蘭はそれを正しく使った。もしかすると、力は私達を試していたのかもしれないな。私は帽子を目深に被り直した。
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三十八万四千四百キロ。或いは光の一瞬、しかして無限大。桃園に、一人の姿があった。豊姫。彼女は桃を一つ手に取り、それを眺めた。「――あら」光がゆっくりと、豊姫の元に飛び来ている。「あの子達は、正しい目的に使ったのね」伸ばされた豊姫の手に、その光は消えていった。
「お姉さま、何を笑っておられるのです?」ウスノロで怠け者の(依姫談)兎を見ていた依姫が、姉の元に歩み寄った。「何でもないわ。ただ――あの子達は元気で、良い子でやっているのね、って」「――?」首をかしげた依姫に、豊姫はただただ、微笑みかけていた。