魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師   作:コエンマ

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連続投稿その2です。

よろしければどうぞ!


第十二話  出張機動六課(事件編) ~ スーパー銭湯様々

 

「封印処理完了。うん、ちゃんと安定領域に達してる。よく頑張ったねキャロ」

 

「あ、は、はい! ありがとうございますっ……えへへ」

 

 ロストロギアの封印を確認し、なのはがキャロに向かって微笑みかけた。封印作業を買って出たキャロはそれが平穏無事、事なきを得て完了したという事実にほっと息を吐きながら封印したロストロギアを握り締めた。

 

「やったね!」

 

「頑張ったじゃない」

 

「すごいよキャロ!」

 

 スバルとティアナ、エリオも笑顔でやってきた。ロストロギアがサーチャーに引っ掛かったのはつい先ほどのこと。

 

 エリアサーチが指し示す場所へやってくると、そこは防御機能が働いたロストロギアが既に暴走しかけていたが、危険性がないことから新人たち四人に任されたというわけだ。そしてスバルの力とティアナの指揮、エリオとキャロの連携によりなんとか対象を封じ込めることに成功したというわけである。

 

「みんな頑張ったね、よくやったよ」

 

「ま、及第点ってとこだな」

 

「フ、鍛えがいがある」

 

 フェイトと副隊長の二人が近づいてきた。フェイトは満面の笑顔で、あとの二人は苦笑いと薄ら笑いでとそれぞれ違うが、その声色にはどれも嬉しさが浮かんでいる。

 

「意外とはやく終わってもうたな。皆、ご苦労様や。あと、ご苦労ついでに伝達事項があるで」

 

『伝達事項?』

 

 きょとんとするスバル達に「そや」と言って、少し楽しそうにはやては全員を見渡す。なのは達も予想外だったのか、何だろうと彼女に注目していた。

 

「この前騎士カリムから伝達があってな、ここんとこハードスケジュールだったこともあって、一日ぐらい全員で休養せえ言われたんや。そんで、いい機会やからこっちの世界の時間で明日の朝八時までは臨時休養にする。宿泊は現地協力者がしてくれるから心配せえへんでな。もう夕方に近いから時間的には少ししかあらへんけど、私からみんなへのちょっとしたご褒美や」

 

 はやてが満面の笑みからウインクを飛ばす。スバル達は少し呆けていたが、それが特別休暇のお達しであることに気づくや否や、その表情が笑顔に変わった。スバルやキャロは両手を振り上げて喜びを弾けさせ、エリオは心からの笑顔を讃え、ティアナはそれに毒づきながらもその顔を笑みに崩している。

 

 そこに飛影たちがやってきた。三人ともどことなく楽しそうな顔なのは気のせいではないだろう。

 

「それはいいな。最近は皆頑張ってたからね、少しくらい休みをとっても罰は当たらないさ」

 

「フン、あの程度頑張っている内になど入らん。オレからすれば耐えられて当然だが、気づかんうちに潰れられるよりはマシか。それに、こちらもお守りばかりでは堪らんからな」

 

「ま、飛影の言ってることは正論だな。相変わらず素直じゃねえが、まだまだこれからってもんよ」

 

「殺すぞ……」

 

 桑原のセリフに殺気の混じった返答を返すが、なのは達はそれに苦笑を返すにとどめた。彼の優しさは非常に分かりにくいが、それはいつも自分達のためを思ってのことだと分かる。

 

 氷のような厳しさと炎のような苛烈極まりない気性のなかにある、雪解けを促す風ような慈愛の光。飛影と会ってまだ一月程度だが、彼が見た目や表に出す態度よりずっと優しい男性であることを彼女たちは気づき始めている。

 

 シャーリーやルキノは今だその意見に首を傾げているし、本人に言ったら真っ向から否定されるだろう。耐え難いお仕置きつきで。

 

「でも、どうしよう。街に繰り出すにはちょっと遅いし、このまま時間潰すには少し長すぎるし……」

 

