呂布を名乗るウマ娘   作:トマトルテ

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1章:赤兎(セキト)

『強い! 強すぎるぞッ! セキトッ!!

 皇帝も! 怪物も! 世界の並み居る猛者達も! 誰も追いつけないッ!!

 我に並ぶ者無しと、先頭を駆ける姿はまさに!!

 ―――天下無双のウマ娘だぁあああッ!!!』

 

 

 “最強(さいきょう)の世代”。

 この時代の名を、欲しいままにし、“三強”と言われた3人のウマ娘がいる。

 

 1人目は“怪物”の名で見るものを震撼させた、マルゼンスキー。

 2人目は“皇帝”の名でウマ娘達を悠然と率いた、シンボリルドルフ。

 そして、3人目が――

 

 “飛将軍”の名で文字通り、飛ぶように暴れまわったウマ娘、セキトである。

 

 

 

 “怪物”マルゼンスキーは彼女についてこう語る。

 

「セキトと私はね……きっと、お互いに初めて背中を見せた相手よ」

 

 “皇帝”シンボリルドルフは彼女についてこう話す。

 

「そうだね……私は皆を導く皇帝だ。だが、セキトだけはねじ伏せて従えさせたいと思ったよ」

 

 3人ともが、1つ時代がズレていれば最強を名乗れたウマ娘である。

 実際、今日(こんにち)までの最強論争で彼女達の名前が出なかった日はない。

 そんなウマ娘が同じ年にデビューし、競い合ったのだ。

 “最強の世代”と言われる所以(ゆえん)も分かるだろう。

 そして、誰が言い始めたか、彼女達の凄まじさを表すもう1つの言い方がある。

 

 “最凶(さいきょう)の世代”。

 彼女達と共に走った世代のウマ娘達へ向けられた、同情の言葉である。

 運が悪かったと、おみくじで大凶を引いてしまったようなものだと。

 そう、彼女達は言われている。

 

 もちろん、他のウマ娘達が弱かったわけではない。

 筆者一押しの素晴らしいウマ娘達もいるのだが、長くなりすぎるのでここは割愛させて頂く。

 

 とにもかくにも、他のウマ娘達が同情をもってそう言われるのには、三強に理由がある。

 栄えあるトゥインクルシリーズにおける、最高クラスの大会G1(ジーワン)

 当然、ウマ娘達はそれを目標に日夜努力を続けるのだが、彼女達は時代が悪かった。

 

 ―――21個。

 

 それが三強の合わせたトゥインクルシリーズ最初の3年間でのG1(ジーワン)勝利数である。

 ファンにとっては非常に見ごたえがあることに(他のウマ娘からすれば不幸なことに)。

 実は三強は全員が得意分野が分かれている。

 

 マルゼンスキーは短距離やマイルの大会を支配し。

 シンボリルドルフは中・長距離の大会を支配する。

 ならば、ダートに活路を見だせるかと言えば、セキトが邪魔をしてくる。

 

 しかも、この3人他の距離を走れないという訳ではない。

 実際、暮れの有馬記念では3人で3着まで独占し、全員が当時のレコードを破っている。

 その強さは、日程の都合やレースの被りを無くせば、全てのG1を支配していたと大真面目に語る解説者もいる程だ。

 筆者がウマ娘ならば、それはもう、ふざけんなよと叫んでいたこと間違いないだろう。

 

 まあ、これに関してはある意味で三強も被害者である。

 別々の時代に生まれていれば、もっと勝てていたのは間違いないのだから。

 これに関しては、別の記事で3人が語ってくれたことがあるので、その時の文を引用したい。

 

「もしも、あたしとルドルフ、セキトちゃんが別々の世代に居たらどうなってたか? そうねぇ、マルゼンの時代が来たぁああッ! て感じで、ウハウハ! イエーイ! って感じでブイブイ言わせてると思うわ。……でも、きっとその世界の私の心はチョベリグじゃないと思うのよ。だって、一人ぼっちで走っても……楽しくないじゃない? やっぱり、ライバルの存在って大切よ。ほら、最近流行りの『エースをねらえ』って漫画でも良いライバルキャラが……え、流行ってないの?」

 

 マルゼンスキーはハニかんでから、そう語り。(時折彼女の言葉で理解できないものがあったが、それはきっと彼女の感性が時代の7馬身先を走っているからだろう)

 

「ふむ。もしも、私達3人が別々の時代に生まれていたらか……そうだね、まず私の勝利数は今よりも多く増えているのは確実だろう。つまりは、より完璧な皇帝(こうてい)だ。だが、それは楽な行程(こうてい)を歩いたからに過ぎない。人々はその私をこう、(てい)するだろう。欠けたるものがない満月だと。しかし、それは違う。見せかけのスッポンに過ぎない。完璧な形状であっても、余りに卑小(ひしょう)浅薄(せんぱく)。そのような姿を見て、一体誰が肯定(こうてい)するだろうか。この私が三強(さんきょう)最強(さいきょう)であるとね。ここに断言しよう。もし、彼女達と出会わなかった私と、今ここに居る私が競えば必ず―――私が勝つ……とね」

 

 そう言って、シンボリルドルフは自信満々に笑ってみせた。(話がよく韻を踏んでいたのは、彼女の高い教養のなせる業だろう)

 

「フゥン、もしもなどありはしない。最強は常に一人、この呂布奉先(りょふほうせん)様だ」

 

 セキトは心底つまらなさそうに欠伸(あくび)をし、ソファーに寝ころんだままポテトチップス(コンソメパンチ)を頬張った。因みに、彼女が自分のことを呂布と呼ぶのは三国志にドはまりし、自分は三国志の英雄呂布の魂を宿していると思い込んでいたからである。

