―――子どもの頃はパパに恋してた。
『ねえ、パパ! パパ!』
『どうした、セキト?』
『おおきくなったら、セキトはパパのおよめさんになるの!』
『ハッハッハッ! オレ様のお嫁さんか! それは楽しみだな!!』
将来の夢はパパのお嫁さん。
パパのことが大好きで、パパもセキトのことが大好き。
『ところで、セキト。ママのご飯は全部食べたか?』
『………おやさいいがいは』
でも、お野菜を残すと叱って来るところは嫌い。
『こら、野菜を食べないと強くなれないぞ』
『いいもん! セキトはじゅーぶんつよいんだもん!! このまえのレースでも1番だったもん!!』
好きなものを食べるだけでも、セキトは十分強いの。
だって、セキトはレースで負けたことがないんだもん。
セキトは最強無敵のウマ娘様! えっへん!
『フゥン、そうかそうか。レースで1着だったのは凄いぞぉ、セキト』
『えへへへ』
えらいえらいと言ってパパは、セキトの髪を撫でてくれる。
レースで1番になったら、パパが褒めてくれるから嬉しい。
だから、セキトはレースに出るのが好き。
いっぱいレースに出て、いっぱい勝って、いっぱいパパに褒めてもらうの。
『でも、好き嫌いばかりしてると、もっと強くなれないぞ』
そんな優しいパパだけど、お残しは許してくれない。
ママはセキトがお残ししても、食べたくなかったら食べなくていいよって言うのに。
パパはもっと、太っ腹ーッ! に、なったらいいのに。
……でも、太ったパパはちょっと嫌かも。
『なんで! なんで! セキトより強い子なんて、セキトみたことないもん!!』
『いるさ。いいか、セキト? 世界は広いんだ。セキトより強い人は必ずいる』
『えー、どこにもいないよー』
『フゥン、何を言っているんだ? 目の前にパパが居るじゃないか』
『フゥン?』
そう言ってパパはフゥンと胸を張る。
真似してセキトもフゥンと言ってみる。
パパの真似っこは楽しい。それと、真似をすると何だかパパの機嫌がよくなるの。
『……信じてないな、セキト。パパは天下無双のレスラーだったんだぞ?』
『うっそだー。セキトのほうが足がはやいよ? それに力だってパパよりつよいもん!!』
『ハッハッハ! 呂布の生まれ変わりのマスク・ド・呂布より強いか。セキトは凄いな!』
パパのことは大好き。
でも、強いのはセキトの方だもーん。
かけっこだってパパには負けたことないしー。
セキトは誰よりも強いんだもん!
『だから、セキトがパパのことまもってあげるの! ママもおじいちゃんもおばあちゃんもみーんな! セキトがまもってあげるの!!』
セキトは世界で一番強いから、大好きな人達みんなを守ってあげる。
パパはよく、パパのことを天下無双って言うけど良く分かんない。
昔は今呂布って言われるプロレスラーだったって言ってるけど、セキトは見たことないし。
ママが言うにはマスク・ド・呂布は呂布の生まれ変わりって設定なんだって。
でも、呂布って誰か知らないから、関係ないし。まあ、マスクはカッコイイと思うけど。
とにかく、セキトの方がきっと上! セキトがパパを守ってあげる!
『そうかそうか、それは楽しみだな。よし! じゃあ、パパをお野菜から守ってくれ!』
『ア、パパ、チョウチョー』
『今は冬だぞ、セキト』
でも、嫌いな食べ物とは戦いたくない。
サンタクロースをつかまえてきます。
パパとママにもいっぱいプレゼントをあげるからね。
12月24日の夜。
セキトはそんな書置きを残して家を出た。
もちろん、パパとママには内緒だ。
だってパパとママには、夜に1人でお外に出たらいけないと言われているから。
『まっててね、パパ、ママ。サンタをつかまえて、パパとママにもプレゼントをあげるんだから。パパとママもいい子だったのに、プレゼントがもらえないなんておかしいもん』
サンタを捕まえて、パパとママの分のプレゼントをぶん捕ってやる。
良い子にしてた大人がプレゼントをもらえないのはフビョードーだ。
そんな怒りと覚悟を胸に、意気揚々と片田舎の雪道を歩くセキト。
セキトの故郷は雪が積もりやすい田舎で、街灯の明かりもまばらな地域だ。
夜になると人通りもほとんどない。
不気味で、陰鬱な寒々しい道。
普通の子供なら、立ち止まって泣きだすか、回れ右をしている景色。
(さむくても、くらくてもセキトはへっちゃら! だって、セキトはつよいんだから!!)
