傲慢で結構
―傲慢で結構―
お前を殺す。
いやまあ、殺しはいたいませんが。おまじないでありますよ。おまじない。さて、私は少しばかり、厄介な仕事を押し付けられております。普段ならこんなもの、引き受けはしないのですが、気紛れ――とは違いますな。意図はありました。ただそれは、少しばかり気恥ずかしくもあり。
「文、大丈夫!?」何てことはありません。少々、槍が背に刺さったくらいで。「大丈夫じゃないよ、それ!?」そうは言っても、相手方は待ってはくれないのですよ、はたて。背の槍を抜き、烏に向けて構えます。血は流れておりますが、気絶するまではまあ、まだまだ持つでしょう。
「あなたは下がりなさい」御付きの烏が左右を取り囲みました。「約束ですよ」「……うん」しかし、困りました。さっきので扇を落としてしまったのです。これでは手も足も――というのは、まあ半分嘘ではありますが。もう半分は、お前達などこの槍で十分、という傲慢でありますな。
―――
―――
――それは先程の事です。敵はこちらを待ち伏せしていたようで。並の烏如きに後れを取るわたくしではございませんが――彼奴等は荷持ちの白狼から槍を取り、私に向けて幾本も投擲してきたのです。風と違い、音速で飛ぶそれは相殺できません。同時に、私の周囲を風の刃が包みます。
風に裂かれるか、槍に貫かれるか。わたくしは後者を選びました。もっとも、容易く刺されてやる気はありません。背を逸らせ緊急回避――したつもりだったのですが――まあ、敵もそれは承知していたようで。向かい風が私の身体を釘付けにしました。中々の連携と言って良いでしょう。
褒めるのはまあ、癪ではありますがね。烏の槍は、私の背中を貫きました。大した事はありません。蚊に刺されたようなものです。まあ、その蚊は私達よりずっと大きいでしょうが。「御命頂戴」扇を持った烏がにじり寄ります。白狼が弓矢、そして槍を投擲せんと構えました。
―――
―――
白狼の槍でも、刺さればまあ、痛いでしょう。はたての背が遠ざかったのを見計らって、わたくしは――目前の烏に仕掛けました! この場に烏は精々二十数人程度でしょうか。白狼はまあ、数えるのも面倒なくらいいます。最も、彼らは同時には仕掛けられない。同士討ちしますからね。
わたくしは空を駆け、烏に槍を突き込みました。穂先に風が渦巻きます。風の力をまとわせているのです。扇がない中、わたくしに繰れるのはこのくらい――しかして、役には立つものです。割り込んできた風の槍に、正面から突き込みます。風は相殺され、跡形もなく消えてしまいます。
烏はリーチの長さを嫌ったのでしょう。風の壁を幾重にも立てましたが――それを穂先で薙ぎ払い、相殺します。勝手知ったる風の技。弱点もよおく心得ておりますとも。突きはかわされましたが、風を蹴りながら身体をねじり、脳天からそいつを串刺しにせんとします!
それは扇に阻まれましたが、風の槍はその程度では止められません。扇をバラバラに壊されたそいつを、蹴り落とさんと――したのですが、しかして敵もさるもの。崩れた態勢から白狼から投げ渡された槍を持ち、こちらに向かってきたのです。私は突き上げを後ろに跳ねてかわしました。
双方槍を構え、じり、と見合いました。先に――いえ、仕掛けざるを得なかったのは、わたくしです。投槍、そして矢が雨のように降り注ぎました。普段の私なら風を繰って朝飯前に叩き落としてしまうものですが、今は持たざる身。そう簡単ではありません。私は一瞬、背を向けました。
槍を避け、矢を回転させた槍で防ぎます。それは非常に危険な行為です。何しろ、槍を持った烏をフリーにするのですから。あんのじょう、私に向けて必殺の突きが捻じ込まれます。穂先で穂先を防ぎましたが、重い一撃です。私は一歩分押し込まれ――更なる矢弾に晒されてしまいます!
わたくしは不利を悟り、思い切って烏の懐へと飛び込みました。これなら割り込みは入りませんが――お互いに手出しの難しい距離です。石突で殴ろうとしましたが、烏も同じ事をしようとしていました。石突同士が打ち合います。抜き手を放たんとしますが――やはり考える事は同じ。
埒が明かず、私は距離を取りました。可能な限り遠ざかり、ヒットアンドアウェイを取る作戦です。烏も同じく後方に飛び、槍を構えました。ほんの僅かな時間、睨み合い――双方、空中でぶつかり合いました! 幾度も幾度も、方向を変えては突き合い――その度に、火花が上がります。
互いに決定打を与えられません。力量も互角と言っていいでしょう。戦いの年季は私が上でしょうが、烏の方が槍を扱い慣れている。互いに中距離で睨み合い、浅い突き、そして力の乗った突きを放ちます。こんな所で長期戦などしている暇はないのですが、烏はそれを許しません。
――ならば、ここは教科書に載っていないような事をしましょう。私は左手に槍を持ち替えると、左手にそれを取り出しました。幾度目かの打ち合い。私は軽く打ち払いますが、相手はその隙を逃さず、わたくしの腹を突き刺すべく速度を上げました。このままでは、わたくし串焼きです。
しかし、そうはならなかった。何かが壊れるような音と共に、烏の目前で光が放たれたのです。烏は思わず怯んだでしょう。その隙を逃す手はありません。両手に持ち替えた槍で烏の槍を打ち払い、更に両の肩を突き刺すと、下に向けて蹴り飛ばしました。もはや戦えないでしょう。
この場で殺すのは、まあ――夢見が悪いですからね。できれば避けたい。先程、壊されたのは――私のカメラです。あの時、凝視している所に至近距離でフラッシュを焚いた訳ですね。目が眩んで一瞬、何も見えなかったに違いありません。まあ、弁償代は姫海棠家にツケときますよ。
しかし、安堵する暇はありません。槍や弓矢が飛びます。フリーの今なら、どうという事はありませんが、次と戦う前には止めておきたい。わたくしは白狼を指揮している者を探し――そうだ、あいつです。私に槍を投げつけたあいつ。弓矢の間を突っ切り、わたくしは烏に迫ります!
護衛の白狼が十人ばかり出てきましたが、むしろ好都合です。適当にいなしておけば、援護射撃は来ないでしょう。……私の想像通り、白狼は仲間を巻き込む事はしません。これが烏なら、白狼もろとも撃つでしょうがね。私は石突で白狼を突き、怯んだ所を蹴り落として回りました。
烏はどうやら、白狼ごと撃つように強く命令しているようです。ここいらが潮時ですか。わたくしは烏の元に飛び込み、槍を構えました。烏は動揺しているようでした。どうやらこいつは三下ですね。意味もなく喚きなさる。この期に及んで風の壁を幾重にも繰りますが――無駄ですよ。
わたくしは烏に向けて、槍を思い切り投擲しました。まあ精々、意趣返しを堪能なさる。風の壁の向こうで更なる壁を繰ろうとしていた烏は、さぞ慌てた事でしょう。飛び出していったものは、戻ってはこない。背を貫通した槍と共に、そいつは落下していきました。ああ、スッキリした。
―――
―――
死にはしませんよ。わたくしは死んでいませんからね。私は手近な白狼に襲い掛かり、剣を奪い取りました。反撃とばかりに噛みつこうとした頭に手刀を叩き込み、やはり蹴り落とします。武器がなくなったなら、素直に逃げるべきでしたね。ええ。奪い取った剣を、正眼に構えます。
白狼に命令する者がいなくなった今、もはや白狼の援護攻撃はろくに飛んでこないはずです。次に飛び込んできた烏は――しかし扇ではなく、謂れのありそうな剣を携えていました。珍しいタイプですね。私は十分に警戒しながら、徐々に間合いを詰めます。当然、素人ではありますまい。
風を帯びた剣が、ぶん、と振り払われます。私も同じく、風を通わせた剣を構えました。互いに睨み合います。こういう時は、先に動いた方が負けるのです。……とはいえ、わたくしは人気者ですからね。外野から割り込みで風の刃がいくつも飛んできました。それを避け――来ました!
