東方短編集   作:slnchyt

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甘い考えは、捨てましょう

―甘い考えは、捨てましょう―

 

 

 

あなたを超えたくて。

 

 

 

私と烏は、向かい合って浮かんでいた。屋外の修錬場。どれだけ風を繰っても、遮るものは何もない。存分に実力を発揮できる場。私がここに通い出してから、何年が過ぎただろう。実家では嗜みとして、型式上のそれを習ったけど――実践では何の役にも立たないと、思い知らされた。

 

きっかけは――そう、文の一言だった。あなたはお嬢様ですから、護られていればいいのですよ。いつもの軽口だった。けれど私は、その時とても機嫌が悪かったんだ。なら、文よりも強くなってやるもん。そう応えた。応えてしまった。文はきっと、本気には受け取らなかった。けど。

 

観覧席には幾人かの訓練生、野次馬、博徒、わちゃわちゃと白狼、そして――椛がいる。じっと私を見てる。無様は晒せない。私――姫海棠はたては、この一戦で修錬所を卒業する。その為の試練だ。武器の技、風の技、戦闘のセンス。私に出来るだろうか。……いいや、絶対に出来る!

 

―――

 

  ―――

 

「――始め!」

 

私は、意識を目前に集中した。相手は剣を抜いて飛び掛かってくる。私は風の壁を繰り、更に風の槍を三本繰った。教科書通りの戦法だ。でも、これが通じない相手はそうはいない。風を通わせた剣に、壁は薙ぎ払われる。時間差で槍が烏を襲う。たぶん、直撃はしない。

 

私は薙刀に風を通わせ、槍の後を全力で追った。自分自身の槍に裂かれるギリギリの位置についた。私自身が槍になる。自分自身を武器に見立てる戦法に、何度も負けた事がある。……そう。文の戦法を、私は真似してる。所詮はコピーかもしれない。何処まで通じるかもわからない。

 

「――だけど、やるんだ!!」

 

風の槍を薙ぎ払って散らす烏の身体に、渾身の突き!――しかし、それは身体を反って交わされる。けれど、態勢を崩したのは――烏だ。いける。私は薙刀を片手に持ち替え、扇を抜いた。集中しろ。必ず上手くいく。私は烏の姿を見据えると、至近距離から大きな風の渦を繰った。

 

渦に巻かれた烏が、激しく体制を崩す。その期を逃す気はなかった。後退する烏。――遅い!――私は烏の腹を薙ぎ払い、一回転しながら更に腕を狙った。初段は腹を浅く裂いた。二段目は剣に防がれたけど、滑った刃が肩を裂いていた。更に風を蹴り、三段目を打ち込もうとして――

 

いけない!――咄嗟に飛びのく。烏は腕を高く上げ、風を繰った。巨大な渦が私を内へ引き込もうとする。一歩間違えば、大きな隙を晒す技だ。しかし、それだけの効果はあった。私は、無理な回避で態勢を崩していた。そこに風の槍が四本、そして烏が剣を振り払い、突撃してくる。

 

咄嗟に渦を繰った、槍は吹き散らされていく。それが陽動なのはわかってた。わかってても、反応できない事だってある。剣の袈裟斬りを、鋼の柄で受ける。烏が上。私が下。明らかに不利だ。烏の剣が激しい風をまとい、柄越しに私の頬を切り裂いた。このままではずたずたにされる。

 

私は全力で剣を押しのけ、薙刀を振り払った。それは容易くかわされ、私の懐に――入るのは、わかってる。だから私は、再び文の戦法を真似ようと思った。迫る剣は――私の身体には、届かなかった。薙刀の態勢を崩したと見せかけて、私は烏の顔に向けて、回転蹴りをみまったんだ。

 

足癖は悪ければ悪いほどいい。文は笑っていたっけ。私は一気に飛び上がった。私が上。烏が下。今度は私が地の利を得た。顔を振り、両手で剣を構え直した烏。両手で薙刀を握る私。一瞬の静けさだった。二人の武器が風をまとい――同時に、仕掛けた!――刃同士が激しく鍔迫り合う。

 

膂力では負けてる。その差を埋めるのは――奇策。やぶれかぶれ。どれも悪手だ。けれど私には、私なりの戦法がある!――私は、敢えて押し負けた。剣が、顔が、徐々にこちらへ近付いてくる。そう。私自身に注意を引き付けるんだ。私はやにわに抵抗を止め――飛びのいた!

 

薙刀が跳ね跳ぶ。私を護るものはなくなった。扇を掲げるより早く、剣は私を斬り裂くだろう。烏の顔に笑みが浮かんだ。傲慢な笑みだ。私にだって、そのくらいはわかる。……勝利を確信した時ほど、危険だって事もね!――私は剣に、そして烏に向けて、思い切り手を突き出した!

 

私の意図に、烏が気付いた。けどもう、かわしきれる距離じゃない。烏の背に――跳ね跳んだはずの薙刀が回転し、迫りくる!!――実技はとかくダメだしされていたけど、風を繰るのは上手だと、いつも褒められていた。得物に薙刀を選んだのは、それが手に馴染んだからだけじゃない。

 

薙刀は両端から風の刃を伸ばし、周囲には烈風が渦巻いてる。風では相殺され、迎撃できない。剣で受ければ、さっき私がされたように、腕がずたずたになる。烏は飛び上がってそれをかわそうとした。まだだ。私が念じると、刃は合わさり、倍以上の長さに伸びる。これなら――届く!

