呂布を名乗るウマ娘   作:トマトルテ

6 / 10
6章:逆襲(ぎゃくしゅう)

 トレセン学園を去っていった1人の生徒。

 彼女の最後に残した言葉は、シンボリルドルフの心に暗い影を残していた。

 

 

 ―――私にとってあなた達は太陽だった。

 

 

 一見すればそれは憧れと尊敬の念を込めた言葉に見える。

 だが、実際の所は呪いと怨嗟の言葉だった。

 

 遠くから見ている時はとても綺麗なものに見えた。

 だからそれに近づこうとした。

 神話のイカロスのように夢中になって、蠟で出来た翼をこしらえた(一生懸命に努力した)

 

 でも、近づけば近づくほどに理解させられた。

 偽りの翼では、近づくことすら許されず焼き尽くされるだけだと。

 自分達は、飛んで火にいる羽虫程度の存在でしかなかったのだと。

 嫉妬の炎に身を焦がされながら理解した。

 

 太陽とは、触れてはならぬ三凶(タブー)だったのだと。

 

 

 ―――知っていますか? 星は昼間に光っていないんじゃないんです。ただ太陽の光が強すぎるから、()()()見えてないだけなんです。

 

 

 強すぎる光は、他の光を塗りつぶす。

 彼女達が影ならば存在することも出来ただろう。

 だが、彼女達はしっかりとした才能()を持っていた。

 それ故に、昼間の星々は誰からも見られることがない。

 

 

 ―――罵倒ならいくらでも耐えられる。でも、誰からも見向きもされないのには耐えられないんです。

 

 

 三凶(タブー)に負けても、誰も非難したりしない。

 だって、初めから誰も期待なんてしていないから。

 触れる方が馬鹿だとみんな知っているから。

 罵倒よりも、非難よりも、無視というものは人の心を深くえぐる。

 

 

 ―――恨みます。あなた達と同じ時代に生まれてきてしまったことを。

 

 

 きっと、その想いは彼女だけではないのだろう。

 他の同じようにやめて行ったウマ娘達。

 いや、それだけでなく、まだ走っているウマ娘達でさえ。

 

 

 ―――もしも叶うなら、私もあなたのような……日輪になりたかった。

 

 

 太陽を呪っている。

 

 

 

「……ルフ……ルドルフ! ボサっとするな!!」

 

 セキトの怒鳴り声で、思考の海から目を覚ましたルドルフは一度瞬きをする。

 それだけで、いつもの冷静な思考に戻るには十分だった。

 

「ああ、すまない。少し考え事をしていた」

「フゥン、貴様が何を考えていようが、オレ様の知ったことではない。だが、このオレ様の時間を無為にすることは許さん」

「すまないね。だが、撮影には一切の支障はないよ。小学生へのお年玉企画だというのに、お年玉(私達)が貧相なものでは申し訳が無い。誠心誠意をもって相対しよう」

「フゥン……」

 

 いつものように外面は完璧なルドルフに、セキトは何か言いたそうに目を細めるが、結局は何も言わずに鼻を鳴らすに止める。今日は、以前に陳宮が名前の修正を食らった正月テレビ番組の撮影の日である。中二病な所のあるセキトは、テレビで目立てる機会を何だかんだで楽しみにしているのかもしれない。

 

「ほら、2人ともあっちでスタッフさんが待ってるから行くわよ。まずは、おチビちゃん達からの質問コーナーをやるんですって。フフフ、バッチグーな回答を連発しちゃうんだから!」

「貴様は、まず砂利(じゃり)共に分かる言葉で話せ」

「分かってるわよ。ナウでヤングな言葉はもう少し大人になってからよね」

「………行くぞ」

 

 違うそうじゃない、と言いたそうな顔をするセキトだが我慢する。

 砂利などと子供達を見下す呼び方をしているが、一応は子供達を待たせないという年上としての気遣いぐらいはするらしい。

 

和気藹々(わきあいあい)とした姿の方が、子供達の目には良く映るだろう。以降(いこう)は喧嘩は無しで行こう(いこう)

「…………」

 

 ルドルフが何か言っているが、セキトは無視をする。

 

「? ああ、今のは以降と行こうをかけてみたんだが」

「自分から説明をするな!! ただでさえつまらん洒落が、さらにつまらなくなるわ!!」

「馬鹿な…! 私の妹なら『良く分かんないけど、面白ーい』と言って喜んでくれるというのに…ッ」

「貴様、まさか砂利共に今のを披露するつもりだったのか…?」

 

 子供達と距離を近づけるために、今日のために、休憩時間を削りながら考えて来た駄洒落を否定されショックを受けるルドルフ。最近、謎のコンディション低下で悩んでいたルドルフのトレーナーに謝って欲しい。

 

「砂利共が会いに来たのは、画面越しに見ていたオレ様だ。ヒーローのマスクの下を雑に見せられても興醒めするだけだ。知りたいのなら、そっちが実力で仮面を剥ぎ取ってみせろ」

「さっすが、セキトちゃん。ヒーローの素顔があらわになるのは、敵との死闘の最中って相場が決まってるものね」

「なるほど……私達と同じ場所に立った時のお楽しみという訳か。ならば、今日は愉快で親しみ易いルドルフお姉さんではなく、皇帝シンボリルドルフとして接するとしようか」

 

 子供達は憧れのヒーローに会いに来ているのだから、キャラ崩壊はやめろ。

 そういうのはもっと親しくなった時に見せればいい。

 セキトが言ったのはそういうことである。

 

 人によっては違う意見もあるだろうが、今回ばかりはマルゼンスキーも同意する。

 カッコいい皇帝がいきなりオヤジギャグを連発してきたら、そりゃ子供も面を喰らう。

 中にはツボにはまるブロンズコレクターも居るかもしれないが、それはそれだ。

 

「……もっとも、彼女達が絶望しない程度にだが」

 

 最後にポツリと、2人に聞こえないように小さく呟くルドルフ。

 だが、それが2人に本当に聞こえなかったたのかは分からない。

 

 セキトは鼻を鳴らして、部屋から出て行き。

 マルゼンスキーは少し心配そうな瞳を向けてから、セキトの後を追ったのだから。

 

(ダメだな、私は……心の中の呟きを口に出してしまうとは……)

 

 自らの失態に軽く頭を振り、ため息をつくルドルフ。

 それでも、すぐに皇帝らしい堂々とした顔を作れる辺り、彼女は生まれながらの王だろう。

 

(子ども達は世間一般のように、私達を温かな太陽だと思っているだろう。だが、もし……共に走ることで、子ども達が私達の正体が一切の生命を許さぬ死の星だと知ってしまえば……)

 

 先に行った2人を追うように扉を開けながら、ルドルフは願う。

 どうか子ども達が、太陽の強すぎる光で目を焼かれてしまわぬようにと。

 

「ああ…勝利とは…こんなにも……重いものなのだな」

 

 

 

 

 

 Q「はいはーい! 質問でーす! コーテー達はどうやってそんなに速くなったの?」

 

 A「勤倹力行(きんけんりっこう)。日々のトレーニングや学業・仕事を地味でも精一杯に努力することの積み重ねだな。分かりやすく言えば、千里の道も一歩よりから、かな。目標があるなら、まずはそれに向けての小さな目標を作ることが大切だ。もし、トウカイテイオー君がタイムを10秒縮めるという目標があったのなら、まずはそれを大目標とする。次にタイムを1秒縮める小目標を立てる。小目標が達成すれば、残り9秒分を同じように繰り返していく。そうしていけば、いつかは10秒のタイムが縮まっているという訳だ」

 A「そうねぇ。私はよく遊んで、よく食べて、よくお勉強した結果ね。どんなことも、全力で取り組んで行けば、自然とイケイケな自分になってるわよ!」

 A「虎は虎ゆえに強いのだ」

 

 

 

 Q「し、質問です! 私もマルゼンスキーさん達みたいになれますか?」

 

 A「モチのロンよー!! ええっと、お名前は……サクラチヨノオーちゃんね。チヨちゃんなら、きっと私達と同じように……いいえ、私達より速くなれるわ! だから、まずは自分を信じて走ってみて。大丈夫! この私、マルゼンスキーが保証するわ」

 A「……なれるとは言わない。だが、なれないとも言わない。未来の可能性は無限大だと私は信じたい。いつの日になるか分からないが、私は君達が同じ舞台に立ち、対等に戦えるようになる日が来ることを心の底から祈っているよ」

 A「フゥン、超えるぐらいは言ってみせろ。貴様がオレ様の立つ場所に来た時には、オレ様はさらにその先へと進んでいるわ!」

 

 

 