重い斬撃が、わたくしの剣を叩きます。薙ぎ払いを剣を立てて防ぎ、袈裟切りをいなします。こちらも薙ぎ払いますが、それは正確な動きでかわされます。こいつも中々にやります。いやはや、もう少し真面目に剣の練習をしておくべきだったでしょうか。遠い目をしてしまいますね。
わたくしは放たれた突きを寸前で避け、逆に突き返しました。互いに態勢が崩れます。わたくしは風を蹴って逆さになり、薙ぎ払いを放ちます。しかして相手もそれは見越していたのでしょう。風を蹴って飛び上がり、わたくしの脚から腹へを斬り下ろします。それを下へ飛びかわします。
腕から血が流れていました。何処かで斬りつけられたようです。私に一撃加えるとは、褒めてやろうじゃありませんか。私は飛び離れました。烏もそうしました。再び睨み合いになり――それは破られます! 互いに必殺の一撃を撃ち込まんと加速し、剣戟を交わ――そうとしたのですが。
剣が、砕けました。よくもまあこんな粗悪品を支給するもので。まあ、今は置いておきましょう。手刀を振るい、抜き手を放ちましたが、それはかわされます。外から割り込んできた風の槍を背を反ってかわし、その流れで前蹴りを叩き込みます。刃を立てる間もなく、烏がひるみました。
好機です。わたくしは至近距離から手刀を、拳を、そして抜き手を振るい続けました。ぴったり張り付いていれば、剣を振る事はできない。しかして敵もそれはご承知のようで、距離を離した瞬間に薙ぎ払いを放ちます。それを敢えて飛び込んでかわします。烏は防戦を選んだようです。
僅かに距離を取った烏が、私の格闘へ、正確に刃を立てます。こうなると、わたくしは手を離さざるをえません。もしそれに手足を裂かれれば、ひるんだ隙に必殺の斬撃を叩き込まれるはず。三度、睨み合いに入りました。何か打開策が必要です。何かが。……そうだ。これはどうです?
わたくしは一気に距離を開けると、反転して烏へと突撃しました。烏は当然、刃をこちらに立てようとしています。賢明です。しかしこの場では正解とは言いがたいですね。わたくしの動体視力は、その剣が正眼に構えられているのをめざとく捉えました。それならば、こうです!
交差する瞬間、わたくしは風を蹴って身体を回転させ、剣を横殴りに蹴りつけました。強く賢い射命丸にしか出来ない芸当でしょうが、横薙ぎ、袈裟切り、どちらにしても、刃のない部分というものは出てくるものです。要するに、わたくし自身をつるぎとして打ち込んだ訳ですな。
烏は激しく怯みました。剣を取り落とさなかっただけ、上等でしょう。わたくしは後生大事に抱えていた折れた剣を利き手に持ち替え、私は更に、更にと剣をいなしました。狙いは烏ではありません。烏の斬撃は、如何にも無理な態勢です。横薙ぎを飛び上がってかわし、背面に回ります。
その背に、折れた剣の刃を捻じ込みます! なるほど、折れても役には立つものです。レーザーを跳ね返したり。烏が混乱の最中にあるのを見る間もなく、わたくしは剣を奪い取りました。なるほど、これは鋭くも美しい剣です。名剣と言っていい。しかしてそれを振るうのは、わたくし!
腕をクロスさせて防御した烏に向けて、二度の振り下ろし、三度の袈裟切り、四度の薙ぎ払いを放ちます。この距離、手刀ではいなせぬものです。烏はたちまち、ぼろくずのように全身を引き裂かれました。遂にガードが解けました。わたくしは串刺しにせんと、一度の刺突を放ちます!
しかして烏は、私の剣を受け止めるように腕を開き――私の握り、そして柄を掴み、無理矢理に引き剥がしました。刺突は決して浅くはありません。指を切り落とされる危険を冒してでも、それを取り戻したかったのでしょう。なかなかの執念です。烏はそのまま墜落してきます。
敬意を表す、とは言いませんが。これ以上傷つける事もないでしょう。割り込みの風の槍をスイとかわし、わたくしは烏を睨みますが――いけませんね。武器を使い切ってしまいました。わたくしに白狼の団子が迫っています。再び剣を奪ってもいいのですが、あれは少々粗悪すぎますな。
―――
―――
何か、何か武器はないか。私は周囲を見渡し――こちらに射撃しようとする白狼の一団が目に留まりました。わたくしに目をつけられるとは、あなたがたはつくづく運がない。私は狙いを外しながら一気に射程範囲外に飛び込み、追い散らすと、白狼から弓を奪い取り、蹴落としました。
矢はありません。わたくしにはなくても構わないのです。手元の風から、風の矢を繰りました。風が良く乗る武器ではあります。わたくし達烏天狗にとっては、いささか迂遠でもありますが、今のわたくしには丁度良いものです。わたくしはそれを白狼の集団に向けて、撃ち込みました。
それは大きく逸れ、遥か頭上を飛びます。二本、三本と繰り出しますが、結果は同じです。……そう、結果はね。白狼達はへたくそな射撃に油断していたのでしょう。私の元に雪崩れ込んできます。私はそれをいなしながら、頭上に矢を放ち――それが、七つの矢に分裂するのを見ました。
七つの矢。七つの獲物。それに気付いた白狼は慌てて回避しようとしていますが、まあ、遅いですね。正面以外に意識がいかなかったあなたがたの不注意を呪うとよろしい。丁度七人の白狼が、肩や背中に矢を受けて墜落していきます。それは次々と降り、更なる犠牲者を生んでいます。
盾で防御した白狼がこちらに突撃してきます。中々の練度と見える。私は敢えて距離を詰めました。弓は引いたままです。激しく振るわれる剣をギリギリでかわし――腹に矢を打ち込みます! 次から次に振るわれる剣の間を抜け、腹を、膝を、背を撃ちました。白狼はうろたえています。
何、このくらいできなければ、一人で弓なんて扱えません。怖気づいた連中の頭上に再び風の矢を幾本も撃ち込むと――割り込みと共に、烏が一体、こちらに飛び込んできました。不甲斐ない部下の尻拭いという訳ですか。いいでしょう。相手をいたしますとも。ギリ、と弓を引きます。
相手はこちらに手数で勝てると踏んだようです。確かにそれは間違ってはいません。いませんが、例外は常にあるという事ですな。烏は風の槍を次々と繰り、わたくしを拘束せんとします。それを私は撃ち落とさんとして――矢は、明後日の方向に飛びました。二発目、三発目も同じです。
流石におかしいと思ったのでしょう。烏は頭上を何度も確認していましたが――まあ、そこには何もないのですよ。そこには。私は風の槍を大回りでかわします。烏は目前の敵に集中する事にしたのでしょう。更に風の槍を、そして枷を繰るべく、集中しています。実際、危険な攻撃です。
――普段なら、ですが。私の目の前で、烏が目を見開くのが見えました。その背には三本の矢が突き刺さっています。……いわゆる、反射弾という奴ですね。矢が直線的にのみ飛ぶものとは思わない事です。私は四方八方に矢を放ちました。矢は雷めいてジグザグに飛び、止まりました。
それらは空中の一点で固定されたように回転し、烏を狙っています。私が命じれば、それらすべてが烏に向かうでしょう。烏はじり、と後ずさり――風の球体を幾重にも繰りました。すべての矢に耐えようというのでしょう。私は攻撃を命じました。矢よ、三秒後に雪崩れ込め――!
