Re:ゼロから始まる弾かれた王様の異世界生活   作:アーロニーロ

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まさかまさかの9,000字越え。描きすぎて少し疲れました。


蝕みましょう、そうしましょう。

 20本以上の氷柱が全て狂いなくエルザの元に殺到する。氷柱は前回のループであった路地裏での小競り合い以上の速度を誇り、そして何より氷柱の先端は明らかに鋭かった。どう考えても普段から使われている非殺傷用の氷柱ではなく襲撃者の命を軽く摘むことのできる殺傷用の氷柱であることは明白であった。それが20本。常人なら抗うことも出来ずに即死する。武術などを嗜み鍛えた人間でもまず高確率で死ぬかもしれない。ましてや不意を疲れた以上、例えエルザでも回避は不可能。な、はずだった。

 

「――備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解。それにしても精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ、殺したことがなかったから」

 

 白煙を切り裂くようにして、黒髪を躍らせるエルザが飛び出していた。ククリナイフを振りかぶり、身軽にステップを踏むその体に負傷は見えない。

 

「ありゃ?君、あの魔法をモロにくらってたように見えたけど気のせい?」

 

 アーデンは戯けながらそう言うが実際だいぶ疑問に思っていた。アーデンの目には確かにエルザの体に着弾する氷柱が確認できた。なのに、

 

「無傷って」

 

「私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。命拾いしてしまったわね」

 

「ああ、なるほどね。高くなかったの?」

 

「ふふ、依頼人が気前良くてね。無料でくれたの」

 

 先程の攻撃を無傷で凌いだ理屈を丁寧に説明するエルザ。そして、アーデンはエルザの言葉から依頼人は相当な金持ちかそれとも布地などに術式を刻めるほどの凄腕であることを悟る。アーデンは厄介なのに目をつけられたエミリアの不運を憐れみながらもエルザはエミリアに向けて刃を真っ直ぐに、重みのある先端を少女の胸へと突き込もうとする。が、

 

「精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、恐いんだから」

 

 多重展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止められた。前回のループではエミリアの実力を完全に見切る前にエルザによって殺されてしまったが、直線的であったとはいえエルザの攻撃を見切り氷の盾を展開したところには目を見張るものがあった。そして、氷の盾で防いだと同時に先程よりも小ぶりな氷の杭がエルザに向けて放たれる。しかし、エルザは追従してくる氷の杭をバク転しながら回避していく。

 

「すげぇ、エルザと互角にやり合ってる」

 

「なるほどねぇ。いい連携じゃないの」

 

「アレが精霊使いの厄介なところじゃ。片方が攻撃して、片方が防御。場合によっちゃ片方が簡単な魔法で時間を稼いで、もう片方が大技をぶっ放す……なんてのもできる。『精霊使いに出会ったら、武器と財布を投げて逃げろ』ってのが戦場のお約束じゃな」

 

 感嘆するスバルと負けが濃厚な戦いを眺めながら(・・・・・・・・・・・・・・)わざと感心するアーデンの横で棍棒を握りしめるロム爺が重々しく呟く。

 

「ところで、爺さんはなにをしようとしてんだ?」

 

「機を見て、エルフの娘に助太刀をと思ってな」

 

「待て待て待て待て待て待て待て!絶対、右腕と首を切られてやられんのがオチだ!ジッとしてよう!」

 

「具体的な負け予想するでないわ! なんでか本当に切られた気がしてくるんじゃ!」

 

「確かに嫌に具体的だなぁ、スバル。でもまぁ、俺もロム爺が今乱入するのは反対かなぁ。あの連携を崩しちゃうと互いに足引っ張りそうだし」

 

「ぬぅ」

 

 スバルのセリフを聞いて実際に前回から前々回のループでそう死んだんだなぁ、と思いながらアーデンは自身の意見を展開させてロム爺の乱入を防ぐ。そうしている間にも戦闘は続く。それも先ほどよりもギアをあげて。それを見たアーデンはある提案をする。

 

「ロム爺」

 

「なんじゃ、若造」

 

「取り敢えず。スバルかフェルトどっちか逃さねぇ?」

 

「なっ」

 

