魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師 作:コエンマ
飛影は機動六課の廊下を歩いていた。夜も遅いのか、自分の足音が遠くまで何度も木霊しながら去っていく。そして突き当たりの部屋の扉を潜り、少し不機嫌そうに息を吐いた。
「……下らん。これで満足か?」
「ふふ、相変わらずやね。モノを頼まれた人の態度やないなぁ」
尊大な物言いに応えたのははやてだった。その他にも、蔵馬と桑原の二人とフェイトになのは、それにヴィータとシャーリーなどが部屋にいる。その机の上には資料がいくつかと何故かトランプが乗っていた。リィンやシグナムは現在別の任務を遂行中なのだそうだ。
「コイツ……本当に殺してやろうか?」
「自然体で人を脅すのは止めてくれ、飛影。正当な経緯でこうなっているんだし、そもそもトランプ初心者とはいえそれを承知で挑んだゲームに負けたのは貴方だ。間違いなく君自身の責任だろう?」
「そうだぜ~、まっさか飛影は言い訳なんかしねぇよなぁ?」
「くッ……当たり前だ!」
蔵馬と桑原に窘められ、というか半分挑発され、飛影は悔しそうに息を吐いた。会話で察するとおり、実は先ほどまでみんなでトランプゲームをやっていたのだ。その罰ゲームとして、飛影は言われたことをやってきたところなのである。
「つ、次はきっと勝てるよ飛影!」
「いらん世話を焼くんじゃない!」
「あ~ダメだよ、飛影くん。フェイトちゃんに当たっちゃ」
なのはは「あぅう」と萎みこんだフェイトの頭に手をやり、よしよしと撫で付けている。涙目のフェイトに若干怯む飛影だが、キッと目を細め、剣呑な目付きでなのはを見据えた。
「当たってなどいない!それに元はといえば、貴様がオレに下らん命令したのが原因だろうが!」
「あはは、そういえばそうだっけ……で、どうだった?ティアナの様子、見てきてくれたんだよね?」
先ほどの明るさはなりを潜め、存外に真剣な声でなのはが言う。その顔は深い憂慮と若干の怒りで構成されていた。
トランプで一番だったなのはが飛影に下した罰ゲーム、それは最近無理を通しているティアナの様子見をしてくるというものだった。フェイトやなのはがいくら休めといっても聞かず、彼女はスバルやエリオらと一緒に無茶な訓練を続けているのだ。
ヴィータ達、それに飛影らは彼女にあそこまでさせる原因が最愛の兄だったティーダ・ランスターの死とそれにまつわる悲劇、そして最近あったアグスタでの一件が絡んでいることをなのはから告げられた。そして、この状況をどうするのか彼女たちは頭を悩ませていたのである。
トランプは、はやてが飛影を挑発した末に行われたものだったが。
「ティアナちゃんの目標は兄の汚名を雪ぐこと。そしてその兄が目指していた執務官になることで、管理局に自分と亡き兄の力が本物だと示すこと、か。彼女にも背負っているものがあるようですけれど、実際どう思いますか、飛影?」
「フン、別にどうも思わん。それなりに疲労はしているだろうが、際立った問題はなかった。そもそもどのように動こうが何をしようが、端から俺の知ったことじゃない。オレも一度ヤツを試したが、それでも折れるつもりはないようだからな。それほどまでに突き通したい事なら、奴の勝手にさせればいいだけだ」
「ッ! なのはの話を聞いてなかったのか!? オメーはティアナがどうなってもいいってのかよ!?」
あまりの言い草にヴィータが声を荒げる。だがそれに対して何の感情も浮かべず、飛影は一睨みしてそれを黙らせながら口を開いた。
「言葉にせんと分からんか? 例えヤツが潰れようが、死のうがオレには関係ない。何かを目的にしてそうしている以上、それによって降りかかる災難も責任も、全てヤツ自身の問題だ。外野があれこれと口を出したところでどうにもならんさ。それ以前に奴自身がそれを求めていないんだ、好きにさせてやれ」
「……確かにティアナは成長してきてるよ。今日も信じられないぐらいの動きを見せてた。でもっ!このままじゃティアナの為にならない……無茶は危ないって分かって欲しいの……!」
