東方短編集   作:slnchyt

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―ほのぼの―
歩く悪魔


―歩く悪魔―

 

「パチュリー様、これを見てください! これを!」

 

読書を妨げるそれは、慌ただしげに鳴いた。私に話しかけたなら、貴重な読書タイム以上の何かを持ってきたんだろうな、お前。私がゆっくり、可及的速やかにゆっくり顔を上げると、そこには小悪魔の嬉しげな顔と、そいつが抱えた不可思議なモノリスがあった。

 

手の平ほどの、光るモノリス。記述が光るものは何度か見た事はあるが、四角く区切られた表面がぼう、と光るそれは初めて見るものだった。何やらいくつかのシンボルを有し、矢印がそれを突いている。何に使うものか。おそらく、情報を記録するものだろう。モノリスとはそういうものだ。

 

「咲夜様から頂きました」どうせレミィが飽きて捨てた玩具が回ってきたのだろう。想像はつく。「パチュリー様に差し上げようと思いまして」「いらない」何が悲しくて私がモノリスなど穿たねばならないのか。紙で必要十分だ。

 

「そうは言わずに、これ見てくださいよ。なんと本が読めるんです」脇に滑り込んだ小悪魔はモノリスに指を走らせると…表面がふっ、と書き変わった。文字。そして文字。確かにそれは、本の背を模した光を放っていた。吾輩は猫である。そこにはそう書かれていた。

 

「…いいわ、読んだ事あるもの、それ」「ええ~!?」小悪魔は奇声を上げ、じゃあこれは、これは、と次々に光を変えてみせる。悪いけど、だいたい読んだ事があるわ。それ以外のものも、敢えて私の興味を引くようなものではなかった。

 

時間は有限。良い本も悪い本も読むにしても、それなら本でいい。一度飽きて閉じたとしても、本は逃げないのだ。

 

「うう、今あるのはこれだけですね…」見ろ。そんなものだ。「あわわ、…でもですね! これにはまだ使い道が…」私はすっかりその話題に飽きていた。本を開く。もはや聞く耳持たずのポーズだ。何を言おうと聞き流してみせる。

 

「例えばですね…そう、蔵書をデータベース化して直ぐに探せるのは、とても楽をできそうです!」データベースとやらがどのようなものかは知らないけれど、その光るモノリスに本の行方を刻印するのはお前じゃないのか。敢えて聞かなかった。浅知恵なら、泣くのは奴だけだ。

 

 

 

「――ふええ、動かない!? 壊れた!!!??」

 

意外と直ぐに泣きやがる。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「…という事で、あのモノリスは面倒臭い奴の手に渡ったのよ」レミィは紅茶を熱そうな顔で飲みながら、返す。「いいじゃないか。私にも使い道がわからなかったのだから、使用人如きに草々わかりゃしない」あなたの場合、わかる以前に放り投げるのが常ではないか。思いはしたが、言わなかった。

 

「咲夜は当然知らなかったし、他に聞く相手もいなくて、終いには門番にも聞いたけど、駄目だったのよね」歯痒そうだ。自分の思い通りにならなかった事柄は、結構引きずる。「そもそも何処でそんなものを拾ったの」「香霖堂」…あのゴミ屋敷か。「そこで使い方を教わればよかったんじゃないの」

 

「店主もわからなかったのさ」レミィはニヤリ、と笑った。「無為な情報をやり取りする道具、とだけ言われたら、もう買うしかないだろう?」あなたは無為が好きだものね。…無駄を愉しんでこそ道楽、とは言ったものの、だいたいはすぐに飽きて放り出している。飽き性というか、なんというか。

 

「それで、今は?」「さっき言った通り、小悪魔がいじり倒しているわよ。働かせるのに電気が必要とかで、私に一発頼んできたけど…面倒臭いから断ったわ。それで今は、何とか魔力で充足できないか転がりまわってる」「私よりは熱心じゃないか」ニヤニヤと笑う。与えた物自体には執着しない。

 

