呂布を名乗るウマ娘   作:トマトルテ

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8章:天地迅(てんちじん)

 

「放送席、放送席。こちら見事、天皇賞春を制したシンボリルドルフ選手のインタビューになります。まずは天皇賞優勝おめでとうございます!」

「ありがとうございます。これも応援してくださるファンや学園関係者、それに常に傍で支えてくれるトレーナーのおかげです」

 

 天皇賞春の勝者、シンボリルドルフへと数えるのも馬鹿らしくなる程のマイクが向けられる。

 無数のフラッシュは、もはやビームか何かと思いたくなる程だが皇帝は身じろぎ1つしない。

 民草が偉大なる皇帝の前にくれば感動のあまり、我を失うのは当然のこと。

 それを許してやるのが王としての器というものだとでも言うように。

 

「大阪杯に続き、ミスターシービー選手を下してのGⅠ連勝。そして、大阪杯、天皇賞春とくれば、狙うは宝塚記念での春三冠の偉業だとファンの間では早くも期待の声が寄せられていますが、ズバリ今後の展望はどのようにお考えでしょうか?」

「展望と呼ぶかは分かりませんが、質問にお答えする言葉があるとすれば1つ──―無論だ」

 

 シンボリルドルフの強く言い切った言葉に、取材陣からは一斉に声が上がる。

 やはりか、今度の号外はこれで決まりだな。

 そんな声を聞きながら、ルドルフは内心で1人ほくそ笑む。

 この流れならば、私が期待している質問も必ずしてくるだろうと。

 

「素晴らしい意気込みです! 私、1ファンとしての情熱が抑えきれません!!」

恐悦至極(きょうえつしごく)。楽しみにしていただけるのなら、私も喜ばしいことです」

「しかし、宝塚記念となれば今回は出走しなかったマルゼンスキー選手、そしてセキト選手といったライバルが出走してくるかと思います。特に今回、本命と言われていたにも関わらず不在のセキト選手ですが、もしや大阪杯での怪我が良くない方向に向かっているのではないかと噂になっております」

 

 今回の天皇賞ではマルゼンスキーとセキトは出走していない。

 間近に控えた“ヴィクトリアマイル”に出走予定のマルゼンスキーはともかく、セキトの方は音沙汰がない。

 

 今まで、無秩序にレースに出走していたセキトがピタリと出なくなっている。

 これは何かトラブルがあったのではないかと、見る関係者がほとんどだ。

 そして、この件について自分も何かを聞かれると考えていたルドルフの予想通りだ。

 

「まず初めに、セキトはすこぶる元気です。皆さんが思っているような事態にはなっていません」

 

 ハッキリと言い切るシンボリルドルフ。

 その物言いに今度は驚きの声が上がる。

 いくらライバルとは言え、他陣営のウマ娘の状態に対してそこまで言い切れるのかと。

 

「あの……それは本当に?」

 

 なので、当然記者達は疑ってかかる。

 だが。

 

「──―私の言葉を疑うか?」

 

 一蹴される。

 たった一言で、あれ程ざわついていた記者達は水を打ったように静まりかえる。

 誰もが皇帝への失言は死に値すると悟ったが故に。

 

「ああ、威圧するつもりはなかったんだ。すまない。だが、セキトの状態は今言った通りなのは事実だ。何も心配することはない。そう、何も」

 

 普段の礼儀正しい敬語は消えた。

 だが、誰もそれがおかしいとは思わなかった。

 皇帝(頂点)に立つ者が、誰かを敬うなどそちらの方が余程おかしいだろう。

 

「それにね、私達は最近少し考えを変えたんだ」

「それは一体、どういったお考えで?」

「皆が私達から逃げるなら、私達の方から皆の所に足を運ぼうとね」

 

 皇帝シンボリルドルフからの現状に対しての苦言。

 栄えあるGⅠレースであっても、三凶が揃うレースには他のウマ娘は出走しない。

 これでは長期的に見ればトゥインクルシリーズ全体の損益に繋がりかねない。

 そのためにどうするかの答え。

 

 ただ、三凶が勝つという構図ではなく、別の構図にして盛り上げてやればいい。

 

「つまりそれは…?」

「中・長距離は皇帝の領土。短距離・マイルは怪物の縄張り。ダートは将軍の征服地」

 

 つらつらと、たんたんと。

 それが事実であることに疑問など抱くことすらなく、ルドルフは語っていく。

 

「私達が全てを支配しよう。他の者の安寧の地など、もはやどこにもありはしない」

「もしかして……それは、3人の出走レースをばらけさせ……他のウマ娘達の逃げ場を潰すということでしょうか…?」

 

 ルドルフは記者の問いに答えない。

 当たり前のことに、返事をする必要などあるのかとばかりに。

 ただ、冷徹に玉音を繋げていく。

 

「もう私は、レースを3人で勝って、3人で喜ぶのに飽きているんだ」

 

 ヒヤリとした怒りが会場全体に広がる。

 続いて溢れ出る、傲慢な程に絶対的な自信。

 

 獅子がウサギを狩れることに疑問など抱くはずもない。

 私達が走れば勝つのは当たり前のこと。

 シービーですら、もはや敵と見なしていない。

 だからこその、退屈というの名の怒り。

 

