―探求心はノーリターン―
魔理沙が死んだ。
私が殺した訳じゃない。魔法の森で大爆発が起きたって話を聞いて、魔理沙の家に向かったら――そこにはもう、何もなかった。本当に何もない。爆発したにしては綺麗すぎるとは思ったけれど、そんなのはどうでもいい。思いつく所はすべて探したけど、魔理沙の姿は何処にもなかった。
何の手掛かりもない。私は疲れ果てて、アリスの所にお邪魔させてもらう事にした。したんだけど――そこには先客がいた。珍しい事もあるもんだ。座って紅茶を飲んでいるのは、パチュリー。動かない大図書館が、移動図書館でもやってるのかしら。「今、珍しいって顔したわね」
「実際、珍しいもの。殴り合いの弾幕ごっこでもする?」「遠慮しとくわ」アリスが運んできた紅茶を手に取った。「知人は、もてなしてやるものよ」彼女は案外、ツンデレ気質なのかもしれないわね。「それで、遊びに来た訳じゃないんでしょ?」「たまには外出くらいするわよ」
「でもまあ、今回は所用があるわ」パチュリーは魔導書を取り出すと、それをぱらぱらと開く。「私が書いた目録だけど、そこにあるはずの魔導書がなくなっていた。理由はわかるわね?――説明は省略するわ」私とアリスは顔を見合わせた。まあ、そうだろうな、と通じ合った。
「それは少し――いや、とてつもなく危険な代物なのよ。厳重に保管してたはずだったけど、あの泥棒ネズミは鼻が利くのね」パチュリーは頭を振る。「私の主義には反するけれど、焚書すべきだったかもね」「それって、何がそんなに危険なの?」「次元。次元について書かれた魔導書」
「上手く使えば、世界を手に入れられる代物よ。問題は、それを成功させた人が誰もいないって事だけど」「聞いた事はあるわ」アリスが、パチュリーを見た。「そんなものまで蔵書していたのね」「整理はされてないけど」司書がアホ過ぎてね、と零す。「過ぎたる力は世界をも滅ぼす」
「無邪気な赤子がそんなものを持てばどうなる?――わかるでしょう。その危険性が」「つまり、魔理沙が家ごと消えたのって」「それしか考えられない」パチュリーが魔導書を引いた。「時空の狭間に放り込まれたとすれば、こちらから手を出す事はできない」「困ったわね」「??」
はてなを浮かべる私を放置して、パチュリーは続ける。「人を困らせる天才よ。あのネズミは」「私の手から離れるのも、困ったものね」「あのさ、それで――魔理沙は帰ってくるの?」「あいつが≪無≫を理解できればね」「む?」「そういう空間があるとだけ、理解すればいい」
魔法使いの話はやっぱり、よくわからない。「できるのは、祈る事くらいよ。あんたの専門分野でしょう」「ちょっと違うわよ」神頼みと言ったって、それなりの仕組みってやつが……「本当にこちらからは、何もできないかしら?」「端的に言えば、できなくはない」ジト目が眺める。
「時空魔法の残滓を探す。小さなものだけどね。たぶん、アイテムくらいなら送れるわ」アリスが頷いた。「必要そうなものを入れてみましょう」「壊れないように、頑丈な箱に入れなさい」二人はアリスの家から何やら道具を集め始めた。それを私は、ただぼんやりと見ている。
餅は餅屋とは言うけれど、こういう時に私は無力だ。魔理沙が私に出来る事を知らないように、私も魔理沙の出来る事を知らない。いわんや、パチュリーやアリスのそれも。無力感なんて感じるのは、珍しい事だ。大抵の物事は蹴り飛ばしてやれば解決する。しかし今は、そうではない。
「あんたもこれ持って」パチュリーが大きな木箱を渡してきた。金属の補強が入った、丈夫そうな箱だ。「魔理沙の家はあっちだったわね?」「そうよ」私達は魔理沙の家があった所に飛翔した。遠くから見ても、近くから見ても、やはりそこにはあるべき魔理沙の家がなくなっていた。
「次元のほころびを探すわ。集中して」アリスとパチュリーは目をつむったまま、そこらを歩き回り始めた。魔導書を広げ。人形を飛ばし。私は――同じように、歩いた。私に魔法の心得はない。けれど、何かをしたかったのだ。あいつの為に、もう一度、あいつの顔を見る為に。
――何かしら、これ。私の目の前に、違和感を覚えた。何かが漏れ出しているような、奇妙な霊力の流れ。「何かあったわ」私は顔を上げた。二人が反応して、こちらに歩み寄ってくる。「――間違いないわ。やるわね、霊夢」ふ、ふん。私にかかればこんなもんよ。「箱をねじ込むわ」