 

薙刀は、風の刃は、烏の片脚を深く切りつけていた。――けど、本命はそれじゃない!――掴み取った薙刀を、その勢いのままに任せ、股下から切り上げる!――ギィン!――剣と薙刀とが打ち合う。確かな手応え。烏の剣が宙を舞う。私は素早く扇を抜き、得意の暴風を繰った。

 

圧された剣はあらぬ方向に吹き飛び、場外に突き刺さった。抵抗力を奪い、有効打を与えた。普通なら、これで私の勝ちだ。けれど、烏は――扇を持ち直すと、私を挑発した。武器なんて必要ないって言ってるんだ。私は当然、それに乗る。薙刀を手放した。地面に、突き刺さる。

 

―――

 

  ―――

 

あなたは傲慢だ。けれど、私だって傲慢なんだ。絶対に負けるもんか。私は風の壁を立て、風の槍を七本、同時に繰った。やろうと思えばこの倍は繰れる。更に前方へ風の渦を繰り、突撃を妨害する。接近戦は得意じゃない。張り付かれればジリ貧だ。ここは、風だけで勝負をつける。

 

私の見据える先で、烏は四本の槍を、風の壁を二枚、三枚と立てた。それくらいでは私の風は止められない。壁一つが槍二本を相殺する。残りの一本は素通しだ。烏は寸前でそれを避けた。きっと傷を負ったはず。私は四本の槍に風の刃をぶつけて相殺すると、更に七本、同時に繰った。

 

烏も不利は悟ってるはず。私は風の渦に集中した。間違っても飛び込まれちゃいけない。そう思った。思っていたんだ。烏は――後方に巨大な竜巻を繰ると、自傷も構わずに己自身を巻き込ませ――私の方へ、吹き飛んできたんだ!――まさか、そんな捨て身の戦法を取るなんて。

 

己の不覚を恥じる暇はなかった。風の槍はあらぬ方向へ飛んだ。烏は矢のように風の渦を突き抜けた。風の壁を、無理矢理に突破した。硬直する私に思い切り体当たりをかけ、ひるんだ所に振るわれた手刀。私の手から――扇が叩き落とされた! 慌てて後退。得物がなくなってしまった。

 

烏は――不意に、己の扇を捨てた。徒手空拳の構えだ。最後に勝負を決めるのは、格闘戦とでも言いたげに。傲慢な目が、私を睨んでる。何するものか。私の方がずっと傲慢なんだ。ここに通い出してから、少しは覚えがある。けど、実践するのは――もしかして、初めてかもしれない。

 

―――

 

  ―――

 

私達は四肢に風をまとわせた。手足以外で受ければ、風の餌食になる。スリリングな戦いだ。もう少し練習しておくんだった。思いはしても、考えるだけムダだ。やるならやらねば。やろうと思う気概が大切だと、教官も言ってた。無理なものはしょうがない、とも言ってたけど。

 

――烏が先んじた! 私の首を狙った手刀。一撃で勝負を決めるつもりだ。けど、そうはさせない。私はそれをクロス腕で受けると、続く手刀をいなし、距離を取る。烏はたぶん、格闘戦に熟達してる。どうあっても私は不利。唯一上回るのは、繰れる風の量。今、頼れるのは――

 

私は、両腕へ更に風を巡らせた。それは旋風のように腕の周りを包んだ。扇なしでこれだけの風を繰れるのは、この修錬場では私だけだ。烏が手足に帯びた風を、相殺する以上の風をぶつける。さながら、防御を無視した攻撃。先手を取りさえすれば、それだけ私の有利になるはずだ。

 

私はじり、と近付いた。風の渦巻く音だけが響いてる。観客が息を飲む音すら、今は聞こえる気がする。視線がかち合った。有利、不利は目まぐるしく変わってきた。今は――たぶん、不利だ。烏が後ずさる。気圧された訳じゃない。出方を待ってるんだ。なら、私から――仕掛ける!

 

私は飛び上がり、肩から袈裟懸けに手刀を振り下ろした。それは寸前でかわされる。けど、手応えはあった。烏の右手が旋風を受け、血を流してる。私は四肢に通わせていた風を解き、右腕にすべてを集中させた。旋風の長さが何倍にもなり、風の勢いも増した。ここで仕留める!

 

旋風の右腕を、横薙ぎに振り払う!!――烏は抵抗せず、僅かな傷を受けながら、弾かれるように後方に飛んだ。逃がさない。今度は左足に風を集中させ、背中の風を蹴った。飛び蹴りだ。近付く烏の顔は――やっぱり、笑ってた。愉しんでる。そうだ。本気の戦いは、きっと愉しい。

 

大振りなそれは上にかわされ、私は態勢を――崩していても、これは止められない。風を蹴り、逆さになりながらサマーソルトを叩き込む。リーチの差は圧倒的だ。けど、それは積極的な攻勢というより――これ以上接近されると、困るんだ。もし、至近距離の格闘戦に持ち込まれたら――

 

私の杞憂は、早速当たってしまった。烏は私と同じ戦法を取った。四肢から風が消え、右腕に竜巻が現れる。私のそれとは比較にならないほど小さいけれど、烏にとってはそれで十分だったんだ。私は竜巻に、旋風で応えた。威力が違う。かち合えば私が勝つ。その判断が、いけなかった。

 

烏は右手を振るわなかった。ただ身体を傾けて旋風を回避すると、余波で裂かれるのも構わず、左の貫手が私を腹を思い切り突いた!――痛い!――一瞬、意識が遠くなった。集中が解け、旋風が消えかける。そこに烏の手刀、そして竜巻。やむを得ず、それを風のない左腕で受ける。

 

風の刃が腕をざくざくと切り裂いていく。旋風が戻る一瞬の間に、私の腕は血まみれになった。私は傷を押さえながら、四肢に風を戻す。烏もそうした。風と風との攻防に固執した私のミスだ。降参してもいい傷だった。けど、ダメだ。やられたら、利子をつけてやり返すんだ!

 

至近距離。頼れるのはもはや己の身体のみ。烏の手刀が襲い掛かる。それを手刀で受け――られなかった。身体をひねり、逆手から放たれた貫手が、再び私の脇腹を痛烈に突いた。怯んだ私の腕を掴み、顔に向けて必殺の貫手を放つ。私はそれを、何とか身体を捻ってかわす。

 

腕が私を突き飛ばした。回し蹴りが放たれる。――ダメだ、避け切れない! 腕も間に合わない。私は思い切り顔を蹴られ、斜め下の地面に叩き落とされた。意趣返しとでも言うんだろうか。続く踏みつけ。これを転がってかわす。地に転がる。烏天狗にとってこれは、如何にも無様だ。

 

私はよろよろと立ち上がる。可愛い顔が台無し――なんて、言う気はない。今は戦いなんだ。可憐さは命乞いにしか役に立たない。烏はすぐに来た。再び密着しようとする。私は両腕に風を集中する。勝ち筋に拘ってはいけない。理解した。一番強い札を押し付けるだけではダメなんだ。

 

ならばどうする。烏はどうしてきた。私は打開策を探った。考えろ。考えるんだ。四肢に風を戻した烏に、敢えてこちらから突撃した。烏は――いや、私も笑ってる。どちらも、自分が負けるなんて、微塵も思っていない。傲慢であらずば何が天狗か。私は烏を睨みつけた。

 

私は右で貫手を放った。まるで当然のようにそれは、空へ飛びあがりながら、かわされる。次に来るのは踏みつけだ。私はバク転でそれをかわし、腕の力で飛び跳ね、蹴りを放った。烏はそれに蹴りで応える。ここで押さなきゃいつ押すんだ。思い切り蹴りを入れる! 脚が交差する!