なのはは声を大にして飛影に告げる。そこには抑えきれない憐憫が浮かんでいた。なのはの目には、ティアナがかつての自分の投影のように見えるのかもしれない。それははやてやフェイト、そして飛影も分かっているはず。
しかし、期待を寄せた言葉に対して返ってきたのは、芯まで呆れた返ったような声だった。
「やれやれ……高町、貴様はそれで本当に奴の教官をしているつもりか? ヤツも相当なバカだが、貴様はそれ以上のようだな」
放たれた言葉に、なのはは絶句して言葉を飲み込む。飛影はそれを横目で見て一度目を瞑ると、ソファから腰を上げた。
「無茶だということなど奴はとっくに気づいているだろうさ。自分が今いる立場も分かっているはずだ。だからこそ、あれだけ特訓に励む。まぁ、オレ達に言わせればあんなのは無茶でもなんでもないし、少々『力』に固執しすぎている面もあるがな。どちらにしろ、ああなった奴は梃子でも動かんが」
飛影はふっと息を零しながら言う。閉じられたその目蓋の裏側で、彼が見ているものを知る者は誰もいなかった。
「教導は刷り込みではない。たかだか数週間程度の面倒を見たぐらいで、考えまで同調させられるなどと思うなよ。何とかしたいのなら、腹の探りあいのような上辺だけの言葉や、芝居にもならんふざけたやり取りをやめることだ。他でもない、貴様自身のな」
切れ長の瞳が、矢のような鋭さを伴ってなのはを射抜いた。心の奥底を突き刺されたように感じ、なのはは一瞬息が出来なくなって胸を押さえつける。だが、怒りにも似た感情が湧き上がってくるというのに、何故か反論の言葉は出てこなかった。
飛影にはいまだ表情がなく、そこには侮蔑も奢りもない。彼はそのまま、ただ単調に言葉を紡いでいった。
「自分本位な考え方は止めろ。ランスターのこともそうだ。横から勝手に決められてしまえば反発するのは当然、言葉もただの枷にしかならん。それはいずれ奴との間にひずみを生み、耐え切れなくなって爆発する」
スタスタと黒い背中が遠ざかっていく。そして自動ドアの扉が開き半分外に出た状態で飛影はもう一度振り返った。
「自分の考えを強要するだけなら、どんなバカにでも可能だ。高町、仮にも貴様が何かを教える立場だと言うのなら、少しは考えてからものを言え。ランスターの奴は、お前と『同じく』相当な頭でっかちだからな。今の貴様のやり方では、一片の言葉も奴には届かん」
飛影は今度こそ部屋を出て行く。いたたまれなくなったのか、蔵馬と桑原もそれに続いた。部屋に沈黙が降りる。だが、それを破ったのは怨嗟のような呟きだった。
「……強い飛影くんには分からないよ、何にも出来ない辛さなんて。弱い人の気持ちなんて。幸せがどれだけ脆いのかなんて……」
「なのはちゃん……」
「なのは……」
はやてとフェイトが膝の上で拳を握り締めたなのはを慮る。その気持ちは彼女を良く知る二人には痛いほどよくわかった。
今の彼女を放っておくなど、そんなことできるわけがない。元よりなのはに許容できるはずもなかった。うわべだけなんて言わせない、彼女は必ず救い上げてみせる。もう繰り返さないために。
「私はティアナを止めるよ……絶対に」
想いを胸に少女は立ち上がる。自分が受けたような傷跡がティアナに降りかかるのは、絶対に回避しなければならない。あんな辛いことが正しいことのはずがない。そう信じて。
-Side change Next day-
翌日、飛影はいつもより遅くに目を覚ました。窓から差し込む光を受けて目蓋を開く。
いつもは早朝練習や朝の日課である妖気のコントロールなどをするのだが、今日はそのどちらもせず彼の身体は布団のなかに埋もれたままだった。
何故かと問われれば理由は至極簡単だ。単に起きる気がしなかっただけ。スバルなどが起こしに来たが、悉く無視した。人の指図や命令はよっぽどでなければ受けない、それが彼のスタンスである。
「今日は、確か模擬戦をやると言っていたな……」
