呂布を名乗るウマ娘   作:トマトルテ

5 / 10
登場するキャラは名前が出ない限りは現状ではモブ扱いです。
デースとか言ってる子が居ても、ペガサスの因子を継承したモブだと思っておいてください。


5章:三凶(さんきょう)

 ──―彼女が速いのではない。世界が遅すぎるのだ。

 

早い! 速い! はやい!!

マルゼンスキー! 今日も独走! 怪走! 一人旅!!

彼女について来られる存在はいないのか!?

 

 ──―女神の寵愛か悪戯か。それとも彼女が神なのか。

 

今日も始まる前から、全てが分かっていたかのように差し切る!

シンボリルドルフ! 神と呼ばれたウマ娘を超えるのはやはり彼女か!!

皇帝の走りは今日も誰にも止められない!!

 

 ──―常識など、彼女をはかる物差しにもならない。

 

セキトが! セキトが!! 今、空を飛んだぁあああッ!?

あり得ない!? 集団を! 集団を飛び越えてセキトが前にッ!!

世界よ、見よ!! 強さとは! かくも美しいッ!!

 

 

 ──―有馬記念。12月25日、新たな神話が生まれる。

 

 

 

 

 

「うわー! 今度の有馬記念のCM、すっごくかっこいいね!」

「ええ、そうですね。思わず私達も走りたくなってしまうような……そんなCMです」

「よーし! 私達もいつか追いつけるように頑張らないと!!」

 

 トレセン学園食堂。

 多くの夢追い人が利用するそこで流れた有馬記念のCM。

 同じ学園の生徒が映し出されたそれは、やはりと言うべきか大きな注目を集めていた。

 

「マルゼンスキーさん、シンボリルドルフさん、セキトさん。まだ、クラシック級なのに完全に主役扱いですね」

「シニア級にはめぼしい人が居ないのかー」

「いいえ、本来なら三冠馬であるあの人が、3人を迎え撃つ構図だったはずよ。ただ、今は怪我でリハビリ中らしいから、今回の有馬記念には出走しないわね」

 

 ミスターシービーの話が行くが、彼女は今は爪の怪我の悪化でリハビリ中。

 残念ながら有馬記念を走ることは出来ない。

 だからこその、このCMの構造なのだろうと納得し、話は今回の出走者達に向く。

 

「ねえねえ、みんなは誰が勝つと思う?」

「えーと、私はマルゼンスキーさん! だっていつもお世話になってるし!」

「それは予想というより、願望だと思いますけど……私もマルゼンスキーさんですね」

 

 マルゼンスキーに勝って欲しいと2人が言うと、別の娘が反論する。

 

「あら、でもマルゼンスキーさんの適性はマイルから中距離。長距離の有馬記念だと少し難しくないかしら」

「やっぱり、生徒会長じゃないかな。菊花賞での走りは、後1000メートルでも余裕って感じだったし」

 

 マルゼンスキーでは長距離が不利。

 よって、3000メートルの菊花賞を制したシンボリルドルフが有利だと言う2人。

 が、ここでも反論が入る。

 

「みんなが何やら面白いことを話してると思ったら、全然分かってないデースっ! ダートを制するものは世界を制するという格言を知らないんですか?」

「そんな格言は聞いたことが無いのは置いておいて、あなたはセキトさんを推すんですか」

「デース! 天下無双を名乗るセキトさん。つまり世界最強を目指す上での壁! こんな所で負けて貰ったら困ります!」

「まあ、マルゼンスキーさん、シンボリルドルフさんの両名を破っているのはセキトさんだけなのは事実ですねぇ」

 

 今の所、この3人の中で直接対決で最も勝っているのはセキトだけ。

 故に、3人の中で一番強いのはセキトだと反論が入る。

 

「まあ、私達がどれだけ予想したところで、結果は変わらないだろうけどねぇ」

「それを言ったら予想なんて全部意味ないじゃない」

「あはは、そだねー。そう言えば、セキトさんってどんな人? 話したことないんだよねぇ」

 

 色々と予想しても結局の所、本番まで分からないという身も蓋もない意見が入り、今度はレースではなく、どういったウマ娘なのかの話に移る。

 

「私もないわ。傍目には一匹狼って感じには映るけど」

「あー、群れるのは弱者の証とか言いそうだねぇ」

 

 いつも1人で過ごしているセキトの姿は、後輩からすれば孤高の一匹狼。

 しかしながら、実態はただのボッチである。

 

「私としては走りもですけど、武の腕も競ってみたくはありますね」

「ケ? あれってただのパフォーマンスじゃないんですか」

「いいえ、私には分かります。あの矛捌きは天賦の才と血の滲む努力の結晶……ふふふ、胸が高鳴ってしまいます」

 

 方天画戟の扱い方を褒められたと聞けば、セキトは喜ぶだろう。

 矛の練習のために、度々走りの練習をサボられる陳宮の胃痛と引き換えに。

 因みにお気に入りの技は『(えい)! (えい)! (むん)ッ!!』の突き・突き・薙ぎ払いの3段攻撃らしい。

 

「うーん、私も話したことはないけど……ただ」

「ただ?」

「マルゼンスキーさんがセキトさんのことを話すとき……とっても怖い笑顔になるの」

 

 そう言って、少女はブルりと体を震わせる。

 マルゼンスキーは基本的に後輩達に対して優しい。

 後輩達からも、優しいおばあ…お姉さんとして人気を博している。

 