わたくしは、油断なく弓を引きました。やぶれかぶれの行動に出る可能性。矢を防ぎきる可能性。それらをすべて潰してきたつもりです。三、二、一……! すべての矢が雪崩れ込みます! 烏は――しかし、身を守る事はしませんでした。矢に耐える気もなかったのかもしれません。
――矢は、その殆どが私へと進路を変え、飛び込んできたのです! 動転したわたくしは、追い来る矢から必死に逃れるべく、上下に振れながら飛びました。殆どは追尾しきれずに消え去りましたが――一本の矢が、私の頬をかすめました。少し逸れれば、落とされていたかもしれません。
同時に、球体の内側から風の槍が幾本も飛び込んできていました。それをかわすのは、もはや難しいように思えました。私は矢でそれを迎撃しました。二、三、四――しかして足らず。一本の槍がわたくしの脇腹と脚を斬り付けました。いけません。これ以上の流血は許容できないのです。
わたくしは、己が獲物を前に舌なめずりした事を反省しました。本当でありますよ。どうやら射角を変えるよう、僅かな風の流れを繰られていたようです。種が割れてしまえば、この手は使えません。わたくしは頭上に矢を放ち、槍を避けながら足元にも放ちました。風の矢、十四発。
しかし、やはりそれは風の壁で防がれます。手がなくなってきました。丸腰同然なら、いずれ槍を避け切れずにやられてしまうでしょう。わたくしは考えました。考え――これしかないと思いました。これが駄目なら、八方塞がりです。私は距離を離しました。弓は引かず、慎重に。
当然ながら烏はこれを許しません。風の壁を幾重にも繰り、上下から風の槍を投擲します。私はそれを避けませんでした。槍が到達までの時間に、私は賭けたのです。……我々は、風をどうして槍のように繰るのか。それは槍の形が威力、そして使い勝手共に適しているからです。
それ以外の形に、繰れない訳ではない。私の手の中で矢が生まれました。それはやにわに肥大化し、やがて手に納まらないほどになりました。しかし、それでは足りない。もっと、もっとです。弓が手の中でガタガタと震えました。保って下さいよ。私は更に集中し、風を繰ります。
……もっと。もっと! もっと!! ――それは、私の求めに答えてくれました! 目前に在るのは矢、それも丸太ほどある巨大な矢です。私の身体をギリギリ、と軋ませています。風の槍がそれに触れると――一瞬で掻き消えてしまいました。猛烈な風のエネルギーがそこにあるのです。
烏はそれを見ていたはずです。しかし、間に合わなかった。同じように、油断していたのでしょうね。わたくしの弓から放たれた巨大な矢は風の壁をやすやすと貫き、風の球体を破壊し、烏の身体を切り裂こうとしました――が、直撃はしませんでした。寸前で避けていたのでしょう。
それはそれで構いません。あんなものが直撃すれば、確実に死んでいたでしょうから。きりもみ回転する烏を横目に、わたくしは割り込みを避けつつ次の敵へと向かいました。その手の中で、弓がばらばらに崩れました。これまで保ってくれたのですから、十分お役目を果たしましたよ。
―――
―――
私は新たな武器を探し――先程のように、槍を運ぶ一団が見えました。わたくしはそれを蹴り散らすと、再び槍を奪い取りました――が、割り込んできた風の刃が、狙ったように穂先を切り飛ばしました。わたくしはそれに構わず、棒として構えました。全体が風を帯びます。
ふん、穂先がなくなってむしろ丁度良いというもの。風もよく乗りますからね。私は繰られた風の壁を一振りで薙ぎ払い、烏に突っこみます。さあ、来るがいい。距離を詰める飛び来る風の槍を、棒を回転させて相殺します。二度、三度、襲い来るそれを、やはり棒は相殺しました。
割り込んできた風の槍も同様に散らします。いわば、風の壁を常にまとっているようなもの。埒が明かぬと悟ったか、風の刃がいくつも飛来しますが、これを回避します。あれを相手にするのはいささか分が悪いのです。同じ場所に何発も貰えば、あくまで棒。斬り落とされるでしょう。
弱点は相手にも伝わってしまったようです。しかしてここは、既にわたくしの間合い。飛び込む速度に任せ、烏に突き込みます。それは回避されましたが、もはや烏にも、或いは割り込みにも、風の刃を繰る余裕がなくなった訳ですな。そうなれば、こちらもしめたもの。
烏はわたくしのリーチを警戒しています。接近戦には遠く、風を繰るには近い。そう。そうして頂いた方がこちらもやりやすいというもの。背後から割り込んできた風の槍を振り向かずに叩き落とし、私は棒を振りました。烏は扇でそれを防ぎます。単なる棒だと高を括ったのでしょう。
棒とて、過小評価するものではありませんね。わたくしは風を蹴るように先端を素早く引くと、扇に向けて二段、三段と突きを叩き込みます。その衝撃は風を乗せた強烈なものです。遂に扇がひしゃげました。烏は扇を捨て、手刀を構えます。ほうほう、中々肝が据わってらっしゃる。
私は棒を短く持ち、出方を待ちました。懐に飛び込まれれば不利です。しかして割り込みは入るもの。わたくしの背後から風の刃が数発飛んでくるのがわかります。わたくしはそれを左右に振ってかわし――烏の方に受け流しました。烏は風を繰れません。やはり身体を振ってかわします。
なるほど、烏というものは風を繰るのに頼り切っている。わたくしは跳ねて距離を取り、如何にも狙ってくださいと言わんばかりに姿を晒しました。ついでに手を振って挑発しておきましょう。……思った通り、風の刃が相当な数、わたくしに繰られました。烏が最高速で近付いてきます。
わたくしはそれらをかわす振りをして――寸前で側面に回ると、追い風を帯びた棒を回転させ、痛烈に追い散らしました。方向を変えたいくつかの刃は――そうですね。烏に向けて飛来いたします。完全に想定外だったのでしょう。最高速度で近付いていた烏に、回避する術はありません。
その内のいくばくかは外野が解除し、寸前に四散しましたが、多くは烏をずたずたに切り裂きました。あくまで間合いに拘ったあなたのミスです。いえ、ミスというには可哀相ではありますが。目の前でボロ雑巾と化したそれを、わたくしは若干の哀れみを持って蹴り落とします。
しかし、割り込みの風の刃が数えたくないくらい、わたくしに向かってきます。先程の行為への怒りでしょうか。そうでしょうね。ええ。わたくしは身体を反ってかわしました。その内の三つを避け切れず――わたくしの手元の棒が真っ二つに裂かれ、身代わりになってくれました。
私は手近な烏に向けてそれを投げつけます。風の槍が二つ、風を帯びた棒の成れの果てを受けて相殺されました。十分です。あなたは役に立ちました。私は割り込んでくる風をいなしながら、再び武器を探します。中々良さそうなものが見つかりません――いや。あれは何ですか?
―――
―――
わたくしは白狼に襲い掛かりました。荷を補充する為にそこらを漂っていたのでしょう。剣も、槍も持っていません。はずれか、とも思いましたが――腰から短刀を五本奪い取りました。これを使いましょう。飛び来る風の槍を適当にかわすと、わたくしは近くの烏に向き直ります。
あんのじょう風の壁を張っています。いささかワンパですね。わたくしはは壁を避けるように、ぐるりと周囲を飛び回りました。その度に風の壁は増え、わたくしの突撃を防がんとします。それが四方八方を囲んだのを見計らい――わたくしは短刀を二本、烏に向けて投げ放ちました!
これは二度目の意趣返しです。あなたの自爆という点では――まあ、わたくしよりも無様でありましょうな? 実弾は風で相殺しない。ようやくそれに気付いたのでしょう。しかして逃げ場はない。風を四散させるだけの時間はない。その顔は恐怖に歪んでいたでしょうか。でしょうね。
おお、ぶざまぶざま。一本が腹、もう一本が首筋に刺さり、すべての風は消え去りました。気絶すれば、確かに消えますがね。それは当人の思う所ではなかったでしょう。ええ。私は短刀を両手に持ち替えました。……その時です。予測もしない所から弾丸が飛び込んできたのは。
墜落する烏の向こうから、相当な数の風の弾丸です。しかしてわたくしにとっては止まっているようなもの。隙間を避けながら、下手人を探します。……いました。随分遠い場所から撃ち込んできなさる。スナイパー気取りですか? わたくしは一気に距離を詰め、目前まで突っこみます!
烏の顔は実際、混乱していたかもしれません。そりゃそうですね。おいもは嫌われますよ。ええ。短刀を牽制に投げつけ、もう一本を突き立てようとします。烏は――いけませんね、この期に及んで風を繰ろうとしていらっしゃる。短刀が腕に刺さり、腹に突き立てられます。
いわゆるナイフキルという奴です。あなたのそれも、仲間と連携すれば脅威だったでしょうに。墜落していく烏をニヤニヤと見送り、割り込みの風をスイと避けました。いやはや、わたくしはファンが多すぎて困りますな。ワハハ。あなたも一つ、サインでもいかがかな?
――などと嘯いていると、実際に来ましたね。ファンが。驚くべき事にそいつは白狼天狗です。剣も盾も持っていませんが、袈裟懸けに短刀を山ほどぶら下げています。あれですね。特殊部隊。特殊である事以外はわたくし、何も知りませんが。或いは本人も知らないかもしれません。
そいつは袖口から短刀を取り出すと、針めいたそれを片手に二本ずつ、四本を構えました。それはつまり、最初から投げるつもり満々という事です。刺されば中々痛いでしょう。普段のわたくしなら風で楽々吹き飛ばしてやるのですが、如何せん落ちぶれた身であります。強敵と見ました。
私も短刀を両手に構えます。残りは二本しかありません故。その動きを見て、白狼はニヤリ、と笑いました。そういう笑いはわたくしの専売特許なのですが。金取りますよ――とまあ、ふざけている訳にもいきません。お互い、真顔になりました。双方睨み合い――白狼から仕掛けました!
