呂布を名乗るウマ娘   作:トマトルテ

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9章:天下無双(てんかむそう)

 

『ミスターシービー!! ミスターシービーが先頭に立った!! だが、負けじとマルゼンスキーとシンボリルドルフが食い下がるッ!!』

『今年の天皇賞秋! 去年のセキトに引き続き伝説が生まれるかもしれません!?』

『このまま行くか!! このまま終わらせるか!! 三強の時代を終わらせるのは、やはりこの娘か!?』

 

 楽しい。

 楽しくて仕方ない。

 ただただ、走ることが楽しくてしょうがない。

 

『さあ、最終コーナーに来たぞ!! ミスターシービーが――アッと!?』

『何ということでしょう!? ミスターシービーが大きくバランスを崩して――いやッ!?』

 

 大きく体を傾け、地面に倒れ行くシービーの姿にレース場全体から悲鳴が上がる。

 しかし、当の本人の顔はどこまでも晴れやかだ。

 そして、それを証明するように彼女は決して地面に崩れ落ちない。

 

『違う! 違います!! ミスターシービーはバランスを崩したのではなく、大きく体を傾けることで減速抜きでカーブしました!!』

『信じられない技術です! 普通は出来ませんし、出来てもやりません!!』

 

 定石なんてどうだっていい。

 やったらいけないことなんてアタシは知らない。

 タブーなんて知っても無視するだけ。

 踏み込んだらいけない場所にスキップで入っていく。

 

『そして今度は直線で一気に加速していくッ!!』

『細かくステップを踏み、一気に加速する走り方はマルゼンスキーを彷彿させますねぇ!』

 

 こんな走り方をしたら面白そうだなぁ。

 彼女みたいに出来たら便利そうだなぁ。

 よし! じゃあ、やってみよっか。

 

『おっとぉッ!? 今度は大幅なストライドに変わったぞ!!』

『この飛ぶような走り方は……まるでセキトのようです』

『悠々と先頭を行くミスターシービー! しかし、後続の2人も決して離されない!! まだ逆転の可能性はあるぞッ!!』

 

 うーん、後ろが邪魔だなぁ。

 よし、ルドルフの技でも借りてみよっか。

 

『だが許さない!! 完璧なコース取りで後続の追い上げを邪魔する!!』

『これは……シンボリルドルフがよく見せる技術ですね。相手のコースを予見して先に潰す。そうすることで逆転の目を潰す嫌らしい技です』

『なるほど! 今のミスターシービーはマルゼンスキー、セキト、シンボリルドルフの走りを真似ていると………え?』

 

 今なら何でも出来る気がする。

 いーや、何でも出来るんだ。

 ならやってみよう。

 

 使う必要? 使う意味?

 そんなの―――知ったことじゃない!

 

『場主さん、つまりシービーの今の走りは…?』

『ライバルの技術を……いえ、今まで見たことのある技や思いついた走り方を』

 

 アタシのライバルだって言ってたじゃないか。

 アタシのレースで重要なのは、アタシの走りで大切なのは――

 

『―――好き勝手に試していますね』

 

 

 ―――楽しいか、楽しくないかだけッ!!

 

 

「アハハハハハハハッ!!」

 

 

『笑っている…ッ!? 笑っています!! 走っている最中だというのに、放送席まで聞こえる程に声を上げて、ミスターシービーが笑っていますッ!!』

『常識破りで型破り、だというのに一切の隙が無い……まさに天衣無縫』

 

 さあ、あれをやろう。次はこれをしよう。

 何でもできる、何でもやりたくなってしまう。

 楽しくて楽しくて、笑いが止まらない。

 

 出来ないことなんてなんにもない。

 まるで自分が―――()()()()()()()()()()

 

『そして今! 笑い声をあげたまま―――ミスターシービーがゴールしたぁあああッ!! 遂に! 遂に! 三強を打ち負かす娘が現れましたッ!! その娘の名前はミスターシービー!! ミスターシービーです!! 大阪杯、天皇賞春、鳴尾記念、宝塚記念の長い長い冬を乗り越え、自らの世代の意地を証明してみせましたッ!!』

 

 長きに渡る帝国(さんきょう)の圧政からの解放。

 偉業を為した英雄へと向けられる、怒声にも似た歓声。

 それを浴びながら英雄たるシービーはゆっくりと勝利の凱旋を行う。

 ()()()()()

 

『どうしたシービー!? なぜ止まらないッ!?』

『ゴールを超えたことに気づいていないんでしょうか!?』

 

 シービーは走り続けていた。

 まるで、レースが終わったことなどどうでもいいように。

 まるで、神か物の怪に憑りつかれたように。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

『まさか…ッ。これがシンザンの自伝に載っていた……』

 

 シービーの暴走に騒然とする中、解説がポツリと呟く。

 会場のざわめきの中では、誰にも聞き取れないだろうに、それでも。

 

 

『―――神域(タブー)

 

 

 誰にも聞かれてはならぬ忌み名を話すように、小さな声で。

 

『いけません! 意識がもうろうとしているのか!? 観客席にツッコんできます!!』

『シービーのトレーナーが慌ててターフに飛び降りて、追って行きますが間に合いません!?』

 

 勝利の余韻はどこへやら、不安とざわめきが会場を支配し悲鳴が上がる。

 誰もがこれから起きる凄惨な光景を想像し、目を瞑る。

 そして―――

 

 

「オレ様に一度でも勝ったウマ娘(もののふ)が無様を晒すな」

 

 

 観客席から飛び降りて来たセキトに、その身を受け止められるのだった。

 

『……と、止まりました。止められました、シービー! あの赤髪は間違いありません! セキトがシービーを受け止めました!』

『遅れて追いついたトレーナーがシービーの状態を確認していますが、ひとまず意識はありそうですねぇ。しかし、油断はできません。一度、救護班に見てもらうのがいいでしょうねぇ』