 Q「御三方に質問がありますわ。その……レースにおいて体重管理は重要な面だと思いますが、どうしても! どうしても! スイーツが食べたいときなどは、どうしていらっしゃいますか?」

 

 A「そうだね。確かに体重管理は難しい面だ。食べたいものを食べられない。逆に食べたくないのに食べなければならない。そんなことは往々にしてある。だが、覚えておいて欲しい。勝利の美酒というものは、何ものにも代えがたい味をしているのだと。その味を一度覚えてしまえば、他の味など大差がなくなってしまうのだよ」

 A「大好きなものを我慢できるなんて偉いわねぇ! でもね、我慢我慢の連続じゃ、いつかは壊れちゃうわ。だからね、甘いものでもナタデココみたいなカロリーの低いものを食べるとか、コンニャクとかのカロリーゼロの食材を使って作るとかして、欲望をこまめに開放するのよ!」

 A「食いたいときに、食いたいものを喰え。オレ様も普段は菓子しか食わんが、実績は貴様が目にしている通りだ。……まあ、陳宮が毎日うるさく言ってくるのが、玉に瑕だがな。まあ、勝ち続けていけばそう言った文句もなくなるだろう」

 

 

 

 Q「えと、質問っス! セキトさんのそのスゲーカッコいい勝負服は、どうやって作ったんすか?」

 

 A「フゥン……砂利にしては少しは見込みがあるな。この勝負服(よろい)は、このオレ様が直々にデザインしたものだ。何度も作成者にダメ出しをしては、オレ様のイメージに近づくように仕上げていったのだ。原案のデザインでノートを3冊ほど潰したのは、今となっては良い思い出だ。無論、方天画戟とは別腹だ。方天画戟の方はノート1冊だったな」

 A「ねぇ、私も話していい? 私の勝負服は私の愛車の赤いスーパーカーとお揃いの赤にしたの。それに赤って何だか見ていて気分がアゲアゲになるじゃない? それとね、赤色と緑色…ターフの色ね。これって反対色って言ってすっごく目立つ色なの。だから、私がターフに入ると、みんな私に大注目ってわけなの」

 A「私の勝負服は皇帝としての威厳が出るようにだな。色は、マルゼンスキーとは逆の緑だが、私はこの色が気に入っているよ。まあ、最近は威厳よりも気安さを重視すべきだったかなと思ったりしているがね。君も勝負服を作るときはよく考えた方が良い」

 

 

 

 Q「質問です! 3人の中で1番なのは誰ですか?」

 

 A「無論、私だ」

 A「正解は私よ」

 A「オレ様だが」

 3人「「「はぁ?」」」

 

 一触即発の事態になったが、トレーナー達が割り込んだことでどうにか鎮静化する。

 なお、その後トレーナー達も舞台裏で同じ議題で争ったのを知る者は少ない。

 

 

 

 Q「あ、あの! 趣味や特技はありますか?」

 

 A「趣味はダジャ……言葉遊びを考えることかな。コホン、まあ、おしゃべりが好きだと思って貰えればいい。それと特技という程ではないが、人の顔を覚えるのが得意だね。一度見た人物の顔を忘れたことはない。もし、君達とまたどこかで出会うことがあるのなら、その時は私の方から声をかけてみせよう」

 A「私は趣味も特技も走りよー。ふふふ、特技はみんなが知ってる通りの走りで、趣味の方は愛車のスーパーカーのたっちゃんでブイブイ飛ばすことね! みんなも大きくなったらドライブをしてみてね」

 A「特技か、聞くまでもなかろう。武全般がこの呂布奉先様の特技よ! もっとも、弓に関しては当たるのが当たり前で、つまらんから最近はやっていないがな。趣味はやはり三国志を読み解くことだ! ほぉ? 貴様も読んでいるか。見どころのある砂利だ。ならば、次は水滸伝も読むのだな!!」

 

 

 

 Q「パパの言うことを聞きたくないんだけど、どうしたらいい?」

 

 A「ふ、フフフ。ああ、すまないね、微笑ましくてついね。さて、かく言う私にも親の言うことを聞きたくない時期はあった。そういう時は自分も元々そうするつもりだったと思って、親ではなく自分の意思でやると思い聞かせていたかな」

 A「元気でわんぱくな子は好きよ。私のお母さんもちょっとぐらいやんちゃでも元気な子の方が良いっていつも言ってるもの。でも、たまにはお父さんのことも聞いてあげてね? じゃないと、お父さん泣いちゃうわよ」

 A「フン、ならば殺すか? この呂布奉先(オレ様)のようにな。そう、わめくな………冗談だ。父親は大切にしろ……」

 

 

 

 

 そんなこんなで、質問コーナーは無事に終わったのだが、いざ本題のレース(芝:1000m:直線のみ)に行こうとする場面で問題が起こった。

 

「で、この死合い(レース)の名前は何なのだ?」

 

 セキトが、割とどうでもいいことを気にし始めたからだ。

 これにはテレビスタッフの方々も困惑顔。

 陳宮が早くも土下座の構えを見せている。

 

「何だ決まっていないのか? フゥン、ならばオレ様は帰るぞ」

 

 そして、用は無くなったとばかりに鼻を鳴らして、帰路につこうとする。

 これに慌てたのはスタッフとトレーナー達だ。

 陳宮は恥も外聞も投げ捨てて、カメラの前で君主へひたすらに頭を下げている。

 加えて、他のトレーナーは番組プロデューサーにあれはフリじゃなくて、マジだから何か名前をつけてとお願いしている。

 

 ルドルフとマルゼンは少しに苦笑いしながら、子ども達にあれはそういうコントだから安心してと教えている。まあ、トレーナー達と違ってこの2人はいざとなれば、セキトに『え、もしかして私に負けるのが怖いの?』と挑発をすればいいだけなので気楽なものである。

 

「なに……お正月記念…だと? フゥン、このオレ様に相応しい名ではないな。陳宮、いつまでそんな所で頭を下げているのだ。とっとと、行くぞ」

 

 プロデューサー、己のネーミングセンスの無さを呪う。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありと言うべきか。

 今回の主役たる子供達の中から救いの声が上がる。

 

「じゃあさ、じゃあさ! ボクが名前を付けてもいいー?」

「ほぉ、大きく出たな。砂利が」

「砂利じゃなくて、トウカイテイオーだよ!!」

「フゥン、オレ様に名を覚えて欲しければ、実力を示すのだな。……まあ、オレ様に立てつく無謀さに免じて聞くだけ聞いてやろう」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながら、抗議してくるトウカイテイオーを鼻で笑いながらも腰を下ろすセキト。コラ、女の子がスカートで胡坐をかいたらいけませんと、マルゼンスキーが言ってくるが無視だ。

 

「このテイオー様が走るんだから、テイオー賞で決まり!」

「オレ様が取る予定の6月の帝王賞と被るな。却下だ」

「ええー! じゃあ、どんな名前が良いのさー」

「フゥン、このオレ様が勝利を飾るレース(死合い)なのだ。飛将杯(ひしょうカップ)で決まりだ!!」

「ええー、ダサくない?」

「なんだと、貴様!?」

 

 ドヤ顔で言った名前を、あっさりダサいと言われて憤慨するセキト。

 そんな様子に周りは子供同士の喧嘩かと思うが、ややこしくなりそうなのでお口をミッフィーちゃんにする。

 

「いいか、砂利? この飛将杯(ひしょうカップ)飛将(ひしょう)飛翔(ひしょう)をかけているのだぞ。こ・の・オレ様が、貴様ら砂利共の飛翔も願ってやっているのだ。貴様らは黙って感謝の念に打ちのめされるがいい」

「ボクは別にそんなこと頼んでないよ。それに、どーせ名前を付けるんならコーテーにつけてもらった方がいいもん! 皇帝賞(こうていしょう)なんてどお?」

 

 自分がファンである皇帝の名前を冠したものの方が良いと言って、トウカイテイオーはシンボリルドルフに期待のまなざしを向ける。しかしながら、視線を向けられた皇帝陛下と言えば。

 

皇帝(こうてい)行程(こうてい)肯定(こうてい)……くっ、ダメだ。皇帝が肯定する賞というのは、意味的には悪くないが飛翔の方が願いが伝わりやすい…! いっそのこと皇太子杯(こうたいしはい)の方が次代への期待がストレートに伝わりやすいか? だが、皇太子では上手い語呂が思いつかない…ッ」

 

 なんか、1人でどうでもいい敗北感を感じていた。

 この時点で、もはや会場の空気は大喜利大会へと変わっていた。

 

「じゃ、じゃあ、マルゼンスキーさんの異名であるスーパーカーをとって……スーパーカー(カップ)は…ちょっと長いかな……そうだ! 2つを合わせてスーパー(カッ)――」

