(さぁ、来てくださいライス! あの日の続きを、二人だけで!)
ブルボンは願った。
彼女にとってのヒーローであり、好敵手、彼女にとっての最大の宿敵の到着を。
対して、ライスは後方からドンドンと落ちてくるウマ娘達を見ていた。
どういうわけか、ブルボン以外のウマ娘達が速度を下げてくる。
一体何が起きているのかまるで分からない。
分からなかったが、その中でブルボンだけは遥か前方にいる。
ライスはその背中を見詰めた。ブルボンは遥か先頭だが、先程のスパート以降まるで速度を上げていないように見える。まるで何かを待っているかのように。
ふと、その背中から声が聞こえた気がした。
『ライス。さぁ、早くここへ』
第三コーナーが目前に迫る中で、ライスはその声を確かに聞いたのだ。
ブルボンさん……。
ライスは……。
ライスは……。
一方、思わぬ展開で楽々と先頭に立ったブルボンを見て、テイオーはご満悦な笑みを浮かべ、マックイーンを見る。
「とりあえず、思ってたのとは違うけど、ブルボンが第三コーナーで先頭に立った。このままじゃブルボンの勝ちだけど、マックイーンはどうするつもり? このままじゃ僕の勝ちだけど」
対して、マックイーンも負けじとニヤリと笑い返す。
「何を仰いますの? 私達が仕掛けるのもこれから。勝負もここからですわ」
マックイーンはそう言って、意味有り気にライスを見詰める。
(さぁ、何が起きたか分かりませんが、これは宣材一隅のチャンスですわ。ライスさん、今度は貴方が仕掛ける番ですわよ)
そんなマックイーンの視線にはまるで気付かず、ライスは思案する。
もうすぐ第三コーナー。
先頭にはブルボンが一人で、ライスを待っている。
ならば、自分がすべきことは一つだ。
そうして、ライスは覚悟を決めた。
その瞬間、ライスが纏っていた空気が変わる。
冷たく、張りつめた、それでいて暗く燃え盛る炎のように。
ライスは……。
ライスは……。
ライスは……。
ライスは、必ず! ブルボンさんに勝つ! 勝って見せる!
だってライスは……。
ライスは……。
ヒーローだから!
その思考の爆発と共に、ライスは猛全とスパートをかけ、ブルボンの元へと詰め寄った。
『おーっと、なんとここでライスシャワーも出た! 先頭を走るミホノブルボンに迫る! 迫る! っと、え?』
ライスのスパートの瞬間、テイオーとマックイーン、どころかレースを見ているモノ全てがソレを感じた。同時に大歓声を上げていた観衆がピタリと押し黙る。
「な、なにコレ? 急に寒気が……」
「これは……まさか……」
自分の両腕を抱いて震えるテイオーと恐怖に引き攣るマックイーン。
「あの時の……私の三連覇が掛かっていた天皇賞春でライスさんから感じた、恐ろしいばかりの執念」
「じゃあ、コレはライスが……」
二人がそんな事を話してる間に、ライスはあっという間にブルボンの真横に並んだ。
ブルボンもすぐにそれに気付き、ライスに視線を送る。
(ようやく来ましたね。ライス)
(ブルボンさん)
二人は視線だけで互いが何を言いたいかを理解した。過ごしてきた時間が、互いをレースを走る事で鼓舞しあい、励ましあってきた者同士、もう言葉は要らなかった。
視線を合わせて、話したい事を存分に語りあう。
(この時を、ずっと待っていました。貴方ともう一度、競い合える日を)
(ライスもずっと、ブルボンさんと一緒に走れる日を待ってた)
(ここまで来るのに、随分と周り道をさせてしまいました。ごめんさない。待たせてしまって)
(ライスも、一緒に走れる筈だったのに、一年以上も待たせて、ごめんなさい)
(でも、やっと来れました。ここまで……)
(うん。またブルボンさんと走れる。これからもずっと)
(でも、今は互いに勝負をする時です。だから、)
(うん。だから、)
(勝負です、ライス!)
(勝負だよ、ブルボンさん!)
互いの視線が反れる。それが、始まりの合図だ。
一瞬の静寂、
そして……
二人は全く同時に仕掛けた。
『ここで、ミホノブルボンとライスシャワー! 同時に仕掛けたぁぁ~! 第三コーナーの入り、心臓破りの坂が目前に迫る! それでもお構いなしに、信じられない速度で、両者がスパートをかけるぅ~~!! 完全に一対一のデットヒートォォ!』
アナウンサーが叫ぶ。だが、もうそんな声は走る二人にも、観客たちにも誰も聞こえていなかった。
もう言葉など要らない。
両者一歩も譲らず、第三コーナーの坂を駆けのぼる。
後続はもう大分離していて、もう二人の勝負には誰も立ち入る事も出来ない。
そんな中、二人は走った。
全力の、全力の、更に全力の、そのまた更に全力の、全身の体が千切れて、なくなってしまうのではと思う程に力をふり絞って駆け抜けた。
もう足の感覚は無い。
ただガムシャラに前へと進む為に回転し続けているだけ。
腕の感覚も無い。
勝手に前後に動いて、体が前に進む助けになっている。
顔に当たる空気の壁も、もう感触すらない。
ただただ、相手より一歩でも先にゴールへ入る為に、前へ前へ行く事以外に出来る事も無い。
呼吸もしている感覚はあまりない。自然に肺に空気が入り、また抜けていくだけ。
それも前進する為だけに必要な行為だ。
『さぁ、両者第四コーナーを過ぎても一歩も譲らない。二つの体が重なって、まるで一つの生き物のように互いにゴールだけを目指して駆け抜けていく! この勝負、どうなる! どうなる! どうなってしまうのかぁぁ~~!!』
もう音も聞こえない。
触れたモノの感触も、まるで夢のように微かだ。
超高速の、極限の状態にあっては、あらゆる感覚があってないようなものだ。
蹄鉄が抉る大地の断末魔と弾ける土の感触と音だけが辛うじて聞こえるくらいだ。
もう勝とうという意思すら曖昧だ。
一秒でも早くゴールに辿り着く為だけに、ライスとブルボンは全ての力を注ぎ込んだ。
僅かに横を見れば、宿敵の姿がある。
『さぁ、ゴールは目前に迫る! ぐんぐんと迫って来る! ゴール版を先に駆け抜けるのは、ミホノブルボンか! それともライスシャワーか~~!!』
ああ、彼女とずっと走りたかった。
こうして、全力であらゆる物を無視して、駆け抜けたかった。
この時間はいつまで続くだろうか?
出来る事なら、もう永遠にこうして走っていた。
彼女といつまでも走り続けたい。
二人だけで、何処までも何処までも、走っていたいだけだ。
いつか終わるのだと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
時間よ、停まれ!
停まっておくれ!
お願いだから!
お願いだから!
叶わぬ願いと知りながら、それでも二人は同じく願った。
願って、願って、願い続けた。
『さぁ、ゴール板を、両者の体が重なって! 今! ゴ~~~~ル!』
そうして、唐突にその尊い時間は終わりを告げていた。