―恋路はルール無用―
私は、痴れ者二人を正座させている。
「――それで、どうしてこうなった?」「どうもこうも」文はにやついている。もう少し愁傷にできんのか、お前。「いえあの、怒らせるつもりはなくて……」お前にはそんなに怒っていないよ。姫海棠。「あなたが欲しがっていたから、ラッピングしてお出ししただけです」文が嘯く。
その言葉の通り、リボンを巻かれた袋から頭を出している者が、一人。「犬走を出してやれ」「――いえ、別に構いませんが」椛はぼんやりとこちらを見ている。「確かに私は、犬走を気に入ったとは言ったが、何だこの有様は。否、言わなくてもわかる。どうせ、文の悪戯だろう?」
「悪戯とは失敬な。これは立身出世のチャンスだと、椛にはよおく言い聞かせましたとも」文が立ち上がろうとした。「座れ」「はいはい」文は屈むと、当然のようにあぐらをかいた。いつもこれだ。怒る気にもならん。「椛も飯綱丸様が好きだ、って言うから、それならって……」
「言いたい事は分からんでもない。だがな、本人の意志を無視して、こんなやり方はないだろう」「おや、椛は乗り気ですよ。そうですね、椛?」「好きにしてくれ……」椛は何もかも諦めた目をしている。「さて、首輪が欲しいですか? リードも?」「そういう扱いが気に食わん」
私は袋に近付き、椛のラッピングをほどいてやった。「プレゼントは開封してこそですな」「お前、少し黙ってろ」椛を助け起こし、身体を抱いてやる。尻尾がゆらゆらと揺らいだ。「可哀相に。こんなに怯えている」「喜んでるよ?」はたてが口を挟んだ。「……そうなのか?」
まあ、狼藉者から離れられれば、そういう考えにもなるかもしれないが。「飯綱丸様」椛が私を見た。私も見返した。「――お慕い申しております」「あ?――ああ」一瞬、何を言われたのか分からなかった。お慕い申す。倒れていた耳がぴんと立つ。尻尾がばたばたと揺れた。
「じゃあ、私も」はたてが立ち上がり――誰が立って良いって言ったよ――剥かれたラッピングの袋に足を入れると、その中にひょい、と収まった。自分でリボンを結び、頭だけになったはたてがこちらを見た。瞳を潤ませている。なんだその――拾って欲しいと懇願する猫みたいな顔は。
「どうしました、飯綱丸? ほどいて差し上げなさい」「お前は何を言っているんだ」私は多分、この上なく怪訝な顔をしていた。はたては憐憫を漂わせ、こちらを見続けている。ああもう、何なんだコレは。私は椛を引き剥がすと、袋に近付き、はたてのラッピングをほどいてやった。
「どうです、気に入りましたか?」「何がだ」はたてを助け起こし、身体を抱いてやる。はたてがすり寄った。「飯綱丸様」「……何がしたいんだ、お前らは」私ははたてを見た。はたてもこちらを見ていた。「私、飯綱丸様の事が好きになっちゃった」……ああ? 何だって?
「さてはさては、わたくしの番ですな」文が立ち上がり――立つなってのに――剥かれたラッピングの袋に足を入れると、その中にシュバッ、と収まった。自分でリボンを結び、頭だけになった文がこちらを見た。瞳を潤ませている。気持ち悪いぞ、お前。「さあ飯綱丸、ほどきなさいな」
「――お前ら、私をからかってるだろ?」私は文から目を逸らした。こいつは死ぬまで放っておこう。「まあ、からかってみたかったのは確かですがね。ちょいと競ってみたかったのですよ。誰があなたに気に入られるかをね」「……気に入るって?」「本当にニブいですね、あなた」
椛が座った。はたてが座った。器用に飛び跳ねながら、文が転がった。「さあ、あなたのお眼鏡にかかったのは誰ですか?」「意味が解らんぞ」「誰が好きか、って事ですよ」「好きかって……。まあ、少なくともお前以外だよ」「邪険になさる」笑い――いや。その目は笑っていない。
「結局、最後には私の元に戻ってくる。そういうものですよ、飯綱丸」最後には。私には意図を計りかねた。しかし、そんな事を考えている余裕はなかったのだ。真剣な眼差しが私を貫いている。私も思わず緊張してしまった。こいつらは、何をそんなにマジになっているんだ?
「飯綱丸様、どうかお傍に置いてください」
「飯綱丸様、私のお婿さんになって!」
「あなたを貰ってさしあげますよ。わたくしめがね」
三者がズイ、と私に近付く。段々と状況が掴めてきたぞ。こいつら、私に言い寄っているな?「私は結婚なんてしないぞ」「そうやって邪険になさるから、今だ独身なのですよ。あなたは」「うるせえ」膝置きをたぐり、顎に手を当てる。適当にあしらうか。それとも――それとも、何だ?