「チーヨちゃん。ちょっと、そのお名前は色んな人に迷惑をかけちゃうかもって、お姉さん思うなぁ」

「え? ……あ! そうですね、アイスの名前と一緒になっちゃいますもんね! 流石、マルゼンスキーさんです! 亀の脚よりの脚、ですね!」

「それって亀の甲より年の劫ってこと…? 昔の言葉を自分流に言い直すなんて、まさに流行の最先端を行くナウでヤングなガールね、チヨちゃんは」

 

 高校生と小学生達がワイワイガヤガヤと話し合う。

 非常に微笑ましい光景だが、このままでは撮影が続かない。

 そんな危機感と、多少のやけくそ感を込めて番組プロデューサーが叫び声をあげる。

 

 ―――もう、1着になった子の好きな名前にしよう。

 

「フゥン、つまらん奴かと思っていたが、なるほど。愉悦というものを少しは理解しているようだな。いいだろう、どうせオレ様が1着となるのだ。その勝負に乗ってやろう」

 

 騒動の原因であるセキトがまず最初に納得を示す。

 

「私もいつかは、自分の名前を冠したレースを作ってみたかったからね。それで、構わないよ。……ただ、名前についてもう少し考える時間が欲しい。トレーナー君にも意見を聞かなければ」

 

 そして、未だに良い感じの語呂が思いつかないルドルフが頷く。

 

「私は最初から不満なんてないわよ。でも、そうね。せっかく、自分で決められるんだから、最高にイケてる名前にしなくちゃ! ヤングやイケイケ、バブリーを入れるのもいいわね」

 

 マルゼンスキーは朗らかに笑い、名前を考え始める。

 番組スタッフ達から、『あれ? この人が勝ったらマズいのでは?』という視線が送られているが、気づかない。彼女はいつだって時代に周回差をつけるのだ。

 

「よーし! それならボクが名前つけちゃうもんねー!」

「私も頑張ります! 勝って、マルゼンスキーさんの名前を入れます!」

 

 そして、子ども達もいい感じに盛り上がっている。

 もちろん、本格化も迎えていない子供達が三凶に勝てるわけがない。

 それぐらい、子どもにだって分かる。

 

 だから、今回のレースには当然のようにハンデがある。

 

「それで、レースはこの重りのついた服を着て走ればいいのね」

「合計で50kgか……これはトレーナー君を背負って走るようなものかな」

 

 重りである。

 バトル漫画で、そろそろ本気を出させてもらうぜ、的な展開で大活躍する重りである。

 重さとしては3人のトレーナーの体重の平均値ぐらいになっている。

 

 そう、3人はトレーナー達からの期待を物理的に背負って走るのだ。

 これならば、小学生ともいい感じの勝負になるだろうという考え。

 そしてこのぐらいなら、本格化したウマ娘ならば怪我にもつながらないだろうという考えのもとである。

 番組はしっかりと、怪我への対策も考えてきているのだ。

 

 だが。

 

「フゥン、もう1セット持ってこい」

 

 そんな気遣いをセキトがぶち壊しにする。

 

「合計100kgになる? そのぐらいの計算はできるわ! 50kgでは勝負にならんから持ってこいと言っているのだ!!」

 

 慌てたスタッフが止めるようにやんわり諭すが、セキトは聞かない。

 むしろ、周りに止められるような無茶な修行をする、主人公ムーブを楽しんでいる。

 だが、これは流石に不味いと感じた隣の2人も止めるのに加わる。

 

「セキト、余りスタッフさんを困らしてはいけないよ」

「そうよ、それにこれ市販のものじゃなくて特注みたいだから、もう在庫も無いと思うわ」

 

 完全に妹を叱る姉のような形になっているルドルフとマルゼンだが、残念なことに彼女達はセキトの姉ではない。ライバルだ。

 

「逆に聞くが、貴様らはこの程度の重りで、砂利共に勝機が生まれると思っているのか?」

「それは……」

 

 言いよどむマルゼンスキー。

 ハンデがあった所で、自分が子供達に負けるわけがない。

 そんな慢心とも言える自信と実力を、彼女達が持っているのはどうしようもない事実だ。

 

「蹂躙も接戦も、所詮は同じ死合いだ。どう殺そうとも勝者の自由。だが、オレ様とて情けはある。初陣も済ませていない砂利…子供に対して勝ち目のない死合いをさせるのは酷だろう?」

「それはそうだが……私達のコンディションに影響を及ぼしかねない行為は、全方面に不幸を呼ぶことになりかねない」

「フゥン、くだらんな。そうして手を抜いた相手に勝って何が楽しい? 砂利共相手だけなら、何をしても勝つ以上、強者の余裕として手を抜いてやってもいい。だが……貴様らもいる以上、オレ様は腑抜けた走りをするつもりはない」

 

 子供達のためだのなんだのとゴチャゴチャ言っているが、本音は簡単。

 自分はライバルとのレースで、手を抜いた走りなどする気はないということだ。

 しかし、それだけならば手を抜くなと言うだけでいい。

 わざわざハンデを増やす理由はない。

 では、何故なのか。

 

ハンデ(斤量)を増やせば、砂利共とオレ様達の距離は縮まる。だが、オレ様達自体は本気でやれる。これならば、砂利共も絶望はせんだろうよ」

「…ッ! セキト、君は……」

 

 まさか、自分の心の闇に気づいて気を使っているのかと、ルドルフが目を見開く。

 

「フゥン、勘違いするなよ? 貴様らのためなどではないわ。……他人からの施しなど、譲られた勝利など、反吐が出るというだけだ」

「セキトちゃん……」

 

 オレ様は弱者のことなどどうでもいいが、貴様らがそれを気にして走れんのなら配慮程度はしてやる。そんなツンデレ発言にマルゼンスキーはちょっと申し訳ない顔をする。一度、手を抜いて勝利を譲ってしまったことがある身である故に、強くは言えないのだ。

 

「セキト、君の心遣いは素直にありがたい。だが、無茶な重りをつけたことが分かれば、番組スタッフや学園関係者に迷惑がかかる可能性が……ん? トレーナー君? 何か考えがあるのかい。……私達のスタートする時間を遅らせればいい? なるほど、それならば」

 

 話がまとまりかけた来たところで、様子を見ていたトレーナー陣が助け舟を出してくる。

 結局の所、子ども達相手に差をつけ過ぎない。3人は全力のレースをする。

 この2つを達成すればいいだけなのだ。

 

 なら、ハンデの条件を変えてやればいい。

 3人の負担になるハンデは重り50kgから変わらない。

 だが、子ども達へのメリットとなるハンデは10秒遅れスタートで増える。

 これならば、目的を両方達成することが可能だ。

 

「重りは勝負服の下に隠してつけて、おチビちゃん達には10秒遅れでスタートするのがハンデになったって伝えればいいわね。うんうん、これなら勝負服で走ってあげるサプライズにもなるわね」

 

 公式試合ではないので、体操服で走る予定だったが勝負服を持ってくれば、子ども達も喜ぶ。

 そうすることで、子供達の目を逸らしつつハンデを増やすことが可能になる。

 大人のトレーナー達が考えたちょっとばかりせこい手だ。

 

「フゥン、ならば決まりだ。飛将杯の初代優勝者の名前欄に、この呂布奉先の名を刻み込んでやるわ!」

 

 こうして、色々と揉めたが、無事レースが開催されることになった。

 

 

 だが、この時。

 三凶も、トレーナー達も気づいていなかった。

 最強同士が、自分達が、全力で戦い続けると一体何が起こるのかを。

 

 

 

 

 

「あーもー、くやしいぃーッ!」

「やっぱり、追いつけない……でも、いつかは…ッ」

 

 レースは当然と言うべきか、三凶が勝って小学生達が負けた。

 では、3人のうち誰が勝ったのかと言えば。

 

「おい、写真判定が無いとはどういうことだ? カメラが壊れたとでも言うつもりか?」

「落ち着くんだ、セキト。トレセン学園のゴールにもカメラはついている。だが、普段の練習や模擬レースで使うことはない。経費削減という奴だ」

「世知辛いわねー。でも! せっかくのテレビ撮影何だし、そっちの映像で見直せばいいんじゃない?」

 

 分からなかった。

 れっきとした公式レースならば、写真判定で分かっただろうが今回は使われなかった。

 故に、微妙な差が分からず三凶の同着ではないか? という話になっている。

 テレビ的には美味しいし、下手に誰かが下という構図を作らずに済むので大助かりだ。

 だが。

 

「ここを見ろ! オレ様の方がハナ差で勝っている!!」

「見る目無いなぁ。ほら、ここここ! コーテーの方が前だよ!」

「えーっと、私にはマルゼンスキーさんの方が速いように見えます……」

 