「ふざけんな!あたしは逃げる気なんて毛頭ねぇよ!!」

 

 突然のアーデンの提案にスバルとフェルトは驚愕と否定をもって答えた。この提案にはアーデンなりの理由がある。それは、

 

「いやね。このまま、嬢ちゃんと精霊vsエルザを鑑賞し続けるのもいいけど流石に捕縛する奴がいるだろう?例えば騎士様とかさぁ」

 

「なるほどのぉ。戦力の補充も兼ねてということか。だが、何故そこの小僧とフェルトなんじゃ?」

 

「そんなもん。老い先短いかそうでないかに決まってるでしょ?」

 

「なるほど。文句ない提案じゃなぁ」

 

 アーデンの提案に笑みを深めながら握る棍棒をさらに強く握るロム爺。それを見たスバルはすぐに提案する。

 

「じ、じゃあ!フェルトを頼む!」

 

「理由は?」

 

「俺よりも小回りが効く上に、なによりも疾いからだ!」

 

「確かにのぉ。フェルトには『風の加護』がある。この場から脱出するのも人員を探すのにももってこいじゃな」

 

 新たに出て来た『加護』という単語に興味をそそられながらもアーデンは自身にそれどころではないと自身を諌めてフェルトに向き合う。

 

「了解。フェルト頼「よくねーよ! なんだそりゃ、アタシにケツまくって逃げろってのか!?」……ああ、そうだ」

 

 赤い双眸が睨むように見上げてくるのを、アーデンは笑いながら顔を近づけて受けて立つ。その行動にフェルトは怯む。それを見たアーデンはここぞとばかりに言葉をたたみかける。出来る限りフェルトがここから脱せるような言葉を使って。

 

「言い方を変えようフェルト。俺たちを『助けてくれ』」

 

「は?」

 

「あのまま嬢ちゃんと精霊のコンビが戦っても確実にエルザに負ける」

 

「な、なんでだよ。今まさに互角にやってんじゃねぇか」

 

「本気かそうじゃないかの違いだよ」

 

 そう言いながらアーデンは再度エルザとエミリアとパックの戦闘に目を向ける。確かに一進一退という言葉がよく似合う攻防が目の前で繰り広げられている。だが、パックという精霊の力を考慮すると互角ということはあり得るはずがないのだ。それは表情や雰囲気を見る限り。

 

「嬢ちゃんのほうな真面目だけど精霊のほうは明らかに相手さんを舐めてんのよ」

 

「舐めてるって。手抜いてんのかよパックの奴!」

 

「そゆこと。まあ、俺たちがいるってのもあるんだろうが、それにしてもだ。やろうと思えば100、200かもっと同時に氷柱を出せるだろうよ」

 

 スバルは苦い顔をしながらパックとエミリア、そしてエルザの戦闘に目をやる。確かにパックほどの実力が有ればエルザは雑魚に写るのだろう。だが、それにしたって舐めすぎだとアーデンは思わされる。それはさて置き。

 

「で?どうすんの?フェルト?」

 

「……わかった。死ぬんじゃねぇぞ!」

 

「あいあい」

 

「わかってるよ」

 

「安心せいフェルト」

 

 三者三様に思い思いの逃げ出す準備をするフェルトに言葉をかける。そして、

 

「スバル。これ護身用に」

 

「ああ、サンキュ。って!アーデンさんっ!これ!」

 

「念のためってやつだよ」

 

「……わかった。ありがとうございます」

 

 スバルにアーデンがこちらに飛ばされる前に持っていたものを渡す。どうやらスバルの世界にもあったらしくスバルはこれを見た時に目を見開いていた。そして、フェルトに合図を送る。

 

「今だ!行け、フェルト!」

 

「ッ————!」

 

 アーデンの叫びに弾かれるように、フェルトの矮躯が風に乗って駆け出す。速度は信じられないことに一歩目からトップスピードだ。その様子にアーデンは下を巻きながらも目にもとまらぬ速さで室内を駆け抜け、氷柱の障害も凍結した床も踏破し、少女の体は出口を目指す。

 

「行かせると思う?」

 

 それを真横から阻むのは、エルザが懐から抜き放った投げナイフがフェルトの首へと向かう。が、

 

「行かせさせて貰うよん」

 

 アーデンが飛来する投げナイフの側面を素手で叩き落とすことでフェルトの死を阻止する。フェルトが壊れた戸をくぐり抜けるのをアーデンが確認すると。すぐさま側頭部に向けてエルザの蹴りが迫る。その攻撃をアーデンは屈むことで回避しようとする。瞬間、

 

 パァン!

