魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師 作:コエンマ
亀更新で申し訳ありません。
ゲートを抜けた先で飛影はやれやれと肩を落としていた。いつもなら皿屋敷中学の近くにある幽助の家の前に開くゲートが何故か上空で開いてしまったのである。
それ故、重力に向けて落下していると馴染み深い気配と、未知の力を建物の屋上らしき場所から感じた。下方に至るその場所へと目を向ける。そして妖気で力と速度を調整しつつ見ると、そこには雑魚妖怪である土蜘蛛とそれに捕らえられた二人の少女がいた。
そこで落下の勢いを殺しながら剣を振るって、あわや食われそうになっていた二人を助け出して今に至っている。偶然とはいえ、人間界で妖怪が暴力をふるうのは珍しかった。霊界と締結した紳士協定により、悪事が発覚すれば間違いなくただでは済まないからである。
「お、お主、な、何奴じゃ!? 一体どこから現れた!?」
「フン。有象無象の雑魚に答える義理などないが、聞きたいなら特別に教えてやる。拝聞料は貴様の命だがな」
飛影は口の端を吊り上げながら告げる。当初は土蜘蛛のほうも突然の事態に動揺を隠せないようだったが、徐々に落ち着きを取り戻し、飛影から溢れる気配を感じ取ってその顔を愉悦に歪めた。
「ほう、これは奇遇じゃ! まさか、こんなところで餌と同時に仲間に出くわすとは思わなんだわ」
心底愉快そうに土蜘蛛は声高らかにキカカカカと笑い声を上げていた。それとは逆に飛影に募っていく威圧感に土蜘蛛は気づいていないようで、触手で威嚇するようにしながら飛影を見やる。
「じゃが、せっかく手に入れた食事を横取りせんでくれんかのう? こいつらは我の獲物じゃ。我は寛大であるからな、お主にはこの建物内にいる人間をくれてやる。疾く失せよ」
「―――そうだな。オレもこんな場所に貴様といるのは御免だ。さっさと済ませてしまうとしよう」
仲間という言葉でなのは達に戦慄が走るなか、飛影は腰元に手を差し入れる。対する土蜘蛛は笑みを濃くして、
「……ギッ!?」
自分の腕が半ばから飛んでいることに遅すぎる悲鳴を上げた。ドサッという音と共に、無残に切断された左腕がコンクリートの上に落ちピクピクと痙攣を繰り返して、やがて止まる。いつの間にか、その手に凄惨な光を覗かせる刃を携えた飛影がニヤリと笑った。
「わ、我の腕が、あぁッ! き、貴様何をするッ!? このチビ猿があ!」
激昂した土蜘蛛の背中から幾つもの触手が飛び出して、飛影に襲い掛かった。叩きつけられた触手はコンクリートを粉砕し、手すりを飴細工のようにひん曲げる。だが、十数本に渡るその鞭の雨も飛影には掠りもしなかった。
それどころか、逆にその触手を左手で掴み取ったのだ。そしてサディスティックな笑みを浮かべた次の瞬間、触手は一瞬にして炎に包まれ、灰塵になった。
それは抵抗すらも感じさせない一方的な消却。土蜘蛛が振るうのとは桁違いの暴力であった。
その圧倒的な力に後ろで見ていた二人は声も出なかった。一瞬しか見えなかったが、あの炎はシグナムの全力と同等、いやあるいは上回っているかもしれない。そして悲鳴を上げる土蜘蛛を見やると、飛影は地を蹴ってその上部に向かって跳んだ。
「こ、この炎……それに、隠した額に右手の呪帯……お、お主はまさか、あの躯の片腕……『炎殺の邪眼師』かっ!!?」
土蜘蛛の顔が驚愕と絶望の色に染まる。なのはやフェイトにはその意味が分からなかったが、目の前の化け物の怯えようを見れば彼に逆らうことがどれだけ危ういことであるのかは分かった。デバイスなしとはいえ、自分たちを苦しめた敵がこれほどまでに恐れる相手。それがどれほどのものなのか、二人には皆目見当もつきはしない。