「太陽のように照らすだけでは君達を導けない。時には北風も必要だと私は悟った」

 

 太陽が分厚い雲に覆われて隠れていく。

 そして、日差しの代わりに冷たく鋭利な北風が吹き荒れ始める。

 まるで、自分の方が強い厄災だと()()()()()()()

 

太陽(皇帝)は、しばし休養だ。今からは……」

 

 おもむろにルドルフは、勝負服の()()()()()()をはずす。

 そして、その手袋を無数のカメラの前へ──―投げつける。

 

 

「──―北風(魔王)シンボリルドルフだ」

 

 

 左手の白い手袋。

 それを投げつけるという行為は、古来より。

 

「さあ! 存分に抗い、歯向かい、楯突き、反抗するがいい!!」

 

 決闘の申し込みの作法とされる。

 つまりシンボリルドルフは、この会見で、この瞬間に。

 三凶以外の全てのウマ娘を相手に。

 

 

「君達もそろそろ──―逃げるのに飽きてきただろう?」

 

 

 喧嘩を売ってみせたのである。

 

 

 

 

 

「フゥン……面白いことをするではないか、ルドルフの奴め」

 

 スマホでルドルフの生中継を見ながら、セキトが不敵な笑みを浮かべる。

 事前に迷惑をかけると、ルドルフのトレーナーに伝えられていたが、実際に見てみるととんでもないことをしたものだと改めて実感する。

 

「全てのウマ娘(もののふ)を敵に回すとは……胸が躍るな陳宮!」

 

 セキトの言うように、これは三凶以外への宣戦布告。

 余りにも三凶が勝ちすぎるために、トゥインクルシリーズ全体の人気の低下を招きかねない。

 それを危惧したシンボリルドルフが打ち出した策。

 

 トゥインクルシリーズ全体の構図を、三凶(魔王)に立ち向かう他のウマ娘(勇者達)というものに変えるという奇策。

 

 勝利を望まれるヒーローから一転、その身をヒールに堕としてでもトゥインクルシリーズを守ろうとする、ある意味で彼女らしい自己犠牲の精神。そして。

 

「しかし、奴にしては随分と悪辣な手だ。他のウマ娘(もののふ)の逃げ場を奪っているのだからな」

 

 他のウマ娘達の退路を完全に塞ぐ、悪知恵だ。

 

「これでオレ様達の出るレースで、数が少なくなればマスコミや愚民共から逃げたと言われるのは明白。フゥン、否応にも背水の陣を敷かねばならんということだ」

 

 今までならば、ヒーローが三凶だった。敵が逃げても誰も気にしない。

 だが、今度は彼らがヒーロー側に立たされた。ヒーローに逃げは許されない。

 全ての人を幸福にしたいというルドルフらしからぬ策ではある。

 

 しかし、全体主義の彼女の行動と考えれば納得もいく。

 直接、三凶と戦わねばならないのは、彼女達の同じ世代がメイン。

 だが、トゥインクルシリーズの人気が下がれば、それよりも遥かに多くのウマ娘に影響が出る。

 より大きな視点から、個よりも全を優先しただけなのだ。

 

「………だが、奴が最も目立つと言うのは気に食わんな」

 

 しかし、セキトは知っている。

 ルドルフの本質は優しさであると。

 

「オレ様が動けん間の人気の独り占めでもするつもりか……フゥン、いらんことをしよって」

 

 三凶対それ以外と名を打ってはいるが、これだけやれば矢面(やづら)に立つのはルドルフだ。

 他の2人に迷惑が行かないように配慮している。

 さらに言えば、こうした行動の背景にはセキトの復帰までの時間稼ぎの側面もある。

 

 ルドルフ本人は決して言わないが、セキトが再び他の三凶と戦える力をつけようとしているのは知っている。そして、私が納得のいく肉体になるまで、セキトに他の2人とのレースを禁じたことも。3人のレースをばらけさせると言ったため、セキトが2人との対決を避けても何も言われないという気遣いなのだろう。

 

「待っているがいい。すぐに、その調子に乗った面を歪ませてやるわ」

 

 それが分かっているからか、セキトは気に入らなさそうに鼻を鳴らす。

 以前ならば、勝手なことをするなとルドルフに怒鳴りこみに行ったかもしれないが、今は違う。

 若干ではあるが、誰かに頼ることを覚え始めている。

 

「陳宮! 怠けている時間はないぞ! すぐに修行を再開させろ!!」

 

 だが、気に入らないものは気に入らないらしく、トレーニングを再開すべく勢いよく立ち上がる。

 その姿勢は私も大いに助かるのだが、残念なことにすぐに再開という訳にはいかない。

 

「なに? 飯がまだだと…? も、もう今日は3食も食ったではないか!」

 

 たんぱく質をメインとした、私特製の弁当を取り出すとセキトが途端にうろたえ始める。

 これからは、毎日6回の食事を摂ってもらうと言ったことを、もう忘れたのだろうか?

