『さぁ! 全ウマ娘、見事なスタートを決めました! 先に飛び出したのはやはりこのウマ娘、メジロパーマーです!』
スタートした瞬間、アナウンスが走る。飛び出したのは大方の予想通りメジロパーマーだ。
その姿を見て観客が歓声を上げる。
そして、全てのウマ娘達が動き出す。
「さぁ、ウマ娘達は並んで第三コーナーを目指す。先頭メジロパーマー、そのすぐ後ろにはミホノブルボン、ナリタブライアンとマヤノトップガンが並ぶ。更にそのすぐ後ろ、ビワハヤヒデ、マチカネタンホイザ、イクノディクタスが並び……その後方、なんと中段やや後ろにライスシャワーの姿あります! これだけの強豪が集まった中では、復帰したばかりのライスシャワーもついていくので精一杯なのか?」
アナウンサーが叫ぶ。それは大勢の予想を大きく裏切る展開で、観客からはどよめきがあがった。
「ライスが集団後ろ! そんなバカな! いつも先行の位置で前を狙うのに!」
「ブルボンさんが先頭をパーマーに譲った? 何を考えてますの?」
それは、それぞれの調整を手伝ったテイオー、マックイーンも同様だった。
まさか、こんな展開になるなど誰が予想しようかーー二人の場合、周りとは少しだけ事情も違っていたのだが……ーー
しかし、当の本人たちは至って冷静だ。
何しろ、それが出走前から作戦だったのだから。
(まずは集団後ろで足を溜める。一周目はこのまま、スタミナを温存する。ペースは一定に保って前がペースを上げても射程内に収めるだけにする)
(先頭の真後ろで風を避け、スタミナと足を溜める。このまま風よけになってもらい、一周目はこの位置でキープ!)
二人の考えはついたポジション通りだった。
元々、調整を手伝ってくれたウマ娘達と一緒に考えた作戦だった。
前半は先頭の真後ろや集団の中でスタミナを温存する。そして、二週目入ってから勝負。
勝負のタイミングは、やはり二人とも一緒だった。
違う事と言えば、ブルボンの心中には別の思惑もあった。
(ようやく訪れたライスとの勝負。他のウマ娘達には悪いですが、これは私達の勝負の場所。邪魔はさせません)
即ち、ブルボンはライスと一対一で勝負をしたいと考えていた。
それは、これだけの強豪が集まっては到底叶う事では無い。そんな事、ブルボンには考えれば分かる。
だが、それを実行させる術を、ブルボンは知っていた。彼女に教わったあの方法ならば…
『さぁ、ウマ娘達が第四コーナーを回って正面スタンドへと近づいていきます! 隊列はそのまま、いや。ここでミホノブルボンが先頭に立った。そのまま集団は正面スタンド前へと駆けこんできた!』
ブルボンが突如先頭に立った。そのまま集団を真後ろにつけて少しペースを上げる。すると、すぐにパーマーがムキになって追い越しにかかる。
『ブルボンを追って、パーマーも追い越しにかかる。しかし、上手くブロックして前にいけない。ミホノブルボン、一周目の折り返しで先頭に立ち、そのまま正面スタンド前を通過。集団のペースが僅かだが上がった~!』
「そんな! 一周目は先頭の後ろで溜めるって作戦なのに! ブルボン、どうしちゃったんだよ!」
「ふっ。此方は予定通りですわ。どうやらそちらの当てが外れたようですね」
そんなブルボンを見て嘆くテイオーと余裕の笑みのマックイーン。しかし、二人でさえ気付いていなかった。ブルボンの仕掛けた功名な罠に。もしもこの時トレーナーが一緒にいたら、二人は何が起きていたのか気付いていただろうが、生憎とトレーナーはトレセン学園だった。
アナウンサーの叫びがウマ娘達と共に駆け抜けていく。そうこうする内に、ライスは更に少し後方、ナリタタイシンやヒシアマゾンと並ぶ位置にまで下がった。
「おっとここでライスシャワー! 更に位置を下げ、追い込みウマ娘達と殆ど並んだ位置まで。やはりあの大けがの後では普段の走りは無理か~」
駆け抜けていくウマ娘達。レースはそのままの位置取りで第二コーナーを過ぎる。ブルボンは依然先頭だが、そのすぐ後ろにはメジロパーマーやナリタブライアン、マヤノトップガンなどを従えた状態。
『さぁ、レースはいよいよ中盤! 第二コーナーを過ぎて二周目! 天皇賞春と同じ3200メートル、勝負はここからだ! 最終コーナーを回った時、トップに立つのは、どのウマ娘でしょうか?』
固唾を呑んで見守る群衆とテイオー、マックイーン。そんな中、ウマ娘達はあっという間に第二コーナーを過ぎ、第三コーナーへと、ウマ娘達が一気に駆け抜けていく。
それも先程までよりも早く。
そのまま二周目最初の直線を駆け抜けて、遂に第三コーナーが迫ってきた。
そこでブルボンは後方のウマ娘達がピタリと後ろについてきているのを確認する。
(さぁ、仕掛けはこれくらいで十分でしょう! 行きますよ!)