 

 何か空気が炸裂するような音が盗品蔵を響かせる。それと同時に膝から血を流した(・・・・・・・・)エルザが体制を崩し倒れ込む。エルザの体制を崩した犯人、それは

 

「うおっ!あ、当たった。ていうか意外と拳銃って反動少ないのな!」

 

 スバルだった。そうアーデンが『死に戻り』させないように護身用に渡したのは拳銃だった。アーデンが低反動ようにカスタマイズしたもので初心者でも気軽に扱えることからスバルに渡したのだが、

 

「まさかこれほどの結果を出すとは……」

 

「ようやった小僧!」

 

「いや、どういたしまして!ほら、パック!チャンスはやったんだ!生かせよ!」

 

 スバルがそう言うと何とか二本足で立つことのできたエルザの足元に散らばった氷柱たちが一斉に纏わり付き凍った。

 

「いやぁ、ありがとね?この子、早くてなかなか捉えられなかったけど君のおかげでアッサリいったよぉ〜。それじゃあ、オヤスミ」

 

 パックがスバルに礼を言うと同時に両手が前に突き出され、そこからこれまでで最大級の魔力が集中し照射された。魔法力はもはや氷の形をまとわず、ただ純粋な破壊のエネルギーとして発射された。青白い光が射線上の全てを凍てつかせ、盗品蔵を一挙に白く染め上げる。直撃すれば文字通り跡形もなくなる一撃。それを足を封じられた状態で放たれる。普通であれば回避不可能なはずの攻撃。しかし、

 

「うっわ」

 

「嘘、だろ……」

 

「嘘じゃないわよ。ああ、素敵。死んじゃうかと思ったわ」

 

 エルザは回避していた。

 

「……女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ」

 

「いや、女の子云々の問題だろ、あれ」

 

 奥の手をかわされた形になったパックの言葉を聞き、アーデンは右足からはおびただしい出血をするエルザ(・・・・・・・・・・・・・・・・・:・)を見て顔を顰めながらツッコむ。

 

「早まって切り落とすところだったのだけれど、危ういところだったわ」

 

「それだけでも相当、痛いだろうに」

 

「ええ、そうね。痛いわ。素敵。生きてるって感じがするもの。それに……」

 

 気遣わしげなパックの言葉に恍惚の眼差しで頷き、エルザはその出血する足を持ち上げると、躊躇なくすぐ傍らの氷塊に足裏を押し付ける。

 大気がひび割れるような音が鳴り、「うううぅん」と艶めかしい声をエルザが奏で、直後に振るわれるククリナイフが氷塊の表面を撫で切る。

 

 これで足裏に氷塊の一部を張りつけた乱暴な止血は完了となる。それを見たアーデンとスバルは、

 

「うっげぇ……」

 

「いやぁ、見てるだけでも痛そうだねぇ」

 

「ふふ、でも、ちょっと動きづらいだけで、十分よ」

 

 片方はヘラヘラと笑っているものの痛々しいという感想を抱く。そんな二人を見ながらエルザは硬質な足音を響かせて、氷の靴を履いた足を見ていっそう愉しげに笑う。

 

「パック、いける?」

 

「ごめん、スゴイ眠い。ちょっと舐めてかかってた。マナ切れで消えちゃう」

 

 エミリアの呟きに答えるパック、その声から初めて余裕が消えていた。銀髪の横、肩の上の姿が淡くぼんやりと輝き、今にも消えそうなほど儚げにうつろっている。その様子を見るに、

 

「時間切れ、か」

 

「あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。ありがとね」

 

「君になにかあれば、ボクは盟約に従う。いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」

 

 慈しむエミリアの声に押されるように、パックの体がふいに霧状と化して消える。その様子を見届けたアーデンはある決意をする。

 