 

「覚えておるわ! ただ、毎日6食も取る必要が本当にあるのかと聞いているだけだ! 流石にそろそろ吐きかねんぞ!?」

 

 吐いた場合はちゃんと吐いた分だけ、新しい食事を用意するので問題はない。

 

「……鬼か、貴様」

 

 ドン引きした顔で後退るセキトだが、私は気にしない。

 元々、菓子ばかり食べて少食だったセキトは、あまり食べるのが好きではないらしい。

 だが、こればかりは心を鬼にして徹底させなければならない。

 私は辛抱強く丁寧に、再度説明を始めることにした。

 

「空腹状態で運動すると、筋肉が分解される。それを防ぐため空腹にならないように、朝食・10時・昼食・15時・夕食・就寝前の6回に分けて飯を取る……分かる。分かるのだ、貴様の言っていることは! だが、それならば1日の食事量が6分割されるだけではないのか? 明らかに以前よりも量が増えているではないか!! 太るぞ!!」

 

 セキトの言うように、本来は食事の回数を増やすだけで量を増やすことはない。

 過剰なカロリーは当然、健康への被害を生み出すものなのだから。

 だが、大前提として今までのセキトの食事量は()()()()()()()

 

 そのせいでセキトは、ウマ娘だというのに胃の容量が普通の女子高生ぐらいしかない。

 何も力士のように吐くまで食べて、胃を大きくしろとは言わないが、とにかくは今は多く食べられる体に改造したい。

 

 これも元はと言えば、私のトレーナーとしての能力が低かったために起きたことなので、彼女には申し訳ないことだが、だからといって弱くなる習慣を続けさせるわけにもいかない。何より、摂取したカロリーを消費するだけの練習メニューは組んである。間違っても太り気味になることはない。

 

「な、ならば、修行の組み立てを変えることは出来んのか? 最近は筋力と体力ばかり鍛えて、他が疎かではないか!」

 

 確かに最近のトレーニングは、肉体づくりを目的としたものに重きを置いている。

 バランスが悪いと言えば悪いのは事実だ。

 

「そうだろう! そうだろう! ここは1つ賢さでも鍛えて、いやレース(死合い)で速さを鍛えても──」

 

 

 ──―賢さでルドルフに、速さでマルゼンに勝てるとでも?

 

 

「…! ………ッ」

 

 反論をしようとして、口を開くが大阪杯を想い出して、苦々し気に口を閉じるセキト。

 

 シンボリルドルフのレースを読む力。

 マルゼンスキーの脚の速さ。

 ハッキリ言って、それらは天賦の才を持つ者しかたどり着けぬ領域(ゾーン)だ。

 同じ方向性で鍛えても追いつけはしない。

 

 だからこそ、こちらもセキトだけの領域(ゾーン)に。

 否、領域の先の開かずの扉の先の()の領()

 

 ──―神域(タブー)に踏み込む必要がある。

 

「ッ! オレ様は……力と体力で奴らを超えろと言うことか?」

 

 戦いというのはいつだって、自分の得意を相手に押し付けるものだ。

 ならばセキトは、他の2人よりも秀でているフィジカルを更に強化するのが一番だ。

 

 わざわざ相手の得意に乗ってやる必要はない。

 何より横綱相撲とは、相手が自分より弱い時にのみ出来る行為だ。

 故に、今の()()()であるセキトにそれを行う資格はない。

 

「ぐッ……いいだろう。オレ様は…オレは……弱い。貴様の言うとおりにしていれば……強くなれるのだな?」

 

 必ず私が君を天下無双のウマ娘にする。

 

「フゥン、そこまで言うのなら……いいだろう。このセキト! 食も敵も全てを喰らい尽くしてやろう!!」

 

 私との会話でやる気が回復したのか、セキトはちょっと涙目になりながらも箸を手に取る。

 その姿に私も安心し、次のトレーニングプランを見直そうとしたところで。

 

 

 グギュるるるるるるるるる……

 

 

「……なんだ、陳宮。オレ様ではないぞ、貴様の後ろの白い奴だ」

 

 突如として聞こえてきた()()の唸り声。

 否、特大のお腹の音。

 一体誰のものだと、私はセキトの言うように後ろを振り返る。

 するとそこには。

 

「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだ。ただ……」

 

 長い葦毛(あしげ)のウマ娘が申し訳なさそうに立っていた。

 葦毛の娘は申し訳なさそうに瞳を細めた後に、意を決したように尋ねて来る。

 

「1日6食という話が聞こえてきて著しく冷静さをかいてしまった。すまないが、私に詳しくその話を聞かせてくれないか?」

 

 どうやら、私達の話を聞いていたらしい葦毛のウマ娘は、1日6食という話に興味を持ったようだ。なんと練習熱心な娘だろうと私は感心し、構わないと頷こうとし──

 

 グギュゴゴゴゴゴゴゴォ……

 

「……おい…食うか?」

「いいのか!? すまない、道に迷ってお腹が空いていたんだ! 恩に着る」

 

 再び響いたお腹の音に考えを改める。

 この葦毛の娘は練習熱心なのではない。

 ただ、食べるのが大好きな娘なのだ。

 

「そうだ、まだ名前を言ってなかったな。私は──」

 

 セキトに出された弁当に涎を流しながらも、葦毛のウマ娘はまだ名乗っていなかったと、律義に名乗りをあげる。

 