だが、自分の強さに過剰なまでの自信を持っていたセキトは、ずんずんと前へ進む。
(パパとママ、セキトがサンタをつかまえてきたら、おどろくかな?)
普段のセキトの両親ならば、子どもが勝手に外に出れないようにしているし、何なら一緒に布団で寝ている。だが、今日はクリスマスだ。子供のために、親がサンタクロースになる日なのだ。
サンタが来るから、早く寝なさいと言って子供が寝ている間に準備をして。
家には煙突がないから、サンタが入れるように窓の鍵を開けてと言われれば断れない日。
サンタを待ち伏せにした方が確実という、悪知恵すら働かない子供の純粋さ。
それら全てが重なって、不幸は起きていた。
幸せの青い鳥はすぐ傍に居るというのに。
(サンタってトナカイに乗って飛んでるから、高い所に行けば見つけられるかな?)
考えなしに飛び出て来たセキトが、なんとなしに山の方を見る。
そして、夜の山の危険性にも気づくことなく、いそいそと山の中に入っていく。
小さな足跡を、雪の上に残していきながら。
『……どうしよう、パパ…ママ……』
案の定と言うべきか、必然と言うべきか。
小さなセキトは見事に山の中で迷子になってしまった。
次第に強くなっていく雪。
山の木々が風に吹かれてしなる不気味な音。
ぽっかりと底が抜けたような深い闇。
大の大人でさえ、不安になり恐怖を覚える環境。
そんな中に1人取り残された幼い子供が取る行動など1つ。
『ぐすん……パパぁ……ママぁ……ごべん…なじゃい…ッ』
親を求めて泣きじゃくるだけだ。
どうしてこんなことをしてしまったのだろう。
家にいればよかったのに。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
初めの頃の、まるで冒険にでも行くようなワクワク感は、とうの昔に消えている。
今、心にあるのは寂しいという感情だけだ。
自分でも訳も分からずに泣くしかない、そんなどこにでも居るか弱い子供。
『さむいよぉ……手がいたいよぉ……』
子供特有の高い体温も、ウマ娘の頑丈な体も。
大自然の猛威の前では何の意味もなさない。
自然は平等だ。誰に対しても公平に接する。
弱き者を殺し、強き者だけを活かす。子供も大人も関係なく。
故に、弱き者は自然の流れに沿ってこのまま死んでいくだけ。
だが。
『無事か、セキトッ!?』
『パパァーッ!!』
そうさせないために、親が大人が
『セキト! どうして、パパとママとの約束を破って1人で外に――』
『パパ! パパ…ッ パパぁ……!』
『………フゥン。大丈夫だ、パパはここに居るぞ』
何故、外に1人で出たのかと叱ろうとする父親だったが、泣きじゃくる我が子を見て、ただ抱きしめることにする。叱るのは家に帰ってからで十分。今はただ、この小さな温もりが失われなかったことに安堵していればいい。
『さあ、セキト帰ろう。ママが家で心配して待ってる』
『ゔんっ……』
何はともあれ、今はこの子と一緒に家に帰らなければならない。
その前に妻に一報を入れよう。そう思い、携帯を見るが生憎の圏外。
妻には一定の時間が経っても、自分が戻って来なければレスキューを呼ぶように伝えているが、そうならないに越したことはない。
『セキト、パジャマのままだと寒いだろう? パパの服を着ていなさい』
『うん!』
涙と鼻水でグチャグチャになっている、愛娘の顔を拭いてやりながら自分の上着を着せる。
冬の夜風が我が身を突き刺すが、娘の寒がる姿を見るのに比べれば数百倍マシだ。
『フゥン、後は山を下りるだけ……』
ここに来るまでにつけてきた足跡を見ようと、雪の積もる地面にライトをかざす。
セキトを見つけることが出来たのも、彼女の小さな足跡を追うことが出来たからだ。
『足跡が……ない?』
だが、地面には足跡がなかった。
いや、正確には新しく積もった雪でかき消されていたのだ。
その事実にハッとしてセキトの父は空を見上げる。
月も出ていない雪の降る夜。
ただ、その雪は今や完全に吹雪と化していた。
『パパ…?』
不安そうにこちらを見る娘の頭を撫でながら、セキトの父は考える。
次第に強くなっていく雪と風。
おまけに帰り道も分からなくなっている。