 天下無双、並び立つ者が居ることを許せないセキトは認めない。

 子供達と混ざって画面の前にかじりつき、あーだこーだと言い合っている。

 その姿は完全に体だけデカくなって、心が成長していない子供であった。

 

「もう、1人だけおチビちゃん達と一緒にはしゃいで私達を除け者にしちゃって」

「ふむ……子供特有のノリというやつだな。金科玉条(きんかぎょくじょう)、どれ、私達も混ざってみようか」

 

 そんな同級生の様子に苦笑いしながら、マルゼンスキーとシンボリルドルフも輪に加わる。

 なお、マルゼンスキーが行くと『お姉ちゃん、見て見てー!』という反応で囲まれ。

 シンボリルドルフが行くと『あ……ど、どうぞ』という反応で道を開けられた。

 

 ルナちゃん、ちょっと泣きそうになる。

 

「あ、コーテー! 見てよ、これ。どーみてもコーテーの方が速いでしょ?」

「ふ、ふふふ……そうだな、私の方が速くゴールを駆け抜けたはずだ」

 

 だが、そんなことは露知らないトウカイテイオーが、ルナちゃんの手を引いて画面の前に行く。

 もう、これだけでルドルフからテイオーへの好感度は天元突破だった。

 何なら既に、生き別れたもう1人の妹ぐらいには思っている。

 

「うーん……やっぱり上からの写真判定がないと、私が勝ってるって言い切れないわね」

「ぬかせ、オレ様の勝利だ」

「2人とも落ち着け。テイオーの言うとおりに、私の方が勝っているだろう?」

「「「…………」」」

 

 おい、決闘(レース)しろよ。

 視線からありありとそんな言葉が伝わってくるが、子ども達の手前ギリギリで踏み止まっている。しかし、子どもというものは空気に敏感なもので、若干あわあわとした雰囲気が漏れている。

 

「あ、あの!」

「あら、どうしたのチヨちゃん?」

 

 そんな空気を壊すために勇気ある一歩を踏み出したのは、サクラチヨノオーだった。

 ジロリと3人から見つめられて、少し怯えながらもチヨノオーはハッキリと答える。

 

「こ、今回のレースの名前は―――“また来年走りま(しょう)”! なんて、どうでしょうか?」

 

 彼女の提案。

 つまりは来年また走ることにして、この場は収めようという話。

 早い話が問題の後回しである。

 

「ほ、ほら! 桜餅はデザートに残すって言いますし。楽しみは来年に取っておいても……いいんじゃ…ないかなぁ……あ、あはは」

 

 説得力を増やそうとして、言葉を続けるチヨノオーだったがセキトには睨まれ。

 シンボリルドルフには何やら小難しい顔を向けられて、尻すぼみになっていく。

 因みに、マルゼンスキーはそんな2人に対して、たしなめる様な視線を送っている。

 

「砂利、オレ様は食いたいものは食いたいときに食ら――」

「フ、フフフ、“また来年走りま(しょう)”か……うん、いいんじゃないかな。私は君の意見に賛成だよ……フフフ」

 

 当然、セキトは反論しようとするが、その前にルドルフが笑いながら許可を出す。

 どうやら、先程の小難しい顔は“また来年走りま(しょう)”にツボったかららしい。

 これにはテイオーも困惑顔。

 

「私もチヨちゃんの意見に賛成よ。セキトちゃんはどうする? 今なら勝利を譲ってあげるけど――」

「譲られた勝利などこちらから願い下げだ!! 何人たりともオレ様を下に見ることは許さん!!」

 

 そして、ルドルフに乗じたマルゼンがセキトを煽って、一気に問題の解決に持っていく。

 番組プロデューサーの方は、これは自分の判断で決めて良いことなのかとちょっと顔を青くしているが、もう諦めて欲しい。

 

「フゥン、この勝利は来年まで待ってやろう。だが、砂利共よ、覚えておけ! 三強の中で、このオレ様こそが最強であるとな!!」

「えー、やっぱりコーテーだよ!」

「マルゼンスキーさんです!」

 

 勝負は後回しでも、自分が最強であると認めさせるのは忘れない。

 セキトはガキ大将のように子供達へ、自分が最強だと言い聞かせるが、そう上手くはいかない。

 熱烈なルドルフファンであるテイオーと、マルゼンファンのチヨノオーに反対を受ける。

 

「ええい! ならば、次にオレ様が出走するレースを見ておけ!! ……ルドルフ、直近のG1レースはなんだ?」

「2月にある“フェブラリーステークス”だよ。まあ、ダートなので私は出ないが」

「私もそこは厳しいわね。狙ってるのは3月の大阪杯ね……ルドルフと同じで」

「ならば砂利共! “フェブラリーステークス”を見ておけ! こいつらが居ないのは不満だが、そこで天下無双の走りを見せてくれるわ!!」

 

 ならば、実力で黙らせると言わんばかりに、セキトは次のレースを見ろと言う。

 陳宮への相談を一切せずに、次のレースを決めながら。

 

「フゥン…ではな、砂利共。陳宮! ここにもう用はない、帰るぞ!!」

 

 これにはフェブラリーステークスという名前的に、出走はないだろうと高をくくっていた陳宮も、後で聞いて宇宙猫になる。なった。

 

「まあ、彼女の性格はともかく、走りは私からしても参考になる。君達もレースの道を志すのなら見ておいた方がいい」

「そうね、それで諦めずに私達の背中を追って来てくれると嬉しいわ」

 

 こうして、撮影は子供達の心に夢を残し、無事に終わることになった。

 しかし。

 

(…? 何やら脚に痛み……いや、違和感があるな)

(あら? ちょっと、重りがキツかったかしら? 少し脚がだるいわ)

 

 残ったものは夢だけではなかった。

 自らの身体に微妙な違和感を感じる、ルドルフとマルゼンスキー。

 それは本当に小さな違和感。5%にも満たない失敗の予感。

 無視をする者だっているだろう。

 しかしながら。

 

(ふむ、トレーナー君には後で報告しておこう。彼なら何か分かるかもしれない)

(トレーナーちゃんに言って、少し休ませてもらおうかしら)

 

 2人は(おご)ることなく、自らのトレーナーに相談することを選んだ。

 彼女達は2人で1つ。パートナーという存在を信頼しているが故に。

 そうして相談するからこそ、彼女達は当たり前のことに気づくことが出来た。

 一切手を抜かずに、全力で走り続ければ、どんな天才でも疲労と負担が溜まっていくのだと。

 

 お互いに最強同士だからこそ、手を抜けずに起きた体の異変に気づけた。

 

「何だ陳宮? そんな、不安げな視線を向けてきおって。この呂布奉先が怪我でもすると思っているのか。フゥン、貴様は何も心配せずにこのオレ様の従っていればいいのだ。そうすれば、栄光など思うままよ! ハーハッハッハッ!!」

 

 だが、セキトは何も相談しなかった。

 ルドルフ達と同様の違和感を覚えながらも、気のせいだと切り捨てた。

 セキトと陳宮は並び立っていない。セキトが主で、陳宮が臣下。

 故に、セキトは陳宮を守ろうとは思っても、守られることを決して認めない。

 意見を許しても、それを受け入れるかどうかは(セキト)次第なのだ。

 

 

 皆様は三国志の軍師、陳宮公台の最後の言葉を知っているだろうか?

 

 味方の裏切りによって、曹操に捕らえられた陳宮。

 もとは自らの部下であり、陳宮の能力を高く買っていた曹操は尋ねた。

 

『なぜ、君程の者がこのように無様に敗れたのか?』

 

 それに対し、陳宮は同じく捕らえられた呂布を指差し、呆れたように言い放ったという。

 

 

 

『この男が、私の言う事を聞かなかったからだ』

 

 

 

 

 

『こんなことがあるのか? こんなことがあっていいのか!? G1レース芝2000m大阪杯! とんでもないことが起きています!!』

 

 実況がレースが始まる前だというのに、騒ぎ立てている。

 だが、それを誰も責めることは出来ないだろう。

 

『大阪杯、春の三冠の始まりのレース。例年ならば9つのゲートは全て満杯の18人立てで行われるのが普通です。ですが、ですが! 今回集まったウマ娘の数は“8人”! 8人です!! ゲートが埋まってすらいませんッ!!』

 

 解説に乗せられるように、会場に異様な空気が広がっていく。

 誰もが憧れる夢の舞台G1レース。

 だというのに、その舞台に立ったウマ娘はほんの一握り。

 競争で削られたのではなく、競争を逃げたが故に生まれた異例の事態。

 

『場主さん! この原因はやはり?』

『……ええ、三凶…失礼。三強の影響でしょうね。この3人が揃ったレースでは勝ち目が無いと、多くのウマ娘が出走を回避して別のレースに焦点を当てているのでしょう』

 

