東方短編集   作:slnchyt

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✨望みが叶う薬

―望みが叶う薬―

 

「――と言う訳で、わたくしは今、エーリン医学賞授与会場から中継致しております」天狗の記者が澄ました顔をカメラに向けた。テレビマン達が忙しなく行き来する。前代未聞の全幻想郷同時中継だ。正しくすべての人妖の注目が今この場に集まっていた。その中心に立つのは、勿論――

 

「鈴仙=優曇華院=イナバさん。まずは受賞おめでとうございます」「どうも、ありがとう」会場に詰め掛けた幾千万の観客が、一斉に祝福の声を上げた。私はそれに最高の微笑みを添え、手を小さく振って答えた。圧倒するような熱気に飲まれてしまうほど、私はお調子者じゃないもの。

 

「さて、早速ですが鈴仙さん、今回表彰となりました新薬について、ごく簡単にお話して頂けますでしょうか?」笑顔の記者が私にマイクを向けた。その言葉を待っていた。咳払い。咳払い。背を伸ばして、瞬きをして。最高の瞬間を最高の言葉で、決める。「表彰頂いた新薬とは――」

 

「――≪望みが叶う薬≫です」おおーっ、と会場がどよめいた。ここに来ている以上は知っていて当然でしょうに。でもまあ、悪い気はしない。笑顔を崩さない記者のマイクに向けて、私は続きを語る。「この薬を飲めばたちまち、望みが叶うのです!」大仰に両腕を広げて、私は叫んだ。

 

私が言葉を発する度に、会場は驚愕と感嘆に包まれた。私は求められるがままに己の閃きの素晴らしさを、発明の意義と偉大さを、開発の苦労話を語った。会場の興奮は高まる一方だった。感極まった妖怪兎達が私を崇め始めた。いいわ。もっとやりなさい。私はますます熱弁を振るった。

 

やがて会場には幻想郷中から人々が集まり始めた。埋め尽くせども埋まらぬその数たるや。そのすべての注目が私に集まっている。私を取り囲んでいる。私は感動した。大いに感動した。素晴らしい。最高だ。私は偉大な事を成し遂げたんだ。掛け声一下、胴上げが始まった。高く。高く。

 

それは高く、高く、高く、高く――

 

月まで高く、高く、高く、高く――

 

―――

 

  ―――

 

「――今一リアリティに欠ける部分がある」見知った天井。私は重さを訴える頭をゆっくり持ち上げると、首を振った。処置室の一角。ベッドの上。枕に頭を戻して、息を吐いた。この分だと商品化はまだ遠い先の話だろう。「見たい夢を指定できるだけじゃ、ダメなのよねぇ……」

 

胡蝶夢丸をインスパイア――じゃない、下敷きとした新薬。仮称、望みが叶う薬。就寝前に一錠を服用し、見たい夢を強く思い浮かべると、やがてそれが夢となって現れる仕組みだ。望みを思いのままにしたければ、夢に縋るしかない。獏が聞いたら笑うだろうが、世の中は世知辛いのだ。

 

成果を出す為には、今の私から見て現実的に可能な方向からアプローチをかけるべきだ。悲しいかな、師匠のようにはいかない。経験不足だ。実力不足だとは思いたくないが。「この頭痛だけでもなくさないと、売り物にならないわ」シーツを抱き込み、私は呻いた。頭がぐらぐらする。

 

副作用、頭痛に吐き気、倦怠感、睡眠障害に食欲不振、極めて稀に蕁麻疹。潰せるだけ潰してはみるが、果たして安全な薬に仕上がるか、どうか。「頭が痛いのは物理的だけにして欲しい」誰にともなく苦情を吐き、目を閉じる。仮眠から覚めたら調合を変え、また試飲しないといけない。

 

「もしもし?」

 

――ああ、副作用が増えてしまった。誰もいない処置室で声が聞こえる。それもごく近くから。幻聴なんだから当たり前か。それにしてもねっとりとした声だな。「もしもし?」――いけない、幻触もだ。今何かがほっぺを撫でたように感じた。「もしもし、兎さん?」肩が揺さぶられる。

 

私は身体のバネを使い、ベッドから飛び上がった。目を見開き、手首を振ると、そこに狂気の銃が現れる。ぼやけた頭でも分かる。これは幻覚じゃない。「――物騒ですねぇ」銃を突き付けた先、覗き込むようにこちらを伺っていたのは――なんだ。「獏じゃないの」「どうも。獏です」

 

銃を下ろした私の目の前で、獏――ドレミー・スイートが笑みを浮かべた。「何か御用が?」「ええ。ちょいとばかり、忠告に」「忠告?」何を忠告される筋合いがあるものか。きっと私は、怪訝な顔をしていただろう。「あなたのですねぇ、ええ。最近濫用していらっしゃるお薬ですが」

