東方短編集   作:slnchyt

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あるんです。宝塔

―あるんです。宝塔―

 

宝塔がなくなった。

 

今回ばかりはご主人に非はない。いや、非を自覚させる為とでも言えばいいのか。それはともかく、ご主人の手元から宝塔は消えた。私が密かに隠すからだ。さっき、無防備に昼寝をしている姿を横目に見ながら、棚から堂々と持ち去った。――ああ。如何にも危機感がなさ過ぎるぞ。

 

大体、いつもご主人は宝塔をなくしている。たまに保有していると言った方が正確だろう。必要な時には手元にあるのですからつまり、今は必要がないからなくなったのです――等と言い訳をするが、それは私が毎回探してきてやっているから、ヘマをせずに済んでいる訳であってだな。

 

寺から飛び去りながら、手元のそれを眺める。最初にこれを探した時は、大変苦労したものだった。千年も前に散逸した財宝の足跡を辿るなんてのは容易ではない。方々を飛び回った挙句、最終的にそれは悪辣な古道具屋の手に渡っていて――よそう。思い出すだけ、腹が立つだけだ。

 

それでもまあ、大事に関わる使命感はあった。事実それは立派に役目を果たし、尼君を復活させるという目的は達成された。若干の計画違いはあったにしろ。しかし宝塔は、ご主人の元に在り続ける事を良しとしなかった。格好良く言えばな。実際の所は、ご主人は失せ物の天才という事だ。

 

宝塔に限らず、物をとにかく、よくなくす。酷い時には、探して渡した瞬間に既になくしていた。もし手品の類なら拍手喝采だろう。あまりにも手際が良すぎる。わざとやっているのではないかと疑った事もあったが、普段からぼんやりしているご主人がそれほど器用だとも思えない。

 

案外、本当に≪財宝が集まる程度の能力≫の一側面なのかもしれないな。九割方の諦観と共に、そんな事を思うと、私はため息をついた。しかし、しかしだ。現実問題として生活に支障が出ているようでは本尊としての威厳にも関わる。気持ちを入れ替えてもらう。それが今作戦の目的だ。

 

人里の上空を抜け、しばらく飛び続ける。うららかな春の陽気が心地良い。こんな馬鹿らしい事をしていないで、私も昼寝でもしてやろうか。思いはするが、それではご主人の為にならない。心を鬼にして――常に鬼寄りの気質である自覚はあるぞ、私にだって――私は自宅へと向かう。

 

やがて目下にそれは見えてきた。無縁塚。その境界線上にほど近い崖の傍。こっそりと隠れるように建っているのが私、ナズーリンのハウスだ。小さな掘っ立て小屋だが、一人暮らしか、多くても二人だ。これでいい。私はスイと高度を落とすと、裏手に当たる崖の上に着地した。

 

持ち歩いている荷物袋から小さなシャベルを取り出し、穴を掘り始める。今からここに宝塔を隠すのだ。ついうっかり、場所が分からなくなった――なんて、酔っぱらったリスみたいなヘマはしない。安置した上から手早く土を被せ、掘り起こした跡が容易には分からないように細工した。

 

これでもう、誰も宝塔を見つけられない。私以外には、な。ご主人も直に宝塔をなくした事に気付くだろう。その時には言ってやるのだ。私にも分からない、と。安易な気持ちでいたご主人は一通り慌てるだろう。深く反省した所で、事情を明かして宝塔を返す。一種のショック療法だ。

 

勿論、宝塔に万が一の事があれば大変な事になる。もしくは、単に自力で見つかってしまえば意味がない。だからこうして、ご主人の与り知らぬ場所に隠しておく。ご主人が反省するまで、宝塔は出てこない。我ながら、悪くない作戦だと思った。ご主人は素直で、単純なのだ。

 

――さて、後はご主人が気付くのを待つだけだ。いくら探しても宝塔が見当たらないとなれば、直に我が家を訊ねてくるだろう。こっそりとな。実際、寺の連中は皆気付いているらしいがね。俄かに浮かんできた笑いを噛み殺しつつ、私は家に戻ると、ベッドにどさりと寝転がった。

 

