―おうどん―
「おうどんがいい」藪から棒になによ。「おうどんがいいのよ」清蘭は何やら難しい顔で主張している。…うどん? そんなに食べたいのかしら。「今日はみんなで流しそうめんやるって言い出したの、あんたじゃなかったっけ?」「そうだけど?」…おいおい。いくらなんでもぽやぽやしすぎよ。
…まあ、正直気は進まなかったのだが。どうしたって公平な食べ物ではない。川上のデブとイタズラ兎がほとんど食い尽くすのは目に見えている。「今からでもうどんに替える?」「流しそうめんをうどんに替えるの?」…大丈夫かこいつ。「いいけど、どうして?」ああ、こいつはもう駄目だ。
「…あのさ、あんたは結局何が食べたいの」「何か食べたいって言ったっけ?」…こいつと話していると自分の頭が正気なのか疑わしくなってくるわ。「流しそうめんやるって言ってたわよね?」「そうだけど、しないの?」…なんだか腹が立つより悲しくなってきたわよ。
「あのね、作るのはどっちか一つなの。うどんがいい、流しそうめんがいい、どっちなの?」「流しそうめん」「…じゃあさっきのうどんってのは何なのよ」「うん、おうどんがいいなって」…終いにゃ師匠に頭ン中開いてもらうぞ、このボケ兎。
「いやさ、本当――いいわよ、どっちも作ってやるわ。流しうどんだってなんだって」「それは新しいね」清蘭が食いついた。そこに反応するのか。――まあどうせ、あんたや私には回ってこないわよ。奴らの食欲は底なしだ。食べ放題を出禁になった傍からラーメン食ってたわよ、あのデブ。
「うん、おてゐがいい」「…なんだって?」「おてゐ」…おてゐなんて食べ物があったかしら。少なくとも私は知らない。「おうどんと、おてゐ」うどんと並べる食べ物なの?「…ねえあんた、そのおうどんとおてゐって…」「あだな」「…あだな?」何を言っているんだ、この子は。
「だから、鈴仙のあだなはおうどんちゃんがいいなって」「…はい?」「鈴仙って名前長いじゃない? だからあだなをつけてあげようって思って」呆気にとられる私の頭をぶっちぎりながら、清蘭は語る。「鈴仙はおうどん。てゐちゃんはおてゐ。お揃いでいいでしょ?」
「…うどんの話じゃなかったの?」「うどんの話だったの?」清蘭はよくわからないという顔をした。「…あんたはホント…もう、ね…」そうだ、こいつはこういう奴だった。こいつと話をするのは宇宙人とのコンタクトに等しい。…いや、私達は地上から見れば宇宙人な訳だけど。
「…別に、あだななんてつけなくても、鈴仙でいいわよ。てゐもてゐで。…ていうか、短くなってないわよ、それ」「あ、そっか」清蘭はあっさり納得した。理屈の通っている話には割と素直だ。前からそうだった。…こいつ、わざとやってるんじゃないでしょうね?
「じゃあ、そうめんとうどんと…後は適当に買ってくるね」ちょっと待て。私が止める間もなく、清蘭は駆け出して行ってしまった。財布は――ない。そういう所は抜け目ないのよね。…まあ、いいか。無理なら無理で帰ってくるでしょ。そんな事より準備、準備。道具を出して、鍋出して――
私の準備が整った頃、無事に清蘭は帰ってきた。「…何買うんだっけ?」帰ってきてからそれを言うか。結局清蘭は超極太うどんとパスタ、それから適当な野菜に卵――こいつ麺だけ的確に間違えてないか?――を抱えて戻ってきた。…いいわ。なんだってやってやろうじゃないの。
――結局、流しそうめん(?)は、ぼちぼち成功に終わった。デブが極太うどんを喉に詰まらせたせいだ。噛んで喰えよ。後はまあパスタだけど、…うん。次はいいかなって味。つゆと合ってない気がする。てゐはムシャムシャ食べてたから、個人差はあるかもね。たぶん。
清蘭はずっと流しそうめんを見つめていた。「食べないの?」「流れ落ちたのを食べるからいいよ」こちらも見ずに清蘭は答えた。今日はそこそこ落ちてるわね。「楽しいね、流しそうめん」…しかし、何をそんなに熱心なんだか。私の疑問を他所に、清蘭は流れる水を、踊る麺を見つめていた。