 そんな彼女が時折覗かせる狂気の笑み。

 怪物と呼ばれるに相応しいそれは、少女のちょっとしたトラウマになっていた。

 

「ふふふ、きっと闘争心を抑えられないんですね。私にも分かります」

「あー、今の顔ですね。身の毛もよだつ笑顔デス」

「……あちらで少し、食後の運動でもしませんか?」

「藪蛇デース!?」

 

 キャッキャッと年頃の女の子らしい会話が繰り広げられていく一方。

 件のセキト達とはいえば。

 

 

 

「ちょっとおッ! 逃げないでお勉強するわよ、セキトちゃん!」

「マルゼンスキーの言うとおりだ、セキト。逃げずに勉強会に戻ろう!」

「オレ様は逃げてなどいないわ! ただオレ様の道を突き進んでいるだけだ!!」

 

 廊下で楽しく追いかけっこをしていた。

 まあ、実際の所は勉強会の最中に脱走を図ったセキトを、マルゼンスキーとシンボリルドルフの2人が追っているという状況なのだが。

 

「まさかセキトちゃんがこんなわんぱくガールだったなんて……ちゃんと勉強する気にさせてた陳宮さんって凄かったのね……」

「ならば、彼女のトレーナーに説得を頼むのはどうだろうか?」

「今は理事長さんに呼び出されて理事長室に行ってるわ!」

隔靴搔痒(かっかそうよう)! 何事も思い通りに行かないものだな。となれば、私達でどうにかするしかないか」

 

 結構な速度で走っているはずだが、それを感じさせずにマルゼンとルドルフは会話を続ける。

 そのスタミナは、まさに時代の寵児たると言えるものだが、今回は相手が悪い。

 逃げるセキトのスタミナはこの3人の中でもトップクラス。

 このまま追って行くだけではジリ貧だ。

 なので、ルドルフは自慢の頭脳を活かした作戦を試みる。

 

「セキト! 君がどれだけ逃げたところで、期末テストの日は必ず訪れる! ならば、君がすべきことは現実逃避ではなく、敵を討つための力を蓄えることではないか? 安心してくれ。君にはこのシンボリルドルフ作『爆笑ゴロ覚え歴史年号108発!!』を伝授する。大船に乗ったつもりになっていい」

「貴様が爆笑とつけたものなど、泥舟に決まっているわ!」

 

 普段は謙虚な姿勢を崩さないくせに、自分の駄洒落には何故かオープンに絶対の自信を持つルドルフが作ったゴロ覚え集。それは彼女の優秀な頭脳により、非常に分かりやすい内容になっている。因みに笑えるかどうかと聞けば、彼女のトレーナーがそっと目を逸らす程の超傑作になっている。

 

「待ってくれ! 今なら『爆笑ゴロ覚え英単語集2000!!』もセットでつく。こちらも私の自信作だ! 笑いながら楽しく英単語を覚えられる優れものだ! さらに今なら『傑作ダジャレ全集~ダジャレを言うのは誰じゃ~』もあげよう。もちろん、私渾身の力作達だ!!」

「ええ~っ! でも、お高いんでしょう?」

「フフフ、それが今なら私と一緒に勉強をすれば、なんと無料で進呈だ!」

「やだ! おっ得ぅ~!!」

「貴様ら! コントがやりたいならオレ様を置いて他所でやれ!!」

 

 何故か走りながらコントを始めるルドルフとマルゼンに、セキトは怒鳴り散らす。

 だが、言葉とは裏腹に思考は冷静に現状を捉えていた。

 

(フゥン、ふざけているがこいつらの脚はオレ様も認めるところ。このままでは振り切れないか……ならば)

 

 陳宮が見れば、その集中力をどうして勉強に発揮してくれないのだと嘆く程に思考を巡らし、セキトは考えた。どうすれば、このうっとうしい追跡者共を振り切れるのかと。そして、行く手に迫る壁を見つけニヤリと唇を歪ませる。

 

(なるほど、くだらん会話でオレ様の注意を引き、行き止まりに気づかせずに追い込む算段だったのだろうが……この呂布奉先も甘く見られたものだな!)

 

 不可能とは臆病者の言い訳だ。

 英雄とは常人では打破できぬ壁を打ち破るからこそ、英雄なのだ。

 

「そうね、お芝居はお終い。この先は行き止まり。もう逃げられないわよ、セキトちゃん」

「行き止まりか……フゥン、このオレ様の二つ名は知っているな?」

「飛将軍でしょ? それとこれの何が……」

「地に道が無いのなら、天の道を行くまでよ!!」

 

 カッコづけした台詞を放ち、セキトは勢いを一切緩めず行き止まりの壁に向かう。

 そして──―その壁を駆けのぼり、反転するように勢いそのままに天井を駆け抜けた。

 

「ああ!?」

「フハハハ!! 天下無双のオレ様に歩めぬ道などないわぁッ!!」

 

 高笑いを上げながら、空中でクルッと猫のように体を回しスタッと地面に着地するセキト。

 そして、秋天で見せた走りのように立ち止まることなく走り去っていく。

 対するマルゼンスキーは、驚きプラス真逆の方に動くという反動から足を止めてしまう。

 これで自らを追うことは出来まいと、セキトは後ろ目に立ち尽くすマルゼンスキーを見てほくそ笑む。

 

(──―待て、ルドルフはどこだ?)