 

 まさかの登場と顛末にざわめきがやまない会場。

 だが、突如として現れたセキトの方は、いつものようにふてぶてしい態度を隠さない。

 

「……あれ? やあ! セキト。キミもアタシのレースの応援に来てくれたの?」

「フゥン……冗談を飛ばす元気はあるようだな」

 

 今までの暴走など秒で忘れたとばかりに、ひょうきんな笑顔で話しかけるシービーに、セキトは呆れとも安堵とも似つかぬ表情を浮かべる。しかし、それも一瞬。シービーが無事なのを確認すると、さっさと離れろとばかりにシービーのトレーナーの方にシービーを押しつける。

 

「もう帰っちゃうの? 何か言いたくて出て来たのかと思ったのに」

「貴様が力に振り回されてなければ、出て来んかったわ! ……だが、まあ……1つ言うことがあるとすれば」

 

 スカートを(おど)らせて観客席に飛び戻りつつ、セキトはチラリと振り返り、小さく呟く。

 トレーナーの腕の中で猫のように力を抜いているシービーに。

 そして何より、こちらに獰猛な笑みを向けているマルゼンスキーとシンボリルドルフへ。

 

 

「次は―――三凶(オレ様達)が相手だ」

 

 

 ジャパンカップへの出走を宣言してみせるのだった。

 

 

 

 

 

『わたしの強さの秘訣か……あなたは領域(ゾーン)という言葉を知っているかな?』

 

 2代目三冠馬シンザンの言葉に私は勿論と頷きを返した。

 領域(ゾーン)とは簡潔に言えば、極度の集中状態のことを指す。

 目の前のことにだけ集中した状態で、一流のスポーツ選手はほとんどがこの状態を経験している。

 

『そう、領域(ゾーン)に入ることは何も珍しいことではない。わたしだけでなく、多くの他のウマ娘もそれを経験している。もちろん、ウマ娘だけでなく人間のアスリートもだ』

 

 シンザンの語るように領域(ゾーン)とは難しいが、一定のレベルの強者ならば誰でも出来る状態だ。しかし、強さの秘訣を聞かれて領域(ゾーン)は特別でないと言うのは、それ以外に強さの秘訣があると言うことだろうか。

 

 そう尋ねると、シンザンは朗らかに頷いた。

 

『ああ、そうだ。科学的に言えば領域(ゾーン)なのかもしれないが、わたしのそれは全くの別物……いや、上のものだったのだと思う』

 

 領域(ゾーン)の上、それは一体?

 

『それを話す前に、わたしがそう呼ぶに至った理由を話そうか。あなたはレースの起源を知っているかな?』

 

 これは、諸説別れるので断定は出来ないので、私は最も有名な話を上げる。

 

 それはヨーロッパに伝わる古い伝承。

 三人の女神に「誰が最も美しいか?」と問われた少年が「一番足が速い人」と答え、女神達に足の速さを競わせた神話が元と言われている。

 因みにその少年には、どう考えても1人を選ぶと厄ネタなので、勝負は1回では確定できないので、3回勝負。なおかつ、単距離・中距離・長距離で分けて勝負するという条件を出して、永遠に引き分けとなるようにして寿命まで逃げたキレ者だった説と。

 本当に足の速い女性が好みで、現代で言うトレーナーの起源になったという説がある。

 

『その通りだ。日本でも似たような話が伝わったおり、古くから祭りの際にはレース……当時の言い方で言えば競馬が行われていた。1着になったウマ娘には神が乗り移り、現人神として豊穣を約束してくれる。日本でウィニングライブが広く受け入れられているのは、当時もレース後に神楽を踊っていたから……などなどだ』

 

 シンザンの話は非常にためになるが、一体これがどう強さの秘訣と関係があるのか?

 

『つまりだ。わたしが言いたいことはレースは元々神事であり、三女神の模倣をしているということ。そして―――極めれば()()宿()()ということだ』

 

 神が宿る…?

 

『医学的にはトランス状態、日本風に言えば入神状態。まあ、わたしはこれを神域(タブー)と呼んでいるがね』

 

 神域(タブー)……しかし、トランス状態というのはあくまでも、精神的なものだけで、現実では体が動いていないものなのでは?

 

『そこは諸説あると言っておこう。それになにより、あくまでわたしが神域(タブー)と名付けた状態の話だ、これは。案外単なるゾーンでわたしの勘違いかもしれないしね』

 

 なるほど、それでその神域(タブー)とは一体どのような感覚なのか?

 

『話が早くて助かるよ。

 感覚としては、まず一切の恐怖心を忘れた高揚感。

 とにかく愉快で楽しくてしょうがなくなる。

 次に全能感。まさに自分が神になったような感覚になる。

 実際思いついたことは全て出来るのが質が悪い。

 そして、最後に痛覚以外の感覚が研ぎ澄まされる。具体的には第六感的な予測で背を向けたまま相手の動きを察知したり、地面のどの部分を踏めば最も速く走れるか分かったり、自分の殺気を相手にぶつけて調子を落とさせたり……わたしは(なた)のイメージを相手にぶつけたりしていたね』

 

 ……もしかして、クスリでも決めておられましたか?

 

『失礼だね、あなたは。もっとも……似たような感覚だから言われても仕方がないのだが。とにかく、神になったような状態で走れるのだから、まあ強い。わたしについた神馬というあだ名がその証拠だよ』

 

 なるほど、そのような状態になれるからお強かったのですね。

 しかし、そうなると今の選手達も神域(タブー)を使うべきなのでは?