 

 要するに中二病だ。

 

 と、ここまで時代の寵児(ちょうじ)たる、三強について語っていたが本題であるセキトに戻りたい。

 本誌は、このセキトが駆け抜けたトゥインクルシリーズの軌跡を記すものなのだから。

 さて、それでは読者の方々も、道草を食うのに飽きてきた頃合いと思うので始めるとしよう。

 

 “飛将軍”セキトの英雄章を。

 

 

 

 

 

 端的に言えば、一目惚れだった。

 

 その走りを見た時、いや、パドックでの立ち姿を見た瞬間から。

 私の目は彼女に囚われたまま、抜け出せなくなっていた。

 パートナーを選ぶ大切な選抜レースだというのに、他のウマ娘のことなど眼中になかった。

 

 今思えば、他の娘には失礼なことを、自分のトレーナー人生には危険なことをしたと思う。

 だが、後悔などない。彼女のいない人生など、今となっては考えられないのだから。

 

「今回の選抜レースはどうなると思う? めぼしい子は見つかったか?」

 

 その時、トレセン学園の先輩トレーナーにそんな風に話しかけられたのだが、よく覚えていない。

 セキトを見ることに集中していてそれどころではなかったのだ。

 だが、優しい先輩はそんな私にも怒ることなく、気さくに話を続けてくれた。

 

「お前のお目当ては、あの長い赤髪の娘か。確かに体格も良いし、レース前なのに堂々としているな。確か……最近地方から編入してきたセキトとかいうウマ娘だったか…?」

 

 赤兎(セキト)

 先輩の話は半分以上は耳から零れ落ちていたが、その名前だけは私の魂に刻まれた。

 他のウマ娘よりも頭一つ二つ抜け出る長身で、尻尾と同化していると見間違う程に長く鮮烈な赤髪。

 他者を見下すかのような冷たい双眼。我こそが最強と言わんばかりの自信に満ちた(かお)

 その全てを目に焼き付けようと私は躍起になっていた。

 

「期待カブだな。だが、地方で成績が良かったからって、簡単に通用する程中央は甘くないぞ。中央を無礼る(なめる)なよ、舐めても甘くないからな……なーんてな」

 

 そう軽く冗談を飛ばして、私の背中をバシバシと叩く先輩トレーナー。

 前述したように、私は先輩トレーナーの話のほとんどを聞いておらずうろ覚えだった。

 しかしながら、この言葉と次に自分が返した言葉だけはハッキリと覚えている。

 

 

 ―――セキトを無礼るなよ。

 

 

「………ぷ、ハハハッ! なんだ、もう自分がトレーナーになったみたいだな?」

 

 そこで初めて、失礼なことを言ったと自覚した私は、慌てて先輩に頭を下げた。

 

「いや、それでいい。トレーナーってのは、担当ウマ娘の第一のファンじゃなくちゃいけない。トレーナーの特権って言い換えてもいいかもしれんな。とにかく、その気持ちを忘れるなよ。……勝つことに執着して、ウマ娘が好きだって心を無くしたらお終いだからな」

 

 どこか遠い目をしながら言われた言葉は今でも覚えている。

 私自身も事あるごとに、後輩達に伝えるようにしている言葉だ。

 

「と、もうこんな時間か。じゃあな、俺は担当の娘のとこに戻るよ」

 

 そう言って、私に背を向ける先輩。

 誰が勝つか見ていかないのか、と声をかけた私に先輩は冗談めかしてこう返した。

 

「おいおい、『セキトを無礼るなよ』……だろう?」

 

 思わず赤面する私を、カラカラと笑い飛ばした先輩の言うとおりに。

 いや、私の願望にも近い予想の通りに。

 選抜レースの勝者は、セキトだった。

 

 

 

 

 

 まるで、他のウマ娘を蹴散らして進んでいるようだ。

 

 あの有名な実況が示す様に、セキトは逃げや先行より、差し・追い込みが得意なウマ娘だ。

 他のウマ娘に当たり負けしない大柄な体格。

 一日に千里を走るなどと誇張交じりに語られる、天性のスタミナ。

 最後尾でそれを最大限にまで温存し、一気に爆発させる強力無比な末脚(すえあし)

 最終直線を大幅なストライドで一気に駆ける彼女の姿は、空を駆ける天馬とすら称される。

 

 恐らく、100メートル走などをさせればマルゼンスキーなどが勝つだろうが、レースでは別だ。

 彼女は本当の意味での全速力をレース終盤まで残しておける。

 終盤までは、彼女にとってのウォーミングアップに過ぎない。

 

 そう感じさせるレースをしたものだから、当然のことながら選抜レース後は彼女の周りには人だかりが出来ていた。もちろん、人だかりの人は全てトレーナー達である。私も出遅れないように、必死に割り込んで行ったのを覚えている。

 

 さて、この集団の中でどのようにして、私が栄誉あるセキトのトレーナーの座を掴み取ったのか。気になる人も居るだろう。しかし、残念なことにこの場で語ることは出来ない。なぜならば。

 

「有象無象が、うっとうしい……消えろ」

 

 セキト本人が余りにもふてぶてしい態度で、そう言い放ったからだ。

 これには歴戦のトレーナー達も固まり、唖然としていた。

 

 トゥインクルシリーズにデビューするには、必ずトレーナーがつかなければならない。

 これはどれだけ実力があっても絶対に変えられない規則だ。

 故に、デビュー前のウマ娘がここまで高圧的な態度で、トレーナーを突き放すなどまずない。

 もちろん、気性の荒い娘もいるが、トレーナーを選ぶために話ぐらいは聞く。

 