短刀を突き込みながら接近してきたのです。わたくしは右に振って避け――た先に、短刀が置かれていました。情けなくも、目を丸くしていたでしょう。これは置き射撃です。刺突するより前に投擲していたのでしょう。一瞬の判断が間に合い、短刀は脇腹をかすめました。
わたくしは距離を詰めようと、白狼に飛び掛かりました――が、そこにはやはり短刀が置かれていました。上に飛び上がった白狼が更に短刀を投げつけます。なるほど、種族の差をこういった小細工で埋めようというのですか。わたくしは腕に刺さった短刀を抜き、懐に仕舞いました。
白狼は常に中距離を保っています。密着されれば勝ち目がない事をよくよくご存じで。邪魔するワンコは手刀一発でダウンですからね。わたくしは――やはり、距離を詰めようとします。いっそ突き放すのも手ですが、どちらも攻め手がなくなるだけですし、割り込みが入るのも癪です。
わたくしは風を蹴り、一気に距離を詰めます! あんのじょう目の前に短刀が現れますが、風を蹴って上に――回避した先にも、やはり置かれていました。しかしそのくらいは想定済み。風を蹴り、後ろに回転しての踵落としでそれを弾き、更に、更に、背を蹴って先へ進みますよ!
上下運動を加えれば動きは予測しづらくなる。そう踏んだのです。それでも目前に短刀は現れましたが、風を蹴って、上手く蹴り払えました。徐々に短刀の厚みが濃くなってきました。接近している証です。それをまとめて横蹴りし、避け――目の前には白狼の姿! これで終わりです!
風をまとわせた短刀を振るいます。白狼如きが反応できるはずがありません。……が、刃はあっさりと跳ね返されました。白狼の手には四本の短刀。その内二本は、風をまとっています。或いは、マジックアイテムの類か。鑑定してみないとわかりません。まあ、発狂されても困りますが。
――白狼が飛び込んできました! わたくしは短刀を突き込みますが、手応えがありません。疾くはないが、はしっこい動きです。側面に周り、短刀を二本、そして二本、ついでに二本、投擲します。恐るべき手の動き。自機狙い――じゃないですが、居ても避けても被弾する布陣です。
ならば上に避け――ると、そこに二本置かれています。わかってはいますが、対処が難しいのです。わたくしは短刀でそれを切り払うと、白狼の頭に踵落としをかけました。とにかく一撃入れれば無力化できるはずです。その為には少々、捨て身も仕方がない。……が、これも避けられる。
時計回りに潜り込んだ白狼が、上に向けて投擲しました。わたくしは態勢を立て直しながらそれを切り払います。しかし、それは罠でした。下向きの状態で更に、更に、更にと短刀を投げつけてきたのです。こいつの弾はいつ切れるのでしょう。実際、到底切り払える数ではありません。
わたくしは咄嗟に風をまとった短刀を投擲しました。それは針の山の中心で弾け、それらをあらぬ方向に飛ばしてしまいます。……しかし、これで武器を一つ失いました。片手だけでいなせるか、自信はありませんが、やるしかないのが現実です。実際、夢ならイヤでありますな。
やはり、白狼は中距離を維持しています。相手がただの白狼なら、完封できる実力でしょう。烏相手なら――まあ、ごくろうさんとしか言えないでしょうが。今の私は白狼以上、烏以下です。しかしてそれでこそ、負ける訳には参りません。短刀をいなしながら、じりじりと進みます。
よくよく考えれば、動かなければ当たらない――という答えが、先程のとてつもない物量でしょう。動き続けなければならないが、動けば被弾する確率は跳ね上がる。なるほど、よく考えたものです。ならばわたくし、短刀が間に合わない速度で、動いて見せましょう!
わたくしは白狼を中心に円を描くように跳びました。当然ながら、この状態では進行方向に短刀を置かれる事はありません。あくまで手で投擲している以上、白狼から中心とした直線にしか置けないからです。予測射撃はできるでしょうが、わたくしのスピードについてこられるとでも?
わたくしは円をグルグルと飛び回りました。やがて直線状の置き射撃もなくなりました。その距離から追い切れるようなヤワな翼はしておりません故。風を蹴って突然逆方向に回る事も出来ますし、白狼の上を、そして下を回る事もできるのです。横目に、戸惑う白狼が見えました。
――瞬間、わたくしは飛び込みました! 短刀を突き込み、更に回転蹴りの準備はできていました。白狼は――恐るべき事に、その攻撃にある程度反応していたようです。短刀を寸前で避け――逆に突き込んできたのです。わたくしは突きを諦め、下から回転蹴りをかましました、が。
この期に及んで白狼は抵抗します。蹴りはクロスした短刀に阻まれました。やはり並のマジックアイテムではなさそうです。白狼は距離を取ろうとしますが、あまりに遅い! わたくしは最短距離で突撃します。白狼はやぶれかぶれなのか、再びすさまじい数の短剣を投擲してきます。
わたくしはもう一本の風の短刀を叩き込みました。ご自慢の短刀が四散します。これで武器はなくなりましたが、白狼を倒せるので問題はありません。おや、どうやら――白狼も、これで弾切れのようです。そうなればもはや邪魔する者は何もありません。あなたに勝ち目はないのです。
白狼は風をまとった短刀を二本、わたくしに向けて投擲しました。やぶれかぶれか。それを左右に回避して、白狼に抜き手を――突き込もうとして、嫌な予感がしました。わたくしは飛び上がりました。二本の短刀が、そこを十字に切り裂いていました。戻った短刀を白狼が掴みます。
なるほど。近距離の備えが何もないとは言っていない。わたくしは決して距離を離さないように、白狼を追い詰めました。身を守る為でしょう。飛ぶ短刀は手に持ったままです。飛ばないならただ硬いだけの短刀に過ぎません。飛び掛かる算段はできています。後は相手が動くだけ――
――再び、嫌な予感がしました。そしてそれはすぐに結実した訳です。短刀が飛び来る、静かな音。そう、件の短剣は四本あったのです。背中を皮一枚で通り過ぎるそれに、わたくしは始めて恐怖しました。まあ、敗北は認めませんが。わたくしは図々しく、そして傲慢なのです。
白狼は更に、手元の二本を投げました。これで、完全に弾切れです。己の防御よりも攻撃を優先したようですね。実際、常に短刀が四本こちらを狙っているのは非常にやりづらい。仕掛けた瞬間に四方を串刺しにされかねません。わたくし串焼きになる気は――これは前にも言いましたか。
にじり寄る中――何やらちくりと、痛みを感じました。懐の中に何かが入っています。……そうだ、あの時に刺さった短刀です。わたくしは考えました。白狼はこちらの弾切れを疑っていないはずです。そして恐らく、短刀は白狼が操っている。それなら――なるほど、シンプルな話です。
とにかく、油断を誘わねばなりません。わたくしはにじり寄る速度を上げました。その間を割り込むように短刀が突き込んできます。それを嫌うように見せかけ、少し後退、そして前進を続けました。短刀は徐々に大胆に、そして大雑把になってきたようです。白狼は、笑っています。
――わたくしは飛び跳ね、突撃をかけました! 短刀が四本、私に向けて飛び込んできます。そう、そうです。そうやってわたくしだけを見ていればいい。この瞬間、あなたを守るものは何もないのです。それに気付かなかったあなたの傲慢が、あなたを殺す。私はニヤリ、と笑いました。
懐に手を差し込み、それを取り出します。そう、最後の一刺し。己が武器を白狼に向けて、思い切り投擲しました! ――右胸に突き刺さったそれを見て、白狼は唖然とした表情を見せました。まるで勝利を疑っていなかったのでしょう。その身体はびくびくと震え、墜落していきます。
操縦者を失った短刀も、地へと落ちていきました。ああ、少々勿体ないですね。これからの戦いには役に立ったでしょうに。まあ、失ったものは仕方がない。わたくしは最速の射命丸、切り替えも早ければ、手を付けるのも早いのです。まあ、ちょっとばかり奥手な所はありますが、ね。
いやあ、何ともひやひやする戦いでした。しかしまあ、これからは肩慣らしのようなものです。わたくしはわちゃわちゃと飛び来るそれを見て、ああ、白狼ってこんなもんだよな、ちょっと足りてない感じがチャームポイントだよな、と思いました。実際、飼えば可愛いかもしれませんね。