 

『それは、お勧めしないね。そう簡単に神を降ろせたら、わたしの立つ瀬がないのもあるが何より……人は神には決してなれないし、なってはいけない』

 

 軽く腰を擦り、思い出す様に足を見つめてシンザンは溜息を吐いた。

 

『三冠を達成した際にわたしは神域(タブー)に至った。そして、御存じの通り爪の怪我と腰痛で次の出走は延期になった』

 

 相当体に負担があったということでしょうか?

 

『自論だが、恐らくは神域(タブー)に踏み入っている時は体の様々なリミッターが外れるのだと思う。これ以上は体が壊れるからやめろと言う、痛みなどの生きるために必須のものがね。わたしが言うのもなんだがね、本来、人は神の領域に踏み入ってはいけないんだよ』

 

 故に触れてならぬ、神域(タブー)と名付けたのですか。

 

『その通りだ。だが、もし、それでも神の領域に来たいというのなら……上手く使いどころを考えるか。神のような頭脳で、壊れないギリギリで無理やり制御するか。それか、体を鍛えに鍛えて壊れないようにする。もしくは神を超える怪物として生まれて来るかだね』

 

 なるほど、因みに現役時代のあなたはどうしていたのですか?

 

 

『わたし? わたしは勿論―――全部さ』

 

 

 そう言って、シンザンは高らかに笑うのだった。

 

 

【シンザン~神と呼ばれたウマ娘~】

 

 

 

 

 

「おい陳宮! いつまで本を読んでいる、すぐに着くぞ」

 

 セキトの声に答え、私は読んでいた本を鞄にしまい、電車を降りる準備を始める。

 

 父親の墓参りをしたい。

 そんなセキトの言葉に従い、私はセキトの故郷に来ていた。

 古ぼけた駅から出ると、辺り一帯の昔ながらの街並みがよく見渡せる。

 私の故郷とは違うが、どこか懐かしさと哀愁を覚える。そんな町だった。

 

「……フゥン、行くか」

 

 セキトの故郷をもっとよく知ろうと、辺りを見渡す私を尻目に、セキト本人はズンズンと歩いていくので、私は慌ててその背を追う。

 

「どこに行くのかだと? 惚けたか、陳宮。墓以外にあるまい」

 

 それは知っているのだが、何も直行することはないだろう。

 せっかくの故郷なのだから、実家に顔を出すべきだろうし、私もセキトの母親に挨拶がしたい。

 私がそう提言をするが、セキトの足は一向に止まらない。

 むしろ、母親という言葉が出たところでより一層早まる。

 

「フゥン、ジャパンカップまでの僅かな合間を縫ってきたのだ。やることをやったらサッサと戻ってトレーニング(修行)をするぞ。オレ様がこうしている間にもマルゼンやルドルフはトレーニングを積んでいるのだからな。貴様とて、オレ様の急な言葉で計画が崩されて困っているだろう。フン、困っているはずだ。つまりだ。これはオレ様なりの気遣というわけだ、身に余る光栄を感謝するがいい」

 

 言っていることは正しいのだが、どうにも早口で言っていて信用がない。

 そもそも墓参りに関しては、セキトの心の根幹に触れる部分なので、私から何かをせかすようなことはしない。それに、墓には父親の骨はあっても思い出はないだろう。やはり、実家に顔ぐらい見せるべきでは?

 

「あー……()()にはオレ様が帰るとは告げておらんのだ。きゅ、急なことだったからな! 故に顔を出しても迷惑なだけだろう!」

 

 苦し紛れな言い訳としか聞こえない言い分に、私は察する。

 セキトは母親と会うのが気まずくて逃げているのだ。

 

 まあ、今まで父親の真似をして現実逃避をしていた期間を考えればさもありなん。

 ママではなくお袋という呼び方から考えても、本心を出せずにギクシャクした関係になっていたのかもしれない。

 ……うん。なおのこと、セキトを母親の前に連行する必要が出てきた。

 さて、後はどうやって本人を説き伏せるかと考えていたところで。

 

「……もしかして、セキト?」

 

 背中から、か細い声が聞こえた。

 それと共に、前を歩くセキトの尻尾がビクッと跳ね上がり、全身の毛が逆立つ。

 と、なるとこの声の主は恐らく。

 

「それにあなたは……セキトのトレーナーさんですか?」

 

 ―――彼岸花のような女性だった。

 

 セキトと同じ燃える情熱のような赤い髪。

 しかし、そこに混じる数本の白い毛がどこかあきらめにも似た、儚さを醸し出す。

 

 表情もどこか物悲しげで、覇気を感じ取れない。

 優し気に細められた瞳は笑っているというよりも、泣いているのを隠しているかのように思える。

 なんというか、色々と心労がある人なのだなという印象を受けた。

 

「セキト……帰って来るならちゃんと……いいえ、それより今日はどうしたの? 何かあったの?」

 

 物憂げな表情が消え軽い笑みを浮かべて、連絡ぐらい寄越しなさいと言おうとするセキトの母。しかし、すぐに何かを思い直したように叱るのを止め、再び物憂げな表情に戻る、否、戻してしまう。その様子に、私はセキトの性格が何故子供のままだったのかを理解する。きっと、この母親は上手く叱ることが出来なかったのだろう。

 

 罪悪感か、あるいは元々は父親が叱る役目だった影響か。

 何はともあれ、このままだと色々とダメだと思うので、セキトの名前を呼んで促す。

 セキト、セキト。いつまでも私の背に隠れていないで早く出てきなさい。

 

「あー…うん……その……」

 

 隠れていた私の背中から母親の正面に立ったセキトは、所在なさげに尻尾を振る。

 それを母親が同じように、不安そうに尻尾を揺らしながら見つめる。

 途轍もなく空気が重いが、私が口を出すわけにもいかないので、ジッと耐え忍ぶこと数分。

 ついに。

 

「………パパのお墓参りに来たんだ……ママ」

 