 だが、セキトは違う。

 お前らなど必要ないとばかりに、話も聞かずに一蹴したのだ。

 もはや、選抜レースとは何だったのかという話である。

 

「フゥン、用が無いなら帰らせてもらうぞ」

 

 ほとんど()いていない汗を軽くタオルで拭い、セキトは立ち去って行く。

 まだ、デビューもしていない若造が何たる無礼な。

 今思い返してみれば、そう思われても仕方のない立ち居振る舞いだった。

 だが、その時は誰一人として文句を言わなかった、言えなかった。

 

 彼女の纏うオーラが、すでに王者が纏うそれと同じだったから。

 

「おい、そこをどけ。通行の邪魔だ」

 

 このとき、彼女が私の前に来たのは偶然か運命か。

 冷たく人を見下ろす視線に、そのときの私は人間とウマ娘の種族としての絶対的な差を改めて認識したものだ。勝てない、負ける、殺される。今すぐ逃げ出さないと、そう思った。

 

 後でわかったことだが、このときの彼女は、私に敵意すら抱いていなかった。だというのに、私には走馬灯が走っていたのだから、情けないことこの上ない。

 

 だとしても、私は彼女を諦めたくなかった。

 だから、人生で最も勇気を振り絞った瞬間と、堂々と言える勇気をもって。

 セキトに自分の名刺を差し出した。

 

「……フン」

 

 そして、セキトは私の名刺を目の前で握りつぶしたのだった。

 それはもう、グシャーっと。

 ウマ娘の強力な握力で容赦なく。

 

「通るぞ」

 

 これ以上留まる気はない。

 そんな意思を込めた一言を放ち、セキトは私の名刺を潰した手を更に強く握りしめて、立ち去って行った。

 

「………その、元気出してください」

 

 呆然とする私に、同僚の女性トレーナーが肩を叩いて来てくれたが、その後のことはあまり覚えていない。ただ、周囲の視線がやたら同情的だったのだけは覚えている。

 

 ここだけ見れば、私はセキトのスカウトに失敗したかのように見えるだろう。

 しかしながら、現実として私はセキトのトレーナーである。

 これで終わったわけではないのだ。

 

 リベンジマッチが始まる。

 

 

 

 次の日、気合を入れなおした私は、下校時間になるのを見計らって、彼女の教室を訪ねた。

 やはりと言うべきか、彼女の周りには人だかりが出来ていた。

 昨日の不遜な態度のせいで数は減っているが、それでも多い。

 

「君なら3冠も不可能じゃない」

「あなたなら世界に通用する」

「俺に任せてくれれば、必ず栄光を掴める」

 

 様々な口説き文句が彼女に浴びせかけられている。

 自分も何か言って、彼女の気を引かなければならない。

 

 そう思ってみるのだが、どうにも言葉が浮かばない。当然だ。当時の私には他のトレーナーほどの経験もなければ、実績もなかった。だから、紡ぎだす言葉に迷ってしまったのだ。そうして、ああでもない、こうでもないと頭を悩ましていると、それまで黙っていたセキトがようやく口を開いた。

 

「フゥン……三冠も、世界も、栄光も、このオレ様がターフ(戦場)に出れば取れて当然のものでしかない。オレ様が聞きたいのは、貴様ら自身がこのオレ様に何を捧げられるかだ」

 

 傲岸不遜(ごうがんふそん)

 ウマ娘としての栄誉など取れて当然と考える態度。

 そして、その上でトレーナーよりも自分が上の存在であり、捧げる供物は何かと聞いているのだ。

 

 至って当然の反応として、カチンと来た表情で睨んでくる者達も居る。

 だが、それを受けても彼女は涼しい顔をしたまま、こちらを見下ろすだけ。

 その威風堂々とした佇まいに、イラっと来た者も何も言い返せないでいた。

 

「どうした? 話が無いのなら行かせてもらうぞ。次のレース(死合い)は既に始まっているのだ」

 

 誰も言い返さないのをいいことに、セキトは悠々と背を向けて歩き去っていく。

 何かを言わなければならない。しかし、前述したように私には誇れるものが無かった。

 それでも、彼女を逃したくなかった。だから、私はただ感情のままに叫んだ。

 

 

 ―――私の全てをあなたに捧げます。

 

 

 と、言い切った。

 そして、次の瞬間には自分は何を言っているのだろうかと、死にたくなった。

 

「……フゥン」

 

 さらに言えば、彼女の返答はと言えば少し大きく鼻を鳴らしただけ。

 それに羞恥心が倍プッシュされ、身悶(みもだ)えている間にセキトは去って行ってしまった。

 

「大丈夫です。きっと私みたいに良いパートナーが見つかりますから」

 

 そして再び、同僚の女性トレーナーに慰められながら、その日は終わってしまったのだった。

 

 

 

 翌日、再び私はセキトを探しに学園に赴いていた。

 やはり諦めきれないのだ。初めて彼女を目にした瞬間の衝撃を。

 セキトの走りに感じた焦げるような胸の熱さを。

 忘れられないのだ。

 

 自分勝手ながらに、私には彼女しかいないと思ってしまう程に。

 

 そのときの私の様子と言えば、未だに先輩からあれぞまさに、恋する乙女だったと言われる始末である。

 まあ、私のことをあまり長く語ってもしょうがない。問題はセキトだ。

 