彼女たちを置き去りにして状況は変わっていく。もはやそれは戦いではない。背中をフェンスにぶつけた土蜘蛛は全身を震わせて必死に言い募っていた。
「ま、待っておくれ! こ、この二人はお主に渡す! 我は他の場所で狩りをするから、だから命だけは助けておくれ……我らは、同族じゃろう?」
「ッ!」
土蜘蛛の命乞いを聞こうとも苛立ちを隠そうともせず、飛影は空中で腰溜めに構えた刀を抜き放ち、頭から垂直に振り抜く。それは何の障害もなく土蜘蛛を左右に分断し、絶命させた。
「ギィッ、ャアアアアアアア――――ッッ!?」
「ふざけるな。貴様らなどと一括りになった覚えはない」
おぞましい断末魔を上げながら、怪物がどうっと倒れた。飛影はその光景に眉を寄せ、左手から炎を飛ばし跡形もなく焼き尽くす。それは一瞬で粉のようになり、風に紛れて飛んでいった。
それを見届けた飛影は剣を鞘に収める。そして呆然とする二人に一瞥すると、何事もなかったかのように歩き出――
「ま、待って!」
――そうとした時、後ろから声がかかった。振り向くと、ボロボロの姿のフェイトとなのはが飛影を見つめていた。
「何だ」
「え、えと、あ、その……た、助けてくれてありがとう……」
そう言って頭を下げる。フェイトに掴まったままなのはも慌てて頭を下げているのを見て、飛影は視線を向けずに鼻を鳴らした。
「勘違いするんじゃない。オレが剣を振るったのは、単に奴の言い草が気に喰わなかっただけだ。貴様らが生きているのはただのオマケにすぎん」
「それでも、私達が助けられたことに変わりはないから……」
ありがとう、ともう一度感謝を述べてきた。この反応は彼にしてみればどうにもやりにくい。助けたつもりもないし、もとより素直な相手は苦手なのだ。
だが何気なく視線を向けて、あることに今更のごとく気づいた飛影は慌てて目を逸らした。自分を怖がっていることは分かっているから、様子見のつもりだったのだが如何せん間が悪い。その反応にフェイトとなのはは首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや、その……ええい、くそっ!」
飛影は不機嫌そうに声を出し、来ていたコートとスカーフを半ばやけくそ気味に脱ぎ捨てて二人へと放り投げた。ノースリーブの黒服とズボンに腰から下げられた刀、それに身長とは対照的に鍛え抜かれた飛影の肉体を垣間見た二人は顔を赤らめる。
投げられて飛んできた服をフェイトが受け取り、服と飛影を不思議そうな顔で交互に見やった。その表情はきょとんとしていて、手に持った服にも意図が読み取れないのか「これは?」とでも言いたげだ。飛影はその反応にさらに苛立ちを募らせて声を荒げた。
「いいからさっさとそれを纏え! そんな格好でいつまでうろついている気だ!!」
「? そんな格好……はぅっ!?」
「にゃあっ!?」
若干赤くなった顔を背けた飛影の言葉に視線をおろしたフェイトとなのはは自分達の姿を見て、体を丸めてしゃがみ込んだ。土蜘蛛の恐怖と助けられた安堵、そして飛影の戦いに見入っていた二人は自分達が半裸、いやほどんど全裸だということをすっかり忘れていたのである。
二人は飛影のコートを光速で掴み取ると、二人で包まって赤くなった顔をその縁から出していた。だが、いくら隠しても彼には見えてしまったのだろう。激変した反応がいい証拠である。
(あ、あう……恥ずかしい……っ)
(ううっ……お、男の子に見られちゃった……)
顔中を赤くしながら念話で会話する二人。唐突にいたたまれなさが襲来してきた。これ以上痴態をさらすのは流石に恥ずかしすぎる。そう思ってとにかく病室に戻ろうとしたとき、二人は重大なことに気づいてしまった。