 セキトが子供のころのような話し方で、母親に声をかける。

 

「セキト…ッ」

 

 ママと呼ばれた瞬間、驚きから口を押えて細めていた目を見開くセキトの母。

 相当久しぶりに、その呼び方をされて驚いたのだろう。

 きっと、セキトが父親を真似するようになってから初めて。

 

「えっと…ママ? その……えと…………ごめんなさい」

 

 ようやく腹をくくったのか、セキトがか細い声ながらもごめんなさいと口にする。

 何も言わずに帰ってきたことか、それとももっと別の理由か。

 私にはそれが何なのかを思い知ることは出来ない。

 だが、母親にはそれだけで十分だったようだ。

 

「……いいのよ、セキト。さ、立ち話も疲れるし、お家に帰りましょう? トレーナーさんもぜひ家に来てください。お話したいことが……たくさんあるんです」

 

 花の咲くような柔和な笑みを浮かべるセキトの母に、私は大きく頷き返すのだった。

 

 

 

 

 

「セキトにもやっとお友達が……ふふふ。あ、すいません。嬉しくて、つい……」

「やめてくれ、陳宮。その話はオレ様に効く。やめてくれ」

 

 セキトの実家に招かれた私は、お茶を飲みながら三者面談をしていた。

 セキトがまさに借りて来た猫(実家)状態で、顔を真っ赤にしているが私は気にしない。

 何もかも、母親と連絡をほとんど取らずに心配させていたセキトが悪いのだから。

 

「この子ったら、昔から担任の先生から友達が居なくて心配だって、いつも通知表に書かれてて……でも、今はちゃんとお友達がいるんですね」

 

 まあ、マルゼンスキーとシンボリルドルフの2人しか私も把握していないのだが。

 

「ふふ、数は関係ありませんよ。心を許せる人が居る……それが重要なんですから」

 

 そう言って、セキトの母は優しく娘の頭を撫でる。

 身長はとっくに娘の方が高くなっているのだが、それでも今のセキトは子供にしか見えなかった。

 いや、実際に親にとってはいつまでも自分の子供なのだが。

 

「もっと、この子の話を聞かせてもらえませんか? この子、自分の話はほとんどしなくなったから心配で心配で……」

 

 任せてください。

 何なら、一日中でも話せます。

 

「や・め・ろッ! フゥン! オレ様はパパの墓参りに行ってくる! 戻ってきたら学園に帰るからな!!」

 

 これ以上、自分の黒歴史を掘り返されるのが嫌になったのか、セキトは離脱を決め込む。

 三十六計逃げるに如かずとはまさにこのことだろう。

 

「ええ、いってらっしゃい。ちゃんとパパにトレーナーさんのことを伝えて来るのよ」

「………うん」

 

 小さな子供のような声で頷き、部屋から出て行くセキト。

 その姿をしばらく見送っていたセキトの母だが、やがて私に向かって深々と頭を下げてくる。

 

「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 その突然の行動に慌てて、頭を上げるように言うがセキトの母は中々頭を上げてくれない。

 

「あなたですよね……あの子をちゃんと叱ってくれたのは」

 

 感謝と後悔。

 そんな感情の入り交ざった重い言葉。

 それを謙遜で躱すのは余りにも無粋に感じ、私は静かにはいと答えた。

 

「ありがとうございます、本当に……ありがとうございます。本当は分かってたんです……ちゃんと叱らないとダメだって。でも……()()()の真似をするセキトを見ていたら……壊れちゃうんじゃないかって怖くて…怖くて……親としての義務からずっと………逃げていたんです」

 

 仕方がない。

 私はあくまでも他人だから、言うことが出来た。

 家族である彼女から言うのはとても難しかったのだから、気に病む必要は無い。

 それに母親がセキトの逃げ場所を残していなければ、セキトは私に会うまでに潰れていたかもしれない。

 

 セキトはまだ年端の行かない子供なのだから。

 

「ちゃんと見ていてくれているんですね、あの子のことを」

 

 セキトのトレーナーですから。

 

「あの子は自分を強く見せようとしているけど、本当は不器用で弱い子だったんです」

 

 それは、よく知っています。

 今まで仮面が剝がれなかったのは、セキトに才能があったから。

 天賦の才があったが故に、彼女は強い自分を演じきれてしまった。

 

「でも……今のあの子ならきっと……本当の意味であの人と同じように強くなれる。そう信じています。いいえ、信じられます。あなたがあの子の背中を押してくれるから」

 

 大切なあの人を想い出しながら、瞳を閉じるセキトの母。

 その顔はとても穏やかで、強さなど欠片も感じられない。

 だというのに、私はこの人はやはりセキトの母なのだと強く思えた。

 

「あなたがセキトのトレーナーで、本当によかったです」

 

 もう一度、深々とした礼。

 それに対して、私は無言であるチケットを差し出す。

 

「これは……ジャパンカップの観戦チケット?」

 

 次のジャパンカップにセキトは、否、()()()出走する。

 

 世界の強豪が集う舞台で。

 親友(ライバル)達を相手に。

 それを打ち破った強敵を打ちのめし。

 

 ―――天下無双を証明する。

 

「……! 出来ますでしょうか…? あの子に…? セキトに」

 

 出来ます。

 ―――セキトと私が一緒なら絶対に。

 

 だから見に来てください。

 セキトが天下無双になるレースを。

 天国の父にその名を届ける瞬間を。

 見届けに来てください。

 

「……はい…必ず」

 

 まるで宝物に触れるかのように、セキトの母はチケットを優しく握りしめ胸に抱く。

 そして、最後にもう一度、2()()()の感謝を込めて礼をする。

 

「トレーナーさん……セキトのことをよろしくお願いします」

 

 当然ですと、私は深く頷きを返すのだった。

 

 

 

 

 

