呂布を名乗るウマ娘   作:トマトルテ

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3章:飛将軍(ひしょうぐん)

 私のトレーナー室には1枚の賞状が飾られている。

 持ち主は勿論、セキト。

 

 多くの人はその賞状がG1で初の1着になったオークス。

 もしくは、デビュー戦で得た始まりの1枚と思うだろう。

 しかし、残念なことにそのどちらでもない。

 

「1 着ではなく、2着の賞状でいいのかだと? くどい! これはオレ様が敗北の苦渋を忘れん為に飾っているのだ。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、このオレ様の闘いの軌跡に2度と傷をつけられんための覚悟だ。あの屈辱をオレ様は生涯決して忘れん…!」

 

 ギュッと手を握りこみ、1着になれなかった桜花賞の賞状を見つめるセキト。

 その瞳にはあの日の屈辱がありありと浮かび上がっており、先程の言葉が嘘でないことが(うかが)える。

 自分も彼女の気高さに見習い、さらに精進していかなければと気合を入れなおすのだった。

 

「さて陳宮。次はどうするつもりだ?」

 

 賞状から目を離して、セキトがこちらを向いてくる。

 どうするつもりか、というのは恐らく次のレースのことだ。

 このままティアラ路線を行くというのならば、秋華賞が大目標になるだろう。

 

秋華(しゅうか)賞か……フゥン」

 

 どこか不満そうに鼻を鳴らすセキト。

 最近分かってきたことがあるが、セキトが出走レースを選ぶ基準は他のウマ娘とは違う。

 他のウマ娘であれば、自身の適性やスケジュールを加味して考える。

 だが、彼女はそんな深い思考を持たない。

 名前がカッコいいか、カッコ悪いかだけだ。

 

「秋華賞……陳宮!」

 

 恐らく聞かれるであろうことを予測しながら返事をする。

 

「秋華とはなんだ…?」

 

 秋華とは中華の有名な詩人、杜甫や張衡が詩の中で用いた“あきのはな”を表す言葉だ。

 “秋”とは食物が実りを向かえる季節になぞらえ、クラシック級のウマ娘達の努力が実ることを意味する。

 そして“華”という字には、ウマ娘達の容姿を美しい花に見立てたり、名誉や誇りなどの意味がある。

 

 すなわち秋華賞とは、美しきウマ娘達が名誉や誇りをかけて競い合う舞台なのだ!

 

「それは全ての大会共に同じではないのか?」

 

 はい、その通りです。

 OPだろうと、G1だろうと、走るウマ娘達はみな何かを求めて美しく競い合っている。

 そこに大会の大小は関係ないのだと、私もセキトも思っている。

 

「フゥン、ならばオレ様が出る必要のある大会ではないな」

 

 秋華賞に興味を無くしたのか、つまらなさそうに欠伸をするセキト。

 セキトのトレーナーになって半年ほど経つので、この反応は正直のところ想定内だ。

 これがトリプルティアラで、既に2冠を達成している状態なら焦っただろうか、既にその可能性は絶たれているのである意味で気楽ではある。

 

「陳宮、このオレ様に相応しい大会はないのか?」

 

 ―――天皇賞(秋)。

 

「ほぉ…?」

 

 私の言葉が琴線に触れたのか、ピクリと耳を動かすセキト。

 

「確かに魅力的な名だが……オレ様が求めるものはあるのか?」

 

 カッコいい名前に釣られたのは見え見えだが、まだセキトは頷かない。

 内心では出ても良いと思っているが、素直に言うことを聞くのは恥ずかしいと思っているのだ。

 だから、私は前世の陳宮のように策を巡らせる。

 

「なに、盾が欲しくはないかだと? ただのトロフィーではないのか」

 

 天皇賞で一着を取ったウマ娘のみに与えられる盾。

 それは素手で触ることは許されず、皆一様に白手袋をはめて持つ。

 なぜならば、その盾は天皇陛下からいただく、唯一無二の盾なのだから。

 

「つまり、官位と同じだと言いたいわけか。フゥン、悪くはないがこの呂布奉先様は相手が誰であろうと平伏することはせん」

 

 誰から与えられるかなど関係はないと、興味があるのを必死に誤魔化そうとするセキト。

 しかし、耳と尻尾はワクワクとした感じで動いている。

 それに、後一押しだと感じ取り、とどめに殺し文句を放つ。

 

 ―――飛将軍ともあろうお方が、盾の1つも持っていないのはいかがなものか?

