ルナ、ズェピア
【寝る前に水を飲もう。
そう思いリビングに行くと、ズェピアさんがいた。
なんだかいつもいる気がする。】
ルナ「こんばんは、ズェピアさん。寝ないのですか?」
【寝る前に、考えを纏めているとルナ君が降りてくる。
よく関わるな、とぼんやりと思う。】
ズェピア「こんばんは、ルナ君。
夜はその日その日の考えを纏めるようにしていてね。君は、寝る前に水を飲みに来たのかな。」
ルナ「はい。寝る前に飲むと朝起きたときに喉が乾くのを防ぐことができるというので」
ズェピア「ああ…確かにね。
座っているといい、私が入れてこよう。」
【そう言って、立ち上がる。】
ルナ「ありがとうございます。では水ではなく、紅茶をお願いできますか? まだ少し、眠くないので」
【それが遠回しに「お話がしたい」と言っていることに、彼は気付いてくれるだろうか。】
ズェピア「ハハハ、夜の茶会のお誘いとは。淑女に誘われれば応じるのが紳士というものだ。私でよければ付き合おう。」
【紅茶か、さて…何にすべきか。
そうだ、最初に茶会を開いた時と同じものにしよう。生憎と、菓子はないが。
アールグレイは気に入ってくれただろうから。】
【気付いてくれた。そのことを嬉しく思いながらソファへと腰を掛ける。二人用のソファで、一人分の空白を空けて。】
ルナ「…ふふ、前に頂いた紅茶が美味しかったので、また飲みたいなと思ってたんです」
【出した甲斐があったというものだ。
紅茶を淹れて、ルナ君の前にカップを置く。】
ズェピア「そう言って貰えると、あの時の茶会は有意義だったようで何より。」
【隣に座り、一口。…うむ、美味だ。】
ズェピア「さて、何を話そうか。」
ルナ「そうですね……」
【悩む。再び彼の娘の話を聞くのもいいが、彼の友達のことや、身の回りで起きた出来事を聞くのも楽しそうだが……】
ルナ「ではあなたのご趣味は? なんて」
【なんだかちょっとお見合いっぽい?】
ズェピア「私の趣味、か。」
【さて、どう答えたものか。】
ズェピア「…強いて言うのであれば、家事かな。没頭するのに最適だからね。」
【いかん、これではつまらない回答だ。】
ルナ「家事がご趣味だったんですね。なるほど、だから料理も得意だったんですか……前に娘さんがいることを話していましたが、本当に良いお父さんなんですね」
【没頭するのに最適、というのはわからないけど、それはきっと私がまだそんなに家事というものをしたことがないからだろう。】
【良い父親。そう言われて、私は色々と考える。本当にそうだったのだろうか、と。しかし、今は喜ぶべきなのだろう。】
ズェピア「ふふ、自慢の父であれたのならいいのだがね。
さて、次は私が聞こうか。
ルナ君の趣味は何だろうか?」
ルナ「私の趣味ですか……」
【趣味というのは自分にとって好きなことで、何度も繰り返しやりたくなることを指した言葉だったはず。
なら私が好きなことで趣味として当てはまりそうなのは……】
ルナ「…こうして誰かとゆっくりお話をすること、ですかね」
【この時間が私にとって好きなことで、これからも何度もあってほしいと思う時間だから。】
ズェピア「なるほど、君は誰かとの穏やかな時間が好きなんだね。
それはとてもいい趣味だ。」
【そう、とてもいい。こうした会話は互いを知れる。互いを知り、仲を深めていくことは素晴らしい事なのだろう。
…ふと、気付く。私と彼女のこの時間はいつまでなのだろう、と。
始まりがあれば、終わりもある。
であれば…そう、別れもある、ということなのだろう。】
ズェピア「…ふむ、時にルナ君。私もだが君は元の世界へと帰る身だ。
帰ったら、何をするのかな?」
【であれば、今ある時間は何物にも代えがたい物でもある。心残りは、終わらせよう。】
ルナ「元の世界に帰ったら……とりあえずは友達がとっても大変だけどやらなきゃならないことをやってるので、その手助けになれることを探してやったり……あと記憶を取り戻すために頑張ったり。…それと、モンスターの友達を助けるためにいろいろと頑張るんだと思います」
【きっとその中で私が一番にやるべきは、エル君の体を元に戻す方法を探す事だろうな。】
ズェピア「やるべき事が定まっているのならば何より。全てが順風満帆、とはいかずとも君の無事を祈らせて貰おう。
…吸血鬼が祈るのは、おかしな話だがね。」
【困ったことに、私はこの子を気に入っているらしい。入れ込んでいる、というべきか。やるべき事がないのならより話を聞こうとも思ったが…杞憂だったようだ。】
ルナ「吸血鬼だって祈ってもいいと思いますよ。だってそれは、相手を想う祈りですから。そこに吸血鬼だとか人間だとかは意味をなさないと私は思います」
【だって心を持つ存在だということに変わりはないのだから。
……きっとそう考えるようになったのは、彼という心優しいひとのおかげだろう。】
