東方短編集   作:slnchyt

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私の目を見なさい

―私の目を見なさい―

 

鈴瑚が生き返った。

 

何かがおかしい。生き返るには一度、死ななければならないはずだ。それなのに知り合いは皆、生き返った事を喜ぶだけで、何ら不信には思っていなかった。何か狂っている。私の耳は確かにその狂気を感じ取っている。しかして、原因の特定にまでは至らなかった。ここからは、足を使う。

 

清蘭に聞いた。彼女は狂気乱舞するだけで、私の話なんてこれっぽっちも聞いちゃいなかった。てゐにも聞いた。やはり何の疑問も持っていない。師匠にも聞いた。返答は要領を得ない。はぐらかされているのだけはわかった。ならば姫様に――聞くのは流石に、はばかられる。

 

ひょっとして、おかしいのは私自身ではないのか?――すぐに、その考えを振り払う。少なくとも私の瞳は、私自身の変調を示してはいなかった。やはり、兎達にまつわる事柄だけが、狂ってしまっている。そこらで穴を掘っているてゐを見た。見た目は何ともない。……いや、待てよ?

 

「てゐ、その傷どうしたの」「傷?」私は鏡を持ってきて、それを見せてやった。肩に何やら、硬いものが突き抜けたような傷がある。「なんだろうねぇ?」てゐはまったく気にしていない風で、穴掘りを再開した。……しかし、私はそれに、見覚えがあった。顔を上げ、空を見た。

 

私は鈴瑚を探そうと思った。それは少々、いやかなり大変だった。誰も鈴瑚の事を見ていないという。如何にも興味がなさそうな応え。清蘭を再び訊ねたが、太鼓を叩きながら家の中を飛び回っているだけで、役には立ちそうにない。「鈴瑚は姿を消している?」私の中の疑念が強まる。

 

最終的に、行方はわからなかった。ただ、最後に現れたらしい場所は特定できた。人里だ。屋台の元締めの所に、営業許可を返上しに来たらしい。清蘭屋の隣にあった鈴瑚屋は、跡形もなくなっていた。私は少しばかり、焦りを感じた。鈴瑚の行方探しは、速くした方が良さそうだ。

 

鈴瑚が行きそうな場所は、限られる。それほど知り合いが多い方ではない。ごく最近、鈴瑚を見たと言ったのは――氷精だった。チョコレートを与えたらある事ない事ぺらぺらと喋ったが、鈴瑚が立ち寄った所の見当はついた。霧の湖、それも崖のある辺り。私の焦りは高まり続けていた。

 

―――

 

  ―――

 

「鈴瑚」私を背にした姿を、私は呼んだ。「……やあ、鈴仙」鈴瑚は振り向かなかった。「あなた、どうしてこんな所に?」「こんな所、だからさ」鈴瑚の言葉に、私は更なる焦りを感じた。ここは崖、それも断崖絶壁だ。湖には大小の棘が突き出している。落ちれば、末路に想像がつく。

 

「鈴仙こそ、何故ここに?」「あなたが何をしたか、見当がついたのよ」てゐの傷。それには馴染みがある。あれは狂気の銃で撃たれた傷だ。てゐは――いや、清蘭もきっと撃たれている。鈴瑚が生き返った、という偽りの記憶。例え鈴瑚がいなくなっても、生き返ったという認識は続く。

 

「私はもう、寿命が近い。元々、君らとは何世代も違う、古い玉兎だ」君が想像するより遥かにロートルなのさ、と鈴瑚は嗤った。「地上に降りてから、どうやらそれは加速度的に進行したらしい。清蘭ほどアホでもなければ、鈴仙ほど溶け込めてもいない。私にはもう、時間がなかった」

 

「昔から、この地に憧れていた。しかし地上は、私の存在を拒んだ。正直、ショックだったよ。約束の地を知る間もなく、死ななければならないなんて」鈴瑚は頭を振り、帽子を目深に被り直した。「けれど、後悔はしていない。最期、そう――最期だけでも、地上で死にたいと思った」

 

「師匠なら何とかしてくれる」「――少し、話をしたよ。けれどそれは、あなたの問題だと言われた」「そんな――師匠、どうしてそんな事を?」「怪我でも病気でもない。これは寿命だ。八意様はそれに介入しないと仰った。……さもなくば、今頃地上は生き物で埋まってしまうさ」