「あ、あの、お願いがあるんだけど……」
「何だ!?」
不機嫌オーラをガンガン出しながら飛影は睨むように答える。その気迫に少々気圧されつつも、顔を見合わせて力なく笑った。
「あ、あのね? 安心したせいで、腰が抜けちゃったみたい……」
「わ、私も……」
「・・・・」
にゃははと笑うなのはと真っ赤な顔でモジモジしているフェイトを見て、飛影はこのところで一番の頭痛を感じたのだった。
-change side in the medical room-
「ご、ごめんね。なにからなにまで……私達の仕事なのにみんな手伝わせちゃって……」
「全くだ。貴様らの不甲斐なさもそうだが、こんなことをしている自分自身に腹が立つ」
「あ、あははは……」
あの後他の人たちに見つからないように二人を病室にまで運んだ飛影は、全く足腰がたたない二人の代わりに着替えを取り出したり、屋上の後始末をしたりと動きっぱなしだったのである。
着替える時も、全身黒尽くめ(しかも帯刀のおまけつき)という胡散臭さ爆発の彼を廊下で待たせるわけにもいかず、部屋の中で背中合わせになっていたときなんかは気まずいなんてものではなかった。
なのはが落としてしまった下着を取ってくれと言ったときには流石に我慢できず、自分でやれと一喝したが。
ともあれ、紆余曲折はあったものの作業は無事終了し、今は個室の中で三人でいる。とりあえずの自己紹介と、なのは達は魔法についての説明を終わらせている。夕焼けも中盤から終盤にさしかかり、その色を強く主張していた。ちなみにレイジングハートは管理局のメンテナンスルームであり、バルディッシュは一応破損がないかどうか調べてもらっているため手元にはない。
「まったく、貴様らがあの程度の妖怪に手こずりさえしなければこんなことをする必要などなかったんだ。とんだ目に遭ったぜ」
「妖怪……さっきの大きい蜘蛛のおばけのことだよね。確か、土蜘蛛とか言ってたけど」
「飛影は知ってるみたいだけど、その……妖怪に詳しいの?」
フェイトが飛影に水を向ける。窓枠の上に横向きで腰掛けていた飛影は自嘲気味に口の端を吊り上げた。
「詳しい、か……それはそうだろう、何せオレもそう呼ばれる者だからな。あんな雑魚と一緒くたにされるのは甚だ心外だが」
飛影の言葉に二人は目を見開いて硬直した。だがそれも詮無いことだろう。あれだけの恐怖を与えられた後で、それと同じだと言われれば誰でも身がすくんでしまう。
「安心しろ、オレにはヤツのように人を喰らう趣味はない。もっともつい先刻のことだ、そう言ったところで大して変わらんだろうがな」
「そ、そんなことない! 飛影くんは私達を助けてくれたもん!」
「そうだよ! そんな悲しいこと……」
飛影はそれ対して薄く笑うのみ。二人にはそれが自嘲のように見えて思わず声を上げたが、飛影は頷こうとはしなかった。
「強がりはよせ。オレは貴様らよりも多くの時を生きている。普通の人間が俺達をどんな目で見ているかなど、それこそ腐るほど経験してきた。安っぽい同情は端から不要だ。それに、これを見てもまだそんなことが言えるか?」
そう言いながら飛影は頭へと手を伸ばし、その額を覆っている布を取り去った。しゅるりという音と共に彼の額が露になる。
「「!?」」
現れた彼の額を見た二人は息を飲んだ。その場所には一文字状に切れ込みこみがあり、それがゆっくりと開いていくではないか。そしてそこに見えたものは人間にも存在し、しかし額には決してないものだった。
「目……!?」
なのはの怯えた声に飛影はニヤリと笑った。予想通りだと言わんばかりのその目に何かを感じ取った二人ははっとする。だが、飛影は視線が固定されて動かせない彼女らを見据えたまま言った。
