東方短編集   作:slnchyt

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幸せの兎

―幸せの兎―

 

「特賞、大当たり~!!」

 

威勢の良い声と共に、大鈴が激しくかき鳴らされる。周囲がざわつく。変装してはいても、妖怪は妖怪だ。しかしそれすらも眼中にないように、皆が皆、清蘭の手に乗ったそれを見つめていた。羨望と感嘆が場を包む。私は如何にも気恥ずかしくなり、清蘭の手を引き、その場から立ち去った。

 

福引の特賞で当たったのは、小瓶。波と白浜が詰まった小瓶。私は一度見て、綺麗なものだなと思ったが、一等の商品券を逃した悔しさは特に癒えなかった。ちなみに私は六等。ティッシュペーパーである。一枚抜いて、鼻をかんだ。…清蘭はと言えば、先からずっと、小瓶を物珍しそうに見続けている。

 

それは、名のある者の手による工芸品に見えた。まるで本物めいて動いているようにすら見えた。清蘭の目を釘付けにするのも、無理はなかったかもしれない。彼女は綺麗なものや不思議なものが大好きなのだ。私はそれを横目に見ながら、配線に必要な道具を揃えていた。…その時だった。

 

――そこに、清蘭はいなかった。「…!?」本当に突然の事だった。まるで最初から、そんなものはいなかったように。「どういう事だ…?」私は頭を整理しようとした。清蘭は小瓶を見ていた。私が目を離した隙に、この場から立ち去るなんてできるはずがない。…だって、清蘭だぞ?

 

「鈴瑚ー」

 

咄嗟に振り返った。そこには誰もいない。しかし、確かに清蘭の声が聞こえたのだ。

 

「こっちこっち」

 

再び振り向き、周囲を注意深く見据える。とはいえいつもと違うのは、例の小瓶くらい…小瓶くらい?

 

「おーい、鈴瑚ー!!」

 

小さな清蘭が、こちらに手を振っている。まさかと思ったが、私が見た時にあんな仕掛けはなかったはずだ。それなら、これは、本当に清蘭なのか。「鈴瑚ー!! 聞いてるのー!?」聞こえている。小さな声だが、確かに聞こえる。私は試しに、玉兎の通信回線を開いた。

 

(清蘭、そこにいるのか?)感度は良好。電波は直ぐに返ってきた。(すごいよ、海がある!!)私が目を向けると、小さな清蘭は波打ち際ではしゃぎ回っている。その姿はどうにも危なっかしい。彼女の行動は私をいつもやきもきさせるのだ。

 

(あのね、中に入りたいって思ったら、ここにいたの!)

 

…中に入りたい? 少々訝しんだが、試してみる価値はあるかもしれない。清蘭は時に私より鋭いのだ。いつもはぼんやりしているが。

 

中に入りたい、中に入りたい、中に――ッ!?

 

 

 

まるで答えるように、小瓶の意志がこちらに向いた。そうとした形容できなかった。一歩後ずさった。いや、進んだのか? 世界が回転する。視界が回り、回り、回り――

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「…鈴瑚!」

 

清蘭の顔が、目の前にあった。「目、覚めた?」私は瞬時に状況を理解した。ここは小瓶の中で、ここにいるのは清蘭、そして今、私は清蘭の膝の上に――「わっ!?」慌てて起き上がる。清蘭の顔を見る。間の抜けたような顔は間違いなく清蘭だ。間違っているとしたら、私の正気を疑っていい。

 

「それにしても…あれ」帽子を掻こうとした。そこに帽子はなかった。いつの間にか私は水着姿になっているのに気付いた。清蘭もそうだ。顔を見るのに忙しくて、気付かなかった。「鈴瑚が来てから、こうなったの」身体を捻って全身を確認する清蘭を、私はぼやっと見た。

 

「見て、可愛い水着」確かに、かわいらしい水着だ。私のズボンとは比べ物にならない。…というか、なんでこんな華のない奴なんだ。「似合っているよ、鈴瑚も」へーへーそうですか。どうせこいつの事だ、心から本気で言っている。正論は時に、人を傷つける事を知らないのだ。

 