 

 そして同時に気づく。

 マルゼンスキーと共に居るはずのルドルフの姿が見えないことに。

 

「なるほど。これは君のように、桁外れに強力な脚力とボディバランスがなくては、なし得ない技だな。常人では真似できまい。……もっとも、私も常人ではなかったようだが」

「貴様…ッ。このオレ様の真似事をするかッ!」

セキト(将軍)に出来ることが、ルドルフ(皇帝)に出来ないとでも?」

 

 先程のセキトの動きをコピーするかのように、華麗な動きで天井から着地するルドルフ。

 ちょっとドヤ顔をしているのは、自分でも決まったと思っているからだろうか。

 

「ちょっと2人とも! 女の子がスカートで飛んだり跳ねたりしたらダメでしょ!!」

 

 少し離れたところから、マルゼンスキーの至極真っ当な意見が飛んでくるが2人は無視する。

 ルドルフの頬がほんの少し染まっているが、それはきっと走って息が上がっているからだろう。

 何はともあれ、これで鬼ごっこは振出しに戻った。

 

 再び終わりの無いレースが開催される。

 そう、3人が思った所で。

 

「こらーっ! そこの3人止まりなさぁーい! 怪我でもしたらどうするんですか!?」

 

 緑のスーツを着た女性に呼び止められてしまう。

 否、マルゼンとルドルフはそれで止まったが、セキトは天は我に味方をしたとばかりに駆け始める。

 だが。

 

「こら、セキトさん! 逃がしませんよ!!」

(バカな!? ただの()()がオレ様に追いついただと!?)

 

 緑の女性は人間とは思えぬ瞬発力をもって一瞬でセキトに追いつき、その肩を掴んでみせた。

 いくら、トップスピードに達していなかったとは言え自分はウマ娘で相手は人間。

 あり得ない事象の連発に、セキトは無意識に足を止めて振り返る。

 

「貴様は一体…!」

「まったく、あんなに無茶な走り方をして……ウマ娘は人間よりもずっと頑丈ですけど、人間と同じように些細なことでも怪我をするんですよ?」

 

 脚を止めたセキトに対し、怪我に対する意識が低いとこんこんと説教を始める女性。

 そんな彼女の下に、マルゼンとルドルフが溜息を吐きながら近づいてくる。

 

「たづなさん、セキトを捕まえてくださり、ありがとうございます」

「バッチグーよ! 花丸あげちゃう!」

「私が注意しているのはセキトさんだけじゃなくて、あなた達もですよ! 3人共お説教です!」

「ガビーン!? マルゼンさん超ショック!」

 

 飛将軍、皇帝、怪物をまとめてお説教する緑の瞳の女性。

 彼女の名前は。

 

「いいですか? まずあなた達は、どれだけ強くてもただ一度の怪我で選手生命が終わることを理解しないとダメです」

 

 駿川たづな。

 学園理事長の秘書であり。

 どんな時でも決して緑の帽子を取らない、ミステリアスな女性である。

 

 

 

 

 

「訂正! 提出前に書類の確認を怠らないようにな!」

 

 目をパチクリとさせる私の前では、頭に猫を乗せた金髪青眼の少女…訂正。

 私の上司であるトレセン学園理事長、秋川やよいが『訂正!』と大きく描かれた扇子を広げて立っていた。

 

 てっきりセキトが何かをやらかして、その叱責を喰らうものと思っていたので私としては面を喰らっている。とはいえ、提出した書類が間違っているというのならすぐに訂正しなければならない。そのため、一度じっくりと書類に目を通す。

 

 内容は正月テレビ番組の出演依頼についてである。何でも、お年玉企画として抽選で当選した小学生をトレセン学園に招待し、次代をときめく三強(セキト、マルゼンスキー、シンボリルドルフ)と模擬レースをするというものらしい。

 

 教育者の私としても、次代の有望株に夢を与えるという仕事は大歓迎である。

 セキトの方も問題ないということだったので、出演をすることに決めて書類を提出したのだが……はて、一体どこに間違いがあるのだろうか? 目を通した限りでは訂正をする部分が見当たらないのだが。

 

「署名! 君の名前の部分を確認するのだ」

 

 理事長の扇子に指し示されて、自分のサイン欄を見る。

 陳宮公台……ふむ、誤字脱字などなく書けているはずだが。

 

「忘却!? 君は自らの本当の名前を思い出すべきだ! ご両親が悲しむぞ!」

 

 ………?

 ……………………!

 そ、そうだった。私の戸籍に登録されている名前は別だった。

 急いで名前の上に斜線と印鑑を加え、その横に■■■■■と書き込む。

 

「ふぅ……まさか君がそこまで役に入り込んでいるとは想定外。いや、たづなの一次チェックを何事もなく通過したのだから、君への世間の認識が変わっていると見るべきか」

 

 ご迷惑をおかけしてすみません。

 今度、役所に氏名の変更が出来ないか尋ねてみます。

 

「た、担当ウマ娘のためとは言え、そこまでやるのはあっぱれと言うべきか……何というべきか」

 

 理事長のあっぱれという言葉に首を捻る。

 担当ウマ娘の希望を叶えるのは当然のこと。

 

 別に私がミスしたからといって国際問題になるわけでもなく、性別を入れ替えないといけないわけでもないし、日夜発光するわけでもない。随分と気楽な方である。トレーナーたるものこのぐらいはしなければならないと、私は先輩から学んできたし、これからは後輩にも伝えていくつもりだ。

 

 一度、取材を受けた記者の方もこの考えに熱烈に感動してくれたので、間違っていないはずだ。

 

「驚愕! 私はこの学園のことを誰よりも理解していると思っていたが、それは傲りだったようだ。査察! どうやら一度トレーナー諸君と面談をする必要がありそうだ」

 

 理事長も私の考えに深く感銘を受けてくれたようで、より学園の管理に励んでくれそうだ。

 しかし、若干引きつったような笑みを浮かべているのは何故だろうか?

