『速いっ! 速いっ! 速過ぎる! ゲートからゴールまでレースを飛翔するが如く、他のウマ娘達を出し抜いて完全独占! 中華最強のウマ娘の無敗伝説の記録が更新したぁ!』
走り終えた二メートルは優にある高身長の少女。膝の裏まで伸ばしている髪は黒色と入り乱れた燃える炎のように赤く、口元を隠す長い深紅の布と一緒に腰から伸びてる真紅の馬の尻尾。彼女が走った芝のコースには足跡が深く刻み込めるように残っている。
「つ、強すぎるっ・・・・・。汗一つ流さず涼しい顔をしていられるなんて・・・・・!」
「これが、中国最強ウマ娘―――赤兎」
「
「化け物っ・・・・・誰もあんなのに勝てるわけがないじゃないっ!」
敗者のウマ娘達からは畏怖と諦観、妬みが向けられようと勝者のウマ娘は歓声を全身で浴びながらコースを後にした。
―――これで全てのレースを、中国全土の全てのウマ娘達を制覇した。
「つまらん」
手首足首、首に数十kgの重りと言う名の手枷と足枷に首枷、身に纏う勝負服すらも自身の体重の数倍の重りが公認で仕込まれている状態で最後のレースに出走、優勝を勝ち取った。どんなハンデで臨もうが全てが己の糧となってしまい、また今回のレースで彼女は更に強くなってしまった。中華制覇を成し遂げた赤兎に最早、中国全土に存在するウマ娘の敵ではなくなってしまったのだった。
「敵わずとも、少なくとも並走できるウマ娘がいれば面白いがな」
故に失望している。この国のウマ娘のレベルに。
故に彼女は母国を見切ることにした。今すぐ同じ相手をしても結果は見え透いている。
故に彼女は外国へ目を向けることにした。世界は中国だけではない。世界中にもまだ見ぬ世界、ウマ娘達がいることに興味を抱いたのだ。
「日本で最も有名なウマ娘はシンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアン・・・・・だったか? そいつ等以外のウマ娘達に次ぐ強者達もいるか?」
切磋琢磨できるか微妙であるも、自分の目で確かめる為に―――赤兎は中国を離れた。
―――一ヶ月後。
東京都府中市 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。全国のウマ娘トレーニング施設の中でも最新鋭かつ最大規模の施設であり、教育機関でもある。トレセン学園に中華一のウマ娘が転入してくるという話題で盛り上がっていた。
トレセン学園生徒会会長を務める、鹿毛で前髪のメッシュが特徴的なウマ娘であるシンボリルドルフは、生徒会長室で己の頭一つ以上高い高身長のウマ娘と挨拶を交わしていた。
「ようこそトレセン学園へ。キミの話題は海を越えてこの国にまで届いていたよ中華最強のウマ娘、赤兎」
「無敗の七冠娘の貴殿の耳にも入っているとは光栄極まりない。シンボリルドルフ殿」
握手を交わす。
「君のような逸材のウマ娘は一饋十起していた。熱烈歓迎する。中華全土を駆けたその脚をどうかこの学園のウマ娘達の資本もとい資脚として、君の走りを私達に見せつけて欲しい」
「【士気高揚】(集団で事を起こす時に、全員の熱意や意気込みが高まること。やる気が、皆に満ちあふれること)のいい刺激になって欲しいところだが、私の走りは他のウマ娘達に【一敗塗地】(再び立ち上がることができないほど大敗すること。完敗すること)、意気消沈させてきた。そして私自身もそんな彼女達に絶望と失望をしている。この学園のウマ娘達もそうではないことを健闘を祈っている」
「では伺おう。この学園に何を望んでいる?」
シンボリルドルフからの問いに瞳の奥に渇望している光が孕んだ。
「私の全力、限界を超えた走りでも並走し、私を超えんとするウマ娘と出会うためだ」
「それまでは、その枷は外す気はないというわけなのだね」
「そうではあるしそうでもないと言える。これはハンデだ。速過ぎる私の脚を抑え込むのな。勿論シンボリルドルフ殿と並走することになろとも外す気はない」
暗に、枷を外さずともシンボリルドルフにも勝つと言外している赤兎。シンボリルドルフはその言葉を挑発と受け取って不敵の笑みを浮かべた。