―――
―――
さて、白狼の群れです。見えるだけで五十はいるでしょう。困りましたね。今は風をあまり繰れないのです。一人一人殴り倒していては日が暮れてしまうでしょうし、烏は白狼へのフレンドリィファイアなんて一切気にしないでしょう。相手をするだけこちらが不利になります。
その時、一人の白狼が縄をたすきがけしているのに目が留まりました、恐らく作業員か何かでしょう。戦わせられるとはご苦労な事ですが、今はそれが欲しい。私は白狼を適当に掻き分け、そいつの前に立ちはだかります。自分が狙われるのに戸惑っているようです。そりゃそうですね。
私はそいつから縄を奪い取り、それを風で締め上げました。即席の鞭です。戸惑っている背中に向けてそれを振るいます。バシン! 小気味良い音と共に、そいつは激しくひるみました。あなたは悪くないですよ。ただ、こんなものを持っているのが悪かった。慰めながら蹴り落とします。
さて、わたくしは白狼の中心に来てしまった訳ですが、どうにかされる気はまったくありません。私は周囲の白狼を回転蹴りで叩き出すと、四方八方に鞭を振るいました。今は打つ訳ではありません。彼らの武器を奪い去ってやろうというのです。そのくらいはわたくし、楽勝ですとも。
しなった鞭が手先から次々に武器を奪い取り、地上へと打ち捨てます。慌てて下を向いた子達の背を次々と打ち、叩き落とします。おいたをしないなら逃げても構わないのですよ? 私の言葉はざわざわ、と白狼の間に広まったようです。いくらかが武器を捨てて、逃げていきます。
しかしてその集団に、竜巻が撃ち込まれます。裏切りには制裁を。白狼達はふたたびざわめきました。なんて非人道的な事をなさるのでしょうね。まあ、人の事は言えませんが。わたくしに向かって白狼が、そして烏の風の槍が向かってきます。巻き込まれた白狼達が吹っ飛んでいきます。
わたくしは高く飛び上がり、風の槍の主を探しました。こちらを向き、更に槍を繰る姿。間違いありません。飛び来る槍を風の鞭で打ち払い、そいつに向けて飛翔します。別に白狼を哀れに思った訳ではないのです。ただ少々、癪に障りました。そういう行為は好きではありません。ええ。
何の因果か、そいつも鞭を持っていました。手下を面白半分に打ち付けていたとか、そんな所でしょう。鞭に風が通います。肩口に向けて鞭を伸ばしますが、それは鞭の持ち手で防がれます。あれは打突にも使われるものですが――そうです、縄にはそれがない。これは不利かもしれません。
私は再び、今度は頭に向けて横殴りに打ち付けますが、上下運動でかわされました。烏は――一気に距離を詰め、持ち手を叩きつけてきました。私にはそれを防ぐ手段がありません。手刀で受けますが、重い。二度、三度と殴り付けられ、わたくしは徐々に追い詰められていました。
やにわに前蹴りを放ち、無理矢理に距離を取ります。その瞬間、烏は短く持った鞭で私の顔を打ち据えようとしました。慌てて腕で防ぎますが――痛い!! これは拷問に使われるのも納得の痛さです。始めて知りました。ええ。自分を殴られた事はなかったので。……天罰か何かで?
――これは、まずい。練度もそうですが、どんな距離でも攻撃が飛んでくるのです。鞭を捨ててもいいですが、今はろくに飛び道具のないわたくしです。遠距離で翻弄され続ければ、割り込んできた攻撃にやられるやもしれません。……ここはやはり、鞭で鞭を制しなければなりません!
近距離は烏のリーチです。敢えて距離を取り、先端が届くギリギリの位置で鞭を振るいました。烏も鞭を最大まで伸ばし、わたくしの頭、そして腕を狙ってきます。実際の所、かわしきれるものではありません。二度、三度と腕を打たれましたが、そのくらいで音を上げてはいられません。
わたくしは一旦飛び退き、鞭のリーチから離れました。飛び込む対象に鞭を打つのは困難だと思ったからです。逆にわたくしは鞭を振れるはず――だったのですが。いけません。わたしくはコースを変更し、風を蹴って態勢を立て直しました。危うい所でした。再び鞭のリーチに戻ります。
烏は鞭を目前で回転させ、飛び込まんとするわたくしを拘束しようとしたのです。寸前にそれに気付いて避けましたが、鞭とは思った以上に厄介なものです。気を抜けば、手足を拘束されるでしょう。そうなれば逃げる間もなく、風の餌食です。先程以上に気を張り、それを牽制します。
――その時です。打ち合う音が、止まりました。
鞭と鞭とがピンと伸び、絡み付いていました。どちらも渾身の力で引き合っています。……ちょっとお待ちを。今、鞭は伸びきっている。それならば、小回りは利かないのではないですか? わたくしは思い付きを脳内会議にかけ――それは成立しました。そう――これならば!
わたくしは一瞬、風の力を解きました。瞬時に鞭が縄へと戻り、巻き付いていた鞭の先が下へと落ちていきます。烏は慌ててそれを引き戻そうとしますが――わたくしが、一手早い! 引き戻した鞭を、持ち手を握る手へ打ち付けます! 呻き声とともに、その手から鞭が落ちました。
或いはそいつも、鞭で打たれる痛さや怖さを知らなかったのかもしれませんね。私は肩を打ち、脚を打ち、そして顔を打ちました。身体を丸め込んだそいつの頭を、踵で蹴り落とします。これに懲りて、おいたを止めればいいですがね。わたくしは肩をすくめ、頭を振りました。
酷使しすぎたのでしょう。縄は崩れ去ってしまいました。黙祷を捧げ――そんな時でも、割り込みはくるものです。風の槍、そして投槍に弓矢。しかしてその数は大分少なくなってきました。動き回っている分には、かすりもしません。ようやく一息付けますか。まあ、無理でしょうね。
―――
―――
烏達も、そろそろ痺れをきらして接近戦を挑んでくる頃合いです。私は武器を探しました。流石にもう、使い果たしたでしょうか。……いえ、道具持ちでしょう。白狼がその辺を浮かんでいます。あなた方は如何にもパワーアップアイテムですな。わたくしは素早く白狼に近付きました。
その背からまさかりを奪い取ります。これで剣を持つ白狼、そして風を繰る烏と戦うのはいささか不利でしょう。槍でもちょっとね。しかし、何にでも使い所はあるというものです。わたくしはまさかりを奪われてまごまごしている白狼を蹴り落とすと、それを両手を広げて構えました。
あんのじょう、烏がわたくしの方に突っこんできます。中距離に陣取り、風の壁を、そして風の刃をいくつも放ちました。このままではなぶり殺されますが――丁度良い。ものの試しにと、身体のバネでそれを投擲します! 烏は上に避けますが――それだけでは逃れられませんよ?
まさかりは風を帯び、そしてわたくしは風を操れるのです。脅威は常に後ろからやってくる。前だけを見て、身構えているだけでは駄目なのですよ。わたくしはニヤリ、と笑いました。思い通り、という笑みです。傲慢で結構。相手がドツボに嵌るのを見るのは、如何にも愉快なものです。
私は一気に距離を詰めました。烏は再び壁を繰ろうとしています。壁を繰り、その後ろから槍を繰るのは基本であり、いつもいつまでも重要なものです。しかしまあ、射撃戦では、の注釈はつきますがね。わたくしは敢えて壁から離れ、まごまごして見せました。如何にも素人然として。
流石に怪しまれたかもしれませんが、それよりもわたくしを討ち取る事に気が向いたのでしょう。風の槍が飛んできますが、大回りでかわします。更に更にと飛び込む槍を必死な様子で回避して見せます。要するに、釘付けにしたわけですな。……それは、音を立てて飛来しました。
烏の上方を、まさかりが通過しました。敏感な耳は一瞬でそれを捉えていたでしょう。そして、それは隙となる。わたくしは僅かな隙を見て、風の壁を飛び上がり迂回すると、飛び込んできたそれを掴み取ります。壁を繰ったとて、もう遅い。突っ切る覚悟はできておりますとも。
天を蹴り、わたくしはまさかりを振り下ろします! 風をまとわせたそれが風の壁を相殺し、わたくしを驚愕の顔に導きます。壁の残滓が私の浅く切り付けましたが、それが致命傷に至らないのはわたくし、よおく理解しておりますとも。このまま、この勢いのまま、真っ二つに叩き切る!
