―兎達の地の文―
「おい、地の文」鈴瑚は何処へともなく話しかけた。「お前が何でも決めるから、なんかもうめちゃくちゃじゃないか。私達はおもちゃじゃないんだぞ」第四の壁へ蹴りを入れた黄色い兎は、虚空をじっと睨みつけている。そちらには何もない。あるはずがないのだ。地の文は地の文だ。
「清蘭は死ぬし、私は死ぬし、鈴仙だって死んだ。かと思えば生き返るし、清蘭は死ぬし、私なんてメカ化するし、清蘭は死ぬし――清蘭はいいか。清蘭だし」相方に対して極めて不適切な台詞を放つと、鈴瑚は仁王立ちで虚空を見た。そちらに地の文はいない。地の文は何処にもいない。
「なんかこう、もっとあるだろ? 私達が平和に暮らしてる話とか――童貞丸出しの奴があったけど、あれはノーカンだ。ノーカン――それとも活躍してる話とか――無限に死ぬ清蘭に対処したりはしたっけ――鈴仙なんてカッチョいい特殊部隊の話があったじゃないか。ああいうのがいい」
「――事務方がバトるのは書類と傲慢不遜な社員でしょ?」何処からか現れたのは、鈴仙。「私だってハッピーエンドじゃないわよ。頭パーにされたり頭パァンされたり」狂気の瞳に渦巻きをぐるぐるさせながら、鈴仙の指が虚空を狙い定めた。地の文は観測できない。できないものは、できないのだ。
「大体、地の文って何なのよ。どういう現象? …大体、現象なの?」鈴仙の疑問は尤もであったが、それに説明をつけられるものは誰もいない。如何なる登場人物も地の文には逆らえない。――しかして、地の文にも逆らえないものはある。
「何やってるの、私も入れてよ!」不意に清蘭がポップした。「清蘭はいいんだよ」「入れてよー!」「…状況が悪化するばかりだから座ってて、お願い」青い兎は同郷の士らのいささか乱暴な説得に応じ、体育座りをさせられていた。そこまでされる謂れはない。
「私ぁいくらか心当たりがあるよ」トン、トンと跳ねながら、てゐが割って入った。ウインクされた鈴仙は、酷く赤面していた。「師匠が言ってたね。世界には私達の生きるそれよりも高い次元とやらがあるって。それは私達からは決して見えないし、聞こえない」にやけながらてゐは語った。
皆が顔を見合わせる。清蘭はスネていた。兎達は、自分達が今の自分以外の記憶を持っている事に違和感を覚えていた。死の記憶も、恋の結末も、或いはギャグ漫画めいたそれも。まるで自分が複数いたように。もしそれが、何者か――例えば、地の文――の手によるものであるとするなら。
「まあ、信憑性はあるね。永く生きているとさ。なんかこう、時々――自分が必然によって突き動かされている気になったりしない?」てゐの言葉は、月の兎達にとってもそれなりの理解を得られるものであった。数ある選択肢から一つを選び取る。成功を確信して突き進む。思い当たる節はあった。
「ひょっとしたら、私達に自我なんてないのかもしれない。――師匠も難しい事を考えるもんだ」兎達は再び顔を見合わせた。「でも、今この場で話をしている私達は確かに存在している訳でしょ?」てゐが軽くステップを踏んだ。「なら、何にも考える必要はないわ。私は、私だ」
鈴瑚が静かに頷いた。「確かに、私はここにいる」鈴仙が髪をかき上げた。「私だっているわ」清蘭がぼやいた。「…私だっているよー」全員の意志が、一つになった。全員が振り向き、闇の中を見た。地の文を探そうというのだ。それは無駄だ。彼らの次元から、地の文は決して見つからない。
――その時だった。劇的な変化が起こったのは。
闇に囲われた空間に、突如としてまばゆい光が差し込んだ。各々の影が、長く長く伸びた。「な、何これ!?」鈴仙は波長を操り、己へ降り注ぐ光を弱めた。鈴瑚は深く帽子を被り直した。てゐは素早く手で目を隠した。清蘭は――スネていたので、無事だ。「エッ何?」今しがた、無事ではなくなった。
まるで目張りした窓を開くように、光はまばゆく感じられた。「――あっちよ」鈴仙は仲間を己の周囲に集めた。鈴瑚が気絶した清蘭を担ぎ上げた。今は光の方向へ進むしかないと思ったのだ。一つの心を抱き、光の向こう側で、兎達は―― 達は―― は― はは達はは――ははhahahaaa
「――飽きた」
私はキーボードから手を離し、一人ごちた。