 

「………陳宮、貴様」

 

 ピタリと、先程までの喜びが嘘のように止まる、耳と尻尾。

 一瞬、しくじってしまったかと焦るが、すぐに杞憂に終わる。

 

「よくぞ言った! 貴様の言う通り、飛将軍の名には盾が似合う! フゥン、いいだろう! 次のレース(死合い)は天皇賞にしてやろう。陳宮、光栄に思え。このオレ様の盾持ちは貴様にやらせてやる!!」

 

 わっはっはと、絶好調な様子で笑うセキトにホッと胸を撫で下ろす。

 セキトは才能はあるが、興味の無いことには基本的にやる気がない。

 故に、こうして彼女がやる気が出るように目標を持たせてやる必要がある。

 

 そして何より、天皇賞(秋)はシニア級の先輩ウマ娘が集う舞台。

 セキトは自分が負けるなど欠片も考えていないが、世間は違う。

 いくら強くても所詮はクラシック級。上の世代と違い周りのレベルが低いだけ。

 そんな考えを抱いている人間も勿論居る。

 

 マルゼンスキーもシンボリルドルフですら、この侮りからは逃れられない。

 

 だからこそ、その侮りが過ちだったと証明してやらねばならないのだ。

 セキトの脚で。他の2人よりも早く。天下に覇を唱える必要がある。

 

 我こそが最強だと。

 

 それこそが、私の考える“天下無双の計”の序曲だ。

 

「しかし、天皇賞と言えば秋……それまでの間が暇ではないか」

 

 内心で、戦略を練っていたところで、そういえばとセキトが呟く。

 現在は5月後半で、天皇賞は10月後半。

 その間に何の大会も無いと気づいてしまったのだ。

 

 これが優等生なウマ娘なら、実力を底上げする期間だと考えてくれるだろうが、セキトは優等生という言葉から180度反対に位置するウマ娘だ。暇だ、やる気が起きないとすぐに中だるみしてしまう。しかしながら、その程度のことで陳宮たる私は慌てない。策はある。

 

「飛将軍の由来だと? 耄碌(もうろく)したか、陳宮! かの李広(りこう)が匈奴との戦いで連戦連勝を飾ったことで、恐れと敬意をもって呼ばれた名こそが飛将軍! その後漢代になり、この呂布奉先が引き継いだ勇名(ゆうめい)を忘れたとは言わせんぞ!!」

 

 忘れたわけではなく、確認をしただけなのだとセキトに弁明する。

 

「確認だと? 一体何のためにだ」

 

 まだ、飛将軍の名が世に広まっていない理由を明確にするためだ。

 

「フゥン……確かに、飛将軍の名で呼んでくる愚民共が少ないのは認めよう。それで? そのようなことを聞くからには、答えは分かっているのだろうな」

 

 答えは簡単。李広や呂布が連戦連勝で恐れられたのに比べ、セキトは負けがついている。

 要するに舐められているのだ。

 マルゼンスキーに劣ると。シンボリルドルフに劣ると。

 

「貴様…ッ」

 

 ギロリと圧のある目で私を睨んでくるが、そこで怯まない。

 あくまでも堂々と飄々と語っていく。

 我に策有りと。

 

「そこまで言うのならば、どのようにすればオレ様が飛将軍の二つ名を取り戻せるか、答えてみせるがいい!」

 

 ダートで重賞を3つ、大差をつけて取れば良い。

 

「ダートだと…? 重賞を大差で勝つのは分かる。単純に強さを証明するのだからな。だが、ダートでなければ飛将軍になれぬ理由はなんだ?」

 

 ―――呂布や李広が、芝の上をお上品に走っていたと思いますか?

 

「…! なるほど……平和ボケしたターフ(いくさば)ではなく、真のダート(いくさば)で勝ってこそ、愚民共に飛将軍の名を思い出させやすいと……つまりはそう言いたいのだな!」

 

 上手いこと納得してくれたので、頷いておくことにする。

 今のダートはどう考えても、当時の戦場に比べれば天国だというのは黙っておく。

 

 そもそもダートを勧めたのは、彼女のダート適性を腐らせるのがもったいないと思ったのと、様々なコースを走らせることで経験値を稼ぐためだ。まあ、後は個人的にも、芝で走る姿よりも砂埃を上げて走る姿の方が、将軍ぽいと思ったのもあるが。

 

「それで陳宮? 3つの重賞とはどのレース(死合い)のことだ」

 

 どのレースに出るかと聞かれたので、天皇賞が大目標ということを頭に置き、即座に3つの名前を答える。

 