 忙しい所に無駄な時間を使わせてしまったせいだろうか。

 本当に申し訳ない。

 

「実行! 思い立ったが吉日! 最初の面談は君に決めた!」

 

 しかし、理事長はその忙しい中でもこうして時間を割いてくれる。

 私の中での理事長への尊敬度合が一気に上昇する。

 若干、目が荒んでいる気がするのはご愛敬だ。

 

「うむ、ズバリ! 最近何か悩みや困っていることはないかね?」

 

 ざっくばらんな質問に思わず考え込んでしまう。

 普段なら特にありませんと答えるのだが、今の私の中での理事長株はストップ高だ。

 なので、普段は言うことの無い悩みを打ち明けてみよう。

 

「最強のウマ娘が幸せかどうか……ふむ」

 

 多くのウマ娘を見て来た理事長に聞いてみる。

 今まで多くのウマ娘が歴史に刻まれてきた。

 その中で、最強と言われる者達も多くいた。

 

 原点にして頂点、始まりの三冠馬セントライト。

 地上に降りた神と呼ばれたウマ娘、2代目三冠馬、シンザン。

 そして、シンザン以来19年ぶりに三冠馬となったミスターシービー。

 

 他にも挙げればキリがないが、どの時代にも圧倒的な力を誇り最強を名乗ったウマ娘がいる。

 ファンは間違いなく楽しかっただろう。その走る姿を見れて幸せだっただろう。

 だが、しかし。

 

「つまり……絶対的な強さを持ち、天下無双……並び立つ者が居なくなったウマ娘が幸せかどうか聞きたいのだな、君は?」

 

 理事長の言葉に頷きを返す。

 セキトは最強だ。きっと私などがついていなくとも、彼女は目標たる天下無双になれる。

 それは私とセキトの中での確定事項だ。

 

「見事! まずは君の担当ウマ娘を信じる心を褒めよう」

 

 しかしながら、そこに不安が無いわけではない。

 辿る道筋ではなく、辿り着いた果てに恐怖があるのだ。

 最強、無敵、無双。誰もが憧れるその言葉は、往々にして孤独が付きまとうものだ。

 

「さて……質問だが、実に難しい質問だな。強すぎるが故に孤独に荒む者も勿論居た。しかし、確かなライバルや友を持ち、幸せだった者も確かに居る」

 

 以前、セキトに聞いたことがある。

 なぜ、天下無双になりたいのかと。

 その時のセキトの回答は、今も私の心に引っかかったままだ。

 

 セキトは言った。

 

 ──―並ぶ者が居ない程に強くなれば、誰もオレ様を守ろうとしないはずだと。

 

 その時に見せた、普通の少女のような弱気な顔を……私は忘れられない。

 

「謝罪! 幸せかどうかの答えは私には答えられない。その答えは孤独(最強)になったものにしか分からないだろう」

 

 理事長が“無念”と書かれた扇子を広げて頭を下げる。

 それを慌てて止めながら、私は内心で溜息を吐く。

 やはり、個人個人で違う心の違いなど誰にも答えが分からないのだろう。

 そう、諦めかけたところで。

 

「だが!!」

 

 バッと翻された扇子に“希望”と新たな文字が映し出される。

 

「私は確信している! 彼女は最強にはなっても孤独にはならないと! 何故なら」

 

 そして、その勢いのままに私の方に扇子が突きつけられる。

 

 

「──―君が居るッ!!」

 

 

 自信満々に言い切る理事長。

 ポカンと口を開けたままで固まる私。

 

「誰よりも担当ウマ娘を信じ、案じる君が居るのならば私も安心だ。君が今こうして悩んでいることこそが、彼女が孤独でない何よりの証拠。君のようなトレーナーを見いだせたことは私の誇りだ」

 

 物凄く褒めてくれる理事長に、過分な信頼だと私は首を振る。

 そもそも、彼女が天下無双になった証には私ですら隣にいないはずだ。

 

「隣がダメなら、後ろで背中を押せばいい。1人で戦場に出向いた将軍など、それこそ歴史上に1人もいない。その背にはいつも人が続いていたはずだ」

 

 隣に立つことが出来ないなら、後ろから背中を押してやればいい。

 その言葉が私の心にスッと染みわたっていく。

 なるほど……道理である。

 

「宿敵! セキト君にはライバルがいるだろう。マルゼンスキー君もシンボリルドルフ君も一人勝ちなどさせないだろう。これで3人だ。彼女を孤独にしない者達が3人もいる。悲観することなど何もない。どんな困難が来ようとも君達ならば乗り越えて行ける! 自信を持つのだ!!」

 

 そうだ。思えば彼女達も居るのだ。

 同じように、その速さ故に孤独になりかねなかったマルゼンスキー。

 絶対という言葉の重みを、1人で背負い続けていくはずだったシンボリルドルフ。

 

 もしも、彼女達の生まれる時代が違えば皆孤独だっただろう。

 だが、そうはならなかった。同じ時代に生まれた。

 同じ時代に生まれた以上は、お互いにぶつかり合い共に成長していくだろう。

 何も心配することはない。私はその景色の背を押してやればいいのだ。

 