 

烏は、私の蹴りで態勢を崩した。私もそうだ。再び地面に落とされる。烏の脚は打ち据えられていた。けど、大した傷じゃない。つつ、と血が流れた。私は身体のバネで起き上がり、烏が態勢を立て直す前に、空中へ飛び上がった。しかし烏は再び、私の至近距離に飛び込もうとする。

 

私が回転蹴りを放つと、合わせて竜巻の手刀が放たれ、ガードされる。これではジリ貧だ。いや――本当に、そうだろうか? 私はきっと、悪い笑みを浮かべていた。咄嗟に飛びのく。させじと烏が距離を詰める。私は、再び右腕に風を集めた。ゴウゴウと旋風が巡る。

 

突き出した旋風を、烏は下にもぐってかわした。風を蹴り、そこから私を蹴り上げようとする。私はそれを腕で迎え撃つ。しかし、衝撃を相殺しきれない! 烏の脚を叩いた代償に、私の身体は天に向けて突き飛ばされた。ダメだ。敵わない――なんてね。この時を待っていたんだ!

 

私は烏に向けて脚を向けていた。烏が接近する。――まだだ。まだ引き付けろ。私は烏とかち合う数秒前――脚に向けて、風を集める!――当然、烏はこれを避けようとする。烏はこちらのリーチをきっと、熟知してる。寸前で避け、背に回って、私を蹴り落とそうとするはずだ。

 

その≪寸前≫が、あなたの命取りになる。烏が方向を変える、その瞬間――私は、脚に帯びた旋風を、地に向けて蹴り飛ばした! これができるのも、この修錬場では私だけだ。扇がなければ、手元から離れても四散しないだけの風を繰れない。普通はね。生憎、私は普通じゃないの。

 

隠し玉は、最後まで取っておく。これも文の言葉。見なくても、烏の顔が想像できる。私は天の風を蹴った。旋風が烏を地に叩き落とし、更に釘付けにしていた。お互い、手を尽くした。それでいい。最後に勝負を決めるのは、格闘戦なんだ。驚愕の顔に向けて、全力で踏みつけを放つ!

 

激しい衝撃が足元に伝わった。下駄がきしむ。まだだ。私は身体を捻って、その脇腹に思い切り蹴りを叩き込んだ。その身体はバウンドするように地面を転がった。烏天狗にとってこれは、如何にも無様だ。私は更に追撃をかけようとその背を追う、けど――烏は腕を上げ、手を振った。

 

降参の合図だ。私は地面に下り、息を吐いた。緊張が解けると、やにわに痛みがやってくる。ちょっと激戦過ぎたかもしれない。こんなに怪我をするのは初めてだ。私は烏を助け起こし、互いの健闘を称え合った。顔はさっきので傷だらけだ。まあ、人の事は言えないけどね……。

 

―――

 

  ―――

 

「はたてさんは戦う必要なんてないんですよ」治療を受けてる間中、椛が傍で心配そうな顔をしてる。「このくらいは何日かしたら治っちゃうよ」「そうではなくて」要するに、戦わないでくれ、と言いたいんだと思う。まあ、実家にも反対された。護身術だって言いくるめたけどね。

 

「玉のお肌に傷が、なんて思うタイプ?」「ご理解されているなら……」「割と心配性だよね、椛」私は包帯を巻き終わり、立ち上がった。顔を洗いたい気分だ。……でも、それは少しだけ、後になりそうだった。「やっていますね、はたて」文だ。鞄を抱えてる。配達の帰りかな?

 

「あなたも遂に一端に仕上がったようで、わたくしも嬉しさで胸が張り裂けそうでありますよ、ひよこちゃん」「もうひよこじゃないもん」文は基本的に何でもバカにしてるんだ。別に悪意がある訳じゃないと思う。多分、文はそういう喋り方しかできないんじゃないかな……。

 

「ところであなたは以前、わたくしにこう言いましたね。わたくしめよりも強くなってやる、と」「――覚えてたんだ?」意外だった。私は今の今まで半分忘れてたけど。「わたくし、この日を待っていたのですよ。……力の差を思い知らせてやる日を、ね?」文はニヤリと笑った。

 

私は少し唖然としていた――けど、すぐにわかった。これは挑発されてるんだ。「今からやるの?」顔を近づけた。「生憎、手負いをいびる趣味はありません故」文は首をすくめ、指をぐるぐると回した。「そうですね、一週間後くらいにしましょう。予定は開けておきますよ、はたて」

 

文はやにわに、修錬所の建物へ足を向けた。「何処に行くの?」「得物をですね、ちょいと見ておこうかと」文の後を、椛が続いた。背を伸ばして、私も続く。中には、山で使われる様々な武器が掛けられてる。全部、今すぐにでも使える。展示品とはいえ、少しだけ物騒かもしれない。

 

「それでは、これに致しましょう」文は――壁にかけられた薙刀を取ると、私の前で一通り振り回して見せた。思わず目を見開く。「薙刀……?」「あなたとお揃いですね、はたて」私は少し、いやかなり、動揺していたかもしれない。まさか、文がそれを取るとは思っていなかったんだ。

 

文が槍を持っていたのを見た事はある。剣もだ。弓。棒も。短剣。鞭を持っていた事もあったし、たまに斧も使っていた。手裏剣なんてのも。でも、薙刀は一度も見た事がなかった。でも、さっきの動きを見ると、多分並み以上には扱えるように思える。つまり、これは対等な勝負だ。

 

「嫌味か?」「偶然ですよ」ニヤニヤする文。耳を立てる椛。やっぱり絶対これ、偶然じゃない。「養生なさい。元気がなければ、わたくしめを楽しませられませんよ」文は足元に薙刀を突き刺すと、あっという間に飛び去っていく。片しなさいよ。椛はため息を吐き、それを壁に戻した。

 

―――

 

  ―――

 

私達は空に浮き、睨み合った。傷はとっくに癒えてる。気合もバッチリ入れた。ニヤニヤ顔でこっちを見る文に、今日は一泡吹かせてやる。扇の手応えを確認する。薙刀の握りを確かめる。どちらも、いつも通りだ。そう――教えられた事を、いつも通り、全力で出し切ればいい。

 

今日の観覧席は人で一杯だ。訓練生一同、野次馬、博徒の群れ、烏の一団、わちゃわちゃわちゃわちゃと白狼、そして――椛がいる。じっと私を見てる。無様は晒せない。出来るか出来ないかじゃない。格上とか関係ない。やるんだ。私にだって、プライドってものがあるんだから!