「【意気軒昂】(得意げで威勢のよいさま。いかにも誇らしげに振る舞うさま)だな。力尽くでもその枷を外させてみたくなる。―――皇帝を
「実力主義者の中国の全ウマ娘を打ち破った天下無双と称された私を
今までの話し合い中でも互いの握っていた手が更に力が籠った。いい好敵手である事を認め合った上で挑発し合ったのだった。
「さて、次の話に移るが君はどこのチームに、どのようなチームに所属したいかな?」
「チーム・・・・・そうだな。放任主義のトレーナーのチームがあれば好ましいかな。中国にいた頃のトレーナーも放任主義者故に煩わしい思いもしなかったし衝突もしてこなかったからな」
「放任主義のトレーナー・・・・・ふむ、この学園にそんな【朽木芬生】(怠け者のたとえ。手の施しようのないものや、役に立たない無用なもののたとえ)になり兼ねないトレーナーがいるチームは【砂上の楼閣】(基本がしっかりしていないために、物事が長続きしないこと。また、実現不可能なこと。一見、すばらしく思えることでも、実は、あまり確かなことではないということ)長続きしないと思うぞ?」
「問題ない。全て結果とこの脚でトレーナーと二人三脚をして大きくしてきた。チームの選出は自分の目で確かめてから即断即決する」
自然に壁に掛けられている「Eclipse first,the rest nowhere.(唯一抜きん出て、並ぶ者なし)」。この学園の校訓の掛物を視界に入れた。
「そうか。では次に学園の案内をしよう。―――テイオー、何時までもそこに隠れず出てこい」
誰かに物申すシンボリルドルフの後、ソファーの影から鹿毛で、右耳に青いリボン、ポニーテールの根元に桃色のリボンをつけているウマ娘が悪戯っ子の笑みを浮かべて現れた。前髪の一部にメッシュが入るが、メッシュの入り方はシンボリルドルフにそっくり。
「へへへー」
「紹介する。このウマ娘はトウカイテイオー。現在と未来でも有望な走りを見せるだろうウマ娘だ」
「小柄な体つきだがかの皇帝をそこまで言わしめる実力ある者か。(本国の騅を思い出すな)」
「ああ、決して弱者ではないことを自負させてもらう。テイオー、学園の案内を頼む」
「まっかせてよカイチョー! それじゃ赤兎さん。ボクについてきてねー!」
と、そう言うトウカイテイオーに従う赤兎は学園の案内役の彼女と共に学園内を散策した。
「ねぇねぇ、赤兎さんの身体は凄い大きいんだねぇー」
「中国は高身長・筋力、体力で物を言わすウマ娘が多い。私のような身長のウマ娘はいるし、私より大きいウマ娘もいる」
「そ、それは凄いね。でも、どうして日本に来たの?」
「ほぼ中国のウマ娘全員を負かした上に、私が走る全てのレースでは勝つ意欲の熱が冷めてるウマ娘ばかりでつまらなくなったからだ」
何それ? と言いたげに小首を傾げるトウカイテイオー。
「赤兎さんが速いから勝って、他のウマ娘が遅くて負けるのは当たり前でしょ?」
「その当たり前のことをレースを走る前から他の連中は葬式のような暗い雰囲気を漂わせ、最初から2着3着、それ以下に甘んじる姿勢―――1着は私だから負けて当然だという諦めているんだ。中には前日や当日、私が出るレースには出走するはずの者が棄権することもしばしばあった」
「・・・・・」
「短距離、中距離、長距離のレースの大会は殆ど出走、全て何度も勝ち取った代償は他の者達の勝利と走る熱意と意欲を奪った。そしてそれがつまらなくてこの日本に来た。日本の全てのウマ娘と走り、切磋琢磨をするためにな」
学園内の教室、図書室、大食堂、購買部、室内プール、ジム、スタジオ、練習用屋外ステージ、その他etc・・・・・最後は実寸大のコースを数種類備えたグランド。ウマ娘にとって必要な物・場所を案内された赤兎馬は素直に感嘆の息を吐いた。
「本国よりは広くないものの、完備されているな」
「中国のトレセン学園ってどんな感じなの?」
「私が在籍していた学園は山奥の中だった。人の手が加えていない自然な場所は、トレーニングよりも修行として足腰を鍛えぬき、山を幾つも駆け登り、広い荒野を走り抜き、大きな川を泳ぐことなど当たり前だった」