 何故か、探しても見つからないのである。クラスに行っても、グラウンドに行っても、食堂に行っても見つからない。ならば、寮に籠っているのかと思い寮長に確認するが、そうでもないらしい。ただ、セキトは屋上で昼寝をしていることが結構あるらしいので、もしかしたらそこかもしれない、と聞くことが出来たので、校舎の屋上に行ってみることにした。

 

 はたして、寮長の言った通りにセキトはそこに居た。

 

 ただし、昼寝はしていなかった。

 夕日を睨むように見つめ、屋上に続く扉に背を向けたまま佇んでいる。

 その姿は、私にはまるで戦場に赴く戦士のように見え、思わず背筋を伸ばしてしまった。

 

「フゥン……やはり、貴様が来たか」

 

 ゆっくりと、神聖さすら感じる仕草で彼女が私の方を振り返る。

 セキトの赤い髪が夕日に照らされ、燃える様に輝く。

 そのあまりの美しさに、私は思わずため息を零してしまう。

 

「今日で3度目。フン、貴様の徒労に終わった時間に免じて、オレ様をスカウト(登用)に来た理由だけは聞いてやらんでもないぞ」

 

 セキトの冷たい双眼が虚偽は許さぬと、私を射貫く。

 だが、そのような眼差しに晒されても、私の心に沸いた感情は歓喜だけだった。

 

 ようやく、彼女の視界に自分が入ったのだと。

 彼女が私を見てくれたのだと。

 

 状況や雰囲気などというものに全く関係なく、喜び、満ち、溢れ。

 爆発した。ああ、やっぱり、私は――

 

 

 ―――彼女に一目惚れしたのだ。

 

 

「ひ、一目惚れだと…?」

 

 困惑したように繰り返す彼女に、私は恥も外聞も投げ捨てて、思いの丈をぶちまけた。

 

 まず、その堂々とした立ち姿に見惚れ。

 次に圧倒的な走りに、心をわしづかみにされた。

 セキトこそが、最強となるウマ娘だと。

 この出会いを逃してしまえば、もう二度と出会えはしないと確信した。

 故に私の全てを差し出してでも、トレーナーになりたいと思った。いや、決めたのだ。

 

「わ、わかった。もういい、もういいから、黙れ! こっぱずかしいわ!!」

 

 まだ語り足りなかったのだが、セキト本人に止められてしまったので、しぶしぶ黙る。

 情熱が足りなかったのだろうか?

 

「それは十二分に足りてるわ!? ……フゥン。だが、しかし……貴様の想いは十分に伝わった。流石に三度目なだけはあると言ってやろう」

 

 顔を若干赤らめていたセキトだったが、落ち着いたのか不敵な笑みを取り戻す。

 しかも、話の感じからして私に良い方へと進んでいそうだ。

 

「三度目だからな、三顧の礼と同じ三度だ」

 

 しかし、セキトはやたらと三度ということを押す。

 確かに三度目の私は、三顧の礼を尽くしたと言えるかもしれないが。

 

「かの諸葛亮(しょかつりょう)も、劉備(りゅうび)の三顧の礼によって仕えることを決めた。最強の呂布奉先(・・・・)の生まれ変わりである、オレ様は仕えることはしないが、まあ、貴様がこのオレ様に仕えることは許してやらんでもない」

 

 呂布奉先…? それに三顧の礼。

 まさか、今までセキトがトレーナーに冷たい態度を取っていたのは。

 ……三顧の礼を達成するまで、トレーナーをつけないため?

 

「フゥン、当然のことを聞くな。三顧の礼を超えた劉備と諸葛亮は、水魚の交わりと称される程の仲となったのだぞ? ならば、それと同等のものを求めるのならば、オレ様も三顧の礼をさせるのが当然。おかげで忠義心溢れるトレーナー(軍師)が見つかった。やはり、三国志は人生のバイブル(聖典)だな、フハハハハッ!」

 

 今明かされる衝撃の真実。

 セキトは重度の三国志ファンだった。

 しかも、自分を呂布の生まれ変わりと思い込んでいる痛いレベルの。

 

「そうと決まれば、行くぞ陳宮(ちんきゅう)!! この呂奉先の名をトゥインクルシリーズの歴史の頂点に刻み込んでやるのだッ!!」

 

 陳宮!?

 

「何を驚いている。呂布のトレーナー(軍師)と言えば陳宮(ちんきゅう)公台(こうだい)しか居まい。ならば、貴様は陳宮の生まれ変わりなのだ」

 

 更に明かされる衝撃の真実。

 私の前世は陳宮だったらしい。

 喜ぶべきか、悲しむべきか分からない微妙な線だ。

 

「覚えておけッ! 陳宮! オレ様が目指すは天下無双ッ!! 此度の生でこそ、最強の呂布奉先の名を永劫不変のものとしてやるのだ! フーハッハッハッ!!」

 

 こうして、私とセキトのトゥインクルシリーズが始まったのだった。

 

 

 

 

 

「次は桜花賞(おうかしょう)を取るぞ、陳宮」

 

 メイクデビューのレースが終わった直後、セキトは大して掻いていない汗を拭いながら話す。

 その内容に、私は少し頭を悩ませる。

 

 レース内容に関しては語るまでもない。

 セキトが最終200メートルで、最後尾から7人抜きをして圧勝だ。

 性格に多少難があるが、セキトの才能は疑う余地が無い。

 

「フン、何か言いたそうな表情だな。いいだろう、発言を許可してやる」

 

 主からの許可も出たので、口を開かせていただく。

 まず、トゥインクルシリーズには大きく分けて2つの路線がある。

 

