暫くして、ようやくライスは泣き止んだ。
自分の置かれた状況をようやく飲み込めた彼女を見て、トレーナーは医師を呼んだ。
そして、その場にいた者達に、医師から改めてライスの状態についての説明が入る。
「ライスシャワーさんの怪我は、左足の解放脱臼、および粉砕骨折です」
「解放脱臼と、粉砕骨折……」
ライスが告げられた言葉を復唱すると、医師は頷く。
「はい。恐らく、倒れる寸前、ライスさんの足の骨は脱臼したのでしょう。そこで倒れまいと踏ん張った際、外れた骨が肌を突き破って露出し、無理に力が加わった事でスネの骨が砕けたのでしょう。ウマ娘のレース中でしたので、走る速度の反動も乗っかった結果、骨が限界を越えてしまったのだろうと」
医師は重々しく、しかし淡々と告げた。
「現在は処置は終わっていますので、そのまま安静にしていれば足の状態そのものは治るでしょう。ただ、これ程の大怪我なので元の通り走れるかどうかはわかりません」
「ッ……、そんな……」
宣告された事実に、ライスは息を呑む。そして、顔を伏せ、弱弱しく呟く。
「それじゃ、ライスは、もうターフを走れないって事ですか?」
「!」
その言葉に、トレーナーやブルボン達三人も息を呑んで医師を見る。
が、医師は冷静な表情なままで告げた。
「それはライスシャワーさん次第です。我々も手は尽くしますが……」
「……そうですか」
顔を伏せたまま、ライスは呟く。そんなライスに、ブルボンやマックイーン、テイオーも、トレーナーすらもかける言葉を失った。
それからは、誰も口を開く事は出来ず見舞いのブルボン達もそれぞれ病室を後にした。
テイオーとマックイーンは、一人行きたい所があるというブルボンと別れ、寮へと戻る。
「テイオーさん! マックイーンさん!」
三人が寮に戻ると、そこへスペシャルウィーク、ゴールドシップ、ウォッカ、ダイワスカーレットが駆け寄ってくる。
「あ、みんな」
「ライスさんはどうでした? 怪我の容体は!」
食い気味に尋ねるスぺシャルウィークに、テイオーは顔を伏せる。
「怪我の治療は出来たよ。ただ、元通りに走れるかどうかは分からないって……ライスのリハビリ次第だって言ってたけど……」
「そんな……」
テイオーが言いにくそうに告げると、スペシャルウィークは今にも泣き出しそうな顔をする。
「あんなに頑張ってたのに……そんな事って」
「落ち着いてスぺちゃん。何も駄目って決まったわけじゃないから。ただ、今すぐにライスが頑張れるかは、分からない。まだリハビリを始められる状況じゃないから。でも、ライスならきっと大丈夫だよ!」
「そうですわ。きっと大丈夫です。テイオーも私も、あのスズカさんだって復帰できたんですもの! ライスさんだって!」
スペシャルウィークを励ますように、勤めて明るく、でも必至さは拭えずテイオーとマックイーンが告げる。そう言う二人もその言葉を自分に言い聞かせている風だった。
「と、とにかく治療が出来たんなら、一安心だな。怪我は直せるわけだし」
無理してフォローに回るゴールドシップ。でも、彼女の表情も固い。それを見て、ウォッカとスカーレットは何も言えなかった。
そうして、スピカの面々はその重い空気のまま自室へと戻る事になった。
一方、テイオー達と別れたブルボンは一人誰もいない道を歩いていた。
彼女も浮かない顔のまま、虚空を睨みながら淡々と歩いていく。
「ライス……」
そして、不意に彼女は足を止める。
「私には大した事は出来ません。ですが、すべきことは分かっています」
そして、彼女は空を見上げた。
「今度は私が、貴方に見せてみせます。次のレースに、勝って!」
それから数日が過ぎた。
テイオーとマックイーンは、試合の近づいているスピカのメンバーの手伝いをしつつ、トレーニングを続けていた。
ただ、二人としては、怪我をしたライスの事が気がかりで、集中しようにも集中しきれない。
機会を見て、ライスのお見舞いに何度も行こうかと思っていたが、それもトレーナーから禁じられている。
「大きな怪我をして、まだそれほど経過してもいない。リハビリはおろか、足の骨もまだ固まっていない筈だ。そんな状態で何度も見舞いになど行っても、ライスシャワーの負担にもなる。行くにしても、もう少し回復してからだ」
トレーナーの言う事は最もだった。怪我の治療も済んでない状態で何度もしつこくお見舞いに行ったとて、何が出来るわけでもない。結局リハビリが始まってすら、二人にできる事はほとんどないのだ。
できる事があるとしたら、ライスの治療とリハビリが済んで、学園に戻ってきてからだろう。
ライスの経過は、テイオー達だけでなく、スペシャルウィークなども酷く気にかけている事もあり、トレーナーがライスのトレーナーから聞いてもいるから、わざわざ見舞いに行ってまで確認するような事でもない。
したがって、気にはなりつつも何もできない二人であった。
ライスが目を覚ましたあの日見た時の反応が気になって仕方なかったから。怪我の状態を聞いた時の彼女の表情は絶望の中のソレではなかったか。
そんな状態でリハビリを行って、果たして彼女は元のように走る事は出来るだろうか?
