ライスシャワーの復活。
それは瞬く間にメディアで報じられ、人々の話題もそれで持ち切りになった。
民衆はマックイーン打倒で終わったと思っていた所の復活。トウカイテイオーの復活劇程で無いにせよ、そのニュースは大きな反響を呼び世間を駆け抜けたのだ。
当のライスシャワーはと言えば、様々な雑誌や新聞からの取材で休養中にも関わらずとても忙しい日々を送っていた。
そんな中でも、もう一つ嬉しい事があった。
「強い、ミホノブルボン! 遂に完全復活! 見事な逃げで地方重賞を制しました」
ライスの見る前で、あのミホノブルボンが地方重賞を制したのだ。
オープンレースから徐々に調整をしながら、距離とレースのレベルを上げて調整をしていたブルボンが遂にレースを制した。
またブルボンさんと走れる日が来る。
ライスは胸を躍らせて、彼女の勝利を祝した。
今回は地方のオープンレースだったが、ここから徐々に重賞戦線に復帰する流れだろう。
焦りは無くとも、度重なるハードトレーニングによって軽度の怪我を繰り返し、それでもようやくここまで帰ってきてくれた。
ここまでの道のりは長かったが、やっと悲願だったブルボンとの対戦の夢が叶いそうだ。
ただ、その為には、自分ももっと勝っておかねば。彼女のヒーローである自分が、あの頃のように強いウマ娘で居続ける為に。
そんな日々の中、ライスシャワー陣営に驚くべき報せが届いたのである。
「宝塚賞のファン投票、一位ですか?」
トレセン学園理事長秘書の早川たづなが持ってきた報せに、ライスの女性トレーナーは目を丸くした。
宝塚記念。
それは天皇賞から程なく行われる阪神レース場のG1の一つで、伝統のレースである。
通常のG1との違いは、出走馬はファンの投票によって決められるという点。
このレースはシーズンの上半期で最も人気を得たウマ娘十八人で争われる。時期はシーズンの上半期を締めくくる六月。年末の有馬記念も同様の形式であり、ファンの投票によって選出されるレースは、この二つのみ。
ファンの投票によって決まる性質上、観客からの期待も大きく、出走するウマ娘達は人気、実力ともに証明された十八人の選ばれし上半期の猛者達。
その一位に、ライスが選ばれたというのだから、驚くのも無理は無い。
先日の天皇賞春まで一切勝利の無かったライスシャワーなので、いかに世間の注目度が上がろうともそんな事は普通に考えたら有り得ない事に思える。
「恐らく先日の天皇賞春のロングスパート。二周目の坂から仕掛けるという大胆な作戦に出て見事に勝利を掴んだ姿が、ファンの方々の印象に強く残ったのかもしれません」
たづなが言うと、トレーナーはなるほどと頷きつつ難しい顔をする。
ファン投票一位を貰った事。それはとても栄誉ある事だ。
しかし、ライスは天皇賞春を勝つまで相当ハードなレースローテーションをこなしている。
いい加減休ませねばと思っていた所、見事に勝利を掴んでくれたので、大手を振って彼女に長めの休養を命じるつもりでいたのだ。
だが、ファン投票で一位になってしまったとあっては、それを断って良いモノか。
中々勝ちあぐねた彼女と相談し、天皇賞春に至るまで何とか勝利を得ようと努力してきた。
それは見事花開き、勝利を得た彼女は、今現在相当消耗もしている筈。
一応医師の判断で怪我等は無いが、それでもローテーションを変え、出走させるべきなのか。
トレーナーは悩んだ。
見れば、今回も選出された名ウマ娘のナリタブライアンが出走を見送るという。
そういう意味で、ライスがこのレースに勝てるチャンスは前回の春天と同様あるにはある。
しかし……。
「お姉さま、クールダウン終わったよ」
と、そこへライスが戻って来る。彼女は声をかけたが、トレーナーを見るなり首を傾げる。
トレーナーが悩んでいる事は見ればすぐに分かっただろう。
「あ、ライス。ちょっと……ね」
彼女は言いあぐねるが、それを受けてたづなが宝塚の投票の件を伝えた。
「宝塚記念の投票でライスが一位?」
「はい。ライスさんに是非走って欲しいと。今年は阪神レース場が整備中で、京都レース場で行われる事も手伝ったかもしれません。芝の手入れの関係上、例年より開催は早まってしまいますが、どうしますか?」
たづなが言うと、ライスはトレーナーを見る。
「お姉さま、ライス、宝塚記念、出たい」
「!!?」
ライスの言葉にトレーナーは息を飲む。
「この前、ブルボンさんが勝ったの。きっともうすぐ中央に来る。それまでにライスはもっと勝たなきゃいけない。ブルボンさんを強いウマ娘として迎える為に」
決然と言い切るライスに、トレーナーは覚悟を決めるしか無かった。
こうして、ライスシャワーの宝塚記念出走が決まったのだった。
ライスシャワーの宝塚記念出走は瞬く間に世間に広まった。
二年ぶりの勝利を、あの天皇賞春で決めたあのウマ娘が、再びあの京都レース場を駆け抜ける。怪物ナリタブライアンが不在な事、ライスと同じく小柄ながらも皐月賞を制したナリタタイシンなども参戦する事になっている宝塚記念。
今回は誰が勝つだろうか?
