春のファンフェスティバル。
それはトレセン学園の一世一代の大イベント。
そのファンフェスティバルには、大勢のウマ娘ファン達が足を運んでくる。
そして、今年は京都レース場でのエキシビジョンカップが最大の目玉となった。
会場の京都レース場以外でも、府中のトレセン学園、全国の各レース場のオーロラビジョンでレースの模様は中継され、テレビでも流れる為、国中が大注目のレースとなった。
何しろ、出場するウマ娘はG1勝利馬や三冠馬、コースレコード持ちのウマ娘、それらの名ライバルとして凌ぎを削りあったウマ娘など、通常では考えられない超豪華メンバーによる夢のレースだ。
数年前の菊花賞から復帰に数年越しかかったミホノブルボンと宝塚記念で重傷を負ったライスシャワーの久しぶりの対戦という事も手伝って、ウマ娘ファン達は大いに湧き上がった。
その雰囲気は、当日京都レース場に足を運んだトウカイテイオーやメジロマックイーンもひしひしと感じていた。
観客席の最前列に陣取った二人は、その熱気にそわそわとしてしまった。
「遂に……始まるね、マックイーン」
「もう三度目ですわよ、そのセリフ。もう、自分が出走するわけじゃないんですから、落ち着いて下さいませ、テイオー」
「だって、僕らも二人の調整を手伝ったわけだし、それにコレは僕らの勝負でもあるんだか。それ以前にライスが無事走り切れるのかって言う事も不安だし」
「問題ありませんわ。ライスさんは私達と調整をしている間も医師の診断を受けましたし、メジロ家の主治医の診断でも何ら問題無いと言っていましたし」
「げっ、主治医さん!? その名前はあんまり聞きたくないというか。注射のトラウマが…」
「もう。ホラ、もうパドックが始まりますわよ」
『さぁ、いよいよトレセン学園ファンフェスティバル特別記念、エキシビジョンカップ、遂に出走ウマ娘達がパドックに姿を表します』
マックイーンが指さしと同時に場内アナウンスで流れ、パドックの幕が開き、遂に最初のウマ娘が姿を現す。
『さぁ、最初に姿を現したのは、一枠一番ナリタブライアンです! 本レースにおける大本命、帰ってきた最強のウマ娘が今回、どのようなレースを走るのか。エキシビジョンレースではありますが、ここはその走りに期待したいところです』
ナリタブライアンはいつものように冷めた表情で観客席を見回し、そのまま踵を返して去っていった。
『続いて姿を現したのは、勝利の探求者ビワハヤヒデ! こちらも妹のブライアン同様いつも通りの落ち着き。計算しつくされた理論とそれに裏打ちされた確かな実力で、妹との直接対決からも目が離せない、実力派ウマ娘です』
ビワハヤヒデは、先程のブライアンとは違った落ち着き払った様子で観客に大きく手を振るとそのままカーテンの奥へと戻っていった。
『そして、三枠三番は、今回のレース開催のきっかけにもなった天皇賞春二勝のこのウマ娘、ライスシャワー……って、え?』
ライスが姿を現した時、アナウンサーのみならず、観客席全てがあっと驚いたような空気を醸し出した。
ライスはいつもの勝負服ではなく、更に黒い生地の煌びやかなドレスに欧州の貴婦人が葬式で被りそうな顔を隠す黒いレース状の布をつけた帽子を被っていた。その帽子には、いつも被っている帽子同様に青いバラがあしらわれており、遠目で見てもライスとは分かったが、まさかここで新しい勝負服とは。
「ライス……いつもの勝負服じゃないなんて。この勝負にどれくらいの意気込みで望んでるんだろう」
「あの勝負服は、天皇賞春で二勝目を上げた際に発注されたモノだそうです。もしもその後も勝利を重ねてドリームトロフィーに挑む時の為のモノだと。ですが、一昨年の宝塚記念で怪我を負った際に勝負服も強く痛んでしまったそうで。ここでのお披露目とのお話でしたわ」
「そうだったんだ。でも、まさかライスまで新しい勝負服を着てくるとは思わなかったよ」
そういうテイオーは、少し笑って告げた。マックイーンは「もとは?」と首を傾げる。
そうこうする間に、パドックではメジロパーマー、マチカネタンホイザ、イクノディクタスが姿を現していた。
『そしてお次は、今回のレースのもう一人のきっかけ、強豪揃いのこの勝負、果たして主役になれるか、二冠ウマ娘、ミホノブルボン……あ!』
