魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師   作:コエンマ

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第一話です。

遅れてすみません。


過去編
第一話  出会い ~ 黒衣の剣士


  -Side two girls-

 

 

 

 青い空が雲を引きつれて飛んでいく。太陽がだんだんと山の峰に近づいていき、大地をオレンジ色に照らす準備を始めていた。風は冬がまだ厳しいせいか、肌寒い。だが嫌いではなかった。こうして日課のように外に出ると、少ない期間でも日々の経過を感じる。

 

 当初は毎日のように降っていた雪も、二週間たった今ではほとんど降らない。そういえば、ニュースで今年の寒さは峠を越えたと言っていたような気がする。

 

「なのは、大丈夫? まだリハビリ始めてあんまり経ってないんだから無理しないほうがいいよ?」

 

 とある病院の屋上。

 

 風に煽られる髪を押さえながら、金髪の少女が隣に座る少女に向けて声をかけた。傾きかけ始めた太陽に照らされたその髪は、まるで金で縒った糸のようだった。

 

「大丈夫だよフェイトちゃん。それよりごめんね? 今日だって仕事が忙しいはずなのに私に会いに来てくれて……」

 

 なのはと呼ばれた少女は軽くはにかみながら笑いかける。もう一人の少女、フェイトはそれに対して目を細めながら「ううん」と首を振って自らも笑顔を見せた。

 

 だが、その表情に影が差しているように見えるのは光の加減のせいなのだろうか?

 

「当たり前だよ。私たち、友達なんだから」

 

 彼女の目を見つめながら、フェイトは彼女の手を握る。影の気配は一瞬にして霧散し、あったかどうかさえ分からないように笑顔の中へと消えた。

 

「えっと……リハビリはどう? 少しは進んだ?」

 

「……ううん、全然」

 

 フェイトの質問に、なのはが顔を俯かせながら乾いた声で答えた。視線は下げられ、長い前髪で隠れた顔からは何もうかがい知ることはできない。ただ、健全とは程遠い表情をしているだろうことは誰が見ても伺い知れただろう。

 

「なんかね、手すりを掴んでもちっとも足が動かないの。どんなに力を込めても、ふにゃってなっちゃって前に進んでくれないんだ。アシスト使ってるのにダメダメだね、私。今日なんか、手まで痺れてきちゃって床に倒れちゃった。看護婦さんが来るまでそのままで、痛くて助けを呼ぶことも出来なかったよ。一歩先ってすごく遠いんだね」

 

「なのは……」

 

 空ろな目をしてただ零されていく彼女の言葉にフェイトは眉間に力を入れてぐっと息を飲み込む。歯を食いしばり、拳は強く膝の上で渦を巻いていた。そうしないとこらえているものが溢れてしまいそうだったから。

 

「先生も看護婦さん達もね、みんなみんな良い人なんだ。だから……だから辛いの。とっても優しい人ばかりだから、もし私がもう二度と……」

 

「――っ!? なのはっ!」

 

 フェイトが叫ぶようにしてなのはの言葉を遮る。そして顔を上げた彼女の目を見て首を振った。

 

 

 

『その先は言わないで。言っちゃだめ』

 

 

 

 涙が滲むのを堪え、悲しみが噴き出そうとするのを必死で抑えながら、フェイトは親友の中に映った自分から目を逸らさなかった。なのははそんな親友の心に感謝する。

 

 だがそれを見通してなお、空虚な笑みが消えることはなかった。

 

「ありがとうフェイトちゃん。でもごめんね。私、自分でも嫌になるけど、この間からそんなことばかり考えているんだ。はやてちゃんがどんなに辛い思いをしてたか…………シグナムさん達がどんな思いで助けようとしてたのか。いろんなことが今になってわかちゃったから。だから自分がどれだけ身勝手だったのかって、自分がこんなに弱かったんだって、次から次に浮かんできてどうしようもなくなるんだよ」

 

 その瞳に涙はないが、それは涙として流せる感情がなくなったわけではなく、その感情にすら反応しなくなるほどの絶望を受け続け、心が麻痺するまで陥っているという、ある種の到達点だ。

 

 その先に待つものは想像するに難くない。フェイトには、数年前までの自分の姿と今の彼女が酷く似ていることを嫌でも認識させられる。

 

 だが今のフェイトには、暗黒に沈んでいく親友に掛けるべき言葉を見つけることはできなかった。

 

 かつて自分が悲しみの淵にいたときも迷っていたときも、彼女はあきらめずに懸命に言葉をかけ、そして救い出してくれたというのに。あんなに一生懸命に、頑なだった自分の心を開こうとしてくれたというのに。

 

 だから彼女はとにかくそれは違うと言いたかった。大丈夫だと言ってあげたかった。

 

 でもその後は?