ぽつりと言葉を零し、飛影は掛け布団を退けた。ベッドから起き上がり、何時ものノースリーブシャツとズボン、そして黒コートを身に纏う。最後に剣を腰に差すと扉を潜り、忌々しそうな顔をして通路の左側を見た。
「気配を断って様子を窺うな。悪趣味な奴め」
その先、扉の真横の壁に背を預けていた蔵馬が苦笑して、そのまま腕組みほどくと姿勢を正す。先ほどのことにはちっとも悪びれる様子もなく、そのまま近寄ってきた。
「やれやれ、わざわざ呼びに来たというのに随分な言い様ですね。模擬戦、始まってしまいますよ?」
「すぐに勝負が決まるわけでもあるまい。時間的にはちょうどいいはずだろう」
「始まる前にいろいろと準備がありましたからね。それをボイコットした誰かさんは知らないことでしょうけど」
「フン」
蔵馬の厭味や小言を聞きながら、飛影は訓練場に辿り着く。そこでは既に模擬戦闘が始まっていた。あちこちから響く轟音や飛び交う魔力光がその激しさを物語っている。
その中ではスバルとティアナの二人が、なのはと戦っていた。飛び交う黄色の魔力弾を、同じく桃色の魔力弾が相殺し、あるいは牽制しながら弾いていく。絵に描いたような射撃戦と火花を散らすような格闘戦だ。
「あ、蔵馬に飛影。見にきたんだね」
「遅っせぇぞ、オメーら」
フェイトとその横にいた桑原が二人を見つけて近寄ってくる。後ろにはヴィータとライトニングの二人もいた。挨拶もそこそこに集まった全員が訓練場へと視線を移す。
何時もと変わらぬ風景と訓練フィールドシステム。しかし、戦うもの達の様子はいつもと少し違っていた。蔵馬が何かを考えるような仕草を続けながら、上空で繰り広げられている模擬戦に目をやる。
「ティアナちゃんの弾のキレはいつにも増して凄いな……けど、何か迷ってる。いや、認識に感覚が付いていけていないのか……?」
下方ではティアナが飛行するなのはに向け、死角から陣形クロスシフトを取り得意の射撃で攻撃していた。一段と鋭くなったその攻撃を、なのははそれを身体を僅かに反らしながら避けるが、その回避行動によって制限された軌道上にウイングロードから疾走したスバルが突撃していく。
なのはの牽制弾をバリアで強引に受け流しつつ、スバルは力任せに拳を突き出すが、同じようにレイジングハートで構えを取ったなのはがそれを受け止め、逆に弾き飛ばした。
「あっ……」
「ちょっと強引なような……」
なんとかウイングロードに着地したスバルを見て、安心した息を吐くキャロや見上げていたエリオが呟きを零す。二人の表情が優れないところからも、なんとなしには異変に気づいているようだ。
「オイオイ……何を焦ってんだ?」
「話にならんな。ティアナの腑抜けも相当だが、スバルに至っては考えなしに突っ込み過ぎている。おそらく陽動か何かだろうが、あんな動きでは撃ち落としてくれと言っているようなものだ」
「ん……まぁ、そうだな」
桑原の呆れ声に飛影の言葉が連ねられる。キツイ言い方だが的を射ていたのだろう、ヴィータも同じような表情をすると市街フィールドへ視線を戻した。
すると、なのはの額にレーザーポイントが照射される。それの起点、遠くに立つビルの屋上でティアナが砲撃姿勢を取っていた。スバルは同調するようにカートリッジをロードし、またなのはに突っ込んでいく。フェイトが驚いたように背を伸ばした。
「砲撃……ティアナが……?」
「バカめ、アレは囮だ」
「「「「囮?」」」」
「ええ。本人は……」
「あっちだぜ」
言葉と同時にティアナが幻影となって消える。蔵馬と桑原が視線と言葉を向けた方向、スバルのパンチを受け止めているなのはの後ろから、ウイングロードを駆けてティアナが走ってきていた。
そのスピードは、以前までの彼女からは考えられないほど素早いものだった。なのはが意識を向けたときには、既に射程距離に入っている。
そしてそのままなのはの上を取るようにして、ダガー状の光を出したクロスミラージュで突貫していった。ダガーでバリアを切り裂いて一撃でカタをつけるつもりらしい。