大の字のまま、しばし黙考する。毘沙門天代理の監視役、なんてのはとうの昔に有名無実なものだ。名も無き屏風の虎――ご主人はよくやっている。非の付け所がないくらい優秀だった昔も、少しばかり親しみやすさに振り過ぎている現状も。毘沙門天様は役目を問いはすまいよ。

 

私からしたって、そうだ。千年の時を共に過ごし――今更、その性質の何を疑うものか。だが――そう思う傍らで、口うるさく苦言を呈したくなる自分がいるのも確かなのだ。これは私自身のエゴというものだろう。今のご主人を否定したい訳ではない。だが、それでも比較してしまう。

 

ご主人には立派であって欲しい。代理として完璧であって欲しい。自分はその一助とならねばならない。――考えてみれば、おかしな話かもしれないな。単なる監視役が、そこまで入れ込む理由はない。分かっている。かつて私はご主人の≪不実≫な部下だった。そして、今もそうだ。

 

一人で寝るにはあまりに大きすぎるベッドで、ごろりと寝返りを打った。代理として完璧に優秀だった昔の主の姿を思い出す。それは朧げだ。今よりも随分と痩せて、しかし強靭な肉体。野性の虎の如き鋭い瞳。惰弱者は近寄る事も出来ないオーラ。尼君の隣で、君は偉容を誇っていた。

 

今の財宝神としての側面ではない。武神としての佇まいだった。やがて寺を失い、尼君を失い、仲間を失った千年の間に、ご主人は変わった。私が変えたと言ってもよかった。ご主人はあまりにも傷付いていた。その傷を癒す為に、私はしてやれる事なら――そうだ。何でもしてやった。

 

――要するに、徹底的に甘やかした。間違いだったとは思っていないが、今思えば明らかにやり過ぎた気もするな。私に四六時中ベッタリだった一時は、一人では着替えもできない有様だった。船長や一輪が戻ってくる前に改めさせておいて良かったな。流石に威厳もへったくれもない。

 

――まあ、そういう経緯で、私は折に触れて小言を吐くようになった。自分がそうさせたのだから、しゃんとさせねばならないという自負がない訳でもない。しかし、長年の偏愛と平穏でとぼけてしまった頭は早々、以前のようには回らないものらしい。今では一端の昼行燈だ。不甲斐ない。

 

頭の中に、ご主人の曇りなき笑顔が浮かんだ。まったく君はだめなやつだ。でも、君がそういう風に笑えるのは――そうだ。嬉しいんだ。今のご主人は間違いなく幸せだろう。そして私も、悪い気分であるはずがなかった。眠気を覚え始めた身体を抱き込みながら、私はにやついた。

 

窓から差す日が私の身体を温めていた。ああ、どうしようもなく平和だ。私もその実、危機感が足りていないのかもしれないな。瞼がどうしようもなく重い。少しだけ、ご主人が現れるまで、眠ってしまおうか。そう思った時には既に、私は意識を手放してしまったらしく――

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「私だって好きでなくしている訳ではありませんよ」心地よい春の空に浮かびながら、私は独り言ちました。言い訳――いえ、釈明の練習です。事実、好きでなくしている訳ではないのですから、これはまったく正しいのです。「ただ、宝塔の方が、私の傍に固定される事を良しとしない」

 

実際、これも事実ではないかと。私の能力で集まる財宝は、やがて然るべき理由によって私の元から離れていくものです。ならばそれは、まことの財宝である宝塔も例外ではないのです。たぶん。おそらく。きっと宝塔の側にも、じっとしていられない事情があるに違いありません。

 

ナズーリンに迷惑をかけている自覚は、勿論あります。思えばそれは、あまりにも当たり前になり過ぎているかもしれません。昔はこうじゃなかったのに。ナズーリンは時折、そうやって私に自省を促します。昔は、そうではなかった。その通りだったのでしょう。記憶は既に曖昧です。

 

ナズーリンに叱られる度に、思いはするのです。このままではいけないと。しかし今の私は、昔のようにはっきりとしていません。裏で昼行燈と揶揄されているのは知っています。それは事実でした。悔しいとも思います。しかしそれも、安穏の合間ですぐに忘れ去ってしまう――

 