 

 今の自分は何を言えばいい? 同情など誰も望みはしないし、どんな励ましの言葉も今のなのはには届かないだろう。一番の友達であるというのに何も出来ない自分が悔しくて、情けなかった。

 

「……っ、なの――」

 

 だが、それでもそんな彼女を見ていられず、フェイトが声を掛けようとした―――その時だった。

 

 フェイトの背筋が薄ら寒いなにかの感覚を覚える。同時に全身に鳥肌が立ち、嫌な汗がつうっと頬を伝った。出かけていた言葉を中断し、フェイトは瞬時に辺りを見渡して、

 

「キカカカカッ! これはこれは、なんとも旨そうな娘がおるではないか……」

 

 コンクリートを力任せに打ちつけた音を引き連れた『そいつ』が屋上に姿を現していた。のっそりと起き上がりながら、その目はしっかりとフェイト、そしてなのはを捉えている。

 

「な……!?」

 

 それはこの世界ではありえない光景であった。黄昏時を背にして立つそいつは人では、ない。 

 

 ずんぐりとした毛玉のような体には黄色と黒の斑が走っていて、前面には十字のような大きな割れ目。体からは同じ模様をした足が左右に等間隔で四本ずつ伸びており、体上部の中心には真っ白な肌に複雑怪奇な文様が紫色で散りばめられた人間の上半身があった。だが、その目は血のように赤い。

 

「キカカ……こいつは幸運じゃのう。やられたときはどうしようかと思うたが、逃げ込んだホールの先で上質な上に食べごろのエサが二つも転がっておるとは……」

 

「っ! あなた何者!? どこから出て来た!?」

 

「フェ、フェイトちゃん……!」

 

 なのはを庇うように前に出たフェイトは、未だ見ぬ相手を睨みつけながら叫ぶ。なのはは車椅子から手を伸ばし、親友の背中を掴んでいた。化け物はその反応に気を良くしたのか、嫌らしい笑みを浮かべながら言った。

 

「我は土蜘蛛。古来より生き続ける大妖怪にして人間の支配者たる存在じゃ……娘らよ、我に食されることを光栄に思うがいい」

 

 気味悪く笑う土蜘蛛に二人の全身が総毛立つ。二人は目の前にいる存在が危険だという認識すら甘いものであることを体全体で感じた。そのあからさまな敵意を受けて、フェイトは右手の甲、金色に輝く三角形に瞬時に手を伸ばした。

 

「バルデッシュ、セットアッ……あっ!?」

 

「させると思うたか!」

 

 フェイトの展開より早く、土蜘蛛の背中から現れた二本の鞭がフェイトの手の甲からバルディッシュのエンブレムを弾き飛ばした。バルディッシュは音を立てて金網にぶつかり、階下へと消える。そして同時に弾き飛ばした鞭は返す刀でフェイトの肢体に巻きついた。そのまま唸りを上げて、体を締め上げる。

 

「く、うぅああっ!?」

 

「フェ、フェイトちゃ……あうっ!?」

 

 親友の身を案じる間もなく、なのはもまた伸びてきたもう一本に触手に全身を絡め取られる。衝撃で車椅子が倒された音を下に聞きながら、なのはの体は親友が捕らえられている高さまで持ち上げられた。体を蹂躙する触手に二人はゾッとして言葉を失う。

 

「アレが不思議な力を放っていることは気づいていたからの、警戒しておいて正解じゃった。それにしても……」

 

「は、離して!」

 

「く……腕が……!」

 

 数メートルの高さで二人を拘束しながら、土蜘蛛は捕らえられた獲物をしばらく興味深そうな仕草で観察する。しばらく二人を見ていた奴は、その口をニタアと半月状に曲げた。

 

「ふぅむ。霊気とも妖気とも違う感じたことがない波長じゃが、凄まじい力を宿しておるのお。なんとも僥倖。この力を取り込んで子らに食わせれば、我はさらなる高みへとのし上がれる。どおれ……」

 

 土蜘蛛が無造作に鞭を振るうと、なのはとフェイトの服が切り裂かれた。健康的な乙女の柔肌や、最近成長を始めた部位が外気に晒され、二人は顔を赤らめる。その反応に土蜘蛛はさらに笑みを濃くしてニタリと笑う。

 

「うぐっ……こ、んなもの……っ……サンダ……あぐっ! うああっ!」

 

 フェイトは魔法を使おうとするが、そのたびに体を強く締め上げられ精神集中が満足にできない。それもデバイスがあれば可能だっただろうが、今は手元を離れ遥か下であろう。

 

