―心挟み―
「欲しい才能? そんなの決まってるぜ」人差し指を立て、魔理沙は笑った。「努力する才能さ。努力すれば、なんだってできる。お得だろ?」
遠くでもなく、しかし近くはない青空で、両者は一歩も引かなかった。あまりエキサイトすると後始末が大変だろうに。私が。ぼやいても何にもならないけれど。かくして災害は去らぬ。私は先んじて片づけを始める。繰る人形達が焦げ付いた星屑を、破れた御札を、破壊的な遊びの残滓をかき集める。
次から次に飛来するそれにぶつかり、人形の一つが助けを求めた。引き寄せてやればなるほど、彼女の頭には星屑がめり込んでいた。…この子には後で火薬を詰めよう。そうしよう。焼け焦げを軽くはたきながら、空を仰ぐ。どうやら片側が優勢になってきたようだ。
的確に獲物を狙うお札を大きく避けて――ああ、被弾した。障壁を張る間もなかったらしい。激しく弾き飛ばされた身体は、反り立つ木々の間に落ちて、わからなくなった。まあ、見慣れた光景だ。あいつは大抵、枝や葉っぱを体中につけた野良人間めいて戻ってくる。
いつもの事だ。そう、いつもの事。紅茶を飲み干し、席を立つ。いてもいい。いなくてもいい。そんな関係なら、気楽でいられる。ふと、空を見上げる。少女の戦場はいまや静かのざわめきを取り戻し、遠方を鳥が羽ばたいていた。
◇◆◇◆◇◆
「…戻っていない?」「ええ」平然とした顔が、若干の不安に歪んでいる。人間は弱い生き物だ。情感を隠しきる事は出来ない。特に私には。「家に帰ったと思ったんだけど、違う。何処にもいないのよ」「そう。随分探したようね」博麗の巫女の人脈――妖脈?――は本物だ。
暴力を用いずとも、何処へとも顔は利く。思い当たる所は探し終わっているだろう。入れ違いでないなら。つまり。「まだ森の何処かにいる」「そう、それが心配なのよ」心配が必要だろうか。魔理沙は精力的に森を這いずりまわっている。触れてはならない危険も承知しているはずだ。
「探してくるわ」「お願い」願われずとも、探しに行くつもりだった。あんなのでも知人だ。知人の行方くらいは、探してやるものだ。適当に支度をして、森に分け入る。私に頼むのは正解だ。森というものは奥に行くほど、険しい。知らぬ者が分け入ればどうなるかは、予想がつく。
四方八方に人形を繰る。家と家との間から、徐々に探索範囲を広げていく。気味の悪いキノコの群生地にも、瘴気の吹き出す危険な木々にも、或いは不意に現れる死の崖下にも、魔理沙はいない。本当に森にいるのだろうか。やがては魔理沙が落ちてきた辺りであろう場所に、近付く。
外に近い。木々もまばらだ。代わりに豊富な下草と、背の低い木が点々、或いは固まりながら存在していた。これなら空から探せる。これ以上先には行く必要もないだろう。――そう思った私は、何かにつまづいた。視線を向けた先には、魔理沙の一部が転がっていた。
「…帽子?」
魔理沙がこれを手放すはずがない。周囲を見渡すが、何もいない。「魔理沙」誰にともなく、その名を呼んだ。その時だった。ガサリ、と鳴った。咄嗟に音の出どころを探す。…木々の間に周到に隠されたその空間に、魔理沙はいた。
「…おう、アリスか。夜分に失礼」「――魔理沙!」私とした事が、僅かばかりの衝動で声を震わせた。トラバサミ。大型動物に向けたものではない。そうであったなら、魔理沙の身は既に引き裂かれていただろう。
それはもっと小型の、…そう、人間よりも小さな生き物を殺傷する為のものだ。誰がこんな罠を。思い巡らせる必要はなかった。どうせ森に立ち入る不埒な猟師の仕業。下手人を特定できるとも思えなかった。魔理沙は、話し続ける。
「…こいつは痛いぜ。お前もどうだ?」放っておけばどうなるかわかっていても、こいつの軽口は止まらないのか。糸を繰り、人形をトラバサミに集める。罠を引き起こさんとする。引き起こす。引き起こす。引き起こす――駄目だ。人形の力ではびくともしない。
魔法で破壊する事も考えたが、脚を避けてピンポイントでそれを行なう自信は、正直な所、なかった。そんな練習なんてしないから。或いはレーザーを限界まで絞れば、いずれは焼き切れるかもしれない。けれど私は、そうしなかった。もっと物理的な手段こそ、確実だと思えたから。
人形の合間に、手を差し込む、掴んだ鉄の感触が冷たい。見下ろす魔理沙の顔は、ひょっとすれば笑っていたのではないか。そんな事はどうでもいい。力を込めて、それを引く、人形の軋む音がする。…今度は剛力無双な人形を作ろう。腕が震える。震える。…妖怪の腕力も、こんなものなのか?
「私は都会派なのよ」思わず口走ってしまう。「…いいじゃないか、ハサミと格闘する都会人がいたって」力を込める。腕が震える。まだだ。まだ私は本気を出していない。出していないはずだ。糸を繰る。震える。力を込める。これ以上は、利かない…!
――ガシャン!! 音を立て、罠は外れた。私は反動で背後に倒れ込んだ。人形に助け起こさせるまで、ほんの少しだけそうしていた。或いは安堵していたのか。…本気を出すなんて、馬鹿みたいだ。私は自己嫌悪を覚えながら、魔理沙を見た。
「ほら、ここに一人いた」その影はふらついて、倒れかけた。慌てて私が、私の手で支えた。いいのだ。人形では間に合わなかったのだから。顔色は酷くよくない。血を流しすぎたのだろう。その程度の事で死に瀕するのが人間だ。妖怪が時に人間を友と認めるのは、或いはその儚さ故だろうか。
魔法で止血は施した。後は安静にして、己の治癒力を信じるのみ。只の人間には、或いは脚を切断せねばならないとすれば、平静を保つのは不可能だろう。――魔理沙なら? 魔理沙なら、治ると信じて憚らないだろう。今までもそうだったから、今度もそう。それはとても脆く危うい考えにも思える。
ここからだと、魔理沙の家は遠い。連れて帰ろう。客間は開いている。いつまでも居座る訳でもない。傷が治るまでだ。それまでは私が、甲斐甲斐しく面倒を見てやろう。仕方ない事に、仕方なく足を突っ込んでしまったのだから、その程度のダメージは、痛くもなんともない。本当に。
◇◆◇◆◇◆
「――それで、これが新作よ」ことり。机に置いたそれに、魔理沙は目を見開いてみせた。
「…お前、こういうの趣味じゃないと思ってたぜ」並みの人形の五掛けはある体躯。筋肉を模したフォルム。強力に駆動する四肢。不釣り合いにも思えるドレス。「趣味じゃないわよ。気が向いただけ」逞しくも美しいその人形は、他の人形と同じように、虚ろに光る蒼い瞳をこちらに向けていた。