攻撃が来ることを分かっているはずだったが、なのはは動かない。そしてその刃が彼女に届こうとしたとき、飛影は吹きすさぶ風が不愉快な濁りを帯びたのを感じた。
「……チッ、面倒なことになったな」
「……ああ」
飛影の呟きに蔵馬が間を置かず応える。その瞬間、時が遅くなったように色あせていき、場が呼応するように音を無くした。
「…………レイジングハート、モードリリース」
『All right』
なのはの言葉と爆発音がシンクロする。予想外の爆発力で突風が巻き起こり、土煙が辺りを支配する。そしてようやく光が差し込んだとき、空気を震わせるような言葉が静かに響いた。
「おかしいな……二人ともどうしちゃったのかな……頑張ってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ?」
煙の晴れた先には二人ぶんの攻撃を受け止めるなのはの姿があった。だがレイジングハートをセットアップ前に戻っており、防いでいるのもシールドではなく、自らの手によってだ。
左手でスバルのマッハキャリバーを。右手でティアナのクロスミラージュのダガーを掴みながら、なのはは俯いていた顔を上げた。ダガーを握った右手は血を滴らせ、彼女の純白のバリアジャケットを濡らしていく。
それを見て二人から血の気が引いていった。
「練習のときだけ言うこと聞いてる振りで、本番はこんな無茶するんなら……練習の意味、ないじゃない……」
「う、あ、あの……」
なのはの空ろな目が二人を捉える。いや、空ろなのはうわべだけだ。感情がないのではなく、感情を浮かべることすら忘れるような激情が彼女から一切の色を消し去っていた。
その身体からは少女らしからぬ感情、憎しみの色すら浮き出ている。
「ちゃんとさ……練習どおりやろうよ。ねぇ、私の言ってること、私の訓練……そんなに間違ってる……?」
『Blade-release』
殺気立ったなのはの言葉にティアナは怯んだ。その瞬間主の意志を汲み取ったか、クロスミラージュがダガーを形成していた魔力を破棄し、彼女の動きをアシストする。同調するようにティアナも後ろに飛び、展開されたままのウイングロードに着地した。
「あたしは! もう誰も傷つけたくないから! 失くしたくないからっ!! だから……強くなりたいんです!誰にも負けないぐらいの強さが……守られてるだけじゃない、皆を守ることができるだけの力が……私には必要なんですッ!!」
その頬を涙で濡らしながらティアナは叫んだ。長年抱えていたものが溢れてしまったのだろう、彼女らしからぬ感情の高ぶりだった。
なのはに向け、ガシャガシャとマガジンの切れた銃のトリガーをかまわず引き続ける。なのははそれを表情も変えずに見上げたまま、指先に魔法陣を展開した。
「少し……頭冷やそうか。クロスファイア……シュート」
「うぁあああっ! ファントムブレ……」
なのはの放った狙撃魔法がティアナに直撃する。威力は抑えられていたが訓練としては最高レベルであり、その爆発によって粉塵が舞い上がった。
海から吹く風によって、ウイングロードを覆っていた煙が晴れていく。そのなかでティアナはかろうじて立ってはいる、がその身体は所々傷つき、クロスミラージュも足元に落ちていた。
「ティア……ッ、バインド!?なのはさん!」
近寄ろうとしたスバルは突如かけられたバインドに動揺し、目の前のなのはを見た。表情を僅かも変えず、声色もそのままになのはは指を掲げた。
「じっとして。よく見てなさい……クロスファイア……」
暴れるスバルを押さえつけ、なのはは魔力弾を形成させていく。それは先ほどのような拡散弾ではなく、威力の範囲を絞った砲撃型である。狙いは寸分違わずにティアナを捉えていた。
「おい、ありゃいくらなんでもやりすぎだ! 止めんぞ蔵馬!」
「ああ!」
なのはの所業に怒りと焦りを滲ませ、各々の武器を構えた。二人はそのまま彼女達の前に飛び出そうとする。
だが、そこに思わぬ横槍が入った。
