魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師 作:コエンマ
-Side Teana Runstar-
ホテル・アグスタでの事件から数日、私は塞ぎこんでいた。ベッドの上に身体を横たえる。別に引きこもりになっているわけではない。だが、人間関係でいえばその傾向も出始めていた。
もちろん仕事は誰よりもキッチリとするのを心がけているし、訓練だって全てこなしている。だが、澱みのような嫌な感情が次第に自分のなかに溜まっていく感じは日ごと増していた。
今日が終わる。厳しい訓練の後だというのに眠気は来ず、いつものようにベッドに寝転がり、いつものようにマイナス思考を始まる。
ここのところずっとそうだ。飛影にスバルを助けてもらったあの日から止まらないのだ。
(私だけ……なんで……くっ)
怒りとも悲しみともつかない黒い感情が自分を押し流そうとしてくる。いつもは耐えていたが、今日はその流れが強い。才あるものへの、そして自分への憎しみや妬みなのだろう。
こんなのは嫌だ。惨めになりたくないからこそ死に物狂いで努力して管理局に入ったというのに、これでは同じではないか。
何も出来ず、無力だったあの頃と。
(もう……嫌……)
頭から布団を被り、うつ伏せになって枕に顔を押し付けた。同じ問いや答えがぐるぐる回った末、思考が極大に達しそうになる。そしてそれが思うがまま、滅茶苦茶に爆発しそうになったとき急速に意識が遠のき、
『辛気臭ぇなぁ。あー、やだやだ』
「う、わぁっ!?」
それは唐突に終わりを告げた。頭のなかに誰かの『声』入り込んできたのだ。私は目を開いた『感覚』を覚えながら起き上がり、響いた声を追うようにして後ろを見た。
そこにいたのは青年だった。白い胴着を着込み、鍛え抜かれた両腕を惜しげもなく晒した年上の青年。瞳は飛影さんのような勝気な光を帯びていたが、彼とはまた違う印象を放っている。
黒色の前髪は見事に描かれたリーゼント。桑原さんほど露骨ではないが、普通の髪型というジャンルとは少しばかり方向性が異なるだろう。最近ではあまり見かけない。
『ったく、真面目ちゃんはこれだからいけねぇよな。考えばっか先行っちまって頭でっかちにしかなりゃしねぇ。強いだの弱いだの、いちいち難しく考えすぎだ』
口調は軽い。だがその身体から発する『何か』に私は身構えた。得体の知れない感覚、それは恐怖だ。威圧感を灯した飛影さんと並び立つほどの何かを、私は目の前の男から感じていた。
「あ、貴方誰よ!? 人の部屋に勝手に入ってきて、私に何をするつもり!?」
『何言ってんだよ、お前はそこで寝てんじゃねぇか』
「えっ……な……」
相手の指した方向、自分の後ろを見やって私は声を上げた。そこで目を閉じ、等間隔に静かな息をしているのは紛れもなく『私』だった。寝ている自分を見下ろしているのである。
「ど、どうなってるの……!?」
『それを今から教えてやる。と、思ったが、言葉で言うのは面倒だから、とりあえず自分の力を確認がてら磨いてこい。潰されんなよ』
彼が言った瞬間、景色が突如変貌を遂げる。闇が降り、黒一色だった就寝部屋と彼が消え、変わりに板張りを敷き詰めた大きな部屋が現れた。
どこかの道場のような荘厳とした佇まいに自然と背筋が伸びる。足が地に着いた感覚に戸惑っていると、床板の一つが歪み何かが迫り出てきた。
「な……!」
言葉を失う。
一言で言えばそれは影だった。何の感情も、何の生気も感じさせないただ虚無を固めて生み出したような空ろな人形。目も耳も口もない、ただ不気味な色を立体化させたような出で立ち。そのあまりの無機質さに、背中を嫌な汗が流れていった。