『空は快晴。雲一つない絶好のレース日和。さあ、世界の強豪相手に見事、日本晴れと行くことが出来るのか、日本勢!』

『18人の世界最高のウマ娘達がここに集いました! ジャパンカップ、いよいよ開催です!!』

 

 もう秋だというのに、夏を思わせる日差しと狂気的な熱気。

 去年とは打って変わっての良好なバ場状態。

 力強く天を向く芝を踏み、舞台に集いし猛者達が姿を現す。

 

『さあ、それでは歴代最高のメンバーと名高い日本勢の紹介と行きましょう!』

『まずはこの娘の紹介からでしょう!』

 

 初めに紹介されるのは、このウマ娘。

 

『ミスターシービー!! 永遠に続くかと思われた三強の牙城を遂に落とした娘!! 今回も天馬行空(てんばこうくう)の走りを見せてくれるか!?』

『多くは語りません。本日、堂々の1番人気! 私が最も期待するウマ娘です!』

 

 観客など居ないように。

 舞台になど上っていないかのように。

 少女はどこまでも自然体で呑気に鼻歌を歌っている。

 だというのに、その姿には一部の隙も無い。

 まさに、天衣無縫(てんいむほう)

 

 それがミスターシービー。

 

『続きましてはこの娘! マルゼンスキー!! 天皇賞秋では苦渋を味わいましたが、その前戦のスプリンターズステークスでの走りは圧巻の一言! 短距離・マイル・中距離・長距離を制した怪物に戦場など関係ない!!』

『去年の有馬記念でセキトの秋シニア三冠を。そして今年の宝塚記念でシンボリルドルフの春シニア三冠を阻んだ、グランプリウマ娘にして“三冠キラー”! ここでも三冠キラーの実力を発揮出るか!?』

 

 超軼絶塵(ちょういつぜつじん)

 他の誰よりも速く、塵1つ立てることのない光速の走り。

 同じ種族、性別だというのに、嫉妬すら追いつけぬ怪物。

 世界を置き去りにするのなら、このウマ娘以外に居ない。

 

 見るもの全てに、そう思わせる娘がマルゼンスキー。

 

『それに対抗するはこのウマ娘!! シンボリルドルフ!! 無敗神話を破られた去年の雪辱を果たすべく、今年もジャパンカップの舞台に舞い戻ってきました!! 誇りを取り戻すことは出来るのか!?』

『敗北を知り、ライバルを得た今、去年の何倍も強くなって帰ってきました。魔王としての役割を終えた彼女がどんな走りを見せてくれるか。今から楽しみで仕方がありません』

 

 魔王は破れた。

 北風は吹き止み、太陽がその姿を現す。

 だが、勘違いしてくれるなよ。

 北風と太陽。

 

 果たして、()()()()()()()()()()()

 

 彼女は憧れも嫉妬も丸ごと焼き尽くす太陽。

 他の光の全てを飲み込む漆黒の極光。

 

 天資英明(てんしえいめい)

 生まれた時から、才と知を兼ね備えた存在。

 神より王権を授けられた、絶対皇帝。

 

 それがシンボリルドルフだ。

 

『そして最後にこの娘! 前年の覇者セキトォオオオッ!! 連覇を為して天下無双の名を欲しいままにするか!?』

『満を持して、三強の最後の一角が登場です。勝負服を新調しているのは意気込みの表れか?』

 

 天下無双(てんかむそう)

 天下に我と並ぶ者など1人として無し。

 そう自らを語る彼女の姿は、大きく様変わりしていた。

 

『いつもの鎧は跡形もありません。来ているのはシンプルな黒のインナーと丈の短いズボンのみ。ハッキリ言って体操服よりも地味です』

 

 実況の言うように、セキトの勝負服は以前の豪華絢爛な鎧とは打って変わって地味だ。

 胸元までしかない黒のインナー、太ももが隠しきれない黒のスパッツ型のズボン。

 部屋着のまま来たと言われたら、ほとんどの人が信じてしまうだろう。

 だが。

 

『ですが……美しい』

 

 その姿は、誰よりも何よりも。

 ―――美しかった(強かった)

 

『一目見れば分かります。今までの彼女の努力を! 鎧などいらぬとばかりに鍛え抜かれた腹筋。我が脚こそが矛と言わんばかりの磨き抜かれた両脚。これ程のバ体を、私は今まで見たことがありません!』

 

 鎧を脱ぎ去り、焼けた肌を露出したセキトの姿は、見る者全ての視線を釘付けにする。

 

 我が身は鎧。一切の防具を捨てた彼女に浮かび上がる筋肉は獣のそれ。

 我が脚は矛。矛を捨てた彼女の脚は刃よりもなお鋭く美しく。

 我が心は鋼。その瞳にかつての揺らぎはなく、ただ勝利(一点)のみを見つめる。

 

 さあ、天下に嘶き(いななき)を轟かせろ。

 ウマ娘の中にセキト有りと。

 

『さあ、今ここに世界最高のメンバーがゲートインしました!!』

『まもなく、運命のゲートが開かれます!』

 

 ミスターシービーが。

 マルゼンスキーが。

 シンボリルドルフが。

 セキトが。

 世界の名だたる強豪達が。

 

 今、一直線に、対等にその身を並べる。

 

 そして。

 

 

『     ッ!!』

 

 

 スタートの音を塗りつぶす大歓声と共に、ウマ娘達が一斉に飛び出していく。

 否、一斉ではない。

 

『毎度おなじみの弾丸スタートッ!!』

『マルゼンスキー! 誰であろうと世界であろうと先頭の景色は譲りません!!』

 

 影すら踏ませぬスタートダッシュ。

 いつものように怪物は唯一抜きん出ていく。

 しかし、そのままで行くほど世界は甘くない。

 