 ──―全力で、命を賭して。

 

「解決! その表情を見るにもう悩みはないようだな。では、有馬記念を期待しているぞ!」

 

 理事長に見送られながら部屋を出る。

 覚悟が決まり、気力が止めどなく湧いてくる。

 こうしてはいられない。

 まずは、トレーナー室に戻ってトレーニングプランを練り直して──

 

 

「やった! グッドタイミングよ、陳宮さん! セキトちゃんが今日2回目の勉強会脱走をして、今は制服のままルドルフとレース場を追いかけっこしてるから連れ戻すのを手伝ってちょうだい!」

 

 

 ………訂正、まずは期末テストを乗り越えることに集中しよう。

 

 

 

 

 

『あなたの夢は何ですか? そう聞かれたのなら、私はこう答えましょう。今ッ! ここにあるとッ! 夢のグランプリ有馬記念! ここに開幕です!!』

 

 晴れ渡る冬空の下。

 中山レース場は、夏かと勘違いしてしまう程の熱気に包まれていた。

有馬記念。年末の大一番。

 ファンの投票によって選ばれたウマ娘達が揃うそれは、まさにファンの夢の結晶。

 そして、このレースで栄光を掴むという全てのウマ娘達の夢である。

 

場主(ばぬし)さん。ついに、ついに! この日がやって参りましたね!』

『はい。私も前日は興奮で寝付けませんでした。ですが、何も問題はありません。夢は布団の中でなく、ここで見ればいいのですから』

 

 選ばれたウマ娘達はシニア・クラシックで活躍する優駿達。

 それもただの猛者ではない。どの娘も実力と人気が抜きんでたウマ娘である。

 シニア級はトゥインクルシリーズの荒波を乗りこなして来た歴戦の猛者達。

 クラシック級は、その猛者達を打ち倒さんと牙を研ぐ新たな風達。

 

 否、今年のクラシック級は風ではなく──―嵐だ。

 

『さあ、それでは本日の人気の紹介といきたいのですが、なんと1番から3番までをクラシック級の彼女達で独占しています!』

『ミスターシービーが居れば結果は変わったでしょうが、今や3人はトゥインクルシリーズの顔! 何も驚くことはありません!』

 

 誰もがその強すぎる風が吹き抜ける先を、見ずにはいられない。

 見たくなくとも、風が自らの進行方向に無理やり人を振り向かせる。

 人知を超えた強き風は厄災となり、嵐と名を変える。

 

『まずは3番人気! 怪物ッ! マルゼンスキー!! 秋華賞からレースに出ていないので、この人気ですが実力は全く引けを取りません!!』

『これ程長い距離は初めてですが、彼女の潜在能力を思えば心配するだけ損かもしれません!』

 

 観客席に向けて陽気に手を振るのは、真っ赤なスーパーカーマルゼンスキー。

 一件緊張感が無いようにも見えるが、その瞳は全く笑っていない。

 獲物を見定め、冷静に距離を縮める怪物の姿がそこにあった。

 

『2番人気はこの娘! 皇帝ッ! シンボリルドルフ!! ジャパンカップでは初の敗北を喫してしまいましたが、彼女の実力は誰も疑っていないことが、この人気に表れています!!』

『負けはしましたが、それが彼女を一回り大きくしたのは一目で分かります。きっとこのレースで、皇帝の威信を取り戻してくれるでしょう!』

 

 ただパドックに立ち、手を振っているだけだというのにそこには神聖さがあった。

 そして、内に潜められた禍々しいまでの闘争心。

 誰もが跪いて、首を垂れたくなる皇帝の姿がそこにある。

 

『そして1番人気! 飛将軍ッ! セキトォオッ!! 怪物と皇帝を打ち倒した将軍が堂々の1番人気! 誰もが知っている! 彼女は! 本物だ!!』

『彼女に言うことは何もありません! 私の予想の範囲を彼女は容易く超えて来る!! 前代未聞のクラシック級での、秋三冠を成し遂げてくれるでしょう!!』

 

 誰もが戦場を幻視した。

 具足の音を立てて近づいてくる鎧武者を。

 自らの首を刈り取りに来る最強の将軍の姿を。

 

 そう、誰もが飛将軍の再来に恐怖した。

 

『さあ! 今ゆっくりとウマ娘達がゲートの中に入っていく!』

『今まで数え切れないほどのレースを見てきましたが、始まる前からドキドキする、こんなレースは初めてです!』

 

 世界から音が消える。

 大観衆が居るというのに、物音ひとつ聞こえない。

 誰もがゲートという一点を見つめている。

 

 まるで、1つの生き物になったように。

 

『……今、全てのウマ娘の準備が整いました』

『…………』

 

 息が出来ない。まるで、深海にいるかのように空気が重い。

 咳どころか、息を吐く音ですら咎められるような空気。

 そんな時間が1秒、10秒、いや、そもそも時間は進んでなどいないのかもしれない。

 ゲートが開かれる、その瞬間まで。

 

 

『―――スタートッ!!』

 

 

 それを合図に、空気が爆発したような凄まじい歓声が響き渡る。

 そして、その歓声よりもなお速く──―赤い弾丸が飛び出していく。

 

『飛び出したのはマルゼンスキー!!』

『これは大逃げをかますつもりでしょうか!?』

 