「待て」
「飛影!?」
「っ!? 飛影テメェ! 何を待ってってんだ、ボケッとしてたらティアナちゃんがやられっちまうだろうがよ!」
桑原が鬼の形相で飛影に詰め寄った。蔵馬の方はそこまではしないが、硬い表情を崩さず説明を求める眼差しを放ってくる。
二人とも『あの時』のことを思い出しているからだろうか、纏う空気には鬼気迫るものがあった。
それが読み取れないほど彼は鈍くない。何より付き合いの長い間柄だ、言いたいことは全て分かっていた。
だが、それでも飛影は引こうとはしない。フェイトやキャロたちが怯えるほどの二人の気迫にも全く動じず、飛影は淡々と答えた。
「あいつからは戦う意志と力が消えていない。今お前らが手を出すのは筋違いだ。それに……」
視線を流して対峙する二人を眺める。そして、ティアナを見据えて意味ありげな光を宿しながら、興味深そうに口の端を吊り上げた。
「奴の纏っていた気が変わった。まだ何かするつもりらしいぞ?」
-Side Teana Runstar-
私は暗い中を漂っていた。
なのはさんに勝つため、彼女たちを見返すため、自分に力があるということを証明するため、そして大切な人たちをこれ以上傷つけさせないために頑張ってきたことが、みんな終わってしまった。
(私、間違ってたのかな……)
兄の名誉を取り戻すためにスバルたちと共にやってきた全てを否定されたようで、私は次第に考える気力も失っていく。体もまったく動かなかった。
放っておいて。私はもう傷つけたくない、傷つけられるのを見たくないの。だからもう、私を傷つけないでよ……。
もうこのままこの海に解けてしまえば、と。そんなことが頭に浮かんだ時だった。
『こんのアホが…………いつまで腐ってるつもりだい! ぐじぐじ言うのも、ガキみたいに甘ったれるのも、どっちもくたばってからにしな!』
沈みかけるようにしていた私の意識が、引っぱたかれる様な衝撃とともにたたき起こされた。それを為したのは突如として響き渡った、澄んだ鈴のような女性の声。驚いて身体を起こし声が聞こえたほうを振り向くと、そこには一人の少女がいた。
その背はかなり低く、私の首辺りまでしかない。着込んでいる白い胴着には赤いチャイナ服状の垂れがついている。見た目からして自分より数歳ほど年上に見えた。
だがそんな風体だというのにもかかわらず、彼女から発される気迫は尋常ではなかった。まるで何十も歳を重ねたような威圧感に気圧され、竦みそうになる体を必死に押しとどめながら、私は漸く声を発する。
「だ、誰……?」
『誰だっていいさね。人のことを気にしてる場合じゃないだろう。まったく世話が焼ける、お前は自分の言いたいことを全部言っただろう!? だったらやることは一つだ。相手が聞いてくれないってんなら、その横っ面を張り飛ばして耳元で聞かせてやるんだよ!』
攻撃的、というかストレートで暴力万歳な物言いに私は絶句する。だが私自身動揺していたためか、頭に浮かんだのは言い訳じみた言葉ばかりだった。
「で、でも、私の魔力じゃ、なのはさんには……」
『ボケ! 魔法の話なぞ誰がした。何のためにアイツが夢で散々教えたと思っておるんだ! こんな状況になってまで寝言を言う気か! 少しは真面目にやれ!』
彼女の声にはっとする。その言葉にここ数日の『記憶』が脳裏をよぎった。リアルすぎるあの夢の連鎖が頭の中を駆け抜けていく。
「夢……?じゃあ、あの夢はやっぱり……」
『ボサッとしてる暇があったらさっさと意識を集中させな! お前が夢でいつも使っていた魔力とは違うエネルギー、アイツが教えた『霊波動』が感じ取れるハズだ。後は流れにお前の意志を乗せ、力を発するに相応しい形に変えろ! 強い思いが肉体を抑し、限界を超えた力を制する鍵となる!』
消えかけていた闘志が蘇る。気づけば私は拳を握り、動かないと思っていたその足で立ち上がっていた。彼女の言葉を繰り返す。
「思いを、力に……?」