『だが! そうはさせじとシンボリルドルフが後についていく!!』

『さらにその後ろから、他の先行勢も負けじとくらいついていきます。怪物と言えど世界を置き去りにするのはそう簡単にいきません!』

 

 ピタリと、まるでそう出るのは初めから分かっていたとでも言うように、シンボリルドルフが後を追う。そして、その後ろに世界の強豪が続く。マルゼンスキーと違い、圧倒的な差をつけているわけではない。

 

 しかし、その揺るぎない自信の籠った表情を見れば分かるだろう。

 ルドルフは他のウマ娘に後を追われているのではなく、彼女達を率いているのだと。

 世界を制する軍を率いる皇帝として。

 

『さあ、先頭をマルゼンスキーに据えて、その後ろにシンボリルドルフが率いる先行勢が続く。後続のミスターシービー、セキトはまだ不気味に息を潜めたままだ。場主さん、この展開どう見ますか?』

『まだレースは始まったばかりですからねぇ。どのウマ娘も焦る必要はありませんよ。それにマルゼンスキーも後方のミスターシービーを警戒してか、いつもよりは逃げ足が抑えめです。スタミナを後半まで残しておくつもりでしょう』

 

 見所はレース後半になるだろう。

 そう、常識的な判断を下した説明に会場の熱気が少しだけ下がる。

 

『それはやはり、天皇賞秋での敗北の結果を踏まえてでしょうか?』

『恐らくは。このレース、ミスターシービーの仕掛けどころがそのままレースの分岐点になりそうです』

 

 状況が変わるのはミスターシービーの仕掛ける瞬間。

 つまり、追い込みが本領を発揮する中盤から後半にかけて。

 何も間違っていない判断。むしろ、そのセオリーを破る方がおかしい。

 だが。

 

『おっとおッ!? ミスターシービーが前に出たぞ!?』

『ここで強行策に打って出るとは!? 全くの予想外です!!』

 

 このウマ娘に常識など通用しない。

 

『ミスターシービーの暴走により、一気にレースの均衡が崩れ去る!!』

『これではミスターシービーも苦しい戦いになるでしょうに、一体何を考えているのか!? 何を企んでいるのか!? 我々には皆目見当もつきませんッ!!』

 

 レース序盤から勝負を仕掛ける追い込みウマ娘という、不可解な行動に会場には困惑のどよめきが広がる。そして、そんな状況を生み出した当の本人が何を考えているかと言えば。

 

(アハハハ! なんか走りづらくなっちゃった!)

 

 何も考えていなかった。

 

『あーっと、全体のペースが乱れて先行勢にかかり気味のウマ娘が増えていますね。ペース配分が完全に狂わされています』

『逆にミスターシービー以外の差し・追い込み勢はペースを保つために前と距離を置いていますね。セキトに至っては最後尾にポツンと1人です』

『海外勢は完全にミスターシービーの行動が読めずに面を喰らっていますねぇ。逆によく知ってる日本勢に動揺した様子は見られません』

 

 不可解な行動によるプレッシャー。

 それを海外勢に与えたミスターシービーだが、本人は欠片も狙っていない効果だ。

 それなら何故、強行策に打って出たのかと言えば。

 

(ま、面白いからいっか♪)

 

 面白そうだったから。

 ただ、それだけである。

 

『おっと、ここでマルゼンスキーがペースを上げたぞ! 距離を詰めて来た後続を警戒したか?』

『そろそろ中盤ですからねぇ。逃げウマ娘としては、後続にあまり近づかれたくない所です!』

『反対にシンボリルドルフはペースを上げず静観か? 先行集団の先頭から僅かに位置を下げます』

『勝負はあくまでも終盤。どこまでも冷静な思考です。これはシンボリルドルフを基準にレースを進めた方がペースを崩さずにすみそうです』

 

 先頭は速度を上げ、2番手集団は前に行く者と残る者に分かれる。

 そして、最後尾にはセキトがポツンと1人。

 とても細長い列の形を成して、レースは続いて行く。

 

 そんな中、今の状況を生み出したミスターシービーと言えば。

 

「やあ、やっぱりルドルフについていくと走りやすいね」

 

 ちゃっかりとシンボリルドルフの後ろに付き、呑気に話しかけていた。

 これをルドルフは華麗にスルーするが、常識外れの行動に海外勢はギョッとした顔を隠せないでいる。

 後に日本のウマ娘は変態だと語られることになるが、その大半はシービーの責任だろう。

 

『さあ、遂にレースは終盤へと突入しますよ!!』

『先頭は変わらずマルゼンスキー! 2番手集団にシンボリルドルフ! そのすぐ後ろにミスターシービー! そして、最後尾は相も変わらずセキトだ!』

『セキト、流石にこの距離をひっくり返すのは辛いか!?』

『いえ、ここまで息を潜めていたのは間違いなく作戦でしょう。ここからが彼女の仕掛けどころです!!』

 

 はたして、解説の言葉通りだった。

 終盤の直線に差し掛かったところで、マルゼンスキーがバッと後ろ振り返る。

 

(……来るッ!)