紅茶が揺れる。「どう思う?」「何が」紅茶が消える。「小悪魔がやりきるか」「…まあ、そうだな、私よりは詳しくなるんじゃないか。熱意は買う」そうね。敢えて止める必要もないか。「――じゃあ、帰るわ。咲夜によろしく」ああ、と答えたレミィは、紅茶をすすり始めた。冷めないと、飲めない。

 

図書館まで歩いて――いや、浮遊しているから歩いてはいないのだが――戻る途中。先に妖精メイドの団子が見えた。また何かやらかしたのか。もしも本を棄損したなら、死ぬよりも酷い目に遭わせるぞ。私の睨みが通じたのか、団子は二つに割れ――中から小悪魔がまろび出た。

 

「見てくださいよパチュリー様! これはカメラにもなるんです!!」近付く小悪魔。そこには確かに妖精メイドの間抜けな顔が映し出されている。「これは面白いでしょう! 折角ですからパチュリー様も…ああっ、何処に行かれるのです!?」図書館よ。たわけ。

 

私の無関心に気付かないのか、小悪魔は私にまとわりつきながらモノリスを向けてきた。よくよく見ればその裏にはレンズが嵌っているのが見える。それがカメラか。私の知るそれより随分と小さい。こういうものは天狗か河童辺りが欲しがりそうだが、まあどうでもいい。

 

「撮ってもいいですか?」返事をするのも面倒臭い。眼鏡をかけ、本を開く。カシャリ。小さな音がした。別にどうでもよかった。本棚が倒れる音より小さいものは無視する事にしている。「わぁい、壁紙にしよう!」それは壁紙を張る機能があるのか。制作者の考える事は理解できない。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ふっふふふんふ~ん」小悪魔の鼻声が聞こえる。はたきを持ち、傍を通り過ぎる。この頃は座りながらに飽きたらず、歩きながらモノリスを弄り回している。その内に何かしら失敗を犯すだろうが、注意するのも面倒だ。自分の失態は自分で責任を取るがいい。

 

今読んでいるのは、絵本だ。私だってそういうものを嗜む。内容は大した事はなかったが、教訓はこうだ。因果応報。「ギャーッ!!?」奥の方。脚立を蹴る音、本の落ちる音、そしてやかましい悲鳴が上がった。…よりによって、そこか。

 

あの辺りには悪魔を封じた書物が並んでいる。まあ、封印されているような奴である。実際大した事はない。…ただ、小悪魔にとっては、そうではない。下っ端といえど、死なせるのは癪だ。私は本を閉じ、速やかに頭を上げた。刹那、逃げ込んでくる小悪魔。そして巨躯を備えた牛頭の悪魔。

 

「頭を下げなさい!」

 

本日は木曜日。ならば――お前を斃す魔法は、これで決まりだ。空を舞う。悪魔を見下ろす。片手を掲げ、呪文を唱える!

 

「スタティックグリーン」

 

――指先からほどばしった幾重の稲妻が、巨体を討ち倒す。他愛もない。悪魔はブスブスと音を立て、…本棚へと、倒れ込んだ。「あ」悪魔の死体が急激に風化していく。煤けた黒が生成されていく。本棚に、本に、まぶすように。「ああー…」真っ黒に染まったそれらを見る。最悪だ。

 

「ああ~っ!!」人が最悪の気分にある時に限って、聞きたくもない奇声は上がるものだ。「壊れちゃった…壊れちゃいました…」何の話かと思えば…例のモノリスだ。表面に幾重のヒビが入り、中身が飛び出していた。酷く焦げ臭い。これはもう、修復できるようには見えない。

 

「そ、そんなぁ…」哀れみはなかった。大体この頃、お前はそれにかかりっきりだったじゃないか。「仕事もできた事だし、この気に心を入れ替えなさい」「うう~…わかりましたぁ…」モノリスの死骸を名残惜しそうにポケットへ入れると、小悪魔は掃除用具を取りに立ち去った。

 

「…モノリスばかり見ていると、ロクな事はないものね」…いや、その実は私も、歩きながら本を読む方法を考えていたのだが…これはお蔵入りにしよう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「なんだそれ」「モノリスのお墓です…」「本当に大事にしてたのね、お前…」

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