 

ドレミーは何処からともなく取り出した夢魂に座りながら、続ける。「わたくしどもとしては、そもそもそういったものを利用する事自体をおすすめしないと言いますか。ええ。率直に申しまして、お止めなさい」眠たげな目が、私の瞳を捕らえた。「今に酷い目に遭いますよ、あなた」

 

「止めろ、とは」「お分かりでしょうに?」言いたい事は何となく分かる。不自然な夢をもたらすのを止めろ、と言いたいのだろう。「造られた夢の功罪をこの場でどうこう言い争う気はありませんが――美味しくはありませんねぇ。ええ」夢魂をちぎり食べ食べ、ドレミーは首を振った。

 

「従う理由はないわ」「おや、おや」この薬には既に結構な労力を投資している。少なくとも手間賃くらいは回収できなければ、大損と言うものだ。「ままならない世の中、せめて夢を見る権利くらいはあるはずよ」「はぁ。いえ、否定はいたしませんが、わたくしに向けてそれを仰る?」

 

――確かに、夢の支配者に夢の権利を主張するなんてのは、滑稽かもしれない。「ともかく、そう言う事。忠告、痛み入るわ」「考え直しては頂けませんかねぇ」責めているようではない。心から止めて欲しいとでも言いたいかのような調子で、ドレミーは言った。「心配です。わたくし」

 

「心配性なのね」「そういう仕事ですからねぇ」夢魂から飛び降りたドレミーが、大きく息を吐いた。ピンク色の小さな塊がこちらに飛んできて、消えた。「ともかく、忠告は致しました。考え直して頂ければ良かったのですが」くるり、戸口へ向け振り向いた背で、太いしっぽが揺れる。

 

「わたくしの悪い予感、外れれば良いのですがねぇ」それは多分に予言めいていた。私が若干の後ろめたさを感じている間に、ドレミーは処置室から歩き去っていった。そもそもどうやって入ってきたのかは、まあ問うだけ徒労だろう。夢の獣の考える事は、正直よく分からない所がある。

 

「悪い予感、ねぇ」専門家が言うのなら、一理はあるのだろう。しかしてこの世に完全に安全な道なんてものはない。今は薬を改良して――どうしてもダメなら、またその時に考えよう。今はそれどころじゃない。私はとりあえず、寝直す事にした。獏の祝福だろうか。眠気はすぐに来た。

 

―――

 

  ―――

 

望みが叶う薬の改良は順調に進んだ。順調過ぎるくらいだった。副作用は限りなく低く抑えられていた。これなら直に一般に販売もできるだろう。まとまった収入があれば、更なる新薬の開発にも繋がる。私は確かな手応えを感じていた。――或いはそれは、慢心だったかもしれないが。

 

今日の目覚めはさわやかだった。不快感はもう、ほとんどない。相変わらず夢の内容はやり過ぎな所はあるけれど、インパクトが足りないよりはいいだろう。静かに身体を起こし、ふと目をやると――私の隣には、てゐが眠っていた。一瞬ぼんやりとしたが、直に分かった。この悪戯者め。

 

トレーから薬が一錠なくなっている。てゐはたまに私が薬を飲むのを見ていたし、この薬が何の為のものなのかも知っている。夢のご同伴に預かろうとでもしたんだろう。薬には勝手に触るなって言ってるのに。やれやれ。そっとベッドから抜け出し、てゐの身体を寝かせ直してやった。

 

放っておけば直に目を覚ます。そのはずだった。私が雑用を済ませて、昼食を摂って、薬の調合で夕方まで引きこもった後、処置室に立ち寄った時――てゐはまだ眠っていた。おかしい。咄嗟に息を確認した。流石に杞憂だった。生きている。生きているけれど、眠ってしまったままだ。

 

顔を張った。反応はない。揺さぶってもやはり反応はない。しかし苦しげではない。寝顔は実際、安らかで幸せそうだった。てゐの口がムニャムニャ、と寝言を発した。てゐは夢を見ている。――夢を見続けている? 身体を寝かせ直して、私は考えた。考え、そして一つの結論に達した。

 

「――私には、耐性がついていたんだわ」それは恐ろしい仮定だった。私は今まで散々この薬を濫用している。薬によって得られる望みが所詮、一夜の夢である事も理解している。だが、てゐはそうではなかった。てゐは望みを叶え、そしてそれに囚われてしまったのだとしたら――?