トレーニングのスケールが違い過ぎるよ!? とトウカイテイオーの心情を露も気づいていない赤兎馬はコースでトレーニングを励んでいるジャージ姿のウマ娘達を視界に収める。
「国によってトレーニングの方法は異なっていると察しているが、自然の中でした方が楽しいだろうに。彼女達はそれを体験できないのが何より惜しいな。それにしても走りに励んでいるのが多いのは何故だ?」
「明後日は『選抜レース』だからだよ。自分の走る姿をたくさんのトレーナーに見てもらって、スカウトしてもらうのが目的なんだ。あ、レースに参加しなくても自分から売り込むウマ娘がいれば、スカウトを受けていないウマ娘をスカウトするトレーナーもいるから大丈夫だよ?」
どこか納得した赤兎は後方へ目をやった。老若男女問わず新米からベテランの大勢のトレーナーがお互いをけん制し合って遠巻きで二人―――赤兎と接触せんと集まってきていた。
トウカイテイオーの話が本当ならば、施設の案内中に付き纏ってくるトレーナーらしき野次馬共はその後者ということである。
「今更どんなトレーニングをさせようが、私は自然の中で出来るトレーニングが好ましい。それと放任主義のトレーナーがさせてくれるならば、なお文句はない」
「もしかして、トレーナーはいらない?」
「ウマ娘にとってトレーナーは必要不可欠な存在なのは承知の上だが、私自身は自然の中で殆ど一人で自由に駆け回って過ごしてきた。話は聞くが、今更アレコレ言われても煩わしいと思ってしまうのさ。中国にいる専属のトレーナーは完全に放任主義で、『山で己を鍛え抜け』『ライバルと切磋琢磨をするべし』と新人のウマ娘にそう言うだけ何一つ助言も言わず沈黙を貫く。私達は黙ってそれに従い先輩や同年代の者と山で鍛え、ライバルと切磋琢磨をしてきたからな」
辟易の色を隠さず息を吐く赤兎。
「故に所属していたチームのトレーナーは幽霊部員もとい幽霊トレーナー状態だった。後輩の指導は先輩がしてたからトレーナーに対する不満は不思議なことに誰も抱かなかったがな」
「いやそれ、もうトレーナーの存在意義がないんじゃ・・・・・?」
「いや、名誉あるレースの出馬にはトレーナーの承認が必要不可欠だ。そして、結果を出さなければ一年以上もレースに出させてはくれない厳しさもあった。中には実力を発揮できず総計十年以上もレースに出させてもらえなかった先輩もいるほどだ」
うわ、それは嫌すぎると顔を顰めるトウカイテイオー。だが、少し申し訳なさそうに赤兎が息を吐いた。
「だいたいが、私が出たレースにその先輩と一緒に走って負かしてしまったのが原因だがな」
「えっ」
「弱肉強食、強者が弱者を負かすのは競い合う仲では必然の理であるが、私を除けば先輩は世界レベルの脚のウマ娘だ。今頃、久方ぶりの一着を取れて安堵でもしているんじゃないか」
ただし、
「というわけで、私がいなければ安堵と不満を抱くウマ娘はごまんといる母国から離れた。世話になったことは殆どないトレーナーの了承もスムーズに得たからには、この国に貢献をしてやろう。日本のウマ娘に絶望感を与えてしまいそうになるがな」
「せめて温情を・・・・・」
「すまない、勝負ごとに関しては負けず嫌いというスキルが発動してしまうのでな」
中国にいる時でもそうだったんだ、と言外されたので若干頬を引き攣らせるトウカイテイオーは。この中華最強のウマ娘に他のウマ娘が心を折られないことを祈るしかできなかった。
「案内はこれで終わりか?」
「あーうん。だいたいはね。後はボク達が生活する寮だけだよ。同室のウマ娘もいるだろうけど大丈夫?」
「それ以前に私が寝られる部屋であるかどうかが心配だ。床で寝るのは同室の者も邪魔だろう」
「うーん、確かにそうだね。そこはカイチョーが何とかしてくれることを願うしかないかも」
であれば、再度シンボリルドルフに訊くしかないだろうと踵を返そうとしたその脚、トモが誰かになぞる様な手つきで触られている感覚に赤兎は首を後ろに向けた。
「流石は中華最強のウマ娘のトモだ! まさに芸術ような作りでいいじゃないか!」
「・・・・・」
後頭部に髪を束ねた上で左側頭部のみを刈り上げた独特の髪型をして、顎に無精ひげがちらほらある男性。明るめの茶髪に染めた髪を後ろで結んで黄色いシャツに黒いベストを羽織り、口にはキャンディを咥えている。無遠慮に脚を触ってくる見知らぬ者に対して、鋭く蛇のように喉を掴んで男を持ち上げる赤兎。