やはりあの復活を遂げたライスシャワーか? もしくは、あの皐月賞ウマ娘のナリタタイシンか? はたまた違うウマ娘達か。
世間はそんな話題で持ちきりで、メディアの報道もそうした方向へ加熱していった。
「ライスが宝塚記念に!?」
そんな中、ブルボンはライスの宝塚記念参戦に驚きを隠せなかった。
彼女は先日、天皇賞春に勝利したばかりだ。
宝塚記念までは大した時間もない筈。
ここ最近は、天皇賞に向けてのローテーションで、トレーニングやレース出走など、かなり忙しくしていた筈だ。
満足な休養もないまま、すぐ新しいレースに出走するとは思わなかった。
ブルボンの脳裏には、先日の天皇賞春の勝利後、彼女が僅かに左足を庇っているように見えた事が気がかりでならなかった。もしあれが故障の予兆なら……。
そう考えると、ブルボンは気が気ではなく、トレーニングにも集中しようとしてもしきれなくなってしまった。
「どうした、ブルボン。今日はあまり集中していないようだな」
そんな調子だったから、トレーナーにもトレーニングメニューをこなした後にそう言われた。
「申し訳ありません、マスター。その……」
「ライスシャワーの事か?」
「ッ!? どうして、それを……」
「お前がライスシャワーを気にしているのは分かってるからな。今回の宝塚記念、俺も聞いた時は少し驚いた。春天の勝利で世間では一気にヒーロー扱いだから選出された事は不思議じゃないが」
トレーナーの言葉に、ブルボンも頷く。
「投票では一位だったそうだ。とは言え、ライスシャワーのローテーションを考えれば無理に出走する意味はない。ただ、今回の宝塚は京都レース場だそうだ。得意のレース場であれば勝機はある。今回もナリタブライアンは出ないようだしな」
そんなブルボンの不安を払うように、トレーナーは冷静に言った。
「それに、あのライスシャワーのトレーナーの事だ。お前を菊花賞で破る為に丁寧に作戦を立て実行させている。キャリアから考えてもあのトレーナーが無理な状態で出走させるとは考えにくい。今回は一位に選出された事もあるが、慎重な判断を下した上だろう」
その言葉に、ブルボンはそれもそうかと渋々ながら納得したが、やはり不安は尽きなかった。
そして、宝塚記念当日を迎える。
当日の天気は曇り、馬場の状態は稍重で少し難しい状態となった。
馬場の状態からしても誰が勝つか分からない状況に加えて、いつもの宝塚と違い今年はアップダウンも激しい京都レース場の難しいコース。それを走り慣れたライスシャワーがやや有利かと、世間の下馬評は下された。
ブルボンは京都レース場に足を運んだ。当日は曇りで馬場はやや重いようだ。
「ブルボン!」
そこにいたテイオーやマックイーン達スピカの面々、メジロパーマーなどのウマ娘達に合流した彼女は、パドックを心ここにあらずで眺めている事しか出来なかった。
そうしている内に、全てのウマ娘がパドックへと登場し終わり、レース場にゲートが登場、ウマ娘達は順次ゲートへと入っていく。
「さぁ、十七人のウマ娘達がゲートにおさまりました。第三十六回宝塚記念、今、スタートしました!」
そして、ゲートは開き、一斉にウマ娘達が駆け出して行った。