「ユニコーンステークス、ジャパンダートダービー、シリウスステークス……か。フゥン、なるほどな。6月後半のG3のユニコーンでダートの足慣らし、そして7月前半のジャパンダートでG1を1つとる。9月後半のシリウスは天皇賞と同じ2000mで、調整も兼ねるという訳か。考えているではないか、陳宮。流石はオレ様のトレーナー(軍師)だと言ってやろう」

 

 ありがたき幸せと恭しく頭を下げる。

 それを見たセキトも上機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ……さて、ここまでは前座だ。

 今ここからが、私が本当に頑張らなければならない事柄だ。

 

「なんだ? まだ何かあるのか? いいだろう、話せ」

 

 私の顔を見て、セキトが何かがあるのを察して先を促す。

 なので、私も言葉を濁さずに言うことにする。

 そう、私の肩にはトレセン学園の教師達、そして理事長の期待がかかっているのだ。

 

「……何? 先程までの計画を遂行するには、まず倒さねばならない敵がいるだと?」

 

 ここで話は逸れるが、トレセン学園について説明しよう。

 学園は基本的にウマ娘達がレースに出るために育成機関、言わばプロ養成学校。

 普通の学校とは大きく違う点がいくつもある。

 

 それらを全て羅列していくのは時間がかかり過ぎるし、何よりここで話すべき事柄ではない。しかし、同じ点を挙げるならば苦労はしない。そして、何より。夏を控えたこの時期に、全ての学生を恐怖のどん底に落とす魔王と言えば相場が決まっている。

 

「何を渋っている、陳宮! そのような輩など、この呂布奉先様が叩き潰してくれるわ!!」

 

 うん。本人もやる気満々のようなので、遠慮なく言わせて頂くとしよう。

 

「フゥン! 何が来ようとこの呂布奉先に、怖れと絶望の二文字はないわ!!」

 

 

 ―――将軍。期末テストで赤点を取ったらレースは無しです。

 

 

 セキトは絶望した。

 

 

 

 

 

「フゥン、貴様が大言壮語にも皇帝の名を語る輩か?」

 

 セキトとの出会いは唐突だったと、シンボリルドルフは語る。

 

 彼女がコースに出てトレーニングをしている時に、セキトは陳宮を伴い現れた。

 唯我独尊。不敵な笑みを湛え、皇帝を前にしても怯むことのない姿。

 天下無双。ただ1人であるが故の強さ。人々を率いる皇帝とは違う。

 皇帝(ぜったい)の反対の将軍(ぜったい)。それが目の前にあった。

 

「ああ、私が皇帝シンボリルドルフだ。そういう君は……セキトだね。オークスでの走りは見事だったよ。遅ればせながらおめでとう」

「フゥン。もっか無敗の2冠ウマ娘に言われても、嫌味にしか聞こえんわ」

「そんなつもりではなかったんだがね」

 

 社交辞令などいらぬとばかりに切り捨てるセキトにも、シンボリルドルフは笑みを崩さない。

 その余裕が癇に障ったのか、セキトは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「それで、見たところ私に(よう)があるようだが……何用かな」

「取引だ。貴様、併走相手の確保に困っているらしいではないか?」

「……確かに、君の言うとおりだが」

 

 一瞬言葉を切り、自らのトレーナーの方に目配せをするシンボリルドルフ。

 だが、男性トレーナーの方は首を横に振る。

 どうやら、彼女のトレーナーが話を通したわけではないらしい。

 

「フゥン、ネズミの足音であろうと、せわしなく駆けずり回っていれば自然と耳に入ってくるものだ」

「なるほど。すまないね、トレーナー君。私のために随分と苦労を掛けたようだ」

 

 自分のせいでいらぬ苦労をかけたと謝るシンボリルドルフに、男性トレーナーは慌てて頭を上げるように促す。担当トレーナーとして、ウマ娘のために努力をするのは当たり前なのだから、謝らないで欲しいと。

 

「確かに君の言うとおりだ。だが、他の娘でこうなることも珍しい。……やはり、私には親しみやすさというものが足りないらしい」

 

 しかし、そう言われてもシンボリルドルフの顔は浮かない。

 彼女が目指す皇帝とは“誰をも導く頂点となり、皆を導くウマ娘”。

 皇帝としての威信は溢れんばかりにあるが、誰もかれもが恐れ敬い近づこうとしない。

 もっと気楽に相談される立場にならなければというのが、彼女のここ最近の悩みだ。

 

 だが、そんな悩みなどこの娘には関係ない。

 

「くだらんな。親しみと言えば聞こえはいいが、要は舐められているということだ。キツネがネズミばかり襲い、決して牛を襲わないのと一緒だ。勝てぬから挑まぬ、それだけの話」

「本末転倒。それでは走る相手が誰も居なくなってしまうな」

「フゥン、案ずるな。オレ様は―――虎だ」

 