――いえ、流石にそこまではしたくないですね。この期に及んでみねうちも何もあったものではありませんが。私はまさかりではなく下駄を向け、烏の顔を思い切り蹴り落としました。烏はあっという間に落下していきます。死にはしません。まあ、顔面偏差値は変わるかもしれませんが。
再び烏が飛来します。今度は最初から防御態勢を取っています。先程のような奇襲を警戒しているのでしょう。まあ、わたくしとしてはその方がやりやすいというものです。私は再びまさかりを、今度は背後に向けて投げました。烏は仕掛けては来ません。風の壁も繰ろうとしませんね。
それが役に立たないもの――とは、やり過ぎだとは思いますよ。しかして今は好都合。わたくしは距離を詰めていきます。烏が手刀を構えました。接近戦なら互角と考えたのでしょう。実際、良い判断です。今のわたくしには武器がありませんからね。……ええ、たった一つ以外は。
もっとも、馬鹿正直に打ち合う気はありませんでした。わたくしは牽制しながら後ろを取ろうとしました。怪しげな動きは烏にも伝わっていたでしょうが、まあ、無駄な反応でしたね。烏が痺れを切らして扇を取り出した瞬間、わたくしは風を二度、三度と蹴って、背後に回り込みます!
背後から有効打を与える事もできたでしょう。しかして一撃とはいかない。私は敢えて、烏に組みつきました。こういうのは得意な方です。いつかはあの人に――なんてのは、気持ちが悪いですね。はい。烏は激しく抵抗しますが、技で負けはしません。動くと体力を消耗しますよ?
まあ――そうしなければ、死にかねませんがね。……さて、風を切る音がします。そう、あの時と同じ。ゴウゴウと風を切る音。当たればただでは済まない――いや、肉を切られ骨が砕け、確実に死ぬでしょう。質量とスピードからして、そのくらいの威力はあります。さて、いかがする?
烏は途端に反応しました。きっと青ざめていたでしょうね。お仲間が叩き切られ――いや、蹴飛ばしたのですが――る様をよくよく見ていたのでしょう。自分がまあ、そうなるとは思ってもみなかったのでしょうが。こんなはずじゃなかった、なんてのはまあ――あなたの想像力不足です。
己の末路がはっきりと見て取れたらしく、烏は全力で振りほどこうとしますが、そうは問屋が卸さない。焦りがぞわぞわと伝わってきますとも。わたくしは高みの見物――は、していませんでしたが。高くないですね。ええ――そんな無駄な事を考える時間は、実際なかったのですが。
後三秒、二秒、一秒――今です! 私は拘束を解くと、必死にもだえる烏を横に蹴り飛ばしました。そのまま、まさかりをキャッチして飛び、烏の肩口にそれを思い切り振り下ろします! 烏はそれをまともに食らったはずです。傷を押さえながら、烏は墜落していきました。
いやはや、できるだけ殺さないように戦うというのも、中々難しいものです。しかして殺り過ぎれば、如何にも禍根を残す。不良天狗と言えども、悪名と不名誉の違いくらいは存じております。まあ、手加減できない相手でしたら容赦はしませんがね。そこら辺は適当にいきましょう。
さて、これだけ凄惨な場面を見せれば、烏も怖気づくはずです。いえ、実際怖気づいてはいたのですが――まあ、無理矢理に命令されて、或いはその恐ろしさを理解できない輩は突っ込んでくるものです。わたくしはいささか疲れてしまいました。やれやれ。肩をすくめ、首を振ります。
割り込むものは白狼の群れ。最後の群れです。他は粗方落っこちています。残りは――百くらいでしょうか。わちゃわちゃとわたくしに向け、剣や弓を向けています。哀れな生き物ではありますが、打つなら打たれても仕方がないのです。わたくしはまさかりを掴み直しました。
それに風をまとわせると――白狼の群れに向けて投擲しました! 推進力を得たそれは白狼の間を飛び交い、斬りつけます。大した傷ではないでしょうが、元より士気の低い連中です。動揺はこちらにも伝わってきます。わたくしはまさかりをキャッチすると、更にそれを投擲します!
残念ながら剣の距離ではないのですよ。弓を回避しながらキャッチし、更に集団の中へ投げ込みます。その数はあっという間に減っていきます。あまり団子にならない事ですな。さて、七割程はやったでしょうか。残りの白狼が散開しました。おや、少しは頭の回る子がいたようですね。
それならそれで、斧らしく振る舞いましょう! 手近な白狼に向けて、まさかりを振り下ろします。白狼はそれを剣で受けようとしますが――それが下策なのはわたくし、さきほど身体で体験しましたもので。剣が真っ二つに折れました。目を見開く白狼の頭にまさかりを――いやいや。
風を蹴り、回し蹴りを放ちます。白狼は横に弾かれ、戦意を失ったようです。新たに三人、盾を構えて突っ込んできます。先程の行為が見えなかったようですね。わたくしは一体に思い切り突っ込むと、構えられた盾ごと叩き伏せます。防御は無意味。かわしたなら蹴り落とすまで。
それでも突っ込んでしまうのが哀しいサガよ。白狼はわたくしを上下左右、何重にも取り囲み、突きを構える作戦を取りました。突きは直線的です。確かにそれなら、反撃も、武器を壊すのも難しい。しかしてわたくし射命丸、この程度は捌いて見せますとも。投擲のポーズを取ります。
――白狼が突撃してきました! まさかりを投げるより前に勝負を決めるつもりです。ええ、そのくらいは読んでおりますとも。わたくしはまさかりを握り――目の前にポイ、と放りました。投げるよりも速いですからね。それは重力に従って落ちていきます。白狼は速度を緩めません。
時間差で上下から五人、突っ込んできました。わたくしはそれらを背を反らしてかわし、かわし、かわしました。如何にも釘付けです。更に幾人がか突撃してきます。物量で攻められれば烏とてただでは済みません。しかして、わたくしはニヤリと笑いました。釣れました。大漁です。
白狼は十を超えたでしょうか。これ以上は捌き切れないでしょう。一本の剣が私の太ももを掠め、裂きました。そろそろ決めましょう。更に増え、二十を数えた白狼が一斉に突撃をかけてきます。もはや串刺しは不可避。わたくしは――風に集中し、わたくしめを避けるように念じます!
白狼が交差したその時、その時です――不意にまさかりが飛び上がりました。白狼からは遠く離れています。誰もそれを気にかけなかったに違いありません。しかしてそれが致命的。まさかりが帯びた風は――突然に膨れ上がり、巨大な斧を生成したのです! 当然、その刃が向かうのは。
一点に集まった白狼へ向けて、風が振り下ろされます。敢えて手元に落としたのは、風を節約したかったのですね。はい。そんな事はともかく、まさかりは白狼達を一撃の下に切り伏せ、叩き落としました。風を使い切ったまさかりは、多くの白狼を伴って地へと落ちていきます。
ええ、中々の戦果でしたよ。残りの白狼を適当にあしらいながら、割り込みをかわします。その数はもはやないようなもの。気に掛ける必要すらないでしょう。わたくしは傲慢な笑みを浮かべると、次の烏、そして次の武器を探します。烏がこちらに飛来してきます。何か。何かないか――
―――
―――
しかして、もはや手近に武器に転用できそうなものは何もない。最後は徒手空拳という奴です。ええ、覚えはありますとも。わたくし、昔は汚い天狗と――それはいいでしょう。わたくしは割り込んでくる風を避け、烏に向き直りました。この距離で風を繰るは不利。烏も手刀を構えます。
――同時に仕掛けました! 烏は手刀を振り下ろしつつ、私に体当たりをかけました。私は背を反り、手刀を手刀で受け止めます。腕力は互角、ならスピードはどうか。同時に互いを跳ね飛ばします。若干の距離が開きました。瞬間、烏は風を繰り――己の手脚へとまとわせました。
私も同じく、風をまとわせます。相殺できる手足以外で受ければ、風が抉り込む。中々スリリングな戦いです。先に仕掛けたのは烏です。抜き手が私の腹を狙っています。それを左脚で蹴り払うと、そのスピードに乗せて右脚を突き出しますが――しかしてそれは、腕に阻まれます。
空中を二回転しながら距離を取り直します。突っ込んでくる烏あり。態勢を立て直す間もなく、風を三度蹴ってかわします。しかして烏も背の風を蹴り、踵落としをかけました。わたくしはそれをクロス腕で受け、サマーソルトで答えます。互いに態勢を崩し、再び距離を取ります。
何だか、苦戦するのは毎度の事になりつつありますな。まあ、戦いとはそうそう一方的にはならないものです。わたくし、ちょいと重症でもありますし――ハンデでありますよ、ハンデ。わたくしが雑念を温めていると、烏は懐から何やら取り出し、こちらに投擲してきました!
