【完結】街からウマ娘が消えた日   作:粋成

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本作品は実際に起きた出来事をモデルにしていますが、全てが史実通りではありません。ご了承ください。


9月23日

「荒尾レース場の存続のため、署名のご協力をお願いしまーす!」

「「「おねがいしまーす!」」」

 

 今日は開催日。

 荒尾レース場には早い時間から沢山の人が流れ込んでいた。市議会での正式な廃止表明があって一段と増えていた来場者の数も、最近は少し落ち着き気味だ。

 緑を基調とした建物の入場門をくぐった入場者たちは、少し歩いた所にある名物の露店通りの近くでウマ娘が並んでいるのに気づいた。

 

 精一杯に声を張り上げているのは今日の出走予定がないオフのウマ娘たちだ。めいめいが手にクリップボードを持ち、パドックへ歩く人々の注意を引こうと試みている。

 その中でも、一際気合が入っているのがエイシンコンドルだった。

 

 

 

「力を合わせて荒尾レース場を守りましょう!署名お願いしまーす!」

 

 一緒に呼びかけをしている後輩たちをも元気付けるためにも、私は誰よりも声を出そうと心掛けていた。

 入場してくるお客さん達は揃いも揃って、懐かしむような、惜しむような表情を作っている。まるで廃止を受け入れてしまったような様子の人達に「まだ私たちは諦めてなんかいない!」と訴えたくて、私は懸命に声を上げていた。

 

 有難いことに沢山の人が署名に手伝ってくれている。呼びかけが響いたのか、記入欄が一杯になった署名用紙が次々と量産されていた。おかげで書類をまとめる係の後輩はてんてこ舞いだ。

 一体何人分の署名を集めれば良いのかは分からない。けれども、ほぼ全員のお客さんが協力してくれる光景が嬉しかった。

 

「おう、()()()()()。今日は走らんとかえ?」

 

 人の流れからぬるりと現れた常連のおっちゃんが気さくに話しかけてくる。

 今日はオフだと伝えると「そうかい。じゃあ今日はイマリが走るんやな」と歯を出して笑い、すらすらと用紙に名前を書いてくれる。

 もう何度となく顔を見たおっちゃんの名前を、今まで知らなかった事に気が付いた。

 

「募金でもやってくれたら幾らでも入れるけどなあ。……来週も来るけん、そん時は頼むばい」

「はい!また来週、今度は私のレースも見に来てください!」

「おーう、応援しとるけんね〜」

 

 去り際に手を挙げ、そそくさとパドックを見に行く背中が大きく見える。

 こうやってお客さんに声を掛けられるのは今回が初めてではなかった。朝からずっと、見覚えのある人もそうでない人も励ましてくれる。それがとても心強くて、話すたびに心の底からの笑顔が浮かんだ。胸が感謝でいっぱいになった。

 

 けれども、同時に少しだけやるせない気持ちも湧く。

 これだけの数の人が応援して支えてくれる荒尾レース場でも、市長さんが感情を圧し殺して廃止を決めなくてはいけないほど追い詰められている。温かい言葉を交わすたびにその厳しい現状をひしひしと感じ取ることができて、今までずっと目を逸らし続けていたモノと相対する苦みがじわじわと込み上げてきていた。

 

「嬢ちゃん、署名ばここでしよるかや(しているの)?」

 

 しかし今の私にうじうじ考えている暇はない。署名希望者が続々と訪れて、私に声を投げかけてくれる。

 電動カートに乗ったお爺ちゃん、この人も常連だ。ファンサービスの機会があるたびに「わしは荒尾レース場ができた時から通っとるんたい!」と豪語するのを苦笑いで流すのがお決まりだけれど、なんだかそれが憎めない、私たちにとっても名物のような人だった。

 

「わしの目が黒いうちは絶対に壊させんぞ、あん(あの)市長は血も涙も通っとらんのか」

 

 いつもは皺くちゃの笑顔を浮かべるお爺ちゃんが珍しく顔を怒りに染めている。怒りのせいか、それとも歳のせいか、少し手を震わせながらも力強い手つきで達筆に名前を書いた。やっぱり初めて知った名前。

 「真栄田のバカは次の選挙で絶対落としちゃる!」と息巻くお爺ちゃんの言葉を一瞬否定したくなったが、我慢して笑顔を作る。本心がどうであれ、廃止を決定したのは間違いなく市長さんだ。勘違いしてはいけない。

 けれども、心の底で燻る葛藤は消えなかった。

 

 その後も続々とお客さんがやってきては言葉を交わす。老若男女、いろんな人たちが話し掛けてくれる。これだけの数の人と喋ったのはいつぶりだろう?

