―右の棚の真ん中の横の引き出しの奥―
たまには死なない事もある。
私は書き物を片付ける手を止め、ぼんやりと外を見ていた。そこには清蘭がいた。いた、というのも抽象的過ぎるかもしれないが、とにかく清蘭がいた。清蘭はラジオ体操をしていた。耳がパタンパタンと振れる。今日はやけに熱心だと思っていたら――あんのじょう、背中がつっていた。
私は外を見ている。清蘭が朝ごはんを運んできた――が、つまづいた拍子に目玉焼きが私に向けてダイブしてきた。まあ、このくらいはよくある事だ。一般的にはおかしいのもわかっている。私は大口を開けると、それをパクリとキャッチしてみせた。清蘭が拍手した。すんなよ。
私は外を見ている。清蘭が洗濯を始めた。これは何かやらかすな。声を掛けようとしたが、まあ遅い。傍にあった石鹸が身投げし、二層式洗濯機はたちまち泡を吹いた。清蘭はオロオロと動き回っている内に――泡に巻かれた。清蘭の形をした泡が踊る。壊すなよ。清蘭より高いんだから。
私は外を見ている。清蘭が畑に水をやっていた。じょうろじゃ埒が明かないだろうに。声を掛けようかとも思ったけど、止めた。無駄な事をやっている清蘭も可愛いもんだ。私がニヨニヨしていると、清蘭がこっちを向いた。「ホースどこだっけ?」単に場所がわからなかっただけらしい。
私は外を見ている。清蘭が野菜を引っこ抜いている。「お裾分けしてくるね」転ぶなよ。私の懸念を他所に、清蘭は思い切り飛び出していった。しばらくして、清蘭は戻ってきた。「お野菜もらったよ」清蘭は嬉しそうに報告した。「――私、なんでお野菜持っていったんだっけ?」さあ?
私は外を見ている。清蘭がお手玉をしている。この手の事はやたら得意なんだ。けどまあ、清蘭は清蘭な訳で――「お手玉じゃスリルが足りないから、ファイアーダンスしよう」どうして清蘭の考えはそう飛躍をするんだ。清蘭は清蘭なんだから、もう少し自覚をだな――あ、あーあ。
私は外を見ている。清蘭が弓道を始めた。吸盤のついた矢で的を狙っては、ど真ん中に当てている。身体を使う事に関しては天才的だからな。こいつ。けどまあ、清蘭は清蘭だ。「ねえ鈴瑚、今のすごいでしょ!」「――待て待て、狙ったままこっちを見るな」「えっ?」ビタァァン!!
私は外を見ている。清蘭が床掃除を始めた。雑巾持って駆けまわるのはいいけど、多分それ、ちゃんと拭けてないぞ。「鈴瑚も手伝ってよ!」はいはい。隅から掃除機を引っ張り出す。床を汚すのは大体、私だ。「寝ながらポテチ食べるの止めてよ」「清蘭だって指を舐めてくる癖に」
私は外を見ている。清蘭がプールを持ち出した。楽し気に水を張っている。「見て、可愛い水着!」可愛いのはわかる。水着なのもわかる。季節考えろよ。「冷たくない?」「冷たい」清蘭は身震いした。「カワイイにはそれ相応の代償が必要なんだ……」来年、穴が開くほど見てやるよ。
私は外を見ている。清蘭が昼ごはんを運んできた。ああ、展開が読めたぞ。私は急いで立ち上がり、清蘭を支えた。「そうめんだよ?」「そうめんはわかってるよ」放っておいたらぶちまけそうだ。私は慎重にそれを着地させると――「ギャーッ!?」めんつゆが飛び散った。そっちか。
私は外を見ている。それにしても清蘭は可愛いな。私が見てきた玉兎の中で一番可愛い。ちょっと――いや、かなり――いやいや、滅茶苦茶にドジだけど、そこもいい。……だけど、今までこいつ、どうやって生きてきたんだ? 私の疑問を他所に、清蘭は絡まったホースと格闘している。
私は外を見ている。清蘭がトンボに指をぐるぐるしている。こういう時は回している側が目を回すのがお決まりだ。あんのじょう清蘭は目を回して――宙に浮いた。「私はトンボだよ~、鈴瑚~」――催眠術でも掛けられたのか? 清蘭はトンボと一緒に、楽しそうに飛び回っている。
私は外を見ている。新聞が飛んできた。お世辞にも上品とは言えない物体だ。「見て鈴瑚、また私達のお団子屋が載ってるよ」ネタでも切れたんだろ。実際、私らにはなんの許可もないし。「まとめて五本買ったら二百円だって。お得だねー」待て、そんな事言った覚えは一言もないぞ?