 牛が大好物のな。

 そう付け足して、セキトは獰猛な笑みを見せる。

 

「ふ…ふふふ。つまり、取引内容とは」

「オレ様が貴様の併走相手を務めてやる。光栄に思え」

 

 火花が散る。

 今まさに爆薬の導火線に火をつけようと熱く燃え上がる。

 爆発する。誰もがそう思った。だが。

 

「すまないね。ありがたい申し出だけど断らせてもらうよ」

「……なに?」

 

 シンボリルドルフは(あらわ)になりかけた闘志を抑え込み、涼し気に笑う。

 

「このオレ様では不服と言うことか?」

「そのような無礼千万なことはないよ。そうだね……君はお弁当を食べるとき好物を先に食べる派かい? それとも後に残す派かな?」

「食いたいときに、食いたいものを喰らう。それだけだ」

 

 セキトの答えを聞き、予想通りだとばかりにシンボリルドルフは頷く。

 そして、絶対零度の瞳をもってセキトを睨みつける。

 

「なるほど。私はね……君とは反対で―――楽しみを後に残す派なんだ」

 

 私達が戦うべきは、このようなちんけな舞台ではなく、もっと大きな舞台があるはずだ。

 そう、言外に告げるシンボリルドルフにセキトも思わず黙り込む。

 

「一日千秋。君と私の道が交わる時を楽しみにしているよ。そして、その時は……皇帝の力を存分にお見せしよう」

 

 勝つのは私だと。

 揺るぎのない絶対の意思を見せつけて、シンボリルドルフはコースを走るために背を向ける。

 セキトの方も一応の納得を見せたのか、カッコよく背を向けて立ち去ろうとする。

 

 だが。

 

「ん? 君はセキトのトレーナーの……陳宮でいい? そ、そうか。それで私にまだ何か用が……セキトにノートを貸して欲しい?」

「陳宮! 貴様! このオレ様を助けようとするなど出過ぎた真似を!?」

 

 陳宮に声をかけられたシンボリルドルフは戸惑いながら、ノートとはトレーニングノートのことだろうかと尋ねる。それに首を振り、陳宮は自分を止めようとするセキトに白目を向けながら当初の目的を話す。

 

「授業のノートをセキトに貸して欲しいと……まさか、それだけのことを頼むために、私に併走の取引を?」

「当然だ! オレ様は誰にも貸しを作らんし、庇われん!! ならば取引しかなかろう!?」

「君は……いや、何でもないよ」

 

 意外と愉快なウマ娘なんだねという言葉を、すんでの所で飲み込むシンボリルドルフ。

 それは皆を導く皇帝の名に相応しい、優しさと情けであった。

 

「しかし、何故わざわざ私に借りに? クラスは別なのだから、同じクラスの友人にでも頼めばいいのでは?」

「フ…フゥン……なぜオレ様が有象無象共と友好関係を結ばねばならぬのだ?」

 

 友達いないんですよ、この娘。

 何とか取り繕うとするセキトの言葉を、陳宮がバッサリと切り捨てる。

 その切れ味と言えば、青龍偃月刀にも負けず劣らず。

 思わず無関係のシンボリルドルフが、自分の交友関係を振り返ってしまう程だった。

 

「陳宮!! このオレ様に恥をかかせおって…! 覚悟は出来ているのだろうな!? なに? 授業中に眠るオレ様が悪いだと? フゥン、くだらん授業をする方が悪……他のやつらに出来ることが、最強の飛将軍には出来ないのかだとぉ!? ぐぬぬぬ…ッ」

 

 ばらした陳宮に食って掛かるセキトだったが、陳宮の煽りの前に歯を食い締めることしか出来ない。最近、セキトの扱い方を覚えたと共に、大分容赦がなくなった陳宮。そんな2人の愉快な光景に笑いをこらえながら、シンボリルドルフが口を開く。

 

「私は構わないよ。私などのノートで役に立つか分からないが、自由に使ってくれ」

「この呂布奉先! 相手が父母であろうと施しは受けん!!」

 

 カッコいいことを言っているが、この上なくダサいセキトに首を振るシンボリルドルフ。

 これは施しではなく、十二分にこちらにもメリットがあるのだと。

 

「いや、実は私もやってみたいんだ。私が不甲斐ないせいか、今まで一度もそういったことを頼まれたことが無くてね。なんなら、一緒にテスト勉強でもするかい? 他の子達がやっているのを見て、少し羨ましかったんだ」

 