 スバルが時計を見ながらむぅ、と考え込んだ。確かに、休暇というには中途半端な時間である。のんびりしている時間はないが、ただ過ごすには長いことも確かだ。桑原もスバルに同調して言う。

 

「だなぁ。(とび)にミジンコ、スルメに辛子ってのはまさしくこういうことだぜ」

 

「帯に短し(たすき)に長しですよ、桑原くん」

 

「どこまで奇天烈な脳内変換をしているんだ。頭が沸きすぎて味噌煮にでもなったのか?」

 

「というか、今の言葉からどんな状況が思い浮かぶのかしら……」

 

 蔵馬のさりげない訂正ツッコミ、そして飛影とティアナの呆れたようなセリフに一同は笑いあった。と、そこで今まで黙っていたなのはが口を開いた。

 

「行くところがないのなら私達に提案があるんだけど」

 

「提案? なのはさん達、何所かいいところ知ってるんですか?」

 

 スバルが質問すると、なのははにっこり笑って頷いた。横にいたフェイトも同じなのか、その表情には僅かな期待が浮かんでいる。

 

「うん。私達もなのはと行ったことがある所なんだ。あそこならアリサ達も呼べるし、結構久しぶりでこの時間からなら調度いいと思うんだけど、どうかな」

 

 フェイトが確認の意を込めて尋ねると、スバル達が頷いた。蔵馬と桑原もOKサインを出しているし、飛影も好きにしろといったような態度である。はやてがうんうんと首を振った後、全員を見渡して手を高く振り上げた。

 

「決まりやな。ほんならなのはちゃん達の案採用しよか。いざレッツゴーや!」

 

『オー!』

 

 女の子特有の黄色い声が弾ける。飛影たちは各々の反応を見せながら、それを遠巻きにしていた。

 

 こうして、六課のメンバーははやてに同調して拳を振り上げつつ、意気揚々と目的地に向かうことになったのだった。

 

 

 

 -Side change-

 

 

 

 カポーン―――――…………

 

 

 石畳の床に子気味よい音が響き渡った。

 

 部屋一体に立ち込める白い湯気。曇ったガラスに隅に均等に重ねられた風呂桶。湧き出るジェットバブルに流れ落ちるお湯の音。そして後ろに描かれた古風な富士山。

 

 心が洗われるような日本の文化と伝統の一滴、銭湯である。その一角に湯につかった四人分の姿があった。言わずもがなの飛影たちである。桑原が頭に乗ったタオルを落とさないように伸びをした。

 

「カーッ、やっぱいいねェこういうデカイ風呂は。六課じゃ忙しいのと時間制とかでシャワーが多いが、ありゃどうも入った気がしなくてなァ。これぞ日本人の醍醐味ってもんだ」

 

「少しは静かにできんのか。どこまでも騒がしいヤツめ」

 

「あはは……」

 

「まあまあ、久しぶりなんですから大目に見てあげてください。それにこういった感じで羽を伸ばすのも、お風呂での作法の一つなんですよ」

 

 飛影達はその身体を湯に沈めながら、他愛も無い会話に花を咲かせる。桑原と蔵馬は久々の、飛影とエリオは初めてとなる大風呂というものを楽しんでいた。

 

 無論、六課にも風呂というものはある。だが、時間制によって女子と男子が分けられている上、このところ忙しい日々が続いたのでシャワーなどで手っ取り早く済ませるのが常だったのである。それも相まって、銭湯のような大浴場に来るのが久々となる桑原と蔵馬の二人も、少し気が乗っているようだった。

 

「フェイトさん達から聞いたことはありましたけど、こんなに気持ちのいいものだったんですね。少し気持ちが分かった気がします」

 

 彼ら三人の最も左側、飛影の隣にいたエリオが顔を拭いながら三人に話しかけた。ここに来ている機動六課メンバーで唯一の男である。

 

「兄さん、さっきはありがとうございました。それとすいません、嫌な役回りをさせてしまって……」

 

