東方短編集   作:slnchyt

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サイコセイラン

―サイコセイラン―

 

「私はバカにされすぎだと思う」何だい清蘭、またなんか変な事思いついたの?「ほら、そういう所がバカにしてるって言うのよ! 私だってかつてはサイコキャラとして売り出して――」すぐ冷めたろそれ。現状を受け入れなよ。私達ずっとコンビでやってきたじゃないか。「やだぁ!」

 

「そう言う事で、今日でコンビは解散! これからはサイコの異名を持ち異空間を自由に操る高貴なるスーパー玉兎として売り出してやるわ!」そりゃ結構な事だねえ。ところで清蘭さんや、サイコって言葉の意味、ご存じ? …清蘭はしばし考えて、わからないと言いたげな顔をした。

 

「――とにかく! 鈴瑚はもう私に構わないで!」怒った清蘭はその場に座り込み、何やら難しい顔で考え始めた。清蘭の考え休むに似たり…とまでは言わないけど、向いてないと思うよ。「ほらすぐそうやってバカにするー!」役割分担の話なんだけどな。まあ頑張るといいよ、清蘭。

 

―――

 

  ―――

 

――清蘭は買ってきたペンキで杵に血飛沫のペイントをしている。ぶっちゃけストロベリーダンゴ搗いた方が早いと思うんだけど。それで団子は私が食べる。「上手くいかない…」全部真っ赤にしたらただのクリスマスカラーじゃないか。緑でも足してやろうか?「うるさい!」

 

――「ケヒヒ、ケヒヒヒ…」なんだその鳴き声。「サイコの笑い声ッ!」どっからどう聞いてもただの変質者だと思うけどな。「ゲーッゲッゲッゲ、ゲゲゲゲ…」段々化け物みたいになってきた。それじゃジャンルが違うぞ清蘭。「どうだ、怖がれーッ!!」二番煎じかよ。

 

――「こう、毒を塗ったナイフで脅したりするとサイコっぽい」…展開が読めたぞ。「ケーッケッケッケ…オゴゴーッ!?」やっぱ舐めた。あれナイフによくないらしいよ。それはそれとして清蘭は硬直している。まあ麻痺薬で良かったな。今の内に荷物でも漁るか、なんてな。

 

――「狡猾で残忍な頭脳が必要なのよ」迂闊で残念の間違いだろ。「こう、殺人計画を立てたり、…それから、殺人計画を立てたり、…えーっと、殺人計画を立てたり…」ただの危険人物じゃないかそれ。実行性がまるでなさそうだ。「ええい、殺る時ゃ殺ればいいのよ!」それは通り魔。

 

――「シリアルキラーってのになってみよう」…意味知ってるの清蘭?「こう、えいやっとマルチキルすればいいんでしょ?」…それは大量殺人鬼じゃないかな?「…ところでシリアルって何? ケロッグ?」清蘭は納豆味が好きだっけ。今度買っとくよ。「ナイス」ナイスじゃないだろ。

 

――「サイコは思いもよらぬ場所から現れるのよ」…それでゴミ箱被ってる訳?「闇に潜んだサイコは通りかかった獲物をグサーッと…」カビクサイマンの間違いだろ。いいから早いとこ風呂入りなよ。「…そんなに臭う?」お近づきにはなりたくないかな…

 

――「サイコといえば返り血」ほう。それでそのざまですか。「…血糊の袋を開けようと思ったら爆発したのよ」返り血と言うより重傷患者だよ、それ。いっそ頭に包丁でもブッ刺しとけば相手も恐れるんじゃない?「あ、そうか、その手が…」どっちかって言うと怪物に分類されるけどな。

 

――「玉兎のメインウェポンといえば杵なのよ」別にウェポンにしろなんて言われてないけどな。「こう、鈍器でバシンバシンするとサイコっぽい」…前世の古傷が痛むから止めてくれないかな。「でもそれだと誰がやったか丸わかりよね?」杵で殺人事件を起こすなんて清蘭くらいだよ。

 

――「サイコはどんなものでも凶器にするのよ」さっきと言ってる事逆じゃないか?「うるさい!」それで、清蘭は何を凶器にするんだい。「灰皿」…灰皿?「伝統と格式がある武器らしいわ」それってドラマの話だろ。…ていうか、最近は灰皿置いていないお宅も多いんじゃないか。

 

――「サイコは脳波コントロールできるものなのよ」それなんか違うサイコだと思うけど。「指先からへにょりレーザー撃ちまくったらそれっぽくない? フハハ、怖かろう!」それって最終的にほぼ確実に死ぬけどいいのか。…気付いてないな。清蘭だし。

 

――「サイコと言えば前衛芸術」清蘭って前衛芸術とかわかるんだ。すごいね。「とりあえず死体を使ったオブジェとか…やだ血生臭い。キモイ」お野菜でタワーを作りながら清蘭は世迷言を呟いている。それで興奮するとかマジでヤバイ奴だと思うけどな。「やだキモイキモイ」…止めたら?