 一瞬の加速で他のウマ娘達を取り残して、先頭に躍り出るマルゼンスキー。

 逃げるのはいつものことと言えばいつものことだが、今回はその質が違う。

 

『ぐんぐん離す! グングン離す! マルゼンスキー、早くもアクセルをフルスロットルだぁあああっ!!』

『スタミナが持つか心配な所です!』

 

 通常の逃げよりも早くに仕掛けて、後続を大きく引き離す大逃げ。

 通常よりも距離を広げやすいが、その分大きくスタミナを消費してしまう諸刃の剣。

 故に、実戦でそれを実行する者はほとんどいなければ、使える者も少ない。

 

 だからこそ、解説も観客もスタミナ切れという言葉が、早くも頭に浮かび上がる。

 

『場主さん、マルゼンスキーは大きな賭けに出たと言った所でしょうか?』

『そうですねぇ、この策が吉と出るか凶と出るかは分かりませんが、思い切った策なのは間違いないでしょう』

『なるほど、では逆に後続のウマ娘達はどのような対応をしていくべきでしょうか?』

『出来るだけ離されないようにするのは当然ですが、マルゼンスキーもあのスピードをいつまでも維持できるわけではありませんからね。スピードが衰え始めた時、そこで仕掛けられる脚を残しておくべきでしょう』

 

 大逃げしたから、否、逃げたからといって、ゴール時点での距離が大きく開いていることは意外に少ない。結局スタミナは有限であり、作戦というのはどこでそれを使うかの違いが一番の差なのだ。いずれ、落ちてくる。

 

 故に、ここは全力を出さずにある程度の距離でついていき、最後で差し切る。

 それが最も合理的な作戦だ。

 ──―常識ならば。

 

『おっと、ここでシンボリルドルフが前に…!?

 セキトだ!? セキトもルドルフに続くように上がって行くぞ!!』

『先行でも行けるシンボリルドルフはともかく、セキトまで共に上がっていくのは驚きです!』

 

 観客席から悲鳴が上がる。

 それらはシンボリルドルフとセキトを応援していた者達の悲鳴だ。

 

『大きく離されるのを嫌ったか、シンボリルドルフにセキト?』

『これは……有力な選手の脚が早々に潰れてかなり荒れるかもしれませんねぇ』

 

 大逃げをうつウマ娘がいると、偶に起こることがある。

 大きく離されることを嫌って、集団が無理についていき、結果全員がスタミナ切れを起こして、誰も期待していなかったダークホースに勝利をかっさらわれる。

 観客と解説の頭の中に、そんな嫌な光景がありありと映し出された。

 

「ムリについていかないでよー! カイブツだってすぐに落ちてくるよー」

「末脚が武器の2人がここで前に出ては、せっかくの武器を殺すことになりかねませんわ……」

「マルゼンスキーさん……あんなに飛ばして大丈夫なのかな……こんなペース普通じゃないよぉ…」

 

 不安、困惑、呆れ。

 そんな感情のこもった声が会場の至る所から聞こえてくる。

 

 どうせ、すぐにガス欠になる。

 後ろの他のウマ娘が追い抜いていく。

 期待して損した。

 こんなレースで勝てるわけがない。

 

『さあ、マルゼンスキーはどこまで持つのか』

『シンボリルドルフとセキトも後半の戦いが苦しくなりそうです』

 

 500メートルまでは失望の声が大きくなっていた。

 

『さあ、1000メートルを通過しました。常識で考えれば、そろそろ落ちてきそうなのですが、マルゼンスキーは未だにスピードを落としません』

『後ろの2人もしっかりとついていっていますねぇ……』

 

 1000メートルまで来ると声が小さくなっていく。

 

『これは……まるで衰えません、マルゼンスキー! 1500メートルもの間、あのペースを保っています!!』

『ついて来ているのはセキトとシンボリルドルフだけ! もはや、後続は米粒のようです!』

 

 1500メートルを超えると、既に声は失われ足音だけが響いていた。

 誰もが声を失い、呆気に取られて先頭を進む彼女、否、()()を見る。

 そして理解する。理解させられた。

 

『まさにモンスターエンジンッ!!

 我々は怪物をまるで理解していなかったッ!!』

 

 怪物とは、人の世の理に縛られぬからこそ、怪物なのだと。

 

『もはや独走! 中山の空に紅の足音が響き渡るッ!』

『私は恥ずかしい! 彼女を理解できるなどと思い違いをしていました!』

 

 先頭を行く赤い怪物の足音が堂々と、それでいてどこか不気味に観客の鼓膜を叩く。

 このまま怪物が何者も寄せ付けることなく圧勝する。

 そう誰もが思い──―

 

『ここでシンボリルドルフとセキトが仕掛けてきたぁッ!!』

 

 ──―否定させられる。

 

 先程までの差が夢だったのでは思う程の速度で、2人が一気にマルゼンスキーに近づいていく。そして、そのまま一気に抜き去ろうとするが、マルゼンスキーも譲らない。縮まった距離を元に戻すべく、嗤いながら速度を上げていく。

 

 だが、そうすればシンボリルドルフが全く同じように脚の回転を速める。

 セキトが知ったことかとばかりに、抉るように大地を蹴りこむ。

 

『残り1000メートルもあるというのに既に最終直線さながらの競り合いだっ!!』

『もはや何が何だか分かりません!!』

 

 怪物を追い立てる足音は、皇帝と将軍。

 それはある意味で当然のことなのだろう。

 人々を食い荒らす怪物を打ち倒すのは、有史以来、王や英雄の役割なのだから。

 

『さあッ! 怪物退治の始まりだッ!!』

『いえ! このまま怪物が全てを喰らうかもしれませんよ!!』

 

 観客の目には、並ぶようにマルゼンスキーを追う2人が協力しているように見えた。

 まるで、英雄章を見ているようだと、誰もが幼い心を思い出していた。

 だが、実際に走っているシンボリルドルフとセキトと言えば。

 

(オレ様の道の邪魔をするな! ルドルフッ!)