パチュリーが何やら呪文を唱えると、目の前の流れが更に大きくなった。目には見えない、不可思議な流れだ。「後は魔理沙がこれを受け取れるか、否か。これより先は本当に、祈るしかできない」「魔理沙ならやるわ。きっとね」私は祈った。もはや、祈るしかできないならば。
パチュリーはほころびを覗き込み、何やら呪文を唱え続けている。私達は一歩下がって、それを見守った。魔理沙、あんたは皆をこんなに心配させているのよ。早く帰ってきなさいよ。アリスを見た。彼女も祈り続けている。私も、そうだ。あなたの為に、祈り――そう。その時だった。
ズゥン!!――と激しい音共に、視界が砂埃に閉ざされる。何か大きなものが、地面を揺らした音だ。やがて砂埃が去り、そこに現れたのは――「魔理沙の家!?」「願いが通じたのだわ」私とアリスは全容を、そして扉を見た。ガタガタと開く音がする。出てくる者は、想像がついた。
「よぉ、霊夢にアリスじゃないか。出迎えに来てくれたのか? へへへ」それはやはり、魔理沙だった。生きている。動いている。帽子を頭に乗せ、箒を掴んでいる。これが魔理沙じゃなければ何が魔理沙か。「あんた、ちゃんと帰ってこれたのね!」「おう。さては、理由もご存じか?」
「≪無≫について研究してたら、何かの間違いで次元の狭間に放り込まれてさ、帰ってくるのに苦労したぜ」なんかめっちゃ強そうな龍とメカメカしいのがこっち見てたな、と魔理沙は笑った。笑っていた。「……な、何だよお前ら、そんな怖い顔して?」魔理沙は一歩、後ずさった。
「もう、この――心配したじゃないの、バカ魔理沙!」「ともかく、無事でよかったわ」私は魔理沙に抱き着いた。一通り再開を喜び合った。「……まあ、それは置いておくとして」私は魔理沙に思い切り、鯖折りをかけた。「お仕置きが必要だわ」「おいおい、私だって被害者だぜ?」
「そんな危ないものに手を出すのが悪いの!」一瞬の隙をつかれ、魔理沙が箒とともに舞い上がる。「ははは、探求心はノーリターンなのさ」ぐるぐると飛び回る私達を、アリスが見ていた。見てないで止めてよ。「そうだ、パチュリーは一緒じゃなかったのか? 魔導書が落ちてるが」
――あー。私はアリスの方を見た。アリスは首を振った。「――あんたの家に潰されたみたいね」「マジか」マジかじゃないわよ。「ま、まあ、パチュリーなら何とかするだろ。ははは」無責任な魔理沙の言葉に、応えるものは――いた。「――結構なご挨拶じゃない、魔理沙」
パチュリーだ。パチュリーが――家を持ち上げてる!?「これをあんたの頭に投げつけてもいいんだけど」パチュリーの顔はいつも通りだが、怒っている。たぶん。それもとびきり。「あ、いや――そっと下ろしてくれると、ありがたいかなって」魔理沙は慌てて、ぺこぺこと頭を下げた。
「――まあ、私だって無為な破壊活動がしたい訳ではないもの」周囲にエメラルドの石柱が並び立ち、土台を支えた。パチュリーが歩いて家の下から出ると、それはゆっくりと地面に消えていった。「≪無≫の本はあんたにはまだ早い。向こう五百年はね。さっさと返しなさい」
パチュリーが魔理沙を一瞥した。魔理沙は――慌てて家に飛び込み、件の魔導書をパチュリーに見せた。「お、おう。返すぜ。機嫌直してくれよ。な?」「機嫌なんて損ねてないわ。私を怒らせたら大したものよ」そう言いながら、魔導書を握る手に力が入っているのは何なのかしらね。
魔理沙はそれを手渡そうとして――クリスタルみたいな塊につまづいて、思い切りひっくり返った。その手から魔導書が吹っ飛ぶ。何をやってるのよ――と思ったけれど、実際、それ所じゃなかったみたい。パチュリーが慌てて魔導書を閉じようとしたけれど、間に合わなかった。
世界が歪むような、謎めいた感覚。まるで天と地がひっくり返るような。私が事態の深刻さを認識した時には、もう遅い。私の伸ばした手が、魔理沙の手を掴んだ。アリスもだ。パチュリーも私を掴んだ。これなら、はぐれる心配はない。足元にクリスタルの輝きを感じながら――
四人は、いなくなった。どうやら次元の狭間に放り込まれたらしい。
◇◆◇◆◇◆
「白魔導士、黒魔導士、黒魔導士、黒魔導士でバランスが悪いぜ」「あんたら、魔法剣士辺りにジョブチェンジしなさいよ」「私はいやだぜ?」「いやよ」「丁重にお断りするわ」「こ、こいつら……」