 目を輝かせて提案するシンボリルドルフ。

 即答でお願いしますと答える陳宮。

 絶対に嫌だと叫び声をあげるセキト。

 シンボリルドルフの無邪気な姿に思わず涙を流す男性トレーナー。

 場は混沌を極めるのであった。

 

 後日。

 

貸し(かし)菓子(かし)で返す、か……やるな」

 

 生徒会室に送られた大量のポテチを見ながら、謎の闘志を燃やすシンボリルドルフの姿が見られたとか何とか。

 

 

 

 

 

 6月後半“ユニコーンステークス”大差で圧勝(レコード更新)。

 7月前半“ジャパンダートダービー”大差で圧勝(レコード更新)。

 9月後半“シリウスステークス”大差で圧勝(レコード更新)。

 

 結論から言えば、砂上にはセキトの敵はいなかった。

 最後尾から砂煙を上げて、一気に敵を抜き去っていく。

 その姿は目論見通りに、見る者に戦場を駆ける伝説の将軍の姿を彷彿とさせた。

 

『“将軍”セキト。当初は問題行動で注目されているだけと、非難されることもあったウマ娘ですが、今は誰も彼女の実力を疑いません』

『砂の上に敵が居ないことを証明した彼女ですが、今回の天皇賞秋で芝の上でも強さを証明できるでしょうか?』

『既にライバルの怪物は秋華賞を取り、ティアラ二冠の栄誉を手にしています。そして、直接対決のときが今か今かと期待されるあの皇帝も、無敗にてクラシック三冠を達成。ここで後れを取るわけにはいきません』

『しかし、天皇賞はシニア級の先輩達が集う舞台。1つの大会としてのレベルで言えば当然、上です。果たして、彼女の強さは同世代だけでのものなのか。それとも、世代を超越したものなのか。今から開始が待ち遠しいですね』

『ええ、そうですね。私としては年上を敬う礼儀正しさを捨てた、呂布のように()()()()()()()遠慮の無さに期待したいとこ――』

 

「陳宮、愚民共に飛将軍の名は広まっているか?」

 

 天皇賞秋、東京レース場の控室にて、スマホでニュースを見ているとセキトに声をかけられる。将軍の名は既に定着していると言って問題ない。しかし、どうにも飛将軍の響きは日本人には慣れていないのか、各メディアでもあまり使われていない。これは自分の策に問題があったと、認めざるを得ないだろう。私は臣下としての仕事が不十分だったと頭を下げる。

 

「フゥン、後一文字付け加えるだけではないか。貴様が案ずることはない。十分に働いた。後は、この最強たる……呂布奉先が此度のレース(死合い)で二つ名を完成させてやるわ!」

 

 臣下の不始末を片付けるのも主としての務めだと、セキトは豪快に笑う。

 一瞬、名乗るのを戸惑うように見えたが、恐らくは私の気のせいのはずだ。

 

「マルゼンスキーもルドルフの奴らも見ているはずだ。真の最強が誰かを教えてやる走りを見せてやらねばな」

 

 珍しく、他人を意識した発言をするセキト。

 直前までセキトと一緒に天皇賞に出ると、駄々をこねていたマルゼンスキーは分かる。

 しかし、シンボリルドルフまでも意識するのは意外だ。

 因みにマルゼンスキーは秋華賞の疲れが抜けていないと、彼女のトレーナーからのガチトーン説教を受けて泣く泣く諦めたらしい。

 

「ルドルフが気になるかだと? フゥン、違うな。ただ奴にはレースで貸しを返すだけだ」

 

 貸し? 併走すらしていないので、レース関係は何もないはず。

 それに以前の勉強を教えてもらった件は、大量のポテチを贈っていた記憶があるのだが。

 

「奴が! さらに! 菓子を贈り返して来たのだ!! 拒否しようとすれば『私だけでなく、生徒会メンバー。後は寮の皆におすそ分けしたので、これは彼らの分のお返し(おかえし)お菓子(おかし)でもある』などと言って、無理やり受け取らせよって…ッ。ええい、思い出しただけで虫唾が走るわ!!」

 

 ああ、なるほど。

 以前、セキトから無理やり渡された高そうな菓子折りは、そういった訳だったのか。

 一個だけ食べて、残りは手が付けていなかったのはセキトなりのプライドだろう。

 

「あの輩は、このオレ様を庇護対象に見ている節がある。故にレースで叩きのめして、オレ様を仰ぎ見させてやるのだ」

 

 やたらと、下に見られることを嫌うセキトの内心は分からないが、やる気があること自体は喜ばしい。だが、今は。

 

「フン、案ずるな。この呂布奉先、目の前の敵から目を離す程愚かではないわ。いつものようにノロマな弱者共に格の違いを見せつけてくれるわ!!」

 