「邪眼といってな、普通の目よりもはるかに良く見える『眼』だ。オレのは後天的な手術によって作られたものだが、機能としての差異はまったくない。オレが邪眼師と呼ばれる所以だ」
邪眼を求めたのは自分だ。その理由がどうであれ、そして生まれつきのものではないとはいえ、ただの人間が見るにはショックであろう。生気がなく、加えて無機質な瞳からは妖気も溢れているから、力の波動は違うとはいえそれを感じ取れないほど無能ではあるまい。
飛影は再び額を布で覆い隠した。だが、二人はあまりのことに言葉も発せず固まっている。飛影はそれに一瞥すると窓から飛び降り、ベランダへと続く大きな掃きだし窓の前へと歩いていった。
「高町、それにテスタロッサといったか。貴様らのいう魔法は、どうやらオレと似たような常識はずれの力のようだな。そしてかなりの器を有してもいるらしい…………まあ、高町のほうはそれどころではないようだが」
その言葉になのはがびくっと肩を震わせる。その反応とフェイトの表情を見る限り、飛影の言葉が肯定されていることを示していた。
(おそらくあの時のオレと同じように、なんらかの事故で体の自由が利かなくなってしまったんだろう。体に流れる力が不安定な上に、体組織の修復で精一杯な肉体にも力を感じないからな。だが―――)
そこで飛影は再び忍び笑いを零した。
らしくないとは思う。自分としても自分の立場としても。
だが心のどこからか、自分をそうさせようとする何かがあることを感じていた。これもあのバカどもと釣るんでいた影響なのだろうか。いやきっとそうなのだろう。
「相当な苦痛を乗り越えねばならんが、治らないわけではないようだな。フッ、運がいいのか悪いのか……」
「「えっ……?」」
飛影の言葉になのはとフェイトが同じタイミングで呆けたような声を出した。だが、目は先ほどまでのなかで一番大きく見開いたまま硬直している。そして、はっと気を取り戻すと大きく声を上げた。
「治る……? 私、また歩けるの……? また……また、飛ぶことが出来るの……!?」
ベッドの上で身を起こしたなのはは、信じられないと言わんばかりの表情をしていた。驚きと困惑が入り混じった表情で飛影に詰め寄ろうとして、ベッドの上で転がった彼女をフェイトが慌てて抱きとめている。うまく動くことができないもどかしさを表しながら見つめてくるなのはに、飛影はクッと短く息を噛み殺した。
「確かに肉体は大きく損傷している。その体を巡る力の流れも不安定、今はまともに動くこともできんだろう。だがそれだけだな。そのどこにも致命的な断絶は見られんし、弱々しいとはいえその流れはいたって正常だ。貴様が腐らん限りはいずれ元に戻る。もっとも、そのために耐えなければならんものは並み大抵ではないだろうがな」
「戻れる……やっぱり治るんだよなのは! また一緒に飛べるんだ、また一緒にいられるんだよ! よかった……本当によかった……!」
フェイトは呆然としているなのはに抱きついて笑いながら涙を零した。なのはは自分の両手をまじまじと眺めて、そして飛影に視線を向ける。
「で、でも、リハビリとかぜんぜん進まなかったのに……」
「たわけ、その程度で音を上げているなら問題外だ。確かに際立った後遺症はないが、その体に刻まれた痕も決して浅くはない。貴様次第だと言っただろう。貴様の体の行く先も、出会ったばかりのオレの言葉を信じるかどうかもな」
彼女の弱音を一喝し、飛影はベランダに出た。フェイトがなのはに車椅子へ移るように言ってそれを押しながら慌てて追いかけようとする。夕日はもうあとわずかだ。東の空には漆黒がその版図を大きく広げてきている。飛影はそのまま縁へと飛び乗り、コートを揺らす風をその身で受けながら佇んでいた。
「「飛影(くん)っ!」」
