魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師 作:コエンマ
かなり間の空いた更新ですが、どうぞよろしくお願いします。
挨拶の方は真剣Zの方の前書きに書いているので割愛します。
それではどうぞ!
「フン……」
少しばかりのイラつきを顔に浮かべながら、飛影は元来た道を歩いていた。コートを撫ぜる風がいつもよりうっとおしく感じる。飛影は足を止め、背後を振り返った。
現場近くでは大騒ぎ状態となっている。そのため、先ほどから違う課の魔導師の部隊や現場検証官などと幾度となくすれ違った。その誰もが、飛影を見て一瞬怪訝そうな顔をしたが、端末を操作して彼が民間協力者だと分かるとそそくさと去っていった。
新参ゆえか、それ以外の理由か、飛影の顔はほとんど知られていないようだ。しかし風体だけで一々確認を取るとは、今の自分は悪人ヅラも際立っているらしい。いや、それは普段からかもしれないが。
遠くに『視える』ティアナは、木を支えにしていまだ肩を震わせていた。気が強いとはいえ、ここは恵まれた世界。それにあれでもまだ打たれ弱い少女だ、仕方のないことなのかもしれない。
今は触れないほうがいいだろう。あれが目指すものは、おそらく自分達も通ってきた道だ。力を求め、力無くしては生きられない修羅の道。その理由がどうであろうと、背負っている物がなんであろうと、渇望や絶望から来る気持ちは通った者には十分に分かる。
だからこそ、飛影は彼女に手を貸すつもりも助言を与えるつもりもなかった。自分自身が経験して得たことを考えても、それが最善であったからだ。
他人の指図で得た物に価値などない。それは彼や彼の仲間が一番よく知っている。
飛影は厳しさと懐かしさを含んだ表情をしながら、邪眼を通して嗚咽を零すティアナを視つめた。
「フ、オレもヤキが回ったか」
飛影はひとりごちながら思った。若き日のあの『バカ』と同じようながむしゃらさを持つ彼女を、今はただ見ているだけにしておこう。
まだ『何も分かっていない』彼女が、かつてこの目で見たような道へと違えそうにならない限りは。
「飛影くーん!!」
そこまで考えていると、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえた。声のほうを見やると、なのはが小走りに駆けてくる。その後ろには蔵馬に桑原、それに六課の隊長や副隊長に加え、見慣れない男性二人の姿もあった。
存外にそのペースも速い。飛影が全員を見渡し終えると、なのは達は既に傍まで寄ってきていた。
「もう、飛影くんたら探してもいないんだもん。どこ行っちゃったのかと思ったよ」
「でも、スバル達を助けてくれてたんだよね。モニターで見てたよ」
「何のことだ。オレは単なる暇つぶしをしていただけだ」
なのはとフェイトの労いに、飛影は鼻を鳴らして顔を背ける。すると、その後ろから苦笑気味な声が聞こえてきた。
「ははは……どちらも苦労しているようだね」
「ええ。ですが、二人ともとても楽しそうですよ」
現れたのは、飛影にとっては初めて見る二人だった。一人は高い背に淡い緑色の長髪を棚引かせ、白いスーツを完璧に着こなした青年、そしてもう一人はこれまた長い茶髪を首の後ろで束ね、ダークグリーンのスーツを纏った優しい顔立ちの青年であった。
前者は飛影たちと同じぐらい、後者はなのは達と同年代ぐらいだろうと見る。眉を寄せた飛影に二人は苦笑気味な表情を浮かべ、一礼して緑髪の青年が前に出た。何だか、横にいる赤毛の狐とダブるのは気のせいだろうか。
「初めまして、といったところかな。僕はヴェロッサ・アコース、時空管理局本局の査察官さ。君の事はいつもはやてからよく聞いているよ、飛影くん」
「ほう? では八神、貴様には後でばきっと聞かせてもらうとしよう。脱走すれば……いや、やはりここで死ね」
「ちょっ、何か話し合いには不釣合いな擬音が混じってへん!? っていうか、私の扱い酷ッ! どれ選んでも同じやんか!」