 

「だから、私は考えた。誰も悲しませずに逝くには、どうしたらいいか。答えは――君を見た時に、思いついたんだ。狂気の瞳。誰もを魅了し、狂わせる輝き。私も≪狂気≫を扱えるなら、或いは誰にも知られずに――いや、知っていながら、寿命を迎えられるんじゃないか。そう思った」

 

「その為には一度、私は≪生き返らなければ≫ならない」鈴瑚は――腰から狂気の銃を抜き、自分の頭に当てた。「これを探して、直すのは苦労したよ。一時は君から奪う事も考えたくらいさ」引き金に指が掛かる。生の感情を撃ち込まれれば、妖怪と言えど、精神を破壊されて、死ぬ。

 

「狂気とは時に救いにもなり得る。鈴仙、君はよくわかっているはずだ」鈴瑚はふ、と笑った。「誰も私の死を悲しまない。ただ、私が生き返ったという狂気だけが残る。やがて私は、幸せな記憶として忘れられるだろう」「バカな事は――」「止めないよ。止めない。これは私の意志だ」

 

「君さえ誰にも言わなければ、私は安心して逝けるんだ」鈴瑚の手に力が入る。「そうでないなら」狂気の銃がチャリ、と鳴った。「私はここで死ぬ。君はどうする?――私の意思を無視して、彼女らの狂気を解くのかい? それとも――」私は手首を振り、狂気の銃を取り出した。

 

「そうか。私を狂わせる気なんだね」鈴瑚が帽子に、耳に触れた。「君は、最後に狂わせるつもりだった。どうしてだろう。最初にそうしていれば、こんな事にはならなかったのに」私は鈴瑚を見た。二人の視線が交差した。「あなたは、止めて欲しかった」「そうかもしれない」

 

「約束してくれ。私の思いを、無下にはしないって」「こちらこそ、約束しなさい。あなたは私達を――清蘭を、こんな形で置いて行くなんてしないと」私達は、睨み合った。退く事などできない。友人をこんな形で失うなんて、悲しすぎる。止めなければ、あなたはいなくなってしまう。

 

しかし、その時だった。崖下から猛烈な風が吹き、鈴瑚の帽子を跳ね飛ばしたのは。私はその隙を、決して見逃さない。鈴瑚の手元に、必殺の弾丸を撃ち込んだ。鈴瑚の手から狂気の銃が跳ね跳んだ。私は、飛び上がった銃へありったけの弾丸を打ち込んだ。それは――崖下へと消えた。

 

「死ぬ事も、許さないのか」手首を抑えながら、鈴瑚は――嘆いた。「あなたが死ぬのは、今じゃない。清蘭に、正直に話しなさい」私は思念をリロードし、再び銃を向けた。如何によっては、撃つ。例え、狂気に陥らせてでも、だ。けれど、狂気に溺れさせるつもりは、私にはない。

 

あなたが、正気のあなた自身が、清算しなければならない事だ。「嫌だ」「いいえ。あなたはその意味がわからないほど、愚かじゃない」「わかっているから、さ」思いやりなんだ。鈴瑚はうそぶいた。「いいえ。それは逃げ。あなたは――あなた自身からも、逃げてしまっている」

 

「――ああ、わかってる。じゃあ、どうすればいいって言うんだ?――彼女を傷つけずに逝く方法を、鈴仙は知っているのか?」私は首を振った。「少なくとも、あなたが間違っているのは、わかる」「清蘭を傷付けてもいいと?」「そうすれば、あなたは清蘭が傷つかないと思っている」

 

「でもね。不整合な記憶はいずれ、狂気では押さえきれなくなるものよ。ある日突然、彼女はそれを理解する事になる。狂気の専門家が言うのだから、間違いない。清蘭はその時、どれだけあなたを想って泣くでしょうね」「……」「問題の先送りに過ぎないのよ。あなたの、嘘は」

 

「それでも!」「それでも?」「――清蘭を泣かすのは、嫌だ。いずれ理解するとしても、今の彼女は、それを受け入れられないだろう」「未来の清蘭に、それを託すの?」「そうだ」鈴瑚は首を振った。「そうなれば、風化したあなたの記憶を――きっと、抱えて生きていくでしょうね」