――まあ確かに、誰とも知れぬ者と結婚するよりは、ずっといいだろう。こいつらとは長い付き合いだ。よもや恋愛なんて、考えもしなかったが。気軽な関係とは、故あらば崩れてしまうものなのだな。私はただただ、困っていた。顎を掻く。こんな事を考えている自分がおかしく思える。
「「「さあ」」」
さあではない。こういうものには、心の準備がだな――というか、何故私は乗せられているんだ。今すぐこの場で蹴り出してしまえばいいじゃないか。「蹴ってしまえばいいと思っておりますな」如何にも無様な文がにやついた。「生憎と、あなたの御家からは許可を頂いております故」
「――マジか?」「マジです」ポケットから取り出した紙を、文はひらひらさせた。確かにウチの印が入っている。……じいさん共、私が縁談を蹴りまくって一向に結婚しないからって、ハメやがったな。「誰かを選ばなければならないのですよ、あなたは」文が飛び跳ねる。うるせえ。
――参ったな、誰を選んでも角が立つんじゃないか。椛を見る。道ならぬ恋、か。側室みたいなものになるが、確かに結婚は可能だ。はたてを見る。婿入りすれば、間違いなく飯綱丸家の勢力は拡大する。それだけの影響力がある。絶好の機会だ。しかしそれは――如何にも政略結婚だ。
文は論外だ。こいつに恋愛感情なんて抱く事は百パーセントない。この頃はやけに顔を合わせる機会があるが、いつも私を煙に巻く。一方的に話をする。反論すれば丸め込まれる。人を小馬鹿にしくさってからに。私は頭を掻いた。もはや逃げ場はない。どうする。どうする飯綱丸――
「その結婚、待てい!!」襖がバシリ、と開いた。そこにいるのは河童だ。「飯綱丸様よ、あんたからはまだ借金を返して貰ってない。一千万。びた一文まからないぞ」――あー。そういえば堤防工事を発注したまま忘れていた気がするな。河童は私を睨みつけた。や、そんなに怒るなよ。
「だがな、お前が私と結婚してやる、ってんなら、ここでチャラにしてやる」……は?「あんたには前から興味があったんだ。金持ってそうだし、美形だし」そりゃどうも。……いや、そうではない。私が混乱している間に、ラッピングから文が抜け出し――にとりがそこに滑り込む。
自分でリボンを結び、頭だけになったにとりがこちらを見た。如何にも不敵な笑みを浮かべている。「いや、確かにお前とは何度も顔を合わせてたがな……?」「嫌ならここで払え。一千万」「いやいや……。そう突然言われても、用意できないぞ」「じゃあ決まりだ。私と結婚しろ」
河童と結婚なんてちょっとばかし話題になるかもしれないが、まあ、あり得ないとも言い切れないか。技術者連中に顔が利くようになると考えれば、悪くない話だ。工事は全部、飯綱丸家を通さなければならない――なんてのは、いくらでも悪事を働けるぞ。……いや、そうじゃないだろ。
「その結婚、待てや!!」襖がズドン、と開いた。そこにいるのは山童だ。「お前が結婚するってんなら、あたしだって取り合う権利がある!」「なにおっ!」「なんやっ!」二人はやにわに喧嘩を始めた。室内でやるな。「どうなってるんだ。何で私はそんなに取り合いになってる?」
「何でかしら」「!!」背中に嫌な気配を感じた。振り向かない。この感覚には覚えがある。「こちらを向いて頂戴な」「断る」「うふふ」私の首に腕が回される。そこにいるのは厄人形。確かに何度か話をした事はあるが、それだけで結婚なんて――まあ、今はあり得ない話ばかりだが。
「私を娶ってくださるなら、あなたの厄を払ってさしあげるわ」――うーむ。厄か。大天狗の仕業なんて、実際厄だらけだ。お前がそれを払ってくれるというなら――いやいや、何を考えている。大天狗が厄そのものを娶るなんて、前代未聞だぞ。天地がひっくり返ったってありえない。
「故あらば、天地はひっくり返るものよ」まるで読まれたかのような言葉。鍵山は私の頭を撫でた。濃厚な厄を感じる。これ以上触れ合っていたらどれだけ影響を受けるか分からない。私は腕を振り払い、部屋の真ん中に移動した。辺りは今や、騒々しい所じゃない。どうしてこうなった。
「その結婚、待ちなさいッ!」バキリ、と音がして、襖が壊れた。「荒れ果てたあなたの心には、実りの神こそが相応しいわ!」「いやいや、あなたの心を紅く染める、紅葉の神こそが相応しい!」秋の姉妹が雪崩れ込んでくる。四季の実りが、紅い塗料が、私を取り合う罵声が飛び交う。
――おいおい、勘弁してくれよ。ここにいる全員が、私を取り合って醜い争いを繰り広げている。殴る蹴るは当然、風の刃が畳を、剣が柱を、アームが天井を、手裏剣がそこら中を、お芋、葉っぱ、厄、にやにや笑い――もはや頭を抱える以外に出来る事はない。疲弊した私は、外を見た。