「フン、お前がいつまでもハッキリせんから少しイラついただけだ。フェイトと入りたくないのならそう言えばいいだろうが」

 

「い、いえっ! 決して入りたくないわけじゃないんですが……それよりも恥ずかしい気持ちが強いので…………」

 

 そう言いながら、エリオは顔を赤くして俯いてしまう。事の発端はつい先ほど、エリオが十歳以下なら大丈夫という理由でキャロとフェイトに女湯に誘われていた時のことだ。

 

 彼女ら二人を始めとして女性陣はエリオの入ることに反対しなかった。統計的に見れば寧ろ賛成多数だったのだが、精神成長の早いエリオには、女性と一緒に風呂に入ることがどうにも恥ずかしかったらしい。そこでエリオは、気遣いに感謝しつつもお断りという形を取ることにした。

 

 だが、いざフェイトとキャロに断りの念を伝えると、二人は一瞬で落ち込んでしまったのだ。キャロは雰囲気をしゅんとさせ、フェイトに至ってはその目尻に涙すら溜めて。「入ってくれないの?」という言葉が聞こえてくるような、そんな二人の無言の圧力には悪意こそなかったが、だからこそエリオは困ってしまった。

 

 だが、そんな押すに押せず引くに引けない状況のなか、エリオがどう断ろうかと頭を巡らしていたとき飛影が現れた。そして話を聞くや否や、

 

『コイツと話したいことがある』

 

 と言ってエリオの首根っこを引っ掴み、そのまま男湯へと連行したというわけである。エリオからすれば、飛影に助けられたような形となっていた。

 

「エリオも勿体ねぇよなー。年齢的には合法で相手は別嬪ちゃんばっか、しかも向こうからのお誘いとくりゃあ奇跡の確率だ。こんなチャンス早々転がってるもんじゃねぇぜ? 見れるうちにしっかり見といたほうが、後々いいと思うけどな」

 

「ぶっ!? ぼ、僕はそんなつもりじゃ……」

 

「桑原くん、純粋無垢な少年にあまり変な事を吹き込まないように。今のはちょっと不謹慎ですよ」

 

 蔵馬が軽く睨む。エリオは標的から外れたためかほっとしていた。

 

「いらん心配をすんじゃねぇよ蔵馬。オレが雪菜さん以外に興味ないの、知ってんだろうが」

 

「雪菜? 一体誰なんですか?」

 

 初めての名前をエリオが鸚鵡返しする。飛影は不機嫌そうに目を閉じ、蔵馬はそれを横目で捉えながら柔和な笑みを零した。

 

「桑原くんの奥さんですよ。今は俺達の世界で育児の真っ最中ですけどね」

 

「え……えええええっ!? 和真さんもう結婚して……というか、お子さんがいたんですか!?」

 

「……オイ。何だエリオ、そのものすごーく意外そうな顔は」

 

「確認せんでもそうに決まっているだろう。そろそろ自分の失敗面を自覚した頃だと思ったが」

 

「飛影テメェ! いい加減ひっくり返すぞコラ!」

 

 桑原がキシャーッと吼えるが、飛影は無視して立ち上がった。そして広い屋内を歩き、一面ガラスの一角にある扉へと向かう。

 

「飛影、どこに行くんですか?」

 

「ここは五月蝿くてかなわん。『露天風呂』とやらに行ってくる、あっちは人がいないようだからな」

 

「あっ、じゃあ僕も行きます」

 

 飛影が扉を潜っていく。その後ろをタオルを腰に巻いたエリオがぺたぺたとついていった。いないというからにはそうなのだろう。もしかすると邪眼で先に確認したのかもしれない。邪眼の力をそんなことに使うのはどうかと思うが。

 

 相変わらずの彼に蔵馬が苦笑していると、横にいた桑原が「あり?」と首を捻った。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ああいや、そういやさっきの注意書きに露天風呂は混浴って書いてあった気がしたんだが・・・」