 レース場とトレセンだけで生活が完結する私たちは、思ったよりも狭い世界で生きていたのかもしれない。

 

 沢山の笑顔を作って表情筋に少しずつ疲れを感じ始めたお昼時、レースが終わったマリが合流してきた。両手いっぱいに差し入れのお弁当を抱えてきた姿に後輩たちがわぁと歓声を上げて、疲労の色が出ていた雰囲気が一挙に若返る。

 露天でお昼ご飯にありつくお客さんたちの邪魔にならないように、一旦私たちは裏に()けることにした。お昼休憩だ。

 

「コンドル、お疲れ。首尾はどう?」

「いい感じだと思うわ。署名活動なんて初めてだから勝手は分からないけれどね」

「そうだよね、ぼくも初めてだからあんまり分からないや。荒尾市の人口を考えると1万人分は集めたいなぁ」

 

 スタッフ用の控え室を占拠して、適当なパイプ椅子に座りながら現状報告をする。

 1万人という数字は途方もなく大きく感じるが、今日の成果を考えれば全くあり得ない数でもない。マリの言葉を聞きながら私は皮算用をしていたけれど、何となく話題を切り替えたくなった。

 折角の憩いの時間なんだから今は別のことを考えていたい。

 

「そう言えばレースはどうだったの?勝てた?」

「ううん、2着。あと少しで負けちゃった。惜しい試合だったんだけどね」

「それでも2着なら十分じゃない!流石はマリね」

 

 マリが最後方からの大逆転劇を見せたあの日以降、荒尾のウマ娘はすごく真剣に走るようになった。どのレースも見応えのある熱戦になったお陰でお客さんの評判も良い。荒尾レース場は、間違いなく変わりつつある。

 しかし、みんなが真剣に走るという事は年齢で不利な私たちが勝ち辛くなる事を意味していた。最近は頑張ってもなかなか前に手が届かない試合ばかりだ。

 その中で拾った2着の価値はとても大きい。やっぱりマリは凄いなぁ。

 

 素直な賞賛の言葉を贈ると、彼女は少しだけ悔しさを滲ませながらも嬉しそうにはにかんだ。ゆらゆら揺れる尻尾に抑えきれない感情が現れている。

 

 遠くから微かに聞こえてくるお客さんの歓声と、室内でお弁当をつつく後輩たちがお喋りする元気な声が混ざり合い、場が居心地の良い空気で満たされていた。体と心の疲労が癒やされてゆくのが自分でも分かる。

 午前中の呼びかけに手応えを感じたお陰だろうか、何とも言えない満足感のような気持ちが湧いてきた。

 マリとの会話は途切れてしまったが、2人を包む優しい沈黙だけで私は充分だった。

 

「ふぅーっ、お待たせしました。一通り()()終わりましたよ!」

 

 食後の微睡(まどろ)みに甘えようか迷っていると、ヘイアンウエールズが外回りから帰ってきた。

 彼女も今日はオフだ。マリの指示によって開催日で賑わう荒尾レース場の写真をいろんな所で撮っていたけれど、ようやく一段落ついたらしい。

 

「ウェル、おつかれ〜。撮影ありがとうね、良い画が撮れた?」

「マリちゃんこそレースお疲れ様!どうかな、写真見てもらってもいい?」

 

 首に下げたデジカメを操作してこちらに向ける。

 すっかり目が覚めた私は、マリと一緒に小さな画面を覗き込んだ。

 

「凄くいいじゃない!ウェルちゃんには写真の才能あるかもしれないね」

「えへへ、そうですか?今度先輩のレースも撮ってあげますね」

「やったあ!楽しみにしてるわね」

 

 次々と表示される画像は、荒尾レース場の素顔を捉えていた。

 

 スタンドで応援するお客さんたちの眩しい笑顔。

 トラックを走るウマ娘たちの真剣な表情が、背後に立ち上る砂煙のスクリーンに映えている。

 露天のおじさんが小さな子供に売り物のみかんを手渡す瞬間。

 パドックで手を振るウマ娘と、湧き上がる観客。(くすのき)の緑と晴天の青、建物の白が調和している。

 

 署名活動をする場面の写真もあった。腰の曲がったおばあちゃんと私が話している姿。

 そうか、この時の私はこんなに明るい笑顔を浮かべていたんだ。

 

「……本当、良い写真ばかりだ。最高の仕事だよウェル。ありがとう」

「どういたしまして。有効活用してね?」

 