 

「――始め!」

 

私は十二本の槍を繰り、更に壁を、そして渦を立てた。文相手に出し惜しみはできない。追尾する槍を、文は大きく回ってかわす。今度は風の刃を六つ、槍を六つ繰った。予測射撃だ。槍で追い立て、直線状に飛ぶ刃で撃墜する。決まれば確かに致命傷だ。決まれば、だけど。

 

文はそれを再び、大回りでかわした。その軌道は、確かに私が読んだ通り。槍が追い抜かれる。六本の刃が文に到達する!――はずだった。ううん、実際、風の刃は文のいた空間を切り裂いた。けれどもう、文はそこにはいなかった。僅かに背を逸らしただけで、それらを回避したんだ。

 

文は疾い。それでいて小回りも利く、私の方が遥かに多くの風を繰れるけど、文もそれは承知だ。必要最小限の風、そして動作で避けてみせる。文は多分、こちらが疲弊するのを待ってる。けれど、これ以上近付くのは本当に危険だ。扇を握り直した。今は、この距離を維持したい。

 

薙刀は、私の手に馴染んでる。でも、文はあんなに自慢げに薙刀を取ったんだ。私は委縮していた。……いけない、いけない。戦う前から勝てないなんて思うのは、もう負けてるじゃないか。私は頭を叩き、弱音を振り払った。再び、風を繰る姿勢に戻る。槍を繰る。しかしかわされる。

 

どうしようもなくなった時は、隠し玉だ。文曰く、己の手の内は常に隠し、そして多く抱えておくべきだと。私はその言葉を思い出して、密かにいくつかの戦術を練習していた。これは、文も知らない。私は壁を、そして渦を解除した。文は――とりあえず、飛び込んでは来ない。

 

飛んできた風の刃を大回りでかわした。槍が三本、こちらに向かってくる。私はそれに構わず、風に集中した。私の右腕から、細い風の流れがいくつも湧き起こってくる。私は――槍に向けて、思い切りと手を振り払った! 右腕から現れたのは、揺らぐもうねる、幾多もの風の糸だ!

 

無数の糸が飛び込んでいく。一部が槍を相殺した。私は糸の操作に集中する。文が迎撃の刃を放つけれど、それは一部を切り裂くだけ。更に、更にと私の腕から、それは繰られてる。糸と糸が繋がり合って、風の網となる。網と網が繋がり合って、あなたを捕える牢獄となる!

 

あなたがいくら素早くても、捕まえてしまえば逃げられはしない。その為の網、その為の牢獄だ。私の仮想敵はずっと、あなただった。素早いあなたをどうやって、確実に捕まえるかを考えて、これを思いついたんだ。そして今、その有用性は――私の手で、証明されようとしてる。

 

無限とも思える風の網が、遂に文の全方位を覆った。どれだけ風の刃を受けても、それはすぐに繋がり合う。竜巻をぶつけても、何重もの網は相殺しきらない。閉じ込められた文は――終始、笑っていた。まるで何ともないかのように。文はいつだってそうだ。更に私は、左手を振り払う!

 

風の牢獄から風の糸が飛び出す。何本も、何本もだ。文とてとても、いなせる量ではないはずだ。かわしそこねた左足に、糸が巻き付く、糸がそこに殺到する。左足を完全に拘束した。右腕も続いた。胴体を巻き付けた。もう、いいはずだ。私は――扇を掴み直し、右腕で高く掲げた!

 

牢獄が、急激に狭まっていく。風と風が近付き合って、渦を巻き始める。瞬間、内部に電撃が走った。回転する風がそれを生み出してるんだ。誰にも教えた事のない、私だけの技だ。やがて巨大な風の渦となって、犠牲者は内部に閉じ込められたまま、風の洗礼を受ける事になる!

 

「――私の勝ちだよ、文!!」

 

牢獄は完全に収縮した。文の姿は見えない。今頃、中心に拘束されたまま、全身を叩きのめされてるはずだ。死にはしない。文はこのくらいで死んだりしない。私は扇を下ろし、目前の仕業を見つめた。私は――笑おうとしたけど、笑えなかった。何だか、ただ呆然としていた。

 

「――ほうほう。それで、勝利の味はいかがかな?」

 

瞬間、あれほど烈しかった渦が、巨大な竜巻に巻き込まれて弾け飛んだ。風の牢獄も吹き飛ばされていた。そこに浮かんでいたのは――文だ。衣装が少しほつれてるけど、まだまだ平気とばかりに、こちらに扇を向けた。挨拶代わりに、槍が三本。私は慌てて、大周りに回避した。

 

「竜巻は私の得意分野と、前に言ったでしょう」

 

「――!!」

 

「逆回転の風をぶつければ、それは消えてしまうものですよ」

 

並の相手なら必殺でしたでしょうがね。文はそう評価すると、私に向けて――風の鞭を、いくつも繰ってきた! それはおよそ六本。私よりずっと少ないけれど、ずっと早い。風の壁を繰る――間に合わない! 左足にそれが巻き付く。右腕に。胴体に。ギリギリとそれが拘束する。

 

「一度見れば、覚えるのは容易い。応用もですね」

 

文は私に扇を向け、高く掲げた! これは――文の得意技が、来る!!――私は抗おうと手足をよじった。ダメだ。何か手は、何か手はないか。苦し紛れに風の球体を繰り、身を守ろうとする。無駄なのはわかってる。でも今は、それくらいしかできる事がない。身を縮める。

 

――巨大な竜巻が、私を中心に巻き起こった。その数、およそ五。複雑な風の流れが、私の身体を完全に固定していた。風が強すぎて、まったく動けない。私には――悔しいけれど、真似は出来ない。そこまで風の働きに精通してる訳じゃない。たぶん、地力と経験が足りてないんだ。

 

――そんな事を考えてる場合じゃなかった。球体は弾け、風の刃が衣装を、頬を、四肢を、切り刻み始めていた。私は必死に打開策を探った。文が竜巻を繰る時は、どうだった? 私に見せつけた時は? 文は自分の技について、何を――そうだ。答えはさっき、聞いたじゃないか!