 皇帝、将軍、怪物。

 この三凶が揃ったレースでは、まぐれで勝てることすらあり得ない。

 対策を取ろうにも、3人共に脚質がバラバラ。

 囲い込みも、既にセキトが常識外れの方法で突破している。

 

 だから、誰もが勝てないと諦めている。

 出走している三凶以外のウマ娘も、勝つためというより入着狙いがほとんどだ。

 

『いやぁ……私も長いこと解説をしていますが……こんなレースは初めてです』

『強すぎる力は災いとなる。そんな映画の中でしか見たことの無い台詞が、今ここに現実となっています!』

 

 もしも、三凶が同じ時代に生まれなければ。

 1つの最強として君臨しているだけならば。

 人々は倒すべき目標として、魔王として挑んできただろう。

 

 だが、運命は。

 3女神の悪戯は、何の因果か3人を同じ時代に産み落とした。

 他の全てのウマ娘の幸福と引き換えに。

 

『ですが! そんな厄災に挑む者はいます!! もはや、誰もが知っている三強の説明は不要! その代わりに今日は彼女を説明しましょう!!』

 

 それでも、それでも。

 本気で三凶に挑もうと、勝とうとしている者はいる。

 犯してはならぬ()()()を犯す者。

 

 人はそれを勇気と言うか、無謀と言うか。

 

『待ち望まれた王の帰還!! 三凶(タブー)とは人が作ったものに過ぎないと証明してみせるのか!?』

 

 パドックに1人のウマ娘が姿を現す。

 まず、目に入るのは清楚な白色の勝負服。

 だというのに、上半身は清楚さを台無しにする剥き出しの肌色。

 美人しかいないウマ娘の中でも、絶世の美女と言われる美貌。

 絹のような髪に、小さな小さなアクセント。

 

 白いシルクハットに刻まれたC B(アルファベット)

 

 

『ミスターシービーッ!! 前年の三冠王が満を持して復活だッ!!』

シービーする(代名詞)の末脚は顕在か? セキトとの追い込み対決に大注目です!!』

 

「やあ、今日は楽しいレースにしようか。三凶さん?」

 

 ミスターシービー。

 その容姿と最後方から一気にまくる派手な追い込み戦法で、絶大な人気を誇るウマ娘。

 シンボリルドルフの1つ先輩の三冠馬

 前時代の覇者。

 

「シービーか……宣戦布告というわけかな?」

「さあ? そんなことより、みんなもっとリラックスしなよ。ルドルフもマルゼンスキーも、可愛い顔が怖くなっちゃってるよ。セキトは……怖いのはいつも通りか、流石は飛将軍様だね。ルドルフ流に言うなら常在戦場ってやつだね」

 

 足の爪の怪我で離脱していたが、遂に完治して戻ってきた王が三凶の前に現れる。

 だが、言葉からは闘志が見られず、他のウマ娘達のように諦めているように見えた。

 しかしながら。

 

「フゥン、リラックスだと? 笑わせてくれるわ。鏡を見てみろ、そこに―――悪鬼がいるぞ?」

 

 その顔には鬼が宿っていた。

 

「あはは、バレちゃった? ところでなんだけど、セキト。君は自分が勝った相手の名前を憶えてる? 例えば有馬記念4()()()()()()とか」

「オレ様を認めさせる実力があったならばともかく。何故、雑魚のことを脳に止めねばならんのだ?」

「うん、そう言うと思ったよ。だから―――今日はアタシの名前を君達の魂に刻んでもらう」

 

 君達の敗北と一緒にね。

 

 そう言って嗤い、シービーはゲートに向かっていく。

 観客からはその表の姿は、いつもの飄々とした姿に見えた。

 だが、三凶から見たその背中は。

 

「仇討ちというわけか……フゥン、面白い」

 

 自らの同期の無念を背負う、敵討ちの姿にしか見えなかった。

 

『さあ、今8人のウマ娘達がゲートに入りました』

『三強達がその実力を示すのか。それともシービーが自らの世代の意地を見せるか。このレース、目が離せません』

 

 いつもよりも少ないゲートに、いつもよりも多い視線が集まる。

 そして。

 

『そして、まもなく! 運命のゲートが開かれます!!』

 

 誰も見たことの無い大阪杯が始まった。

 

 

 

 

『前日の雨でぬかるんだターフを蹴り上げ、ウマ娘達が走り始める!』

 

 前日の雨でぬかるみ、地面が緩くなったターフ。

 ウマ娘達が一歩踏み出すたびに、跳ね上がる泥、今にも抉れそうな芝。

 雨こそ降ってはいないが、バ場状態は最悪の中の最悪である。

 

『まず、先頭に立ったのは当然マルゼンスキー! 先頭の景色以外には興味が無いと言わんばかりだ!』

『これはいつも通りに走れば、自分が勝つという自信の表れですね。しかし、これだけの重バ場を見ると、去年のセキトとシンボリルドルフの対決を……あの“ジャパンカップ”を想い出します』

『はい! 思い出しますね、“ジャパンカップ”の感動を!! もう一度、2人の対決を!! そう、思わずにはいられません!!』

 

 故に、誰もが思い出す。

 あの日の土砂降りのジャパンカップで、セキトがルドルフを打ち倒した伝説を。

 だから、観客の目は自然と最後方に位置するセキトへと移される。

 

『あのジャパンカップとは違いますが、最後方で堂々と敵を睨みつけるセキト。その隣には、同じく追い込みのミスターシービーが…?』

 

 そして、気づく。

 追い込み作戦ならば、セキトの近くに居るはずのミスターシービーの姿が無いことに。

 

 ならば、差しで走っているのか? 少し前に目を動かすが居ない。

 では、デビュー戦と同じような先行策か? そこにも存在しない。

 ならば、いるべき場所は1つ。

 

『なぜ! どうして!? シービーが逃げているッ!?』

 

 マルゼンスキーに迫るように先頭付近。

 大逃げのマルゼンスキーについていける唯一の作戦。

 

 ―――逃げだ。

 

『勝ち逃げなどさせるものかと、ミスターシービーがマルゼンスキーに食らいついていくゥウウウッ!!』

 

 誰もが驚きで困惑の声を上げる。

 追い込みのシービーしか知らないライトなファンも。

 デビュー戦から見ている古参のファンも。

 初めて見るその姿に度肝を抜かれた。

 

『場主さん! これは一体どういうことでしょうか!?』

『……本来の適性を発揮したと見るべきでしょうねぇ』

『ミスターシービーの本来の……適正ですか?』

 

 だが、多くのレースに携わってきたプロには分かる。

 これは異常な作戦ではなく、通常の作戦なのだと。

 

『彼女の強力な末脚は、本来スプリンターによく見られる短い距離を走るための脚です。本来ならマイルまでが彼女の適性距離。脚質も逃げの方が向いています』

『ですが、彼女は言わずと知れた三冠王ですよ?』

『中距離、長距離を本来マイルまでの脚で、どうやって勝ってきたのか。それこそが、彼女の今までの走りにあります』

 

 解説の言葉を聞いて、多くの人間がハッとする。

 長い距離を全力で走ることが出来ない者がすることは皆同じ。

 脚を溜めること。終盤まで後ろに控えていること。

 つまり。

 

『つまり! 今までの追い込みは全て、脚を残すための策だったと!?』

 

 彼女の代名詞の派手な追い込みは、全て計算づくで行われていたのだ。

 

『でしょうねぇ。本来なら、追い込みは前に離され過ぎたら厳しいのですが、誰もが彼女の鮮烈な末脚を恐れてスタミナを終盤まで溜めたがる。それが結果として、ミスターシービーの脚を残すことになり、追い込みでまくられる。これを考えたシービーは……いえ、トレーナーは相当な食わせものですよ』

 

 大したものだと、シービーのトレーナーを褒める解説。

 陳宮達の先輩トレーナーというだけあって、その実力は確かなものらしい。

 何故ならここまで解説されても、シービーは本来スタートが苦手という弱点を隠し通しているからだ。

 

 追い込みでスタートの下手さを隠しつつ、スタートが上手く行ったときは奇策を用いたと相手を混乱させられる。どういこうとも、全ては手の平という訳だ。

 

 しかし。

 

『ですが、場主さん。今までの話通りならば、逃げでは2000mの中距離を走るスタミナが持たないのではないでしょうか?』

 

 大前提にあるのが、マイル以上で逃げを打てばシービーの脚は持たないということだ。

 そもそも、スタミナが持つのならば、このような策など用いる必要は無いのだから。

 

『ええ、そればかりは私も失策かと思いました。ですが』

 