私は迷っていました。目の前にナズーリンの小屋があります。訊ねればきっと、すべてが解決するでしょう。しかしそれを良しとすべきなのか。私の中に少しばかりの躊躇いが――私だって悩んだりします――生まれました。それはつまり、性懲りもなくナズーリンに頼る事になります。

 

もう少し――いいえ、見つかるまで自分で探すべきです。でも、本当に見つかるでしょうか。――いやいや、最初から諦めてどうするのですか。見つけるのです。そうすれば少しはナズーリンも私を見返してくれるでしょう。私は頭をぶんぶんと振ると、不安を振るい捨てました。

 

片足を踏みしめ、私は気合を入れました。「やってやりますよ!」私の決意を、どうやら大地も後押ししてくれているようでした。どぉん、と周囲が沸き立ち――沸き立ち?「わわっ!?」体勢を崩して、その場にひっくり返ってしまいました。地面が揺れています。地震です。大きい。

 

この辺りでは滅多にある事ではありません。私は苦労して立ち上がると、咄嗟にナズーリンの小屋を見ました。地面は未だに揺れ続けていますが、小屋が倒壊するような様子はないようです。とりあえず安心ですね。袖で冷や汗を拭うと、顔に小石が転がってきました。……えっ、小石?

 

上を向いた瞬間、私は目を見開きました。ナズーリンの家の裏にある崖は、地震の影響をもろに受けたようでした。いくつか崖崩れが起きています。特に天辺はひどい。崩れた先端が大きな岩塊となって、転がり落ちそうになっていました。今にも。今にもです。その、真下には――!

 

「ナズーリン!」私は慌ててナズーリンの名を呼びました。幾度も呼びました。しかして返事がありません。留守なのでしょうか。それならまだ救いはあります。しかしもし、まだ中にいるとしたら――?「ナズーリン!!」岩がずり落ち始めました。今から飛び込んで、間に合うか!?

 

私は必死に小屋へと駆け寄り――ませんでした。

 

それは天啓でした。私は視界の隅に、なくしたはずの宝塔が崖から転がり落ちていくのを見ました。咄嗟に手を掲げ、念じると、宝塔は私の手元に飛び込んできました。それは私の手にしっくりと収まりました。落下する岩を見据え、私は叫びました。高らかに、叫びました。

 

「――光よ――!」

 

瞬間、宝塔から威光の帯が放たれました。照射は一瞬でした。一瞬で構わなかったのです。それは一瞬で小屋の上空へと到達し――落下する岩が、光の奔流の中に掻き消えていくのが見えました。後には僅かな砂粒も残りません。これこそが宝塔の力の一端。恐るべき、破壊の力です。

 

――やがて地震は収まり、周囲に平穏が戻ってきました。まるで何事もなかったかのように。転がった小さな岩や大きな岩だけが証人です。「ご主人?」小屋の扉がガタガタと音を立てて外れると、ナズーリンが顔を出しました。「――如何にも間が悪かったな。怪我はないかい?」

 

「大丈夫ですよ。あなたこそ」私は微笑みかけました。「私は何ともないさ」その場でナズーリンはぐるりと一周しました。確かに何ともありませんね。本当に良かった。「で、今日はどうしたんだい」ナズーリンが、平静を装った顔――何故か、内心嬉しそうな顔――で、問いました。

 

「あ、いえ、その――アレです。宝塔をですね」「またか――と言いたい所だが」ナズーリンは怪訝そうな顔をしました。「どうしたんだ。持っているじゃないか、宝塔」私の手にあるそれは、確かに宝塔です。間違いなく。「ええ、あるんです。宝塔」「――どういう事だ?」

 

ナズーリンはしきりに不思議そうな顔をしていました。そんなに私が宝塔を持っているのが珍しいのでしょうか。のでしょうね。はい。「やはり必要な時には、この手に戻ってくるものなのですね」「――は?」私は運命的なものに思いを馳せながら、宝塔を懐に仕舞いました。

 

「まあ、いい。さっきので部屋の中がめちゃくちゃなんだ。何ももてなせないぞ」「片付けを手伝いますよ」「ご主人に頼むほど血迷っちゃいないよ」首を振るナズーリンの顔を見て、私は笑いました。「座る所くらいはありますよね」「ああ」ナズーリンもまた、笑い返しました。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「――さっき懐に仕舞ったよな?」「そのはずなんですが」

 

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