それに驚く間もなく、影はゆっくりとこちらに歩いてくる。顔のない相手からは表情など読み取りようもないが、明らかな敵意が伝わってくる。私は慌ててポケットに手を伸ばし、いつも傍にいるはずの頼れる相棒を探した。
だが、手に馴染む大きさのカードの感触はどこにもない。いつもは体に満ち溢れている魔力も感じない。それが不安を恐怖に変える。
「ひ……っ!」
情けない声が喉を通して空気を震わせる。反射的に後ろへ下がろうとするも、そこに壁が在るかの如く下がることができない。
と、何か言いようのない悪寒を感じて私は体を捻った。体裁もなにもなく、無様に床を転がる。瞬き程度の僅かな時間の後、私は倒れた体勢から自分がいた場所を見た。
そして絶句する。目にしたのは影が突き出した手から伸びる闇。まるで獲物を食らい尽くすかのように蠢くそれが、さっきまで自分が瀬を預けていた壁を覆っている。そして、それは程なくして私へと向けられた。
「う……ぁ……」
もはや悲鳴にもならない。そこにあるのは絶望だ。このままいけば、間違いなく自分は死ぬという確信が心に宿る。
殺される。直感でそう感じた。涙が出そうになるのを嫌うように思わず目を瞑る。だが、その瞬間に私の中に流れ込んでくるものがあった。濁流のような勢いで以って入り込んでくる感覚に、一瞬パニックに陥りそうになる。
だが心に満ちていた恐怖や焦りなどを、それは一瞬にして押し流していった。混沌とした心がより強い混沌で上書きされ、それらが徐徐に形を成していく。
輪郭が宿り、線が走り、色が満ちる。それらは時に調和し、時に互いを押し潰しあいながら生き物のごとく姿を変える。そして一つの光景が映し出された。
映ったのは先ほどの青年。いや、少し若いだろうか。
その右手が掲げられる。間髪入れず、その指先に光が集まっていくのが映った。そして左手を添え、視線を引き絞ると、彼は無造作にその青い半透明な光を撃ち出した。空間が僅かに震え、光はそのまま遥か上空へと消えてゆく。
彗星のごとき尾をなびかせながら飛んでいく光。光で出来た弾丸。それが私の印象だった。
すると、終わりを待っていたかのように景色が戻り、止まっていた時間が動き始める。
「……」
目の前には先ほどの影がいた。だらんとした腕をゆらゆらと振りながら、こちらに向けて少しずつ近寄ってくる。
自分の掌に目を落とす。あまりにも馬鹿馬鹿しい推測が頭の中を駆け抜けた。
まるで三流の小芝居、最近は中二病と呼ぶのだったか。普段の自分だったら絶対にしない、腐れ縁のルームメイトがいたく好みそうな展開である。
しかし迷っている時間はない。私はらしくなさを感じつつも、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「ッ……もうッ、こうなりゃ駄目元よ!」
半ばヤケクソのように叫ぶと、先ほどの映像を追随するように右手の指先に気を集中させる。すると何の澱みもなく、あの時見たのと同じようにして自分の人差し指に光が集まっていった。
私が息を呑む。自分のことなのにまったく理解が追いつかないが、ライトブルーの光は導かれるようにしてその輝きを増し、指先を覆い隠していく。
影が残り五歩前後のところまで迫る。私はそれを睨みつけ、恐怖を振り払うようにして、腕を構えた。
「……喰らいなさい、このぉおおおお!!」
『彼』と同じような弾丸をイメージし、馴染んだ射撃魔法を使う感覚を全身に走らせる。力強い熱が体の中を駆け抜けていく。
心で狙いを定め――――心で引き金を、引く!!