 

 マルゼンスキーの視界が捕らえるのは、すぐ後ろのウマ娘でも。

 比較的近くにいるシンボリルドルフでもミスターシービーでもない。

 彼女の視線が向く先は一点。

 

 

「―――我天下無双也(われてんかむそうなり)

 

 

 最後尾から視線の矢を飛ばして来たセキトだ。

 

『マルゼンスキーが振り返る!! そしてセキトが遂に仕掛けて来たぁああッ!!』

『去年の王者が遂にその牙を剥いてきたかッ!!』

 

 まるで、羽で撫でたような踏み込みだった。

 以前までの荒々しさは息を潜めた、否、無駄な力を省いた軽やかな足取り。

 一点に凝縮された暴力は、一見してそよ風のように見える。

 だが、そよ風と呼ぶにはその風は余りにも―――強すぎた。

 

『まずは1人! そして間髪を置かずに2人目、3人目を切り捨てるッ!!』

『この程度、彼女にとってはまだまだ序の口でしょう。見てください、あの表情を先頭しか見ていません!』

 

 あいさつ代わりに数人を切り捨てると、セキトは準備運動は終わったとばかりに速度を上げる。

 反対に彼女に追い抜かれたウマ娘達は、息を乱し速度を落とす。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『さあ! セキトが更に位置を上げて来るぞ!!』

『4人目! 5人目! 6に……いえ! 一気に10人目まで抜き去った!!』

『一刀両断ッ!! セキトの脚が世界のウマ娘達をまとめて撫で切っていくぅうううッ!!』

『まるで、他のウマ娘を蹴散らして進んでいるようだッ!!』

 

 断末魔すら残さないとばかりに、セキトの白刃は一撃で敵を葬り去って行く。

 

 貴様らなど肉壁にすらならん。

 まるでそう語るように、セキトは並んだ敵の首を一瞬で斬り落とす。

 そして、敵の返り血すら浴びることのなく前へと進んで行く。

 

『セキトの前には残り7に―――失礼!

 たった今、残り5人になりました!!』

『止まらない! 止めらない!! このウマ娘を止められる者は世界のどこにもいないのかぁッ!?』

 

 誰もがセキトの醸し出す殺気に飲まれて身体を固くする。

 自らにぶつけられた濃厚な死のイメージに、本能が生存以外の全ての能力を放棄するのだ。

 

『そして、遂に! 遂にッ! 残り3人の所まで抜き去ってきました!! セキトの前に居るのはミスターシービー! シンボリルドルフ! そしてマルゼンスキーだぁあああっ!!』

『いつものメンバーがこのまま世界を蹂躙するのか!?

 それともここから他のウマ娘の逆襲があるのか!?

 ああッ、瞬きすら鬱陶しいッ!!』

 

 神域(タブー)に踏み込んだセキトの力は実に単純だ。

 自分と並んだ相手に死のイメージをぶつけ、速度を落とす。

 そして、抜き去る際に自らは加速していく。

 

 天下無双のウマ娘は決して、他者が並び立つことを許さない。

 ただ、それだけだ。

 

『このまま17人全員をごぼう抜きにして、天下無双を証明してみせるか! セキトッ!?』

 

 死への恐怖は生物の生存に欠かせない機能だ。

 仮に、それを踏み倒せる存在が居るのならば。

 それは、特殊な訓練を積んだ兵士や生まれながらイカれた人間。

 

 もしくは。

 

「アハハハハ! 楽しいレースだね、セキト?」

「貴様も……入って来たか、シービー」

 

 ―――生物を超越した神という存在だろう。

 

『並んだ! まずはミスターシービーとセキトが並んだぞ!!』

『流石のセキトもミスターシービー相手は、そう簡単にはいかないか!?』

『つかず離れず、並び合って2人が走っています!! どちらが先に抜け出すのか!? それとも、このまま先頭のマルゼンスキーが逃げ切るのか!?』

 

 恐怖という感情を忘れたシービーには、死ですら脅しにはならない。

 故に、2人の優劣をつけるのは心技体の心を抜いた技と体。

 

『セキトが抜け出した!! 今、ミスターシービーを強引に引きちぎって前に出たぁあああッ!!』

『そして! そして! そのまま勢いでシンボリルドルフとマルゼンスキーを抜き去るッ!! 先頭はセキト!! 先頭はセキトですッ!!』

『セキト!! 遂に最後尾からの17人抜きを達成ですッ!! これはもう勝負が決まったでしょう!!』

 

 そして、2人の勝負は体を極めたセキトの勝利だった。

 ただ、身体能力の向上に特化したトレーニングを積み続けて来た。

 言葉にすればそれだけ。

 

 しかし、それを行っていたのが圧倒的な肉体的才能をもって生まれたウマ娘ならば、話は変わる。

 今のセキトは翼を授かった虎だ。

 彼女を止められる存在など居るはずもない。

 

『脚色は衰えない、セキト!! もはや独走状態だ!!』

『もはやゴールは目前! このまま駆け抜けるでしょう!!』

 

 何にも縛られることなく、大空を駆ける虎の背をただ人は見つめることしか出来ない。

 空を行く者をただの人間が、ウマ娘が、止められるはずなどないのだ。

 

「なるほど……」

「つまり……」

 

 だから。

 

 

 

「「こういうことか?」」

 

 

 

 皇帝と怪物も同じ神域に踏み込んでくる。

 

『あッ!? まだです! まだです!! まだ誰も諦めていませんッ!!』

『シンボリルドルフとマルゼンスキーが差し返してくるッ!! さらにミスターシービーも負けじと追って来るぞ!! 他のウマ娘はもはや追いつけないッ!!』

 

 皇帝(りゅう)逆鱗(さかさうろこ)を逆立たせ、怒りの咆哮を上げる。

 怪物が牙と爪を打ち鳴らし、獲物を刈り取らんと涎を垂れ流す。

 

 まだ何も終わっていない。

 むしろ、今からが本番だとでも言うように、2人は速度を上げる。

 

『シンボリルドルフが一気に追い上げて来る! こんな末脚、見たことがありません!! これぞ皇帝の意地! 誰にも負けたくないという想いが痛い程に伝わってきます!!』

『マルゼンスキーも一切譲らない!! どこにそんなスタミナを隠し持っているのか!? それとも、彼女の辞書に限界の二文字はないのかッ!? 怪物はいつも我々の想像の先を走ります!!』

 

 龍が虎を絞殺さんと大きく首をもたげる。

 怪物が虎の(はらわた)を食い破らんと大顎を開ける。

 そして、そのまま虎を――

 