「一人死んでも問題ないな」
「ちょっ! 待って待って!! さすがにそれはダメだよー!?」
蒼褪めて苦しんでいる男の喉を掴む手に力を入れて握り潰さんとしている赤兎に焦燥感で懸命に止めようとするトウカイテイオー。野次馬のトレーナー達は、彼女を怒らせたら自分もあんな目に遭うと恐れ、蜘蛛の子のように散ってスカウトよりも己の命を優先で逃げ出した。その後、疲労困憊を代償に名も知らぬトレーナーの命が救われた。
「もう、ボクに感謝してよね!」
「ああ、トウカイテイオー。すまん・・・・・」
「誰だこいつは?」
「何度かボクをスカウトしてきたトレーナーだよ。名前は・・・・・なんだっけ?」
「俺は沖澤、沖澤晃司だ」
沖澤から「初めて会った時にもて名乗っただろう」と呆れ気味に言われ、今思い出して苦笑い気味に笑うトウカイテイオー。専属トレーナーならいざ知らず、そうでない赤の他人に身体を無遠慮に触れられ、胡乱気な目でいる赤兎に沖澤が改めて話しかけた。
「赤兎、中国で幾多のレースを勝ち続けたお前を支えたその脚は実に見事だ。日本のレース、トゥインクル・シリーズに出たいなら俺のチームに入らないか?」
「初対面で会話よりも人の脚を触る変態がいるチームをか」
「悪かったって。だが、触ってお前の才能がわかった。トレーニングではなく修行のような訓練で鍛え抜いただろう」
・・・・・ほう? とそこまで見抜くトレーナーは初めてで少し感心し興味を持った。
「具体的には?」
「犬と狼の違い、純粋に走るための脚ではなく戦いの為に鍛え上げられた感じだな。他のウマ娘のトモとは作りが異なっているからだ。中国のウマ娘は皆そうなのか?」
「その問いに答えると是だ。レースは戦いだろう? 誰よりも速く走るのがウマ娘の存在意義であり、走れと駆り立てる本能に逆らえない。ウマ娘は場所を問わずどこまでも駆け続けるのが自然。違うか?」
「なるほど、生粋のウマ娘だなお前達中国のウマ娘は」
「誉め言葉なら受け止めよう。それで、スカウトの件だが私は完全放任主義のトレーナーがいいのでな。トレーニングはするが、私のやりたいようにやりたい。それを許すトレーナーを探している」
話を戻しトレーナーの条件を突き付ける。隣で「そんなトレーナーいるとは思えないけどなぁ」と呟くトウカイテイオーだったが、沖澤の目が煌めいた。
「それなら心当たりがある。完全ではないがウマ娘達を自由にレースで走らせるトレーナーはいるが、そのチームに入る条件がある。中華最強とはいえど特別扱いはできないからよ。『選抜レース』に参加して一着を取らないとな」
沖澤の言葉に耳をピクリと揺らし、言い渡された条件を心中で咀嚼する。
「・・・・・わかった。私自身の自由を手に入れるためなら、別段参加しなくてもいいレースも参加しよう。ただし」
「え?」
ずいっと沖澤の顔を覗き込む赤兎。
「一度でも私が煩わしいと思わせたそのトレーナーの骨の一本を踏み潰す。中華最強のウマ娘の手綱を簡単に握れると思うなと伝えておけ。―――意外と凶暴性を秘めているからとも」
本気と書いてマジで言っている赤兎の言葉は、沖澤の顔をまた蒼褪めさせるに十分な威圧と迫力も宿っていた。聞いていたトウカイテイオーが胸に十字を切ってまだ知らないそのトレーナーに同情した。
そして『選抜レース』当日―――。
赤兎の姿がそこにあったが、選抜レースの係員と諍いで始まった。
「この枷を外せと?」
「選抜レースには相応しくない物ですので」
「・・・・・」
「お、お願いしますからどうか外してください。でないと出走が認めることが出来ないのです」
「・・・・・」
伝わってくる重圧に精神が押し潰されそうになり、若干声を震わせて懇願する係員。職務を全うする彼女に非が無いと分かっても譲れないものが赤兎にあった。しかし、余計な面倒と問題を起こすことも彼女は好まなかった。無言でポケットから枷の鍵を取り出し、邪魔にならない場所に向かいながら首と手足の枷を外し―――。
ズシンッ! ズンッ! ドンッ!