それは手裏剣のように見えました。見えたというか、実際そのものだったかもしれませんが。非確定名ほしがたのものがわたくしを襲います。わたくしはスッとそれを回避しますが――確かに隙を見せたかもしれません。烏の痛烈なキックが、わたくしを襲っていたのです!
わたくしはそれを後方にかわしましたが、烏は即座に風を蹴り、こちらに手裏剣を打ちます。避ける動作が隙になり、烏の大ぶりな攻撃を許してしまうのです。回し蹴りと同時に手裏剣が打たれ、避け切れずにそれが突き刺さりました。痛みを感じる間もなく、ハイキックが襲います。
背に回られ蹴りを、下に回られサマーソルトを、二度被弾しながら避けた抜き手を。私は前蹴りで距離を離しますが、烏は風を蹴るのに慣れているようです。すぐに戻ってきて、ギリギリの距離に陣取るのです。非常に苦しい状態にありました。被弾した手裏剣を抜き、手刀を構えます。
――しかし、わたくしには策がありました。隙がないのなら、作ればいいのです。現にわたくしは、散々隙を晒してきたではないですか。わたくしは先程から、被弾した手裏剣を集めていました。三発だけですが。三発あれば十分です。ただの牽制――しかし、たった一回のチャンスです。
――わたくし達は同時に手裏剣を打ちました! 回避行動を取りますが――私はそうではありません。正面からそれを受けます。胸から血が流れました。かくて烏と同じイニシアチブを得た訳です。私は接近しながら、更に手裏剣を二つ打ちました。あくまで牽制、当たらなくて構わない。
烏は一発を被弾し、空中で前屈みになっていました。それに蹴りを放ちますが、上に跳びかわされます。私は敢えて風を蹴りませんでした。天地が上下逆になり、如何にも隙を晒していたでしょう。わたくしは風音に意識を集中しました。……間違いなく、飛び蹴りです。到達まで、一秒。
この時を待っていたのです。わたくしは身体を表裏にしたまま風を蹴り、烏の腹に突進をかけます。捻じ込んだのは頭です。危険ではありますが、不意を打てる確信がありました。あんのじょう腕の反応が遅れた烏は、大の字に突き飛ばされ、隙を晒します。そこに蹴りを打ち込みます!
身体を反って避けようとしていましたが、姿勢が祟って、上手くいかなかったのでしょう。脇腹を深く抉り込まれた烏が墜落していきます。直後に割り込んできた烏に上段蹴りを叩き込み、姿勢が崩れた所に抜き手を放ち、墜落させました。ふふん、今のわたくしは絶好調なのです。
―――
―――
更に烏が現れ、私に向けて風の槍を一本だけ繰りましたが――私は敢えて避けませんでした。その代わりに思い切り突撃し、その烏を拘束せんとします。引っかかって若干傷付きはしましたが、それよりも大事な目的があったのです。ひょっとすれば、得るものがあるかもしれません!
やはり、そうか。逃げ腰の烏の腹を打ち、逃げようとする身体を背中から締めあげます。こいつはひよこ上がりでしょう。動きが如何にもぎこちない。槍にも勢いがありませんでした。すなわち――締め上げれば簡単にアイテムを落とすという事ですね。ひよこちゃんが悲鳴を上げました。
わたくしはひよこちゃんの手を――そう、扇を掴んだ手を更に上から掴み、捻り上げ――奪い取りました! ひよこちゃんにもはや用はありません。やにわに拘束を解き、思いやりをもって蹴り落とします。初陣からトラウマを植え付けてしまったでしょうか。可哀相に。強く生きて。
しかし、そう。ようやくこの手に扇が戻ったのです。多少粗末ですが、まあいいでしょう。腕を上げ、周囲にいくつもの竜巻を繰りました。それらは烏を防戦に追い込み、そして白狼を散り散りに叩き落とします。更に風の刃を、普段より多めに繰り、烏を切り裂さかんとします。
竜巻を避けた烏を、風の刃がずたずたに切り裂きました。それを見て思い留まった連中を、竜巻が容赦なく飲み込んでいきます。私は風の弾丸を繰り、討ち残しを一体ずつ狙撃していきます。形勢は完全にこちらへ傾きました。もはや無粋に割り込んでくる攻撃もありません。
しかして敵もさるもの。竜巻を竜巻で相殺した数人が、私の方へ飛び込んできます。その後ろには繰られた風の槍が幾重にも。或いは回避しきれないでしょう。私は風の壁を繰りました。槍を相殺した所で、再び壁を繰ります。私の方からは――ええ。もはや仕掛けられませんでした。
既に白狼は九割方が落ちたはずです。烏もまあ、残り二、三人程度ですね。私にとっては大した事はありません――本当ですよ。本当です。本当ですが――どうやら、少々血を流しすぎたようです。風の壁を繰った後ろで、わたくしは意識を手放しかけました。……いけませんね、これは。
相殺した風の槍が、更に更にと迫っていました。風の壁を――繰り損ないました。槍がわたくしを貫くまで、もう数秒もないでしょう。走馬灯。走馬灯ですか。こういう時は本当に、時間が長く感じられるものなのですね。心残りや懺悔、或いは恨み言を吐き出す為の時間なのでしょうか。
―――
―――
ああ。せめてあなたに告白してから、死にたかった。
―――
―――んん?
時間感覚が戻ってきました。わたくしは死んだのでしょうか。傍であなたの声が聞こえます。気に喰わない犬コロの声もです。わたくしは――わたくしは、生きている?「ごめん文、約束、守れなかった!!」巨大な風の渦が槍を四散させました。はたてです。あと犬、そして御付きの烏。
「――私だって、戦えるもの!」「お前の為じゃない。たまたま近くにいたんだ」二人の声を聞いて、意識がはっきりしました。御付きの鳥が幾重にも風の壁を繰り、わたくしを守っています。もう少し、もう少しなら動けます。私は壁越しに竜巻を繰り、御付きの援護をします。
烏は回避しますが――椛がそれに突っ込んでいきます。白狼のスピードではありません。はたてが強烈な追い風を繰っているのです。烏が一体、突き刺されて、無様を晒しました。残りは――もはや勝ち目なし、と踏んだのでしょう。じり、と後ずさりし、背を向けて逃げ出していきます。
残された白狼達も、我先にとわちゃわちゃ逃げ出していきました。わたくし達は構えを解きました。くずおれる身体を、はたてが支えてくれました。「一人で抱え込んで、無茶しちゃ駄目だよ……」はたては泣いていました。椛はこちらをしばらく眺め、フン、と顔を逸らしました。
―――
―――
御付きに包帯を巻いてもらう間中、はたてはわたくしから離れませんでした。若干邪魔している気もしますが、悪くない。いいえ、最高です。ふふふ。「どうしたの? 痛い?」ある意味で痛い妄想をしておりますがね。「約束したでしょうに」「破りたかったの」はたては笑いました。
「――それで、私は結局、何と戦っていたのですっけ?」考えてみれば、敵が何かも知りません。「演習だよ」「……演習?」わたくし、思わず耳が下がってしまいましたよ。「本当はもっと人がいたはずなんだけど――集団食中毒で来られなくなっちゃったらしくて、文だけになって」
「わたくし、演習で命を張らされていたと?」「だから逃げようって言ったじゃない」はたては心底、心配そうな顔をしました。「いや、そこは――私に任せて先に行け、と言ってしまうでしょう。普通」椛が笑っています。笑うな。動物病院に連れて行くぞ。「まあ、話はわかりました」
「で、これだけ戦って勝ったのですから、特賞でも頂けるので?」「えっと、そういうのはないかな……」わたくし、頭を抱えました。スナップカメラまでぶっ壊したのですが、その結果がこれですか。姫海棠家から生命保険料をがっつり頂かないと気が済みませんよ。「ごめんね、文」
――ああ、この顔をされると、許してしまうのですよ。如何にも純粋な瞳です。悪巧みを焼き尽くすような。……まあ、そこに惚れてしまったのですが、ね。ああ恥ずかしい。「帰ろう、文。お医者様にかからないと」わたくしの片側をはたて、もう片側を椛が抱えました。
―――
―――
ようやく、終わった。わたくしは大変、お疲れでした。安堵してもいました。緊張の糸が切れる、とはこの事を言うのでしょう。あまり体感したくはないものですが――その後の事は、何も覚えていません。目が覚めれば、何処かの天井。薬品の匂いがします。まあ、病床でしょう。
上体を起こすと、傍に写真立てが置いてあります。三人の写真。それをじっと見つめました。最初は腐れ縁だと思っていたのです。しかし、わたくしの中で、それを腐れ縁以上にしたいという欲求が浮かんでいました。しかしそれは、或いは今の関係を壊してしまうのではないか。
恐れていたのです。射命丸ともあろうものが。はたて、犬コロ、そしてわたくし。この腐れ縁はきっと、とわに続くと信じていた。それを求めたのはわたくしで、破らんと考えたのもわたくし。そう。はたてを――愛してしまっていた。今のわたくしに、それを解決する手段は、ない。
そう、いつまでもこの感情を抱えたままで、仲良くしていればいい。何も壊れない。何も壊さない。何も。例え、わたくし自身が壊れてしまったとしても、構いません。壊れたまま、今を続けましょう。今のままでいましょう。生きて、死ぬまで。それがわたくしの望みでありますから。
――わたくしは寝転がり、目を閉じました。いずれ、後悔はするでしょう。しかしてその傷は、フラれるよりはずっと、ずっと浅いかもしれない。普段の私なら、何事も躊躇いなく突っ込んだでしょう。しかし、今のそれはそう簡単な話ではないのです。わたくしは、立ち止まっています。
わたくしはどうしたいのでしょう? 希望と行動がばらばらになってしまったように感じます。飛べども飛べども前が見えない。或いは前に辿り着こうという意思がないのかもしれない。……そう。はたての周りをぐるぐると回り続けている。しかしてこれ以上は、近付けないのです。
いつかわたくしは、墜落するのでしょう。欲しかったものを、何も得られずに。友達を続けたかった。恋をしたかった。愛が欲しかった。すべてがわたくしの希望です。意気地なしの翼は、そのすべてを台無しにするでしょう。やるべき事はわかります。けれど、方法がわからない。
どんな顔で、愛していると言えますか。どんな目であなたを見られるのですか。どんな仕草で、あなたを抱きとめられるのですか。誰か教えてください。私に恋のやり方を。教えてください、愛の紡ぎ方を――教えてください。誰か。誰か。わたくしに教えてくださいよ――!!