 

私は竜巻を繰った。槍や渦と違って、あまり得意な方じゃない。それでも。私はいつも、誰よりも風を繰れたじゃないか。風を繰る。普段とは逆回転の竜巻だ。不慣れな上に、初めての事をしようとしてるんだ。私は集中した。刃が髪を切り落とした。衣装の袖が斬られ、飛んで行った。

 

――それでも、私は繰り切った! 扇を高く掲げ、逆回転の竜巻を巻き起こす!! ゴウゴウ、と立ち上った巨大――いや、超巨大な竜巻が周囲の竜巻を弾き飛ばした。天に昇るかという勢い。中心の私に確かな手ごたえを与えた。助かった。けど――それだけじゃ、済ませないんだから。

 

私は竜巻から飛び出すと、それを文に向けて前進させた。文は当然、それを避けようとするけれど、その前に私は風を繰り終えていた。風の鞭。確かに、一度見れば、覚えるのは容易いかもしれない。手の内を晒してはならない。その通りだ。文の言う事は大体、参考になってるよ。

 

およそ三十本の鞭が、文に向けて飛来する。鞭は芸術的な回避をしかし運良くかいくぐり、その内の一本が、奇跡的に文を捉えた。両足を拘束する。瞬間、残りの鞭が文の身体に殺到する! 私は鞭を必死に掴んだ。文の力は強い。全力で引き続けなければ逃げられてしまう。

 

竜巻が近付く。私には見た事もないような大きさの竜巻だ。こんなものに巻かれたらタダじゃすまない。文はそれに――巻き込まれた! 烈しく回転するのを見た。それでも私は、油断しなかった。経験に学ばなきゃならない。扇を構え、神経を尖らせる。何が起きても動転しないように。

 

その時だった。文らしきものが、きりもみ回転しながら地面に叩きつけられた。私はそれを視認した瞬間、風の槍を繰れるだけ叩き付けた。砂埃が舞う。私はそれから目を離さない。やがて――現れたそれは、文じゃなかった。薙刀だ。薙刀だけがそこにある。私は咄嗟に飛び上がった。

 

風の刃が三つ、足元を通り過ぎていく。私は後方を――文を睨んだ。文は大分、傷を受けたようだ。そこかしこから血を流してる。私はまた一つ、ミスを犯した。視野を狭くし過ぎてもいけないんだと。きっと文は上空に跳ね跳び、身代わりに薙刀を落として欺瞞したんだろう。

 

文が繰った槍を、大回りでかわす。私にはギリギリでかわせる腕前はない。それは欠点だ。それも、致命的な。文は素早く地面に降り立つと、突き立った薙刀を抜き、こちらを手招いた。私は――挑発に乗った。風の勝負では多分、私が勝ったんだ。それ以外でも、負けるもんか。

 

―――

 

  ―――

 

薙刀を構え、睨み合う。片手に扇を保持したまま、薙刀を両手で握る。時に斬撃が、時に風が飛ぶ戦いだ。遠距離以上に、油断はできない。互いの刃に風が渦巻いた。先に仕掛けるのは、どちらだ。私は――風を繰らず、突撃した! 不意をついたつもりだった。今は、主導権が欲しい!

 

文は風の壁を繰っていた。どうやら私の勘が、一つ当たったみたいだ。それを薙ぎ払い、薙刀を構え直す文に、思い切り突き込む!――しかし、背を逸らして寸前で避けられた。文のこの回避能力は本当にインチキ臭い。修錬場の誰も、教官だって、そこまでは出来ないのに。

 

私は態勢を立て直して、更に突き込み、切り払った。やはり寸前でかわされる。まるで弄ばれてるみたいだ。私が手を出せないのを確認し終わったかのように、文は動いた。上段から大振りな斬撃。私は何とかそれをかわす。捩じり、再び振り上げられた刃を――何とか、刃で受けた!

 

鍔迫り合いだ。当然のように、私は不利だ。もっと腕力が必要だと思った。思うだけではどうにもならない。私は、あの時と同じ戦法を取ろうと思ったけど――それは取っておく事にした。あれは文にタネが割れてる。きっと簡単に対処されてしまうだろう。刃が、きしむ。

 

それを打ち払ったのは、文の方だった。正面からの縦斬り! 後退してかわすと、背の風を蹴っての必殺の突き! 左に避ける。強烈な薙ぎ払い!――完全に圧されてる。片手に持ち替える暇がなければ、風に頼る事も出来ない。後ろに飛び退いて、距離を取る。文は追ってこない。

 

薙刀を片手に持ち替え、扇を高く掲げる。周囲に渦を七つ、風の槍を三つ繰った。いくら文でも、渦を真正面からは突き抜けられない。とりあえず突撃を阻止したかった。どうにも後ろ向きだけど、今は考える時間が欲しい。風の槍を再び寸前でかわした文は――まだ、何もしてこない。

 

――私は渦を四散させ、薙刀を構え、突撃をかけた! 手があったかなかったかと言えば、あった。文を横薙ぎに払う。これは飛び上がってかわされる。上から突き下ろされる。これを柄で受け、逆に下方から斬り上げる。しかしそれは飛びかわされる。私達は同時に距離を取る――

 

やっぱりだ。文は常にギリギリで避けようとする。ならもし、ギリギリで避けられない攻撃を放てばどうなる? 私の手の中で一瞬、風がうごめいた。今度は――文から仕掛けてきた! 突き、そして薙ぎ払いだ。私は避け、刃でいなした。私が突き返し、再び、同時に距離を取った。

 

今ならいける。私は風に集中した。扇を使わなくても、私はこれくらいできる。薙ぎ払い。けれどタダの薙ぎ払いじゃない。倍は伸びる。寸前でかわそうとすれば、深く切り裂かれる事になる。私はニヤリ、と笑った。例えタネがばれていても、これならきっと、文にも通じる。

 

私は思い切って仕掛けた。横薙ぎを避けられる。反転した薙ぎを、やはり避けられる。文の刺突が割り込もうとする。……今だ! 私は逆に薙ぎ払う。その刃先には、風を帯びて倍の長さになった、必殺の刃が――届いたはずなんだ。それなのに、文は悠々と避けた。なんで? どうして?

