東方短編集   作:slnchyt

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一匹狼を止めます

―一匹狼を止めます―

 

 

 

ちぎれてしまった紐を、あなたの手が結び直す。

 

 

 

「おおい、こっちのタケノコは抜いていいのかい?」「この辺は取り放題よ、小町」てゐが手を振った。「どうせ刈るなら、食べた方がお得よね」竹林にはいくらか、人の手が入っている。人がそこに存在する限り、完全な自然なんてないもんだ。竹藪に道ができる。そして、恵みを頂く。

 

こういう仕事は経験がないが、刈るのは得意だ。死神だからね。まあ、少しばかり勝手は違うかもしれない。「籠は持ってやるよ」「いいよ。私は力持ちだからね」実際、あたいくらいは持ち上げられる。おちびさんの何処にそんな力があるんだかな?「結構集まったんじゃないか?」

 

「まだまだ。放っておくと無限に生えてくるわよ」てゐは頭を振った。「竹は竹で役に立つけどね」まさか食べるんじゃないだろうな。あたいの疑念はまあ、冗談として受け流した。……本当に冗談なのかね?「どう思う?」「うん?」「こういう仕事をしてみて、さ」「そうさね――」

 

「中々新鮮だよ。お前さんはどうだい」「いつもやってるからねぇ。でもまあ、二人でやるのは久方振りかな」「そうか」鈴仙の事だろう。引き合いに出されるのは、まあ普通なら怒るかもしれない。あたいはそうは思わない。かつての愛と、今の愛が違う形なのは、わかっているからね。

 

「ところでこれ、最終的にはどうするんだい」「売る分もある」貴重な外貨獲得手段だからね、とてゐはニヤリと笑った。「勿論、大体は食べちゃうけどね。永遠亭に戻ったらしこたまタケノコを食らわせてやるさ」「そいつは楽しみだ」普段はそうそう食べられるものでもないしね。

 

「――ところで、気付いてるかい?」「もち。てゐ様のセンサーを舐めない方がいい」竹と竹、それから竹の間から、視線を感じる。人間って事はないだろう。竹林に棲む、妖怪だろうか。あたいは鎌を取り出した。「御用なら、出てきな。用事がないなら、あたいと遊ぼうじゃないか」

 

気配は動かなかった。まるでこちらを値踏みしているようだ。「匂いでわかるよ。あんた、ワーウルフでしょう?」その言葉を聞いて、気配が動いた。こちらに向けて歩いてくる。やがてシルエットが色味を得ると――やはり、狼か。「今泉影狼じゃない。最近は見なかったね」

 

間違いない。こいつはワーウルフだ。匂いだけじゃない。赤ずきん付きの外套を被ったその姿は、まるで狼が絵本から飛び出してきたみたいじゃないか。しかし、どういう訳だか、妖獣特有の剣呑さは感じない。むしろ――何と言うか、無害そうだ。緩んだ顔にも、気迫を感じられない。

 

私達に歩み寄ると、影狼は頭を下げた。「この頃は、誰にも会わなかったので――人がいると思ったら、思わず出てきてしまいました」「お友達はどうしたの?」「――当分、会っていません」「お友達?」「草の根ってネットワークがあったのさ」てゐが指をくるくると回した。

 

「こいつもその一員――じゃ、なくなったみたいね」「喧嘩でもしたのかい?」「いいえ」影狼は首を振った。「私はもう、草の根にはいられない。いてはいけないんです」自信なさげに緩んだ顔が、悲しみに歪んだように見えた。「事情は誰にでもあるもんさ」あたいは鎌をしまった。

 

「それで、何があったんだい。話してみなよ」ああ、あたいはつくづくお節介なんだな。「それは」「話したくないなら、それでもいいさ」影狼は首を振った。「懺悔みたいなもので良ければ、聞いてください」「いいとも」私の隣で、てゐは呆れていた。「全く、面倒見がいいんだねぇ」

 

「てゐさんの仰る通り、草の根というネットワークがありました。元々は仲良しの集まりだったんです。けれど、それは次第に、利害を共にする集団へと成長していきました。それが悪かったとは思いません。けれど、元々いた人達にとっては――少し、窮屈だったかもしれません」

 

「草の根の面々も随分と入れ替わりました。そりが合わなかった。居づらくなった。新たに生まれ、そして死んでいった。或いは――一匹狼に戻りたかった」「それがお前さんかい」影狼はうつむいたままだ。「理由はあるんだろう?」「理由。……理由ですか」そっと、顔が上がる。

 

「私は組み紐になれなかったんです」「組み紐?」「私は、草の根と人間との縁を繋ごうとしました」腕を開き、影狼は主張する。「それがとても難しい事は――いいえ。承知していたつもりでした」それはそうだろう。人間と仲良くする妖怪なんて――まあ、いないとは言わないが。

 