 1つはクラシック方面。いわゆる三冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を目指すものだ。

 2つ目はティアラ路線。こちらはトリプルティアラ(桜花賞・オークス・秋華賞)を目指す。

 

 双方ともウマ娘達にとって栄えある賞だ。

 どちらが上だの下だのと言うつもりはない。

 しかしながら。

 

「オレ様の適性が長距離の方が向いている? フゥン、確かに貴様の言うとおりだ」

 

 私の目から見てセキトの最も高い適性は長距離だ。

 もちろん、他が走れないわけではないが、この娘の桁外れのスタミナは長距離向きだろう。

 それは、セキト本人も分かっているようだが。

 

「だが、考えが甘いぞ、陳宮」

 

 分かっていないとばかりに鼻を鳴らされる。

 一体どういった理由だろうかと、私が耳を傾けると。

 

「皐月賞ウマ娘より、桜花賞ウマ娘と呼ばれる方がカッコイイだろう?」

 

 そんなことをドヤ顔で言われたものだから、思わずズッコケてしまう。

 理由が適当過ぎる。何より、天下無双を目指すのに冠は必要だと思うのだが。

 トリプルティアラでも十分だが、人は3冠の響きに惹かれるものだ。

 そう、セキトに言ってみる。しかし。

 

「フゥン、くだらん。仮にオレ様が3冠を取り、その後に他の娘に負けたとしよう。その時に、愚民共はどちらが強いと言うと思う?」

 

 セキトの冷ややかな目に当てられて、思わず黙り込んでしまう。

 

「答えは簡単だろう。最後に勝った者こそが勝者だ。漢の高祖が項羽に負け続けてもなお、最後に一度の勝利を拾っただけで歴史の勝者となったように。愚民共は過程など見向きもせん。どのみちクラシックもティアラも最初の道標に過ぎん。道が再び交わった暁には……このオレ様が冠ごと最強の名を奪い取って見せるわ」

 

 どちらに行っても最後に笑うのはこのオレだ。

 そう言わんばかりの獰猛な笑みに、私も思わず破顔する。

 

 才能に満ちたウマ娘は一度の挫折で、そのまま終わってしまうことがままある。

 だが、セキトならば何度でも立ち上がり、必ずや天下無双の名を手に入れるだろう。

 そう確信させてくれる言葉だった。

 

「そうだ、敗北続きから皇帝まで上り詰めた劉備しかり、あの曹操ですら手痛い敗北を何度もしているのだ。それでも最後に勝てばいいことを三国志は教えてくれる。やはり、三国志は人生の聖典だな」

 

 結局、最後は晋に滅ぼされて三国のどれも天下統一できなかったのも、逆に最後に勝てなければ意味がないことの証明になっているのかもしれない。

 

「フン、とにかくオレ様は桜花賞を取る。貴様は勝利インタビューの内容でも考えておけ」

 

 既に桜花賞は取ったも同然と語るセキトに、相槌を打ちながら予定を考える。

 桜花賞を大目標とするなら、小目標は“チューリップ賞”にして桜花賞の事前練習にするべきだろう。

 

「フゥン、いいだろう。軍師の意見だ。受け入れてやらんでもない」

 

 セキトも了承したようなので、“チューリップ賞”の参加準備を進めるとしよう。

 そう決めて、私は仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

「陳宮! 次のレースは“スプリングステークス”に変更だ!!」

 

 その数週間後。

 セキトの突然の宣言に思わず、飲んでいたコーヒーを吹き出してしまう。

 

「食物を無駄にするな陳宮。兵站(へいたん)は戦において最も重要なものだぞ!」

 

 確かに行儀が悪かったと、謝りつつ落ち着いて問いかける。

 たしか、“チューリップ賞”に出る予定のはずだったが。

 

「だから、律義に変更だと伝えてやっているのだろう? 耄碌(もうろく)するには早いぞ、陳宮」

 

 そんなことを呆れた目で言われてしまい、本当に私が悪いのかと錯覚してしまう。

 しかし、すぐにそんなことはないと自分を奮い立たせ、理由を聞いてみる。

 ……これから始まるであろう、“チューリップ賞”への出走取りやめの書類の作成に目を瞑りながら。

 

「フゥン、貴様もオレ様の軍師ならば、もう少し世の情勢に目を向けるべきだな」

 

 ということは、気が変わって皐月賞に出ることにしたのだろうか。そう、一瞬思うがそれだと個人の意思なので世の情勢とは言えないだろうと思い直す。と、なると“スプリングステークス”そのものに何かあったのだろうか。

 

 そこまで考えたところで思い出す。

 チューリップ賞に出走登録をしに行ったときに、事務員の方がボヤいていたことを。

 

「フゥン、ようやく目が覚めたか? そうだ、今年の“スプリングステークス”は大会を開催できない程に人が集まっていない。あるウマ娘(もののふ)が早期に参加を表明したことでな」

 

 レースには規定人数というものがある。

 簡単に言えば、5人未満しか入るウマ娘がいないと、レース自体が中止になるものだ。

 基本的に起こり得ないことではあるのだが、多くのウマ娘がそのレースを回避し、別のレースに出ることがある。

 

 強すぎる娘と戦うのを避けるために。

 

「マルゼンスキー。フゥン、大言壮語にもこのオレ様を差し置いて“怪物”などと言われているようでな……実に不愉快だとは思わんか、陳宮?」

 

 マルゼンスキー。

 セキトよりも早くにデビューした、将来有望なウマ娘だ。

 デビューから今までのレースにおいて全て、2位を7馬身差以上つけて勝っている怪物。

 (ちまた)では、その赤い勝負服になぞらえて、ターフを疾走する“スーパーカー”とすら呼ばれている。

 