『そうだ! その身にかかっていた霊気の封印は解いてやった。あとはお前次第だ。力に踊らされず、力を過信せず、その身に流れるモノを心で念じて形にしろ! 集中力だ!』
それだけ言うと、私の身体からガラスが砕けたような音が聞こえた。同時にあの懐かしく、初めての力が奥底から湧き上がった。
同時に彼女の姿が靄に包まれたように輪郭を失っていく。そして、消えて行く彼女に導かれるようにして、私は現実を取り戻した。
「―――シュート」
「ティアァアアア―――――ッ!!!」
スバルの絶叫で私の意識は現実へと完全に引き戻された。涙目でこちらを見据える親友。いまだ体感時間はスローで流れている。
彼女には悪いことをしてしまった。今度は絶対侘びを入れなければなるまい。と、そこまで考えて私は彼女に視線を戻した。
彼女と私を結ぶ線を沿うようにして、桃色の魔力弾が自分へと迫ってくるのが見えた。その威力は先ほど拡散型を複数受けている自分が一番良く知っている。しかもアレは砲撃系だ。となれば、威力はさらに上であろう。
だが、心には不思議と恐れはなかった。寧ろ忘れていた何かを取り戻したかのように、気持ちが高揚しているようにも感じる。
力の差があるのは歴然たる事実。けれど立ち止まろうとは思わない。新しい力、いや奥底で眠っていた力が嬉々とするように躍動し、私の身体を満たしていた。後はそれを引き出すのみ。
スッと、自然に右腕が上がった。迷いは消え、身体に力が戻っていく。いや、それは前以上の力だった。
『いつも』と同じように右手を銃身のように突き出し、人差し指を伸ばす。そして心に『慣れ親しんだ』感覚が蘇り、青色の奔流が解き放たれ、指先に集まっていった。
迫り来る桃色の弾が、青い光を通して白く輝いて見える。ティアナはそれを見据えながら、トリガーを構えた。
―――私の思い…………行きますよ、なのはさん!
爆発する瞬間、頭の中にイメージが滑り込んでくる。そしてそのイメージをトレースしながら、私は浮かんできたその名前と共に心にかかった引鉄を引いた。
「貫いてッ…………霊丸――――ッ!!」
-Side out-
「貫いてッ…………霊丸――――ッ!!!」
「っ!?」
ティアナが叫びをあげると同時、その指先に青い光が一瞬にして宿り、爆発音と共に撃ち出された。デバイスも用いず、魔法陣も出ないその技になのはが初めて顔色を変え、大きく目を見開く。
そして弾丸のような軌跡を描きながら光は空を駆け、そのまま桃色の魔力弾と正面からぶつかった。
二人のちょうど中間あたりで二つの弾丸が衝突した。ぶつかり合った弾は押し合いをするように力を迸らせ、火花がそこ彼処に飛び散っていく。
「「うわぁっ!?」」
純粋な力の鬩ぎ合いに、キャロとエリオが悲鳴を上げた。力と力、小細工も何もない真っ向からのぶつかり合いだ。
その威力は互角に見えた。だが、永劫かと思われたその均衡に唐突に終わりがくる。刹那の輝きを切り裂き、力の削りあいを押し切ったライトブルーの光が魔力の弾丸を貫いていた。
「っ!? ハッ!!」
今度はなのはへと、光が間近に迫る。硬直で避けられないことを悟ったなのはは防御魔法陣を瞬時に展開させ、飛んできた弾丸を間一髪で受け止めた。
蒼と薄紅色が矛と盾に立場を変え、再び相まみえる。青い光弾は尚も彼女へと迫ろうとするも、先ほどの押し合いで力を殺がれていた為か僅かに弾道を変えられ、なのはの後方へと飛んでいった。そのまま背後のビルへとぶつかり、轟音を上げる。その爆発はビルの屋上に近い角を削り、破壊していた。
なのはがその様子を見て、視線を戻した。そこには、肩で息をしながらもこちらをじっと見つめるティアナがいる。そしてその姿を認めた時、彼女の前に何者かが降り立った。
黒いコート、炎のような黒髪、そして自信に満ちたその双眸。なのはの憧れにして、最も彼女に影響力を持つ者。
「飛影、くん…………」
炎殺の邪眼師がそこにいた。
予約投稿ですみません・・・
ACEの方も更新しておりますので、よろしかったら。
真剣Zは残念ながらまだ更新できないので、今回は見送りです。