 ならばよし。

 いつものように、最強を証明して来てくれ。

 

「フゥン、言われんでもな」

 

 そして、セキトの天皇賞秋が始まる。

 

 後に、飛将軍誕生の瞬間として語り継がれる一戦が。

 

 

 

 

 

『さあ、やってまいりました。天皇賞秋。唯一無二の盾を手にするのは、どのウマ娘になるのか。注目のウマ娘はズバリ誰でしょうか?』

『やはり、一番人気のセキトでしょうね。シニア級が相手でも、実力は飛びぬけています』

『皇帝、怪物に続き、将軍と呼ばれ始めている彼女の実力は、どれ程のものなのか。それを全ての世代に知らしめて欲しいですね』

 

 最前列でセキトの快走を待ちわびる、私の耳に実況が入ってくる。

 実況はああいった風に言っているが、観客席に近い私には分かる。

 

「なあ、誰が1着になると思う?」

「うーん、ジュニアからシニアまでずっと応援している子が居るから、その子だって言いたいんだけど……」

「あー……まあ、セキトに勝つ光景が見えないわな」

「うん。あたし、この前のシリウスステークスを見てたんだけどさ……なんて言ったらいいかな。違うんだよね」

「違うよなぁ……ああ、違う」

 

 誰もが、彼女を、彼女達のことを別格だと思っていることが。

 今まで見てきたどんなレースとも、ウマ娘とも違う。

 強靭、無敵、最強。どの言葉もその走りを表すにはあまりにも脆弱に過ぎる。

 

「強いよね、セキトって」

「マルゼンスキーもシンボリルドルフもな」

 

 強い。ただ強いのだ。

 幾千幾万の言葉を並べたてたところで、それを表すには物足りない。

 3人にはそう感じさせる何かがある。

 

「じゃあ、1着はセキトだな」

「私もそう思う」

 

 故に、観客席のほとんどの人間はセキトが勝つと思っている。

 そして、それはレースを走る他のウマ娘達も同じだった。

 

『今、全てのウマ娘達がゲートに入りましたが……一様に表情が硬いように見えますね』

『どんなレース展開になっても、簡単な戦いになることだけはありませんからね』

『その中で1人余裕の表情を見せるセキト。将軍以外の誰が盾を手にするのだと言わんばかりだ』

『これは期待が持てますねぇ』

 

 普通に戦うだけでは勝てない。

 そんな圧倒的実力差を今まさに肌で感じているだろう。

 

『さあ……今、運命のゲートが』

 

 だが、しかし。

 たった、それだけの理由で諦めるのなら。

 

『開きました!!』

 

 誰もこの場に―――立ってなど居ない。

 

『今、勢いよくスター……おっと、集団が後ろの方で密集しているぞ』

『セキトのペースに合わせるように団子状になっていますね』

『中心はセキト……これは、どういうことだ…!』

 

『……囲って抜け出せないようにしてますねぇ、これ』

 

 ―――強すぎると、全てのウマ娘が敵になる。

 

 これはただそういうことだった。

 

場主(ばぬし)さん! 囲うとはどういうことでしょうか?』

『飛びぬけて強いウマ娘が居ると、他のウマ娘がマークして集団を抜け出させなくする。そうすることで、終盤での直線勝負に持ち込める。立派な戦術ですよ、これは』

『なるほど。ただ戦うだけでは、セキトには勝てない。だから、勝ちの目が出る距離までは1人ではなく集団で戦うということですね? ある意味で強者への敬意と見ることもできますね』

『はい、セキトが本当に強くなければ、誰もこんなことはしません。後ろから抜け出ることすら許さないのは、もはや恐怖に似た感情を抱いているからでしょう』

 

 努めて冷静であろうとする実況が聞こえてくる。

 策を弄した者を褒めたたえ、それを引き出したセキトの株も上げる。

 そういった方向にもっていきたいのだろうが。

 

「うっわ、汚ねえな」

「1人に対して、いくら何でもそこまでやる?」

「後ろまで塞いでるとか、どんだけビビッてるんだよ」

「そんな勝ち方して楽しいかよ!」

 

 観客の方にはそうした意図は伝わらない。

 いや、伝わったところで何だという話なのだろう。

 勝つために来ているウマ娘と観客は違う。

 

 ウマ娘達にとっては勝負であっても、観客にとってはショーでしかないのだ。

 楽しみにしていたショーで、塩試合をされたら誰だって怒る。

 レースが進めば進むほどに増えていく、侮辱の混じった怒声がその証だ。

 