 

 

「──―オグリキャップだ。よろしく頼む」

 

 

 

 

「そうか………1日6食と言っても、分割するだけで、食べられる量が増えるわけではないんだな………」

 

 私の説明を聞いたオグリキャップはしゅんとした表情で耳を倒す。

 因みに、セキトがあげた弁当は手品かと思う程の速さで消えた。

 これには流石の私とセキトも目を点にするしかなかった。

 もはや早食いという次元ではない。

 

 擬音にすると、モッ、ペッの2音で終わっていた。

 

「1日6食なら、お腹いっぱい食べられると思ったんだが……トレーニングというのは難しいな」

「フゥン、オレ様には3食でも多いぐらいだ。戦場(いくさば)でいつも食えると思うなよ、砂利」

「そうか? トメさんも、腹が減っては戦は出来ないとよく言っていたぞ」

「………フゥン」

 

 明らかに大食いのオグリキャップに、呂布っぽくマウントを取ろうとするセキト。

 だが、オグリキャップの戦という言葉を使った返しに、すぐに何も言えなくなっていた。

 因みにオグリキャップは少しも気分を害しておらず、どうも天然で返したらしい。

 

「それで、貴様は何故オレ様達の下に来たのだ? トレーニングなら別の場所でやれ。オレ様は忙しいのだ」

「ああ、そうだ! 1日6食の衝撃で忘れてた。これから生徒会室に()()()()()の申込書を出しに行く途中だった。思い出させてくれてありがとう」

 

 ポンと手を打ち、セキトの邪険な態度もまるで気にせずに礼を言うオグリキャップ。

 そんな態度にセキトは何とも言えぬ顔をするが、これ以上関わる気はないとそっぽを向く。

 

「お弁当をありがとう。とても美味しかった。それじゃあ、私はこれで」

 

 私とセキトに丁寧に頭を下げ、オグリキャップは歩き去って行く。

 ……何故か校舎とは真反対のグラウンドに向かって。

 

「……おい、待て。貴様どこに行くつもりだ」

「…? 生徒会室だが…?」

「そっちは真逆だ! そもそも生徒会室なのだから、校舎にあるに決まっているだろう!!」

 

 思わずといった様子でツッコミを入れるセキト。

 だが、とうのオグリキャップは不思議そうに首を傾げるばかりだ。

 よくよく考えると、生徒会室に行く途中に練習グラウンド付近を通るわけがない。

 最初からオグリキャップの行動はおかしかったのだ。

 

「言われてみれば……ありがとう。どうにも都会やトレセン学園は迷路みたいで困る」

「建物でも目印にすればいいだろう。バカか、貴様?」

「建物か……都会の建物はどれも同じ見えてしまうんだ。笠松の木や土なら分かりやすいんだが」

 

 笠松……確か地方のトレセンがあった場所だ。

 どうやら、オグリキャップはセキトと同じように、地方からやってきたウマ娘のようだ。

 つまり、地方には()()()()()()()()()()に中央に来た猛者の可能性がある。

 

「しかし困ったな……このままでは迷子になって(うち)に帰れなくなりそうだ」

「………迷子」

 

 どうしたものかと頭を悩ませるオグリキャップ。

 そんな姿にセキトはどこか苦々し気な顔を浮かべる。

 ……恐らく、自分が迷子になって、父親を死なせてしまった過去を思い出しているのだろう。

 

「地図だと北が上だから、このまま前に進めば……うん? それだとさっきと同じになるのか?」

「…………」

 

 案内してあげたら?

 そう言おうかと思ったが、グッと堪える。

 私が言っても意味がない。

 ここはセキトの成長を見守ることにしよう。

 

「……おい。ついて来い」

「いいのか? 練習の途中じゃないのか」

「フゥン、ルドルフに文句を言う予定を忘れていただけだ。貴様はついでだ」

「ありがとう! セキトは優しいんだな!!」

「…! ……フゥン、陳宮少し待っていろ」

 

 御意に。

 私は(うやうや)しく一礼し、セキトとオグリキャップの後ろ姿を見送る。

 さて、セキトが生徒会室に行っている間に、オグリキャップにあげた弁当の代わりを用意してくるとしよう。セキトはオグリキャップに弁当をあげることで体よく逃げられたと思っているかもしれないが、甘い。

 

 私はもう彼女を甘やかさない。

 

「おい! 貴様何故案内しているのに別の方に行くのだ!?」

「すまない、あっちから美味しそうな匂いがしたんだ」

「そっちは食堂だ! そもそもすぐ前に食ったばかりだろう!?」

 

 ……それはそれとして、彼女達は無事に生徒会室にまでたどり着けるだろうか。

 

 

 

 

 

「やあ、生徒会室に何かごようかい? ルドルフに用なら少しして出直した方がいいよ」

「……()()()()()()()()、何故貴様がここに居る?」

 

 オグリキャップを伴い、生徒会室に訪れたセキトを迎えたのはシンボリルドルフ。

 ではなく、別の三冠馬ミスターシービーだった。

 