私は外を見ている。清蘭が飛んできた。お世辞にも賢いとは言えない物体だ。「ねえ鈴瑚、この間アイスを買って――」「言わなくてもいい。わかってる。安い方を貰ったんだろ」「どうしてわかるの?」今時、壺算用が通るのなんて清蘭くらいだよ。「高い方も買ったの」なんだそりゃ。
私は外を見ている。清蘭が団子を搗き始めた。こいつの場合、上手く――というより、自慢の怪力でやたらめったら搗くと言った方が正しい気がする。私はまあ、あんまり得意でもない。……という事で、鈴瑚屋の団子のタネは、アウトソーシングだ。味の違いは、知恵の違いさ。清蘭。
私は外を見ている。清蘭が旋回している。実際の所、私から見れば玉兎は大体足りていないのだが、清蘭は特に抜けている。戦闘力しか期待されていなかったんじゃないか。『メーデー! メーデー! 謎の飛行物体を発見!』止めときなよ。幻想郷の飛行物体って大体――あ、あーあ。
私は外を見ている。「救急箱、何処?」「右の棚の真ん中の横の引き出しの奥」清蘭は基本的に物の位置を覚えられない。私がいなかったら鉛筆一つ見つけられないんじゃないか。「鈴瑚がそこら中にモノを置きすぎなんだよ?」「これが私にとってのベストな配置だからいいんだよ」
私は外を見ている。「ウワーッ!?」清蘭が飛び出した。にわか雨だ。すぐ終わるからほっときなよ、と思ったけど、清蘭は慌てて洗濯物を――あ、こけた。すぐに雨は止んだ。残されたのは泥だらけの物体が二つ。「今日はもう干すの諦めたら?」「いいや、片付ける!」清蘭は強情だ。
私は外を見ている。清蘭は大体、いつも楽しそうだ。世界に対してポジティブな生き方――と言えば、格好良いかもしれないけど、実際何も考えていないだけだ。そういう生き方に憧れは――なくもないか。清蘭がバカやってられるのは良い事だ。私は少しばかり、嫌な世界を見過ぎたよ。
私は外を見ている。遊び疲れた清蘭がその辺に転がって寝ている。バカでも風邪はひく。適当な布をかけてやった。まあ、清蘭が倒れたのなんて、知恵熱がオーバーロードして爆発した時くらいだけど。九九はすらすら言える癖に、計算はできないんだものな。よく店屋やってられるよ。
私は空を見ている。空だ。巫女と魔法使いがこの辺りで弾幕ごっこをしている。正直、他所でやって欲しいな――と思った矢先、畑の中に星が突っ込んできた。弁償させるぞ。私の憤慨を他所に、星やら針やら、アミュレットやらがどこどこ落っこちてくる。回収して後で売りつけるか。
私は外を見ている。そろそろ夕暮れ時だ。清蘭は――まだ寝てるな。私は台所に向かい、適当な材料でカレーを煮込み始めた。「カレー!?」すぐに反応しやがる。「肉は入ってないけど」「鈴瑚の余った肉を入れられればいいのにね」「清蘭の使ってない脳みそをぶち込むぞ?」
私は外を見ている。清蘭がハフハフとカレーを頬張っている。「食べないの?」「食べるよ」こいつは自分でおかわりせずに、人のものを取ろうとするきらいがある。まあ、人の事は言えないけどな。「お肉ちょうだい!」「だから入ってないっての」仕方なくニンジンを入れてやった。
私は外を見ている。鈴虫の鳴き声だろうか。夏は過ぎ、秋がやってくる。月にいた頃は四季の存在なんて気にも留めなかったけど、地上ではそれを意識するイベントが沢山ある。清蘭が横で耳を立てている。鈴虫の鳴き声。清蘭も少しは、地上にいる事を楽しめるようになっただろうか。
私は外を見ている。清蘭は既に眠っていた。私は書き物を片付け切り、顎をついて、じっと夜を見た。月が出ている。あれが私達の故郷だなんて、知らなければ思いもしなかったに違いない。地上の兎は月見て跳ねる。私は外へ出た。少しだけ跳ねてみた。まあ――まだ、実感はないな。
私は布団を敷いた。清蘭は何やら呻いて――いや、喚いている。何の夢を見ているのやら。電気を切り、布団に潜り込む。明日からは店屋だ。次の休みには何を片付けようか。私は清蘭の方を向いた。清蘭もこちらを向いている。全く、仕方のないやつだよ。私はそのまま、眠りに落ちた。
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「ギャーッ!? もう夕方じゃない!!
何で起こしてくれなかったの、鈴瑚!?」
「清蘭が目覚まし時計を蹴り飛ばしたのが悪いんだろ」