トキヲカケル 〜『目覚まし時計』を手に入れたトレーナーとハルウララの物語〜 作:ゆうやけこやけ
「そんなに、
目の前で角砂糖を5個入れたコーヒーを啜りながらそう聞いてくるのは、トレセン学園屈指のマッドサイエンティスト、アグネスタキオン。その目は……どこか冷ややかで、狂気に満ちている。
「それでも俺は、あいつを……!」
もう、こんな思いはしたくない。誰よりも走ることが好きなあいつが、悲しむ姿なんてもう見たくないんだ。だから……
「ほう、君も狂気の虜というわけか……いいだろう、面白い」
「それは本当か!?」
「あぁ、本当だとも。ただ、最初の観測者は私だけどね……交渉成立だ、『モルモット君』」
彼女がそう言った瞬間、俺は強烈な眠気に襲われて────
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「────! トレーナー! おーきーてーよー!」
誰かが俺を呼んでいる。この声は……
「ウララ……?」
目を開けた先にいたのは、つい先日俺がトレーナー契約を結んだウマ娘……ハルウララだった。どうしてここに……?
「あっ、起きた! も〜、今日はわたしのデビュー戦だよ? しっかりしてよねー!」
「……あぁ、そうだったな」
そうだった。今日は、ハルウララのデビュー戦……確か昨日、徹夜でやらないといけない仕事があって残業していたから、多分そのまま寝落ちしてしまっていたのだろう。
「だいじょうぶ、トレーナー? 元気なさそうだよ……?」
「大丈夫、ちょっと眠たいだけだよ」
「眠たいって……レース中に寝ちゃだめだよ! ちゃんと一着取ってくるからしっかり見ててね、トレーナー!」
何か大切なことを忘れている気がするが、担当ウマ娘のデビュー戦より重要なことはないだろう。そう思い、俺とウララはレース会場へと向かったのだった……少しの違和感を抱えながら。
ウララと会場へ向かう途中。レースの前にトイレに行っておきたいと言うので、ウララのことを待っていると……遠くから、明らかにオーバーサイズな白衣を着たウマ娘がこちらに近づいてきている。
濃い紅色の目をした、栗毛のそのウマ娘が纏う空気はどこか妖しく……そして、懐かしい感じがした。
「さっきから何をそんなにジロジロ見ているんだい、君は?」
「あ、すまん。気を悪くしたか……?」
……おっと。そんなことを考えていたら、いつのまにか目の前まで近づいてきていたようだ。というか、流石に凝視しすぎてたか?
「まさか、覚えているんじゃあないだろうね?」
「何の話だ? 前にあったことは無いはずだが」
「……いや、ならいい。こっちの話だよ」
何を言っているのかよく分からないが、雰囲気といい話の内容といい、少し変わった娘のようだ。
「なら良いんだが……君のことをどこかで見たことがあるような気がしてな」
「……ふぅん? なるほどなるほど……それは興味深いねぇ」
そう一人で何かを呟き始めた彼女の目が妖しく光ったのを見て、俺の背筋に悪寒が走る。この目は、狂気を孕んだ目だ……俺はそれを
「やはり、これもまだ完璧ではないのかな? だが、私の仮説が正しければ粒子を極限まで加速させれば……」
というかいつまで一人で喋ってんだオイ。
「おーい、戻ってこーい」
「……っ、悪いね、私は一つのことを考え始めるとつい熱中してしまう癖があるんだよ」
「別にいいんだが……急に一人で喋り始めたから、驚いてな」
いや、やはりこの感覚、どこかで……
「しかしそれでは私の気が済まないと言うものだよ……そうだね、
そうして彼女が白衣のポケットから取り出したのは、なんだこれ……目覚まし時計? 懐中時計じゃなくて?
「あっはっは! なんで目覚まし時計を持ち歩いているのか、という顔をしているね?」
「誰でもそう思うだろ、普通」
目覚まし時計を持ち歩くやつは世界規模で見ても希少種だよ。手のひらサイズはあるぞ?
「まあ、そんな些細なことはいいじゃないか! 私からのお近づきの印ってやつさ、受け取っておくれよ」
「そんな唐突に言われても……」
「そうか。折角、君とは仲良くなりたいと思っていたんだが……」
やめろ、耳を垂らすな。罪悪感が湧いてくるから。
「はぁ、分かった。ありがたくいただくよ」
「……その性格といい、やっぱり君は優秀な────」
「なんか言ったか?」
「……いいや、別に?」
嵌められたような気がしないでもないな。とりあえず、罪悪感に駆られてもらったはいいものの……どうしようか、これ? それなりに大きいから持ち運ぶのも面倒だが……
「なんでこれを渡したんだ、って顔をしているね?」
「エスパーかよ」
「君は顔に出やすいタイプってやつなのさ。基本は聞かれたこと以外答えない主義なんだが……まあ、今回は特別に君の質問に答えてあげよう。これは、見ての通り『目覚まし時計』。きっと君の役に立つと思ったからあげたんだよ」
そうなのか、つまり……
「……ますます意味がわからん」
「いいんだよ、いずれ分かるさ」
いずれ分かる、って……本当に不思議な娘だな。だが、なぜだろう。俺はなぜかこいつに惹かれている。いや……こいつのことを、
「それじゃあ、私はこれで……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そう思った俺は、気づいたらそのウマ娘のことを引き止めていた。
「なんだい? まだ何か用でも……」
もう話は終わっただろう、と言わんばかりのうんざりした声で返事を返してくるそのウマ娘に、俺は問いかける。
「君の名前を、教えてくれないか?」
俺のその問いに、目の前のウマ娘は顔だけこちらに向けてこう答えた。
「……私の名前はアグネスタキオン。誰よりも速く走るため日夜研究に明け暮れている、少し変わったウマ娘さ」
小悪魔のようにニヤリと微笑んだその目に、狂気を宿して。