そこでようやく二人が追いついてきた。フェイトがなのはの乗った車椅子を後ろから押している。なのはは痛みに顔を顰めながらも近づくことをやめず歯を食いしばっている。
二人は大きな寂寥感を感じながら飛影を見つめた。
「……行っちゃうの? 飛影……」
「――――当たり前なことを何を今更のように聞いている。それと分かっているのか?貴様らが引き止めているのは、ついさっき殺されそうになった妖怪なんだぜ?」
「うん・・・・そうだね。でも、飛影くんは飛影くんだよ。闘ってた時はちょっと怖かったけど、私とフェイトちゃんを助けてくれた。挫けそうになったところを元気づけてくれた。こんな私に生きる希望を与えてくれた。人じゃないなんて関係ないよ。私からすればちょっと変わった目を持ってるってだけだし、ちゃんと言葉も通じるし。だけど言葉じゃなきゃ分からないこともあるから、私の正直な気持ちを言うね。飛影くんは、私の大事な・・・友達だよ」
「例え妖怪でも、飛影は優しかったよ。だって、そうじゃなきゃわざわざ私たちを助けたりしないもの。それに私ではできなかったこと……なのはを救ってくれたから。だから、私は信じる。飛影がいくら突き放したって、誰がなんて言ったって、胸を張って言える。私は、ううん、私達はずっと飛影の味方だから」
満面の笑みを見せてなのはとフェイトが言った。影もなにもない、久しく出来なかった彼女たち本来の輝き。誰もがもう取り戻せないかもしれないと思っていたその表情。その笑顔が妹と重なり、そして真っ直ぐに伝えられた感謝の気持ちに胸が疼いた。
(味方……仲間か……)
飛影は少し視線を落として目を閉じた。
思うのは今自分の胸に輝く一組の輝き。かつて失い、そして自分の人生一部と力を売り渡してもなお取り戻せず、そしてある時ひょっこりと自分の元へ戻ってきた一つ。そして、血を分けた最愛の存在から受け渡され、そのまま持っていてと言われて結局返すことができなかった一つ。
どちらも彼にとって人生の半分、いや全てとも呼べるものだ。いや、呼べるものだった。大切であることには変わらない。それだけの思いがこれらに込められている。
だが、だからこそ賭けてみてもいいのかもしれない。あいつ等や同じ妖怪以外でこんなオレを友だと、味方だと言ってくれた奴らに。
「また……会えるかな……?」
「さあな。貴様らがどうなるかなどオレの知ったことじゃないが、ついさっき会ったばかりの、それも人間でない相手すら信じるほどお人好しな奴らだ。あっさりくたばってしまっては流石にオレも寝覚めが悪い―――そら!」
飛影が振り向きざまに二人に何かを放った。二人は慌てたが、それは見事なコントロールで各々の手のひらへと収まる。おそるおそる開いてみると手の中には紐で繋げられ、不思議な光を放つ丸い珠が淡く輝いていた。
「飛影くん、これ……」
「そいつは氷泪石と呼ばれる宝玉だ。雪女の涙から生まれる宝石で、強い浄化作用がある」
「これを私達に……?」
フェイトが手のひらに乗った輝きを見つめた。
ビー玉より一回り小さく、一点の曇りも傷もない宝石。青色に光り輝き、幻想的な雰囲気を醸し出す氷泪石から二人は目が離せなかった。
どうしてこれを、という疑問もある。それこそ彼が言った通り、自分たちは会ったばかりなのだ、わざわざこんなものを渡す理由など彼にはないはず。
だが、彼の纏う雰囲気に二人はその疑問を押し留めた。
何も寄せ付けないような厳しさではなくどこか迷うような、それでいて強い思い。こんな気性の彼が理由もなくこんなものを渡すことはない、それだけは二人の中で既に確信となっている。そして何より彼が言った以上のものがそれに込められていることを二人は感じた。