 

調合した薬が強過ぎたのか。或いは身体との相性か。今はどうでもいい。このままでは最悪の事態も想像できてしまう。私は慌てて数種類の薬を試したが、てゐの覚醒に役立つものではなかった。日が暮れ、室内に闇が落ちる。処置室を走り回るが、事態の打開策は見つからない――

 

「こうなる気がしていたんですよ。ええ」

 

不意にかけられた声と共に、部屋に明かりがついた。スイッチの方を振り向いた私と、訪問者の眠たげな目とが合った。「どうも。獏です」けだるげに挨拶したドレミーに、私は――多分、一抹の希望を感じていたんじゃないか。「助けに来ましたよ」「本当に?」「ええ。鈴仙さん」

 

ドレミーはベッドに歩み寄ると、寝息を立てるてゐに手をかざした。「夢の中を御覧なさい」背負う夢魂に情景が浮かんだ。――私がいる。姫様がいる。師匠もいた。兎達に囲まれている。中心にいるてゐは、楽しそうに笑っている。――なんだ、これじゃいつもと変わらないじゃない。

 

「変わらない事もまた、一つの欲ですねぇ」ドレミーが微笑んだ。あまり楽しそうな顔ではなかった。「どんなに幸せな夢も、永遠であればそれは拷問に等しい。如何にも幸せな内容ですと、もう目覚めなくていいのよ――と、言ってあげたくはありますが、ねぇ」指先が身体に触れる。

 

てゐの額辺りから、夢魂がふわりと浮き上がった。それは何処か奇妙な、ぎくしゃくとした動きでドレミーの手に集まり、一塊を構成した。綺麗なピンク色ではない。何処か色褪せて、乾いた色をしていた。「造られた夢です」望みが叶う薬が造り出した夢は、私の目にもいびつだ。

 

「本当に美味しくないんですよ、これ」ドレミーはそれを掴み取ると、大口を開けて一息に飲み込んだ。獏は夢を食べる生き物だ。夢を食べられた者は、一体どうなるか。私は答えを知っている。「――んん?」怪訝な声が響いた。「ふわぁ――あれ、どしたの鈴仙ちゃん。そんな顔して」

 

そうだ。てゐは目覚めていた。「てゐ!」私に頭を掴まれて、てゐは目を白黒させた。「ちょっと何、何!?」「夢から覚めたのね」「夢? ああ、覚めたよ――はて、どんな夢だったかしら?」てゐは首をかしげた。その様子がおかしくて、私は思わず笑った。ドレミーも微笑んでいた。

 

ぐるるーっ。不意に怪しげな音が響いた。発生源は――獏の腹の中。「おおう……」ドレミーが腹を押さえて、呻いた。「一つ、胃腸薬を頂けませんかねぇ……?」今にも吐き戻しそうな顔をした獏を見て、私達は慌てて処置室をひっくり返した。周囲は腹音に包まれていた。ぐる。ぐる。

 

ぐる、ぐる、ぐる、ぐるる――

 

ぐる、ぐる、ぐる、ぐるるるる――

 

―――

 

  ―――

 

「――夢か」見知った床板。私はきしんだ身体をゆっくり持ち上げると、首を振った。処置室の一角。床の上。転がった空き瓶を拾い、息を吐いた。「夢の中でなら望みは叶うのにね」立ち上がり、ベッドの方を向く。そこに寝かされ、苦しげに今も眠り続けているのは――てゐだ。

 

「私が絶望してどうする、って話かしら」実際、処置のしようがなかった。薬の改良は遅々として進まず、その最中でこの事故だ。試しに私が飲んで、経過を見てみないか。言われた時点で断るべきだった。薬の危険性を軽く考えるべきではなかった。優しさに甘えてしまった。私が悪い。

 

それで最終的に取った行動が、現実逃避か。瓶一杯の≪望みを叶える薬≫。生憎と、死んで詫びるなんて安易な贖罪は叶えられなかったが。薬師の端くれともあろうものが、己の不注意で生んでしまった患者を見捨てて死のうというのだ。私は自分が情けなかった。とても許せなかった――

 

「こうなる気がしていたんですよ。ええ」

 

不意にかけられた声と共に、部屋に明かりがついた。スイッチの方を振り向いた私と、訪問者の眠たげな目とが合った。「どうも。獏です」けだるげに挨拶したドレミーに、私は――多分、一抹の希望を感じていたんじゃないか。「助けに来ましたよ」「本当に?」「ええ。鈴仙さん」

 

「それで――望みは、叶いましたか?」ドレミーの微笑みは、何処かぞっとするものを感じさせた。まるで何もかも見透かすかのような眠みのある瞳が、私の狂気をも丸裸にしてしまったようだった。きっと彼女は、全てを見ていた。私がさっき夢に見た、都合の良い情景すらも、全て。

 

 

 

「――一つだけは、ね」

 

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