「ロム爺さん」

 

「なんじゃ、若造?」

 

「この蔵に剣ってある?」

 

「なまくらでよけりゃあ、の。カウンターの裏にあるぞ」

 

「OK、じゃあ、どれくらい時間稼げる?」

 

「稼げて4、5分程度じゃな」

 

「頼める?」

 

「若造が舐めるなや」

 

 そう言うとロム爺は棍棒を握りしめて立ち上がり突貫する。

 

「おおおおおおおお――ッ!!」

 

 雄叫びを上げて、凶刃を振る抱く続けるエルザに飛びかかったのはロム爺はその棘つきの凶器でエルザの頭蓋を叩き割りにかかる。従来の人間にはあり得ない膂力を持って払われる棍棒は埒外の速度を持ってエルザに振り下ろされる。

 

 

「巨人族と殺し合うのは初めてよ」

 

「抜かせ、小娘。――挽肉にして、大ネズミの餌にしてやるわ!」

 

 横殴りに振られる棍棒の一撃を見届けるとアーデンはスバルに駆け寄り告げる。

 

「いいかスバル。今から俺は剣を取り出す。それまでの間に拳銃でも瓦礫でも使ってアシストしろ」

 

「りょ、了解!」

 

 スバルの返答を聞くと急いでカウンターの裏へと駆け寄る。そこには厳重に鎖で巻かれたなまくらの名に相応しい剣があった。こんなもん厳重にしまうなよと一人愚痴りながら刃が欠けないように鎖を一本一本丁寧に引きちぎる(・・・・・)。残り数本になった段階でいきなりロム爺の戦闘音が消える。それを聞いた瞬間、『丁寧』という言葉がアーデンの頭の中から消え、一気に引きちぎる。そして、剣を手に持ち手に馴染ませると立ち上がり。エルザへと一気に詰める。

 

「ッ!」

 

 弾丸のように飛来するアーデンの攻撃をエルザは咄嗟にナイフの刀身で滑らせる様に受け、軌道を己の体から逸らす事で回避していく。あまりの速さにエルザは目を開き驚くがすぐに驚愕は喜悦へと変わる。

 

「ああ……本当に素敵。あなたとはずっと戦いたいって思ってたの」

 

「ハハ、そりゃあ光栄だね。でもね、残念ことに君の期待にはあまり答えられないと思うよ?」

 

「あら?それはどうして?」

 

「そりゃあね。————勝負にならないからだよ」

 

 アーデンが消えると同時に体幹を大きく捻り、瞬時に幾重もの斬撃を繰り出す連撃技がエルザのナイフに的確に直撃する。そして、エルザの手の内にあったナイフは音を立てて壊れる。

 

 反応もろくに出来ずに手持ちの武器を壊された。そして、首になまくら剣を突きつけられて手の中の獲物の末路にエルザは言葉もない。

 刀身だけが切り落とされたナイフには柄だけが残った。

 

「で?まだやる?」

 

 膝を屈したままのエルザの表情は見えないもののアーデンは口元を若干釣り上げながらエルザに近寄る。すると、エルザの身が跳ねるように動く直前、

 

「二本目があるぞ!」

 

 腰から引き抜かれた二本目のククリナイフが、アーデンの顔目掛けて飛ばされる。アーデンは咄嗟に剣の側面を突き出し防ぐ。奇襲を回避されたエルザはその黒瞳をスバルに向けて、

 

「よくわかったわね」

 

「実体験があったんでな!」

 

 中指を立ててスバルは自慢にならない自慢、エルザはそれを戯言と判断したのか聞き捨てて、

 

「ただし、牙は二本だけではないの。……仕切り直しに付き合っていただける?」

 

「呆れたなぁ。実力差くらいわかんない奴じゃないだろ?それとも何?牙全部引っこ抜けば止まったりするの?」

 

「まさか、牙がなくなれば爪で。爪がなくなれば歯で。歯がなくなれば骨で。骨がなくなるのならば命で。――それが戦闘狂というものよ」

 

「あっそ。じゃあ、全部引っこ抜いてやるよ」

 