『レースは非常にスローペースで中盤に差し掛かってきたところです』

『最後の直線までは動きがありそうにないですねぇ』

『そこでセキトがうまく抜け出せるかがカギになりそうですね、場主さん』

『ええ、個人を応援するのは解説としていけませんが、頑張って欲しいものです』

 

 この場に負けに来た娘など1人もいない。

 私もレースに関わる者の1人だから、こういった作戦を取ることにも理解できる。

 正直に言って、私が他のウマ娘のトレーナーだったら、同じ指示を出しているはずだ。

 

「おーい! あんたセキトのトレーナーだろ!? 抗議しろよ! こんなの妨害行為だろ!!」

「そうだ、そうだ! こんなクソ試合中止になった方がマシだ!!」

「今まで応援してたのに……ガッカリしちゃうな」

 

 観客席のファン達から私に向けても怒号が飛んでくる。

 ウマ娘達の策に罪はない。だが、レースが興行なのも事実。

 正々堂々と勝負する姿を見に来たのに、実態がこれではファンが離れてしまいかねない。

 そういう意味では、他のウマ娘達が取った策は下策と呼べるのかもしれない。

 

 ああ、しかし、分からない。

 何故誰もが。

 

『レースはそろそろ終盤。セキト! 流石に苦しいか!?』

『こんなところで彼女の秋は終わってしまうのか!』

 

 セキトが負けるなどと思っているのだろうか?

 こればかりは、私の理解がまるで追いつかない。

 ひょっとして、他の人達は私の知らない言語で喋っているのだろうか。

 

「おい! トレーナー!! 聞いてんのか!?」

「このままじゃ負けちゃうよ!!」

 

 ああ、だが、もし、万が一にでも。

 セキトを甘く見ているのなら、これだけは言わせてもらおう。

 

「クソ! 何とか言ったら、どう――」

 

 

 ―――セキトを無礼る(なめる)な。

 

 

 私の愛馬は、天下無敵だ。

 たかが、17人のウマ娘に囲まれた程度で、一騎当千の将が止まるものか。

 

『なぁッ!? セキトが! セキトが!!

 今、空を飛んだぁああああッ!?』

 

 

 

 その光景をセキトのすぐ後ろで見ていたウマ娘は、レース後のインタビューでこう答えた。

 

「ずーっと見てましたよぉ。置いてかれないように一生懸命。それこそ、髪の毛の艶が分かるぐらい見てましたよぉ。……でも、あの瞬間は見失ったんです」

 

 目線を切ってしまったということでしょうか?

 

「いいえぇ。一度もそんなことは。でも、本当に消えたんです。それで、慌てて探したんですけどぉ、いないんです。前にも横にも後ろにも。それで、まさかぁと思って見たら……いたんですよぉ」

 

 見た? どこを?

 

()()()。セキト選手は―――集団を飛び越えて前に行ったんです」

 

 まるで、空を駆ける天馬のように。

 そう言って、彼女は恋焦がれるように溜息を1つ吐くのだった。

 

 

 

『あり得ない!? 集団を…集団を…飛び越えてセキトが前にッ!!』

『うそでしょ……うそ…え?』

 

 会場の誰もが息を呑んだ。

 解説席は我を失った。

 そんな中で1人、セキトは涼しげな顔で着地し、そのまま一気にゴール板を駆け抜けた。

 まるで、散歩でもするかのような気楽さで。

 

『……い、1着はセキトです。天皇賞秋を制覇したのは……セキトです』

『飛び越えるだけなら、ウマ娘の脚力なら理論上は可能……でも、着地して一瞬も止まらずに、そのまま走るなんて…あり得ない…あり得ない……』

 

 何とか我に返り、仕事を全うしようとする実況。

 放心状態で表向きの喋り方も忘れて、あり得ないと連呼する解説。

 

「…………」

「…………」

 

 先程までの怒号が嘘のように静まり返る観客席。

 誰も信じないだろう。これが天皇賞秋の光景だと。

 テレビをつけた誰もが疑うだろう。テレビの音量が壊れているのではないかと。

 

『人間は…ウマ娘は……凄いものを見た時に歓声を上げます。

 ですが、凄すぎるものを見た時、人は………言葉を失います』

 

 ようやく、流れて来た音は実況の声。

 会場の様子を表すかのような、自分の心の内をさらけ出すかのような言葉に、会場の誰もが頷いた。

 しかし、それでも会場の時は動きださない。

 いや、号令を待っていると言うべきだろうか。

 

 誰もが開戦の合図を、地にて仰ぎ見る将軍からの言葉を待っているのだ。

 

 だから、私が動く。

 観客と同じように動くことが出来ない、報道の人からマイクを借り、セキトの下へ行く。

 私の姿を見つけたセキトは、不敵に鼻を鳴らし、マイクを奪い取る。

 そして、ニヒルな笑みを浮かべてこう告げるのだった。

 

 

「次はせいぜい、上も塞いでおくことだな」

 

 

『秋の盾を手にしたのはこの娘!!