アナウンサーがまたも驚きの声を上げる。そこへ現れたミホノブルボンもまたいつもとは異なる勝負服に身を包んでいた。
銀を基調とし、差し色に更に黒味を増した銀色と襟元にピンク色の入った、何処か戦闘機を思わせる新たな勝負服。
「ブルボンさんもでしたか」
「うん。あれは復帰してG1で単独勝利を飾ったらお披露目の予定だったみたい。だけど、この勝負にかけるブルボンの思いを受け取って、今回お披露目になったんだってさ」
新たな勝負服を来て現れた二人のウマ娘。このレースのきっかけを作った二人であり、因縁のライバルと呼ぶべき好敵手同士。
今回の勝負には、他にもとんでもないレベルの強豪だらけで二人の勝負どころではないかもしれないが、それでも二人には全力で走って欲しい。
それから、ウイニングチケットやナリタタイシン、他数名のウマ娘達もパドックに姿を現し、遂にゲート入りとなった。
テイオーとマックイーンは無言のまま、真剣な眼差しでゲート入りを待つウマ娘達を見詰める。
「さぁ、全てのウマ娘のゲート入り、完了しました! トレセン学園ファン感謝祭 エキシビジョンカップ、今! スタートしました!」
パドックからターフに降りた時、とても懐かしい臭いがした。
そして、ライスはようやく戻ってきた事を実感した。
長らく離れていたレース場。
自分にとっての戦場であり、戻りたかった場所に。
そして同時に、あの日からずっともう一度辿り着きたかったレースに。
帰ってこられたんだ。
そう思うと、本当に嬉しく感じる。
「ライス」
と、そんな事を考えていたら、突然声をかけられた。振り向けば、そこにはナリタタイシンの姿。
「やっと帰ってきたね。ずっと待ってた」
「? タイシンさん?」
タイシンがぶっきらぼうに告げるのに、ライスは首を傾げる。急にどうしたのだろう?
「私は、……あの宝塚記念で、アンタが怪我をした時、すぐ傍にいた。レース中の事だから助けようが無かったけど……」
そこまで言って、タイシンは一度言葉を切り、
「あの瞬間、あたしはアンタがあたし目掛けて倒れて来ると思った。その時目があって、アンタは急に止まった。まるで、あたしにぶつからないようにする為に……」
一息でそこまで言い切ったタイシン。もう顔を伏せ、表情も見えない。
「それからあたしはずっと考えてた。アンタの怪我があそこまで悪化したのは、あたしのせいじゃないかって……だから、。だから……ずっとアンタに謝りたかった。あたしがあの時、あんな場所に居なければ。ごめん」
「タイシンさん……」
言われて、ライスは戸惑う。病院で何度か自分を見詰める彼女を見掛けたが、まさかそんな事を気にしていたとは。
ライスはどう答えたモノかと悩む。謝罪したものの、タイシンの表情はまだ固い。きっと何か言葉をかけなければ、彼女は自分を許せないかもしれない。
黙って考える。どう声をかけるべきなのか。
「……タイシンさん」
そうして、ライスはやっと口を開いた。考えに考えて、これしかないという言葉を。
「ライスは。タイシンさんのせいで怪我をしたんじゃないです。ライスが自分の足の状態に気付かなかったから怪我をしたんだよ。だから……今日は、一緒に良いレースをしましょう」
ライスが笑って声をかけると、タイシンは顔をあげ驚いていた。
「……許してくれるの?」
「許すも何もないよ。ライスも帰って来られたし、タイシンさんもここに戻ってこられたから。きっと、それで良いんだよ」
そういうライスに、タイシンは呆けたように見ていたが、不意に好戦的な笑みを浮かべた。
「そっか。なら、今日はアンタに勝ちに行くよ! 覚悟しといて!」
「はい」
ライスが笑顔で頷くと、タイシンも軽く頷き去っていった。
どうやら、これでやっと何の蟠りもなくなったようだ。
ライスも清々しい顔でゲートをくぐり、スタートの瞬間を待った。
こうしてゲートが開く瞬間を待つ数秒間でも長く感じてしまう程に、ずっとずっと待ち続けた瞬間だ。
必ず、勝って見せる!
ライスはそう思い、覚悟を決めてスタートの構えをとったと同時に、ゲートは開き、彼女は待ち切れないと言わんばかりに飛び出した。
そして、遂に戦いの幕は開いた!