 

――「サイコは呪術にも通じているものなのよ」…そうか?「この呪いの藁人形をこう、打つ、打つ、打つ!!」具体的に誰か呪ってる訳?「誰かって?」…闇雲にやってたのか。ちなみに呪いって人に見られると何倍も返ってくるって説があるの知ってる?「あ゛あぁ、痛い痛い痛い!!11!」

 

―――

 

  ―――

 

「――で、どうだった?」「…無理かも」清蘭はあっさり弱音を吐いた。まあそろそろそんな気はした。「清蘭はそのままでいいんだよ。清蘭は私にとって大切な清蘭なんだから」「…うん。ごめんね鈴瑚」耳を垂らして清蘭は詫びた。そこまで怒ったりしてないけど…まあ、いいか。

 

私は清蘭の頭を優しく抱いてやった。…その時突然、玄関の扉が爆音と共に叩き壊された。犯人は斧を投げ捨てると、ゆっくりとこちらを向いた。

 

「ドーモ、サイコセイランです」

 

唖然とする私達を、清蘭と瓜二つの姿が見ていた。全身に返り血を浴び、身体中に大小様々な刃物を巻き付け、片手は紅くもおぞましい杵を持っている。清蘭の顔が、血の滴るナイフを舐めた。その目は呪術師めいて暗く怪しい光を放っていた。

 

「貴様らを前衛芸術にする。抵抗は無意味だ」そう宣言すると、サイコセイランはまだ現状を飲み込めない私達に対して、何処からか取り出した灰皿を投擲した。清蘭が頭をカチ割られそうになったけど、危うくそれを蹴り飛ばす。私達とて元イーグルラヴィだ。猟奇殺人者なんかに敵うもんか。

 

「試してみるか? 私だって元コマンドーだ」…あ、これ私達が自分で死亡フラグ立てちゃったな。「やだぁー!」清蘭とサイコセイランが家の中で追いかけっこをしている。流石清蘭、逃げ足はめちゃくちゃ速いが、それはサイコセイランも同じらしい。清蘭の背にガッチリと食い下がる。

 

恐るべきナイフが投擲される。清蘭はそれを紙一重でかわす。ナイフは空中で向きを変え、更に更にと清蘭を襲う。奴はナイフだけでは飽きたらず、あちこちの雑貨を投げつけている。熱々のアイロンが、研いだばかりの文化包丁が、清蘭が投げ出したルービックキューブが飛び交う。

 

私は団子を食べ食べ、床を鳴らす追いかけっこを安全圏で眺めていた。…なんていうかこれ、サイコって感じじゃないな。どっちかって言うと…ギャグ?「!!」私の呟きが聞こえたのか、サイコセイランの動きが止まった。「ギャグ…私はギャグ…」少なくともシリアスではないな。

 

しおしおになったサイコセイランを眺める。「…帰ります」そうか。掃除してから帰れ。「はい」サイコセイランは素直にナイフやナイフでないものを片し始めた。清蘭は息を整えている。「えっと、今のなんだったの…?」「ギャグだよ」「…ギャグ?」清蘭は理解できていない顔で頭を傾けた。

 

「おじゃましました」奴は扉を立てかけると、しめやかに立ち去った。壊れた戸の隙間から、その姿は既に見えなかった。「サイコって怖いね…」あれがサイコなら清蘭だって十分サイコだよ。「ううん、もうサイコはやめる」清蘭は埃をはたいた。「今日からは…お姫様になる!」はい?

 

「オーホッホッホ! あなたがた庶民がわたくしとまみえる事を幸福に思いなさい!!」…それ悪役なんとかじゃないの? 私の疑問もそこそこに、清蘭は怪しいお嬢様言葉を連発していた。まあ、明日には飽きるだろう。カレーでも作るか。「御召し物がカレーだらけになっちゃう!」脱げよ。

 

カレーをかき混ぜながらふと思う。あれは清蘭の中のサイコ像が生み出した怪異だったのではないかと。…でもまあ、あんな清蘭はこりごりだ。これからもあほの清蘭とでこぼこコンビを組んでいよう。そうしよう。私は可愛く笑う清蘭を思い出し、にやにや笑いを浮かべ――

 

 

 

 

 

「…あ、焦げた」私も十分、抜けているかもしれないな。

 


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