それは、まさに奇襲だった。
セオリーでは有り得ない、ライスシャワーのロングスパート。
一周目は中段、集団の六番目に位置していたライスだったが、二周目の坂に差し掛かった所で突然仕掛けた。
それはあまりに突然の事で、観客席もターフ上のウマ娘達も一瞬何が起きたか理解出来なかった。
ミホノブルボン、そしてメジロマックイーンを得意の長距離で下したライスシャワー。しかし彼女の戦術は、一番人気だった二人のすぐ後ろを完璧に追走しきり、最終直線に入った所で仕掛けて抜き去るという戦法だった。
それが、今回は京都レース場のセオリーを完全に無視した戦術。
それを追走するウマ娘達を後目に、ライスシャワーは二馬身のリートを得てゴール前直線に突入、最後は後続に追いつかれるもほぼ同時のゴール。際どい鼻差での勝利となった。
それを見た会場は、ライスシャワーの本当に長い事遠ざかっていた再びの勝利に大きな歓声を上げる。
それは、今まででは考えられない事だった。ブルボンに勝利した時も、マックイーンに勝利した時も歓声はなく、悲鳴にも似たブーイングの嵐で、同じターフを駆け抜けた者達の賞賛以外彼女に与えられたモノは無かったのだから。
ブルボンはその反応に、安堵のような感情を得た。
ブルボンは、レースを終えたライスを迎えに行くべく、テイオー、マックイーンと共に地下通路へ向かう。
三人が地下通路に到着すると、ライスシャワーがターフから丁度戻って来るところだった。ライスシャワーも三人に気付いて小走りに駆け寄ってくる。
「ライス」
ブルボンが声をかけると、ライスシャワーの顔が安堵したようにほころぶ。
「ブルボンさん。それにテイオーさんとマックイーンさんも」
「やぁ、ライス。敵情視察がてら応援に来てたんだ。おめでとう。これで春天、二勝目だね」
テイオーがライスシャワーにニカっと笑って親指を立てる。
「はい。やっと何とか勝てました」
「凄かったですわね。二週目の坂に入ったところからのロングスパート。最後は危なかったですが、鼻差でも勝利は勝利。お見事でしたわ、ライスシャワーさん」
少し疲れた様子で笑うライスシャワーにマックイーンも賞賛する。実際、彼女の言う通り、二週目の坂からのロングスパートは奇襲として上手く成功していた。最終的には差されかけたモノの、そのお陰で勝てたと言って良いだろう。
「それにしても、どうしてあんな手前から仕掛けようと思ったんですの?」
「あの坂に差し掛かる手前で、ここから仕掛けたら勝てるかもって不意に思いついたんです。まともに最終コーナーで仕掛けても、勝ち切れるか分からなかったので、ここで仕掛けたらみなさんの虚をつけるかなって。あそこから仕掛けてもスタミナは持つと思いましたので」
控えめに笑うライスシャワー。ゴール手前七五〇の距離からのロングスパートでスタミナが持つとは大した自信だ。生粋のステイヤーであるライスシャワーならではと言える。
ブルボンからしたら、あんな手前から仕掛けようとはまるで思いもしない。流石のスタミナ自慢のブルボンでも、三二〇〇の距離は骨が折れる。菊花賞三〇〇〇ですら、ライスに負けたブルボンではあそこから仕掛けるという考えはとても思い浮かばないだろう。
「ライス」
そう思いつつ、ブルボンもライスに呼びかける。彼女が振り向くと、ブルボンはずっと伝えたかった事を告げる。
「おめでとう、ライス。以前私が言ったように、ようやく歓喜と祝福に変わりましたね」
「うん。あの時、ブルボンさんが言ってくれた事を胸に、何とか勝てたよ。やっと皆から認めて貰えた」
今にも泣き出しそうに笑ってライス。ブルボンはそんな彼女の頬に手を添える。
「はい。ようやく観客も貴方の強さを理解したようです。本当に良かった」
やや苦笑混じりに告げるブルボン。彼女からしたら、自分やマックイーンを負かした走りは何も文句のつけようも無いモノだった。
あの走りを見てもなお、三冠や三連覇を見たかった気持ちが勝って偉業を讃えられない観衆と言うのは困ったものだと思っていたのだ。
「そうですわね。これでライスさんを認めないわけにはいかなくなった筈。私に勝ったというのに、まるで悪い事したみたいでしたもの。あの敗戦、私の気構えのせいでしたのに」
「そうだね。でも、今度も滅茶苦茶凄かったし、流石にもう大丈夫じゃない。とにかく、改めておめでとう、ライス」
もう一度テイオーが告げ、彼らは連れ立って地下通路を出た。
その時、ブルボンは視界の隅でライスが僅かに足を庇うように歩いているように見えた。
ただ、あの激戦の後で疲れもあるのだろうと、その違和感を無視した。