 カメラが走っているミスターシービーの正面を捉える。

 いつもの、飄々とした空気はない。

 楽しそうな笑みもどこへやら。

 

 逃げを打つ、ミスターシービーの表情は今。

 

『この顔を見て、負けに来たと思う人は居ないでしょう』

 

 どこまでも鬼気迫るものだった。

 その姿はまるで。

 

『なんと!! ここでミスターシービーがマルゼンスキーを抜いたぁああッ!! それを見て、シンボリルドルフとセキトも上がって来たぞぉおおッ!!』

 

 ―――大切な何かを背負っているようだった。

 

『まるで、三強に蹴散らされた他のウマ娘達の無念を晴らす様に、ミスターシービーが3人をおいていくぞ!!』

『これは史上最大の下剋上が起こるかもしれませんよ!!』

 

 いつものように三凶が主役のレースだと思っていた、観客の動揺と興奮の声が広がっていく。

 大番狂わせを期待する声。

 必ず勝つだろうという慢心が崩され、真剣に応援する声。

 ただ純粋にレースを楽しむ声。

 

 そんな声の中でも最も大きな声は。

 

「いッけー!! シービーッ!!」

三冠馬の意地見せたらんかいッ!!」

「待っていたぞォー!! シービーィイイー!!」

 

『聞こえるでしょうか! この会場を震わせんばかりのシービーコールが!!』

 

 ミスターシービーへの応援の声だった。

 

『既に取っている冠の数では三強が上ですが、この人気、この歓声こそがミスターシービーの凄みを感じさせますねぇ』

『誰もが待ち望んでいた復帰! その初戦で偉業は成し遂げられるのか! 才能はいつだって非常識だと、我々に再び教えてくれるのか!?』

 

 レース人気を一気に引き上げたとまで言われる、元祖アイドルホース。

 彼女ならやってくれる。彼女なら成し遂げる。

 そう思わせる何かが、ミスターシービーにはあった。

 

(ふーん、面白いじゃない!)

 

 だが、そんなことは彼女(怪物)には関係ない。

 

(また、寂しいレースになるかと思ったけど……私の心配過ぎだったわね。セキトちゃんと初めて走った時のことを思い出すわ)

 

 例年よりもごっそりと人数が減ったレース。

 それは、あの“スプリングステークス”を思い出させたが、マルゼンスキーはあの時とは違う。

 

(変に手を抜こうとしなくたって、私について来てくれる子は必ず出てくる。そうよ、そう)

 

 負けてやろうなどと、1ミリたりとも考えていない。

 己の強さに絶望していたあのころとは違う。

 今は競い合うライバルが居る。少なくとも挑んでくる敵がいる。

 そして何より。

 

「マルゼンスキーさーん!! がんばれぇえええッ!!」

 

『離されていたマルゼンスキーが、距離を戻してくる!!』

『これです! 逃げてなお差す! これが怪物です!!』

 

 自分の背中を目標にして追ってくる、小さくも勇敢な者達が居る。

 ならば、このような所で情けない走りを晒すわけにはいかない。

 

(さあ、その冠を寄越しなさいッ!!)

 

 赤いスーパーカーが三冠馬に迫っていく。

 レースの主役は完全に彼女達2人。

 

『ルドルフ来た! ルドルフ来た! シービーのすぐ後ろにつく!!』

『史上初の三冠対決の行方にも目が離せません!!』

 

 なんてことにはならない。

 主役はこの私だと言わんばかりに、皇帝が差してくる。

 

『玉座は1つ!! それに腰かけるのは私だと言わんばかりの走りッ!!』

『王道に逃げなどないと挑発するような、素晴らしい差し脚ですねぇ』

 

 お前の走りでは決して私に勝てない。

 ピタリと後ろについた、ルドルフの鋭い眼光がシービーの背中を射貫く。

 並みのウマ娘であれば、それだけで冷静さを失い過呼吸状態になりかねない程のプレッシャーだ。

 

『だが! 譲らない! 譲らないッ!

 スタミナなど知ったことかとさらに速度を上げる!!』

 

 しかしながら、ミスターシービーは先頭を保ち続ける。

 いつものレース中に浮かべる笑顔はない。

 全身全霊。全てをこの脚に、この胸に宿して走っている。

 

 まるで、彼女達とは命を懸けて初めて対等になれると言わんばかりに。

 

『速い速い!! まるで足が4本になったようだ、シービーッ!!』

『ラスト400m、このまま逃げ切れるか!?』

 

 歓声か悲鳴か良く分からない声が、場内の至る所から湧き出てくる。

 誰もが、先頭の3人に目が向かっている。

 そんな状況、そんな展開で。

 

 ―――全てをひっくり返すから、追い込みウマは人気が出るのだ。

 

『セキト来た! セキト来た!! ここから一気にまくるのか!? ミスターシービーを相手に後方追込(シービー)するのか!?』

『普段よりも仕掛けるのが遅いですが、その分脚は残っているはずですよ!!』

 

 鎧についた泥を輝かせながら、セキトが一気にまくり上げて来る。

 その姿にドッと歓声が沸き起こる。

 

 現代レースでは追い込み戦術は通用しない。

 かつて、まことしやかに言われていた常識を打ち破ったのが、ミスターシービーならば。

 追い込みを圧倒的に強いと思わせるようにしたのがセキトだ。

 

『一歩、また一歩と踏み込むたびに前との距離が縮まっていきます!!』

遼来来(ちょうらいらい)! いえ、呂来来(りょらいらい)と言った所でしょうか! 泣く子も黙る走りで、今セキトが3人に背に指をかけるッ!!』

 

 いつものように、千里をかける脚で前を行く者に近づく。

 そして、いつものように抜き去っていく。

 

 はずだった。

 

 ―――芝が(えぐ)れる。

 

 雨で緩んだ地面と芝が、前を走るシービー、ルドルフ、マルゼンの脚力で宙に浮き上がる。

 狙ったわけではない。ただ、常識外れの力に大地が耐えられなかっただけ。

 だが、3人がどう思おうとも。

 ウマ娘の脚により蹴り出された芝の塊は、散弾銃に等しき威力で。

 

 ―――後方のセキト(ウマ娘)を襲う。

 

『ああッと!? 雨で脆くなった芝がセキトの右目に直撃する!!』

『重バ場に定評のあるセキトが、避けられないとは予想外です!!』

 

 会場から悲鳴が上がる。

 前を走る、ルドルフとマルゼンが一瞬だけ視線を後方に向ける。

 シービーは耳すら向けない。

 

『セキトは足を止めない! ですが、右目からは赤い血が流れています!!』

『いえ、あの血の流れ方はまぶたの上の、皮膚が薄い部分を切ったものでしょう。心配ですが、眼球そのものに当たったわけではないはずです』

 

 失明の可能性を心配する実況を、解説が冷静に諭す。

 

『恐らく、直撃の瞬間にギリギリで反応して眼球への直撃は避けたのでしょう』

『それは良かった!! ですが、これはセキトにとっては大きなハンデになりそうです!!』

『片目が見えないと遠近感が狂いますからね。他のウマ娘とぶつからないように注意する必要も出てきます』

 

 滴る血を汗のように、緑のターフに落としながらセキトはかける。

 姿だけ見ればいつもと変わった所は見られない。

 だが、何度も戦ってきた2人には分かる。今のセキトは、否。

 

 今日のセキトはどこかおかしい。

 

(なぜだ、セキト? ジャパンカップで私の真後ろについて来れていた君なら、目を瞑ってもよけられていたはずだ)

 

 いつものセキトならば、この程度なら避けられていた。

 シンボリルドルフは走りながらも、思考の隅でそう考える。

 そもそも、いつものセキトならばもう少し早めに仕掛けていたはずだ。

 だが、今日は遅かった。

 

(判断力が低下している…? あのセキトが? 考えられる理由があるとすれば……)

 

 全体的な判断力の低下。思考速度の遅れ。

 そうした諸症状の原因となる、一般的なものは。

 

(疲労だな……セキトのことだ。トレーナー相手にも隠していたな)

 

 疲労である。

 思えば、三凶の中でセキトだけが連戦を続けている。

 

 スプリングステークス、桜花賞、オークス、ユニコーンステークス、ジャパンダートダービー、シリウスステークス、天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念、フェブラリーステークス。

 

 数で言えば、10個の重賞レース。獲得G1数5つ。

 さらに言えば、レースの間に間隔が無い。

 3月,4月,5月,6月,7月,9月,10月,11月,12月,2月、そして今月3月の大阪杯でのレースに出走している。

 逆にレースに出ていないのは8月と1月だけ。

 

 おまけに、菓子などばかりを食べて、ちゃんとしたものを食べない。

 天性の頑丈さを持つセキトであるが、それらのツケがここに疲労となり襲ってきたのだ。

 