「――げっ」向こうから飛び来るのは、博麗の巫女と魔法使い。マジか。マジだ。そいつらは一気に加速し、部屋のガラス窓を――ああ、やっちまった。凄まじい音を立てて窓が割れる。「ちょっとあんた達、私を忘れるんじゃないわよ!」「私だって、玉の輿には乗りたいんだぜ?」
陰陽玉が壁をボコボコにする。レーザーが周囲を切り取っていく。「いや、もう――好きにやってくれ」私は全力で現実から目を逸らす事にした。「飯綱丸様!」「――あー。お前も参加してこい」「御意!」典はさも楽しそうに、暴力の坩堝へ飛び出していった。……はあ。もうやだ。
私は横になった。もう知らん。私は寝るぞ。どれだけうるさくても寝る。目を閉じると――意外にも、睡魔はすぐに来た。アホ共の相手で疲れていたんだろう。目が覚めたら、これは全部悪い夢だった、って片付かないもんかな。希望的観測を温めながら、私は眠りに、眠りにと――
―――
―――
「もがっ!?」唐突に目が覚めた。周囲は――静かだ。布団がある。今朝と同じ布団。普段通りの寝室だ。……二度寝でもしてたのか? 私はそっと起き上がり、耳をすませた。やはり、何の音もしない。あれは――夢、だったのか? 頬を張る。痛い。どうやらしっかり目覚めている。
――何とも、嫌な夢だった。私は大天狗の装束に着替えると、御付きに声をかけ――うん? 御付きがいない。その代わりに立っていたのは――「おはようございます」椛だ。どうして椛がこんな所にいるんだ?「よくお休みで」「あ、ああ……」頭を振る。椛の尻尾も、ばたりと揺れた。
怪訝に思いながらも、外へ出る。そこには――文がいた。「おや、もう昼ですよ」「何でお前がここにいるんだ」「入って良いと言ったじゃありませんか」文は大仰に手を広げ、首をかしげてみせた。「まあ、今日は忙しくなりそうですね。わたくしはここで暇を潰していますよ」
忙しくなる?――まあ、文の言う事だ。そのまま受け取っても仕方ないだろう。私は執務室に向かおうとして――「飯綱丸様、起きてたんだ」儀礼用の天狗装束を着たはたてが行く手を塞いだ。「もしよかったら、今から実家に行きません?」「姫海棠家にか?――いや、今は忙しい」
「そっか」はたては名残惜しそうに道を開けた。それを横目に、廊下を進んで――「よう、大天狗様」ラフな格好の河童と山童。私の顔をじろじろと見ている。「美形だろ」「ああ、美形や」「――何だ、お前ら?」何故こんな所にこいつらがいるのか。「まずはお友達から始めんか?」
「おい、抜け駆けはなしだって言っただろ」「恋路はルール無用や」視線をカチ合わせる両者を放っておいて、私は進む。何やら嫌な予感がしてきた。「嫌な予感は当たるものよ」「!!」背後から近付いてきた厄が、私の首に腕を回した。「あなたの事が、好きになってきたわ。私」
その腕を慌てて振り払い、廊下を走る。……足元に果物のかご、そして紅葉の首飾り。「飯綱丸様、待ってまs――」私はそれを飛び越えて進んだ。もはや予感は確信に変わった。執務所ではない。逃げなければ。早く何処かへ逃げなければ。視線を振り払い、廊下から空へ飛び立つ――
「待ってたわよ、大天狗!」「よう! ここは一つ、恋バナと洒落込もうぜ!」――ああ、そうだ。こいつらもいた。私は急転回して逃げた。逃げ続けた。後方から連中が追いかけて――おい、なんか数が多くないか? 遠くに緑の巫女が見える。地獄烏が見える。火焔猫が見える。
烏天狗が黒い塊のように。白狼がわちゃわちゃと空を埋め尽くさんばかりに。すべてが私を狙っている。やめてくれ!――ホントにやめてくれ!!――おかしいだろ、こんなの!! 全速力で飛ぶが、引き離せない。向こうも無我夢中なのだ。それでも、飛び続けなければ――!!
「あなたが渋るからですよ」不意に追いつき、追い越した黒い風が、口を利いた。「ほら、手を掴みなさい」「文、お前……」「最終的にはわたくしの元に戻ってくる。そう言ったはずですよ、飯綱丸」文は私の手を引き、首に手を回すと、私にとって――初めてのキスをした。「!?」
空中で抱き合った二人。頭を寄せ合う二人。追いかけてくる連中の動きが、止まった。どよめきがこちらにも聞こえた。やがて――それは拍手に変わり、空を喜びに響かせた。「もはや、あなたは籠の中の鳥です。決して逃がしませんとも」「あ、ああ」「シャキッとなさい、飯綱丸!」
私達は連中の元へ飛び寄った。飛び寄り、その間を抜け、大天狗の居所へと向かった。誰もが拍手をしていた。何だか、気恥ずかしいな。「これでわたくしは、あなたの妻となりました。それとも、逆の方がお好みで?」「いや。それでいい」「結構」文が笑った。私も、つられた。
どいつもこいつも、お人よしだな。拍手を背に、私達は肩を抱き合いながら、飛んだ。
◇◆◇◆◇◆
「大量の婚姻届けが届いておりますな」
「まだ諦めてなかったのか……」