枷がレースの地面にめり込む。鈍い音が聞こえたのはレースに参加するウマ娘達だけではなかった。近くにいたスカウト目的のトレーナー等も耳を疑い体を解す赤兎に疑う自身の目で見た。
「あれが赤兎・・・・・中華最強のウマ娘」
黒鹿毛で後ろ髪を橙と白の紐でくくり、鼻の先に白い絆創膏をつけているウマ娘が赤兎の背中を見つめる。彼女だけではない。シンボリルドルフの姿もあり、他にも強者の風格を漂わせているウマ娘達が見に来ていたことにトレーナー陣営は色めき立った。
「シンボリルドルフ、ナリタブライアンにエアグルーヴ、マルゼンスキー・・・・・!」
「ビワハヤヒデやサイレンススズカ、フジキセキにオグリキャップや他にも有名で強者のウマ娘達が勢揃いじゃないかっ」
「きっと見に来たのね中華最強のウマ娘の生の走りを・・・・・!」
その予想は誰もが思い、彼女を見に来た者全員は目に焼き付けんばかりに見ようと意気込む。
「・・・・・スー・・・・・ハー・・・・・」
瞑目して深い深呼吸を何度も繰り返しているその間に赤兎の走る番となり、ゲートに入る。脚に力を入れ、ゲートが開く―――刹那。
一瞬だけ、赤兎の姿が見失った。ほぼ全員の目が彼女の姿を捉えた時は既に5バ身近く進んで走っていた。極限まで前に身体を傾けた姿勢で長い脚を限界までに開き、ウサギの如く跳ぶように速く走るレースには抉れた足跡が残っていた。
「おおおおおおおおおおおおお~~~っ!!!」
とんでもない肺活量を窺わせる大声量が会場を轟かせる。観客達がまるで怪物の咆哮を聞いたかのような印象を抱き、さらにスパートをかけた赤兎は12バ身差以上も後続と突き放して堂々の一着。
『ゴ、ゴールッ!』
実況をする暇も与えず、赤兎は最強のウマ娘のとしての走りを見せつけシンボリルドルフでも越えられない非公式だがレコード・タイムを叩き出した。シンボリルドルフ達の間にも強い衝撃を覚えこれから最強と戦う自分を想像して武者震いする。
走り終えたので枷を身に着け沖澤の所へ戻る赤兎に詰めかけ、スカウトしようとするトレーナー達の足が止まった。話しかけるなと赤兎から伝わる重圧と雰囲気に吞まれ、目の前に通り過ぎる彼女を見送ることしかできないまま立ち尽くしてしまったのだ。
「おー、すっごいなお前。あんな走りを生で見れるなんて感動だぜ」
両手を挙げて笑みを浮かべる沖澤へ無愛想に接する。
「あれが本気の走りなわけあるか」
そう言いながら片方のシューズを脱いで沖澤に渡した瞬間。鉛でも入っているのか体の重心が崩れ倒れそうになった沖澤が目を白黒して驚いた。
「お、重っ!?」
「枷だけが錘ではないからな。で、そちらが指定した条件は果たした。今度はこちらの番だ。約束を守ってもらおうか」
シューズを返してもらい履き直した赤兎は約束の履行を求めた。沖澤は一つ頷き、彼女に向かって手を差し伸べた。
「お前が望む放任主義のトレーナーってのは、この俺の事だ」
「・・・・・お前が?」
「ああ、今日付けでお前はチームスピカの一員だ。よろしく頼むぜ」
出るつもりもなかったレースに出走させられ、してやられた気分になるが本人がそう言うなら致し方ないと握手に応じたその手を強く握った。
「私を煩わせたらわかってるな」
「お、おう・・・・・覚えてるから強く握らないでくれないか?」
「ははは、中国流の挨拶だ。気にするな」
「気にしちゃならない握力で掴まれているんだけど!?」
そんなやりとりをしてる二人から離れた位置で眼鏡を掛けたクールな女性が沖澤達の様子を見て察した。
「チームスピカに加わったみたいね」