(邪魔をしているのは君の方だろう! セキトッ!)

 

 お互いにとっとと落ちて行けとばかりに牽制し合っていた。

 マルゼンスキーを追うのは勿論だが、どちらか片方が抜け出そうとすればすぐに隣に付き離れない。

 

 怪物に矛と剣を向けながら、空いている方の手で殴り合っているようなものだ。

 仲間割れにも思えるが、そもそも敵同士なので仕方がない。

 

 そんな状況なので、マルゼンスキー1人が漁夫の利を得るようにも思えるが。

 

(ちょっと! 2人でばかりイチャイチャしてないで私も混ぜなさい!)

(安心するがいい!! 貴様の首はオレ様の手柄首になると決まっているッ!)

(は? 怪物退治の栄誉は皇帝のものなのだが?)

 

 どういう訳か、マルゼンスキーも参戦して3人での殴り合いになっていた。

 まあ、シンボリルドルフとセキトはお互いに殴り合いながらも、マルゼンスキーが一瞬でも隙を見せれば首を撥ね飛ばす気満々なので、当然と言えば当然なのだが。

 

『怪物が逃げれば将軍が追う!

 将軍が前に出れば皇帝が差す!

 皇帝が抜け出れば怪物が突き放す!

 まさに三つ巴ッ! 天下三分の計ッ!!』

 

『天下を掴み取るのは一体どの娘になるのでしょうかッ!?』

 

 逃げ、逃げられ、抜き、抜かれ、追い、追われ。

 一瞬たりとも1人が抜け出ることを許さない。

 

(消えろ!!)

(跪けッ!!)

(楽しい!!)

 

『残り400メートル!! もはや3人だけの世界が広がるッ!!』

『このままいけば、全員がレコード更新タイムで間違いありません!』

 

 団子状態のまま最終コーナーにもつれ込んでく3人。

 誰もが3人の意地の張り合いに夢中になり、()()()()()何も見ていなかった。

 

『ついに、最終直線だ!! 中山の直線は短いぞ! 誰が最初に仕掛ける!?』

『仕掛けどころが非常に難しい展開となりましたねぇ!!』

 

 310メートル。

 最後のコーナーが終わりを告げ、運命の直線が姿を現す。

 そして、その直線で先陣を切ったのは。

 

 

 

「さあ、スーパーカーのお披露目よ!」

 

 

 

 やはりと言うべきか、マルゼンスキーだった。

 

『マルゼンスキーが抜け出たぁああっ!!』

『突き放すか!? 逃げ切るかッ!?』

 

 どこにそんなスタミナを残していたのか。

 それとも、今までの走りは全力ではなかったのか。

 そんな思考が観客と解説の頭に浮かんでくるが。

 

 ──―遅すぎる。

 

『早い! 速い! 迅い(はやい)!! はやすぎる!! もはやスピード違反!! 誰も彼女を捕まえることは出来ないのかッ!?』

『目にも止まらぬとは、まさにこのことですねぇ!!』

 

 考えている暇などない。

 ただただ、目を凝らして見つめていなければ彼女を見失ってしまう。

 世界を置き去りにして、スーパーカーがターフを駆け抜けていく。

 

 だが。

 

(フゥン、ここまでのレース(死合い)展開は──―予想通り(期待通り)だ)

 

『逃がさない!! セキトが逃がさないッ!!』

『広げられた差を元に戻し、そのまま行くのかセキト!?』

 

 世界を置き去りに出来ても、たった1人のウマ娘は置き去りに出来ない。

 

 具足が鳴り響く。

 それは英雄(死神)の足音。

 戦場において、それを聞いた者の末路は1つ。

 

 ──―敗北()だ。

 

『ついに! 遂に! セキトが先頭に立ったッ! 凶器の末脚は今日も健在だぁあああっ!!』

『残り100メートル! マルゼンスキーも食い下がっているぞ!!』

 

 方天画戟が振り下ろされる。

 怪物の息の根を止めるべく、容赦なく無慈悲に。

 天下無双の将軍の一撃が。

 

 

 

「おっと、私の獲物を横取りしてくれるなよ?」

 

 

 

 怪物の首が落ち、続いて将軍の胸には皇帝の雷の剣が突き刺さる。

 それはまるで、謀反を起こした部下を始末する王のようで。

 否、その姿は不届き者に裁きを下す──―神そのものだった。

 

『何とここでッ! シンボリルドルフが差して来たァアアアッ!!』

『この展開、このタイミング! 完全に読んでいたとしか思えません!!』

『皇帝が威風堂々と怪物と将軍を従えるッ!!』

 

 

 怪物と飛将軍の間を縫うように、皇帝が栄光の赤い道へと躍り出る。

 2人とて意識していなかったはずはない。

 だというのに、完全に虚を突かれたタイミング。

 生まれないはずの隙を、狙いすませて撃ち抜いた皇帝の頭脳。

 

 それが勝負の決定打となった。

 