ズェピア「ハハハ、そうかね。」
【よく考えている子だ。いや、周りを察することに長けているのだろうか。だとしても心優しいのに変わりない。
…ふむ、そうか、別れか。経験したものであれど、慣れないものだ。
本当に、慣れない。
娘に似た彼女を案じているのか、私は。
…いや、違うな。そうではなく。】
ズェピア「では、祈りついでに。
…少し目を閉じて貰っても良いかな?」
【娘のように、感じてしまっている私がいる。】
ルナ「……? 分かりました」
【言われるがままに目を閉じる。
何かするのだろうか。それは分からないけれど、分からないことへの不安や心配はなかった。それはきっと相手が彼で、私は彼を信頼しているから。】
【…少し大きいな。小さく…ああ、これでいい。私のマントを外し、ルナ君に着ける。少し機能を追加する。
…うむ、これでいい。
最後に、少し離れてから取り出したそれをルナ君へと向ける。】
ズェピア「うむ、目を開けていいよ。」
【何か薄いものが私を包んだのは感じた。
それから彼が開けていいと言ってくれたので目を開けて──】
【パシャリ、と音がする。
写真は…出てきたな。中々良い写真だ。
最後に、紐の付いたカメラをルナ君の首へとかける。】
ズェピア「どうかな? サプライズ程度にはなっただろうか。」
【一枚の写真を見せて、私は微笑む。】
ルナ「ふぇ……?」
【首にかけられたカメラに、それで撮られすぐに現像された写真に写る私を包むものの正体を見て、目を丸くする。
すぐに微笑む彼を見て、いつもの彼に足りないものが一つないのも見て、やはり、と戸惑う。】
ルナ「これ…ズェピアさんのマントじゃ……それにこのカメラは……一体どういう……?」
【ただ着せて、撮っただけ。という性格ではないと思っているが……】
【戸惑う彼女に予想通りの反応だと思う。さて、説明してあげないとなるまい。】
ズェピア「私からの餞別と思って欲しい。そのマントには少し細工をしてある。君が魔力を流せばその分だけ透明になる、というね。それとカメラだが…旅には思い出がなくてはなるまい? それで撮ればすぐに現像されるしカメラ自体も頑丈に設計してある。…まあ、私なりのエールと思ってくれると嬉しい。」
【そう、エールだ。ついていくことは叶わないので、私からささやかながらの贈り物と共に。どうか一助となれば…とも思う。】
ルナ「透明…? え……?」
【カメラを渡された理由は納得するが、透明になれるマントなんて大層なものを私なんかに何故……
そう思ったけど、すぐに彼の「私なりのエール」という言葉でその考えはどこかへ消えた。
彼が想い、私へと贈ってくれたエール、受け取らない理由なんて、受け取りたい理由に比べればちっぽけなものだったから。】
ルナ「…ありがとうございます、ズェピアさん。こんなにもあたたかくて心が籠ったエールを贈ってくださり」
【そうお礼を言うと同時に、どうして彼が急にこのような贈り物をしてくれたのか考えて……忘れかけていたことを思い出した。
私と彼は、別々の世界の住人であること。そしていつか帰らなければいけないことを。】
ズェピア「構わないよ。」
【お礼を言われて、安堵する。
…ルナ君も、思い出したようであった。
この場面で、想いを胸にしまうのは違うだろう。】
ズェピア「私は君の旅を見守ることは出来ない。だが、その二つのように形に残る物を渡すことは出来る。
私と君が、この世界で出会ったのは偶然かも知れない。だが…それでも我々がこうした関係を築けたのは偶然ではない、と思う。」
【必然とまでは言うまい。私は化け物だ。彼女を怯えさせてしまう世界線もあるだろう。
…けれど私が今直面しているのは、私に心を許してくれる彼女なのだ。
ならば私が餞別を与えてもおかしくはあるまい。私が別れを惜しむのもまた…当然なのだろう。】
ズェピア「君の旅路には大小様々な苦難があるかもしれない。それが何であるかは分からないが…それを解決するための手段になるのなら、私は嬉しいよ。」
【大丈夫だよ、とは言い難い。きっとこれから私はいろいろなことに巻き込まれたり、自分から飛び込んでいくだろうから。そこにはいつだって危険が伴うのは今までの経験で分かっている。】
ルナ「…きっと役に立ちますよ。だって、ズェピアさんの優しい想いが籠った贈り物ですから」
【だからこそ彼から貰った優しい想いは、これからの私を支えてくれるだろう。挫けそうになっても、きっと。】
ルナ「それに、とてもあたたかいですから」
【そっとマントに触れる。物理的な温かさじゃない。想いの温かさだ。】
ズェピア「…うむ、ならば渡した意味もあるというものだ。」
【月明かりが、彼女を照らす。名前の通りとても似合う。
同時に、別れが近いことを思わせるようだった。】
ズェピア「…そうか、ようやく分かった。」
【我ながら、察しの悪い。