「フェイトちゃん! くっ……魔法が、デバイスが使えれば……」

 

「無駄じゃ無駄じゃ、我の糸はそんなか細い腕ではビクともせんわ。分かったなら抵抗するでない。そうじゃな、一人は我自らが喰ろうてやろう。もう一人は、我が子らをその身体に産みつける母体としてエサにしてやる。仲良くあの世へ逝けることに感謝せい、キカカカッ!」

 

 その言葉と同時に土蜘蛛の前面がぐぱぁっと割り開かれた。そこには鋭い歯が無数に並び、一際大きな四本の牙が獲物を歓待するように蠢動を繰り返している。中心には真っ赤な内側にぽっかり開いた黒い穴が覗いていた。狭くなったり広がったりしているそれは、二人が生理的な嫌悪感を催すには十分すぎるほどの光景だった。

 

「貴様はどうやら身が不自由のようじゃな。どうせなら生きのいいほうを頂くとするか」

 

 視線がなのはからフェイトに向くのと同時、前面の口から緑の液体が滴り屋上のコンクリートに落ちていく。落ちるたびに響くジュウという音と、吐き気のするような臭いに二人は震え上がった。そしてフェイトの体が引き寄せられ、その上へと持ってこられる。

 

「ひ……っ……!?」

 

「フェイトちゃんっ! ダメ……お願い、やめて!」

 

「キカカカ……そうじゃ、その表情じゃよ。恐怖と絶望で染まった女子の顔が我は何より好みでな。ああ、たまらんのお……」

 

 恍惚とした表情で体を振るわせる土蜘蛛に二人の顔から血の気が引いた。そしてほどなく、真っ青になったフェイトがついに口の前にまで引き寄せられてしまう。人間の体より遥かに大きな口と不気味に並んだ歯が、歓喜するようにキチキチと音を鳴らした。

 

「さらばじゃ。精々いい声で啼くがよい!」

 

「い、いや……いやぁあああああああ――――――っ!」

 

「やめてよ……やめてえええぇっ!!」

 

 フェイトの悲鳴となのはの絶叫が屋上に木霊する。そして、その口がフェイトの身体を無残に食いちぎる。まさにその瞬間、

 

「ギッ!? ガァアアアアッ!?」

 

 不意に響いた風を切る音が、二人を捕らえていた触手をバラバラに切り裂いていた。ワイヤーを束ねたような強靭な触手が、さながら麺きり包丁を振るわれた蕎麦のごとく千切れ飛んで宙を舞う。突然縛りを解かれた彼女達に為す術などあろうはずもなく、重力の法則に従って地面に落下した。

 

「痛っ!? あ、ててて……」

 

「……っ、一体何が……」

 

 痛みに顔を顰めながら体を起こす。不用意な体勢から受身もとれないまま落下したため背中を強く打ち付けてしまったが、とりあえず死んではいないらしい。そして二人が落ちた衝撃に呟きを零すのと同時、彼女らの前で何かが床に降り立つ音が響いた。

 

「フン、何かと思えば土蜘蛛か。いつ見てもその醜態には吐き気がするぜ」

 

 同時に響く低い声にフェイトとなのはは視線を上げる。そして、夕暮れの光を浴びながら佇むその後姿に二人は目を奪われた。

 

 冷たくなってきた風を受け、はためいているコートは黒一色。マントを着込んだようなその風体の上部、その首元には白いシルクのスカーフのようなものが巻かれている。そして二人が視線を上げたのと、『彼』が此方に振り向いたのは同時だった。

 

 その瞬間を、なのはとフェイトは決して忘れないだろう。

 

 厳しさを感じさせる端正な顔立ちをした彼の額はマフラーと同じ色の巻布で覆われ、炎のように尖った黒髪は天を突くように逆立っている。そしてなにより鋭さの中に不思議な何かを感じさせるような、フェイトと同じ澄んだ深紅の光を称える目に二人は吸い込まれそうな感覚を覚えていた。

 

 それは一瞬、だが彼女らには無限とも呼べる感覚が終わりを告げ、時間が戻っていく。彼はポケットに手を突っ込んだまま此方を見据えたかと思うと、視線を土蜘蛛に戻して言った。

 

「下がっていろ。邪魔だ」

 

 静かに、しかし強い自信に裏づけされた声色で彼は告げる。その言葉と助かったという事実に泣きそうになるのを必死で堪えつつ、頷いた二人は離れるために互いに手を取る。

 

 これが後に伝説として語られる最強の邪眼師と二人の魔法少女との出会いであった。

 

 

 

 

 




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