 

「混浴ですか……まぁ大丈夫でしょう。女性はそういったことに抵抗があるはずですし、いたとしてもかなり年配の方だと思いますから」

 

 蔵馬の考察に桑原はまあそうだな、と軽く答えて風呂から上がり、今度はサウナの方へ入っていった。蔵馬は一度曇りガラスで見えない露天の方に目をやり、『死海と同じ濃度!』という看板が掲げられた塩風呂のほうに向かう。自分が考えたうちで最も面白――――もとい、最悪パターンではお約束の事態、『鉢合わせ』が起ころうとしていることなど知る由もなく。

 

 

 

 スーパー銭湯海鳴。廃れ始めている銭湯文化を切り盛りし、海鳴に娯楽と癒しを与えている本格的な風呂屋さんである。その風呂の種類は二十を超え、どんなニーズにもリーズナブルな価格で応えるという庶民の味方だ。

 

 名物は様々あるが、中でも一番の注目度を誇るのが大きな露天風呂。白く濁った湯はお肌スベスベの効果があり景色の良さは抜群であるが、注目すべきはそこではない。この露天風呂、実は混浴仕様なのだ。雑誌やテレビなどでも取り上げられたため、海鳴に住む人々ならほとんどが知っている。

 

 

 

 だが、離れた土地に住む者にそんな勝手は通用しないわけで。

 

 

 

「なっ、なのは、フェイトッ!?」

 

「「飛影(くん)っ(と、エリオ)!?」」

 

 こういう事態が起こりうることもある。

 

 現在風呂場には四名。先に入っていたのは時空管理局民間協力者の飛影に同じく新人隊員のエリオ。そしてそこに入ってきたのが、

 

「ど……どどど、どうして、ひ、飛影くんがっ!?」

 

「エリオまで……いつの間にこっちに来たの?」

 

 若手ナンバーワンの期待株、不屈のエース高町なのはと、同じく若手の執務官にしてクロノ・ハラオウン提督の義妹、フェイト・T・ハラオウンであった。二人とも予期せぬ先客に呆然としている。だから忘れていた、自分達の今の姿を。

 

「そ、それは此方の台詞……ッ!?」

 

 飛影がかち合ったその目に背を向けることで、一瞬にして視線を外す。後ろから見える耳は本当に珍しく耳まで真っ赤だった。エリオも目をぎゅっと瞑り、顔から湯気を吹き出しながら二人に叫ぶ。

 

「ふ、二人ともっ、とりあえず前を隠してください!」

 

「え? 前、って……にゃ、にゃあああっ!?」

 

「きゃあっ……!?」

 

 エリオの進言に、なのはとフェイトは悲鳴を上げて湯船に飛び込んだ。久しぶりの銭湯ですっかり気が抜けていた二人は、なんとタオルを脇に抱えたまま露天風呂に来ていたのだ。そして、風呂の中から誰が来たのかと見ていた二人とバッチリ真正面から遭遇。この後の展開は推して知るべしである。

 

(ま、また見られちゃった……)

 

(し、しかも今度は全部、だよ……? うぅ、恥ずかしい……)

 

 デジャヴを感じながら二人念話で会話する。以前、飛影には一度裸に近い姿を見られたことがある。だが、あのときは少しではあるものの布で隠れていたし、何よりまだ幼い子供だった。だが、成長して人並みの羞恥心と体つきになった年頃の少女に対して、この手のハプニングは恥ずかしいなんてものではない。

 

「ど、どうなってるんでしょうか?」

 

「オレに聞かれても知らん!貴様ら、何故男湯(こっち)に来た!?」

 

「そ、それを言うなら飛影くんだって……」

 

「あ、なのはちょっと待って……何か注意書きが書いてある」

 

 フェイトが風呂の脇にある白いプラスチックボードに目をやり、視線を上から下に順々に走らせていく。すると、ある一節を見てフェイトが「あっ」と声を上げた。そして非常に申し訳なさそうな顔をしながら、指をつき合わせて言った。