『ゴールは目前ッ!! これで決まりかぁあああッ!?』

『セキトの秋三冠の夢はここで途絶えるのか!?』

 

 ()()()()()

 

 

 

「──―オレ様を無礼るなよ」

 

 

 

 たかが一太刀喰らった程度で倒れる者が、飛将軍などと呼ばれるか。

 

 ギロリと金色の瞳を輝かせ、セキトが地面を蹴りこむ。

 芝が抉れ、下に隠れていた土があらわになる。

 今の彼女は走っていない。今の彼女は──―空を飛んでいる。

 

 飛将軍。その通り名の通りに。

 

『飛将軍だ!! 飛将軍がターフを駆け抜ける!!』

『空ですら、飛将軍の征服地だとでも言うのでしょうか!』

 

 怪物の首を取り、皇帝を打ち倒した将軍。

 誰もが彼女を称えるだろう。

 最強の飛将軍。天下無双の英雄だと。

 

(見ているか、陳宮! ……()()。オレ様が、オレ様こそが! 天下無双だッ!!)

 

『これぞ! この走りこそが!!

 飛将軍だぁあああッ!!

 秋三冠の栄光が今!

 飛将軍セキトの手に』

 

 

 

 

 

「もしかして、首が落ちた程度で──―怪物が死ぬなんて思っちゃった?」

 

 全身の毛が逆立つ。

 本能が命の危機を察知し、逃げろとわめき散らす。

 ゴール板を駆け抜ける一瞬前。

 

 セキトの目は捉えた。

 逃げてなお差してきた。

 ──―異次元の怪物の姿を。

 

『…………え?』

 

 訳が分からないと、実況の間の抜けた声が聞こえてくる。

 だが、誰もそれを責められる者はいないだろう。

 だって、怪物は理解できないからこそ──―怪物なのだから。

 

『い、今、正式に結果が出ました。1着マルゼンスキー、2着がハナ差でセキト。3着が同じくハナ差でシンボリルドルフ。全員がレコードを更新しています。そして、今遅れて他のウマ娘達がゴールしてきます』

『……序盤で大逃げをし、中盤でさらに加速。その上で最後は差してくるとは……いやはや、理解できませんね』

 

 3着という人生初の屈辱も忘れ、シンボリルドルフはマルゼンスキーを見つめる。

 自分達2人と違い、ジャパンカップに出ておらず休養が完全だった。

 マルゼンスキーのトレーナーと練っていた作戦が上手くはまった。

 他にもマルゼンスキーの勝利の理由は多くあるのだろう。

 

 だが、観客も解説も、共に戦ったセキトもこう言うはずだ。

 彼女が勝った理由は。

 

「あら、そんなに見つめて、お姉さんに見とれちゃった?」

「……化け物め」

 

 ──―怪物だからだと。

 

「もう、乙女に向かってそんなこと言ったらダメよ。私以外の子だったら傷つくわよ」

「君にとっては誉め言葉だろう、なあ、セキト?」

「フゥン、くだらん。そんなことよりも、次のレース(死合い)にまで更に腕を磨いておくことだ。首を落とすだけでは足りんのなら、次は心臓も潰してやる」

「あら、だったら次は2人ともペロッと丸のみしちゃうんだから」

 

 ブイブイと両手で親指を立てて、はしゃぐマルゼンスキー。

 負けた悔しさでこめかみをピクピクとさせながら、いつもの強気の発言をするセキト。

 

 そんな2人を見ながらシンボリルドルフは思う。

 負けたことは、それこそ死ぬほど悔しいし、2人には絶対にやり返すと決めているが。

 今までの敵が居なかった頃に比べて、ライバルの居る今はなんと。

 

「ふふふ、それは楽しみだな」

 

 楽しいのだろうかと。

 そう、思っていた。

 

 

 

 だが、それは。

 

「4着か、よく頑張ったな。入賞おめでとう!」

「トレーナー……あたし……レースやめる」

「………は? きゅ、急にどうしたんだ?」

 

 シンボリルドルフもまた、マルゼンスキーと同じ側だったからに過ぎない。

 ただの凡人には、ただの天才には。

 火のついていなかったマルゼンスキー相手にすら逃げていた者達には。

 

 

「だって…だってよッ……あんな化け物共に──―勝てるわけないだろッ!!」

 

 

 地獄でしかなかった。

 

 “最強(さいきょう)の世代”と呼ばれる彼女達の世代が、“最凶(さいきょう)の世代”と呼ばれる所以がここにある。

 彼女達のレースをファンとして見ていた下の世代は、歴代でも最多の人数がトレセン学園を受験している。

 

 だが、一方で。

 彼女達と実際にレースで戦った世代は。

 歴代で最多の人数が──―トレセン学園を去っている。

 

 故に、彼女達“三強(さんきょう)”は影でこう呼ばれることがある。

 怪物、皇帝、将軍の三つの強さという名の(わざわ)い。

 

 

 

 ──―“三凶(さんきょう)”と。

 

 

 




大変お待たせしました。
色々とあって遅くなりましたが、これからも頑張って行こうと思います。
お待たせした、お詫びと言っては何ですが

オレはカツラギエース
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=281712

シービーの永遠のライバル、カツラギエースの短編を書いたので
気になる方は読んでみてください。
情報ページに飛ぶようにしているので、警告タグなどを先に確認して読んでください。
もしくは匿名を解除したので、作者ページから飛んでもらえれば読めます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。