 

身体を逸らし、片手で突き返された刃が、私の脚を裂いた。傷は浅くない。一瞬の苦痛が、動きを鈍らせる。文は石突で私を殴り付けると、私の薙刀に刃の背を思い切り叩き付けてきた。武器を落とそうとしてる。保持するのがやっとだ。目的が成らぬと見てか、文は距離を取った。

 

「はい。残念でした」

 

「…………」

 

「見てから避けている訳ではありませんからね。

 まあ、あなたも今にわかりますよ。百年くらいしたらね」

 

私はちょっと、カチンときた。こんな風に、文はいつも年長者振るんだ。まあ事実だからしょうがないけど。……そんな事を考えてる場合じゃない。私に向けて振り下ろされる刃を、刃で受ける。また、鍔迫り合いだ。さっきよりも強い。押し倒す気だ。私は耐えかね、後方に弾かれた。

 

苦し紛れに、薙刀を投擲した。勿論、ただ捨てた訳じゃない。それは戻ってくる。背後から敵を襲いつつ、ね。文はそれを見もせずに身体を反ってかわし、私に向けて四本の風の槍を放った。同数の風の刃でそれを迎撃し、風の鞭をいくつも繰った。……無理。早々捕まるものじゃない。

 

薙刀が戻ってくる。タイミングが悪い。文は今、フリーなんだ。私は風の槍をむやみやたらに投擲するけど、それは寸前ですべて回避されてしまう。回り込む文を追って、薙刀が左右にぶれる。追尾すればするほど、文の術中に嵌ってる気がする。私は手を伸ばし、薙刀を受け止め――

 

ダメだ。文は飛び来る薙刀を、後ろを見もせずに薙ぎ落とした。風が解け、推進力を失った薙刀が地面へと落ちていく。私は慌ててそれを拾いに行こうとして――文の視線を感じ、寸前で思い留まった。私は手刀を構え、風を通わせた。文相手に、何処まで通じるかはわからない、けど――

 

でも、そうはならなかった。文は私に向けて薙刀を投擲した。私は慌てたけれど――上手く、それを掴み取った。文は地面に飛び込んでいた。刺さった薙刀を抜いて、私に手を振った。……もう、頭にきたぞ。あれは、もう一度やってみなさい、ってポーズだ。言われなくてもわかる。

 

――私達は、何度でも睨み合う。今の私は完全に遊ばれてる。奇策を用いてもダメだ。勿論、正面も。生憎と隠し玉は使ってしまった。考えろ。考えるんだ。絶対に手はあるはずなんだ。へらへらと笑う文を睨み――不意に、風が凪いだ。私の耳――いや、感覚に何かが引っかかった。

 

その時、文が仕掛けた! 風の刃を三本繰り、私の方に飛び込んでくる! 私がそれらを薙ぎ払うと、もう文は目の前にいる。斜めからの斬り上げ。反転して斬り下ろし。更に己を縦回転させての強烈な斬り上げ。すべては避けられない。最後の攻撃を避け切れず、胸を浅く切り裂かれた。

 

痛みと共に、距離を取る。だけど、私は妙に冷静だった。再び、感覚に何かが引っかかったんだ。文の放った風の刃に、確かな霊力の流れを感じた。今まで気付かなかったけど、絶対そうだ。もしかすると――文は空気を伝わる波を感じ取って、ギリギリで攻撃を避けてるんじゃないか?

 

自分の繰った穂先の風の流れを見る。確かに霊力が流れてる。それを感知できるなら、後はそれをかわせるか否か。私の中で、何かが噛み合った気がする。今まで何気なく繰っていた風を、一つ理解できたような。それが本当に、気付きなのかどうかは――やってみれば、わかる!

 

私は見える範囲すべてに周囲と逆方向の風を繰り、意図的に凪を作り出した。これで風の、霊力の流れがはっきりとわかる。文は多分、それに気付いていた。でも、意図まではわからなかったに違いない。文が再び、突っ込んでくる。必殺の突き。当たらない。当たるもんか。……今だ!

 

私は――文の突きを寸前で回避しながら、文の腹に向けて回転蹴りを放つ!――文が怯んだ! 私は頭上で薙刀を回転させ、思い切り斬り下ろした。それは柄で防がれたけれど、一本取ったのは変わらない。柄ごと文を蹴り落として、距離を取る。何だか、段々とわかってきたぞ。

 

私は凪を解除し、十四本の槍を、今度は螺旋状に繰った。少し難しい。けれど、それだけの効果はあったみたいだ。文は大回りでそれをかわす。風と風とが合わさる所で、流れを判別するのは難しい。寸前の回避はリスクが高いから、妥協してそうしたに違いない。それなら、こうだ!

 

自分自身が槍になる。文に教わった戦法だ。あれにはこういう意味があったんだ。私は深く集中し――初めて繰れた、十八本の槍と共に突撃をかけた! 文は風の壁を幾重にも立てる。大きな竜巻を起こす。けれど、同時に繰れる数なら、こっちが上なんだ!――百年分を、今返してやる!

 

六本の槍が竜巻を散らす。六本の槍が壁を一つ、二つ、三つ貫通する。文は飛びのこうとした。……今だけは、文が遅い! 私は三本の槍を加速させ、その後ろについた。文はそれを薙ぎ払い――風の一本が肩に直撃した! 遅れて到着した三本と、私は同時に薙刀を突き込む――!

 

文は刃で刃を受け、思い切り私を突き飛ばした。下に飛び込むように槍を避け――避け切れない! 一本が脚をかすめた。勿論、私も飛び込む。文の柄を狙って、重力を乗せた斬撃を放つ!――当たった! 文は薙刀を取り落とした。私は扇を掲げ、ここ一番の突風を、思い切り繰る!