 

「え、えっとね、ここ混浴って書いてある、よ……?」

 

「「こ、混浴っ!?」」

 

 なのはとエリオが驚きの声を上げる。飛影は混浴と言う言葉を知らないので、エリオから教えてもらっていた。すると、すぐにその顔が次第に苦虫を潰したように変わっていく。

 

「き、貴様らには悪いが今は戻れ。見えなくなったら俺達が出て行く。それから入れば問題ないだろう……」

 

 背を向け、少しどもりながら飛影は告げる。その声にはいつもの自信も重さもない。普段は冷徹冷静な彼も動揺しているということだろう。自分が超スピードで出れば解決することを失念しているあたり相当だ。

 

 だが、それだけのことが二人には嬉しかった。あんな姿を見られた時は死にそうなほど恥ずかしかったが、飛影が自分達を意識しているということを実感できたのだ。もしこの姿を見られても、『なんだ、貴様らか』といった感じの皮肉しか返ってこなかったら、二人一緒に泣き寝入りするところである。

 

 だから、二人は踏み出すことが出来た。いまだ動かない飛影と、俯くエリオを視線で捉えて二人で笑い合うと、意を決したように同時に立ち上がって、

 

「「し、失礼します……」」

 

「なっ!?」

 

「ええっ!?」

 

 飛影の隣に腰掛けた。その距離はもはやゼロ、肩が触れ合うほど近くというか触れ合っている。彼女たちの熱がそのまま伝わってくるようだ。人の半分ほどのスペースをおいてエリオも座っている。

 

 飛影は驚いて二人を見ようとするが、二人の姿を思い出し寸前で目を閉じて前を向く。その柳眉は険しく反り立ったままだ。言葉を発するまでもなく何のつもりだと語っている。エリオも至近に座った二人の行動にオロオロするなか、なのはが遠慮がちに口を開いた。

 

「こ、ここは混浴だから……も、問題ないよ?」

 

「そ、それに飛影は変なことしないだろうし、お湯が真っ白だから簡単には見えないし、エリオとも入れるし……だから」

 

「こうしててもいい?」と二人が声に出さない言葉で問いかける。かつての飛影なら迷惑だと一言で切り捨てただろう。だが、何故かそうする気にはなれなかった。

 

 今の彼の中に彼女たちへの恋愛感情はない。仲間としての好意はあるだろうが、それだけだ。そしてここまでされてもその理由もわかっておらず、愛だの恋だのという感情を彼が持つことがこの先あるのかどうかすらも分からない。だが彼女たちの精一杯、飾りも何も無い二人の気持ちを振り払えるほど、現在の彼は冷徹ではいられなかった。

 

 不思議かつ不愉快だが、自分は変わってしまったのだろう。あの幽助(バカ)たちを始めとする、様々な出会いによって。だから彼は出来る限り不満げな顔つきと声色で、最近口癖になりつつある言葉を口にした。

 

 

 

「――――――勝手にしろ…………」

 

 

 

 -Side Nanoha & Fate-

 

 

 

「――――――勝手にしろ…………」

 

 不機嫌そうな返答を最後に飛影は黙り込んだ。その声に私達はぎこちなく頷き返し、彼の傍に完全に腰を落とす。温泉の温度が少し上がったような気がした。

 

 自分達のすぐ脇、今にも触れそうなほど近くに目を瞑った飛影の姿がある。その隣にはエリオが顔を真っ赤にして、彼と同じく身体を堅くしていた。

 

 おそらく自分達はもっと真っ赤になっていることだろう。色々な意味でのぼせないだろうか。わりと本気で心配だ。

 

(フェ、フェイトちゃん……と、隣に、ひ、ひひ飛影くんが、い、いいいいるよ……)

 

(う、うん……ま、まさかOKしてくれるなんて思わなかったから……うぅ……恥ずかしすぎて、顔が上げられない……エリオもいるのに……)

 