 そんな彼女が出走を表明しているものだから、“スプリングステークス”に人が集まらないのだ。

 

 走っても勝てない。

 自信が粉々に砕かれる。

 走ることに恐怖すら覚える。

 

 彼女と走った娘達は口々にそう言うのだ。

 まあ、トレーナーである私からしても、確かにそう思ってもおかしくないと思う走りだ。

 でも。

 

「怪物退治の偉業……フゥン、この呂布奉先にピッタリの称号ではないか」

 

 この娘(セキト)ならば大丈夫だ。

 

「陳宮! レースの出走登録をしておけ!! 少々距離が長くなるが、このオレ様にとっては誤差に過ぎん。関羽のように、酒が冷めぬ間に怪物(てき)の首を討ち取って来てやるわッ!!」

 

 勝つのはセキトだと確信し、私は(うやうや)しく(こうべ)を垂れる。(これをやるとセキトは喜ぶ)

 そして、抑えきれずに笑みを溢してしまうのだった。

 何のことはない。私自身もまた、2人が戦うのを見るのが楽しみになってきてしまったのだ。

 

 

 後日、ビクビクしながらレースの変更届を出しに行ったのだが、何故か感謝されて拍子抜けしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「トレーナーちゃん……5人しか出場しないって冗談じゃないの…? 毎年10人以上は出るレースよね、これって」

 

 “スプリングステークス”の控室。

 そこで、怪物マルゼンスキーは普通の少女のように、エメラルドの瞳に困惑の色を滲ませていた。

 

「本当は私を驚かそうとして、ご本人登場! みたいにサプライズ登場するんじゃないの?」

 

 重くなった空気を誤魔化す様に、マルゼンスキーは茶化して言うが、彼女のトレーナーの表情は硬い。それが何よりも、5人しか出走しないことを裏付けていると理解したマルゼンスキーは、後悔するように唇を噛む。

 

「ねぇ……こんなに人が居ない理由って………私のせいよね?」

 

 女性トレーナーは誤魔化すべきか一瞬迷っていたが、すぐに無駄だと悟り、小さく頷いた。

 

「そう……あはは、ちょーっと勝ちすぎちゃったかしら。強すぎるのも考えものね」

 

 おどける様に笑い、強すぎてごめんなさいと胸を張ってみせるマルゼンスキー。

 だが、その姿からはいつもの快活さは感じられず、ただただ痛ましさだけがあった。

 その様子に思わずと言った感じで、女性トレーナーが声をかける。

 

「大丈夫よ、トレーナーちゃん! 心配しなくたっていつも通りブイブイとばして一番を取って来るわ! ……そう、いつも通りに」

 

 いつも通り、誰も並ぶことなく、ただ1人でゴール板を駆け抜ける。

 それは一体、1人で練習しているのと何が違うのだろうか?

 

 退屈という名の毒が、マルゼンスキーの心を(むしば)み、絶望へと近づける。

 だからだろう。本来の彼女ならば、決して思わないことを、言わないことを、しないことを。

 口に出してしまったのは。

 

「……でも、もし負けても―――一緒に走ってもらえるようになるならいいかも」

 

 マルゼンスキー!!

 大声でトレーナーに呼ばれて、ハッとした表情を見せるマルゼンスキー。

 

「ご、ごめんなさい、トレーナーちゃん。冗談よ、冗談! トレーナーちゃんのために張り切って1位を取らなくっちゃね! それじゃあ、そろそろパドックに行くわ」

 

 精一杯の笑顔を作り、逃げる様に控室から出て行くマルゼンスキー。

 その後ろ姿に声をかけようとするトレーナーだったが、その手は届かない。

 彼女に言いたかったのはそういったことではないのだ。

 

 勝つことではなく、楽しく走ることを優先して欲しい。

 スカウトを決めたあの走りさえ見せてくれれば、勝敗なんてどうでもいい。

 そう言いたかった。だが、現実として。

 

『唯一抜きん出て、並ぶ者なし』

 

 この言葉を体現する彼女を楽しませてくれる者など居るのだろうか?

 ただ走るのが楽しいという気持ちだけで、この先戦い続けられるのだろうか?

 このままでは、いつか取り返しのつかないことが起きてしまうのではないか。

 

 そんな不安が、彼女の心臓を大蛇のように締めあげるのだった。

 

 

 

 

 

「なあ、このレースで誰が勝つか賭けないか? 俺はマルゼンスキー」

「僕はマルゼンスキーが1着」

「私もマルゼンスキーかなー」

「マルゼンスキー一択ですね」

「おいおい、これじゃあ賭けが成立しねぇだろ。しゃあねえな、何馬身差つけて1着になるかに変えるか」

 

 観客席からそんな話し声が聞こえる。

 

解説の場主(ばぬし)さん。今日のレース、どう見ますか?

そうですね、バ場の状態も良好、天気も快晴と来ていますから、レース展開が荒れることはないでしょうね

そうなると、やはりマルゼンスキーですかね? 今回のレース

最有力と言って差し支えないでしょう

 

 解説席からは確信に満ちた声が聞こえてくる。

 会場に居る誰もかれもがマルゼンスキーが勝つと信じて疑わなかった。

 それは、彼女と走るウマ娘達も同じことだっただろう。

 

さあ、各ウマ娘がゲートに入り準備が整いました

 

 ただ2人。

 

今、一斉にスタート!!