遭難と言って差し支えないだろう。
そして、山で遭難した時は降りるのではなく登れと言う。
自分1人なら可能だが、小さな子供をつれて登るのは利巧とは言えないだろう。
それに、現在地がそこまで高い場所だとは考えられない。
ウマ娘と言えど、子どもが登れる範囲で自分が追いつける距離。
ならば、レスキューを待つか、明るくなるまで耐えて現在地を把握するのが確実。
そう考え、セキトの父はしゃがみ込んでセキトと目線を合わせる。
『セキト、落ち着いて聞いてくれ。雪が強くなって、今の状態だと帰れそうにない。だから、雪が弱まるまでここで待っていようと思うんだが……我慢できるか?』
『……だいじょぶ、だってセキトはつよいから。パパは1人でかえってもいいよ』
『フゥン、馬鹿を言うな。セキトを置いて帰れるわけないだろ』
先程まで大泣きしていたというのに、意地を張る我が子に苦笑しながら父は頭を撫でる。
例え、本当に1人で大丈夫だったとしても、愛する娘を置いていく父親が居るものかと。
それに対し、幼いセキトは自分が小さく弱いから父が安心出来ないのだと勘違いし、1人むくれる。
『セキト、あの大きな木の下に行こう。あそこなら風が少しは防げる』
『わかった』
親子は一本の大木の下に行く。
ここで、雪が弱まるまで待とう。
父はそう思っていた。
パパが居るからきっともう大丈夫。
娘はそう思っていた。
だが、しかし。
『……風が強くなってきたな。セキト、パパが抱っこしてあげよう』
状況は一向に改善しないどころか、さらに酷くなっていく。
凍えろとばかりに雪は勢いを増し、風は彼らを探す獣のように木々をすり抜け容赦なく2人を襲う。
『セキト、寒くはないか?』
『パパがだっこしてくれてるからへいき!』
『そうか、そうか。セキトは強い子だな』
『パパはさむくない?』
『フーハッハッハ! オレ様は天下無双の呂布だぞ? ……寒さなんてへっちゃらだよ、パパは』
無理にでも下山をするべきだったかと、後悔するがもう遅い。
今から動いても逆効果だろう。
ならば、するべきことは娘を守ることである。
父は木と自分の身体の間に娘を置くように抱きしめ、バリケードを作る。
これで、少しは風が防げるだろう。
『セキト、何かお話をしてくれないか? パパは少し眠たくなってるんだ』
『じゃあ、このまえのレースでセキトが1番になったおはなしをしてあげる!』
『……ああ、楽しみだな』
この吹雪では、救助も二次災害を出さないために来ることはないだろう。
耐えるしかない。守るしかない。
『ねえねえ、パパはぷろれすらーだったんだよね?』
『ああ、そうだよ。パパは悪名高いマスク・ド・呂布というレスラーだったんだぞ』
『あくみょう? あくみょうってなに?』
『……パパが強過ぎて、みんなが名前も呼びたくないってことだ』
『パパすごーい!』
妻は今頃、どんな気持ちで自分達の帰りを待っているだろうか。
もしも、自分と娘がこのまま帰らなければ――。
1人涙にくれる妻の姿を想像し、既に限界まで冷えていた体が、更に冷たくなって気がした。
何としてでも、この子だけでも無事に返さなければ。
『……パ…パパ! もう、おはなししようって言ったのはパパなのに、ねちゃうなんてサイテー』
『…ッ! あ、あはは……悪いね。それで……何のお話だったかな?』
『リョフってだれ?』
『呂布はね……三国志という物語に登場する、とっても強い武将のことさ。パパの子供の頃からの憧れでね。帰ったら、パパの書斎の横山三国志を読ませてあげよう』
『ふーん、つよいってどれくらい?』
『天下無双さ』
時間の感覚まで凍ってしまったかのように、今が何時かも分からない。
それでも、腕の中の温もりを守るためならば耐えられる気がした。
今夜が聖夜だと言うのなら、奇跡をください。神様。
『パパはよくテンカムソーって言ってるけど、てんかむそうってなにー?』
『……誰よりも強い人のことだよ』
『セキトよりも?』
『ああ……ずっと…ずっと…強い』
神様お願いします。
神様お願いします。
神様お願いします。
私に強さをください。
この子を守れる
『あ! パパ、空が明るくなってきたよ』
どうか、どうか、どうか…!