刹那、光は私に応えるように指先から迸った。撃鉄を打ち鳴らされた弾丸はそのまま影を撃ち抜くと、青い光を乱反射しながら虚空へと消えていく。黒一色だったその身体に風穴を開けられて外郭を保てなくなったのか、程なくして影は消えた。
それと同時に私の意識も急速に遠くなっていく。まるで引き込まれるかのような、いや引き上げられるかのような力に抗うことなく私は沈んでいった。
絶望はない。何とかなったのだから、もうこれぐらいでいいだろう。そう見切りをつけて私は意識を完全に手放した。
『ま、ギリギリ合格だな。力を見つけたのは偶然だったし、ホントはついでぐらいのつもりだったんだが、気が変わったぜ。軽く鍛えてやるから感謝しろよ、ティアナ』
だから、どこか嬉しそうな声は私には届かなかった。
-Side change Several days after-
「そうそう、いい調子だよティアナ」
「……はいッ!」
なのはの声が横から響いた。四方八方より迫り来る光の玉をクロスミラージュで撃ち落していく。同じくして足元に薬莢が次々と転がっていった。
ティアナのポジションがやるいつもの訓練の一つだ。目的は視覚を広く取ったり、多角的な攻撃に対抗できるようにすること。あるいは戦況把握のために大きな視野による判断を素早く正確に下せるようにするためにあるセンターガードの訓練である。
「ッ……ヤッ!」
この訓練をティアナはかれこれ数十分は続けていたが、何週間もやってきたことだ。疲れはするが、これぐらいでまいるような柔な鍛え方はされていない。
前と真上、そして右上と左からから来る光を順々に二丁銃で全て叩き落した。光が砕けて魔素へと還り、虚空へと溶けていく。
撃ち落した光の残滓を見届けてから視線を下げる。すると、此方を見ていたなのはと目が合った。その周りにはもう浮いている光は残っていない。
彼女がティアナを見てにっこりと笑った。張り詰めていた空気が緩み、緊張を解く。そうしてティアナがほっと一息吐こうとした時、背筋に何かが走るのを感じた。
「ッ!」
考えるより速く身体を捻る。ホールドしかけていたクロスミラージュを抜き放ち、流れるようにセーフティーを外して左手を背後に向ける。
それは訓練によってもはや反射的になるまでとなった動作だ。そのまま躊躇なくトリガーを引く。
「シッ!」
鈍い銃撃音と地面を打つ薬莢の乾いた音が重なる。そこに至って、ティアナの視覚がようやく狙った対象物を捉えた。
それは光の玉の欠片。桃色の光を放っていたそれは、ティアナの黄色がかった弾丸に撃ち抜かれ、硝子を砕いた時のような高い音を響かせて消える。そこで漸く大きな一息を吐くことができた。ティアナは少しジト目気味で苦笑しながらなのはを見る。
「まったく酷いですよ。どんな時でも油断しないようにって言いたかったんですか? なのはさんって相変わらずスパルタですよね」
「……え? あ、う、うん。よくわかったね、ティアナ。これなら何の心配もないよ」
「ありがとうございます。午前はこれで終わりでしたよね、それじゃあ私はご飯食べてきます」
それだけ言うとすぐさま踵を返した。強くなるために、少しでも練習をするために時間が惜しい。一刻も早く食事を終わらせて自主練に入らなくてはと、ティアナはスタスタと歩いていく。
その後姿をなのははじっと見つめていた。
-Side change at night-
「う~ん……」
夜の自主練習の合間の休憩タイム。伸ばした右手の指先を見つめながら、ティアナは一人考え込んでいた。彼女の視線の先にあるのは男の姿……などではなく何の変哲もない自分の人差し指だ。いつもと別に変わりはしない。
訓練で傷ついているが、マメにケアはしているので女の子らしい手だとは、思う。けれど今考えるべきはそこではなかった。
「はぁ……」
十日ほど前、衝撃的だったあの夢を見てからティアナは毎晩のようにそれに準ずる夢を見るようになっていた。一晩も欠かすことなく文字通り毎晩である。
そのどれもが黒い影と戦う夢だ。始めは一体だけだったのが、二体になり三体になり、今では両手の指ほど、それもかなり強くなった影を一度に相手するにまで至っている。
見えないところから来る攻撃もあるので、次第に影から発する気配や殺気、そして何か不思議な感覚のようなもので動きを読むことが出来るようになり、それを頼りに攻撃するなんてこともしていた。あくまで夢の中でだけという話だが。
そして目が覚めれば現実の訓練が待っている。寝ても醒めてもティアナは動き続けていた。だが、不思議と疲労は少ない。
「やっぱり光らないか……」
あの夢の中で、ティアナは不思議な力を使えた。指先に力を集中して弾丸のように放つという、魔法のようで全く違う力による攻撃だ。魔法陣も出なければデバイスも使わない。