飛影の猟奇的な台詞をいい方向にスルーしたのか、「それはいいな、僕も誘っておくれよ」と悪乗りするヴェロッサ。翌日、彼女が病院のベッドの上でうわ言を洩らしながら横たわるビジョンが、彼には想像できないのだろうか。いや、絶対に分かってるこの人、と全員が思った。
後に語った飛影によれば、この時既にヴェロッサに対してのイメージが固まりつつあったのだという。
曰く、狐二号だと。
涙目で抱きつくはやてを蔵馬が慰めていると、その横からもう一人の青年が進み出た。柔らかい表情を眼鏡が覆い、無害な雰囲気を醸し出している。
「あはは、会ってみるまで少し不安だったけれど、なのはの言ったとおりの人だ。初めまして、僕は無限書庫と呼ばれる場所の司書長をしている、ユーノ・スクライアと言います」
穏やかな笑みを称えながら、彼は笑う。その笑顔が一瞬どこか無理をしているように感じた飛影だったが、その気配は始めからなかったかのように消え失せ、意味深な笑みをなのは達に向ける。
「貴方のことは昔からなのはやフェイトによく聞いてましたから、僕もずっとお会いしたいと思っていました。そういえば、貴方を探すためになのはには協力を求められたこともありましたよ。どうしても会いたい人がいるから探すのを手伝って欲しい、ってね」
「「ユ、ユーノ(くん)っ!!」」
いきなりのカミングアウトに、なのはとフェイトが顔を赤くして声を上げる。はやてやヴェロッサはあたふたする彼女たちを、早速捲くし立てていた。そんな中、ユーノは飛影に近づき、真剣味を帯びた表情を彼に向ける。
「―――――飛影さん。いきなりで申し訳ないんですが、貴方にお願いしたいことがあります」
静かに飛影を見据えながらユーノは言った。その声色に何かを感じ取ったのか、なのは達が一様に動きを止めた。問われた本人も、ユーノへと視線をよこした。
その目には一筋の光。少しの悲しさと悔しさ、そしてとてつもなく強い想いを感じさせる不思議な瞳が飛影を見下ろしていた。いまだかつて見たことのない光をその目に宿らせたユーノに、飛影は見上げるようにして対峙する。
ユーノは一度軽く息を吸い込み、澄んだ目でまっすぐに飛影を見ながらその口を開いた。
「なのはを……この機動六課を守ってやって欲しいんです。こんなこと僕が頼めることじゃないし、今日会ったばかりの飛影さんにそんな義理なんてないってことも分かってます。けど、それでも言っておきたかった。僕の力は、彼女たちを守るには足りないから。だから飛影さん、皆を守ってあげて下さい。お願いします……!」
「「「ユーノ(くん)……」」」
直立不動からキッチリと頭を下げ、ユーノは言葉を紡ぐ。なのは達はそれを僅かに潤んだ目で見つめていた。飛影はそんなユーノから目を逸らさずにいたが、柳眉を僅かに上げると鼻を鳴らす。
「フン、甘ったれるな。自分が出来ないからオレに守れだと? 都合がいいにも程があるな。貴様が言うようにオレに助ける義理はないんだ、勝手な理屈を押し付けるのは止めろ」
「なっ!? 飛影く―――」
あまりにも冷徹な台詞に、はやて達が非難の声を上げようとする。だが、寸でのところで蔵馬とヴェロッサに押し留められた。ユーノは身動ぎするも、顔を上げようとはしない。
三人を抑えながらヴェロッサ達は黙って首を振った。そして、蔵馬が横目で見据える飛影に続きを促すように視線を送る。その顔に浮かんでいる笑みに若干目を鋭くさせながら、飛影はユーノを見据えつつ口を開いた。
「だが……こいつらとは偶々向いている方向が同じようだからな、敵対するものも自ずと絞られてくる。現に奴らとは何度か剣を交えてしまってもいるから、不本意だがオレも仲間の一人に映っているだろう」
顔全体で不機嫌を表した飛影が淡々と語った。なのは達がキョトンとするなか、付き合いが長い蔵馬や彼が口にする言葉の意図を理解したヴェロッサやはやては、含みのある顔でニヤニヤ笑っている。