 驚きを含んだ口調のマリにデジカメを手渡すと、ウェルは軽やかな足取りでお弁当を取りに部屋の片隅へ向かった。

 受け取ったカメラを操作しながらマリはじっと画面を見つめている。その表情は凄く真剣で。

 

「コンドル」

「なあに?」

「午後の署名活動、ぼくに任せてほしい。君に頼みたい事ができた」

 

 下げた目線を動かさず、彼女は唐突にそう言ってきた。

 

 

◇◇◇

 

 

「おっ、どうしたんやコンちゃん。こんな所におったら()んな驚くばい」

 

 スタンドの中をうろうろしていると常連のおっちゃんに声を掛けられた。

 おっちゃんの言う通りだ。ウマ娘を観に来る場所で、肝心のウマ娘がお客さんに紛れて歩いていたら目立つだろう。しかも普段はトラックで走っている私が。

 でも、今は注目を集めるのを承知でこの場に来る理由があった。

 

「あぁ、どうも。少し用事があるんです。……今、お時間大丈夫ですか?ちょっとインタビューをしたいなと思ってるんですけれど」

よかよ(いいよ)、コンちゃんの頼みなら口座の暗証番号だって教えちゃる!99──」

「そ、そんなの言わなくて大丈夫ですから!」

 

 慌てて言葉を遮るとおっちゃんはガハハと豪快に笑った。どうやら冗談だったようだ。少しだけ私の口が尖る。

 

「もう、からかわないで下さいよ!聞きたいのは荒尾レース場についての事です」

「そうやろうな。ビデオも撮る()?」

 

 私が片手に持ったビデオカメラに目敏(めざと)くも気付くと、おっちゃんは撮影を快く了承してくれた。「コンちゃんから撮って貰うなんて変な気分くさ」と嬉しいような照れるような表情を浮かべ、和やかにインタビューが始まる。

 

「あなたにとって、荒尾レース場はどんな存在ですか?」

 

 少しだけかしこまって質問した私に、おっちゃんは少し考えてから答えてくれた。ちゃっかりカメラ目線だ。

 

「第二の家みたいなもんや。若い頃に別嬪(べっぴん)さんが沢山おるって聞いたけん(から)見に来たのが最初()ったけど、今はもうあんたらウマ娘が本当の娘に見えてしょうがない。昔はカミさんにしょっちゅう嫌味を言われとったが、一度連れてきてからカミさんも応援するようになったとよ。今日は来とらんけどコンちゃんも会ったことあるやろ?」

 

 はい、何回か。朧げに覚えている気の強そうなおばちゃんを思い浮かべながら答える。

 気の強そうな見た目ではあったけれど、機会がある度に差し入れをくれる優しい人だ。

 

「うちの娘が独り立ちしてからは寂しくてなあ、せめて孫の顔を見るまでは荒尾レース場には頑張って欲しいったい」

 

 おっちゃんはしんみりとした表情で言った。

 その表情の向く先が寂しくなったおっちゃんの生活の風景なのか、それとも更地にされた荒尾レース場の未来図なのか、私には判別がつかない。出来ることなら前者であってほしかったけれど、私にはただ黙っておっちゃんの話を聞くことしかできなかった。

 

「……と、こんなもんやな。どうくさ、力になれたらいいんやけど」

「はいっ、とっても助かりました!ありがとうございました」

「ところでビデオは何に使うと?テレビで流すんかい」

「いえ、これは──」

 

 いろんな思い出話をしてくれたおっちゃんが、語り尽くした満足の表情で尋ねてくる。

 答えは決まっていた。マリが用意してくれた、最善で最高の答え。

 

「荒尾レース場を守るための、布石ですよ」

 

 きょとんとした表情のおっちゃんに、私は小さくウインクしてみせた。

 

 

◇◇◇

 

 

『90も過ぎたら同い年の友達ばみーんな逝ってしまうけんね、もうレース場にしか知り合いがおらんったい』

 

『ここは海がよく見えて、景色が良いから心が和みますねぇ。あたしの憩いの場です』

 

『よく、デートで来てたんです。熱いレースと感動を彼女に見せてやりたくて……もう結婚して何年か経ちますが、今でも夫婦揃って見に来てます。なあ?』

『何言いよん(ってるのよ)!あんたが行きたい行きたいってうるさいけん来とるっちゃろう(てるんでしょうが)

 

『ぼく、たにのうぃんざーが好きなんだ!()()()()頑張れーっ!』

 

 お客さんの生きた声が、飾り気のない素顔が、ビデオカメラの映像を通じて訴えかけてくる。

 

『かれこれ30年以上やってますけれど、お客さんと話すのが生きがいです。ええ』

 

 ラーメン屋さんのおばちゃんが、

 