「アタシも生徒会のメンバーだよ。まあ元だけど」

「フゥン、まぁいい。それに用があるのはこの葦毛の砂利だ」

「うん? ああ、選抜レースの申込書か。それだったら、ここに置いておけばいいよ。後はルドルフがやってくれるから」

「分かった、ありがとう」

 

 オグリキャップがいそいそと申込書を出しているのを横に、シービーはセキトに話しかける。

 

「へぇ……キミが後輩の手助けなんて珍しいこともあるんだね」

「フゥン、暇だったから付き合ってやっただけだ」

「その割には、如何にも練習途中で抜けてきたような恰好をしてるね」

「…………」

 

 シービーのからかうような言葉に対し、セキトはこれ以上は何も話す気はないとばかりにそっぽを向く。その様子をしばらく楽しそうに眺めていたシービーだったが、やがてスッと目を細める。

 

 まるで、獲物を見定めるように。

 

「ねぇ、セキト。キミは次はどのレースに出るの?」

「……未定だ」

「だったら、アタシと勝負しない? この前は逃げだったけど、今度は追い込みでキミに勝ってみたいんだ」

 

 アタシとキミ、どっちの追い込みが上か試してみようよ。

 

 そう言って、ミスターシービーは挑発するようにウィンクを送る。

 まるで、男を誘惑する女のような色気をもって。

 

「フゥン……いいだろう。このオレ様を挑発したことを後悔するがいい!」

 

 その挑発にセキトはいつものように乗ってみせる──

 

「と、言いたいところだが……トレーナーに確認を取らねばな」

 

 ということはなく、自らの携帯を取り出し陳宮へと連絡を入れ始める。

 そんな、以前のセキトらしからぬ姿にシービーは目を丸くする。

 

「……………というわけだ、陳宮。可能か? ……ルドルフ達が出てきそうなGⅠ以外ならいいか。フゥン、つまらん。……だが、貴様のことだ。何か考えがあってのことだろう。いいだろう、従ってやる」

 

 少し不満げではあるが、陳宮の指示に頷くセキト。

 そして、携帯を切りシービーへと向かって憮然(ぶぜん)と言い放つ。

 

「GⅠ以外なら受けてやる。それ以外なら他所を当たれ」

 

 人の言うことをちゃんと聞き、あまつさえ売られた喧嘩をスルーする宣言をするセキト。

 まるで牙を抜かれ、飼いならされた獣。

 脅威などまるで感じない大人しい犬。

 

「キミは……変わったね」

 

 だが、シービーにはそれが何よりも恐ろしく見えた。

 言うなれば、前のセキトは本能のままに狩りをしていた一匹狼。

 そして、今のセキトは狩人と完璧に連携が取れる猟犬。

 

 いたずらに暴を振りまく嵐ではなく、狙いを定めて対象を殺す雷だ。

 

「うん──―ますます、楽しみになったよ!」

 

 だからこそ、ミスターシービーはゾクゾクとした表情で嗤う。

 それでこそ、勝負のしがいがあると。

 

 同じ脚質の頂点を決める戦い。

 相手が強い方が楽しいに決まっている。

 

「GⅠがダメなら、GⅢの鳴尾記念(なるおきねん)はどうかな? 芝2000m、宝塚の前哨戦……なんて言葉をひっくり返すレースにしようか」

「フゥン、走る以上は勝つのはオレ様だ」

 

 他のウマ娘には不幸なことに、ここに三冠馬と将軍の参戦が決まる鳴尾記念。

 このことを知れば、如何なるウマ娘も注目を避けられないだろ──

 

 

 グギュるるるるるるるるる……

 

 

「話の途中にすまない。お腹が空いてつい」

 

 訂正。ここに食い気の方を優先しているウマ娘が居る。

 

「……ついて来い。食堂まで案内してやる」

「本当か!? すまない、恩にきる!」

「あははは! こんなに大きなお腹の音を聞いたら、アタシも何か食べたくなっちゃったな」

 

 剣呑な空気は消え、3人のウマ娘は仲良さげに食堂の方へと消えていく。

 そして、誰も居なくなり静かになった生徒会室に主が帰って来る。

 

「今戻ったよ、シービー……留守を頼んでいたはずなのだがな。まあ、そんな気はしていたが」

 

 生徒会室に戻ってきたシンボリルドルフは、居るはずの人間の姿を探すが見つからずにすぐに諦める。ミスターシービーを1つの場所に縛り付けて置くなど、そもそも無理だったのだと溜息を吐きながら。

 

「ん、この申込書は……そうか、彼女が来たのか。さて、どれ程のものか、お手並み拝見だな」

 

 気を取り直して、生徒会長の椅子に座った彼女の目に入ってきたのは1枚の申込書。

 それを手に取りながら、シンボリルドルフは小さく笑う。

 

「──―葦毛の怪物」

 

 

 

 

『阪神レース場、春のGⅢ鳴尾記念。今ここに開幕です』

『春のグランプリ、宝塚記念の前哨戦となる戦いに今回も有望なウマ娘達が集まっています』

『注目は何と言っても、三強の一角セキト。そして、ミスターシービーの2名でしょう。この2人の戦いに例年よりも多くの観客が詰めかけています』

 

 ザワザワ、ガヤガヤとGⅠレースと遜色のない賑わいが阪神レース場に響く。

 三凶が出走するときに見られた、ゲートの人数割れも特には起きていない。

 至って、正常に見えるレースだ。

 