 念話で舌を噛むという稀有な体験を、私達は今一身に受けている。それだけ混乱しているということだろう。そもそも『あの』飛影と一緒、それもお互い生まれたままの姿という壮絶すぎる状況下で、すぐ隣にいることが信じられない。

 

 というか、勢いだけでここまで来てしまったので、自分たちがどれほど大それたことをしたのかということを二人は今更のように自覚していた。彼と並んで湯に浸かったははいいが、身体は極寒の地に放り出されたかのごとくカチンコチンに硬直している。

 

 飛影の身体はその背丈からは考えられないほど引き締まっていた。鍛え上げられた腕や背中を見るたびにドキリとしてしまうし、頭もぼうっとして顔が熱くなってしまう。戦いなどによる傷跡もそこかしこに見え、彼が戦いの日々を生きてきたことを感じさせた。

 

(ねぇ、フェイトちゃん。飛影くんの背負っているものって、何なのかな……?)

 

(それは……)

 

 なのはが視線と共に向けた言葉に、フェイトが声を詰まらせた。答えに窮しているのではない、彼女も知らないが故に知りたいと思う本心と葛藤しているのだ。

 

 思えば、二人は驚くほど飛影のことを知らない。和真や蔵馬などのように一緒にいた時間も長くはないから、彼が何を思いここにいるのかは分からない。

 

 けれど、確かなことが一つあった。

 

(私は飛影が何を経験してきたのか知らない。ここに来るまでに、私達なんかじゃ想像もできないことを経てきたのかもしれない……けど、それでも私は飛影と一緒にいたい。どんな過去があったって、何度突き放されたって、手を伸ばし続ければいつか届くかもしれないから)

 

 彼は何も寄せ付けようとしない。それこそ、今も私達とはどこか距離を置いている感じがする。長く時を同じくする蔵馬たちでさえ彼の根底は知らないのだ、それも仕方がないことなのかもしれない。

 

 だが、だからこそその背中を追いかけていきたくなるのだ。

 

 遠く、たった一人で己が道を行く彼の後姿に、知らず心が惹きつけられる。語らない背中に思わず声を掛けたくなる。駆け寄って思い切り抱きしめたくなる。 

 

 こんなことを言ったら彼はきっと怒るだろう。けれど、この思いは偽りない私達の本心だった。

 

 そして自分達にすら制御が利かなくなる恐れも内包する、幾度となく繰り返されてきた人の性(さが)。それがおよそ世間一般で言われる所のものだということは、彼を探していた八年の間にはっきりとした形になっていた。

 

(……私、飛影くんともっと分かり合えるようになりたいと思う。飛影くんが嫌わない限り、ずっと一緒にいたい……だから頑張ろうね、フェイトちゃん。あ、でも抜け駆けは禁止だよ?)

 

(うん。私も……私も、飛影がくれたものより、もっと多くのものをあげたい。だから、飛影の一番近くに行けるように私も頑張る。最近、ヴィータとかシャマルも飛影のこと意識してるみたいだけど、負けるつもりはないから……)

 

 確認と宣戦布告を行い、しかし二人の間に険悪な空気はない。望むことは同じだけど、お互いに幸せになって欲しいのは同じなのだから。

 

 どちらともなく笑みが零れる。そして私達はもう一度視線を交わして笑い合うと、仏頂面のままお湯につかる彼に左右から身を寄せた。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

「ふぅ、さっぱりした。久しぶりに来たけれど、こういうのもたまにはいいかな」

 

「おうよ。江戸っ子なら銭湯って相場が決まってるからな」

 

 蔵馬は長い髪にタオルを当てながら、桑原は自慢のリーゼントを整えながら満足そうに呟いた。その後ろからはエリオ、そして飛影がやってくる。

 

 だが、どういうわけか二人とも様子がおかしい。エリオは風呂上りを考慮しても顔が赤すぎるし、飛影は入る前よりも不機嫌そうにしている。蔵馬たち二人が首を傾げてそのことを尋ねようとしたとき、騒がしいロビーでも貫き通るような大声が響き渡った。