『荒尾のウマ娘の足はみーんな知っとる。もちろんお前さんの足もな。全部俺に任せてくれ』

 

 蹄鉄を作ってくれる職人のおじいさんが、

 

『私、今年で83歳なの。荒尾レース場と同い年。びっくりでしょう?ウマ娘さんのお洋服は全部私がやってますからバッチリですよ』

 

 服の裁縫や洗濯をしてくれるおばあちゃんが。

 

 誰もが揃いも揃ってハッとするような笑顔を浮かべて話してくれる。裏に何もない、輝く無色透明の笑顔。

 「コンドルにしかできない事なんだ。君じゃないとみんなの素顔は引き出せない」と熱弁していたマリの言葉の意味がわかった。本当に私にしかできない事か否かはさておき、日常のファンサービスですら中々見ない透き通った表情ばかり。外部の人が同じインタビューをしても間違いなく同じ結果にはならないだろうと確信できる程だった。

 荒尾のウマ娘にしかできない仕事だったのだろうと思う。

 

「やっぱり君に任せて正解だった。ありがとう、コンドル」

 

 ビデオを確認したマリは満足そうに言ってくれた。

 レース後にも関わらず、ウェルと一緒に午後の署名呼びかけを受け持った疲れが少しだけ見えるが、それ以上に嬉しそうにしている。

 

 彼女の計画は順調に進んでいた。

 

 ウェルが撮ってきた写真と、私が収録した映像。どちらも荒尾レース場を復活させるための足掛かりだった。この素材を元に荒尾レース場のPR動画を作ってインターネットに投稿する予定だ。

 インターネットならば文字通り世界中の人たちに発信することができる。もちろん日本中のウマ娘ファンにだって。私たちの大好きな荒尾レース場の雰囲気を、そして自慢の風景を知ってもらって、できるだけ多くの人の注目を集める事が狙いだった。

 決して上手くいく保証はない。でも、やらないよりはずっと良い。

 

 マリのお墨付きを貰ったところで、私たちは人気の消えたスタンドへ向かった。

 今日のレースも一通り終わり、ウイニングライブまではまだ少し暇がある時間帯。この隙に、荒尾のウマ娘全員がスタンド備え付きのライブステージに集合していた。

 お客さんたちが何事かと様子を窺っている中、最後の撮影が始まる。

 

「こんにちは、私たちは荒尾レース場所属のウマ娘です!私たちは今、大きな苦境に立たされています!」

 

 最前列の真ん中で、覚えてきたセリフを精一杯叫ぶ。

 スタンドの中段に設置したカメラから目を逸らさず、世界中へ届けと叫ぶ。

 

「このままでは、荒尾レース場は今年いっぱいで廃止されてしまいます!経営が苦しくて、沢山の赤字が出ているからです!」

 

「でも、私たちは決して諦めていません!毎日節約して、精一杯走ってお客さんに楽しんでもらって、明日のために頑張っています!」

 

 見物のお客さんが増えてきた。気を遣ってくれているのか、誰1人として声を発さない。

 

「だから、皆さんの力を貸してください!荒尾レース場を……私の後輩たちを守るために!」

 

 しんと静まり返ったスタンドに私の声だけが響く。西日の差すトラックと有明海を背負い、想いを吐露する。

 ところで逆光は大丈夫なのだろうか。

 

「どんなに小さなことでも構いません!レース場の廃止を食い止めるため、協力をお願いします!せーのっ」

 

「「「ふんばれ、荒尾レース場!!!」」」

 

 えいえいむんと片拳を挙げ、声を揃えてスローガンを叫ぶ。

 私たちはやれるだけの事をやった。だから、あとは踏ん張るだけ。

 一分一秒でも長く踏ん張って、少しでも長く生き残ってやろう。

 

 まるでレース直後のように四方から聞こえてくる拍手を浴びながら、私たちはお客さんたちにぺこりと頭を下げた。

 ショーの終わりのような雰囲気が出ているけれど、私たちの戦いはこれから始まる。この動画をインターネットに投稿して、レース場の外でもいろんな活動をして、そして他にも色々……

 きっと全てが未知の体験になる。でも、間違いなくレース場のため戦っているという実感が湧いてきて、妙に心が昂るのを感じた。

 

 

 

──ウマ娘が消えるまで 残り91日




荒尾競馬ドキュメント
※廃止決定後、熊本のテレビ局によって製作されたPV。本話で制作された動画はこの映像を元にしています

【9/23】イマリオーエンス号出走レース

【9/23】タニノウィンザー号出走レース
※当時の荒尾競馬でも有数の強豪馬でした
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