チームスピカとしては、チームメイトのサイレンススズカの大怪我の事もあり、彼女が復帰するまでの事を考えたら元通りになるのは並大抵の事ではないと理解できる。それだけに、どうしてもライスの様子が気になるのだ。
どうしてそんなことを考えるかと言えば、テイオーもマックイーンも諦めたくなかったのだ。
ライスとまた一緒にターフを走りたい。まだまだ一緒に競い合いたい。
その思いが、二人をモヤモヤさせる。特にマックイーンは一度負けてからまだ再戦も出来てもいないから猶更だ。
とは言え、まだ何も手立ては無い。どうしたら良いかまるで分からない。
「そういえばさ、マックイーン」
そうして、更に何日かが過ぎた頃、トレーニング帰りの夜道でテイオーが口を開いた。
「ここ最近、ブルボンの姿、全然見ないよね?」
「そう言われれば……私達がこれだけお見舞いに来ているのに、ブルボンさんの姿はまるでみませんわね。ここ最近、私達は毎日のように来ているというのに」
「いつからだろう。姿を見なくなったの……」
「そうですわね……、そういえば、ライスさんが目を覚ました時から姿を見ていないかもしれません。それこそ学園の方でも」
「……あッ! 言われてみれば学園でも、ブルボンの姿を見てないかも」
ここ最近、ライスの事ばかり気にしてしまっていたからか、周りの事があまり見えていなかったが、確かにブルボンの姿を目にした覚えがない。
「こんな時に……ブルボンは何処へ」
と、マックイーンの方に視線を向けたテイオーの視界に、クールな表情と佇まいの少女が走っていた。
「あ、ブルボン!」
「え? あ、ほんとですわね。走ってどちらへ。いえ、あちらは病院の方ですわ」
マックイーンの言う通り、ブルボンが向かっているのは病院の方角だった。
こんな時間に病院?
テイオーもマックイーンも気になってブルボンの後を付けていく。程なく到着したのは、やはり病院だった。
そのままついていくと、ブルボンは受付と暫く話すと受付の女性と一緒に病室の方の廊下へと歩いて行った。
「やっぱりライスのところに行くつもりみたいだ。でも、何でこんな時間に」
「わかりませんわ。とにかく、ついて行ってみましょう」
二人は上手く姿を隠しながら先を行くブルボン達についていく。思った通り、ブルボンはライスの病室へと入った。テイオーとマックイーンは病室の入り口へと忍びより、こっそり中をのぞく。
「ライス」
二人が入口から少し顔を覗かせると、ブルボンはベットに横たわるライスに声をかける。すると、背を向けていたライスが寝返りを打ってブルボンに気づく。
「ブルボンさん」
「そのままで構いません。今日はあなたに、一つ伝えなければならない事があって来ました」
起き上がろうとするライスを手で制しながら、ブルボンは静かに伝えた。
「あなたは今、完治するかもわからない大きな怪我を負ってしまいました。ですが、医者ではない身の私には、今のあなたに出来る事はほとんどありません」
「……」
「だから、私は自分に出来る唯一の事をしようと思います。どうか、これからの私の走りを見ていて下さい。必ず見届けて下さい。あなたはかつて、私の頼みを聞いてくれました。だから、私はその借りを返します。そして、今度は私があなたのヒーローになって見せます」
「……ブルボンさん」
「伝えたいのはそれだけです。必ず見届けて下さい。これからの私のすべてを!」
それだけ伝えて、ブルボンは踵を返し、足早に去っていった。それを、その場にいた誰もが無言で見送る事しかできなかった。