 腰から三本目のナイフを抜き、二刀流を構えるエルザが再び跳躍する。エミリアとパックと戦っていた時とは打って変わって二次元的な軌道が三次元的なものへと変わってゆく。まさに縦横無尽。蜘蛛のように、しかし豹のように盗品蔵を駆け巡るエルザは刹那の時にアーデンに肉薄して斬りかかる。そんな攻撃すらもアーデンはため息を吐きながら相手の武器に負担をかけるように受ける。そして、あることを決行する。

 

「スバル!」

 

「うお!なんすか?アーデンさん」

 

 突然呼ばれたスバルは驚きながらも反応する。

 

「ロム爺どう?」

 

「どうって、禿げてるとしか言いようがないっすけど」

 

「怪我ないのって、あ゛あ゛もう邪魔!」

 

 そう言うと地面に着地したエルザの足を踏みぬき剣の側面を横っ面に全力で叩きつける。

 

「ぐっ」

 

 うめき声を上げながら紙屑のように飛んでいったエルザはカウンターに派手に激突し辺りに土煙が舞う。そして、すぐさま土煙の中からアーデンの死角を狙ったエルザが飛び出す。が、首を横に傾けてアーデンは難なく回避する。エルザが飛び退く寸前に打ち砕いたはずの頬骨が治り、血を滴らせていた筈の膝が何事も無かったかの様に血一つ流れていないことに気づく。再生可能であることに舌打ちをして再度スバルに声をかける。

 

「怪我ない!?」

 

「さっき彼女に治してもらったからないっす!」

 

「んじゃあ、シガイ使うからロム爺運んで盗品蔵から離れろぉ!」

 

 そう言った途端スバルの顔が明らかに青ざめる。この盗品蔵までの過程でシガイの脅威や実物を見せたからだろうか。普段の減らず口すら叩かずにエミリアに声を掛けてその場から離れようとする。その際、エミリアが明らかに100キロ以上ありそうなロム爺を持ち上げてスバルが大口を開けて驚く様にアーデンは吹き出しかけた。スバルとエミリアが盗品蔵から抜け出すのを確認すると

 

「追いかけなくてよかったの?」

 

「今はあなたに集中したいから。それで――なにを見せてくれるの?」

 

「んー、そうだなぁ」

 

 跳ねるエルザの問いかけに、アーデンはとても守る側とは思えないように悪辣に笑いながら答える。

 

「『厄災』ってやつを見せてあげるよ」

 

 瞬間、アーデンの雰囲気が黒く澱む。

 

 それを見たエルザは足を止めてアーデンと向き合い、構える。今の今まで構えたことない、いや、構えるはずのない暗殺者が暗殺者としてあるまじき行動に出る。上体が徐々に徐々に深くなってゆく。その様子はまるで居合の構えのようにも思えた。

 

「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」

 

「ーーーアーデン・イズニア」

 

 すさまじい剣気が室内を押し包み、向かい合う二人の戦意が大気を震わせる。

 唇を舐めて名乗り上げを行うエルザに、アーデンは退廃的に笑いながら答える。

 

 きっかけはエルザからだった。全力の踏み込みと共にエルザが駆ける。空気抵抗を極限まで削いだ構えは勢いを落とさずむしろ早めてさらに速度が上がる。前傾の居合に似た構えから電光石火の勢いで対象に接近しすれ違い様に腹に一閃される。そして、アーデンの腑がまろび出る、はずだった。動かなかった。エルザの腕には確かな感触があったのだ。肉を切り裂く感覚。聞き慣れた心地良い音。だと言うのに、まるで硬い物につっかえたかのように、ナイフがその動きを軋んだまま止めていた。切断するはずだった箇所に目をやってもやはりエルザの刃は確かにアーデンの腹を捉えていた。

 

「はぁい、つ・か・ま・え・た・ぁ♡」

 

 エルザの手を握りながら嘲るようにアーデンは嗤う。アーデンがしたことは口で言うには簡単だが、実演するのは不可能である神業だった。アーデンは当たる箇所に予想を立てて攻撃の当たる瞬間に部位の筋肉を締めることでエルザの攻撃を耐えたのだ。常人であれば不可能であるはずのこの行為はシガイの王であり、2000年以上ものベテランであるアーデンだからこそ出来た芸当である。