『傷を負ったセキトを置いて、3人はただ前だけを見て走っていく! 誰1人として手を緩めないッ! これが勝負の世界の厳しさか!? それとも、相手への最大限の礼儀か!?』

 

 セキトが怪我を負ったことを3人共理解した。

 そして、その上で振り返ることもなく走っていく。

 薄情に見えた。非情に見えた。

 

 特にセキトと交流が無く、自らの勝利以外は眼中に無いシービーはともかく。

 普段から関わりのあるルドルフとマルゼンは、心配してもいいのではないかと観客の中には思う者も居た。

 

『ゴールまで後少し!! セキトはこのまま沈んでしまうのか!?』

『不運がありましたが、運も実力のうちです。泣き言は言っていられませんよ』

 

 誰もが、このままセキトは終わると思った。

 

 

「今の痛みで―――ようやっと目が覚めたわ」

 

 

 ―――シンボリルドルフとマルゼンスキー以外。

 

『セキトが息を吹き返してきたァアアアッ!!』

 

 流れる血など忘れたかのように、セキトが本来の末脚を発揮する。

 戦場で無傷でいられる保証などどこにもない。

 むしろ、傷を負ってなお勝ってこそ武人の誉れと言うものだ。

 

『汗のように血を流しながらセキトが駆ける!! まさに汗血馬(かんけつば)ッ!! 戦場(いくさば)に真紅の華が咲き誇るッ!!』

『外に移動しました! このまま外から一気に差し切るつもりでしょう!!』

 

 復活したセキトの姿に、会場のボルテージが一気に上がる。

 その声を聞いても、ルドルフもマルゼンも一切の動揺はない。

 それもそうだろう。

 2人が脚を緩めることも、心配することもなかった理由は実に単純なのだから。

 

 この程度で、私の好敵手(ライバル)が終わるわけが無いと信頼していたのだ。

 

『一歩、また一歩とセキトが距離を詰める!! 先頭はミスターシービー! 続いてマルゼンスキー! ほぼ並んでシンボリルドルフ! もつれにもつれてどうなるか全く分かりません!!』

『誰が勝っても全くおかしくありませんよ!!』

 

 大歓声が鼓膜を破らんと全力で叩きつける。

 もはや、実況の声も届かない程の熱狂の渦。

 そんな中で先頭を走りながら、シービーは1人漠然と思っていた。

 

 世界がとても静かだと。

 まるで、自分1人しか世界に居なくなったように感じていた。

 それは、彼女がどこまでも集中しているという話。

 

 今まで踏み入れたことの無い領域(ゾーン)に、彼女は踏み込んでいく。

 

(楽しく走れたらそれでいいと思ってた。自由に気ままに、勝敗なんて度外視で。……でも、今日だけは、この3人だけには負けられない…!)

 

 いつだって自分のために走ってきた。

 でも、今日だけは違う。

 三凶という災いに敗れ、去っていった者の想いを背負っている。

 同期の恨みを、好敵手(ライバル)の無念を。

 世代最強(アタシ)が晴らさずに、誰が晴らすのか。

 

 観客達よ、目を見開いてみろ。

 これはアタシ達の逆襲だ。

 

 三凶よ、耳をかっぽじって聞け。

 世代の主役、ライバルが何度も呼んでくれたこの名前を魂に刻み込め。

 

 

「―――アタシはミスターシービーッ!!」

 

 

『大地が! 大地が弾んでッ! ミスターシービーだッ!!』

『ここでシービーが後続を突き放す! これは決まったか!?』

 

 大地を蹴り上げる。

 否、大地が自ら弾んだかのような加速を見せ、シービーが前に躍り出る。

 王の歩みを阻める者など、どこにも居ない。

 

「―――王は1人で十分。君もそう思うだろう?」

「シンボリ…ルドルフ…ッ!」

 

 ただ1人。同じ王という例外を除いて。

 

『だが、そうはさせじとシンボリルドルフが並ぶ!! 三冠王が並ぶ!! 玉座は1つ!! 王は2人も不要ッ!!』

『最後はこの2人での決着になりそうです!!』

 

 最後の最後でこのレースの主役は2人の王に絞られる。

 勝った方が新たな時代を築き上げる。

 これは王としての意地の張り合いだ。

 

(シービー……君にも背負うものがあるのだろう。その背中を見れば分かる。だが、私にも背負うものが…ある!)

 

 ルドルフは思い出す。

 テレビ撮影の日にトウカイテイオーと交わした会話を。

 

 

 

 

「ねえねえ。ボク、コーテーのサインが欲しいなぁー!」

「フフフ、ああ構わないよ。しかし、今は手元に色紙が無いな……」

「じゃあさ、じゃあさ! ボクの服に書いてよ!」

「それは……君がご両親に怒られないなら構わないが」

 

 誰もが気後れする皇帝を相手にも、グイグイと来るテイオー。

 そんな姿に癒されながらも、少し戸惑い気味にルドルフは笑う。

 正直に言って、こんなにも懐かれる経験は妹以外になかった。

 やはり、テイオーは生き別れの妹ではないか説が、ルドルフの中でまた1つ強化される。

 

「それにしても、君は私のことが好きだな。嬉しい限りだが、マルゼンスキーやセキトも良いウマ娘だ。彼女達のサインはいいのかい?」

「えー! ボクはコーテーのサインが良いの! ボクの憧れは、強くてカッコいいコーテーなの! いつか、ボクもコーテーみたいになってレースに出て、それでコーテーを超えるテイオーになるんだ!」

 

 自分を超える。

 その言葉に面を食らった顔をするルドルフ。

 子供ならば現実を知らずに、そういった大それたことを言うのは珍しくない。

 

 だが、自分の強さ故に去って行く者達を直近で見たルドルフは、複雑な気持ちになる。

 

「……それはとても厳しい道になるよ?」

「わかってるよ。でも、ボクはぜーったいコーテーを超えるんだ! だからさ、それまで信じて待っててよ!」

 

 現実は甘くない。

 そう一蹴することも出来る。

 だが、そう語るテイオーの瞳はあまりにも強く澄んでいて。

 

「……信じる…か」

 

 魂から信じたくなる何かがあった。

 

「ただ導くだけでなく、時には信じて試練を乗り越えるのを待つ……私に無かったものだな」

「どうしたの?」

「いや、何でもないよ。それより、サインだったね」

 

 何かを決めるように瞳を閉じ、ルドルフは勝負服の()()()()()()をはずす。

 そして、その左の手袋にさらさらとサインを書き込んでいく。

 

「さあ、トウカイテイオー……この手袋を受け取る気はあるかい?」

「いいの!? やったー!! パパに言って家の家宝にしてもらおーっと!」

「家宝は流石に……」

 

 ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶテイオーに苦笑しながら、ルドルフは思う。

 去って行く者達のことばかりを考えても仕方がない。

 

 信じて待とう。

 自分の後ろに続く者達が、いつの日にか自分達と同じ場所に立てる日を。

 だから、それまでの間。

 

「……強くてカッコいいコーテーで居続けなければな」

 

 自分は負けるわけにはいかない。

 

 

 

『逃げるシービーッ!! 追うルドルフッ!! どっちだ!? どっちが来るッ!?』

『最後に勝るのは王の意地か!? 皇帝の矜持か!?』

 

 王や皇帝とはどういった存在か。

 そう尋ねたら、多くの答えが聞けるだろう。

 偉い人、代表者、統率する者。

 

 答えは千差万別。

 だが、1つだけ言えることがある。

 王という存在は、人が集まることで初めて必要とされる存在。

 臣下も、民も居ない王など笑い話にもならない。

 故に、王の真価とは。

 

 

「負けるなぁああ!! コーテーッ!!」

 

 

 どれだけ多くの者を、その背中に憧れさせることが出来るかだ。

 

『割れんばかりの皇帝コールを背に受け! 今ッ!

 シンボリルドルフがゴール板を駆け抜けたぁああッ!!』

 

 まるで、声援に押されたかのように、ルドルフは最後の一歩でシービーを突き放しゴールする。

 2レースぶりの勝利。

 まさに皇帝の逆襲と呼ぶに相応しいレースに、涙と嗚咽の混じった歓声が響く。

 

『王とは! 皇帝とは! 人をその背に従えるものだと言わんばかりに、誰よりも前に立って見せました! シンボリルドルフ!! 王冠は今、皇帝に輝くッ!!』

 

 脚が折れそうに痛み、肺が潰れそうに締め付けられる。

 それでも、勝者が情けない姿を見せるわけにはいかないと、ルドルフは気丈に倒れることなく、ゆっくりとコースを回りファンへと手を振っていく。

 

 そして、観客席の中に小さな見覚えのある姿を見つけて、柔らかく微笑むのだった。

 

(どうだい、テイオー。私は強くてカッコいいコーテーだったろう?)