この子に奇跡を、神様。
『……パパ? 眠っちゃったの…?』
聖なる日に、
12月25日、朝。
レスキュー隊によって、1人のウマ娘が冬の山の中から救出された。
……凍死した父親から、守るように抱きしめられた状態で。
娘を凍死から守った父親を見た、とあるレスキュー隊員はこう語ったという。
彼はまがうことなき―――
『運が悪かっただけよ』
『セキトのせいじゃない』
『自分を責めないでいいよ』
『ごめんね、セキト……全部ママが悪いんだよ』
違う。
誰も悪くなんてない。
悪いのはセキトだけ。
セキトが殺した。
セキトがパパを殺した。
セキトが大好きなパパを殺した。
お前が殺した。
お前が父親を殺した。
お前が弱いから父親が死んだ。
『パパ…パパ…どこ…?』
あの日以来、セキトは父親の書斎に籠ったまま外に出なくなっていた。
食事もとろうとしないので、母や祖父母はこの際
『セキトが…セキトが弱いから……みんながセキトをかばう』
そして、そのことが余計にセキトの心を苦しめていた。
『弱いから……まもられる』
セキトが帰ってきたからというもの、誰も彼女のことを叱ったりしなかった。
みんながセキトを
父親の死で、茫然自失としているセキトを守ろうとした。
母も祖父母も、近所の人も。
みんなが口々に言う。
セキトは悪くないよと。
みんなが甘やかす。
今は辛い時期だからそっとしておこうと。
『ぜんぶ…ぜんぶ…セキトのせいなのに……』
そのことが余計にセキトを追い詰めていた。
お前は弱いのだと。
か弱き守るべき存在だから、母親を泣かせた。
弱いから、みんながお前を庇い、守ろうとするのだと。
自分は強いから、みんなを守ってあげると言っていた幼子に、容赦なく現実を突きつける。
『セキトが弱いから……パパは死んだ』
誰も叱らないから、勘違いを正せない。
『セキトが弱いから、パパがセキトをまもった……』
自分が弱いから、父親に守られたのだと。
親が子に注ぐ当たり前の無償の愛を否定する。
『セキトが弱いから、みんながセキトをかばう……』
優しさを、愛情を、弱者への憐れみだと思う。
なぜ、このようなことになったのかという、根本的理由から目を逸らす。
『セキトが強かったら……きっとパパは死ななかった』
全ての原因は弱さにあると。
自分が強ければ、父は死ぬこともなく、母も見当違いに自分を責めて泣かなかったはずだと。
『強くなる…強くなる…だれよりも……強くなるッ』
強くなれば、きっともう誰も自分を庇わない、守らない。
大切な人を失うのはもう嫌だから、誰よりも強くなる。
そうしたら、きっと―――
『パパみたいに、パパよりも強く―――
思い描くのは父親の大きな背中。
自分が知る中で、誰よりも強い人。
その人に追いつくために、その人になるためにはどうすればいいのか。
『パパのマネをすれば……強くなれるかな?』
思いついたのは真似をすること。
父親になることを目指していれば、いつかは父親と同じ天下無双になれるはずだ。
『パパになるんだ。パパみたいに強くなってセキトは……ううん、
父が好きだと言っていた、本を手に取る。
父親の言葉遣いを真似してみる。
