―親切は巡る―
私は天邪鬼さまだ。今日も今日とて、悪事を働く。善をなすものあらば、悪をなすものもいる。この世に絶対悪がはびこりでもしない限り、私は悪の側に立つ。それが私のアイデンティティだからだ。天邪鬼に生まれた以上、それは逃れられない業というものだ。
今日は――そうだな。森の一軒屋を狙った。開いていた窓から侵入し、そこにあった旨そうなケーキを、その辺の木へらを使って喰ってやった。手掴みで喰わないのかって? そこまで汚らしい事はしない。手を洗わねぇ、と決心してえらい目にあったからな。妥協という奴だ。
目的を達した以上、ずらかるに限る。足音が聞こえたからだ。ワンホールのそれが消えてなくなったらさぞがっかりするだろう。私はほくそ笑みながら、窓を――いてッ! 窓枠に引っかかった。まずい、このままだと顔を見られるぞ!? おい抜けろ、抜けろって!!
私が枠から抜けたのは、家人が入ってきたのとほほ同時だった。背中を見られた気はするが、それよりも全力で逃げる。本当は草葉の陰でがっかりする顔を覗くつもりだったんだが、もうそんな事を言っていられる場合じゃない。森に逃げ込む。…ついてくる足音はしなかった。
「あら」窓枠から外に抜け出す姿が見えたのは一瞬だった。こんな所にこそどろが入って来るなんて、珍しい事もあるものだ。なくなったものを探す。――たぶん、ケーキだけだ。「そのケーキ、そろそろ古くなってたのよね」皿を台所に片す。「誰だか知らないけれど、ありがたいわ」
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「このケーキ? アリスに貰ったのよ。あんたにもあげる」
「そら、魔理沙様の魔導書だぜ」
「別に、許した訳ではないけれどね」
「珍しいな、パチェの方から何かくれるなんて」
「――返品かい? いや、いいさ。丁度それが惜しかったところなんだ」
「それをくれるの? わぉーん!」
「影狼ちゃん、ありがとう」
「――まあ、くれるというなら貰うけど」
「これを私に? …でも、本は返してくださいね?」
「これをわしにか? ほう、気が利くのう」
「私にくださるの? それでは、遠慮なく」
「なんだ、甘味か? 酒の肴には丁度良いや」
「何よ、お酒? …まあ、くれるなら貰ってやってもいいけど」
「天人さまから食べ物を頂けるなんて、光栄ですぅ…!」
「…財布拾った? 姉さんがまともなもの拾うなんて、今日はミサイルが降るわね」
「ああ、私が責任を持って預かろう」
「ここの所、暑いだろう。…まあ、そう言うな」
「サービスだなんて。…ふふ、ありがとうございます。」
「しもふりにくくれるの? ナイスみすちー!」
「おおッ、この枝はサイキョーな気がする!」
「ほら見て、ドライフラワーの頭飾り!」
「このお菓子くれるの? 嬉しいな」
「玉虫色。ふふ、素敵ね」
「私的には毒を所望します」
「あら、贈り物とは珍しいわね」
「どうしたんですか師匠、一体どんな風の吹きまわし――痛い痛い痛い!」
「ふーん、鈴仙にもこういう機微が理解できるのね」
「素朴な気持ちからでる贈り物もいいものね」
「ややや、これは恐悦至極」
「ありがとう、大事にするね!」
「贈り物? …私にですか?」
「おう、くれるなら何だってもらうよ?」
「敵に塩を送るとはこの事だな、河城」
「ありがとう。厄力発電の結果が出たら教えてあげる」
「――厄くない? 大丈夫?」
「あたいに? …なんで?」
「あたしにくれるの? 嬉しいな」
「あなたの気持ち、心を読むまでもなく伝わっているわよ」
「それを、あたしにかい? いいねェ」
「――私に、それを?」
「なかなかオツなものくれるね」
「あれっ、さっきまでここにあったんだけど…まあいいか」
「何だこいし。…プレゼント? まあ、くれるなら貰うが」
「贈り物? ふふ、それは良き事だ」
「えっ、贈り物ですか?」
「われにか? 屠自古は気が利くのう」
「おお、心の友よ!」
「おっ、何かくれるの?」
「今日の私は気分がいいんだ。そら、小遣い」
「プレゼント? ありがたく頂いておくよ」
「プレゼントですか? ありがとうございます、ナズーリン」
「贈り物? 受け取りますわ。ありがとう」
「こいつを私に? …参ったなぁ」
「えっ、これをわちきに?」
「これは巫女への賄賂ですか? …違う?」
「いいねぇ、こんなの何年振りだろ。ありがと早苗」
「何か貰うなんて何年振り――って何だ、その顔」
「また洩矢か、って顔してるな」
「ほら橙、この間、欲しがっていたでしょう」
「どうかしたのか、橙。――プレゼント?」
「甘味? あらあら、ありがたいわぁ」
「はっ。受け賜わります」
「霊界の音――興味はあるわね」
「――ライブ? そうね、またしたいわね」
「私達も? うーん、考えておくわ」
「御裾分けに蜜柑? 欲しい欲しい」
二人が帰った後、私は相対的に巨大なそれにかぶりついた。自分の体積より食べるなんてのは小人の常識、人間の非常識だ。果汁でべとべとになりながらも、噛みつく。飲みくだす。噛みつく。飲み下す。パンパンになった腹をさすり、げっぷをした。蜜柑はこの世から消滅していた。
――そうだ。私も親切をしたくなってきたぞ。軽く水浴びをして着替えると、私は小さき我が家から飛び出した。目標は、指名手配犯。推定死刑。その布告は、ちょっと可愛そうな気がする。するだけだけど。それ相応の事はしたんだ。お前も、私も。例え騙されていたとしても。
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「何だこの、ゲロっちまいそうな感覚は…!」私の与り知らぬ所で何かが起きている。それは間違いない。問題は、それを止める術が私にはない事だ。探す手段もアテもない。だが、このままでは心が壊れて天邪鬼ではなくなってしまう。数少ないアイデンティティを手放せるものか。
――その時だった。見慣れてしまった奴が姿を現したのは。
「はい正邪、これあげる!」
――感覚は収まった。私は思わず座り込んでいた。コイツが持ってきたのは――なんだ、わらしべか。「正邪には丁度良いと思って」まあ、その通りだよ。お姫様。「まあ、それとは別に――」針妙丸はゴソゴソと背嚢を漁ると。「…一万円玉?」「偽物じゃないよ」針妙丸は胸を張った。
「どうせお金に困ってるだろうと思って」「…施しは受けねえぞ」「そう言うよね」針妙丸は、それを足元に置いた。「こんなのが落ちてたら、普通は何処かに届ける」…何が言いたいのか、わかってきたぞ。「あっ、落としちゃった!」幾枚かを丁寧にばらまき、こちらを見た。
「落としたまま、気付かずにどっかへ行っちゃう」そいつは椀に乗ると、こちらに手を振ってみせた。「じゃあね、正邪。生きてりゃ会う事もあるさ」…何となく癪だが、天邪鬼の本能はそれをパクってしまえと告げている。背を屈め、拾った。確かに偽物ではないようだった。
「ああ。さよなら、お姫様」ひょっとしたら、私は礼を言おうとしていたかもしれない。馬鹿な話だ。私は天邪鬼だぞ。そんな事をしたら全身がかゆくなって死んでしまう。――ただ、なんだ。今日のそれは何だったんだろうな。釈然としない私を、夏の日が熱々と照らしていた。