 

 勝者は高らかに謳い、勝利の美酒に酔いしれる。

 どれだけの贅沢な趣向をこなそうとも、この多幸感は勝利以外では決して味わえない。

 

『レース結果は1着がシンボリルドルフ! 2着はミスターシービー! 3着はマルゼンスキー。そして、セキトは4着! 今まで2着以上を逃したことも、連敗も無かった、あのセキトが4着です!!』

『右目が見えなくなったことで、内に入り込めなくなったのが痛かったですねぇ。ですが、4着と言ってもアクシデント有りで、1着から1バ身しか離されていませんよ。立派な成績です』

 

 反対に敗者は無様に倒れ、汚泥をすすることしか許されない。

 どんなレース結果でも笑っていたシービーが、誰かの名前を呟いたきり俯いて顔を上げず。

 セキトは流れる血も止めることなく、呆然と掲示板を見つめ。

 マルゼンスキーはそんな2人を心配そうに見ているが、声をかけることはしない。

 

 声をかける権利があるとすれば、それは。

 

「セキト、君はいつまで1()()()走っているんだい?」

「……何が言いたい、ルドルフ」

 

 勝者だけの特権だ。

 

「一騎当千、万人敵。君は1人でもそれだけの強さを誇る。だが、所詮は1人だ。1人ではどんな天才でも限界がある」

「フゥン、意味の分からんことを。貴様とて、ターフ(戦場)では1人だろう」

「いいや、私は皇帝だ。君は私と私の背に続く者達全てを相手しなければいけない」

 

 一騎当千なら万の軍を差し向けられる。

 万人敵なら10万の軍を差し向けられる。

 それが、皇帝と戦うと言うことだ。

 

 かつて、国士無双と謳われた軍師韓信は、皇帝である劉邦にこう言ったという。

 自分は100万、1000万の兵を操ることが出来るが陛下は10万程度が限界だと。

 

 それに対して劉邦は、では何故自分に仕えているのかと問うた。すると韓信はこう答えた。

 自分は所詮は“兵の将”の器であり、皇帝は“将の将”たる器であると。

 

 天下に並ぶ者が居ない国士無双の将であっても、所詮は1人。

 将を従える皇帝からすれば、他の将を100人でもぶつければ済むだけの話なのだと。

 そして結局の所、韓信は謀反を企てたが皇帝に処刑されることで、その生涯を終えている。

 

 天下無双であっても、1人で出来ることなど高が知れている。

 

「ならば、貴様ごと全てを斬り伏せるまでよ」

「どうやってだい? 無様に泥をなめることしか出来ない君が、どうやって?」

 

 煽るように発破をかけるように、ルドルフがセキトに畳みかける。

 その勢いにさしものセキトも口をつぐむことしか出来ない。

 

「いつまで何も見ないつもりだ。いつまで何も聞かないつもりだ。いつまで何も言わないつもりだ。君の傍には真に君を想う者がいるだろう」

 

 かつて、呂布に仕えた高順という忠誠心の非常に高い武将が居た。

 裏切りの代名詞で有名な呂布と違い、高順は真逆。

 どれだけ呂布に疎んじられようと恨み1つ言わず仕え続けた。

 そんな高順だが、呂布に対して諫言(かんげん)を度々行っていた。

 その中の1つにこのようなものがある。

 

 将軍、腐敗した王朝の中でも、正しき意見を言う者が1人もいないわけではありません。

 ただ、その意見を聞き入れないだけなのです。

 そして、それを繰り返した結果として、滅んでいるだけなのです。

 

 皮肉にも高順の言った通りに、呂布は陳宮や高順、張遼ら真の味方の意見を無視して、その身を滅ぼした。

 

「人を頼るんだ、セキト。誰かを信じてみるのも、そう悪い気分じゃない」

「……黙れ、オレ様は誰にも頼らん。誰にも庇われん。誰にも……守られん」

 

 話は終わりだ。

 そう、暗に示す様に背を向けてセキトは控室に歩いていく。

 

「私では力不足か……やはり、信じて任せるしかないか」

 

 そんな後ろ姿を見つめながら、ルドルフは小さく溜息を吐く。

 セキトには人を頼れと言ったが、自分も人のことは言えない。

 何でも1人でやろうとするのは、きっと似た者同士なのだろう。

 だが、それでも。

 

(待っているよ、セキト。君は必ずさらに強くなって帰って来る。君は私の初めての敗北を奪った相手で、私達の―――永遠のライバルなのだから)

 

 彼女は信じて待つことに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 控室に戻ったセキトがまず目にしたものは、土下座した私の姿だった。

 

「陳宮…? 何を……している…?」

 

 困惑したセキトに目を合わせることもせずに、私は土下座を続ける。

 今回の敗北は全て私の責任だ。

 

 分かっていた。セキトに疲労がたまっていることも。

 食事での体作りが不十分であったことも。

 レース前に集中力がいつもより欠けていることも。

 全部わかった上で、セキトなら勝ってくれると慢心して見逃していた。

 

 その結果がこれだ。

 

 セキトに再び敗北を刻んでしまった。

 自分が嫌で嫌でしょうがない。

 

「出しゃばるな、陳宮。負けたのはオレ様のせいだ。……運もあったのだ、貴様はよくやってくれた」

 

 セキトがあくまでも自分の責任だと言うが私は首を振る。

 

 違うんだ。

 運が悪かったとか、君のせいとかじゃない。

 私が悪いんだよ、セキト。

 

「……やめろ」

 

 もっと、セキトを乗せて言うことを聞かせればよかったのに、現状に甘えてしまった。

 最強であるセキトの才能を輝かせてやれなかったのは、全部私のせいだ。

 責を取るべきは、腹を切るべきは私だ。

 

「庇うな……」

 

 セキトが敗北したのは私のせいだ。

 

「―――オレ様を庇うなッ!!」

 

 首根っこを掴まれ、セキトの顔付近まで引き上げられ、上目遣いで見上げる形になる。

 そこで私は初めてセキトの顔を見る。

 怒っていると思っていた。

 だというのに、彼女の表情は。

 

 今にも泣きだしそうな顔だった。

 

「オレ様は…オレ様は…! 誰かに庇われる程……弱くない…弱くてはいけないのだ……」

 

 血か涙か、ポツリとしずくが私の頬を濡らす。

 いつもの、どこまでも強者の自信に満ちたセキトは居なかった。

 居るのは、迷子になって不安で泣き叫びたいのに、必死に我慢している小さな子供。

 

「オレ様は最強だ…天下無双だ。でなければ…また守られる…また庇われる…また失う」

 

 ブツブツと自己暗示をかけるように呟くセキト。

 今にも壊れかけになっているのが、医療の専門家でない自分でも分かった。

 

 セキトを守るために必要なのは、彼女の言葉を肯定してあげることだろう。

 いつものように、君こそが天下無双だと言ってあげればいい。

 だが、きっとそれではダメなのだろう。

 

「何を…?」

 

 グッと足に力を籠めて、セキトに掴まれていた状態から脱出する。

 そして、逃げられないように彼女の肩を掴んで真正面から言い切る。

 

 

 セキト、今のキミは―――弱い。

 

 

「陳…宮…?」

 

 嘘だ。

 あなただけは自分の味方だと信じていたのに。

 裏切り者ッ!

 

 そんな絶望の想いがありありと籠った視線が私を貫く。

 だが、そこで引くことはしない。

 

 私達は今の関係ではダメだ。先に進めない。

 新しい関係を築くために、今までの全てを壊す必要がある。

 だから、教えて欲しい。

 

「何を…?」

 

 セキトがなぜ、病的なまでに、庇うこと守られることを嫌うのか。

 そして、きっとその根本にあるだろう出来事。

 ―――父親の死を。

 

「…………聞いても、面白いことなど何もないぞ」

 

 それでも知りたいのだ。

 君の全てを。

 

「貴様になら……いいだろう。馬鹿で愚かで間抜けで、おまけに貧弱なガキの話を……してやる」

 

 普段は絶対に見せない弱々しい声で。

 怯えと恐怖の混じった顔で。

 ポツリポツリとセキトは語り始める。

 

 

 

「13年前のある日……オレ様は―――父親を殺した」

 

 

 

 

 

『ねえ、パパ! パパ!』

『どうした、セキト?』

『おおきくなったら、セキトはパパのおよめさんになるの!』

『ハッハッハッ! オレ様のお嫁さんか! それは楽しみだな!!』

 

 ―――子どもの頃はパパに恋してた。

 

 




次回、過去話とレース
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。