裏がなければ、同じ年頃の子供の多くがやっていることだろう。
だが、セキトがやっている行動は酷く気味の悪いものだった。
母親が死んだ夫の真似をする娘を見て、罪悪感から胃の中のものを吐き出してしまう程には。
『“三国志”ってこれのことかな?』
三国志を読む。
まるで、罪人が贖罪を求めて
『これ……パパの現役時代のDVD』
父親のレスラー時代のDVDを見る。
まるで、そこに映る誰かとなり替わろうとするように。
現代に蘇った呂布という設定のヒールレスラー、マスク・ド・呂布。
そこに映る父親の話し方、性格。
そして、大本になった三国志の呂布。
『オレ様は……天下無双の……呂布奉先』
それらを混ぜ合わせて、
弱い自分はいらない。死んでしまえ。
必要なのは、理想の自分だけ。強い自分以外は必要ない。
そうした独りよがりな贖罪の果てに、セキトは。
「覚えておけッ! 陳宮! オレ様が目指すは天下無双ッ!! 此度の生でこそ、最強の呂布奉先の名を永劫不変のものとしてやるのだ! フーハッハッハッ!!」
―――
「……どうだ、くだらん話だっただろう?」
セキトの話を聞き終わり、私は深く目を瞑る。
今の話で大体わかった。セキトは父の死の理由を自らの弱さに求めたのだ。
そして、自らが最強と信じる父の真似をして、天下無双になろうとしている。
……今度は誰にも守られないよう、庇われないよう。
そうすれば、きっと大切な人を二度と失わないから。
「だが、これで分かったはずだ。オレ様は同じ過ちを繰り返さないように、天下無双にならねばならないのだ」
最強を目指す彼女の意思は固い。
だが、彼女は決定的な思い違いをしている。
「強くなれば…天下無双になれば…! オレ様が強ければ…ッ」
父親がセキトを守った理由を。
「
―――この大バカ者ッ!!
「ひッ…!」
私の怒声に気圧されて、セキトが子供のような悲鳴を上げる。
いや、実際に子供なのだろう。セキトは、彼女はあの日から何も成長していない。
心が成長せずに、図体だけがデカくなっただけの子供。
それが今の彼女だ。
そうだ。だからこそ、勘違いを正して成長させないといけない。
「か、勘違いだと…? このオレ様が…何を……」
セキトが強ければ守らなかったなど、余りにもバカげている。
仮に昔の彼女が今のセキトよりも強かったとしても、彼女の父はセキトを守ったはずだ。
「何を……強き者を守る理由など、どこにも存在しないはずだ」
いいや、愛する者を守るのに強い弱いは関係ない。
大切な誰かを守るのに、そんなことを勘定にいれる者はいない。
「愛…だと?」
そうだ。人類が、ウマ娘が、この世界に生まれて来てから、それは一度も変わらない法則だ。
ウマ娘より弱い人間が、ウマ娘を守るために命を投げ出す。
親より弱い子が、親を守るためにその身を盾にする。
愛は合理性などではない。抑えきれぬ感情なのだ。
ましてや、我が子への愛だ。セキトが何歳になろうとも、同じ状況になれば父は必ず守る。
「なんで…!
罪悪感から、無償の愛すら否定しようとするセキトに、ハッキリと言い切ってやる。
―――私も君を愛しているからだッ!!