 

 私とセキトを除いて。

 

やはり、マルゼンスキー抜け出したぁッ!

いいペースですねぇ、レコードも狙えるかもしれませんよ、これは

 

 レース序盤。やはりと言うべきか、マルゼンスキーが後続を残して加速していく。

 私のセキトと言えば最後尾に位置づけ、他のウマ娘を値踏みするように走っている。

 当然のことながら、誰も彼女のことなど見ていない。

 なんなら、マルゼンスキーが派手に飛ばすせいでカメラに入り切っていないまである。

 

レース中盤、今まで足を抑えていたウマ娘達も徐々にペースを上げ始めてきました。場主さん、ここから1着争いに躍り出そうな娘はいますか?

どの娘も良い加速ですが、少し先頭から離され過ぎていますねぇ

やはり、マルゼンスキー強い。このまま独走状態が続きそうです

 

 本来なら徐々に盛り上がって来るレース中盤だというのに、会場は静かなまま。

 誰も競い合いが始まるなど思っていない。

 1着はマルゼンスキー、2位以下は無し。

 

 そんな状況が今現実に生み出されようとしている。後の楽しみは何秒でマルゼンスキーがゴール板を駆け抜けるかだけ。敗者へのヤジすら飛ばす気にもならない蹂躙劇。誰もがそれを信じて疑わない。そんな状況だからこそ。

 

 セキトのお披露目には丁度いい。

 

『最終コーナー! 5番セキトが、最下位から一気に躍り出てきたぁッ!』

 

 さあ、中央よ―――セキトを知るときだ。

 

 

 

 

 ざわめきが聞こえる。

 走っているマルゼンスキーには解説は聞こえないが、会場の空気の変化には気づけた。

 今まで起きたことのない変化に、彼女は少しだけ期待を巡らせる。

 

(誰かが追い上げてきたのかしら? でも、それでも……)

 

 勝つのはどうせ私でしょ?

 傲慢と諦観の混じった自信が、彼女の中の期待を一瞬でかき消す。

 何度も期待してきた。

 

 胸躍る闘争を。

 競い合える強敵を。

 真に心躍るレースを。

 

 だが、その全ては他ならぬ彼女の脚が踏み砕いてきた。

 だから、今回も同じ。

 期待するだけ無駄だ。

 

 そう、思っていた。

 

『伸びる! 伸びるッ! まだ、加速していくぞッ!! セキト!!』

『凄まじい末脚ですねぇ! 見事としか言いようがありません!』

『あれ程あったマルゼンスキーとの差が、みるみるうちに縮まって行くぞ!!』

 

 ゾクリと首筋に悪寒が走る。

 まるで、剣を喉元に押し付けられたかのような感覚にマルゼンスキーは、思わず振り返る。

 振り返ってしまった。

 

『振り返った! 振り返った!!

 あのマルゼンスキーが初めて後ろを見たぁッ!!』

 

 目に入ったものは(あか)

 まるで、真紅の旗のように長い髪をなびかせ、迫りくる巨体。

 その双眼は―――しっかりと怪物の首を狙っていた。

 

『逃げるマルゼンスキー! 追うセキト!

 両者の距離が徐々に縮まって行くぅぅうう!!』

『残り100メートル!! ここで決まりますよッ!!』

 

 迫る来る鮮血の刺客に、マルゼンスキーは足に力を籠める。

 やっと現れた好敵手なのだと。

 これからは何度でも競い合えるのだと。

 心を浮き立たせ、限界以上の速度を出そうとし――

 

 ―――本当に?

 

 孤独という恐怖がそれを邪魔した。

 

『並んだ! ついに並んだセキト!!

 そして、そのまま一気に―――差しきったぁああああッ!!

 勝ったのはセキトッ!!

 まさか、まさかの展開に会場のざわめきはやみません!!』

 

 電光掲示板に映し出されるセキト、マルゼンスキーの並び。

 アタマの差で1着になったのはセキト。

 誰もがお互いに死闘を繰り広げた結果の僅かな差だと思った。

 

唖然(あぜん)! 呆然(ぼうぜん)! マルゼンスキー! ただただ、掲示板の名前を見つめることしか出来ないッ!』

『初めての敗北ですからねぇ。しかも全力を出し切っての負けとなれば、相当くるものがあると思いますよ』

 

 しかし、マルゼンスキー、彼女のトレーナー。

 そして、セキトだけは違った。

 最後の瞬間。親しい者でなければ分からない領域で、マルゼンスキーは手を抜いてしまった。

 否、全力からその先を出そうとせず、勝ちに行こうとせず。

 

 ただ、粛々と敗北を受け入れてしまったのだ。

 

今、ゆっくりとセキトがマルゼンスキーに近づいていきます

握手でもするんでしょうか?

 

 セキトが歩いてくる。

 ゆっくりと、勝利の余韻など欠片もない無表情のままマルゼンスキーに近づいていき。

 

セキトが今、マルゼンスキーに友好の手を伸ばし――なぁッ!?

何をしているんだあの娘は!?