「ねえ、泳ごう!」清蘭は実際、とてつもない馬鹿力だ。引きずられるように海へ近づき…放り投げられた。「おわっ!!?」海に入る前は準備体操をだな。そんな事はどうでもよさそうに清蘭は近付いてくると、私の手を取った。そして――水の中へ、引きずり込まれる。

 

ゴボッ!? ゴボ、ゴボボボ!! 清蘭は笑っているが、私にとっては一大事だ。こいつ、フィジカルに関しては超人的だからな。付き合っていたら命がいくつあっても足りない。草々に水面に上がった私は、清蘭が上がってくるまで時間を数えた。およそ三分。まだ余裕そうな顔で、上がってきた。

 

「海って凄いねー!」彼女の手には綺麗な貝殻がいくつも並んでいた。或いは貴重なものもあったかもしれないが、清蘭は一緒くたに波打ち際に並べると、それらをじっと見つめていた。宝物を見定める目だ。私は知っている。幾度も付き合わされているから。

 

やがてそれらを、波がさらった。清蘭はそれをじっと見つめたままだった。「取っておかなくていいの?」「いいの。海の中にあった方が綺麗よ」清蘭は顔を向け、笑った。彼女なりの価値観があるのだろう。満足げな清蘭は、徐に砂遊びを始めた。必要な道具は一式、何故か足元に揃っていた。

 

「見て、スカイツリー」知らない名前を冠したそれは、なるほど塔めいて高く伸びている。「じゃあ私は城を作ろう」丁寧に削っていく私の傍で、清蘭は池を作り始めた。私の城の周りを、堀が覆った。削り終えた私は、清蘭を顔を見合わせて、互いの健闘を讃え合った。

 

それから私達は、転がっていたボールで遊び、用意されていたスイカを割って、食べた。ビーチパラソルの下で休憩し、私の身体を埋めて――大変遺憾だが――やり切った感を醸し出したりもした。終わってしまうのが勿体ない時間だった。それでも。何事にも。終わりの時間がやってくる。

 

シャワールーム――何故かそんなものがあった――から出た私は、先に出ていた清蘭の傍に座った。ビーチマットが少しだけ音を立てた。光は終わり、闇の時間が迫っていた。水平線に沈む夕日も、名残惜しく夜の訪れを告げていた。

 

「また遊びたいね」清蘭が笑いかけてきた。「そうだね」笑みが、重なった。夕日が海の中へ吸い込まれる瞬間、私は清蘭の手を取り、肩を近付け…そう、顔を近づけて、彼女の唇に、その、ナニをだな。清蘭は不思議そうにこちらを見て、目を閉じた。これは、…いいのか…?

 

――刹那、世界が回転する。ここへ入り込んできた時と、同じだ。もう少しばかり待ってくれ、とは思ったが…不思議と嫌な感じはしなかった。あるべき場所に戻りなさい。微かにそう、聞こえた気がした。

 

 

 

――目を開いた。真っ暗だ。手探りで電灯を点ける。光の中に眠り込んだ清蘭と、あの小瓶があった。拾い上げ、中を覗く。…しかしそれは、もはやぴくりとも動きはしなかった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「清蘭、またそれ見てるの?」「宝物だもん」あの日の出来事を覚えているのか、いないのか。清蘭は相変わらず、小瓶を眺めては海の話をする。私もそれを思い出す。楽しい時間――いや、とても楽しい時間だった。清蘭の嬉しげな顔を見るのが、私は好きなのだろうと思った。

 

裏庭にキュリオシティを出した。これはこれで、平和利用はできる。浄化系は既に殺してある。二度と使う事もないだろう。清蘭はというと、近くで畑に水をやっていた。じょうろでは埒が明かないだろうに。…しかしまあ、指摘するのも野暮だと思った。畑の一角は、清蘭のものだからだ。

 

「ねえ、鈴瑚」なんだい。キュリオシティの配線をいじりながら、上の空な返事をした。「また、手を繋いで、夕日を見ようね」…覚えていたか。振り向いた先には、じょうろを持ち、首を傾けながら、こちらを覗き込む姿があった。あの時、握った手の感触が、鮮明に思い出せた。

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