「――昔、鈴仙から聞いたよ。その話」てゐが、私の肩から飛び降りた。「自分が組み紐になって、縁を繋ぐって。随分とやる気だったそうじゃないか」「お恥ずかしい」影狼は首を振った。「私は自分自身を過信していたんです」「やりたかった事が、上手くいかなかった訳ね」

 

「お前さんがどうして折れてしまったのかは知らないが」あたいは飴を取り出した。「要るかい?」「――頂きます」投げ渡した飴を、影狼は舐め始める。「本当にそれは、もう二度と繋げない縁なのかい?」「出来ない――と思います」「どうしてさ?」てゐが首をかしげた。

 

「一部の人間が、私達を陥れようとしたんです。妖怪退治屋を雇って。でもそれは、私達も同じでした。草の根の一部が人間を排除しようとして、襲い掛かった」意思疎通が取れていなかった。影狼はぽつりと呟いた。「勿論、それはごく少数同士のいさかいだったはずでした」

 

「けれど、縁を切り離すのに十分だった」影狼は、自らの顔に爪を立てた。「あの時の私は、必死すぎたのかもしれません。私は数年来、人間に近しい妖怪でしたから――人妖に声をかけ、喧伝し、時には説得し、賛同する妖怪を集め、或いは――離れていく仲間を見送りもしました」

 

「あの時、私が組み紐になるなんて考えなければ、草の根は今もたくましく存在していたかもしれない」引っかいた顔に、血が浮かんだ。乱暴に飴を噛み砕く音が聞こえた。「私の考えは間違っていたのでしょうか?――私のエゴに、皆を巻き込んだだけなのでしょうか。わかりません」

 

「そうでもないと思うけどね」てゐが首をかしげた。影狼がてゐを見た。その顔を見て、少しだけ緊張がほぐれたようだった。「あなたは少し考え過ぎだね。正しかった。間違っていた。そう二元論に持ち込もうとする。そんなんじゃ肩がこっちゃう。楽にしなよ。私達の前でくらい、ね」

 

「結局、何だってやってみないとわからない。どんなに簡単な事だって、どれだけ難しい事だって」てゐはステップを踏みながら、影狼に近付いた。「選択の重みってのはあるだろうさ。けど、それに賛同した妖怪もいる訳じゃない?」てゐが手を差し伸べた。影狼は戸惑っていたようだ。

 

「あなたは失敗した。でもそれは、ツキがなかっただけかも」てゐが促すと、影狼は遠慮しがちに手を取った。「立ち止まりたくなったのもわかる。それだけの痛さも、辛さも経験しただろうさ。でも、次は成功するかもしれない」てゐがししし、と笑った。私達もまあ、つられた。

 

「あたいもそう思うよ」あたいはてゐに同意した。「可能性がゼロじゃない限りは、やってみる価値はある。だがまあ、安易に勧められる話でもない。お前さんがこれで終わりにしたいと思うなら、誰もそれを責めまいよ」「でも……」「未練はある。お前さんの顔にはそう書いてある」

 

「お前さんは一世一代の賭けに負けてしまった。けど、本当にそれは己のすべてを失ってしまったのかい?」「――すべて、ですか?」「すべてを失ったとしても、今が残る。そしてあなたが残る」てゐがご高説を垂れた。それはあたいの台詞なんだけどな。「まあ、そう言う事さ」

 

「今が残る。私が残る――」「お前さんにはまだ、お前さん自身が残ってる。それをどう使うかは、正しくお前さんの選択だよ」あたいは飴を取り出した。「要るかい?」「頂きます」影狼は新しい飴を舐め始めた。「ま、深く考えなさんな。頭は、使うべき時にだけ使えばいいさ」

 

「――≪私≫なんてものは、私にはもう残っていないと思っていました」影狼は顔の血を指で拭い、口に入れた。「すべてを失ったなら、また作り直せばいい。かつての私なら、そう思ったかもしれません」影狼がてゐの手をぎゅ、と握った。「――なら、今の私はどうでしょう?」

 

「それはあなたの心がけ次第だわ」てゐが握り返す。「私の本質は変わっていないはずです。立ち止まらなければそこに道は続く。そう信じていた私は、確かに≪私≫だったはずです」己を鼓舞するその顔は――さっきまでの緩んだそれが嘘のように、毅然としていた。「私、決めました」

 

「お前さんの決意、聞かせておくれ」影狼は頷いた。てゐは手をそっとほどき、両の耳に手を当てた。決して聞き漏らさぬとばかりに。「私は、草の根には戻りません」影狼は首を振った。「けれど、見知った人間達に安穏と溶け込む事もしません。それは私のやるべき事ではないから」

 

「私は再び、組み紐になります」影狼が糸を引くジェスチャーを取った。「互いの垣根を少しずつ取り払います。私達が積み上げてきたものは、決して無駄じゃなかった」「その調子」影狼は頷き、尻尾を振った。「互いがわかり合える日が来る事を、私は信じます。そうしてみせます」