 

 彼女の胸倉を掴み上げたのだった。

 

 

 

「貴様、よくもこのオレ様相手に―――手を抜くなど舐めた真似をしてくれたな?」

 

 

 

 胸倉を掴まれ、身動きを取れなくされた状態で睨みつけられ、マルゼンスキーは声が出せなくなる。セキトの荒い吐息が鼻に当たる程に近い距離。ほんの少し踏み出せば唇が触れ合う程の距離で、巨大なウマ娘に睨みつけられているのだ。話せなくなるのも無理はない。だが、彼女が話せなくなったのは全く別の理由からだ。

 

「手を抜いて勝つのならば、それは強者の余裕だ。敗者に何かを言う権利などありはせん。だが、手を抜いて負けるとはどういう了見だ? レース(死合い)を舐めているのか?」

 

 マルゼンスキーが感じている感情は罪悪感だ。

 あの時、確かに死力を尽くさなかったのは事実だ。

 だから、何も言い返せない。

 

 また勝ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()のではないかと思った。

 事実を言ってしまおうかとも考えたが、意味はない。

 結局、それはセキトを甘く見た結果でしかないのだから。

 今は何を言われても、受け入れるしかないと思っている。

 

「フゥン……だんまりか、くだらん。この呂布奉先ともあろうものが、貴様のような(やから)に、本気を出してしまったとは……自分が恥ずかしいわ」

 

 もはや、怒りも失せたとばかりに、マルゼンスキーから視線を外して解放するセキト。

 そこへ、事態を見て慌てて駆けつけてきた彼女達2人のトレーナーが現れる。

 セキトは自分のトレーナーの叱責の声は右から左に聞き逃しつつ、マルゼンスキーのトレーナーへ侮辱の言葉を吐き捨てる。

 

「貴様が奴のトレーナーか? フゥン、ターフ(戦場)に立つ資格の無い輩を送り出すとはな。とんだ無能が居たものだ」

 

 そう言って立ち去るセキトに、マルゼンスキーのトレーナーは何も言えなかった。

 レース前に見せたマルゼンスキーの不安。それを見抜けず送り出したのは自分の責である。

 そう思ったのだ。

 

「……ちょっと、今の言葉取り消しなさい」

 

 だが、トレーナーを侮辱されたマルゼンスキーの方は黙っていなかった。

 自分の侮辱は受け入れられても、大切なものの侮辱は許せなかったのだ。

 そして、そんな様子にセキトも初めてマルゼンスキーに興味を持ち、足を止める。

 

 因みに陳宮はうちの娘がすみませんと全方位に頭を下げ続けている。

 

「フゥン?」

「あなたを失望させたのは、私のダメな走りのせいよ。そこに言い訳なんてしないわ。でも、これだけは言わせてもらうわ。トレーナーちゃんは無能なんかじゃないわ!」

 

 自分を選んでくれたトレーナーを。

 楽しそうに走る自分が好きだと言ってくれた彼女を。

 無能扱いなどさせない。

 

 マルゼンスキーの言葉がざわめきの止まない会場に響く。

 

「フゥン、ウマ娘(もののふ)の管理はトレーナーの責任。貴様の失態はそのままトレーナーの失態と同義だ、違うか?」

「そうね、そこは貴方の言う通りよ。でも逆に言えば、私の名誉はトレーナーちゃんの名誉よ」

 

 バチバチと火花が飛ぶ口論の中。陳宮はそれが分かっているなら、何故このような行動をとっているのかとセキトに問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。因みにセキトにとってのトレーナーはあくまで軍師なので、自分に仕える存在。むしろ、トレーナーの尻を拭ってやらねばと思っているのである。実際はこのありさまであるが。

 

「それで、貴様はどうするつもりだ?」

「あなた、次はどのレースに出るつもり?」

「桜花賞だ」

「そう、なら―――桜花賞であなたを叩きのめすわ」

 

 セキトの首を指さして斬るように腕を振り、ハッキリとした口調で告げるマルゼンスキー。

 その毅然とした態度に、初めてセキトが面白そうに口を歪める。

 

「ほぉ、宣戦布告か? この呂布奉先様に?」

「ええ、それと今日のレースで不甲斐ない勝負をした謝罪でもあるわ」

「フゥン、くだらん奴と思っていたが、少しは楽しめそうだ……いいだろう! 次の桜花賞で首を洗って待っているがいい!!」

「望むところよ……必ず、このマルゼンが勝つんだから」

「フゥン、せいぜい足掻くといい。行くぞ、陳宮!」

 

 マルゼンスキーからの宣戦布告を不敵な笑みで受け止め、セキトは会場を去っていく。

 ……文句を言ってくる陳宮(トレーナー)の首根っこを掴んで引きずりながら。

 

「ごめんね、トレーナーちゃん。勝手に次のレースを変更しちゃって」

 

 少し気持ちが落ち着いたのか、申し訳なさそうに眉根を寄せながら謝るマルゼンスキー。

 それに気にしないでと、女性トレーナーは首を振る。

 元々は皐月賞に出場予定だったが、こうなっては仕方ない。

 もしセキトから逃げれば、それはきっと一生拭えぬ傷となり残るだろうから。

 

「ありがとうね、トレーナーちゃん。……それとね、1つどうしても聞いておきたいことがあるんだけど」

 

 トレーナーの気遣いに笑った後に、真剣な表情に戻るマルゼンスキー。

 その変化に女性トレーナーの方も姿勢を正し、集中して耳を傾ける。

 一体何が彼女をそこまで駆り立てるのかと。だが。

 

 

「呂布って……だれ? あの娘の名前はセキトじゃないの?」

 

 

 その心配は杞憂に終わり、2人は首を捻りながら呂布、ひいては三国志を調べるのだった。

 

 




現代のサラブレッドと古代のウマを比べれば、肉体の差で現代のサラブレッドの圧勝だと思います。
ですが、ここはウマ娘世界。
あくまで名馬の魂を宿した現代のウマ娘なので、肉体的な差はないと考えています。
あくまで魂(才能)が違うだけなので、十分勝負になるかと。
後は史実じゃなくて演技基準で赤兎馬を考えています。

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