『ヴィクトリアマイルを制覇したマルゼンスキーに続き、今回のセキトも1人での出走。シンボリルドルフの宣戦布告通りに三強が揃うレースはまだありません』

『宝塚では流石にマルゼンスキーとシンボリルドルフは揃うでしょうが、セキトは帝王賞の方を優先すると噂も流れていますからねぇ。3人揃うよりは他のウマ娘達は気が楽でしょう』

『三強が全員揃った場合は勝ち目がほぼありませんからね』

 

 実況と解説が何気ない会話を行う。

 それを聞いた観客達も何気ない事実を言っているだけだと、特に気に止めない。

 だが、ウマ娘やそのトレーナー達は違う。

 

 無意識下でなめられているという事実。

 大人が子供相手に手を抜くような、誰も侮辱とすら思わないような自然な見下し。

 それらに対して一言では表せない苦い感情を抱いている。

 

『さあ、この中から三強の背に追いつけるものは出てくるのか、注目です』

『ミスターシービーに期待です。彼女なら大阪杯の時のようにセキトに勝ってくれるかもしれません』

『あの時は逃げでしたが、今回は是非とも追い込みでの対決が見てみたいものですねぇ』

 

 期待を寄せられるのはミスターシービーぐらいのもの。

 会場の誰もが2人の追い込み対決にしか期待していない。

 誰1人として、新しいヒーローが誕生するとは考えていない。

 

『さあ、今1番人気のセキトがゲートインしました』

『大阪杯の敗北から、明らかに鍛えなおして来たバ体ですねぇ。ほれぼれするような見事な仕上がりです』

『さあ、セキトがその名実に相応しい走りを見せてくれるのか……全ウマ娘がゲートに入りました』

 

 それにさらに拍車をかけるのが、セキトの状態だ。

 いつもの鎧ではなく、体操服になり惜しげもなく晒された脚は遠目にも分かる程に筋肉がついて来ている。さらに、精神的にも僅かに成長したおかげか、表情もより研ぎ澄まされたものへと変化を遂げていた。

 

 どこの誰が見ても大本命の1番人気である。

 

『そして今、運命のゲートが……』

 

 だが、シンボリルドルフに絶対はあっても。

 

 

『開かれたッ!!』

 

 

 レースに絶対はない。

 

『全てのウマ娘達が一斉に駆け出していく! 注目の1番人気セキトは最後方。そして、ミスターシービーも……後ろだッ!』

『これは間違いなく追い込み対決、レース終盤での競い合いに注目です!』

 

 出遅れか?

 観客を不安にさせる程に後方に位置付けるセキトとシービー。

 だが、2人の顔に焦りなど欠片もない。

 

『まるでお互いが譲り合うように最後尾につく、セキトとミスターシービー。場主さん、これは一体?』

『ただ単に勝つ。というだけでなく、どちらの末脚が上かを示す戦いでしょうねぇ、これは』

『つまり?』

 

 どちらの追い込みの方が優れているのか。

 それを万人に証明するにはどうするのが一番効率的か。

 

 タイム? 速度? 勝利?

 全て違う。どちらが追い込みにおいて上かを証明するシンプルな手段。

 それは。

 

『お前を抜いて勝つ、ということです』

 

 相手を追い抜いて勝利すること。

 

『なるほど! ですが、そうなってくると必然と終盤まで前に出ることが出来ません。これはレース展開として非常に厳しいものではないですか、場主さん?』

『はい、おっしゃる通りです。レース全体でなく、個人しか見ていないようなものですからね、これは。危険なレース運びです』

 

 お互いの実力が近ければ近い程、先に仕掛けた方が有利なのは事実。

 しかし、先に仕掛けては自分の方が上なのだと証明できない。

 だが、あまりにそれに固執すると他のウマ娘達に追いつけなくなってしまう。

 

 これはチキンレース。

 先に仕掛ける方が安全で、勝つ確率も上がる。

 だが、それでは意地の張り合いに負けてしまう。

 

『名を取るか、実を取るか。それとも、どちらも取れずに負けてしまうのか? この勝負、目が離せません!』

 

 誰もが先頭を行くウマ娘でなく、最後方の2人を見つめる。

 並び合う2人、どちらが先に仕掛けるか。

 その瞬間を今か今かと待ち望み。

 そして。

 

 

『レース後半300m!! ここでセキトが先陣を切ったぁッ!!』

 

 

 まず、セキトが先手を取った。

 遥か彼方に見える先頭の背に見据えて、グンッと脚に力を込め天に舞い上がる。

 

『そして! ミスターシービーも待ってましたとばかりに加速するッ!!』

 

 それに続き、ミスターシービーが追い上げる。

 弓のようにしならせた脚で大地を揺らし、空を駆ける天馬を撃ち落としにかかる。

 

『痛烈っ! 爽快ッ! 一閃ッ!!