このような贈り物をしたのも、こう思ってしまうのも。話を続けていたいと思うのも全て。】
ズェピア「…私は…寂しいのか。」
【そう、寂しさだ。別れに寂しさを感じている。こんなことは久方振りだった。】
ルナ「ズェピア、さん……」
【彼が口にした感情を、私も持っていた。
同じだった。同じように別れの時が近いことに寂しさを感じていてくれた。
それが嬉しくて、同時に寂しいと思う気持ちも強くなって。
その気持ちに押されるままに、私は彼へと抱き着いた。
せめて彼の、そして私のこの感情が、今だけは薄れますように。そう願いを込めて、ぎゅっと。】
ルナ「…私も、ズェピアさんと別れるのは、寂しい、です……」
【抱き着かれて、私もまた抱擁をする。
化け物であろうと、人であろうとこの感情は誰しもが持ち得るものなのだろう。
割れ物を扱うように、私は決して力を込めることはしなかった。感情に任せることはしたくなかった。】
ズェピア「…私は、君と接しているうちに…君を娘のように、思ってしまっている…」
【今でもそうだ。感情を分かち合えているようにも思える。友人ではなく、娘のようだと私は告げる。けれど、別れは来るのだ。】
ズェピア「…ああ、あたたかいな、君は」
【気付けば、髪をそっと撫でていた。】
ルナ「…ズェピアさんも、あたたかいです」
【抱擁してくれるその腕も、頭を撫でてくれるその手も、籠められた想いも。
娘だと言われて、驚きはなかった。嬉しいと思う感情が先に来たから。
…私が彼をどう思っていたのかは、今は自覚しないでおこう。でなければきっと、別れがより辛くなるから。
そうじゃなくても、今だけでもこんなに目が熱くなっているのだから。】
【優しさに甘えるのは、いけない。
私は…彼女を後押しするのであればこそ。
そうでないと私は私を許さないだろう。
贈り物を喜んでくれたのなら、尚更。】
ズェピア「辛いのなら、吐き出しなさい。溜め込むことはない。」
【後押しをして、後腐れなく別れるために。私は諭すように、親から子に告げるようにそう言った。】
ルナ「ぅっ……っ……」
【ありがとうございます、と。そう言いたいのに、口を開けば別の言葉が出てきそうで、それを必死に押し込めた。
ダメだ。私は彼の贈り物を……想いを受け取った。ならそれに背く言葉だけは決して言ってはならない。
だから……言葉には出せないから、この流れ出す涙と一緒に吐き出してしまおう。
別れたくないなんて言葉が、決して出ないように。心優しい彼に伝わらないように。
静かに、何も言葉にせずに。】
【静かに泣く彼女の背中を優しく擦る。
私が泣くことはない。涙は出ることはない。けれど…心は、泣いている。
感情は残酷だ。本心を表すものだ。
だからこそ我々は心を持つのだろうと、結論付けた。】
【言葉を我慢しながら泣くというのは、精神的にも肉体的にも辛かった。
言ってしまえば泣き疲れてしまった。それに加えいつもなら寝ている時間であることと、私を包む温かさが眠気を呼び寄せた。
このまま寝てしまったら、きっと彼は私を部屋に運ばなければならなくなるのだろう。迷惑をかけているみたいで嫌だなと思う。
けれどもこのまま寝てしまえば、私はこのあたたかさに包まれながら寝れるのだろう。それはとても魅力的に見えてしまって。
結局私はそのまま彼の腕の中で、眠気に誘われるがままに意識を奥底へと落としていった。】
【泣きつかれて眠った彼女をそっと抱き上げる。朝には心の整理は終わっているだろう。終わっていなかったとしても、私はその時その時を接するだけだ。
起こさぬように、彼女の部屋まで運んでベッドへと寝かせる。】
【もう既に半分夢の中へと入っていたから、意識もあやふやな状態で。
だからこれは無意識での行動で、温もりを離したくないと思ったから。
私の手はまるでそうあるべきと言わんばかりに、彼の服を掴んでいた。
ルナ「いっちゃ……やだ……」
それが夢で言った言葉なのか、現実で口にした言葉なのか、私には判断つかなかった。】
【服を掴まれて、そう言われてしまった。今宵は付き合うべきなのだろう。
それを望む私もいるのは確かだった。
現実は良いものばかりではない。夢の方が良いことが多い。
だが、現実を進むからこそ美しいのかもしれない。
私もベッドへ入り、髪を撫でる。】
ズェピア「私はいるよ。…だから安心して寝なさい、『ルナ』」
【初めて、そう呼んだ。
それは一つの区切りだ。
私なりの、別れの前準備だ。】
【聞こえた言葉がどちらでのものなのか判断つかない。
けれどその言葉に、確かにそこにある温もりに。
私は安心して、優しさに包まれながら眠る。
幸せだと、そう感じながら。
別れが来るその時まで、私は優しく照らす月に寄り添おう。】
【そうして幸せを感じながら寝て、朝起きたら目の前に彼がいたことで混乱したのは、また別のお話で。】