 

 嘲りを浮かべたアーデンの目から黒い涙が溢れる。体がひび割れるような感覚に陥る。そして、その感覚とともにシガイが手を起点に溢れ出る。手を握り締められているエルザは回避することもできず、アーデンのシガイが右手に移る。エルザは固まって抵抗せずにまるで強い衝撃を受けたように(・・・・・・・・・・・・・・)固まっていた。これは好都合と思いアーデンはエルザの肩まで侵食したシガイの出力を高めようとする。が、すぐにその場から飛び退く。次の瞬間、美しい白い極光がアーデンの延長線上———エルザを飲み込んだ。

 

 

 この日、エルザは運命と出会った。

 

 かつてのエルザ・グランヒルデの出身は北国のグステコだった。親もいないうえ貧しかった為、盗みを働く毎日を送っていた。つまり、フェルトと似た生活を送っていた。

 

 そんな、ある日。突然商店の店長に取り押さえらてしまった。元々、そのような兆候はあった。下卑た目線がよく自身を見ていたのだ気づかないはずがない。それはエルザ自身が自覚していたのだ。下品に笑ったその男に上着も下着も奪われ、何をされるかは幼い頃のエルザですらわかりきるほど明確であった。凍死を覚悟するが、彼女はたまたまガラス片を拾い、何も考えずただただそれで男の腹を切り開いた。

そして、冷たい風の中、こう思った。

 

 『血と臓物は、なんて温かいんだろう――』

 

 その日から彼女は、この世に幸せがあるとしたら『寒さを忘れさせる温かさと美しさ』だということを悟った。

 

 そして今日、人生における第二の衝撃に襲われた。初めは退屈な仕事だと思っていた。報酬に単純に引っかかる子供。そして、こんな単純な子供からあっさりと物を盗まれる間抜けなターゲット。どれもがエルザにとって退屈極まりないもでしかなかった。

 

 だからこそ予想だにしなかった。壮絶なまでに強い相手が目の前に現れたという事実に。

 

 初めは期待していただけだった。全身から自身以上に血の匂いを漂わせる相手に。だが、その予想はいい意味ですぐに覆された。強すぎた。それこそ圧倒的なまでに。自慢の速度すらも上回っていることを知った時は笑うしかなかった。話に聞く『剣聖』よりも強いのでは?と思わされるほどだった。

 

 しかし、そんな衝撃はさらなる衝撃を持って塗り替えられた。

 

 あれはなんだ?相手(アーデン)の体からほと走る黒いモヤは。悍ましく、生命を淘汰しうる黒い極光は。ああ、でも、なんて、なんて

 

 なんて美しいのだろう(・・・・・・・・・・)

 

 顔を上げて顔を見る。すると、眼前に広がる男の顔はまるでバケモノのように変貌していた。目や涙が黒く染まり。それだけでなく着ている服すらも黒く感じるほどの禍々しいオーラを感じる。ひび割れた体から黒いモヤが溢れ出す。エルザは理解した。世界から嫌われる存在であるエルザだからこそ理解できた。これはあってはいけないものだ、と。これは生きとし生けるものが受け入れられないものである、と。

 

 なのに、何故、目の前の男は生きていられる?何故、不敵に不幸などないと言ったように笑えるのだろう?何故、世界に否定されながらも自身が自身であると隠さずに生きていけるのだろう?望まれているはずがないのに生きていて良いわけがないのに。

 

 知りたい。胸が信じられないほど高鳴る。エルザの頰に、高揚からほのかな赤みが差す。普段色気ある美女として振る舞い蠱惑的な表情が鳴りを潜め、まるで初恋をしたかのような顔つきになる。しかし、目の前の男———アーデンが飛び退くことで思考が止む。

 

 待って欲しい。

 

 そう願いながら手を伸ばす。瞬間、彼とは正反対の世界に祝福されたかのような白い極光が自身を包み思い出す。自身が仕事の最中であったことを。それでも尚、エルザは確信する。

 

 自身が運命に出会ったのだと。




⭐︎エルザルート突入!
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