だが、それに睨みを据えながらも飛影は言葉を止めようとはしなかった。
「あんな鉄屑を出してチョロチョロとするだけの連中が、何を考えているかは知らん。だが、奴らの目的がどうとか、何故敵対するのかとか、そんなものは端から関係ない。オレに刃を向けるなら、まとめて切り捨ててやるだけだ。分かったなら、その
泣きそうな顔で俯いていたユーノが、ハッとしてその顔を上げる。そのときには、飛影はユーノ達に背を向け、一人森のほうを向いていた。
風によって黒く棚引くコートが随分と遠く感じる。ユーノは彼の言った内容をもう一度頭の中で反芻し、その意味を数秒かけてようやく理解するに至った。そしてその表情を笑顔に変えながら、その背中へ黙って頭を下げた。
それと同時に一帯の緊張が薄れ、音が戻ってくるのが分かった。その場にいた全員が、緩んだ空気に息を吐き出しながら安堵する。少し呆れたようにはやてが飛影を見やった。
「まったく、飛影くんたら相変わらずの天邪鬼なんやから……言い方からしてももっと色々あるはずやのに、回りくどくってしゃあないわ。意味は同じやねんから、素直に『愛しのハニー達はオレが守ってやるから安心しろ』って言ったらええのにな~」
「……八神、後で話がある。それまでに思い残すことがないようにしておけ」
「やっぱ処刑するんかぁ!」
はやてがドスの聞いた飛影の声に怯えながら、蔵馬の後ろに隠れる。それを見たなのはと蔵馬は相変わらずの苦笑いだ。ユーノはそれに笑みを濃くしながら、ヴェロッサと話をし始める。
だが、フェイトには分かっていた。彼の笑顔には隠し切れない悲しみの色が滲んでいる。今の自分には、それがどれほどのものなのか痛いほどよくわかった。
(ユーノくん……自分が一番悲しいはずやなのにな……)
(っ!?……はやて、知ってたんだ)
いきなり頭に聞こえた声にフェイトが驚いて視線を向けると、何とも居心地の悪そうなはやてと目が合う。ユーノを横で捉えるその目は、少しばかりの寂しさを漂わせていた。
(当たり前や、何年一緒にいると思っとるんや。それにユーノくんの気持ちに気づかへんのは、なのはちゃんと朴念仁の飛影くんぐらいのもんやで?)
はやてが何を今さら、という風に零す。思えば、フェイトもはやても、彼がなのはに惹かれていることは早くから分かっていた。フェイトは自分と戦り合ったときには既にそう感じていたし、闇の書事件の時は、彼の気持ちはもう疑いようのないほどだっただろう。
しかし、ユーノが自らの気持ちを告げる前に、飛影となのはは出会った。それはたった一度きりの、夢とさえ思えるほどの一瞬の出会い。しかし、彼女にとっては運命的とさえ言える出会いだったのだ。
(フェイトちゃん。私な、『あん時』なのはちゃんを立ち直らせたんは、はじめユーノくんやと思ったんや。同じような時にユーノくんが見舞い行くゆうてたもんでな……まあ勘違いやったんやけど)
突如としてはやてが零した言葉に、フェイトは思わず彼女の方を向いた。そこにいる彼女は、いつもとどこかが違う。いつもの明るさやお気楽さはなく、自嘲を多分に含んだような笑みが浮かんでいた。
(だから……なのはちゃんが治って、無限書庫でユーノくんと会うたときに一度茶化してしもうたことがあるんよ。なのはちゃんに上手いことやったやないかって。そしたら、ごっつう暗い顔で言われてん。『僕じゃないよ、それは』って)
(それ、は……)
独白するような口調のはやてに、フェイトは息が苦しくなるのを感じた。もはや、その先は皆まで言わずとも分かる。
はやてに悪意は全くなかった。彼女からすれば、きっといつもやっているじゃれあいのようなやり取りの延長線上だったのだろう。
しかし、それは傷ついた一人の少年に、さらなる追い討ちをかける結果となってしまったのだ。