 

風を受けた薙刀が、場外へと飛び、突き刺さった。抵抗力を奪い、有効打を与えた。普通なら、これで私の勝ちだ。けれど、文は――扇を放り捨て、私を挑発した。私は当然、それに乗る。薙刀と扇を手放した。それは風に舞い、場外に転がっていく。観覧席が俄かにどよめいた。

 

わかってる。これで勝たなきゃ、あなたを超えたとは言えない。互いに手刀を構え、風を通わせた。出来るか出来ないかで言えば、私が敵う要素なんてない。それでも、今まで戦いの中で成長してきたじゃないか。勝ち目がないなんて思わない。だって私は、文よりずっと傲慢なんだもん!

 

―――

 

  ―――

 

結論から言えば、無理でした。うん。今私は、文に押して押して押しまくられてる。風を集中させる暇もない。場外に叩き出される勢いだ。まるで今までのそれは児戯に過ぎなかったと言わんばかりに、容赦なく手刀が飛ぶ。蹴りが来る。体当たりに締め技、終いには頭突きまで。

 

流石、かつては汚い天狗と呼ばr――これを言うと文は怒るんだった。それはともかく、私だって抵抗はしてる。手刀に手刀を合わせ、竜巻を押し付け――る前に、文はすぐ射程外に退がりつつ飛び上がり、今度は頭に向けて踵落としをかける。これをかわせば、踏みつけが追ってくる。

 

攻撃が淀みなく立て続けに来るんだ。休む暇など与えない。私が文の立場だったらそうする。多分文は、一週間前の奥の手を見てたんだと思う。逆に言えば、それを押し付ける事が出来れば、勝ち目があるのかも。……けどそれは、考えるだに無謀だ。あの時はなんとか、互角に持ち込めた。

 

今、一か所に風を集めるなんて事をすれば、きっとあっという間にボコボコにされる。クロス腕で手刀を受け止めながら、考えを巡らす。考えてどうにかなるレベルを超えてるかもしれないけど、投げ出しちゃダメだ。必ず希望は――あ、髪留めが片方吹っ飛んだ。幾束の髪が宙を舞う。

 

――待てよ? 髪?――それだ! この手は一回しか使えない。手刀に旋風を押し付け、文は飛び上がり、踏みつけを――今だ! 私は旋風の刃を自分自身に当て、残っていた髪留めもろとも、髪を引きちぎったんだ。髪が蹴りに巻かれて、文の視界を塞ぐ。一瞬だけど、文は狼狽した。

 

それだけあれば十分だった。私はすべての風を右腕に回して、文を迎撃した。文の身体は旋風に飛び込み――全身をしたかかに叩きのめされながら、上方に跳ねた。まだだ。私は右腕の旋風を切り離し、左腕に旋風を繰った。態勢を立て直す暇を与えない。あなたがそう教えてくれたんだ。

 

二度、三度と旋風を打ち上げ、ぼろぼろになった文の身体に飛び込んだ。文は完全に無防備だ。右脚に風を収束し、思い切り踵落としを放つ。文の身体は遥か地面へと叩きつけられ、烈しくバウンドしながら転がった。烏天狗にとってこれは、如何にも無様だ。私はまだ、警戒を解かない。

 

――文は立ち上がった。その顔にもう、人をバカにしたような笑みはなかった。飛び上がった文は私に手刀を向け、じり、と近付く。私はそれに両腕の旋風で応える。奥の手は使い切った。後は――何とかして、文に膝をつかせなきゃいけない。やれるか?――当然! やってみせるとも!

 

文が仕掛ける! 突き込まれた貫手を――寸前で避け、頭にハイキックをかます。それは頭を振ってかわされるけど――畳みかける! 回転蹴りの追撃、そして踵落としを仕掛けた! 文は――踵落としを避け切れず、態勢を大きく崩した。正面を向かんと、翼がバサリ、と鳴いた。

 

いいや、休む暇は与えない。腹に貫手をみまう。腕に旋風の衝撃が通い――押し通した! 腹を激しく打ち据えられ、文は後退する。私は旋風を文に向けて切り離し、とどめの一撃をかける。やれる。右脚に旋風をまとわせ、蹴りをみまう! この一撃で――決まる、はずだった。

 

文は切り離した旋風を片腕で弾き飛ばした。私の渾身の蹴りをいなし、掴んだ。凄まじい力だった。私はあっという間もなく振り回され、地面に向けて叩きつけられた。肺の空気がすべて吐き出され、私は激しくせき込んだ。見上げる文の姿に、私は思わず震えた。とてつもない、威圧感。

 

「強者の余裕――なんて甘い考えは、捨てましょう」

 

文の四肢の風が、まるで爪のように繰られた。

 

「もう、手加減は出来ません。……死なないでくださいよ、はたて」

 

恐ろしい台詞と共に、文が飛び込んできた! 私は地面を蹴ってそれをかわす――ダメだ、あまりにも疾い! 身体を捩じる私に、すれ違いざまの刃が襲う。とても迎撃出来る疾さじゃない。片肩が深々と引き裂かれる。向き直る暇もない。反転した文の爪が迫り――脇腹が切り裂かれる!

 

庇おうとした腕が深く切り裂かれる。旋風を貫通するほどの刃が突き込まれる。文は即座に反転、背中を引き裂かれた。空中で回転しながらの踵落とし。防ぎきれない。地面に叩き落とされる。そこに文が覆い被さる。刃が喉を狙い――危うく転がってかわした。飛び上がるも、刃が迫る。

 

文は風を蹴り、急激に反転しながら私を切り裂き、角度を変えて更に反転し、私を切り裂き――ダメだ。接触は一瞬だ。今までもそうだったけど、それ以上の速度だ。反撃どころが防御だって間に合わない。今度はどっちから来る? 上か? 下か?――見えない! わからない!!

 

文は、今までの文じゃない。殆どが急所狙いだ。明らかに私を殺す気で攻撃してる。目視を、霊力の流れを、感じる暇もない。私の反応速度を遥かに超えた攻撃。爪を振りぬかれる度に、私は切り刻まれていく。これ以上深手を負ったら――本当に、殺されてしまうかもしれない――!!