 天地を駆ける2人が他のウマ娘を引きちぎっていくッ!!』

 

 前を行くウマ娘達との差など、もはや幻だ。

 天を駆けるウマが我が物顔で先頭を行き、地を震わせるウマがそれを追う。

 

『さあ、どちらが勝つのか! どちらが誇りを証明するのか!?』

『残り200m!! 我こそが追い込み最強だと高らかに叫ぶのはどちらだ!?』

『もはや誰もこの2人の勝負には入り込めなーいッ!!』

 

 どちらが勝つのか。

 天と地を走るウマ娘、どちらが強いのか。

 誰もがそれ以外のものを視界から外した、その瞬間。

 

 白い何かが視界の外を走り抜けた。

 

『いや! 追っている! え!? 追っている!?

 5番が5番が! 2人の怪物を追走しているッ!?』

 

 ザワリと場内の空気が変わる。

 2人だけの世界、セキトとシービーだけの勝負。

 そう誰もが思っていたのに、突如として同じ世界に分け入るウマ娘が1人。

 

『速い! 迅い(はやい)ッ!! まさに天と地の間を駆け抜ける雷がごとし!!』

『予想外ッ! 想定外ッ! まさか2人に食らいつけるウマ娘が居るとは思ってもいませんでした!!』

 

 天と地のウマの間を葦毛のウマ娘が駆け抜ける、追い込んでいく。

 そのあり得ない事態に、まずシービーが驚いて振り返り──―抜かれる。

 

『シービーを抜いた!? あのミスターシービーを追い抜いたッ!?』

『誰だ!? このウマ娘は!?

 誰だッ! この()()はッ!?

 誰だ!? この――ッ』

 

 興奮と困惑、驚愕の声が場内の至る所から湧き上がる。

 それを聞いてか、セキトも憮然とした表情で振り返る。

 そして、その目に映す。

 

 白い葦毛の毛並みを。

 透き通るような青い瞳を。

 その──―信じられぬほどに()()()()()を。

 

 

 

『―――白い稲妻はぁあああッ!?』

 

 

 

 天と地の間を駆け抜けるのは白い稲妻。

 まさに雷のような衝撃を見るもの全てに与えた葦毛のウマ娘の名前は。

 

『タマモクロスッ!! タマモクロスッ!! タマモクロスッ!!』

『5番タマモクロスが先頭を行くセキトに肉薄するッ!!』

『まさに疾風迅雷!! ターフを駆け抜ける稲妻がこの阪神レース場に波乱の嵐を巻き起こす!!』

 

 葦毛のウマ娘、タマモクロスが一歩、一歩と前へと踏み込むたびに場内が揺れる。

 目に見えるようにセキトに近づく度に空気が震える。

 さながらそれは、小さな巨人の進撃。

 史上最大の下剋上。

 

『残り100m!! 聞こえますかッ!! この万雷の歓声が!! 魔王(さんきょう)を打ち負かさんとする小さな勇者へのエールが!!』

『起こるかもしれません!! 今日ここで!! 下剋上がッ!!』

 

 突如彗星のように現れたルーキーの存在に誰もが狂喜する。

 まるでGⅠレースのような盛り上がりで、観客達が立ち上がり歓声を飛ばす。

 そんな中、ただ1人。

 

 ──―陳宮だけはすました顔で笑っていた。

 

『さあ! ゴールは目前だ!! このままタマモクロスが差し切るか!? 大金星をあげるかッ!?』

『それともセキトが三強の意地を見せるか!?』

 

 ゴールまであと僅か、そんな中でタマモクロスは内心で勝利を確信していた。

 

(いける! このまま差し切ればウチの勝ちや!!)

 

 自分の脚ならば超えられる。目の前の強敵を打ち負かせる。

 もっと上の領域(ゾーン)に踏み込める。

 そう、慢心ではない確かな自信を抱いていた。

 

(三凶がなんや! 体がデカいのがなんや! レースで勝つんは……強い方やッ!!)

 

 そして、今。

 セキトを追い抜くべく、最後の力を脚に込めて──

 

 

 

「―――調子にのるな」

 

 

 

 ──―自らの首が斬り落とされる瞬間を幻視した。

 

『今、セキトが先頭でゴールしました!! 三強はやはり、そう簡単には負けてくれない!!』

『ここはしっかりと意地を見せつけましたねぇ。ですが、負けたタマモクロスも本当に素晴らしい走りでした。ミスターシービーを相手に先着したのは大金星と言って差し支えないでしょう』

 

「タマモクロス惜しかったなぁ、()()の差だったのになぁ」

「でも、いざ三凶が負けそうになると、応援しそうになるよね」

「ああー、その気持ちわかる」

 

 歓声に沸き、興奮気味に感想を言い合う観客達。

 そんな中、タマモクロスは1人俯き、震える手で自らの(くび)を抑えていた。

 

(なんや…? なんや今のは…!?)