(今思えば、残酷な勘違いやった。いや、勘違いじゃ済まされへん……だから、私はなのはちゃん達には聞かなかったんや。気にはなったけど、罪悪感が疼いてそれどこじゃあらへんかったから。そないなことしてるうちに時間が経って、フェイトちゃん達が連れてくるまですっかり忘れてもうて。まさか、それが飛影くんみたいな人やとは思わへんかったけどな)
クスッと、ようやく少し険の取れた笑みを浮かべるはやて。その視線は頬をリスのように膨らませて飛影と言い合いをするなのは、そしてそれを仲裁しているユーノへと向けられている。
事実、飛影と出会いを果たした後のなのはは、それこそ別人のように変貌を遂げた。消極的だったリハビリもすごい勢いでこなすようになり、立つことさえ出来ぬとされたその体を、医者すらも驚く速度で完治させてしまった。
理由は何かと聞かれれば、彼女は満面の笑みで応えるのだ。
―――――ある人が自分を変えてくれた。その人と再会するために、会った時にがっかりされないように私は努力するんだと。
慕っていた女の子を何とか励まそうと思っていたところで、いきなり彼女が立ち直り、その理由が自分ではない男が原因と聞かされたこと。そして憧れといいつつも、彼女がその飛影とかいう男を想い忍んでいるのは誰から見ても一目瞭然だったこと。
それはユーノにとって寝耳に水のことだったに違いない。
自分の思いを告げることも出来ず、逆に彼女からは想いを寄せる相手を探すことを頼まれる。それは何よりも残酷なことだ。そのことを告げられたとき、彼は一体どんな気持ちだったのだろうか。
そのことでユーノが落ち込んでいたことも、フェイト達は知っている。聞けば、自分達が知らないだけで荒れていたときもあったのだそうだ。
しかし、今彼はそんな恋敵であった飛影と席を同じくしている。自らの気持ちが消えたわけではないだろうに、その微笑は痛々しくも穏やかだった。抑え付けたのではなく、吹っ切れたという感じ。
この八年の間には、数え切れないほどの葛藤があったはず。それこそ、なのは達が笑っている時、きっと彼は泣いていた。一瞬でなのはの心を奪っていった飛影を恨んだことも一度や二度ではないだろう。
だが、それでも彼は今こうしてここにいた。友達のユーノ・スクライアとして。
なのはを悲しませない為に、自分の想いを打ち明けるより彼女の幸せを願ったのだ。彼の葛藤は八年にも渡る長く辛いもの。だが、その末に得た答えであったからこそ、彼が心根から優しき青年だったからこそ出来うることだったに違いない。
(ホンマ、見直したで。好いた惚れたっていうんは正直どうにもならんけど、好きな相手の気持ちを察して引き下がるなんて、分かっとってもなかなかできることやない。ユーノくん、アンタ男やで。それと、あん時はホントにごめんな……ごめんなさい、ユーノくん)
はやては一人、目に浮かんだ涙を拭う。それを言葉に出すことはしない。謝ってしまえば、きっと彼にとって最大の侮辱となるだろうから。
フェイトは優しげな表情で彼女の肩へと手を添える。そして、ごめんなさいと心のなかで懺悔する親友と、ユーノを交互に見つめた。
(……強いね、ユーノは)
(ホンマにな……)
フェイトは痛む胸を抑えながら、傍らに立つユーノを見る。飛影と話す彼の表情は、旧来の友人と語り合うような清々しさを感じさせていた。
もし同じ立場になったら、自分はきっと耐えられないだろう。考えるだけで、身体が引き裂かれるような痛みが胸を襲う。フェイトにはそんな痛みを抱えて立つユーノが、とても眩しく見えた。
だから自分も誓う。可能性がある限り、絶対に諦めたりはしないと。
遠く響く泣き声も、静かに仕舞われる嗚咽も、空は等しく吸い込んでいく。今映る笑顔も大切な人達とのくだらないやり取りも、すべては青き輝きの中へ溶け落ちて、いずれ消えてゆくのだろう。
告げられぬまま突き進む思い。告げずに受け継がれる想い。
だがどちらも砕けはしない。その先にはきっと、新しい形が待っているから。
晴れやかな上空に雲が流れ、陽光が木々を照らし出す。
穏やかな風が、彼らを見守るようにその髪を攫った。
真剣Zの方で書いていますので割愛します。