 

「――はたて、降参なさい!」

 

「やなこった!」

 

軽口を叩いて、何とか自分を鼓舞する。私は自分を中心に大渦を繰った。如何にも泥縄な防戦だけど、今はこれしかない。飛び来る文に、旋風を向ける。接触する寸前をいなす事が出来れば、何とでもなるはずだ。何か、手段は――そうだ! あの時は上手くいかなかったけど、今なら!

 

私は風の糸を繰った。扇がない今でも、風の網を一面くらいは繰れるはずだ。これで文を捕まえる。私は手を招き、文を挑発した。文が――飛び込んでくる! 私は後方に風の網を広げ、クロス腕で攻撃に備えた。あんのじょう文は私の顔を切り裂こうとする。大渦に文が飛び込んだ!

 

その瞬間、私もろとも風の網が、文を捕まえる。網は巾着のように閉じた。大渦を繰る私を、文はギロリと睨み――激しい打撃と共にはじき出される! 網でバウンドした文が更に渦へと接触する! 更に文が、更に文が接触し、叩きのめされる! 今こそ、大渦に全力で集中する!

 

文はもう、まともに飛ぶ事はできないようだった。力なく大渦に接触しては叩きのめされ、網がそれを大渦へと跳ね飛ばす。今こそ――とどめを刺す時だ! 私は疾風を片腕、あらんかぎりを集中させ、ボロボロになったその姿に最後の打撃をみまう!――文は遂に、網の中へ倒れ込んだ。

 

文の四肢から、風が四散する。網を解除すると、文はそのまま地面に落下した。もう、反応は返ってこない。……もしかして、殺しちゃった? 私の心配は――しかし杞憂だった。文はゆっくりと起き上がると、腕を振った。降参の合図。観覧席――いいや。世界は今、静かだった。

 

……えっと。もしかして私、文に勝ったの……?――夢じゃない?――いや、夢なんかじゃない。私は観覧席に向けて、手を振った。観覧席はざわざわとどよめいた。椛が手を振ってるのが見える。烏の一団が私を見てる。白狼達がわちゃわちゃと手を振った。教官がむせび泣いてる。

 

私は地面に下り、文に肩を貸そうとした。「――あなたもぼろぼろでしょうに」「平気」私は肩を貸して――いや、肩を貸し合った。「負けましたよ。わたくしめ、完敗です」「嘘」私は少し、ムカついた。「最初からずっと手加減してたくせに」「大人の余裕というものですよ、はたて」

 

「まあ――負けたというのは、本当です。適当に揉んでやろうと思っていたのですが。あなたは想像していた以上に才能がある」「でしょ?」「おや、調子に乗りなさる」文は私の顔を見た。私も文を見た。「「傲慢であらずば、何が天狗か」」どちらからともなく、悪い笑みを浮かべた。

 

―――

 

  ―――

 

六本の風の槍を繰り、私は烏に突撃した。慌てた様子で風の壁が繰られるけれど、それは悪手だ。一本が風の壁を容易く貫き、二本が烏に襲い掛かる。大回りにかわした所に、追いすがった私が薙刀を振るう、剣と薙刀とが激しく打ち合い、火花が散った。押し付ける。こちらが優勢だ。

 

互いに打ち払って距離を取る。私は敢えて追撃せず、三本の槍を繰る。烏は、今度は風の壁を立てなかった。風の刃でそれを一本ずつ相殺し、逆にこちらへ槍を二本、投擲してきた。それを寸前でかわしてみせると――私はニヤリと笑った。立て続けに二十四本の風の槍を繰る。

 

とても相殺しきらない数だ。烏は大回りになんとかかわし――た所に、三つの風の刃。けど、ギリギリで相殺が間に合ったようだ。まあ、安心するのはまだ早い。烏がこちらに突き飛ばされた。背後に回り込んだ風の鎚が、背中を叩いたんだ。まだ墜落はしない。してもらっちゃ困る。

 

間髪置かず、鋭く伸びる風の鞭を繰り――烏の右足を拘束した。狼狽える暇も与えない。私はそれを思い切り引き寄せ、片脚に通わせた旋風で、蹴りを放つ。烏は対応しきらず、それを右腕にまともに受けた。扇が落ちる――けど、烏は果敢にも、立ち向かってくる。そうでなくちゃ。

 

私は放たれた斬撃、その悉くを寸前でかわし、前蹴りで距離を取った。扇を捨てる。薙刀を両手で握り、烏に迫る。徐々に逃げ腰になってきた。それは違うよ。逃げるのは負けた後でいい。私は薙刀を構え、烏に突撃をかける! 烏は飛び上がり、剣を振り下ろす――けど、遅い!

 

私はそれを寸前で避け、石突で頭を思い切り打ち据えた。朦朧とした烏に更に石突をみまう。意識を取り戻した烏が、それを避けながら突き返してくる。身体をひねって剣をかわし、刃を逆に突き込む。烏はこれを避け切らない。刃が首を切り裂く瞬間――私はそれを、引き戻す。

 

模擬戦が始まってから、私は烏が何回死んでたかをカウントしてた。我ながら悪趣味だけど、これは必要な事だ。終始手加減する、なんてのは、誰かさんとそっくりになってきたと思う。……と。大振りな斬撃だ。私はそれに蹴りで応えた。刃を叩かれた烏が怯む。いや、まだまだ。

 

二度、三度と回転蹴りを放つ。クロス腕で防戦した烏の手を掴み、無理矢理に剣をもぎ取る。薙刀を捨て、正眼に構える。それは手に馴染んでる。手立てもなく手刀を構える烏を、私は薙ぎ払い――通わせた風を、刃のように飛ばす! 今は訓練生も一部、これをできるようになった。

 

この子はまだまだ、ひよこちゃんだ。幾度かの刃を飛ばした後、それを十分回避できるのを確認した私は、剣を捨てた。手刀を構える。双方、睨み合う。この子は多分、勝てる訳がないと思ってる。いいや。例えそうでも、やってみなければわからない。私がそうだったみたいに、ね。

 

観覧席からヤジが聞こえた。文の声だ。訓練生は目の前のひよこちゃんを応援してる。何だか、悪役が板についてきた気がするな。でもそれも、必要な事なんだ。後進を鍛え、己を乗り越えさせてこそ――って、教官も言ってた。ま、今はまだ、乗り越えさせる気なんかないけどね!

 

「さあ!――あなたの全力、私が見届けてあげる!」

 

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