―実る邪恋―
私は、私を見た。お前は、お前を見つめていた。
「おう、秋だぜ」私は元気だぜ。舞い狂う空の中は、秋の装いにはちょいとばかし寒いかもしれない。そろそろ冬服を引っ張り出さないとな。「おーい! いないなら返事しろー!!」私の問いに、お前は縁側に出る事で答えたな。温かいお茶を携えて。そうそう、こうでなくちゃな。
舞い降りた私の顔を見て、お前は隣に顔を向けた。極めて珍しい事に、そこには饅頭が二つ。「今日は随分ご機嫌じゃないか」「大食らいが置いていったのよ。極めて珍しく、ね」どうも心の中を読まれていたらしい。「食べていいのか?」「二つは多いし」返事を聞く前に、私は半分に割っていた。
霊夢は少しばかり、苛立っているように思えた。理由はわからない。どうせ華扇辺りが説教したんだろうとは思ったが、想像するだけ無駄だ。終わってしまった事を振り返っても仕方がない。どんな時でも飛び込んで、ぶち抜いてやるのが魔理沙さんだ。
「なあ、コイバナしようぜ」「そういう気分じゃないわ」「そんな事言わずにさ、今日は二人、愛を語りあろう…なんてな」「…だから、嫌だって言っているでしょ」「なんだよ、ご機嫌ナナメか?」いつもの軽口。…私の言葉は、…或いは、霊夢の中の何かを土足で踏み荒らしたのかもしれない。
「あんたは自分勝手なのよ」霊夢はうつむき、答えた。「…あんたが好きなのは、私じゃなくて、恋をするあんた自身じゃないの?」顔を上げた。「薄々感じてはいたわ。あんたの目は、本当の私を見てはいないって」霊夢の瞳は、今までとは違う、私の知らない闇を湛えていた。
私は咄嗟に打ち消そうとした。できなかった。霊夢の言葉が私の中に深々と突き刺さっていたから。私はお前を見ていない。お前の言葉を反芻する――私は、お前自身ではなく。お前を好きな私を、恋する私を好いていたのか? そんな事は考えた事もなかった。考えなければならなかったのに。
「ごめん、霊夢、いや、そのさ。私が悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ。本当に――」霊夢は手で制した。「別に、私の事なんて見てくれなくてもいいわ。…私も、似たような事を考えていたんだもの」…一瞬、言葉の意味を、理解できなかった。…お前は、私の事が、好きじゃなかったのか?
「あんたに言ってて、気付いたわ。私はあんたを好いてなんかいないって。そうであるなら、説明がつく。私はあんたの、自由な姿を羨む私を、縛られる私自身を好いていた。あんたの事は、どうでもよかった」霊夢の瞳は、変わらない闇を湛えていた。私を強く、拒むような瞳。
「ごめんなさい、とでも言えばいいのかしら。…違うわね。私はあんたと、縁を切るべきだわ。もう二度と、自分自身を求めない為に」霊夢の言葉は、至極本気に聞こえた。…聞こえただけじゃない。今にもそれは、実行されようとしていたんじゃないか。二人の間に、沈黙が割り込んだ。
戸惑い…いや、罪の意識…違う。これは邪恋だ。今までの私達の。…これがお前への、最後の言葉だ。届かなければ、二人は終わりだ。そう思った。思ったから、絞り出した。遠くへ去ろうとするお前を、少しでも繋ぎとめたい。身勝手な祈りが、私を突き動かしたんだ。
「なあ、霊夢」
「――これから、好きになってもいいかな?」
霊夢が、こちらを見た。「いいわよ。――私もあなたを、好きになりたくなったから」その瞳は、いつものお前だった。けだるげな顔をした、お前。私の中で堕ち続ける私を、お前が引き上げてくれた。…その場の勢いもあったように思う。お前の顔に手を当てると、私は素早く――キスをした。
お前は困惑していたな。そうだろう。私だってそうだ。赤くなるのも、ほとんど同時だったに違いない。二人とも、縁側に座り直し、顔を背けた。恥ずかしくて、お前を見ていられなかった。私からやった事なのに、なんてザマだ。思いはしたが、次ぐ言葉は中々出てこなかった。
「キスから始まる恋もあるんだぜ」お前は顔を背けたまま、意図を計りかねていたな。私だってそうだ。キスから始まった恋なんて、私だって未体験だ。どう転ぶかなんて、私にはわからない。ただただ、新たな――いや、元々そこにあった恋の、始まりを予感させた。
おずおずと伸ばした手を、お前は取ってくれた。なんだよ。キスまでしたのに、今更初心な反応なんて、順番がおかしいぜ。互いを向いて、見つめ合った。まだ気恥ずかしいが、じっと見つめていた。両手を握り合って、再びキスをした。このぬくもりが時に愛を狂わせ、恋を語るんだ。
――茶はすっかり冷めていた。私は手を伸ばして、お前の肩に当てた。優しく引き寄せるには、恋の階段はまだまだ遠い。肩から手を離した。その代わりに、右手を伸ばした。お前の左手が、それを取った。そうだな。こういうのも、悪くない。
私は、お前を見た。お前は、私を見つめていた。