 

「その為には、行動しなければならない。私は今この場で、一匹狼を止めます」影狼はぐるりと回転し、赤ずきんを脱いだ。長い髪、そして耳がはっきりと見えた。「つがいを求めるのは、生物として当然の節理。ならば、二つのコミュニティは?――きっと、互いを求めあっています」

 

「私はそれを手助けすればいい。実際は難しいでしょうが――言うだけなら、こんなに簡単なんですね。私は、それすらも忘れてしまっていた」影狼は竹に手を当て、寄り掛かった。あたいも背を預けた。てゐは、私の肩に戻った。「こんな私に出来る事なんて、所詮は限られています」

 

「けれど、私の行動に賛同してくれる人はきっといるはずです。彼らが助けてくれれば、組み紐はやがて硬い絆となって、互いを繋ぐでしょう」「いいね」あたいは肯定した。心からそうしてやりたくなった。「私は正直、懐疑的だったけど――凄いね、あなた」てゐが笑いかけた。

 

「凄くなんてありません」「そこは素直に受け取るもんだよ、組み紐さん」あたいはにやり、と笑った。「いずれ、お前さんの行動は世間に評価されるだろう。献身的な行為と讃えられるか。狂犬の戯言と蔑まれるか。だが、覚悟はあるんだろう?」「勿論です」「なら、頑張んな」

 

「ありがとうございます。あなた達と出会えて、本当に良かった」「役に立ったなら、まあ――何よりさ」「私から、あなたに幸運を分けてあげるわ。出来る事はそれだけだけど」てゐは影狼に向けて手を伸ばした。その手が一瞬、光ったように見えた。「――必ず、役立ててみせます」

 

影狼は一礼すると、竹林の奥へと消えていった。「どう思う?」「私の幸運だって、不可能を可能にする訳じゃない」「つまり?」「上手くいくさ。てゐ様が幸運を分けてやったんだもの」てゐが太鼓判を押した。あたいは静かに頷き、影狼が消えた方向を見つめた。もう、誰もいない。

 

一匹狼を止める、か。そう簡単に止められるもんじゃないだろう。意図せずその道に堕ちてしまったなら、猶の事だ。お前さんはやると言った。いつか――また、立ち止まってしまうかもしれないが、その時にはきっと、お前さんの周囲には、道を示してくれる仲間がいるだろうさ。

 

「帰ろうか」「まあ、ここにいても仕方ないし」てゐはあたいの頭を撫でた。「タケノコ掘りの続きはまた明日ね」「あたいは明日、休みじゃないんだけどな」「有給でも取っといて」てゐがししし、と笑った。私もつられた。「まあ、何とでもするさ」てゐを担ぎ直し、籠を持った。

 

「永遠亭に泊っていくよね?」「遠慮して――いや、仕方ないか」死なない奴が二人もいる所なんて――まあ、仕方ない。口実にしている訳じゃない。本当だよ。決しててゐと一緒に寝たいなんて事はなくてだね。「一緒に寝ようか?」「防音は完璧なのかい?」「ちょいと問題はあるね」

 

「それじゃ、お楽しみはなしだ」あたいは首をすくめた。「遠慮なさらずに?」「見せつける趣味はないんだよ」兎がそこら中にいるのに、遠慮も何もないもんだ。「いいわ。今度二倍にして返してもらうから」「壊れ物を、乱暴に扱うもんじゃないよ?」「壊れ物ってガラかしら?」

 

やる気満々のてゐを制止て、あたいはにやついた。竹の隙間から赤い光が漏れている。時間が過ぎるのなんてあっという間だ。朝起きて、昼が過ぎれば、夜がやってくる。休みがいつまでも伸びればいい――なんてのは、いつも思ってたさ。そして、理由は変われど、今もそう思っている。

 

「お前さんの体感時間は、私よりずっと短いんだろうな」「ん?」てゐが首をかしげた。その動作は一々、可愛らしい。「長生きすればするほど、≪今≫は相対的に短くなるそうだ」「――そうかな。そうかも」私の首に手が回った。「いいのよ。その分、濃度で補うわ」「そうかい」

 

時は誰にでも、平等に流れている。死なない連中ですら、時の流れから逃れる事は出来ない。どれだけ引き延ばされたとしても、時は確かに流れ続ける――うん? そういえば、昔の知り合いに時を止められるとか言ってた奴がいたような気がするな。この考えは胸に引っ込めておこう。

 

「あなたの体感時間は、私よりずっと永いんでしょう?」「そうかもね」「なら――私よりもずっと、あなたは私の事を感じられるのね」悪戯兎は、身体を乗り出し、あたいの頬にキスをした。「羨ましいわ」「何、あたいが濃くしてやるさ」お返しに、髪をめちゃくちゃにしてやった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「お宅のお姫様がじっと見てくるんだが」

 

「珍しいものには目がないのよ」

 

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