そして、勝負は二周目最初が間近に迫った辺り。
そこで、ブルボンは気迫を籠める。
その瞬間、客席のテイオーとマックイーンも何かがこみ上げてくるような心地がした。
「な、何、コレ? どうしてこんな胸が熱く!」
「わかりませんわ。でも、興奮を抑えきれません!」
そう言っている間に、ブルボンが溜めていた足を悠然と解き放った。
『あ~っと! なんと、第三コーナー手前で、ミホノブルボンが仕掛けた! まさかのスパート! これはどういう事だ!』
アナウンサーの叫びと共に、ブルボンは一気に後続を突き放す。観衆から大歓声が湧き上がる! 後ろのウマ娘達はまさかここで仕掛けてくるとはと溜まらずブルボンを追いかけようとする。しかし、その差はまるで縮まらず、開く一方だった。
「え? なんで? 第三コーナー手前で仕掛けようって打ち合わせてたけど、どうして後ろがついてこれないの?」
「信じられませんわ。パーマーはともかく、あのナリタブライアンさんやマヤノトップガンさんまで! 一体、何が?」
二人は気付かない。
ブルボンが先頭で、僅かずつペースを上げ、後続のスタミナを奪っていた事を。
これは、同じ逃げ馬として今回の調整に付き合ってくれたサイレンススズカからの入れ知恵だ。
「私がクラシック戦線でダービーにチャレンジした時、恐ろしい逃げウマ娘がいたわ。彼女は菊花賞出走を待たずに怪我をしてしまいトレセン学園を去ってしまったけれど、あんな逃げ方をする馬を、私はあれ以来一度も見た事無かった」
そのウマ娘はガムシャラなようで、巧妙な罠を張る知略に長けたウマ娘だった。
出鼻で先頭に立った後、彼女は後続をすぐ後ろに従えて走る。その走りは簡単に追いつけそうに思えて、周りは最終直線で置き去りにしてやると考える。
しかし、実はそれこそが彼女の張った罠。
彼女は周りが気付かないよう、僅かずつペースをゆっくりと上げていき、じわじわと相手のスタミナを奪っていく。
そして、最後の直線に差し掛かった頃には、他のウマ娘は自分が気付かない内にスタミナを奪われ、スパートが利かなくなり、彼女に悠々と逃げられてしまうのだ。
その走りはあまりに鮮烈であり、ウマ娘の中でも最強の逃げ馬と呼ばれるようになったスズカをして脅威に感じる程の相手。
もしもその戦法を実行する事が出来たなら、勝利はぐっと近づくだろう。ブルボンの豊富スタミナをもってすれば、長距離でも不可能ではないかもしれない。
スズカはそう語っていた。
それを仕掛けるタイミングを、ブルボンは虎視眈々と狙っていた。
自分のスパートが第三コーナー手前からならば、それまでに相手のスタミナを奪ってしまえば良い。負けん気の強いウマ娘達だ。この罠にかかるモノも少なくないだろうと何故か思えた。
その罠は見事に嵌り、後続のウマ娘達に足は残っていない。
スタート直後、ライスの位置は確認してある。彼女は集団のやや後方。
あの位置にいるモノはこの罠には掛かりにくい。元より自分よりも遥かにスタミナに優れるライスの事、恐らく罠に掛かろうとも勝負に支障はないと信じたい。逆に、仮にもしこれで上がってこれないなら、それまでだ。
先頭を猛全と走るブルボン。その脳裏には、もう他のウマ娘達はいなかった。
(さぁ、来てくださいライス! あの日の続きを、二人だけで!)