―――
―――
それから幾日が経ち、わたくしとはたては大天狗の居城の石垣に、並んで座っていました。傷は――まあ、その内直るでしょう。正直に言えば痛いです。死ぬほど。しかし死にはしなかったので、良しとしましょう。しかし、風が心地良いですね。私は大変リラックスしておりました。
「いつも、こんな風ならいいのにね」はたてが扇を持つと、風の中に鳥めいた形が浮かびました。わたくしが教えたのです。最初こそへなちょこでしたが、はたては飲み込みが早かった。そこらの烏に負けはしないでしょう。まあ、わたくしの1/10くらいはいけるんじゃないですか?
「色々お話したい事があったけど――何を言うか忘れちゃった。とにかく、文が無事でよかった」要らぬ所で死にかけましたがね。静かさが訪れます。風が、わたくしとはたてを包んでいます。当分、このままでもいいか――と思ったのですが、風を破ったのは、はたての方でした。
「ねえ。文は私の事、好き?」はたての言葉に、わたくしはびくり、と身体を震わせました。嫌いな訳がありません。当然。しかし、しかし――そんな事を打ち明ければ、どうなるでしょう。悩みました。悩みました。悩んだ末に絞り出せたのは。「わかりません」卑怯な、言葉でした。
「わからないの?」はたてはこちらを向きました。「難しいんだね」はたては特に、がっかりとした様子ではありませんでした。ならば、これは――冗談だったのでしょう。わたくしは安堵して――して、どうするのです。今この瞬間こそが、教えられた答えなのではないですか?
喉元まで出かかりました。あなたを求める言葉。あなたに恋する言葉。ないまぜになった求めの言葉。恐らくは、ただ一言なのです。一言、口に出せばいいい。それはとても簡単で、しかしわたくしを竜巻めいて引き裂いています。このままでもいい。このままがいい。……いや、違う!!
わたくしは理性をかなぐり捨て、衝動に任せました。もう壊れてもいい。壊してもいい。己に正直な欲求は、竜巻の向こうに飛び出しました。ないまぜの中から、あなたへの言葉を掴みました。ただ一言を届ける為に、これだけの覚悟が必要なのです。わたくしは、口を開きました。
「――大好きです、はたて」
「そっか、文は私の事が大好きなんだ」はたては脚をぶらぶらさせています。……ああ、遂に言ってしまった。覆水と言葉は戻らぬものです。心のダメージコントロールが間に合いません。フラれたら、フラれたら――ああ、立ち直れないかもしれない。はは、射命丸の名が泣きますな。
「実はね――私も、文の事が大好きなんだ」はたてが、こちらを向きました。「好きって、友達って意味じゃなくて――えへへ。わかるよね」わたくし、しばし呆然としていたやもしれません。そしてまあ、錯乱してもおりました。友達って意味じゃない、好きとは、好きとは。……えっ?
「――ほ、本気ですか?」「嘘かもよ?」はたては笑いました。「なんてね。本当」「あやや……」わたくし、手をワキワキとしました。ここは抱く、最低でも抱き寄せる所でしょうに、何をやっているんです! もっと勇気を出すのですよ! ああもう射命丸、この情けない奴め――!!
「もっと前から好きだった。でも――言い出せなくて。嫌われるんじゃないかと思って、怖かったの」はたてはわたくしめと同じ感情を吐露していました。……ああ。わたくし達は、お互いに臆病だったのかもしれませんね。「嫌うだなんて――ありません。そんな事ありません」
はたては微笑みながら、わたくしを抱き寄せました。「嬉しい。とっても嬉しい」……あ、先手を取られました。主導権ははたてに握られたようです。「好きって言ってくれたら――私ね、しようと思った事があるの」はたての顔が、じっ、と覗き込みました。瞳に、顔が写りました。
「さっき、勝ったから、何か欲しいって言ったよね」
はたてはいたずらに笑い――わたくしと、唇を重ねました。
「足りないかな?」え、いや、今何を――キスですか? キスですね!?「――ええ、足りてますよ。多いくらいです」何とか平静を保ちますが、内心はめちゃくちゃです。ニヤつきもきっと、酷く硬かったでしょう。壊れゆくわたくしの事を知ってから知らずか、はたては微笑みました。
「実家がね、文が不良天狗をやめたら、私達のお付き合いを認めてくれるって」はたては空を仰ぎました。それが難しい事を、誰よりもわかっていたに違いありません。長い付き合いです。お互いの事は、大体わかります。……しかして、あなたの苦悩に、わたくしは応えてやれない。
「――すいません、はたて。それはできないのです。権力に組み込まれるなんて、ガラじゃない」……わたくしの中で、もういいじゃないか、という声が聞こえます。このまま意地を張り続けろ、という声もします。しかしてわたくしは、後者を選んだ。生き様を、そうは変えられない。
「うん、わかってた」はたては、ため息を一つ吐きました。「いいの。わかってたから、我慢できる」――わたくしは今、とても酷い事を言ったのでしょう。傷付けるとわかっていた。それでも己を曲げなかった。わたくしは顔を伏せました。奥手――いえ、腑抜けの卑怯者に違いない。
「――今は、ね?」含みのある言葉でした。わたくしは顔を上げました。「と、いうのは?」わたくしには想像がつきませんでした。まさか二人で逃げる、なんて大胆な話ではありますまい。御付きに取り立てる――というのも、結局わたくしを縛るのと同義です。「家の話、したよね」
「いつか、私が姫海棠家の当主になったら、条件なんて蹴飛ばしちゃうから」はたてはニヤリ、と笑いました。わたくしのそれと同じくらい、悪い顔をしていました。……あなた、そんな顔もできたのですね。「――それは、随分と大胆な話ですな」「嫌?」わかっているでしょうに。
「嫌ではありません」「それなら、決まり」はたてが顔を覗き込んできました。「それまでは、お友達。待ってくれるよね?」「勿論」はたてはわたくしを抱き寄せ――二度目のキスをしました。今度は覚悟ができていました。焦りはしません。……少しは焦ります。少しだけですよ?
「お友達がこんな大胆なキスを致しますかね」「これは別」わたくし達は、顔を見合わせて笑いました。
◇◆◇◆◇◆
「この泥棒烏」「吠え面かきなさる?」「相変わらず仲がいいよね」