 

「えええええっ!? なのは達、露天風呂へ入ってたの!? あそこ混浴なのよっ!?」

 

 声の主はアリサだった。蔵馬たちがそちらへ向くと、おどおどしながらも首を縦に振るなのはとフェイトの姿が見える。

 

 アリサの言葉を聞いてロビーにいた男性の大半が、首をぐりんと回した。そしてフェイト達を捉えると一様に涙を流し始める。流石にあからさまに悔しがる声は聞こえてこないが、その表情は口以上にものを言っていた。

 

 なかにはハンカチを噛み締めているものまでいる。頑張れば血の涙も流せそうだ。

 

「男は!? というか変なことされなかったでしょうね!?」

 

「男……」

 

「変なこと……」

 

 二人が同時に飛影の方を向く。そして無自覚に目が合い……

 

「「あぅ……」」

 

 ボンッという音と共に一瞬で沸騰した。

 

 瞬間湯沸かし器もびっくりな大記録である。顔面沸騰世界選手権なんてものがあれば、上位入賞どころか優勝候補の筆頭になること間違いなしだ。熱への変換効率とかを調べれば、近年深刻になりつつある電力不足にも貢献できるのではないだろうか。

 

「ひ、飛影さんとお風呂……はぅっ!?」

 

「うわぁっ!? シャマル先生、鼻血、鼻血!」

 

「むぅ~……何か納得いかねぇ……」

 

「やれやれ……」

 

 あっちはあっちで盛り上がっているようだ。誇大妄想が暴走して倒れ伏し、だくだくと血を流すシャマルをキャロが必死に看護しており、頬を膨らませるヴィータをシグナムが呆れ半分といった様子で見ていた。

 

 と、そこで飛影の両肩がポンと叩かれた。見ると、後ろにいた蔵馬と桑原が何とも微妙で居心地の悪そうな顔をしている。それでいて、何だかすこぶる不愉快かつ殴り倒したいほどに生暖かい感じがした。それを打ち払うが如く、意を決したように蔵馬が口を開く。

 

「飛影……君は俺達の大切な仲間だ。しかし、だからこそ簡単に言えないこともあるだろう。だけど、これだけは言わせて欲しい。君の趣味をとやかく言う気はないが……その……公共の風呂場で、しかも二人同時というのは流石にどうかと……」

 

「蔵馬ッ! 貴様、一体何の話をしている!?」

 

「いや、俺ぁ安心したぜ。付き合いは長ぇのに、浮いた話の一つもなくてちっと心配だったからな」

 

「馬鹿げた事を抜け抜けと……本当に消すぞ貴様……!」

 

「に、兄さん落ち着いて……」 

 

 ぶっとい青筋をいくつも浮かべ、周囲に殺気を撒き散らし始めた飛影に横にいたエリオが仲裁に入る。が、一緒にいたことは確かなので飛影も強く出れない。アリサがフェイトらに懸かりきりで彼らとの関係に気付いていないのが唯一の幸いであった。

 

「あー、いいお湯だったぁ~♪ なのはさ~ん、これから一緒にアイスでも……ってどうしたんですか?」

 

 暖簾を潜って出てきたスバルが空気が何か違うことに首を傾げる。それを機におかしな空気が流れていき、一呼吸が置かれたあと、誰ともなく溜息を吐いた。

 

「ま、飛影くんじゃ間違いは起きんわな。からかうんは命がけになりそうやし、それはまた今度にしよか。よっしゃ、まだまだ今日はこれからや、皆これからアリサんち行くでー!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 フォワード四人が声を揃える。なのは達は解放されたことにほっと息をついてはやてとヴォルケンリッター、そして四人についていった。飛影らも少し遅れてそれに続く。なのはたちはまた一つ、飛影たちとフォワード四人にとっては新たに、この地球での思い出が増えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




まだだ、まだ終わらんよ!
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