「……へ? あ、愛…?」
彼女の父と比べれば卑小な愛だろう。
だが、私とてセキトのためなら、全てを投げ出せる覚悟を決めている。
何なら今ここで腹を切って証明してみせてもいい。
「やめてよッ! 陳宮まで死んじゃったら、セキトはどうしたらいいのッ!?」
まあ、腹切りはともかく、同じ愛を注ぐ者だからこそ分かる。
私だって同じ状況になれば、セキトを守るために命を懸ける。
強さなんて関係ない。愛する者を守るのは人の本能なのだから。
「でも…でも…それじゃあ…! パパも陳宮も死んじゃうよ!? セキトを守ったせいで死んじゃうよ!! そんなの嫌だッ! どうしたらいいのッ!?」
君が守ってくれ。
私が君を守るから、君は私を守ってくれ。
「……そうだ。セキトは……みんなを守ってあげるって……」
いつの日にか忘れてしまっていたことを想い出し、セキトは目を閉じる。
最初は強いから守ってあげようと思っていたのに、いつの間にか自分だけを守ろうとしていた。
誰かを失いたく一心で、1人の殻に閉じこもろうと藻掻いていた。
―――何かを守るためには、強さも必要なのは事実だ。
ここまで言ってきてなんだが、彼女が強ければ父親は死ななかったというのは否定しない。
お互いが守り合うことで、危機を乗り越えるのもまた人の本能だ。
「だったら……セキトは何も間違ってないじゃん……痛ッ!」
むくれて頬を膨らませるセキトに対し、私は強めのデコピンをお見舞いする。
彼女はまだ勘違いをしている。いや、現実から目を逸らしているとでも言うべきか。
ここから先は、彼女の父が本来行うはずだったことだ。
私などで代わりが務まるか心配だが、私がやるしかない。
きっと、彼女にとって一番必要なことなのだから。
―――セキト……どうして、パパとママとの約束を破って1人で外に出たんだ?
「あ………」
セキトの目を真っすぐに見つめながら、静かに叱りつける。
彼女の顔がサッと青く染まるが、私はその肩を掴み逃がさない。
彼女は誰かが叱ってやらなければいけない。
人の言うことをちゃんと聞かないとダメだと叱ってやらねば。
そうしなければ、セキトは永遠に12月24日に囚われたままだ。
―――1人でお外に出るのは、危ないからダメだよって言ったよね?
「その……えっと……」
本当にあの日のままなら、パパとママのためにサンタを捕まえに行ったと言うだろう。
だが、高校生になった彼女は知っている。サンタクロースなんて実在しないことを。
ありもしない幻想を追って本当に大切なものを失った愚か者を。
他ならぬ自分が、そのサンタクロースを殺してしまった悪い子だと知っている。
―――セキト。
だとしても、言わなければならない。認めなければならない。
自分が人の言うことを聞かなかったせいで、不幸が起きてしまった事実を。
「ごめん……なさい……約束を破って……ごめんなさい」
掠れるような声で、されどもしっかりと謝罪の言葉を告げたセキトを抱きしめる。
今のは、彼女の父が言わなければならなかった言葉。
そして今度は、言いたかった言葉だ。
―――よく言えたな、偉いぞ、セキト。
抱きしめたまま、あやす様にポンポンと背中を叩いてあげる。
小さな嗚咽が聞こえて来たので、彼女の顔を胸に押し付ける。
―――それと、生きててくれてありがとう。安心したよ。
「ごめん…なさい…! ごめんなさい…! 心配かけて…ごめんなさい…ッ! パパ!!」
そのまま子供のように、泣きじゃくるセキトを抱きしめ続ける。
きっと、彼女の父が生きていれば、こうしていただろうから。
「もう…しないから! パパとママの言うことを……ちゃんと聞くから…! 好き嫌いしないで…野菜も残さず…食べるから…ッ! ちゃんと…いい子にするからぁ…ッ」
お願いだから帰って来てよ、パパ。
そんな声にならない言葉を受け止めながら、私は誓う。
死者は蘇らないし、私もセキトのパパにはなれない。
だから、前に向かって歩んでいくしかない。
だが、その道の中で必ず。
―――セキト。
「……なぁに?」
―――
天を飛ぶウマ娘の異名通りに、空高く舞い上がって。
天国にいるお父さんにも届く程の歓声を浴びよう。
私達が、天下無双だと。
「フ…フハハハハ! 天下無双だというのに2人でだと? 2人と無いという意味が矛盾するぞ。ああ……だが、その無謀を平然と告げるからこそ、オレ様の――」
普段の調子を取り戻し、上目遣いでこちらを見上げセキトが笑う。
それは子供のような無邪気な笑みでも、いつもの傲岸不遜な笑みでもない。
「―――
1人の魅力的な女性の笑みだった。
セキトは呂布ではなく、赤兎馬なのです。
赤兎馬は主を2回失ってるんですよね(呂布、関羽)
さて、丁度1万字ぐらいで綺麗に過去編が終わったので、レースは次回になります。
次回はシービーとの再戦。追い込み対決です。