 

「――それが正しいと、本当に思うの?」「正しい答えなんてない」鈴瑚は、激しく首を振った。「死に、正しい答えなんてない」「そうね」私は狂気の銃をスピンさせた。「あなたが正しいと思えば、それは正しい。外野が何を言う話でもないわ」鈴瑚はうなだれ、後ろにふらついた。

 

「それでもね。あなたが手放そうとしている彼女は、考えもすれば歩みもする。あなたと同じ≪人≫なのよ」狂気の瞳が、鈴瑚を睨んだ。鈴瑚は再び一歩、下がった。「考えてみなさい。もしも、あなたが逆の立場だったとすれば。あなたは誤魔化されて、嬉しい? それとも、悲しい?」

 

「私は――」「答えられないでしょう」私は瞳を明るく、紅く輝かせた。「彼女は、正しいと思ったから、そうする。あなたはそうされたい?」「違う、私は違う。私は――」「何も違わない」首を振った。瞳の光が、軌跡を描いた。「それはエゴよ」「――それでも、私は!!」

 

鈴瑚が――崖の先端に向けて、駆けだした! それを予期していなかった訳ではない。私は瞳の力を込め、狂気の銃を撃ち込んだ! あなたを止めるには、この方法しかない。それは弾丸の速さで飛び――鈴瑚の身体を、確かに打ち抜いた。はずだった。私は混乱し――すべてを悟った。

 

鈴瑚は、私と相まみえる前から、狂気の弾丸で自分を撃っていたのだ。清蘭への異常な執着。既に狂っているものを、それ以上狂わせる事はできない。私の弾丸は鈴瑚の肩を撃ち抜いただけで、それを止めるには至らない。鈴瑚が絶壁に立った。こちらを向いて、最期の笑みを浮かべた。

 

「さよなら、てゐ。さよなら、鈴仙。……さよなら、清蘭」

 

私は駆け出し、鈴瑚の身体を掴もうとした。遅かった。鈴瑚は遥か湖面、刺々しく荒れたそこへと落下していった。崖下へ飛び込む。ダメだった。鈴瑚の姿は、もう何処にもなかった。沈んだか、裂かれたか。もう、わからない。冷たい世界がそこに広がる。私は震えた。震え続けた。

 

「バカ」今吐き出せるのは、その一言だけだった。鈴瑚は死んだ。私の波長が、鈴瑚の絶命を確実に捉えていた。間違いだと思いたかった。しかして私の耳は、間違えた事など、ない。あなたの望みを聞いた。私の主張を、確かにあなたは聞いた。それなら、私は――どうすればいい?

 

風に乗り、何かがふわふわと飛んでいた。私はそれに近付き、手に取った。鈴瑚の帽子。鈴瑚がただ一つ、現世に残したもの。……いいや。鈴瑚はこの世に、数多くのものを残したじゃないか。あなたを取り巻く人々。あなたが慕う人。あなたを好いた人。成したかった、地上への憧れ。

 

銃をスピンさせ、弾いた。狂気は手の中から消えた。あなたが望んだ狂気。あなたが残した狂気。私は、二人の――一人の家に向けて飛んだ。答えは決めていた。あなたが生きていた事に、間違いなんてないはずだ。私はあなたの意思を無碍にする。失望するに違いない。いや。それでも。

 

清蘭。きっとあなたには、とても辛い事実になると思う。けれど、あなたは後を追ったりしない。させるものか。鈴瑚が残したもの、それはあなたへの優しさ。わかって欲しい。いいや、いつかわかる日が来る。鈴瑚があなたを愛していた事を。鈴瑚が、命を賭するに値したのだと。

 

あなたの幸せは、鈴瑚の幸せ。鈴瑚の幸せは――あなたの幸せ。あなたは必ず、幸せになる。それが手向けだ。それが、鈴瑚の本当の意志だ。あなた達の家が見えてきた。私はあなたの為に、狂気の瞳を紅らめた。伝えなければならない事は、沢山ある。……今はまだ、少しずつでいい。

 

「――私の目を見なさい、清蘭」

 

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