「ならば、これからは無視できないチームとなりましたね」
「ええ。彼女に勝つためにリギルはトレーニングを今まで以上に力を入れるわよ。いいわね皆」
気合の入った声を発するチームリギルのウマ娘達。強い好敵手の存在がいようと負けん気はしないという意欲を燃やしていた。
「トレーナー」
「ブライアン?」
「赤兎と模擬戦をさせてくれ。直接走ってみたい」
「本気で言ってるのね。・・・・・いいわ、あいつを釣ることは簡単だから場を用意するわ」
「感謝する」
チームスピカの一員となった赤兎。沖澤に案内された学園内の一角にはトレーナーとスカウトされたウマ娘達と結成したチームの部屋。手狭だが、少人数ならば収まる空間に入ると三人のウマ娘達が待ち構えていた。
「お前ら、新しく加わることになった赤兎だ。挨拶しろよ」
「「「ようこそチームスピカへ!」」」
濃い目の鹿毛で、一部にメッシュが入る前髪と、左耳のリングが特徴的なウマ娘。人間の両耳にあたる部分にもリング状のアクセサリーを引っ掛けており、後ろ髪を束ねている。名前はウオッカ。
やや赤みがかった栗毛で、水色の髪留めでまとめた膝丈までの長さのツインテールと八重歯が特徴のウマ娘。頭頂部にはティアラを載せており、左耳には桃色のリボンを付けている。名前はダイワスカーレット。
銀髪に近い芦毛のロングヘアー、右耳に青いリボンを付け、頭絡に似た大仰な作りの顎紐を通した茶色の水兵帽を被った高身長で優美な容姿のウマ娘。名前はゴールドシップ。
「これだけ?」
思わずとトウカイテイオーが口にした。
「ああ、後はテイオーが入ればチーム解散にならずレースに参加できるぞっと」
着信のバイブレーションで気付く沖澤が携帯を取り出して誰かと話し始めた。その間、ゴールドシップ達は赤兎と話し合いをしていて、自由人であることを知り赤兎とゴールドシップが堅い握手を交わした。
「やぁ、おハナさん待った?」
「別にそれほどでもないわ」
「そっか。夕食のお誘いありがとうな。そっちから今晩だけ奢るから話がしたいと言い出すもんだからびっくりしたぜ」
とあるバーでリギルとスピカのトレーナーが待ち合わせ場所として落合い、おハナさんと呼んだ女性、東条ハナの隣の席に座った。すぐさま目の前にバーテンダーから酒を置かれた。
「単刀直入に言うわ。あなたのところと模擬戦をしたいの」
「赤兎と走りたいってお願いされたわけか」
「ええ、ブライアンにね」
「ほほう。三冠ウマ娘からの直々の果たし状というわけか。その為だけに俺を呼んだんだな?」
沈黙は是なり。東条からの要求に否と答える理由もない沖澤も快く二つ返事で了承した。
「おハナさんから見て赤兎の走りはどう見た?」
「猛禽類の獣ね。勝利に対して牙を剥いて食らいつく狼のような印象を感じたわ」
「赤い兎の皮を被った狼ってことね。でも選抜レースの時、まだ本気じゃなかったってさ」
「・・・・・本気じゃない?」
沖澤は語った。
「靴にも鉛を仕込んでいたんだ。実際持たされて凄く重かったぞ。あの重さであの足の速さ・・・・・まさに化け物だ。ナリタブライアンがどこまで善戦、もしくは赤兎を追い抜くのか想像すらできない」
「・・・・・」
「勝敗はともかく、模擬戦をしたいならおハナさんの願いを叶えよう。奢ってもらってしまったからな」
断れば奢った代金を支払わされることを思えば断れない懐事事情な沖澤。まんまと釣られた男を見ず東城は言った。
「ええ、頼むわね。何時にする?」
「早い方がいい。明日にしようぜ」
「わかった。彼女達がいい走りをすることを願うわ」
「そうだな」