だがその力は無尽蔵というわけではなかった。使えば使っただけ減り、なくなれば出せなくなる。たったそれだけ、普通に考えれば当たり前のことだが、夢であるその世界でそうなっていることにティアナはひどく現実感を感じていた。
しかもそれだけでは終わらない。
夢を経るごとに身体に流れる力の感覚が分かり始め、自分の拳や足に力を乗せて攻撃や移動をするなんてことも出来るようになった。理屈は分からないが、ひたすら耐久組み手のようなことをしているうちに、あの力には強化魔法のような防護や攻性作用があることも分かったのだ。
しかもこの方が力の使用量も少なく場所を選べば効果も大きいので、決め手である『アレ』を撃つことが必要な相手に温存できた。
今の自分では『アレ』を二回撃つと、ほぼ全ての力を使い果たしてしまう。結果としていつもの射撃一辺倒では通じず、それなりに身体を使った攻撃もするようになったというわけだ。それも最初は一発しか使えなかったことを鑑みれば、普通は成長していると言えるだろう。
しかしくどいようだが、全てが夢での話だ。
あまりのリアルさに、これが現実だったらと考えたこともある。
だが、夢では簡単に出来た力の集中も起きてみれば何もできない。所詮は夢の中、才能を求めるあまり自分の卑しさを思い知らされたようで、少し気が沈んだ。
「頑張ってるね~。暇だったから付き合いにきたよ」
そこに馴染み深い声がかかった。声の主は言わずもがなだ。五月蝿い鬱陶しいバカっぽいと三拍子そろったティアナの腐れ縁、天然突撃娘ことスバルである。訓練で疲れているというのに、彼女は満面の笑みだった。
アグスタで致命的な失敗したあの日から、ティアナは自主練習を始めた。無理は承知だったが、何もしないままではいられなかったのだ。
そして一人でいいと言っているにも関わらず、何かと理由をつけて彼女はティアナに付き合ってくれる。世話焼きなお人好しであるが、その想いがとても温かかった。
「ティア、昼間もなのはさんの教導があったんでしょ? その割にはなんか元気に見えるけど、ホントに大丈夫?」
「大丈夫よ。自分のことはそれなりにわかってるつもりだから、今のところは平気。それより、アンタもしっかりやんなさい。あたしとの特訓を怠慢の言い訳に使われちゃたまんないしね」
「うー! パートナーがせっかく来てあげたっていうのに、まったく酷いなーティアは。けど、成果はでてるみたいだね。なんだか前よりタフになったような感じがするし、反応の速度だってどんどん上がってるじゃん」
「え? そ、そう?」
予想外のことを言われ、ティアナはきょとんとする。スバルのほうはティアナがそんな表情をすると思わなかったのか、彼女と同じような顔をした。短期間で伸びればいいと思っていたが、目に見えて力がついているらしいことには驚くしかなかった。
「ティア、気づいてなかったの? キャロとかエリオも騒いでたし、リィン曹長とか結構驚いてたよ?」
スバルが驚いたような顔で言う。
正直な話、まったく気が付いていなかった。
自分を高めることと、夢での出来事を整理することで精一杯だったからである。事実、考える時間はほとんどそっちに費やしていた。
もちろん、ティアナが実力が伸びているということに嬉しい気持ちになったのは本当だ。才がないと言われ、そして自分でも認識していたものが少しずつ覆ろうとしていることには素直に喜べる。
しかし、ティアナは同時に何か釈然としないものを感じていた。
どんなに努力しようと、これまでは一向に伸びる気配すらなかったのだ。秀才と言われつつも、それは人の何倍も時間をかけて自分のものにしてきた結果でしかない。ティアナにとってこのような伸びは異常だった。
理由は……思い当たらないわけではない。偶然だが、その時期も重なる。
だが、あれは―――――――――、
「……まさか、ね」
「ん? どうしたのティア?」
「なんでもない。さっ、休憩終わり。続き始めるわよ」
ティアナの掛け声にスバルがおーっ、と間延びした声を上げた。
馬鹿馬鹿しい。
あれは夢だ。いくら毎晩続く不思議な感じで、ちょっとリアルだからって夢は夢なのだ。
肉体が疲れていないことを踏まえて、全てが現実とは違う。ありもしない理想や叶わない夢を追いかけても、その先にあるのは失望という名の現実だ。何度も何度も経験してきた。
きっと、訓練の成果が今になって大きく出始めてきたのだろう。ティアナは勝手に理屈を固め、疑問を横に流した。
(……私にはやらなきゃならないことがあるんだから)
スバルを交えつつ、ティアナは訓練を再開した。
そこから飛ぶように消えた、黒い影に気づくことなく。
-Side out-