 

 呼吸はレース中以上に荒く、汗は冷たくべっとりとしたものが流れている。

 本気で殺されたと思った。

 だから、最後の最後で怯んでしまいクビ差で負けてしまった。

 まるで、その部分だけ切り落とされてしまったかのように。

 

「おい……砂利。貴様の名は?」

 

 そんなタマモクロスの下にセキトが声をかけて来る。

 長身のセキトと小柄なタマモクロス。

 誰が見てもセキトの方が大きい。

 だが、今のタマモクロスには、そんな物理的な身長差以上に。

 

(これが…三凶…ッ)

 

 セキトが禍々しく大きく見えた。

 例えるならそれは、血に染まった髪に、冷たい金色の瞳を持つ魔物。

 

 自身の理解の範疇(はんい)を超えた慮外(りょがい)の怪物。

 人は分からないものを恐れる。

 その本当の意味をタマモクロスは今初めて理解した。

 

 だが、それでも。

 

「タマモクロスや! 文句あっか!?」

 

 負けてなるものかと小さな体で、大きな勇気をもって吠えたてる。

 弱い犬程よく吠えると言われても仕方ない。

 だが、彼女は立ち向かうことをやめない。

 

 吠えるのをやめた時こそが、本当の敗北だと理解しているから。

 

「フゥン……タマモクロスか」

 

 タマモクロスの名前を聞き、セキトはほんの少しだけ嗤い、背を向ける。

 そして。

 

「せいぜいオレ様の背を見失わんことだな、タマモクロス」

「…ッ! 言われんでも、すぐに追い抜いたるわ!」

 

 以前のセキトからは考えられないエールを送り、歩き去って行く。

 そこへ、ミスターシービーが笑いながら声をかけて来る。

 

「いやぁ……完敗だね。まさか君以外にも負けちゃうなんて」

戦場(いくさば)でオレ様しか見んからだ。流れ弾で死んだ名将は数知れんぞ」

「あははは、こればっかりは反省だね。アタシと違って君は初めからあの葦毛の子を警戒してた。そもそも、アタシより先に仕掛けたのも油断してなかったからかな」

 

 セキトに集中するばかりに他のウマ娘への対策が疎かだったと、シービーは反省する。

 他のウマ娘もセキトは研究していた。さらに、どちらの追い込みが上か勝負しようと煽られたうえで、さっさと仕掛けて勝利を取りに行った。油断も慢心もなしに勝ちに徹したのだ。

 

「フゥン、知らんのか。『策を練らねばならぬのは、弱い方だ』とな」

「…! アハハハ! そっか、そうだね。それじゃあ、今度はアタシが策を練る番だ」

 

 以前、貴様(シービー)に負けた弱い方(セキト)が策を練る。

 そんな当たり前のことをしたから勝っただけだ。

 そう告げるセキトにシービーは大いに笑う。

 やってやられて、その繰り返しがレースの醍醐味だと。

 

「ところで……()()()()()()()()は、何なのかな?」

「フゥン……()()()()()()()()()

 

 最後に何やら意味深に尋ねるシービーだったが、セキトは答えを言う必要は無いと背を向ける。

 

「……なるほどねぇ。アタシもがんばろっか」

 

 そんなセキトに対して、シービーは初めて笑顔を引っ込め何やら真剣な顔で頷くのだった。

 もう一段上の領域(ステージ)へと昇るために。

 

 

 

 

「陳宮、今戻った」

 

 おかえり、それと勝利おめでとう。

 

「フゥン、当然の結果だ。貴様が策を練り、このオレ様が走ったのだぞ?」

 

 それでも私は嬉しい。

 何度見ても愛馬の勝利というのは格別だ。

 

「フゥン……好きにしろ」

 

 若干照れているのか、耳をピクピクと動かしながらそっぽを向くセキト。

 非常に可愛らしいのでこのまま眺めていたいのだが、気づくと拗ねるので話題を変える。

 

「走った感覚はどうかだと? 悪くはない。だが……何かに気づけそうなのだ。もう一戦すれば、その何かが分かる気がするのだがな」

 

 何かに気づけそうだと語るセキトに、私は帝王賞に出るかと提案する。

 

「いいのか? GⅠは出さないのではなかったのか?」

 

 それはシンボリルドルフやマルゼンスキーが出る場合だ。

 2人が出る以上はセキトは否応なしに限界を超えた走りをする。

 それは今の身体づくりの期間には控えたい行為だ。

 だから、2人が出ないレースならGⅠで出走も可能だ。

 

「フゥン、ならば出て良いのだな。そろそろ土の上を走りたいと思っていたところだ」

 

 嬉しそうに尻尾を上下に振るセキトに癒されながら、頭の中で帝王賞までのメニューを考える。

 

 

 

 そして、数週間後に無事に帝王賞を制覇したセキト。

 彼女はその走りからある事実に到達するに至った。

 

「陳宮……オレ様は紆余曲折を経てようやっと気づいた……この世の真理にな」

 

 何やら真剣な顔で語る姿に私もゴクリと唾を飲む。

 セキトが激闘の果てに辿り着いた真実……それは。

 

 

 

「鎧を着ていると──―走りづらいのだ!!」

 

 

 

 セキトは父親の死とは関係なく、アホの子だということだった。

 

 拝啓、天国のセキトのお父さんへ。

 私はあなたの娘の将来がとても心配です。

 




次回は天皇賞秋、墓参り、ジャパンカップ。
天皇賞秋はルドルフ、マルゼン、シービーの対決をちょろっと書く予定。
セキトはジャパンカップから。

鎧が走りづらい云々は、呂布から赤兎馬に戻った影響です。
鎧はあくまで呂布のものなので。
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