それが何なのかは分からない。けれど、温かさを感じるこの思いに応えたい。それが二人の結論だった。
思考の海から舞い戻り、これは彼が信頼してくれたことだと勝手だが納得をいく理由付ける。信頼してくれるなら、それを以上の物で返す。それが今までに学んだ二人の在り方。それが違えることはない彼女たちの真だった。
そして時は動き始める。二人がなんとか視線を戻すと、飛影は再び背を向けていた。
「勘違いするんじゃない。しばらくの間貸してやるだけだ。レンタル料はいずれたっぷりと熨斗をつけて返してもらうからな、それを持っている限り死ぬことは許さん。それと、もし万が一失くしでもすればただではすまんと思え」
飛影はそう言うと今度こそ空に跳んだ。ビルや大きな木の上を飛んでいくその姿はどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなった。夕闇が満ち、夜の帳がおり始める。
消えていく彼の後姿を見ながら、二人は誓いを立てた。どんなことになろうとも、どんな悲しみを背負おうとも、絶対に彼との約束を守って見せると。
決意を新たに少女達は空を見上げる。
その手には闇の中でもくすむことはない、氷泪石の輝きが光っていた。
-Side change-
なのは達と別れた飛影は木々の上を跳びながら手に持った霊界通信コンパクトを開いていた。言わずもがな、文句と嫌みを言うためである。開いた時にはわずかにノイズが走っていたが、流石は異次元を統括し、その壁すら越える霊界のアイテム、しばらくすると問題なく繋がった。
そこに映っているのは悪の元凶にして霊界の長、コエンマの姿。その気など粒ほどにもない飛影だったが、場所が全く分からないという事態について連絡を余儀なくされたのである。
説明を求めた飛影だったが、返ってきたコエンマの話は彼の予想を遥かに超えるものだった。
人間界へ続く次元扉の状態がおかしかったこと、飛影がそこに発生した歪みに偶然呑まれてしまったこと、そして自分がいる人間界だと思っていた所が、今は元の世界や霊界と不干渉となっている多重次元世界の一つであることを聞かされた。
もちろん飛影はすぐに呼び戻せと言ったが、次元が不安定であり無事に戻ってこれる保証がないと言われたため、こうして無言の圧力を掛けているのである。此方に来るぶんには問題ないそうだが、戻るための安全度は心もとないらしい。それも時を置けば可能であるらしいが、今の時点では何とも言えないとのことだ。
しかも、突発的な次元エネルギーの解放で今いる時代は正常な時の流れより八年ほど昔に遡っているというのだ。今からそれを正常な時空間へと戻してくれるそうだが、時空が完全安定するまでの間、その正常時空間で調査などをしてもらいたいとコエンマが進言したのである。原因は飛影が戦った土蜘蛛がこの世界、つまり本来は不干渉となっている世界に現れたことに原因があった。
『そんなことは頻繁には起こらんと思うが、お前がそちらに行ってしまったせいで何らかの歪みが生じる恐れがある。そちらでの影響や世界の推移を調査してくれ。この通りだ!』
「チッ……気は進まんが思い当たる節はあるしな。ただ、何か分かったらすぐに言え。隠し事は懸命ではないと言っておく」
凄みを利かせながらそういうとコエンマは顔を青くしながら頷いた。しばらく待っていると飛影の目の前に空間の裂け目らしきものが現れた。どうやらこれに飛び込めばいいようだ。
『最善は尽くす。チャンスがあればこちらも手は打つからな。それでは頼んだぞ』
「フン、貴様に端から期待などせん。余計なことを起こせば承知せんからな」
目一杯の殺気をコエンマにぶつけ、飛影はコンパクトを閉じた。そして躊躇なくスタスタと裂け目の中へと歩いていった。