「邪魔だ」

 

 捉えることなく、()()()()の一振りでその首を斬り落とされた。

 

『だが、譲らない!! セキトが先頭を譲らないッ!!』

『最終直線での競り合いこそ彼女の真骨頂ですからねぇ!!』

『もう、距離はない!! これで決まりかッ!?』

 

 先頭のセキトと後続の距離は縮まらない。

 このまま行けば、どう足掻いても皇帝も怪物も追いつけない。

 

 

 

「「で、それが?」」

 

 

 

 だが、その程度のことで諦める機能は、残念ながら彼女達にはついていなかった。

 

『まだ…! まだ上がるのかッ!?』

『限界などないのか!! シンボリルドルフとマルゼンスキーが遂にセキトに並んだ!! そして、このまま一気に引きちぎって行くゥウウウウッ!!』

 

 首を落とされた程度で龍が落ちるか、怪物が足を止めるか。

 神の領域に踏み込んだ存在に対して、その程度では片手落ちだろう。

 せめて、我が首を貴様の墓の手向けにするがいい。

 

 

「フゥン、誰が一振りしか持っていないと言った?」

 

 

『いやッ!? セキトだ! セキトだ!! 2人を突き放したのはセキトだ!! まさに快刀乱麻!! 皇帝と怪物を鮮やかに切り裂いたッ!!』

 

 キラリと閃光が走り、一振りの刀が血に染まる。

 そして同時に、心臓を貫かれた龍と怪物は息の根を完全に止める。

 それを為したのは方天画戟とは別の武器。

 

 セキトというウマ娘は2本の両脚(ぶき)を持っている。

 1つは方天画戟。そして、2つ目は()()()()()

 三国志の英雄、()()関羽の武器である。

 

 

 

『強い! 強すぎるぞッ! セキトッ!!

 皇帝も! 怪物も! 世界の並み居る猛者達も! 誰も追いつけないッ!!

 我に並ぶ者無しと、先頭を駆ける姿はまさに!!

 ―――天下無双のウマ娘だぁあああッ!!!』

 

 

 

 先頭でゴールを駆け抜けたセキトに万雷の拍手が降り注ぐ。

 天上にも届くような歓声の中、セキトはキョロキョロと観客席を見渡す。

 

『セキト! ジャパンカップ連覇の偉業を達成ですッ!! もはや誰も文句を言わないでしょう。天下無双の称号は彼女にこそ相応しいと!! 天下無双コールが会場の空にまで響き渡っています!!』

『見事です! 本当に強い走りでした! ……おっと、セキトが観客席に駆け寄って行きますね。トレーナーでも探しているのでしょうか?』

 

 そして、お目当ての人物を見つけたらしく、喜び勇んで観客席に飛び込んでいく。

 そこで、驚いたような嬉しそうなような表情をしているのは、トレーナーである陳宮と。

 

 夫の遺影を抱えたセキトの母だった。

 

「ねえ、ママ………パパ、ちゃんと見てた?」

「ええ…ええっ……ちゃんと見てたわよ。セキトが天下無双になるところ……パパと一緒に…っ」

 

 子どもの頃、レースで1番になって帰ってきたあの時と同じように。

 でも、あの時とは違って子どもは大きくなって、父親も遠い空の向こうに行ってしまって。

 色々と変わってしまった。

 

 それでも。

 

「パパ……褒めてくれるかな?」

「パパがセキトを褒めなかったことなんてないでしょ?」

「うん……そうだね」

 

 1番になって褒めてもらう嬉しさは変わらない。

 セキトは蒸気した頬ではにかみ、父の遺影を胸に抱く。

 そして、雲一つない空に向け、ポツリと呟くのだった。

 

 

「聞こえる、パパ…? みんなの声が。

 オレ様を…ううん…セキトのことを―――天下無双だって言ってる声が」

 

 

 セキトは真っすぐに空を見上げ続ける。

 まるで、その瞳から涙が零れないようにするように。

 

 次の日のスポーツ紙の一面はセキトのそんな姿を飾られることになった。

 そして、その見出しにはこう書かれていた。

 

 

 ―――人中の呂布、馬中のセキト

 

 




神域(タブー)
オリジナル設定。ゾーンの1つ上の領域。
天衣無縫の極みみたいなものと思ってください。ゾーンの奥の扉を開いた的な。
着想はシンザンの神馬というあだ名と、オグリの「神はいる、そう思った」のフレーズ。後、ネーミングはシービーのタブー。
ゲームシステム的には第二固有スキル。
まあ、雰囲気で読んでください。

さて、ストーリー的には次回のURAファイナルで終わりです。
因みに本当にアプリで育成できるなら、有馬記念に出走するとUGルドルフが出てきてボコってきます。

URAファイナル書いたら、そこで一区切りにして、アオハル杯でテイオー、チヨちゃん、オグリとかとの書きたいレースを書いてみようかなと思っています。
アオハル杯なら学園生徒ならドリームでも、トゥインクルでも出れるでしょうし。


まあ、その前に久々にワンピースにはまったので、ワンピースで何か書くかも。
ゾロが勇者として異世界に転移して、ファンタジスタな迷子でRTAする話とか考えてます。

女神(ナビ)「勇者ゾロ、まずはお城に向かい王様から武器と資金を受け取ってください」
ゾロ「城だな(目の前にある城をスルーして魔王城に直行)」
女神「いえ! そちらではなく北にある方です!!」
ゾロ「北か(城壁を登って隠し部屋に辿り着く)」
女神「いや! ですから、普通にこの道を右に曲がってくださいって!?」
ゾロ「耳元でわめくな! 大体、お前の説明が悪いんだろうが」
女神「ハッ倒すぞ、てめぇ」

こんな感じで。
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