 “飛将軍”セキトだぁああああッ!!』

 

 瞬間、爆発する歓声。

 誰もが飛将軍の名を叫び、彼女を褒めたたえる。

 さながら、それは戦に勝った将軍の凱旋(がいせん)

 

「フゥン、ようやく愚民共も飛将軍の名を覚えたか」

 

 鳴りやまぬ飛将軍コールに満足そうに頷くセキト。

 その様子に、これなら下手なこともしないだろうと、私は報道の人を手招きする。

 それとマイクに関しては、セキトが放しそうにないので諦めてもらう。

 

「セキト選手、まずは天皇賞秋の制覇おめでとうございます」

「当然の結果だ。この程度で足を止めるオレ様ではないわ」

「なんと! 鮮やかな勝利の直後でも、もう次を見据えているとは素晴らしい向上心です!!」

「フゥン、当然だ。天下無双たるオレ様の強さを、さらに知らしめてやらねばならんからな」

「なるほど! それでは参考までに、次に出場予定の大会などがあれば、教えていただけないでしょうか?」

「新たなレース(死合い)か……決まってはいないな。後で陳宮に策を出させるとしよう」

 

 マスコミの人の全力のヨイショに、気持ちよさそうに答えていくセキト。

 この様子なら1人で任せても大丈夫だと判断し、私は控室で帰りの支度をしようと通路に足を向け。

 とても見覚えのあるウマ娘の姿を認めるのだった。

 

「それなら―――ジャパンカップに出場してみる気はないかな? 飛将軍殿」

「貴様は…! ルドルフ…ッ」

 

 ざわめきが辺り一体に広まる。

 何故、ここにシンボリルドルフが居るのか。

 どうして、インタビューの場に突撃して来ているのか。

 色々と謎は多い。だが、その答えは誰もが聞かずとも理解できた。

 

「宣戦布告。今回のジャパンカップ、既に私は出走登録をしてきたよ」

「ほぉ、皇帝陛下が自ら言いに来るとは……高く買われたものだな」

「ああ、君の今日の走りを見て……私も我慢できなくなったのさ」

 

 お前を叩きのめして、(こうべ)を垂れさせると皇帝直々に告げに来たのだ。

 この展開に盛り上がらない報道陣と観客ではない。

 最高まで高まっていたはずのボルテージが、さらにもう一段上がる。

 

「絶体絶命。私は君があの包囲網を抜けるのは、絶対に不可能だと思った。予測不能。しかし、君は悠々と乗り越えて行った。つまり、君は私の中の絶対を超えたんだ」

「それがどうしたと言うのだ?」

 

 バチバチと普段の彼女から考えられないような、熱い視線を飛ばす、シンボリルドルフ。

 普通のウマ娘ならそれだけで、怖気づいてしまうことだろう。

 だが、セキトは欠片も怯まない。

 むしろ、シンボリルドルフより高い身長を生かして見下ろしているぐらいだ。

 

「己が首に届き得る刃は、未熟なうちに手折っておくべきだとは思わないかい?」

「フゥン、オレ様が怖いか? 皇帝(ルドルフ)

「ああ、クーデターを起こされては困るからね、将軍(セキト)

 

 お互いに寒気のする笑みを浮かべて微笑み合う2人。

 そのまま一戦始まるのではないかと思う程の緊張感の中、先に動いたのはセキトだった。

 いつものように、相手の首を指さし切り捨てるように振り切る。

 

「いいだろう。このオレ様に戦いを挑む蛮勇を称え、その宣戦布告、受けてやる!」

「ありがとう。今から君が私の覇道の礎になると思うと、興奮が抑えられないよ」

「ぬかせ。礎となるのは貴様の方だ」

「ふふふ、ジャパンカップの舞台で待っているよ」

 

 こうして、セキトとシンボリルドルフのジャパンカップでの対決が決まったのだった。

 

 




会長が授業を受けているのはオリジナルです。
……いや、“生徒”会長なのに授業も受けてないとか原作でもちょっと謎ですし。
年齢とかもデビュー年、どうなってるんだという話なのでセキトと合わせてます。

マルゼンスキー? 免許って……18歳からですよね(白目)
ウマ娘世界では早めにとれるのならセーフですけど。
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